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たたり
The Haunting
    1963年、UK・USA 
 監督   ロバート・ワイズ 
 撮影   デイヴィス・ボールトン 
編集   アーネスト・ウォルター 
 プロダクション・デザイン   エリオット・スコット 
 セット装飾   ジョン・ジャーヴィス 
    約1時間52分 
画面比:横×縦    2.35:1
    モノクロ 

LD
………………………

 ジョン・ランディス編の『モンスター大図鑑』(2013)に収められたジョン・カーペンターへのインタヴューで、カーペンターは「『たたり』はひどい!あの映画は最悪だ」と、ランディスは「僕は大好きなんだ!」と語っています(p.241)。ランディスが「『たたり』と『回転』はどちらも幽霊が決して姿を見せない」、カーペンター「それは、ずるいけど見事なホラー映画の作り方だよ」、ランディス「やっぱり、姿が見えないと嫌かい?」、カーペンター「いや、決してそんなことはない。でも、見えないと頭に来る。お金を払っている以上は、そいつの正体が何なのか、この目で見たいじゃないか」と続く。黒沢清の『映画はおそろしい』(青土社、2001)所収の「ホラー映画ベスト50」で第9位に本作が挙げられているのですが(p.31)、やはり「この映画が前記の『回転』に較べて一歩劣るのは、ついに亡霊が登場しない点にある。…(中略)…1カットでも亡霊が出れば『回転』を抜いたかもしれない。実に惜しい」と述べられていました。ことほどさように、理由はともかく、本作には評不評の懸隔が甚だしいようです。
 ともあれ大昔にテレヴィで見て以来本作は、古城映画の範例的存在として個人的には記憶に刻みつけられてしまいました。あらためて見直せば、ヒロインのモノローグの多さはおくにしても、廊下をうろうろしてくれる場面が存外に少ないのは残念至極ですが、それでもあちこちに濃密な陰影を溜まらせる館の雰囲気には、涙せずにいられません。カメラも横方向の動きはもとより、本作では上から見下ろしたり下から見上げたりといった位置取りがむやみに多いような気がします。
 『アッシャー家の惨劇』(1960)の企画に際して監督のロジャー・コーマンが、プロデューサーから「だが、モンスターが出てこない」と言われた際、「屋敷そのものがモンスターなんだ」と答えたという逸話は当該頁でふれましたが(→こちら)、このコーマンの命題を最大限に展開したのが本作と見なせるでしょう。コーマンや同時期のハマー・フィルムの諸作同様、ここでも話の随所で館の外観がはさまれるのですが、類例以上に本作では、外観のショットが複数重ねられ、館の視線を登場人物と観る者に感じさせる役割を果たしています。

 監督のロバート・ワイズには、本サイトでは『キャット・ピープルの呪い』(1944、共同監督)と『死体を売る男』(1945)ですでに出会いました。ともにRKOでのヴァル・リュートン製作作品です。後者はボリス・カーロフの存在感を最大限に引きだした作品でした。本作もリュートン流儀に連なるものと見なせるかもしれません。50年代SF映画の古典の一つ『地球の静止する日』(1951)などを経て、本作に先立っては『ウェスト・サイド物語』(1961)、またすぐ後には『サウンド・オブ・ミュージック』(1964)で高い評価を得ながら、その合間に本作を撮るとは、きっと素晴らしい人物にちがいありません、たぶん。その後も『アンドロメダ…』(1971)、『オードリー・ローズ』(1977、未見)などを残しており、何やらこだわるところがあったのでしょうか。
 プロダクション・デザインのエリオット・スコットは、先だっては美術監督として『怪獣ゴルゴ』(1961、監督:ユージン・ローリー)、後に『ドラゴン・スレイヤー』(1981、監督:マシュー・ロビンス)、『インディー・ジョーンズ 魔宮の伝説』(1984、監督:スティーヴン・スピルバーグ)、『ラビリンス』(1986、監督:ジム・ヘンソン)、『インディー・ジョーンズ 最後の聖戦』(1989、監督:スティーヴン・スピルバーグ)などに携わっています。音楽のハンフリー・シアルは、ハマー・フィルムの『恐怖の雪男』(1957、監督:ヴァル・ゲスト)を担当していました。
 主演のジュリー・ハリスは『エデンの東』(1955、監督:エリア・カザン)、クレア・ブルームは『ライムライト』(1953、監督:チャールズ・チャップリン)で知られる女優ですが、やや地味で大人しそうなジュリー・ハリスと輪郭のくっきりしたクレア・ブルームのコンビは、再映画化版の『ホーンティング』(1999)でもリリ・テイラー/キャサリン・ゼタ・ジョーンズとして再現されていました。ベビー・フェイスのラス・タンブリンはワイズの『ウェスト・サイド物語』からの続投ですが、日本の観客にとっては『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』(1966、監督:本多猪四郎)への出演によって、同じく本多監督の『フランケンシュタイン対地底怪獣』(1965))、『怪獣大戦争』(同)でのニック・アダムスともども忘れがたい男優であります。最後の方で登場するロイス・マクスウェルは『007 ドクター・ノオ』(1962、監督:テレンス・ヤング)以来の007シリーズで、ミス・マニーペニー役をつとめた女優です。
 なお[ IMDb ]は本作のロケ地としてイングランド中部のウォリックシャー州ストラトフォード=アポン=エイヴォンの南、アルダーミンスターにあるエッティントン・パーク・ホテル Ettington Park Hotel, Alderminster, Stratford-upon-Avon, Warwickshire とその周辺を挙げています(→こちら(英語版ウィキペディア)、本作についての項目あり。ついでに「超常現象」の項もあります)やそちら(公式サイト)、また下掲 Jonathan Rigby, English Gothic. A Century of Horror Cinema, 2002, p.101 も参照)。Google の画像検索で見ると、館の正面の眺めはこのホテルによるもののようです。水平の縞状に区切られた壁面が印象的です。ウィキペディアによると建物は、おそらくは17世紀半ばに建てられ、18世紀半ばに増築された前身を1858-62年に再建したもので、〈ネオ=ゴシック〉様式のカントリー・ハウスとのことでした。


 開幕早々、真っ黒なシルエットと化した館が仰角で映しだされます。夜空に雲が浮かんでいる。左から月明かりが射しているようです。横にひろがる館は、屈曲した輪郭と、尖り屋根をいくつか、煙突らしきものを聳えさせている。
 男声のナレーションがかぶさり、そのままタイトル・クレジットに入ります。その途中で空が真っ暗になり、壁に右から薄明かりが当たる。壁は石積み、いくつもの凹凸があります。
 ナレーションが再開すると、窓の一つに灯りがともる。築90年という「ヒル・ハウス」の歴史が物語られます。
 木立の間の道を馬車が進んできますが、転倒してしまう。宙に浮いた車輪がアップになり、画面左に配されたそれが右に切り替わると、女性の手が垂れさがります。このモティーフは末尾近くで反復されることでしょう。
 屋内が下から斜めにとらえられます。薄暗い。シャンデリアの奥にゆるい半円アーチが連なる廊下が伸びています。館の主ヒュー・クレインと幼い娘アビゲイルが登場します。
 画面左に扉が見え、その左手前に鏡らしきものが配されています。右ではずっと奥の方へ廊下が続いている。やはり薄暗い。やや下からのカメラです。廊下の突きあたりには窓がのぞいています。女性が廊下から進んできて左の扉の前に立ち、扉を閉じなおしてまた右へ、まわりこむようにして手前に出てくる。馬車の事故で死んだのがヒュー・クレインの最初の妻で、ここでの女性は二度目の妻とのことです。カメラが少し後退・上昇します。閉じたはずの扉が半開きになる。画面左右を歪んだ額縁が区切り、左の鏡に像が映ります。
 二度目の妻が前向きでとらえられる。カメラは上から見下ろしています。階段の上にいます。カメラが少し後退すると、転げ落ちてしまう。階段の下から見上げるカメラに切り替わり、左上から右下へ、何度かカットを重ね、ついにはカメラは逆さまになってしまう。
 ヒュー・クレインは英国で水死したという。一方画面は娘のアビゲイルの部屋です。ベッドに横たわったまま、彼女は年老い、時間の経過が表わされる。彼女の世話をする村の娘は、廊下で逢引しています。廊下の奥はバルコニーになっているのでしょうか。その間寝たきりのアビゲイルは杖で壁を叩きながら死亡してしまう。これはヒロイン・エレノアの母の死のさまに呼応することになるでしょう。
 かなり上から斜めに、鉄製の螺旋階段がとらえられます。踏面には円形の孔がいくつも開いている。軽量化のためでしょうか。左奥の壁に階段の影が落ちています。お盆を手に世話係がのぼってくる。お盆にはロープがとぐろを巻いています。それを見下ろすカメラも回りながら彼女をとらえ続けます。彼女が階段をあがりきると、カメラはそのまま左へ動き、かなり高い位置から下の部屋を見下ろします。そこに首を吊った娘の脚が落ちて来ます。螺旋階段を素早く右に回りながら、カメラはおりていく。ここまでで約7分弱でした。


 オーヴァラップして館の所有者であるサンダースン夫人(フェイ・コンプトン)と、その向かいにいるマークウェイ博士(リチャード・ジョンスン)が映しだされます。サンダースン夫人が登場するのはこの場面だけですが、なかなか存在感を発しています。場所は夫人宅の居間でしょうか。ヒル・ハウスの歴史を物語ってきたナレーションは博士の声でした。博士は心霊研究のためにヒル・ハウスへの滞在を許可してくれるよう依頼していたのです。夫人の夫でしょうか、同席していた男性ハーパーの進言で、夫人の甥ルークが同行することになる。

 博士が調査に参加するべき超常現象を経験したことがある候補者を絞りこんでいる場面、次いでボストン在住のエレノア・ランス(ジュリー・ハリス)と妹一家が必ずしも良好な関係にないらしい場面を経て、約12分にしてエレノアは車で出発します。彼女のモノローグも始まる。ヒル・ハウスはボストンから国道50号線を進み、途中でルート238に入ったその先にあるとのことです。
 約14分、正面から門がとらえられます。門の左右を尖り屋根の角塔状柱がはさんでいる。門の格子にはそれより背の高い上向きの三角が重なっています。向こうから車が進んでくる。管理人のダドリーは中に人を入れたくない様子ですが、それを押し切ってエレノアは車を進めます。門からしばらく木立の間の道が続く。

 運転しながら左を見上げると、約17分、ヒル・ハウスの外観が下から映しだされます。中央付近に手前へ突きだしたアーチがあり、これが玄関なのでしょう。その右背後には尖り屋根の角塔が聳えています。屋根の下を細かく縦に分割された帯が支え、その下、壁の中央にアーチの窓が開いている。その右手前には少し背の低い、やはり尖り屋根の多角形の翼が出ています。屋根の下、二階分がいくつもの柱で区切られています。その右奥にも棟は続き、2本ほど煙突らしきものが立っている。玄関の上は左右に三角破風、すぐ右奥に低く小さな尖り屋根の塔、また左奥には尖り屋根の円塔、その手前に突きだした翼も多角形のようです。全体に黒々として、やたらに縦長の窓だか凹みが多い。空は薄雲に覆われている。先に触れたようにこの外観はエッティントン・パーク・ホテルのものです。
 上から見下ろされたエレノアのアップをはさみ、館の細部が、角度を変えた二つの三角破風とその周囲、円塔の帯状浮彫、二連アーチの窓と3カット映される。また上からのエレノアの目元のアップをはさんで館の全景、上から少し引いたエレノアのアップをはさみ、正面中央が下からとらえられる。2連アーチの窓が下から見上げられ、カメラがズーム・インします。
 今度は玄関前がかなり上から見下ろされる。左に円塔、その手前に玄関ポーチの平屋根、右寄りに円柱が区切っています。その右は急勾配の屋根です。右上から車が接近してくる。仰角でカメラが玄関前へ接近します。カメラはそのまま玄関の右の角塔を見上げる。また上からの俯瞰でエレノアが車から降ります。ほぼ水平の視角になり、奥には2連尖頭アーチ、柱や壁は水平の明暗の帯で覆われています。エレノアが上から見下ろされ、下から角塔が見上げられる。上からエレノアが右下へ進むさまをとらえ、次のかなり下からのカットでは、ひずんだアーチが画面を枠取っています。向こうには角塔が聳え、雲が流れます。
 エレノアのカットと切り返される館の外観は、映しだされる細部ともども、角度を変えたカット自体が複数いくつも重ねられます。これが単なる舞台というに留まらない、館の存在感を印象づけるのでしょう。エレノアと館が互いに視線で探りあっているかのごとくであります。


 約19分弱、水平の視角で玄関前のポーチが映ります。エレノアは右・やや奥へ進む。カメラもそれを追います。
 扉の前にいると、内側から開かれる。家政婦のダドリー夫人(ロザリー・クラッチュリー)です。やせ細ってなかなか印象的な風貌です。
 中に通されたエレノアは、右向きで画面左に配される。カメラが右へパンします。まずはゆるい尖頭アーチが向こうの空間に通じています。その右にも同型のアーチがあり、その奥で上への階段がのぼっている。カメラはさらに右へ動きますが、おそらく階段が玄関の向かいになるのでしょう。屋内はふんだんに装飾されています。
 エレノアはいったん床に下ろした鞄を持ちあげようとします。鞄の右の床にエレノアの像がきれいに映り、その右にはシャンデリアの反映も見えます。
 鞄を取り右へ、カメラも右に追います。柱を経て階段が下から見上げられる。踊り場で左右に分かれているようです。
 上からのカメラが左から右へ滑る。ダドリー夫人は踊り場から真っ直ぐ正面にあがる。こちらにも奥へ続いているらしい。画面奥に左上がりの階段が見えます。右下には石彫の童子像が飾ってある。踊り場正面の階段は数段ほどですが、すぐ左の壁に姿見がかけられ、エレノアをぎょっとさせます。
 先には薄暗い廊下が伸びています。右手前にも扉がある。エレノアの部屋は階段を上がって向かいの左側でした。
 室内に入ると正面にベッド、その右に窓、さらに右に暖炉があります。ベッドの左は奥まり、やはり窓のある空間になっている。部屋の形は方形ではなく屈曲しているようです。ダドリー夫人は部屋に入ると左側に立つ。その背後にはマントルピースでしょうか、上に白い小像が置かれ、その上の壁に枝を絡めたような額がかけられ、右に複雑な影を落としています。鏡でしょうか。ダドリー夫人はいささか不気味な説明を述べた後、それまでの無表情を一変させ、にやっと笑います。


 エレノアを上から見下ろしていたカメラは、右に下がり、振り返ったエレノアを下から見上げます。このカメラの動きは後にも登場します。ほぼ水平に切り替わると、エレノアの動きとともに少し前進し、右へ進む。エレノアはベッドの右奥へ向かいます。先にあるのは浴室でした。下からのカメラが白い壁を映します。奥には円形の天窓が設けられている。
 向かいの扉は隣室に通じていました。ちょうどセオドラ(クレア・ブルーム)が入ってきたところです。右の壁には暖炉があり、その上の鏡は斜めにかかっている。鏡にダドリー夫人が映りこんでいます。エレノアとセオドラの動きに合わせてカメラは左右するのですが、二人の背後でダドリー夫人はまず右へ、次いで左に動く。前景の人物の向こうで別の人物が動くというパターンは、すぐ後でも出てきます。
 ダドリー夫人はエレノアに告げたのと同じ口上を述べますが、途中からエレノアに台詞を横取りされる。それでもにやっと笑うことを忘れません。お茶目です。


 荷物を開けるセオことセオドラにオーヴァラップして、カメラは右から左へ、天井付近を下から見上げます。廊下でした。左下を着替えたネルことエレノアが前進してきます。カメラは後退する。その右後ろの扉からセオが出てきて、左の扉に向かいます。「どれかが広間に通じてるはずなのに」といいます。ネルは廊下の交差点で立ち止まる。セオが前に来るとネルは寒さを感じます。ネルの左で鉢植えの葉が揺れている。「家が生きてる」ネルはという。
 手前に左上がりの階段があります。セオがのぼりかけている。ネルが暗がりに後ずさりすると、カメラも揺れます。
 ネルが上から見下ろされる。画面下辺沿いが明るくなります。扉が開いたのです。博士でした。博士は扉を開けておいてもひとりでに閉まるといいます。
 博士は二人を室内に導きます。多角形の部屋で、各辺が向こうに通じています。博士はここを「紫の応接間」と呼ぶ。
 扉が斜めに取りつけられており、自動的に閉まってしまうこと、また建物の角がいずれもいびつで、直角がないのだと博士は説明します。扉から出て右へ、廊下です。手前左右に扉があり、博士が入ろうとした右は掃除道具入れでした。本作では珍しく喜劇調です。左が食堂です。ここも多角形のようです。ギザギザ紋の明るめな壁紙が貼ってあります。
 右奥の扉口からカクテルの大グラスを手にしたルーク・サンダースン(ラス・タンブリン)が出てきます。その左に半円形の大鏡があり、下のテーブルでカクテルを準備するルークが映りこみます。手前では実物が背を向けている。この鏡はまた、食事中はルークの席の背後に位置し、セオとネルの像が映っています。左に大きく博士が配される。下からの仰視です。半円鏡はやはり少し斜めにかけられているのでしょうか。
 半円形の鏡が配された壁の左手がテーブルの奥にあたり、そこには暖炉があります。その上にも額入りの鏡がかけられていますが、やや曇っているように見えます。
 博士が今回の超自然研究の趣旨を説明します。ネルは子供の頃ポルターガイストを起こしたことが記録されているのですが、本人はかたくなに否定します。セオはずけずけものをいう性格のようです。

 食後、一同は別の部屋でくつろいでいます。前に出た紫の応接間でしょうか。壁はやや暗い。奥に半円アーチがあり、向こうに通じている。アーチ部分の天井は格子間になっています。
 左に扉があり、ここを出ると主階段をおりたところでした。カメラは上から見下ろしています。一同は上辺沿いから下へ進む。ネルが水平になります。階段を少しのぼった博士が下から見上げられる。セオとルークは上から見下ろされます。各人のカットが交互に切り返される。4人が階段をのぼるさまをカメラは上から見下ろします。階段をあがりきるとカメラは下から見上げている。廊下の天井は浅い山型です。


 ネルが自室にいます。ベッドに横たわる。カメラはそれを上から見下ろし、下降して下から見上げる。また真上からのネルのアップ、また下から、次いで引きで水平になる。室内にも童子像が飾ってあります。
 約41分弱、夜の館1階部分の外観が下から見上げられる。クロス・フェイドして1階の主階段を望む。しばらくそのままで、やがてフェイド・アウト。
 ネルは母親が呼ぶ音かと目を覚まします。ドンドンと響く音がする。セオの呼び声が聞こえてきます。またドンドン。隣のセオの部屋に急ぐ。
 セオの部屋には大鏡があり、そこにベッドで寄り添う二人が映っている。鏡の右に扉、その右に暖炉があります。
 ネルの右向きのアップ、顔の左側が陰になっています。右奥に胸像が見える。左を向く二人のアップがやや上からとらえられます。やや下から二人が映り、鏡がまた登場する。背後から二人が見られ、替わって前からのアップが下から見上げられる。ドンドン。鏡が映り、カメラは左から右へ、また下からの二人のアップ、これが交互に切り換えられる。
 扉に急速ズーム・インします。ガンガン。二人の動きがズレ、また合流する。引きとアップが切り換えられる。扉の取っ手がアップになり、次いで引きに替わる。カメラは斜めになっています。接写で扉の縁をカメラは斜めに撫でます。ガンガン。ひずんだレンズで右から左にカメラが動く。「終わった、寒さが引いたもの」とセオがいう。
 ネルが扉を開けるとちょうど博士とルークが通るところでした。部屋の前を走った犬を追いかけて外にいたのだという。暖炉の上の斜め鏡に向かいの姿見が映りこんでいます。


 約48分弱、シルエット化した館の外観が下からとらえられる。右から光が射します。
 翌朝の食堂です。ネルと博士が会話する。追ってセオが加わります。ルーク登場とともにLDではここでB面に変わります。53分9秒でした。
 玄関近くの廊下にペイズリー紋の壁紙を貼った部分があり、そこに白で文字が落書きされていたのでした。廊下の奥は交差点で、扉が食堂に通じています。

 5人の人物の群像が映ります。犬もいる。白い表面は大理石ということなのでしょうが、石膏にしか見えません。彫像の出来もよろしいとはいいがたい。
 温室のようです。奥に長い。ネルたち4人が入ってきた壁の上半は装飾で覆われています。その上はガラス屋根です。壁の下半もガラス貼りでした。左手ではガラス壁の上で少し斜めになってやはりガラス貼りです。ネルは群像のまわりで舞い踊ります。風で扉がいきなり開く。
 ネルたちは奥へ進み、抜けた先は多角形の広間です。手前左の扉は図書室でした。ネルは臭いがひどいと中に入ろうとしません。
 他の三人が入った中は、壁に凹凸があり、奥には鉄製の螺旋階段が見えます。冒頭で館を嗣いだ世話係の娘がのぼった階段です。階段は書棚2階分以上あり、書棚の上にもまだ壁が高く伸びています。その上方、階段をのぼりきったところはバルコニーになっている。そのさまが下から見上げられます。ルークが階段をあがろうとするとぐらぐら揺れる。階段を支える水平の柱が壁に接続しているのですが、それが外れかかっているのでした。


 約1時間1分、下から角塔が見上げられます。空の色が濃い。左からネルが現われる。彼女が上から見下ろされます。すぐ背後にバルコニーの欄干があります。
 カメラは角塔を下から上へ撫でる。角塔の壁はグレーで、空は白い。角をはさんで左右の壁に窓のあることがわかります。窓にズーム・インしたカメラは急速に下降してまた急速で左右に揺れる。下にネルがいます。角塔の視線なのでしょう。ネルの手前には方形の棟が突きでており、屋根は平らである。
 バルコニーはゆるい尖頭アーチの手前にあります。アーチの奥に少し入るとフランス窓が待っている。窓の左は段々になった下ひろがりの太い柱、その左奥の尖頭アーチには蜂の巣状の格子がはまっています。角塔の視線に圧されたかのように、危うく転落しかけるところを博士に抱きとめられる。このモティーフは後に変奏されることでしょう。

 部屋でネルとセオがおしゃべりしています。ネルは酔っぱらっている。カットが頻繁に切り換えられます。
 博士の呼び声が聞こえてきます。廊下の奥に博士が立っている。この時点では廊下の奥は少し段をおりて扉があるようにも見えました。しかし博士のいる位置の右手からルークが数段あがってきます。カメラも巡る。奥からネルとセオが走ってくる。博士は廊下奥を「コールド・スポット」と呼びます。ヒル・ハウスの心臓部だというのです。奥の扉はアビゲイルの子供部屋のものでした。ネル、セオ、ルークが真上から見下ろされる。ネルとセオは戻る際、数段おります。子供部屋の前は廊下より数段高くなっていた訳です。廊下の奥でまた数段上がるようで、その先が主階段なのでしょう。


 寝室にネルとセオがいます。ずけずけ言うセオにネルは苛立ちます。
 下から角塔が見上げられます。雲が流れます。
 窓の尖頭状の桟越しに角塔のシルエットがとらえられます。ひずんで末広がりになっている。カメラは右から左へ動く。壁のエンボスが映されます。そこに尖頭アーチの影が落ちます。ネルのカットを経て、壁のエンボスにカメラは前進する。祈りのような声が微かに響く。壁のエンボスは木の葉紋ですが、上の方で二つの目のように見える凹んだ箇所があります。横たわるネルを上からとらえたカット-カメラは前進したり後退したりする-と交互に、エンボスが映される。前進するカメラは少しねじれます。笑い声も聞こえる。エンボスにまた尖頭アーチの影が落ちます。右の窓は暗くなり、エンボスがやや斜めにとらえられる。ネルは怯えたセオの手に握られていたと思っていたのですが、ふと気づけばベッドではなくソファに一人で寝ていたのでした。
 下から角塔が見上げられ、雲が流れると光があたります。


 カメラが斜めに下降すると、ハープ越しに博士がとらえられます。紫の応接間でしょうか。入口の左に3連尖頭の何かが配されており、オルガンのようです。向かいの壁では低い位置で、窓の右に装飾を施された低い三角アーチがあります。これは窓の左にもある。アーチの頂点から上に細い付柱が伸びています。
 ネルと博士が会話します。ハープがひとりでに鳴る。


 《肉欲 Lust》と題された挿絵が映しだされます。横長の画面に、筋肉隆々の骸骨と翼のある人物が争うように浮遊するというものです。ウィリアム・ブレイク風といってよいでしょうか。わざと粗野な風を装い、輪郭線が強調されています。何かネタがあるのかもしれません。すぐ後には同じく横長の画面で、女性が大蛇に絡みつかれている場面も登場する。ヒュー・クレインが娘のアビゲイルのために著した本の挿絵で、書名は『アビゲイル・クレインの教育と啓蒙のために』、1873年10月21日の日付が入っているとのことです。90年前の明日だという。ルークが見つけたもので、斜め鏡と半円アーチのある部屋で読みあげたのでした。
 カメラは後退・上昇し、一同を見下ろす。セオとネルが言い争います。飛びだしたネルを、博士に促されてセオが追う。


 まだらの尖頭アーチのあるバルコニーにネルがいます。セオが追ってくる。窓には蜂の巣状の格子がかぶさっている。
 ネルとセオはまた言い争いになる。ネルはセオを自然の過ちと難じます。これはセオが同性愛者であることを指しているのですが、少なくとも日本語字幕で画面を追うかぎりではそこまで読みとるのは難しい。ちなみに1999年の再映画化版『ホーンティング』では、しょっぱなからセオは、自分がバイセクシュアルであることをあっけらかんと公言していました。本作での扱いとは対照的ですが、時代の流れというものなのでしょう。いずれにせよ本作でも、もっともひねりのきいた性格づけが施されているのはセオでした。
 と、下に車が着きます。約1時間21分、博士の妻グレイス(ロイス・マクスウェル)の登場です。ネルのモノローグが、ここは私の居場所と語ります。子供部屋のことを口走ったネルをセオが見つめる。
 玄関から入ってきた一行を、カメラは左から右へ追う。一行が階段をあがるのをカメラは上から見下ろします。下からの仰視のカットをはさみ、また上からの俯瞰で階段をのぼる一行を後退しつつ追う。右へ進む。と、廊下の奥の扉が開いていました。向こうは真っ暗です。子供部屋でした。カメラは急速にズーム・インする。
 一行は廊下を奥から手前へ、2~3段上がり多角形の空間に着く。カメラは左から右へ動きます。
 一行が始めて入る子供部屋は、中央をいくつものゆるい半円アーチが囲むというものでした。やはり多角形のようです。グレイスはこの部屋に泊まると言い張ってききません。


 左にネルのアップが配されます。右奥にエンボスの壁、その右に扉が見える。背後で左からセオが現われる。扉から入ってきた博士と話します。
 紫の応接間に移る。カメラは左から右下へ、暖炉の手前で折れて左へ、後退して左へ、うずくまるネルと彼女がその膝に寄りかかっているソファで眠るセオを奥に見て、また後退してから左に折れ、椅子で眠る博士が映されます。左奥の扉からルークがゆっくり入ってくる。
 ルークが酒をラッパ飲みしていると、扉がいきなり閉まります。一同が上から見下ろされる。何やら音がする。次いで男二人がやや下からとらえられます。ネルおよびセオのカットと、博士とルークのカットが交互に切り返される。ドンドンと音が響く。ネルとセオは寄り添います。扉の左右に細い捻り柱があります。音はいったん止むも、セオは寒さを感じ続けています。ガンガン。扉の取っ手が回り、扉が向こう側からふくらんでくる。
 ドンドンという音は上の階に移ります。天井が見上げられる。天井は上ふくらみになっており、十字の梁が区切っています。上から下へと切り返され、ルークは「この館、安く譲るよ」と口走る。買えるもんなら買いてえよと叫びたくなるところです。


 上昇するカメラがネルをとらえ、彼女は一人別の扉に向かいます。約1時間32分、古城映画的山場です。廊下に出る。奥から手前へ走ってきます。それにつれカメラは上昇する。切り替わるとカメラは下降、ネルをほぼ真下から見上げる。また見下ろした後、手前を右へ、カメラのレンズはひずんでいます。廊下を奥から手前へ、円鏡があり、そこに像が映る。先立つ廊下自体、鏡に映った像なのでした。右へ、カメラはひずんで斜め上下に揺れます。
 扉から入ると、向かいから風に揺れたカーテンにからみつかれます。手前右下にハープの下部が映りこんでいます。ネルが見上げるとカメラも上へ。向こうはバルコニーです。
 横長八角形の吹抜が真上から見下ろされる。シャンデリアが揺れ、ネルを映す。斜め鏡が落ちます。左から右へ走る足もとがアップになる。階段をのぼります。足もとが上から見下ろされ、カメラも左から右へ動く。足もとのカットと上から見下ろされたネルのカットが交互に繰り返されます。
 先に伸びる廊下の奥に子供部屋がある。扉は閉まっています。階段をのぼるネルのカットを経ると、半開きになります。
 やや下から暗い廊下が映される。手前に扉が見えます。ネルが奥から手前へ来るさまが、かなり下からとらえられます。そのまま扉を開く。
 室内に入ったネルを左に、水平だったカメラはネルが右に動くとともに右上へ、少しだけ下がってネルを上から見下ろす。画面右端のベッドのところまで来たネルが手前に来ると下降、水平になって左へのネルの動きを追います。左奥の扉からまず博士、少しおいてセオとルークも入ってきます。議論する三人を右奥に、ネルはゆっくり手前に進む。カメラも後退しつつそれに従います。右奥の三人はやがて暗がりに消えてしまう。ネルはそのまま前進する。カメラは後退します。
 温室のクレイン像が下から見上げられる。ネルが上から見下ろされる。彼女は踊りだします。三人のカットを経て、ネルは舞いながらバルコニーに出る。
 ネルは尖頭アーチのバルコニーに来る。見上げると角塔です。
 ブレイク風の挿絵、ハープのシルエットを経て、主階段前をネルは左から右へ横切る。カメラは広角です。扉をくぐると図書室でした。臭いはなくなっている。
 広角のカメラが斜めになって、螺旋階段を回りながらのぼります。斜め上から見下ろすと、螺旋階段の右にネルがいます。踊る。下から螺旋階段が見上げられ、のぼっていくネルの足もとを上から回りつつ追う。次いで胸から上が見下ろされる。足もとのカットと胸から上のカットが交互に切り返されます。螺旋階段が揺れます。引きで上からのショット、アップで上からのショット、下から回りつつのぼるカメラが交互に切り返される。
 足もとが映ると、「エレノア!」と呼ぶ博士の声が重なる。
 上からと下から、引きとアップが交互に配される。
 ネルは階段上のバルコニーにいます。博士がのぼっていく。壁に階段の影が落ちています。階段はぐらぐら揺れる。
 博士が上まで来ると、ネルは両手を口元に当て、腰にあたる欄干を支点に反り返ります。
 天井が斜めに見上げられ、斜めの梁が走っています。博士は間に合う。物音にふと見上げると、天井裏からグレイスが顔を出す。


 約1時間43分、ネルとその部屋を経て、主階段をおりる4人が、斜め下から見上げられる。正面下からに換わります。カメラは右から左へ、一行が玄関に向かう。ネルはここが自分の居場所だと言い続けています。
 玄関を出ると、下から円塔と三角破風が見上げられる。照明があたっています。上からネルと博士が見下ろされ、次いで館外観のより広い細部が下から見上げられる。また上からのネルと博士のカットをはさみ、下からの館の細部が、角塔と左下の三角破風を斜め下から、2連アーチの窓を下から、また角塔と三角破風を斜め下から、また2連アーチの窓を下から、最後に三角破風と円塔を下からと、5カット重ねられる。ネルは「生きてる……私を待ってる It's alive …… waiting for me」と呟きます。
 床近くの高さから玄関が見上げられます。風で木の葉が手前に飛ばされてくる。右にセオがいます。乗車したネルが呼びかけるとセオは駆け寄ります。声をかけた博士に譲ってセオは背を向ける。
 ルークが離れた隙にネルは車を出します。最初に気づくのはセオです。下からの館外観が背景に覗いています。ネルのアップとモノローグをはさみ、下からの館正面、次いで斜め下から角塔と左に三角破風と、外観が2カット重ねられ、転倒した車の車輪が回るさまが、下からのアップでとらえられる。冒頭の馬車の事故の再現です。
 駆け寄ってきた博士がネルの死を確認する。追ってきたセオは頭を車に打ち当てます。斜め下からルーク。木立の間からやつれ果てたグレイスが現われる。斜め下からルーク。次いで下からセオ、彼女は顔を伏せます。左上で斜めになったルークが語り、右下で立ちあがったセオが右を向く。博士はクレインの最初の妻が死んだ場所だと指摘します。


 かわいそうにという博士にセオは、「たぶんかわいそうじゃない。彼女が望んだ。他に行き場はなかった。たぶん彼女は幸せだ Maybe she's happier」という。館正面外観が下から見上げられます。電話しにいこうとする博士をグレイスは止めますが、博士いわく、館は満足している、今のところは。ルークが焼き払おうと言います。怪しからんことです。原作にないこの台詞ゆえ、根拠もなく因縁めかせば、再映画化版『ホーンティング』でルークはひどい目に遭うことになるのかもしれません。
 ルークがフェイド・アウトすると、館外観の細部が斜め下から見上げられ、女声のナレーションがかぶせられます。ヒル・ハウスは90年後も変わるまい云々と語る。こちらは原作に対応する文章がちゃんとあります。ゆらゆらとエンド・マークが現われるのでした。


 本作において館は、ネルの居場所のなさにつけこむ悪意をもった怪物として描かれていることに否はありますまい。ただあらためて本作を見れば、深読みにはちがいないのですが、個体化した亡霊なり悪霊なり妖怪なりが出てこないために、館は善悪未分の神的な存在であるようにとらえられなくもありません。ネルはその神性に感応した巫女なのでしょう。あるいは生贄と見なしてもよいし、ヒル・ハウスで死んだのが皆女性であることを思えば(ヒュー・クレインは英国で水死しました)、彼女は神の花嫁だったのかもしれません。
Cf.,  The Horror Movies, 3、1986、p.138

菊地秀行、「Ⅳ 怪奇映画ベスト100」、『怪奇映画の手帖』、1993、p.199

スティーヴン・キング、安野玲訳、『死の舞踏 ホラー・キングの恐怖読本』、2004、pp.226-228。また原作について;pp.539-559

Jeremy Dyson, Bright Darkness. The Lost Art of the Supernatural Horror Film, 1997, pp.228-243

Patricia White, "Female Spectator, Lesbian Specter : The Haunting" (extract), Ken Gelder ed., The Horror Reader, 2000, pp.210-222

Jonathan Rigby, English Gothic. A Century of Horror Cinema, 2002, pp.100-101

Derek Pykett, British Horror Film Locations, 2008, pp.64-65, 157

原作は;
シャーリイ・ジャクスン、小倉多加志訳、『山荘綺談』(ハヤカワNV文庫 NV18)、早川書房、1972
原著は
Shirley Jackson, The Haunting of Hill House, 1959
別訳が創元推理文庫から
渡辺庸子訳、『たたり』(1999)ないし『丘の屋敷』(2008)
の邦題で出ていたようですが、未見。


旧訳から第2章2末尾付近の一文(p.66)をエピグラフにしたことがありました;
バッサーノの兎(完結篇)-研究ノート」、『ひる・ういんど』、no.65、1999.1.25 [ < 三重県立美術館のサイト


こちらで本作に触れたこともありました;
子ども美術館part2 こわいって何だろう? p.28 インタビュー2」<「とくべつふろく」、 『子ども美術館Part2 こわいって何だろう?』ガイドブック、1997.7 [ < 同上]


なお再映画化が
『ホーンティング The Haunting 』、1999、監督:ヤン・デ・ボン


ちなみに別物ですがなぜか原作と原題の似ているのが
『地獄へつゞく部屋 House of Haunted Hill 』、1959、監督:ウィリアム・キャッスル
ヴィンセント・プライス主演の贋怪奇映画です。

その再映画化がなぜか邦題の紛らわしい
『TATARI タタリ House of Haunted Hill 』、1999、監督:ウィリアム・マローン
となります。こちらはしかし、ちゃんと怪奇映画しています。

原題似ということで;
『月下の恋 Haunted 』、1995、監督:ルイス・ギルバート
この作品も幽霊屋敷ものでした。原作はジェイムズ・ハーバート

ついでにリチャード・マシスンの『地獄の家 Hell House』(1971)の映画化が
ヘルハウス The Legend of Hell House 』、1973、監督:ジョン・ハフ

おまけ   Best Hits Horror Movie(邦題:『ベスト・ヒッツ・ホラー・ムービー』、2006→こちらも参照
の5曲目に
"THE HAUNTING - The History of Hill House(「たたり ヒストリー・オブ・ヒルハウス」)が入っています。演奏は The Westminster Philharmonic Orchestra、指揮は Kenneth Alwyn。4分31秒。

 原作第4章1で語られる「どの角度も……全部ほんの僅かずつ食いちがってる」(p.127。前のページではカリフォルニアのウィンチェスター・ハウスが言及されています)建物というイメージについては『カリガリ博士』(1919/20)のところでも触れましたが、さらに、

小野不由美、『悪霊になりた<ない!』(講談社X文庫)、講談社、1991
 pp.63-64 でウィンチェスター・ハウスに言及


摩耶雄嵩、『夏と冬の奏鳴曲』(講談社ノベルス)、講談社、1993
 第1章 pp.23-24、28-30 など、第3章でキュビスム談義(pp.254-259、またpp.263-264)、第4章にクルト・ヘンリッヒ著『立体派の内奥』なる本が登場(p.297、pp.303-310)、第5章でキュビスム談義の続き(pp.358-363)、第6章でヘンリッヒの本の話の続き(pp.383-384)があります。


ナンシー・A・コリンズ、幹遙子訳、『ゴースト・トラップ』(ハヤカワ文庫 FT233)、早川書房、1997
 第10章でラヴクラフト「魔女の家の夢」に(p.174)、第12章で『カリガリ博士』に(p.196)、堺三保「解説」でウィンチェスター館に言及(pp.378-381)。


牧野修、『破滅の箱 トクソウ事件ファイル①』、2010
 第4話中(pp.185-187)で登場、最後の第5話でもクライマックスの舞台となります。続く
牧野修、『再生の箱 トクソウ事件ファイル②』、2010
 でも再登場します。


などに受け継がれることになります。

 また先に挙げたマシスンの『地獄の家』とその映画化『ヘルハウス』、スティーヴン・キングの『シャイニング』(1977)とともにとりわけ、キングが脚本・製作総指揮に携わった

『ローズ・レッド』、2002、TV、監督:クレイグ・R・バクスレー

などは、本作とその原作の衣鉢を継ぐものなのでしょう。


 生きた家テーマといえばこちらも;
『家 Burnt Offerings』、1976、監督:ダン・カーティス


この作品からは吸血鬼のモティーフも読みとれますが、その点ではまた;

『HOUSE ハウス』、1977、監督:大林宣彦


ただし、微妙なところもあるにせよ、『ホーンティング』(1999)も含めてしばしば個別化ないし局所化した悪霊が登場しており、その点で館そのもののあり方が主題となっているのは、本作以外では『家』(1976)、『シャイニング』(1977)およびその映画化(1980、監督:スタンリー・キューブリック)あたりとなるのでしょうか。

篠田真由美、『睡蓮のまどろむ館 イヴルズ・ゲート』(角川ホラー文庫 し 6-1)、角川書店、2016
八角形の本棟に十六角形の塔をいただく〈埃及屋敷〉を舞台にした本作は、主人公が行き場のない孤独な女性で、彼女ともう一人の女性が心霊実験に招かれる点、家政婦が夕刻で館を出、付近に人家もなく何か起こっても誰も来ないと告げる点など、『山荘綺談』を意図的になぞっているようです。扉ドンドンもあります。温室や危なっかしい螺旋階段も登場します。全ての角度が微妙に違っているとこそ述べられませんが、館のプランも一筋縄ではいかないようで、主人公が迷ったりもします。加えてクトゥルー神話風味入りです。銀の鍵も出てきました。
同じ著者による→こちらを参照

 
 2015/10/28 以後、随時修正・追補
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