ホーム 宇宙論の歴史、孫引きガイド 古城と怪奇映画など 美術の話 おまけ
回転
The Innocents
    1961年、イギリス・USA 
 監督   ジャック・クレイトン 
 撮影   フレディ・フランシス 
編集   ジェイムズ・クラーク 
 美術   ウィルフレッド・シングルトン 
    約1時間40分 
画面比:横×縦    2.35:1
    モノクロ 

DVD
………………………

 この作品はたしか大昔にTV放映されたのを見た憶えがあるのですが(左右がばっさりトリミングされていたはずですが、今回見直すと左か右に寄せて大きく人物の横顔を配する構図が幾度か見受けられ、それらはどうなっていたのでしょうか)、原作のヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』についてその時すでに知っていたかどうかははっきりしません。どちらが先か、とまれジェイムズの名を覚えたのは創元推理文庫の『怪奇小説傑作集1』(1969)においてでした。掲載されていた「エドマンド・オーム卿」の中味は忘れてしまいましたが、平井呈一の「解説」に記されていた〈朦朧法〉のことだけはしっかり頭に刻みつけられたものです。平井呈一の用いた用語は、横山大観や菱田春草らによる明治期日本画の〈朦朧体〉とは、おそらく何の関係もないのでしょう。その後やはり「エドマンド・オーム卿」を納めた『ゴースト・ストーリーズ』(鈴木武雄訳、角川文庫、1972)と合わせて下掲の『ねじの回転』邦訳を読んだのだと思いますが、こちらも中味はすっかり忘れてしまいました。
 本作については下に挙げた遠山純生による「解説」が実によくまとまっており、そちらを一読いただければ無理に付け足すことも思いつかないのですが、ここは例によって、少しばかりメモすることといたしましょう。

 [ IMDb ]は本作のロケ地としてイングランド南東部のイースト・サセックス州アックフィールド、デイン・ミルのシェフィールド公園庭園 Sheffield Park Garden, Dane Mill, Uckfield, East Sussex を挙げています。ウィキペディア英語版の該当ページ(→こちらを参照)にはこの公園に隣接するシェフィールド公園邸 Sheffield Park House というゴシック様式のカントリー・ハウスのことが触れられており、現在でも私有になるとのことですが、本作に登場する館の少なくとも外観全景は、この屋敷を用いているようです。
 監督のジャック・クレイトンについては他の作品を見ていないのですが、ウィリアム・アーチボルドとともに脚本を手がけたトルーマン・カポーティは小説家としてよく知られています。読んだことがあるのは処女作の『遠い声 遠い部屋』(1948、河野一郎訳、新潮文庫、1971)だけなのですが、訳者による「解説」にもあるように「現代のゴシック」(p.272)にほかなりませんでした。音楽のジョルジュ・オーリックはフランスを中心にしょっちゅう見かける名前という印象がありますが、このサイトでもコクトーの『美女と野獣』(1946)で出くわしました。美術のウィルフリッド・シングルトンことウィルフレッド・シングルトンには、ポランスキーの『吸血鬼』(1967)および『マクベス』(1971)でプロダクション・デザイナーとして再会できることでしょう。
 しかし一部ファンにとって馴染みがあるのは、撮影のフレディ・フランシスでしょう。本サイトでも『フランケンシュタインの怒り』(1964)や『帰って来たドラキュラ』(1968)といった監督作をすでにとりあげています。本作とそれらとの間にはジョン・ウィンダムの『トリフィド時代』を映画化した『人類SOS』(1963)をスティーヴ・セクリーと共同監督していました(クレジットはなし。[ IMDb ]による)。ただ演出を手がけるようになる前のフランシスは、『息子と恋人』(1960、監督:ジャック・カーディフ、未見)でアカデミー撮影賞を受賞したというカメラマンで、後にはデイヴィッド・リンチの『エレファント・マン』(1980、未見)や『砂の惑星』(1984)、『ストレイト・ストーリー』(1999)でも撮影を担当しています。映画の撮影についてとやかくいうだけの目は残念ながらないのですが、右や左への水平方向への動きを主軸にした中で、時折垂直性がアクセントとして用いられたり、あるいは前景と後景への人物の配置に妙を練ったりする、しかしそれ以上に、光と闇の配分は本作の雰囲気を支えるにあって力あるように思われます。
 主演をつとめるデボラ・カーについては、そんなに出演作を見たわけでもないのに、持ち役として吹替を担当していた水城蘭子の声質と相まって、当時のいわゆる〈西洋美人女優〉を体現するかのような存在として印象づけられていました。ただし本作でカーが扮する役どころが、単なる美人さんですまないことは原作からも想像がつくのでした。
 子役の一人パメラ・フランクリンには、『ヘルハウス』(1973、監督:ジョン・ハフ)で大きくなった姿にお目にかかることができるでしょう。そこでも亡霊に翻弄されてひどい目に遭うのには言葉もありません。

 真っ暗な画面に女性の歌声が流れるところから本作は始まります。伴奏はありません。20世紀フォックスのロゴをはさんで、また画面は真っ暗になる。今度は鳥の鳴き声と音楽が重ねられます。やがて右にクレジット、左に両手が見えてくる。下から差しあげられた両手は祈るようでもあり、嘆くようでもあります。最後にはデボラ・カーの右向きの横顔も映ります。やはり祈るようでもあり嘆くようでもあり懺悔するようでもある。

 本編はデボラ・カー扮するミズ・ギデンスを面接するマイケル・レッドグレイヴの場面で始まります。窓の外は市街地のようです。レッドグレイブの「叔父」はひたすら関わりたくないので、ギデンスに全責任を押しつけようと躍起です。ギデンスは迷っていますが、押し切られてしまいます。家庭教師の生徒となるべき幼い兄妹はブライ Bry の田舎の屋敷にいるという。

 馬車が田園を進みます。池だか湖に次いで石の門が見えてくる。門のところでギデンスは歩いていきたいからとおろしてもらいます。門から入った中にも池だか湖があります。つながっているのでしょうか。細い曲線の道を歩いていると、「フローラ」という呼び声が聞こえてくる。
 少し高い土手から下の池だか湖と、その畔に立つ石造の四阿が見下ろされます。四阿はゴシック風で、八角形でしょうか。対岸に館が見えてきます。横に伸びているようですが細部はわかりません。
 水面に白いドレスが倒立像で映ります。フローラ(パメラ・フランクリン)でした。カメラは上から見下ろしていたのが水平になり、真横から向かいあうギデンスとフローラをとらえます。フローラは浅瀬のような細い地面に立ち、手前と向こうは水面です。カメラはまた上から見下ろす。フローラは亀のルパートをポケットから出して見せます。
 二人は道を進む。カメラはやや上から、左から右へと追い、水平になります。石の欄干が見えます。橋のようです。


 館の前面がやや下から映されます。ゴシック式の窓が並んでいます。手前はテラスになっており、左と右に2箇所のぼり段があります。
 奥の方の階段をのぼって屋内に入る。やや下からのカメラです。入って少し進み、数段おります。その左右には木製の細い円柱が数本並んでいます。玄関扉の上には薔薇窓が設けられている。二人を家政婦のグロース夫人(メグズ・ジェンキンズ)が迎えます。
 カメラは右から左へ動く。先ほどの列柱が上でアーケードをなしていることがわかります。その左手・奥には上への階段がのぼっている。さらに左、奥へ廊下が伸びています。突きあたりにフランス窓が見え、その上にも薔薇窓がある。
 廊下の左手前には扉があり、そこを入ると居間のようです。奥に暖炉があり、左には書棚、右奥は壁をほぼ全面、フランス窓が占めている。フランス窓の外はテラスです。グロース夫人からお茶を出してもらったギデンスは、顔の左端にのみ光があたっています。こうした照明にはこの後も出くわすことになるでしょう。
 ギデンスは屋敷の雰囲気にすっかり有頂天になっています。気持ちはわかります。すごくよくわかります。わかりすぎるほどわかります。知人に話を聞いて読んだジェイン・オースティン『ノーサンガー・アビー』(1803/1817)のヒロインの心情かくやといったところでしょうか。『ノーサンガー・アビー』についてはTV映画を見る機会があったので(2007、監督:ジョン・ジョーンズ)またの機会を待つとして(→こちらを参照、あわせて→そちらも参照)、とにかくそこでは、怪しからんことにお化けなどいないという話になってしまう。現実ではそうなのかもしれません。しかし少なくともフィクションにおいては、お化けは出なければなりません。ギデンスも思い知ることになるでしょう。


 フローラを風呂に入れる場面に続いて、浴室の扉でしょうか、1本燭台を手にしたフローラとギデンスが廊下に出てきます。右から左に進めば、カメラもそれを追います。本作ではとにかく、しばしばやや低い位置に配されたカメラの水平の動きが目につきます。
 切り替われば右奥から出てきて手前へ、角を曲がって右から左へ、そして奥の扉に向かう。ギデンスの部屋です。蚊帳付きのベッドの奥側に窓があり、風でカーテンが揺れます。人抜きでそのさまのみが映されるのが嬉しいところです。この後も何度となく揺れてくれることでしょう。
 カメラは右へ、蚊帳付きベッドから出てくるフローラをとらえます。フローラは左へ、手前にギデンスのベッドがある。画面左下にうなされるギデンス、その奥にフローラが配される。フローラは窓の方へ向かいます。
 窓の側からカーテン越しに手前に進むフローラがとらえられる。冒頭に流れた歌を口ずさんでいます。フローラは窓から下を見下ろす。円陣状に彫像が並び、中央にも彫像が配されています。円陣の下部は低い生け垣が柵状になっているようです。この円陣はこの後も何度か登場することでしょう。


 朝です。テラスです。右に大きくフローラの横顔が左向きで配され、奥にギデンスがいます。彼女は屋内に入る。
 温室です。中の壁の前に彫像があります。ミケランジェロの《奴隷》風といってよいでしょうか。ギデンスとグロース夫人が話します。この後も何度か出てくる二人の会話の場面は、情報を提供・整理し話を先に進めるためのバネとなる重要な契機として配されているようです。
 約22分、駅です。[ IMDb ]によるとブルーベル鉄道のシェフィールド公園駅 Sheffield Park Station, Bluebell Railway, East Sussex でロケされました。放校されたマイルス(マーティン・スティーヴンス)が到着します。馬車で館へ向かう。


 夜です。右の扉から1本燭台を手にしたギデンスが出てきて、廊下を奥へ背を向けて進みます。左の扉がマイルスの部屋です。ギデンスが中に入って話していると、突風で窓ががたんと音を立て、蠟燭を吹き消してしまいます。ギデンスは輪郭のみ光があたっている。

 翌日です。白薔薇が茂る庭です。ギデンスが茂みをかき分けると、低い子供の彫像がありました。両手は落ちてその場に寄りかかっています。彫像の口から虫が這いだしてくる。フローラの歌声と鳥の鳴き声が響いています。
 フローラの歌声が止まります。同時に鳥の声も聞こえなくなる。ギデンスは上を見上げます。約29分弱、下から角塔が見上げられる。右下に低くなった棟がつながっています。塔の頂も棟の上辺にも鋸歯型胸壁が走っています。また塔の四隅にパゴダ状の段々をなす細い小塔が据えられています。下の棟にも数本ある。この眺めにはわずかにもやがかかっています。そして塔の屋上に人影が見えるのでした。
 歌声と鳥の声が戻ってきます。曲線格子の鉄扉の向こうにいたギデンスが、扉を開いて手前に進んでくる。数段おりてさらに前へ、カメラは後退します。見上げると塔には誰もいない。右へ進みます。
 館に接したテラスに左半ばから入ってくる。右が館で、テラスをはさんで左に彫像をいくつか並べた欄干が奥へ伸びています。奥にはアーチ状の門が見える。テラスの床には何羽も白鳩がいます。ギデンスは手前で数段おります。
 手前から右へ向かう。カメラもそれを追います。フランス窓の右手に茂みに囲まれてよく見えない扉がありました。そこから入る。
 中は螺旋階段です。金属の手すりがついている。のぼるさまが下から見上げられると、階段は円弧ではなく四角に折れ曲がるというものでした。
 屋上に出ます。扉が尖頭アーチです。鳩小屋がありマイルスがいました。鋸歯型胸壁とパゴダ型小塔もちゃんとあります。マイルスは2~30分ここにいた、他には誰も来なかったという。


 居間でギデンスとグロース夫人が話しています。二人以外に館にいる使用人は、メイド二人に料理人と庭師の夫婦とのことです。後に姿を見せるのはメイドの一人だけです。

 館のすぐ脇で奥へ長く柵が伸びています。向かって左側は馬場でした。マイルスが乗馬しています。向こうに館が見え、屋根には手前と奥、2本の尖頭がはえています。大きな羽ばたきのような音をギデンスは聞きます。

 兄妹とギデンスが隠れんぼします。暗い廊下が下から見上げられ、ギデンスが奥から手前へ進んでくる。カメラは水平になります。ギデンスは背を向け奥へ向かう。約36分、向こう側を左から右へ女が通り過ぎるのをギデンスは見ます。
 ギデンスは少し訝しく感じたものの、廊下を戻る。左側に上への階段があがっています。7~8段手前から奥へ上がって、それからゆるく左上に折れている。この中途半端な曲がり方がたまりません。
 見上げるギデンスを上からとらえたアップをはさんで、階段をのぼるさまが上から見下ろされます。のぼり口は尖頭アーチをいただいている。ギデンスがのぼってくると左の壁に濃い影が落ちます。上で右に向かう。ここは3階ということになるのでしょうか。
 狭い廊下を奥へ背を向けて進みます。左の壁に交差する曲線の影らしきものが見えます。突きあたりの扉に入ります。
 物置のようです。後の場面で屋根裏部屋と呼ばれます。道化人形の首が揺れています。ハープも見える。陰影が濃い。オルゴールがあり、そこに男の写真を見つけます。写真や鉄道のある時代、しかし馬車が用いられる時期なわけです。ちなみに普段のギデンスは一貫してパニエ入りのスカートを着用しています。
 マイルスが後ろからギデンスの首を絞めます。フローラも合流する。木馬があります。
 先生の番だということになり、ギデンスは背を向けて廊下を奥へ向かう。途中で数段のぼり、奥でまた数段さがります。
 主階段が下から見上げられる。奥から出てきて手前に半円のバルコニーがあり、左に少し真っ直ぐ進み、それから左下へおりてくるという態になっています。階段はぐぐっと湾曲している。カメラは右上から左下へ曲がります。踊り場を経て、また壁に沿って湾曲します。奥の壁には大きな綴織がかけてある。
 階段をおりて廊下をはさんだ向かいの扉に入ります。居間です。下からのカメラで、ギデンスが右から左に進むとカメラもそれを追います。ギデンスは次いで奥へ向かう。カーテンの陰に隠れます。約39分、ギデンスの横顔が左向きで大きく配され、窓の向こうに男の顔が映ります。男の顔は前進しアップになり、また奥へ退き闇に消えます。
 ギデンスはフランス窓の外に出てから、また屋内に戻ります。その際ギデンスの姿はガラス越しにとらえられ、そこに窓に映ったグロース夫人の像が重なる。前年の『血とバラ』の一場面が思いだされるところです。
 ギデンスは屋根裏部屋の写真で見た男だと、居間の向かいの階段をのぼる。それが上から見下ろされ、奥・下の廊下にグロース夫人が配される。夫人は「クイント」だという。
 下から階段上の半円バルコニーが見上げられ、そこで兄妹二人が髙笑いしています。左上の天井に二人の濃い影が落ちている。光は下から射しているわけです。次いで二人の背中越しに下が見下ろされる。下から上方の人物が見上げられ、切り替わって上方の人物の肩越しに下が見下ろされるというカットつなぎは、クライマックスでも変奏されることでしょう。


 クイントの写真を見るギデンスの手が映され、そこにオーヴァラップしてうなされる寝姿となります。雷が鳴り、窓のカーテンが風に揺れる。

 雨粒のしたたる窓越しにギデンスがとらえられます。教室で兄妹の授業を行なっている。
 兄妹は教室から飛びだします。扉を出ると数段おりる。左に欄干の柱が天井まで伸びています。
 兄妹は廊下を右から左奥へ向かう。手前の柱越しの眺めです。
 一方ギデンスは廊下を右へ進みます。こちらにも廊下が続いている。左手前の扉からグロース夫人が出てきます。ギデンスはシルエットと化しています。奥で数段のぼる。右手に柱が並んでおり、その右は吹抜なのでしょうか。さらに奥でまた数段おりる。教室の外もそうでしたが、この館では同じ階でもずいぶん段差が設けられているようです。素敵です。
 切り替わると主階段です。二人は右奥から出てきて階段をおります。カメラはしばらく平行してから、上からの俯瞰に移る。
 右にグロース夫人のアップ、奥にギデンスが配されます。グロース夫人はクイントの死について語る。カメラが右から左へ動き、左にギデンスのアップ、右にグロース夫人を置き、二人とも右の方を見ています。カメラは斜めになっている。
 主階段が下から見上げられます。仮装した兄妹がおりてくる。マイルスが詩を朗読します。死せる師についてのものです。


 ギデンスの部屋でギデンスとグロース夫人が話します。死亡した前任の家庭教師ジェセルとクイントとの関係が告げられる。カメラは左へ右へと動き廻る。

 カメラが空を見上げます。左から右へ振られると、湖畔の四阿にギデンスが坐っています。
 左手前にフローラ、右奥にギデンスが下からとらえられる。少し斜めになっています。フローラは鼻歌を歌っている。オルゴールの曲です。
 約52分弱、ギデンスは湖の葦の間に女の姿を見ます。その向こうには橋がかかっている。


 左手前に前向きのギデンス、右後ろにグロース夫人が配されます。ギデンスが「彼らは二人いる」といいます。グロース夫人はジェセルが一年ほど前に死んだと答える。ギデンスは子どもたちはゲームをしているといいます。
 約57分にしてようやくメイドの一人アナが姿を見せます。しかしここだけでした。


 窓のカーテンが風に揺れる。ギデンスがうなされています。オーヴァラップして兄妹、画面下には上向きのギデンスの横顔が配されている。角塔の男、飛びたつ鳩たち、オルゴールと移っていく。

 ギデンスとグロース夫人、兄妹の四人は教会にやってきます。手前に墓地がある。パイプ・オルガンの音が響いています。

 約1時間4分、ギデンスが教室に入ってくると、机に女の姿がありました。机の向こうは半円アーチを連ねた窓で、その向こうにパゴダ型の小塔が見えます。

 かなり斜め上からの角度で、左下に本を読むギデンスがとらえられます。暖炉の前です。カメラは下降して右から接近し、ギデンスの前に回りこみます。髪を下ろした寝着姿でした。テーブルに置いた本の表紙には十字架がついています。その上に花びらが1枚落ちる。
 ピアノの音、声、笑いが聞こえてきます。ギデンスはずっと左に寄せられています。
 ギデンスが4本燭台を手にし、左へ向かうさまが下から見上げられる。左奥で扉を開きます。画面の下半は暗がりに浸されています。
 約1時間8分、古城映画的山場の始まりです。廊下に出て右へ、奥にはフランス窓とその上の薔薇窓、右手に階段の湾曲した欄干が見えます。ギデンスのいたのは1階の居間だったようです。また左手前に、カメラの前を横切り左奥へ進む。背を向けて左に来て、右を向きます。その右の窓に蠟燭の火が映っている。
 また左を向き左へ、奥で主階段を右上へ背を向けて登っていきます。右から左へ動いたカメラは階段で左から右へ振られる。陰影が濃い。この間囁き声が聞こえ続けます。
 切り替わって階段をのぼるギデンスが上から見下ろされる。カメラもそれを追います。ギデンスが右に消えても、カメラはそのまま右へ動き続け、暗がりや綴織をとらえます。こちらを向くギデンスが右へ、またフレームから消え、今度は奥から出てくる。引きで水平になっています。奥にはアーチと欄干が見えます。主階段をあがったところなのでしょう。
 2~3段下り、さらに前へ、腰から下は闇に沈んでいます。笑い声、囁き声、右の扉をガチャガチャやりまた右手前へ、また左へ、いったん柱の向こうに消え、出てきて左の扉を開ける。扉を閉じる時軋み音が長く伸びます。扉の前を数段おり右へ、また柱の向こうを通って出てくると、がたつく音がエコーします。主階段上のアーチと欄干が映される。背を向けたギデンスが左の扉をガチャガチャ、右の扉をガチャガチャする。ぐるりと回ります。囁き声が大きくなる。ギデンスがぐるぐる回るさまが真上から見下ろされる。
 左から右へ、奥の壁に格子の影が落ちています。窓格子です。窓の日除けの引き具が揺れて何度も窓に当たっていました。また右へ、壁に飾られたブロンズの頭像がアップになると、ギデンスは背を向け奥へ逃げだす。
 切り替わって奥から出てきて左から右へ、手前に出て右から左へ進む。扉から入ります。自室でした。ここまでで約1時間12分となります。
 暗い廊下を寝着姿のお姉さんが燭台を掲げながらうろうろするという場面は、いかにもありそうでいて、そのものずばりという実物にはしょっちゅうお目にかかるわけではありません。お兄さんやおじさんだったり、燭台を手にしていなかったり、寝着姿でなかったりなら類例は見つけられる。正統的なものとして思い浮かぶのはとりあえず、『顔のない殺人鬼』(1963)の冒頭でしょうか。うろ憶えですが『恐怖 ブランシュヴィルの怪物』(1963、監督:アルベルト・デ・マルティーノ)にも確かあったかと思います。そんな中でも本作のこのシークエンスは、光と闇の配分と相まって、範例的な位置を映画史上に占めているといえはしないでしょうか。

  カーテンが風で揺れます。窓のところにフローラがいます。窓の外・下を見下ろすと円陣にマイルスがいて上を見上げている。ギデンスは右上を見上げます。角塔が下から見上げられる。前の時よりかなり急角度で、夜間でもあるので印象はかなり違います。
 主階段をおりてくるギデンスが下からとらえられます。おりて左奥へ、先にはフランス窓がある。マイルスを中に入れます。二人が手前に来るとカメラは後退する。右へ進み階段をのぼる。カメラは下から見上げます。
 マイルスの部屋です。枕の下に死んだ鳩が隠されていました。首が折れています。マイルスはギデンスの唇にキスをする。


 マイルスがピアノでフローラの曲を弾きます。机に向かうギデンスが手前に配されている。
 ギデンスはフローラを探して廊下を奥から手前に進んできます。下からの角度です。ギデンスは黒い服を着ています。突きあたりには二連アーチが見える。
 湖畔に来ます。上から四阿が見下ろされる。フローラがオルゴールの曲に合わせて踊っていました。
 約1時間18分、湖の葦の間に女の姿をギデンスは見ます。女も黒服を着ており、ギデンスの鏡像ででもあるかのごとくです。豪雨が降りだす。


 マイルスが部屋に入ってきます。暖炉の前にギデンスがいる。フローラが金切り声で叫んでいます。
 狭い廊下です。フローラの叫びが響きます。ギデンスは背を向け奥へ進む。フローラの部屋の前でカメラは回りこみます。ギデンスが下からとらえられる。右から光があたっています。
 グロース夫人が出てきます。ギデンスと彼女は背を向け奥へ進む。奥で左の扉から入ります。床は板貼りでした。
 左に右向きのグロース夫人がやや陰に入り、右のギデンスには光があたっています。ギデンスは右へ回り、二人の左右が入れ替わる。ただしギデンスへの照明の明るさはそのままです。グロース夫人はより陰になる。ギデンスは眉を吊りあげ理詰めで責め立てます。手間に出てくる。右から光があたっています。グロース夫人は中央奥に配される。
 グロース夫人はまた右手前に、右から光があたり、左3分の1は陰に沈みます。ギデンスが左奥に入れ替わる。彼女の背後の扉に濃い影が落ちています。

 玄関前の馬車が上から見下ろされます。換わって階段をおりてくるグロース夫人が下から見上げられる。壁が黒ずんで見えます。カメラは右上から左下へ振られる。
 ギデンスとグロース夫人の会話はエコーがかかっているかのごとくです。グロース夫人が扉を閉じると、その音が大きく響きます。


 壁の時計が映されます。2時です。カメラはそのまま右下に振られる。黒服のギデンスが教室にいました。床から人形を拾いあげます。テラスを歩く。やはり白鳩が床に何羽かいます。
 約1時間29分、暗くなった廊下をお茶類を載せた盆を手にギデンスが手前に来ます。入ったのはピアノのある部屋でした。猫の声とともにマイルスが入って来る。ギデンスとマイルスが対決します。マイルスはテラスへ出る。床から亀を拾いあげる。
 温室です。マイルスの額に汗が出ています。それはギデンスも同様でした。目を見開くようにしてマイルスを責めるギデンスはけっこう怖い。ガラスの向こうに男の顔が現われます。ガラスには血が垂れているかのようにも見えます。マイルスが笑うと男も笑う。マイルスはガラスに亀を投げつけます。
 マイルスはテラスを走り、数段おります。ギデンスも追ってきます。マイルスが転ぶ。円陣の中です。ギデンスはマイルスを抱きしめながら名前をいえと促します。マイルスはお前は狂ってるとギデンスの腕から逃れる。かなり上から円陣が見下ろされます。また水平でのアップを経て、下からの角度で台座上の彫像群を見上げるカメラが、左から右へぐるぐると回る。台座の一つの上に男が立っている。
 マイルスは「ピーター・クイント」と叫ぶ。かなり上からの俯瞰に換わります。右手前に男の背が映りこんでいる。男は左手をゆっくり上に挙げます。下にギデンスとマイルスがいる。
 「どこだ」と叫んだアップのマイルスはそのまま倒れます。また上からの俯瞰に換わると、右手前にあるのは彫像の背でした。「いなくなった」とギデンスはマイルスを抱きあげますが、マイルスは息をしていません。鳥の声がする。下からの仰角で、真横からギデンスがマイルスの唇にキスするさまがとらえられます。マイルスの首が下に消え、次いでのけぞるギデンスがフレームから消える。
 右にエンド・マークが出て、左の暗がりにぼんやりと差しあげられた両手が映るのでした。鳥の囀りが続いています。


 兄妹に憑いた亡霊を祓おうとするギデンスは、ある意味でヴァン・ヘルシングのような祓魔師の役割をなぞっていると見えなくもありません。ただし彼女の行動を支え保証してくれる神や善はここにはない。その意味で本篇中何度も意見交換するグロース夫人の存在は、見かけ以上に重要だったのでしょう。グロース夫人とギデンスは必ずしも一枚岩ではなく、グロース夫人にはグロース夫人の、兄妹への愛情やクイントおよびジェセルに対する感情を抱えている。それでも彼女がいたからギデンスは己の行動を客観化できたはずなのですが、最後にフローラとともにグロース夫人を去らせ、マイルスと二人きりになることで、自分とマイルス、そしてクイントの思念を直接ぶつかりあわせてしまうことになるのでした。ここでのギデンスは、自身何かに憑かれているかのごとくです。兄妹への愛情や責任感から発した思念は、しかしよりどころをもたぬまま荒れ狂わずにいない。それとクイントの思念とが衝突すれば、渾沌が治まるためには、最も弱い依り代であったマイルスが生贄になるしかなかったのでしょう。
 とまれそうした情動の波打ちを視覚化しえたのは、右に動き左に揺れるカメラのおかげなのでしょう。何より濃い陰に浸された廊下や階段の屈曲をとらえたことこそが、本作の誉れにほかなりますまい。

Cf.,  手もとのソフトに封入されたリーフレット掲載になる
遠山純生、「解説」
はとてもよくまとまっています。さいわいウェブ上で見ることができるので、ぜひご覧ください;
『回転』をめぐって」 [ < ARCHIVESmozi by 遠山純生


またこのDVDは、『白い肌に狂う鞭』(1963)の「Cf.」で記したように、『生血を吸う女』(1960、監督:ジョルジョ・フェローニ)とあわせて『映画はおそろしい HORROR MOVIES THE BEST OF THE BEST』(紀伊國屋書店、2005)というボックス・セットに含まれているものです。
またボックス・セットの3作は、
黒沢清、『映画はおそろしい』、青土社、2001、pp.28-43:「ホラー映画ベスト50」
中の上位3作で、第2位(p.28)に本作が挙げられています。


田中文雄、「『回転』 マイ・フェイバリット・ホラー」、『日本版ファンゴリア』、no.2、1994.11、p.25

José María Latorre, El cine fantástico, 1987, pp.297-310:"Capítulo 18 Inclasificables y rarezas" より pp.307-310

Jeremy Dyson, Bright Darkness. The Lost Art of the Supernatural Horror Film, 1997, pp.212-215

Jonathan Rigby, English Gothic. A Century of Horror Cinema, 2002, pp.91-93

Derek Pykett, British Horror Film Locations, 2008, pp.73-74

原作の邦訳は何種類かあるかと思いますが、とりあえず;
H・ジェイムズ、蕗沢忠枝訳、『ねじの回転』(新潮文庫 赤41B)、新潮社、1962
原著は
Henry James, The Turn of the Screw, 1898

なおこの物語の前日譚を綴ったのがマーロン・ブランド主演の
『妖精たちの森』、1971、監督:マイケル・ウィナー
未見

 2015/8/31 以後、随時修正・追補
   HOME古城と怪奇映画など回転 1961