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生血を吸う女
Il mulino delle donnne di pietra
    1960年、イタリア・フランス 
 監督   ジョルジョ・フェッローニ 
 撮影   ピエール・ルドヴィコ・パヴォーニ 
編集   アントニエッタ・ツィータ 
 プロダクション・デザイン   アッリーゴ・エクィーニ 
    約1時間31分* 
画面比:横×縦    1.66:1
    カラー 

DVD
* [ IMDb ]によると約1時間35分となっています。

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 黒沢清が下掲の「ホラー映画ベスト50」で第1位として掲げた作品。これも下掲の黒沢清+篠崎誠『黒沢清の恐怖の映画史』での該当箇所や、手もとのソフトに封入された遠山純生による「解説」などを一読いただければ無理に付け足すことも思いつかないのですが、ここは手短かに触れることといたしましょう。
 ところで本作でのヒロインの症状やその治療法は現実にはありそうにないものですが、必ずしも超自然的なものとして描かれているわけではありません。また古城は登場しないにせよ、主な舞台となる風車小屋の内部は、実際にそうであろう以上に広く感じられます。1階と2階、後半で出てくる地下からなる上下の階層に加えて、これは実際にそうであろう巨大な歯車が噛みあっています。風車小屋といえば本作に小さからぬ影響を与えたとされるドライアーの『吸血鬼』(1931)とともに、『フランケンシュタイン』(1931)や『吸血鬼ドラキュラの花嫁』(1960)双方でクライマックスの舞台となりました。これはもはや古城映画の一支脈と見なすしかありますまい。

 『血ぬられた墓標』(1960)の頁でも記しましたが、イタリアの怪奇映画は1957年のリッカルド・フレーダ『吸血鬼』によって始まったものの、その作品の興行成績が振るわなかったため、数年のブランクを迎えたと一般に見なされているようです。その間にやはりフレーダの『カルティキ/悪魔の人喰い生物』(1959)などをはさみつつ、1960年になるとおそらくはハマー・フィルムの成功にあやかるべく、フレーダの先の2作品で撮影を担当、一部演出にも携わったとされるマリオ・バーヴァの『血ぬられた墓標』([ IMDb ]によると8月11日イタリアでプレミア)を始めとして、『吸血鬼と踊り子』(5月23日イタリア公開、監督:レナート・ポルセリ)、『怪談生娘吸血魔』(8月19日イタリア公開、監督:アントン・ジュリオ・マヤノ)、本作などが次々に製作され、60年代イタリア怪奇映画の隆盛を先導することとなるのでした。ちなみに本作は8月30日イタリア公開とのことで、いやに8月に集中しています。何か理由があるのでしょうか。
 そうした中ではバーヴァのいくつかの作品がいっとうぬきんでて見えるのはいなみがたいにせよ、本作や『幽霊屋敷の蛇淫』(1964、監督:アントニオ・マルゲリーティ)など玩味すべき作品が他に欠けているわけではありません。バーヴァのものも含めて、視覚的な流麗さと通俗性がない交ぜになっている点がそこでは共通しています。なお1960年の時点では『血ぬられた墓標』はモノクロで、バーヴァ怪奇映画がカラ-で撮影されるには1963年の『ブラック・サバス 恐怖!三つの顔 』と『白い肌に狂う鞭』を待たねばなりません。それだけによく動くカメラも含めて、本作での陰影の深さや、時に緑や赤ともなる照明は、遠山純生の「解説」で触れられるように注目すべきところなのでしょう。
 また恋愛というより情事、さらに情痴とでも呼びたくなるような、どろどろと愛憎が交錯する登場人物の関係が物語を動かす軸となる点も、後のジャッロも含めてこの手のイタリア映画の特色をなしています。本作もその例に漏れますまい。
 本作についてはさらに、『肉の蝋人形』(1933、監督:マイケル・カーティスおよび1953、監督:アンドレ・ド・トス)とともに、『顔のない眼』(1960、[ IMDb ]によると1月11日フランス公開、監督:ジョルジュ・フランジュ)との関係がしばしば指摘されるようです。ただ往々にして父親的な立場の〈狂える医師ないし科学者〉の施術によって、何らかの病を治療される往々にして娘的な立場の女性というモティーフは、すでにフレーダの『吸血鬼』に見られ、また同年の『怪談生娘吸血魔』とも共通しています。USA版を日本語字幕付きソフトで見ることのできる後者は、芳しい出来の作品とはいいがたいものですが、とまれ、イタリア人はやけにこの主題が好きなようです。副筋ですが『亡霊の復讐』(1965)にも出てきました。
 なお監督のジョルジョ・フェッローニは、この後カルヴィン・パジェット名義で『荒野の1ドル銀貨』(1965)、『さいはての用心棒』(1966)、『荒野の一つ星』(1967)といったジュリアーノ・ジェンマ主演のマカロニ・ウエスタンなどを手がけました。残念ながら未見なのですが、バーヴァの『ブラック・サバス 恐怖!三つの顔 』第2話と同じ A.K.トルストイ「吸血鬼(ヴルダラーク)の家族」を原作にした『悪魔の微笑み』(1972)を監督しているとのことです。

 さて、映画はドライアーの『吸血鬼』からの影響が指摘される運河の渡し場で始まります。曇り空のもと、柱に交わる梁から吊された小さな鐘が鳴らされる。ロッテルダム郊外のヴィーズとのことです。なかなか二枚目のお兄さん(ピエール・ブリス)がヴァール教授の家を尋ねると、渡し守は「石の女の風車小屋」(原題です)だと答えます。
 細い運河の水面に風車小屋が逆さに映ります。カメラが上向きになると、遠くに風車小屋が見える土手を手前から奥へ人物が歩いていく。風車小屋はけっこう大きなもののようです。羽根は白、上部は焦げ茶で、窓の枠や下方のバルコニー状部分の欄干も白です。右下に一階建ての家が接していますが、こちらはそんなに大きくはなさそうで、後に出てくる小屋=家連合の内部の広さには見合っていないように思われます。
 二枚目のお兄さんは風車小屋の下の方の煉瓦壁に設けられた扉をノックする。応対する家政婦に「ハンス・フォン・アルニム」と名乗ります。『エジプトのイサベラ』などで知られるドイツ・ロマン主義の文筆家アーヒム・フォン・アルニムが連想されずにはいません。

 屋内に入ると、画面手前右に右上がりの階段が映ります。長テーブルの脇を通って進めば、奥にカーテンで仕切られた部屋があり、向こうにピアノが見えます。このあたりの壁は赤塗りです。階段の正面に向かって右手に書斎の扉がある。
 書斎の扉の奥は、いったん控えの間状の空間を経て、両脇に赤いカーテンを垂らした扉口から入ります。書斎というよりはアトリエのようで、白い彫像がいくつも置いてある。中には首を吊る女の像なんてのもあります。


 軋むような音にハンスは右奥へ進む。下から見上げた風車小屋の外観のショットをはさんで、煉瓦積みの壁に板張りの床の部屋に入る。左に木でできた螺旋階段がのぼっています。部屋の奥には半円形の舞台があり、回転木馬よろしく彫像が次々と出てきます。
 螺旋階段をのぼると、吹抜の2階はバルコニーの体裁で、やはり煉瓦の壁に水平や斜めの梁がいくつも渡されている。先では巨大な歯車が噛みあっています。
 その奥の区切られた部屋を作業部屋としてあてがわれます。いささか粗末な扱いというべきでしょうか。ハンスはヴァール教授(ヘルベルト・ベーム)から資料を渡される。カリヨン=組み鐘をめぐる研究をしているようです。奥にはさらに上への階段らしきものが見える。またその左手前の壁には、白い手の像が2つ、下向きで掛けてあります。


 教授が扉を閉めて廊下に入ってきます。左下から光が当たっている。やはり壁の至る所に白い彫像が飾ってあります。扉の左の壁には緑、右の壁に赤茶の照明が施され、床は赤く見えます。
 先に進むと奥側に扉があり、「セルマ」と呼びかける。ハンスの応対に出た家政婦のことでした。様子を尋ねます。扉の左の壁には女性の全身肖像画がかかっていますが、画面がトリミングされていなければ、首から下しか映っていません。肉付けはやや幾何学的なようにも見えます。
 さらに先にも扉があり、そこに入っていきます。


 美術学校でしょうか、学生たちがモデルをクロッキーしています。ヴァール教授の教室です。男子学生の一人がモデルのアンネローレ(リアーナ・オルフェイ)に見せたスケッチでは、彼女の背に大きな蝙蝠の翼がつけられていました。もっとも悪意はなさそうです。この男子学生、日本語字幕では名前が終わり近くにならないと出てこないのですが(約1時間27分)、ラープといってジャン・マレーが老けたような風貌です(マルコ・グリエルミ)。彼の友人ロッテことリーゼロッテ(ダニー・カレル)もクラスに出席しており、彼女はハンスのことを好いているらしい。

 夜の風車小屋が正面からとらえられます。昼間の外観は本物に見えますが、この後も何度か登場する夜のそれは模型然としています。
 ハンスが一日の仕事を終えて帰ろうとしていると、木製螺旋階段の上から若い娘(シッラ・ガベル)がおりてきます。黄のドレス、手に赤薔薇、細っこい犬を連れています。
 ぼけっとしているハンスにボーレム博士(ヴォルフガング・プライス)なる人物が話しかけます。


 陽気な居酒屋です。歌手を務めているのは美術学校でのモデルでもあったアンネローレでした。パリ行きが決まったと彼女はラープに告げます。客の中にはボーレム博士もいる。
 中に入らずリーゼロッテが窓から覗きこんでいます。そこにハンスが合流する。これは後の伏線になっています。


 下から風車小屋を見上げるショットをはさんで、作業部屋のハンスのところに螺旋階段の上にいた女性、教授の娘であるエルフィがやって来ます。自分はいつも監視されている、皆が寝静まった夜に来てと風車小屋の鍵を手渡します。

 ピアノの間です。壁にレンブラントの自画像らしきものがかかっている。下の「おまけ」に掲げた作品に近いような気がしますが、確実ではありません。額は六角形になっていました。なお本作ではこれ以外にも、書斎を始めとしていろいろな絵だの彫刻が飾られているのを見ることができます。
 カメラが左から右へ室内を舐めると、ピアノを弾くエルフィ、くつろいで椅子に坐る教授、そして博士が見えてきます。


 夜の風車小屋の外観がはさまれます。以前教授が通ったのと同様の道筋で、ハンスがエルフィの部屋に向かう。
 ベッドで眠っているエルフィは真紅の服を着ています。それを見下ろすハンスの背後では、カーテンが幾重かにかけられている。目覚めたエルフィはハンスに抱いてと言います。ハンスもそれに応える。やけにいきなりだなという感じであります。


 回転する風車の羽根が、小屋側の下方から見上げられます。人々が風車小屋の方へ歩いていきます。回転舞台が公開されるようです。その中にロッテとラープも混じっている。
 呼びだされたハンスは、ロッテに自分のことが好きなのかと尋ねます。ロッテはずっと昔からと諾う。二人は幼なじみというやつでしょうか。ハンスは気づかなかった、でも今は愛の意味がわかったと言います。それを螺旋階段の上の回廊からエルフィが見ています。
 回転舞台が動きだします。人形は全て女性で、犯罪者だの死刑に処せられた者ばかりのようです。ロッテが気を失ないます。手当てする教授はにこやかです。
 教授はハンスを残らせ、娘は重病を患っているが自分ではそれを知らない、感情の高ぶりによる発作は致命的だと釘を刺します。時すでに遅しなのには気がついていないようです。
 回転舞台の舞台裏に当たるところに博士がいます。回廊のようになっています。


 作業部屋に置いてあった書きつけに従って、ハンスとエルフィは密会しますが、ハンスの方はなかったことにしようと提案します。エルフィの方は承知するつもりはまったくありません。相手のことをほとんど知る時間もなかったのにエルフィがなぜハンスに恋着するのかは、もう一つわかりづらい気もしなくはありませんが、ずっと閉じこめられたかのような環境にいたことがその一因ではあるのでしょう。異性とつきあう機会もなかったはずですが、その割りに誘惑の際は堂々としていましたが、これはそれだけ気合いが入っていたということにしておきましょう。とまれ別れ話に気が高ぶったエルフィは、案の定発作を起こしてしまいます。

 ハンスはエルフィを抱きあげ、作業部屋を出ます。巨大な歯車が噛みあうバルコニーです。その左手、螺旋階段をあがって左側にある扉をくぐります。その向こうは廊下です。以前教授が通った時は、歯車バルコニーが映されなかったため、作業部屋から廊下に直接つながっているように見えましたが、これでようやく正しい配置がわかったわけです。
 さて、廊下は陰影が濃い。左手には窓があります。途中でエルフィがつけていたブレスレットが彫像に引っかかりますが気がつきません。このブレスレットは後のシークエンスでも小道具として再登場することでしょう。
 エルフィの部屋の扉の前の壁は緑を帯びています。対照的に中に入ると、暖色に浸されている。ベッドは真紅です。
 ベッドにエルフィを下ろしたハンスは、顔の前にあった手鏡から彼女が息をしていないことに気づきます。頬のあたりには死斑のような染みが浮かびだす。


 朝でしょうか、運河に白い鳥が何羽も飛び交っています。向こう岸に街並みが見える一方、画面下・手前に欄干が配され、カメラが右へ向くと先にある街灯は斜めになっています。
 カットが換わると、運河をまたぐ幅の狭い木の橋が奥から手前に伸びています。台形になった手前の下り階段で、奥の方へ行く女性と手前にやってくるハンスがすれ違う。ハンスは懊悩しているようです。
 渡し場までやって来ると、渡し舟には喪服を着た女性が席についています。


 緑の照明が落ちる廊下を、ハンスはエルフィの部屋に向かいます。ベッドはからでした。作業部屋に戻ると机の上に赤薔薇が飾ってある。混乱したハンスに博士が鎮静剤を飲ませます。
 約43分、惑乱場面の始まりです。ただ同年の『アッシャー家の惨劇』(1960)を始めとするコーマンのポー連作でたびたび挿入された悪夢ないし惑乱の場面に比べると、コーマンのそれが時としてあからさまな狂躁性をまとうのに対し、本作では現実と幻覚の境目がより微妙であるような気がします。
 とまれ、まずは書斎でハンスは教授に責め立てられます。声がエコーしています。次いで作業部屋では博士に責められる。やはり声はエコーしています。振り向くと博士の姿が消えている。
 歯車バルコニーです。窓は緑に染まり、手前にも緑の光が射しています。同じ場所のまま、エルフィの部屋の赤ベッドが重ねあわされます。エルフィが起きあがると、そのアップは蜘蛛の巣越しにとらえられる。
 ピアノの音に螺旋階段をおりて書斎に入ります。右から左へ横切り、扉を叩くも開かない。左の方は赤い照明が射しています。机の上にブレスレットがある。
 書斎にあった髑髏が、納骨堂の髑髏にすり替わります。ここには髑髏はいくつもあります。しかし納骨堂自体の位置は不明です。納骨堂には大きな石棺が二つ置いてあり、一方にはよく見えない名前と、「1871-1892」の銘がありました。エルフィの母親のものでしょうか。すると本篇の時代は20世紀初め頃ということになります。
 納骨堂の扉の外では、夜闇のさなか白い十字架が大小二つ見えます。ハンスは銘のないもう一つの石棺を開く。花に埋もれてエルフィが横たわっていました。その手首にブレスレットははまっている。
 ハンスは書斎に戻ります。机の上で見たはずのブレスレットがなくなっていました。
 舞台裏の回廊です。奥の方でハンスが床の揚げ蓋を開き、下へおりていきます。
 蹴込みのない木の階段をおりてくる。薄暗い廊下のようです。赤茶の光に加えて、右下に緑の光が射しています。
 進んだ先に扉があり、その向こうで椅子に縛られた女性が見えます。近づこうとすると扉は閉じ、開きません。
 左から博士が現われます。鍵を射しこんで扉を開きます。誰もいません。部屋には太くゆるい半円アーチの白い梁が低くかぶさっています。アーチとアーチの間の柱に緑の光が射している。ここまでで約56分、10分以上にわたって夢とも現ともつかない場面が繰りひろげられたのでした。


 玄関広間の階段を無事だったエルフィがおりてきます。黄の服を着ています。

 約1時間強、診療室が登場します。ベッドの奥には狭い左右の壁にそれぞれ上すぼみで八の字をなすように木の柱が傾いでおり、それぞれの柱からさらに、斜めの梁が出て天井に伸びています。
 ベッドにはエルフィが横たわっている。アンネローレを縛りつけた診察台を教授が押してきます。そのアップが下から見上げられ、にこやかなだけに迫力があります。このあたりから本作の主人公が実は教授であったことに気づかされるようになっていきます。また手術の最中は温度を上げておく必要があるようで、2本の燭台に火を点すのですが、これがまたクライマックスへの伏線をなしています。
 エルフィから血が抜かれ、そこにアンネローレの血を輸血する。博士は躊躇する様子を見せます。
 エルフィは蘇り、向かいのアンネローレは息を引き取る。エルフィは喜びの表情を見せます。これもなかなか印象的です。彼女はどこまで感づいているのでしょうか?


 ハンスの部屋の前の廊下で医師が出てくるのをロッテとラープが待っています。医師の診断は強度のノイローゼというものでした。ハンスはロッテにプロポーズする。

 診療室で博士が何やら血液の検査をする一方、教授はアンネローレの亡骸から回転舞台のための人形を作ろうとしています。とても熱心そうで、単なる娘思いの父親ではありません。博士は医学界を追放された身であることが会話からわかります。ともあれ博士はエルフィを治療する方法を発見する。それには特殊な血液が必要で、そのサンプルは回転舞台を見て失神した時のロッテのものでした。

 ハンスとラープがロッテの部屋にやってきます。昨夜から戻っていないという。中に入れてもらって手がかりを探します。飾ってあった写真に映っていた女性を見て、ハンスは風車小屋の地下で見た人物だという。写真はモノクロですが、赤毛であることを言い当てます。ラープがビアホールで見かけたんだろうと言うと、ハンスは会っていないと答えます。ここでハンスが遅れてきたのを酒場の外でロッテが待っていたという伏線が回収されるわけです。
 ハンスとラープは推理を始めます。ラープが実は、潤滑油として重要な役割を与えられていることがわかります。
 二人は確かめようと納骨堂に向かいます。やはり納骨堂の位置ははっきりしないままです。雷が轟きます。石棺はからでした。風が吹きこみ、ばたついた窓と壁の間に蠟人形が隠してありました。なぜそんなことをしたのかはよくわかりません。

 夜の風車小屋の外観のショットに続いて、ハンスとラープが木製螺旋階段の下に現われます。また夜の風車小屋外観をはさんで、強い風のため勝手に回りだす歯車がアップでとらえられます。三度夜の風車小屋外観、再び歯車のアップを経て、回転舞台が勝手に作動します。人形の中にはサロメの像もありました。別の人形の首がごろりと落ちます。アンネローレの首でした。石化しているとラープが言います。

 診療室です。ロッテが診療台にくくりつけられています。片方の乳首がはみだしています。動けないロッテにエルフィは嬉々として孤独だった過去、未来の希望を語ります。これもけっこう迫力がある。
 手術が始まりますが、これが最後だ、金など要らないからエルフィと結婚させろと博士が言います。エルフィは誰にもやらない、もうお前の力は必要ないと教授は博士を殺してしまいます。エルフィは自分のものだと叫ぶ教授の台詞に、度を過ぎた父性愛を見るべきなのか近親相姦的なものを読みとるべきなのか、治癒すればエルフィはハンスのもとに走る気満々なことには気づいていないのでしょうか。また手術が完了する前の今殺してしまったらまずいだろうと観る側は思わずにいられません。案の定、エルフィから血を抜く過程はすでに始めてしまったのに、必須の血清は見つからない。倒れた博士の白衣のポケットと気づいた時はすでに遅く、割れてしまっていました。
 一方ハンスとラープは地下への入口を捜してドンドンやっています。
 教授は手術台の足もとで温度を上げるために点されていた燭台を横なぎに倒します。周囲に火がつく中、エルフィを抱えて出ていきます。いったん止まっていた回転舞台が、火に煽られてまた自動作動します。炎はあたかも、無表情から激情に跳躍した教授の心情に呼応しているかのようです。
 ハンスとラープは無事ロッテを助けだす。
 エルフィを抱えた教授は螺旋階段をのぼり、あがったところで坐りこみます。燃えだした人形はなおも回転を止めず、中に隠されていた髑髏が見えてきます。教授が「もういい、静かにしろ」と叫ぶ。悲痛であります。
 燃える風車小屋、そして渡し場でそれを見やるハンスとロッテは抱きあっています。ラープが渡し場の鐘を練らすのでした。

Cf.,  手もとのソフトに封入されたリーフレット掲載になる
遠山純生、「解説」

またこのDVDは、『白い肌に狂う鞭』(1963)の「Cf.」で記したように、『回転』(1961、監督:ジャック・クレイトン)とあわせて『映画はおそろしい HORROR MOVIES THE BEST OF THE BEST』(紀伊國屋書店、2005)というボックス・セットに含まれていたものです。

本作は上でも述べたように
黒沢清、『映画はおそろしい』、青土社、2001、pp.28-43:「ホラー映画ベスト50」
中の第1位(p.28)に挙げられています。
pp.44-45 の「ホラー映画の3本」も参照。


黒沢清はまた;
黒沢清+篠崎誠、『黒沢清の恐怖の映画史』、2003、pp.27-47:「1. 『生血を吸う女』と運命の機械」

山崎圭司、「生血を吸う女」、『イタリアン・ホラーの密かな愉しみ』、2008、pp.20-23

Cathal Tohill & Pete Tombs, Immoral Tales. European Sex and Horror Movies 1956-1984, 1995, pp.36-38

Danny Shipka, Perverse Titillation. The Exploitation Cinema of Italy, Spain and France, 1960-1980, 2011, pp.37-39, 57

Jonathan Rigby, Studies in Terror. Landmarks of Horror Cinema, 2011, pp.108-109

Roberto Curti, Italian Gothic Horror Films, 1957-1969, 2015, pp.49-53
おまけ レンブラント《自画像》1660
レンブラント
《自画像》
1660


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上で言及したアーヒム・フォン・アルニムの邦訳として手もとになるのは;
ルートヴィヒ・アヒム・フォン・アルニム、深田甫訳、『エジプトのイサベラ 世界幻想文学大系 4』、国書刊行会、1975
「狂気の傷痍兵、ラトノオ砦の上に在り」
原著は
Carl Joachim Friedrich Ludwig Achim von Arnim, "Der tolle Invalide aud fem Fort Ratonneau", 1818
「エジプトのイサベラ 皇帝カール五世、若き日の恋」
原著は
Carl Joachim Friedrich Ludwig Achim von Arnim, "Isabella von Ägypten. Kaiser Karl der Fünften erste Jugendliebe", 1812
深田甫、「アヒム・フォン・アルニム その生に拠る存在と表現の様式」
を所収。


また
今泉文子訳、『ドイツ幻想小説傑作選 ロマン派の森から』(ちくま文庫 と 21-1)、筑摩書房、2010
には「アルニム自身が『エジプトのイザベラ』の『双子の姉妹』と呼ぶ」(p.299)
アーヒム・フォン・アルニム、「アラビアの女予言者 メリュック・マリア・ブランヴィル」
原著は
Carl Joachim Friedrich Ludwig Achim von Arnim, "Melück Maria Blainville, die Hausprophetin aus Arabien", 1812
が収録されています。
 2015/7/24 以後、随時修正・追補
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