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血ぬられた墓標
La maschera del demonio *
    1960年、イタリア 
 監督・撮影   マリオ・バーヴァ 
編集   マリオ・セランドレイ 
 プロダクション・デザイン   ジョルジョ・ジョヴァンニーニ 
 セット装飾   ネード・アッツィーニ 
    約1時間27分** 
画面比:横×縦    1.66:1*** 
    モノクロ 

DVD
* 手もとのソフトは英語版で、タイトルは The Mask of Satan。他に Black Sunday 等の別題ありとのこと
** 手もとのソフトにはオープニングとエンディングを別編集したという約1時間24分の版が収録されています
*** 手もとのソフトではレターボックス(約1.77:1)
………………………

 『フランケンシュタインの逆襲』(1957)についての頁で記したことの繰り返しになりますが、もう1度おさらいしておくと、古城だの館が小さからぬ役割を果たす怪奇映画はこれまでに大きな山を三度迎えました;
1. 1910~20年代の無声映画期。『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922)、『アッシャー家の末裔』(1928)その他が挙げられるでしょうか。
2. 1930~40年代。『魔人ドラキュラ』(1931)と『フランケンシュタイン』(1931)に始まるユニヴァーサル社の諸作品に代表されます。40年代に入ると『私はゾンビと歩いた!』(1943)などRKOでのヴァル・リュートン製作作品が加わる。
3. 1950年代後半から60年代にかけて。ここにはまた、3つの大きなかたまりがありました;
  (1)『フランケンシュタインの逆襲』(1957)以降のハマー・フィルムの諸作品。
  (2)1960年から64年までと期間限定、作品数も限られますが、『アッシャー家の惨劇』(1960)から『黒猫の棲む館』(1964)までのAIPでロジャー・コーマンが監督したポー連作。
  (3)そして『吸血鬼』(1957、監督・リッカルド・フレーダ)を嚆矢とするイタリアの怪奇映画。
 この時期にはこれ以外にも、『回転』(1961、監督:ジャック・クレイトン)や『たたり』(1963、監督:ロバート・ワイズ)といった見逃せない作品が製作されており、また未見ながら『吸血鬼』(1957、監督:フェルナンド・メンデス)など一連のメキシコ映画が成果を残したとのことです([ IMDb ]によるとフレーダ『吸血鬼』が'57年4月5日公開、ハマーの『フランケンシュタインの逆襲』が5月2日、メキシコ版『吸血鬼』は10月4日とのことで、イタリアとイギリスはほぼ同時並行して製作していたようです)。他にもいろいろと見落としはあることでしょうが、それはさておき、70年代以降も『ヘルハウス』(1973、監督:ジョン・ハフ)を始めとして銀幕から古城や館が消え去ったわけではないにせよ、映画製作のあり方の変化にも呼応して、上に並べた3つの山のように、怪奇映画といえば古城や館がつきものという時代はすでに過去のものとなったかのごとくです。それはちょうど、小説の世界でゴシック・ロマンスおよびそれを受け継いだ19世紀末から20世紀初めにかけての英米怪奇小説の黄金時代から、いわゆる〈モダン・ホラー・テイルズ〉への変化をやや遅れてなぞったものと見なせるでしょうか(『怪奇小説傑作集2』(創元推理文庫 501B)、東京創元社、1969、巻末の平井呈一による「解説」を参照)。

 さて、3. の(3)にあたるイタリアの怪奇映画ですが、上にも記したように、リッカルド・フレーダ監督の『吸血鬼』(1957)が口火を切ったと一般に位置づけられているようです。日本ではソフト化されていないようでうろ憶えなのですが、パリの近代的な市街(といってもセット)といかにもいかにもな古色蒼然たる館が対比されていたような気がします(下掲『イタリアン・ホラーの密かな愉しみ』、2008、pp.16-19 参照)。フレーダは続いて『カルティキ/悪魔の人喰い生物』(1959)を監督しました。こちらは幸い日本版ソフトで見ることができ、ハマー・フィルムの『原子人間』(1955、監督:ヴァル・ゲスト→こちらで少し触れました)と『怪獣ウラン』(1956、監督:レスリー・ノーマン)を合わせたようなお話でした。マヤのものと称する遺跡とその地下空間、主人公一家の屋敷などを舞台に、クライマックスで分裂増殖する不定形生物がけっこう印象的です。この2作品で撮影と特殊効果を担当、一部演出にも携わったというのが(『イタリアン・ホラーの密かな愉しみ』、p.16、p.161)、マリオ・バーヴァでした。そのバーヴァの監督第1作が本作です(撮影も自ら担当、 [ IMDb ]によると脚本や特殊効果にも関わっているとのことです)。
 バーヴァは本作以降も館もの怪奇映画を何点か残しました。見ることのできたものを目次代わりに並べておくと;
ブラック・サバス 恐怖!三つの顔 』、1963
白い肌に狂う鞭』、1963
呪いの館』、1966
処刑男爵』、1972
リサと悪魔』、1973(プロデューサーによる悪評高い再編集版が『新エクソシスト 死肉のダンス』、1975)
(遺作となった『ザ・ショック』(1977)は未見 *追記:その後観る機会を得ました→こちらを参照
この間バーヴァは『知りすぎた少女』(1963)、『モデル連続殺人!』(1964)、『ファイブ・バンボーレ』(1970)、『血みどろの入江』(1971)といったいわゆる〈ジャッロ〉、『バンパイアの惑星』(1965)のようなSFその他を監督しています。
 本作の話に入る前にこの時期のイタリア映画から同傾向の他の作品も並べておくと、『吸血鬼と踊り子』(1960、監督:レナート・ポルセリ)、『怪談生娘吸血魔』(1960、監督:アントン・ジュリオ・マヤノ)、『生血を吸う女』(1960、監督:ジョルジョ・フェローニ)、『グラマーと吸血鬼』(1960、監督:ピエロ・レニョーリ)、『狂気の爪跡・牙男』(1961、監督:パオロ・ハオシュ)、『吸血鬼の虐殺』(1962、監督:ロベルト・マウリ、未見)、フレーダの『ヒチコック博士の恐ろしい秘密』(1962、未見)と『幽霊』(1963、未見)、アントニオ・マルゲリーティ(アンソニー・ドーソン)監督による『顔のない殺人鬼』(1963)、『幽霊屋敷の蛇淫』(1964)および『死の長髪』(1964)、『恐怖 ブランシュヴィルの怪物』(1963、監督:アルベルト・デ・マルティーノ)、クリストファー・リーが出演した『生きた屍の城』(1964、監督:ワレン・キーファー)と『女ヴァンパイア カーミラ』(1964、監督:カミロ・マストロチンクエ)、マッシモ・プピッロ監督による『霊媒のための五つの墓』(1964、未見)と『惨殺の古城』(1965)、『亡霊の復讐』(1965、監督:マリオ・カイアーノ)、『怪奇な恋の物語』(1968、監督:エリオ・ペトリ)などなどなど、他にもいろいろとあるのでしょう(追記:下掲 Roberto Curti, Italian Gothic Horror Films, 1957-1969, 2015 にはタイトルにある期間中の作品として、42点リスト・アップされていました)。うろ憶えですが評判のあまりよくない『吸血鬼と踊り子』は古城度がけっこう高かったような気がします。『グラマーと吸血鬼』、『死の長髪』、『恐怖 ブランシュヴィルの怪物』、『怪奇な恋の物語』また然り。日本版ソフトの刊行が望まれるところです。
 ともあれジャッロ系の作品とからみあいつつ(ジャッロについては安井泰平、『ジャッロ映画の世界』、彩流社、2013 を参照)、『歓びの毒牙』(1970)以降のダリオ・アルジェントの諸作品などに引き継がれていくのでしょう。ちなみにセルジョ・レオーネの『荒野の用心棒』は1964年公開ですから、イタリア怪奇映画の興隆はマカロニ・ウェスタンのブームより少し早く始まり、併走していったことになります。イタリア製西部劇に先立っては筋肉ムキムキのお兄さんたちが活躍する史劇が流行していたとのことで(二階堂卓也、『マカロニ・アクション大全 剣と拳銃の鎮魂曲』、洋泉社、1999 および同、『剣とサンダルの挽歌 イタリア歴史活劇映画大全』、洋泉社、2010 参照)、バーヴァはクリストファー・リーが出演した『ヘラクレス 魔界の死闘』(1961、未見)も残しています。
 史劇は何作か昔TVで放映されたのを見たはずですが筋肉以外ほぼ忘れてしまったのでおくとして、怪奇映画、ジャッロ、西部劇を通してこれらイタリアの低予算映画では、ヒット作に便乗した柳の下の泥鰌・雨後の筍方式の製作とともに、残酷描写を始めとした扇情的なイメージを強調する一方、往々にして筋立ての辻褄が二の次にされる傾向が小さくないと一般に見なされているようです。低予算映画におけるこうした性格は何もイタリアのものにかぎらないような気もしますが、それはさておき、バーヴァの諸作品もこの例に漏れません。それどころかカメラマン出身のバーヴァの場合、視覚的要素の比重は誰にもまして大きい。
 なおカメラマンあがりの怪奇映画監督といえば、『回転』(1961)等で撮影を担当、『フランケンシュタインの怒り』(1964)や『帰って来たドラキュラ』(1968)他を演出したフレディ・フランシスが思い浮かびます。もっとも監督としてのフランシスが残念がられることが多いのに対し、バーヴァに対する評価は近年とみに高まっているようです。あるいは『赤死病の仮面』(1964)を撮影、『赤い影』(1973)を監督したニコラス・ローグと比べてみるのも一興かもしれません。
 他方怪奇映画に関しては、イタリアものの場合、時として実在する城や館類でのロケを見ることができます。ジャッロに分類される作品ですが、『影なき淫獣』(1973、監督:セルジョ・マルティーノ)を見た際、イタリアはどこを撮っても絵になるんだなあなどと感心した憶えがあります。本作も[ IMDb ]によるとラツィオ州ローマ県東部のアルソリにあるマッシモ城 Castello Massimo, Arsoli, Roma, Lazio でロケされたとのことで、画像検索等で見ると、篇中では城の玄関前あたりや望楼のような部屋が用いられているようです(追記:イタリア語で不勉強のため中身はよくわからないのですが、ウェブ上で出くわした"LOCATION VERIFICATE: La maschera del demonio (1960)"([ < il Davinotti ])を参照。またマッシモ城は『ヴェルヴェットの森』(1973)にも登場しました)。


 前置きが長くなりましたが、本篇は17世紀のモルダヴィアを舞台に始まります。霧が這う夜の林で、ヴァイダ家のアーサ(バーバラ・スティール)が魔女として処刑される。アーサと関係のあったヤヴティッチ公子(アルトゥーロ・ドミニチ)はすでに内側に棘を生やした〈悪魔の仮面〉をかぶせられおえたようです。ちなみに[ IMDb ]の"Trivia"によると、イタリア語版では二人は兄妹と述べられているとのことです。判決を下したやはりヴァイダ家の第2子もおそらく兄弟ということなのでしょう。彼に対しアーサは呪いを吐くも、仮面を打ちつけられた上で火刑に処せられる。しかし大雨が火を消してしまって火による浄化はならず、ヤヴティッチは墓地に、アーサの柩は一族の墓所に納められます。
 低い三連アーチが正面からとらえられます。アーチの前面は真っ暗で、左奥から光が射してアーチ下面だけが明るくなっています。手前の床から数段あがった、真ん中のアーチの下に石棺が据えられる。石棺の中央・上にここでは燭台のように見えるものが置いてあります。これが何かは後にわかることでしょう。

 以上をプロローグに、200年後の表示とともに、馬車がやはり霧の這う夜に走っています。乗っているのはクルヴァヤン博士(アンドレア・ケッキ)とその助手か弟子か、アンドレ(ジョン・リチャードソン、『影なき淫獣』(1973)や『デモンズ3』(1989)で再会できることでしょう)です。目的地のモスクワまで着けそうにないので、今夜はミログラードで一泊しようという。
 馬車がいったん止まる。右手に円柱だか上が半円の石碑だかをのせた方形台座が見えます。また走りだすと、画面手前をねじくれた枝が網の目状に覆っています。枝は黒いシルエットと化している。その向こうから馬車がこちらへ向かってくる。人物の数カットをはさんで、今度は奥へ馬車は進みます。
 次いで馬車が下辺沿いを右から左へ走るその向こうには、小高い丘の上にシルエットと化した城らしきものが見えます。左に塔が2本、右に本棟でしょうか。細部の定かでないこの丘の上の城の眺めは、後に何度か登場することでしょう。

  馬車の車輪が外れてしまい、修理する間外に出た二人は、何やら狼の鳴き声のような音に誘われて、斜めになった門のアーチらしきものの中へ入っていきます。今度は内側から映される。画面奥に薔薇窓をいただいたアーチがあり、その下を数段おりて手前左右に壁が連なっています。やや上から見下ろしていたカメラは、二人が奥から手前へやって来るとともに、後退しつつ下向きになっていく。屋根の落ちた教会の廃墟のようで、柱は随所に残っています。
 音は壊れたオルガンを風が鳴らしていたのでした。と、脇にあった木の扉が風で開きます。二人は中に入る。今度もカメラは内側からに切り替わり、下から二人がおりてくるのを見上げます。扉は右上にあり、左下へ階段がおりていく。画面手前には幅の広い半円アーチとそれを支える角柱2本が配されています。アーチ上部のみ鉄格子がはまっている。
 次いで上から見下ろすショットです。手前にアーチ上部の格子が配され、その向こう、左に三連アーチが見えます。プロローグの最後に出てきた場所でした。アーチの前・右にも柩があり、その前に柱が立っている。さらに右には小さな三連アーチが見える。柩を収めるためのものでしょうか。
 カメラはまた下から見上げます。二人がおりてくると、右から左へ振られる。階段の下は廊下状に伸びる踊り場で、奥の壁上方に奥まった窓が開いています。その下で廊下は少し手前に折れているようです。廊下の左先はまた階段で、手前向きにくだってきます。カメラは二人を追い越してそのまま左へ回っていく。手前にある捻り柱を経て、左に小三連アーチ、その左奥にやはり奥まった窓、石棺、さらに左に大三連アーチ。その中央奥に石棺があり、上から光が落ちています。石棺中央上にはやはり燭台らしきものが置いてある。カメラはさらに左へ回されます。三連アーチの左手前には石棺らしきものが2つ、さらに左へ回りこむと、床におりた二人を前からとらえるのでした。一回転したわけです。快楽です。
 アーチ奥の石棺の上にあるのは石の十字架でした。横腕が2本あります。石棺にはのぞき窓があって、鉄仮面をかぶせられた伝説の魔女だと博士はいいます。上の十字架は窓からの光でのぞき窓の魔女に影を落とすためのものとのことです。
 アンドレが馬車の修理の手伝いに呼ばれると、カメラは右へ振られます。壁に平べったい家型の穴がうがたれており、下には髑髏が転がっています。カメラはまっすぐ暗がりの中に入っていき、真っ暗になってしまいます。こうしたカットも後に再登場することでしょう。
 大蝙蝠が飛びだしてきて博士に襲いかかります。それをなぎ払おうとした博士は棺上の十字架を壊してしまい、倒れた十字架はのぞき窓を割ります。アンドレが物音に戻ってくると、博士はのぞき窓の中から冊子状の何かを取りだし、あろうことか仮面を外してしまいます。けっこうめちゃくちゃだとの感は拭えませんが、後に出てくる挿話から後付けで納得させられることでしょうか?
 雷鳴轟く中、二人が納骨堂から出てくると、アーチの下に犬を連れた黒い人影が立っています。遠景はかっこういいのですが、アップになるとややもったいぶっているとの感なしとしません。とまれヴァイダ公の娘カティア(バーバラ・スティールの二役)でした。アンドレは一目惚れした様子です。
 馬車が左奥へ走り去ると、カメラは右へ回り、左は木、右は石柱にはさまれた暗がりの中へ入っていき、またしても真っ暗になります。次いで石棺が正面から映される。カメラは上から下へ振りつつ後退、いったん止まってから前進します。折れ曲がったカメラの動きもまた、すぐ後に再登場することでしょう。


 カティアがピアノを弾く様が真横からとらえられます。彼女は左向きです。カメラは右へ動いてカティアの背後に回っていく。向こう側、左寄りに猟銃の手入れをする青年が右を向いています。カティアの真後ろまで来るとカメラはそこで止まり、反転して右から左へ進みだします。青年のさらに奥、左手に暖炉が見えます。暖炉の中、奥の閾にはドラゴンの浅浮彫が施されています。暖炉の手前で椅子が背を向けている。その一つに坐っている男性の前面が見えるところまでカメラは進みます。青年が左奥に見える。椅子の男性はヴァイダ公(イヴォ・ガラーニ)、青年はその息子でカティアの兄弟コンスタンティン(エンリコ・オリヴィエリ)でした。
 ピアノを弾くカティアをかなり上から見下ろすショットに切り替わります。カメラは急に下がってやや上からの位置に来る。ヴァイダ公の顔がアップで上からとらえられ、コンスタンティン、カティアの各カットをはさんで、また上からのヴァイダ公のアップに戻ります。カメラはそのまま下におり、やや仰角のアップとなる。ヴァイダ公の視線の先、暖炉の左側の壁に大きな全身肖像画がかかっています。女性はアーサで足もとに鷲がいる。ヴァイダ公は肖像画の図柄が変わったといい、カティアも前から気味が悪かったと述べます。暖炉の右側にも別の肖像画がかけてあるようです。
 兄妹だか姉弟が引きとった後ヴァイダ公が右へ動くと、カメラも従います。暖炉の右の肖像画の右手で壁は折れ、右へ伸びていきます。折れてすぐの壁の前には皿をいくつも立てかけた棚が置いてあり、その右に扉口、さらにその右手前がピアノとなります。ピアノの奥には窓があり、先ほどの扉口ともども、両脇にカーテンを束ねてある。
 壁はまだ伸び続けます。どうやら細長い部屋のようです。長テーブルの分伸びて、やっと突きあたりの壁になる。その壁には上への階段がのぼっています。その手前にアーチがある。
 奥の階段の方から執事のイヴァン(ティーノ・ビアンキ)が皿を手にやって来ます。日本語字幕によるとイヴァンにヴァイダ公は、ちょうど100年前に地震で教会が崩れ、アーサが復活したと物語ります。アーサに生き写しで当時21歳だったマーシャ姫が不可解な死を遂げたというのです。それから今年で100年、カティアもまたアーサに生き写しだと左の肖像画に目を向ける。執事は十字架があれば大丈夫といい、ヴァイダ公にカクテルを勧めます。ヴァイダ公はカクテルを受けとりますが、その水面には鉄仮面が揺らいでいるのでした。
 100年前の事件がどのように収拾がついたのかは述べられず、いささか気になるところです。とまれ納骨堂での博士のいささか荒っぽい振舞は、何らかの力に操られてのものだったと解釈できるわけです。もっとも間があいたため、思い返せばそうもとれるといった程度でしょう。
 夕刻でしょうか、曇り空の元、カメラが右から左へ動き、下からシルエット化した丘の上の城を見上げるショットに続いて、カメラは教会のアーチをくぐり、納骨堂の三連アーチと石棺に近づいていきます。石棺の上面のみが照り返している。この作品では、カメラが特定の人物の視点を代弁することから解き放たれて、あたかも固有の意志によるかのように動き廻る場面がこれまでにも何度かありましたし、後にも出てくることでしょう。

 ミログラードの酒場兼宿屋に舞台は移ります。アンドレは酔っぱらい、博士は一服しに屋外に出ます。宿の娘が墓場近くの牛舎に乳搾りに向かいます。娘が前進するにつれカメラは後退する。これが3カットほど重ねられる。
 石棺のアーサがヤヴティッチ公子に呼びかけます。画面は墓場に変わり、カメラは後退します。右半手前でねじくれた枝が網の目をなしている。カメラはさらに後退し、急に右を向くと牛舎が見えます。墓場でヤヴティッチが復活する。アーサは身動きできないのにヤヴティッチはなぜかさっそく自由に動きます。宿屋の娘が襲われるのかと思いきや、ヤヴティッチは鉄仮面を外して去っていきます。


 約32分、これまでのカメラの自動運動を前振りに、古城怪奇映画的見せ場の一つの始まりです。正面から暖炉がとらえられる。カメラは上昇しつつ後退、そのまま右へ向かいます。ベッドのヴァイダ公が上から見下ろされます。カメラはいったん止まり、次いで下降しつつ左へ、また止まってヴァイダ公の視線の先、左にやられる。寝室の暖炉のさらに左、扉まで進みます。暖炉の奥の隠し扉が開きます。隠し扉に隠し通路、好感度急上昇です。カメラは後退しつつ右へ動く。暖炉重ねでいつの間にやら寝室から広間になっていました。
 カメラはさらに右へ、窓から風が吹きこんでカーテンがたなびき、鎧が一つ、また一つ倒れます。ヴァイダ公のカットをはさみ、暗い廊下が奥に伸びています。椅子が倒れます。また一つ倒れる。カメラは奥へ進みます。真っ暗になる。たまりません。
 ヴァイダ公のカットを経て、寝室の両開き扉の右側が開きます。向こうは真っ暗です。そこからヤヴティッチ公子が現われます。ヤヴティッチに扮するアルトゥーロ・ドミニチはいかついおじさん顔ですが、表情もなく顔のあちこちに釘穴が開いている様はなかなか無気味です。しかも下から仰角でゆっくり進んでくる。身動きもままならないヴァイダ公は何とか脇のテーブルに置いてあった十字架を突きつけます。横腕が2本あります。十字架が急激にアップになり、カメラはまた急に離れます。ヤヴティッチは腕をかざして退散、姿が消えて扉、廊下と映される。感無量ですがこれはまだ前菜に過ぎない。すぐに山場が控えていることでしょう。


 牛舎の娘が外をのぞくと、馬車がスローモーションでやって来ます。『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922)が思いだされるところです。馬車にはけっこう装飾が豊富です。
 先のシークエンスのおかげでずいぶん時間が経ったような気がしましたが、博士はまだ屋外で一服しつ続けていました。上からのショットです。すると博士の足もとに霧が這い寄ります。馬車が博士を迎えに来たのです。御者はヤヴティッチです。
 博士が乗りこむと、馬車は猛スピードで走ります。まわりの景色が映されないのでかえって、夢の中を突き進んでいるかのごとくです。やはり『ノスフェラトゥ』、また『忍者と悪女』(1963)の馬車の場面と比べることができるでしょうか。
 かくして約37分、古城怪奇映画的山場の始まりです。
 まずは城門の向こうに馬車が止まります。門の手前、右は斜面、左には不定型な石の上に柱が立っている。次いで城門が外側からとらえられる。右は壁がそびえ、手前は幅の広い階段が門まで上がっていきます。門の上辺は鋸歯型城壁で、奥に鐘楼らしきものがのぞいている。博士とヤヴティッチは背を向け門に入っていきます。カメラが下から上へ動くと、城門の上方、右には塔が立っており、塔の上部は櫓状にふくらんでいます。左に本棟でしょうか。門の左は壁に続いている。このあたりはロケでしょうか。実に羨ましい。
 真っ暗な中に縦長長方形が二つ、接するように並んでいます。窓かとも思えましたが、上下に揺れるので手持ちランプとわかります。これを手にしたヤヴティッチが奥から現われる。後ろに博士が続いています。狭そうな廊下です。
 二人は右から出てきて、手前に手すりのある短い歩廊を進む。左奥に窓が見えます。歩廊は左端で手前におりる階段に続きます。6段ほどでしょうか。そのまま左手前に進めばカメラは後退、ここは広間でした。博士はやや遅れ気味で、カメラの前を横切り、背を向けて奥へ進みます。
 奥に方形の扉口が開いており、そこにヤヴティッチがいる。まわりは真っ暗です。いつの間にか距離が開いている。ヤヴティッチは向こうを右に折れる。二人が扉口をくぐった後、奥の壁に炎の影がゆらゆらとゆらめきます。扉が勝手に閉まれば、その前面にドラゴンの浅浮彫が施されているのでした。この扉は広間の暖炉の奥だったわけです。つまりその先は隠し通路にあたる。気が遠くなりそうです。
 廊下が映ります。手前、左には斜めの柱らしきもの、右には金属の曲線で、双方蜘蛛の巣がかかっています。この構図は後に再登場するので、憶えておきましょう。二人は左から出てきて奥へ進む。半ばには半円アーチがかぶさり、奥には台形アーチが見えます。二人はその向こうを左へ折れる。
 右奥から博士が現われる。腰から上です。手前右に捻り柱が見えます。ヤヴティッチはずっと先に進んでいます。またしても引き離されました。二人の速度差が空間と時間の伸縮感を伝えてくれる次第です。暗い廊下が伸びている。慌てて博士が追うと、ランプが待っています。近づけばランプは宙に浮いていた。落ちます。ランプのあったところの奥に木の扉があります。音を立てて開く。博士が中に入ると石棺がありました。扉は勝手に閉じます。ここは納骨堂です。奥に三連アーチ、ずっと奥に小三連アーチが見えます。博士は出ようと階段の方に走ります。すると石棺がはじけ飛びます。派手です。横たわったままのアーサに呼びかけられ、博士は口づけする。
 ヤヴティッチと博士の長い道行きに、むくつけきおっさん二人じゃなくてきれいなお姉さん二人ならよかったのになどと、贅沢を言ってはなりません。充分すぎるほど充分です。バーヴァのお城/館作品にはしばしばこうした長い廊下をうろうろし、時として何かに追いかけられたりする場面が出てきます。本作の場合であれば納骨堂に通じる扉の前までが肝であって、納骨堂に入ってしまえば、後は物語の展開に従属してしまう。もちろんハマー・フィルムの作品やコーマンのポー連作にも同巧のシークエンスは登場するのですが、バーヴァの場合微妙にしつこいような気がします。そのためあてどのない浮遊感・不安感がつきまとわずにいない。本作はモノクロですが、カラーの際は色とりどりの照明が加えられたりします。個人的にはこれこそがバーヴァ作品の醍醐味であって、個人的には本作であれば顔が穴だらけだったりといった残酷描写などなくてもいいのではないかと思ったりもするのですが、双方相補いあって何ぼのもんというのがB級映画の心意気なのでしょう。


 丘の上の城、下からの外観です。曇り月夜です。右に円塔、その左に角塔、いずれもシルエットです。さらに左に本棟があり、窓に灯りがともっています。
 ベッドに横たわるヴァイダ公のもとへ博士が往診するため到着しました。
 納骨堂でカメラが右から左へパンします。壁にかがみこむ影と横たわる影が落ちます。カメラがそのまま左へ進むと、本体が見えてきます。
 カティアの部屋、博士の部屋、ヴァイダ公の部屋が順に映される。


 宿の博士の部屋の前でアンドレが呼びかけています。廊下の奥に階段が見え、左上から右下にくだり、折れて手前で床に達します。宿の娘(無事でした!)から博士が城からの馬車に乗って往診に出かけたことを聞いたアンドレは、またカティアに会えそうだと馬を借りて城へと走らせます。
 河辺で娘が洗濯しています。朝の光が明るい。向こう岸の土手を走るアンドレに手を振った後、右に行くととんでもないものを見つけてしまいます。
 城の玄関前にアンドレが到着します。玄関のある壁は奥へ伸びていて、右に半円アーチの窓が二つ並んでいます。右奥に城門が見え、鋸歯型胸壁をいただいています。あたりの地面は石畳に覆われている。ここはロケによるものなのでしょう。
 中に入ると、方形の扉口が左右で捻り柱と細い円柱のセットにはさまれ、上辺沿いには装飾が施されています。扉口の奥の方からアンドレが現われる。
 切り替わればアンドレは後ろ姿となります。その前方に玄関広間が左右対称で映しだされます。手前に三連アーチがあるのですが、左右のアーチは手前にゆるく折れているようです。その左右の端にカーテンが下でたくしこんであります。その向こうは左右で幅の広い二連アーチが伸びていく。さらに奥、左下から上へ階段がのぼっています。階段は数段のぼって右に折れ、少し進んでから右上にあがります。数段あがった水平の部分には手すりがついており、場所は違いますがこれは前にも出てきた布置です。その左奥に窓が開いている。階段の手前にも幅広の二連アーチがかぶさっています。
 階段をコンスタンティンがおりてきます。やや下から見上げられる。左手の窓の右に柱時計が置いてあります。アンドレのカットをはさんで、上からのショットに換わります。右にコンスタンティンの背が見え、左下でアンドレが見上げている。二人の間には手すりの上にある半柱と、その上の何やら幾何学的な形がはさまっています。
 ざわめきが聞こえてくる。手前に二つのアーチと中央の支え柱、その下には下向き三角の手すりを配して、その向こうに玄関広間がのぞきます。村人たちが入ってくる様が上から見下ろされます。河辺で城の馬車係ボリスの死体が発見されたというのです。中に通された宿の娘は、暖炉の右側にかけられたヤヴティッチ公子の全身肖像画を見て、この人が馬車で博士を迎えに来たと証言する。アーサにしろヤヴティッチにしろ、なぜこんないわくつきの人物の肖像を飾ったままにしておくのか、少し気になりますが、きっと外そうとすれば悪いことが起こったのでしょう、たぶん。


 村の教会のファサードを、カメラは上から下へと撫でます。上には小さな鐘塔、下では前に突きでた三角破風が奥まった半円アーチの扉を擁しているのですが、その間は平坦な壁になっており、細かく分割されています。

 城の広間、暖炉の隠し扉でヤヴティッチと博士が横に並んでいます。カティアの部屋では窓のカーテンが風でふくらむ。自分に割り当てられた部屋にいたアンドレは、悲鳴を聞いて外に飛びだします。出ると右手の扉から左手前へ走る。捻り柱と円柱がセットになったところの左で曲がり、奥へ向かいます。突きあたりには階段が見える。少し進むと左手には大きな二連アーチがあり、そこからコンスタンティンが出てきます。二人は階段の手前で右に曲がります。そちらにカティアの部屋があるようです。
 アンドレが薬を取るべく自室に戻ると、扉のある壁に博士がいました。博士を追って外へ走ります。右奥から現われ、手すりつきの短い廊下を経て、手前の下り階段をおりる。広間です。向かい側奥の暖炉の前では二匹の犬が瀕死の態でした。


 城の外側です。手前に上への階段があり、その上に城門が控えている。左は斜めの石垣、右は城壁です。門の奥、左に本棟と石垣、さらに奥に鐘塔がのぞいています。
 玄関広間の奥にある階段の踊り場でアンドレとコンスタンティン、司祭が話しています。
 一方庭園を無人称(?)のカメラがなぞります。そこにカティアとアンドレがやって来る。
 カメラが暖炉へと前進します。そのまま右へ曲がり、下で束ねたカーテンが風に揺れ、燭台の火が燃え移る様を映します。執事がカーテンを叩いて落とすと、その向こうにあったヤヴティッチの肖像画が破れてしまう。すると奥に空間が続いているのが見えます。コンスタンティンが肖像画の木枠をいじると回転し、暖炉の奥の隠し扉が開くのでした。
 約1時間7分、コンスタンティンとアンドレが隠し通路に入っていきます。左から右へ進めばカメラもそれを追う。通路は物置のような状態です。右の突きあたりにアーサの裸体肖像画がかかっている。カメラは肖像画の前でいったん止まり、左へ反転します。肖像画の右側を押してみると、回転する。これもまた隠し扉になっているのでした。素晴らしい。
 二人は左から出てきます。手前の左に斜めの柱、右に金属の曲線が配される。以前ヤヴティッチに続いて博士が通ったところです。奥へ進んで台形アーチの扉口へ向かう。二人は納骨堂に入ってきて、横たわるアーサを見つけます。アンドレは司祭のもとへと向かうべく、コンスタンティンにこちらの方が早いからと言われ、以前おりてきた階段から外へ出ます。
 約1時間9分、コンスタンティンは隠し通路に戻る。肖像画の隠し扉を抜け、右から左へ進み、廊下の奥を右へ折れる。今度は左から右へ、左右を捻り柱と角柱にはさまれた扉こそが、暖炉の奥に通じているわけです。
 一方アンドレと司祭は墓地へ向かっています。
 コンスタンティンは広間側にいたはずの執事に声をかけますが返事はなく、廊下を右に、また左へと進む。方向感覚がよくわからなくなってしまう、玩味すべき場面です。そうこうするとヤヴティッチに出くわし、格闘になる。床に落とし穴が開いて突き落とされてしまうのでした。


 墓地ではアンドレが放りだされていた鉄仮面を見つけます。次いでヤヴティッチの墓を探しあて、掘りかえしてみれば柩の中にいるのは博士でした。以前アーサの石棺からとりだして博士がアンドレに渡した冊子は、アンドレが手がかりにならないかと司祭に預けていたのですが、そこに吸血鬼の滅ぼし方が記してあるのを見出した司祭は、尖ったものを博士の目に打ちこみます。

 カティアが6段ほどの階段をおりてきます。右に伸びる手すりつきの短い廊下からのくだりで、広間に通じるものであるわけです。上には幅の広い尖頭アーチがあり、右手にもアーチが並ぶ。今回広間では随所に下で束ねたカーテンが目につきます。手前に進んでくると台の上に置かれた柩の中にヴァイダ公が横たわっています。柩は画面に対して奥行き方向に置いてあります。柩の奥、右手には扉口が見え、その上・手前にアーチがある。カティアが進むとともにカメラは後退する。柩の右側を通ると、手前右にもう一つ扉口があり、カティアはこちらに入っていきます。
 約1時間14分、今度はカティア彷徨の段です。扉口を抜けた先は暗い廊下でした。奥の方に6段ほどの下り階段が見えます。皆の名を呼びながらカティアは奥から手前へ走ってくる。カメラは静止したままです。手前で右に折れると、やっとカメラもそれを追います。角に捻り柱があります。背中を見せて右奥の扉に向かい、開いてみれば首を吊った執事が揺れている。慌てて戻る様をカメラは右から左へ追います。角を曲がって廊下を奥へ、ここでまたカメラは静止して見送ります。
 切り替わって左奥から出てきます。右手奥には大きな窓が開いており、外の景色が見えます。塔の頂きらしきものがのぞき、そうだとするとけっこう高い位置にこの部屋はあることになる。窓の縁には装飾が施され、ガラスは上部のみにはまっているようです。部屋の右手前、床に額絵が置いてあり、ここも物置代わりなのでしょうか。先ほどの窓の右手で壁はすぐ手前に折れ、そちらにもやはりガラスなしの大きな窓があります。中央の支え柱は捻り柱です。マッシモ城の公式サイトにこの物見の写真があるので、実在する部屋でのロケなのでした。
 誰からも答えは返ってこず、カティアは左に引き返します。夕刻の野を馬で急ぐアンドレのカットをはさんで(以前、朝に城へ馬を走らせた時の晴れやかさと対照的です)、カティアが柩を置いた広間に戻ってきます。柩の父のもとで嘆いていると、窓が暗くなる。日が落ちたのです。死んだはずのヴァイダ公が動きだします。シルエットと化した丘の上の城の下を、アンドレが右から左へ駆け抜ける。すでにお馴染みとなった構図です。気を失なったカティアに這い寄るヴァイダ公をヤヴティッチが止めます。下からのヤヴティッチのショットと上からのヴァイダ公のショットが切り交わされ、哀れヴァイダ公は始末されてしまう。

 玄関前にアンドレが到着します。呼びかけに応答はなく、扉も開かないので、右手の壁をよじ登る。納骨堂のカットをはさんで、上方の窓を破ってアンドレが飛び降りてくる。突きあたりに6段ほどの階段が見える廊下が奥に伸びています。先ほどカティアが2度往き来したところです。アンドレが奥へ走る様を、カメラはやはり静止して見送ります。納骨堂のカットをはさんで、アンドレは広間に出る。
 納骨堂では横たわったままのアーサが、ヤヴティッチがかたわらに寄りかからせたカティアの手を取ります。カティアはあえぎだし、顔に皺を刻んでいく。一方アーサの顔から皺が消えていきます。
 アンドレは暗い廊下に奥の右から出てくる。廊下は物置の態です。すでに隠し通路に入ったということなのでしょう。奥から手前へ、カメラはわずかに左から右へ振られます。アンドレが止まると、壁を背にヤヴティッチが立っている。格闘が始まります。行ったり来たりします。床の落とし穴も開きます。左手に捻り柱があります。落とし穴の下から見上げたショットも登場します。左手で柱が幾本も上にのぼっている。司祭に率いられた村人たちが城へ押し寄せるカットをはさんで、アンドレは落とし穴に突き落とされそうになりますが、下から這いあがってきたコンスタンティンのおかげで、ヤヴティッチを下に落とすことができました。コンスタンティンがよじ登れたくらいですからヤヴティッチにもできそうなものですが、そうはならないようです。とまれアンドレは納骨堂に到着し、クライマックスへとなだれこむのでした。


 なおこの作品は、ゴーゴリの「ヴィイ」を原作として挙げています。もっともやはり「ヴィイ」に基づく『妖婆 死棺の呪い』(1967、総監督:アレクサンドル・プトゥシコ)が比較的原作に忠実なのに対し、本作ではほとんど原形をとどめていません。
 また主演のバーバラ・スティールは本作によってイタリアの怪奇ものやスリラーの花形女優となったといいます。上に並べた作品でも、『ヒチコック博士の恐ろしい秘密』(1962)、『幽霊』(1963)、『幽霊屋敷の蛇淫』(1964)、『死の長髪』(1964)、『霊媒のための五つの墓』(1964)、『亡霊の復讐』(1965)などなどに出演したほか、コーマンの『恐怖の振子』(1961)に呼ばれたのは製作年からして、本作での二役が製作陣の目に止まったからと考えてよいでしょう。さらにフェリーニの『8½ 』(1963)にも出ているとのことですが、確認するのはまたの機会に譲りましょう。

Cf.,  菊地秀行、「我が『血塗られた墓標』」、『怪奇映画の手帖』、1993、pp.58-63、また同書 p.192

菊地秀行、「血塗られた墓標」、『夢みる怪奇男爵』、1991、pp.217-219

ジョン・L・フリン、『シネマティック・ヴァンパイア 吸血鬼映画B級大全』、1995、pp.136-138/no.082

那智史郎、「競艶 イタリアン・ヴァンパイア 1960年代のマカロニ・ヴァンパイア・ムービー」、『アメージングムービー』、no.2、1997.12、pp.124-129

黒沢清+篠崎誠、『黒沢清の恐怖の映画史』、2003、pp.137-180:「3. マリオ・バーヴァとヨーロッパ怪奇の神髄」
こちら(『白い肌に狂う鞭』)や、そちら(『呪いの館』)でも挙げています


二階堂卓也、「二人目 マリオ・バーバ イタリアン・ホラーの先駆者」、『マカロニ・マエストロ列伝 暴力と残酷の映画に生きた映画職人たち』、洋泉社、2005、pp.39-53
こちら(『呪いの館』)そちら(『リサと悪魔』)でも挙げています
また同書から→こちら(『顔のない殺人鬼』)や、そちら(『インフェルノ』)あちら(『影なき淫獣』)も参照


山崎圭司、「マリオ・バーヴァ 息子ランベルトが語る〝色彩の魔術師〟」、『イタリアン・ホラーの密かな愉しみ』、2008、pp.164-167
こちら(『ザ・ショック』)でも挙げています


José María Latorre, El cine fantástico, 1987, pp.319-336:"Capítulo 20 La escuela italiana del terror" より pp.325-330
同章からは→こちら(『ブラック・サバス 恐怖!三つの顔』)や、そちら()『白い肌に狂う鞭』あちら(『バンパイアの惑星』)でも挙げています

Troy Howarth, The Haunted World of Mario Bava, Revised and expanded edition, Midnight Marquee Press, Inc., Baltimore & London, 2002/2014, pp.27-34, 191-196, etc.
こちら(『知りすぎた少女』)そちら(『ブラック・サバス 恐怖!三つの顔』)あちら(『白い肌に狂う鞭』)ここ(『モデル連続殺人!』)そこ(『バンパイアの惑星』)あそこ(『呪いの館』)こなた(『血みどろの入江』)そなた(『処刑男爵』)あなた(『リサと悪魔』こっち(『ザ・ショック』)、加えてあっち(『インフェルノ』)でも挙げています

Tim Lucas, Mario Bava. All the Colors of the Dark, Video Watchdog, Cincinnati, Ohio, 2007, pp.280-327
こちら(『知りすぎた少女』)そちら(『ブラック・サバス 恐怖!三つの顔』)あちら(『白い肌に狂う鞭』)ここ(『モデル連続殺人!』)そこ(『バンパイアの惑星』)あそこ(『呪いの館』)こなた(『血みどろの入江』)そなた(『処刑男爵』)あなた(『リサと悪魔』こっち(『ザ・ショック』)、加えてそっち(『生きた屍の城』)あっち(『世にも怪奇な物語』)こなた(『赤い影』)そなた(『悪魔の凌辱』)あなた(『インフェルノ』)でも挙げています

Danny Shipka, Perverse Titillation. The Exploitation Cinema of Italy, Spain and France, 1960-1980, 2011, pp.33-37, 55

Roberto Curti, Italian Gothic Horror Films, 1957-1969, 2015, pp.37-49

Jonathan Rigby, Euro Gothic: Classics of Continental Horror Cinema, 2016, pp.90-95

『マリオ・バーヴァ 地獄の舞踏』、2000、TV、監督:ゲイリー・S・グランド、約60分
原題:
Mario Bava. Maestro of the Macabre

イタリア製ホラー映画全般とその周辺に関しては、上掲の『イタリアン・ホラーの密かな愉しみ』(2008)とともに、
サイト[ YELLOW-EUROTRASH MOVIES ]、その内とりわけ「年代別リスト」等で情報を得ることができました。


なお、一応の原作が、
ニコライ・ゴーゴリ、原卓也訳、「妖女(ヴィイ)」、『怪奇小説傑作集 5』(創元推理文庫 501E)、東京創元社、1969、pp.185-247
原著は
Николай Васильевич Гоголь (Nikolai Vasilevich Gogol), "Вий (Vii)", Миргород (Mirgorod), 1835

マリオ・バーヴァの息子ランベルト・バーヴァが監督した
『デモンズ5』、1989
は原題が

La maschera del demonio
で、『血ぬられた墓標』の再製作ということですが、お話はマリオ・バーヴァ版ともゴーゴリの原作とも別物です。
 2015/6/5 以後、随時修正・追補
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