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幽霊屋敷の蛇淫
Danza macabra
    1964年、イタリア・フランス 
 監督   アントニオ・マルゲリーティ(ジョヴァンニ・アデッシ) 
 撮影   リッカルド・バロッティーニ(リチャード・クレイマー) 
編集   オテッロ・コランジェーリ(オテル・ランジェル) 
 プロダクション・デザイン   オッタヴィオ・スコッティ(ワーナー・スコット) 
    約1時間29分* 
画面比:横×縦    1.85:1
    モノクロ 

DVD**
* [ IMDb ]によると約1時間27分となっています。
** 本ソフトはフランス語版

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 アントニオ・マルゲリーティが『顔のない殺人鬼』(1963)、『死の長髪』(1964)とともに、1960年代前半に監督した古城を舞台にする作品の一つ。 [ IMDb ]によると『顔のない殺人鬼』のイタリア公開は63年8月1日、本作は64年2月27日ですが、手もとのソフトに封入された下掲の遠山純生「解説」に引用された監督や撮影監督の発言からすると(p.3、pp.4-5)、本作の方が先に製作されたようです。
 そこにも記されていますが、本作の当初の監督はセルジョ・コルブッチで、ゴードン・ウィルスン・ジュニア名義で脚本にも参加しています。[ IMDb ]ではコルブッチの名が共同監督として挙げられている。コルブッチはこの後『続・荒野の用心棒』(1966)や『殺しが静かにやって来る』(1968)といった、マカロニ・ウエスタン史上に記憶されるべき作品を監督することになります。また本作でのセットはコルブッチが監督した『モンザの修道士 Il monaco di Monza』(1962)のそれを流用したとのことです(遠山純生「解説」、p.4)。吹抜の2階回廊の左右両端から階段がおりてくるという広間は、『顔のない殺人鬼』やバーヴァの『白い肌に狂う鞭』(1963)とも共通していますが、このあたりの事情はどうなっているのでしょうか?(またイタリア語で不勉強のため中身はよくわからないのですが、ウェブ上で出くわした"LOCATION VERIFICATE: Danza macabra (1964)"([ < il Davinotti ])を参照。この記事によると城の外観にはラツィオ州ヴィテルボ県ボルセーナの城 il castello di Bolsena, Viterbo が用いられているとのことです)。

 主人公役のジョルジュ・リヴィエールは、『顔のない殺人鬼』でもヒロインの夫役を演じています。
 ヒロインを演じるバーバラ・スティールは、バーヴァの『血ぬられた墓標』(1960)で一躍60年代イタリア怪奇映画の花形となった女優で、やはりマルゲリーティの『死の長髪』でも主演をつとめています。本作に先立ってはアメリカに呼ばれてコーマンの『恐怖の振子』(1961)にも出演していました。
 加えてポー役のモンゴメリー・グレンことシルヴィオ・トランクイッリは『ヒチコック博士の恐ろしい秘密』(1962、監督:リッカルド・フレーダ、未見)でスティールと共演とのこと、またカルムス博士役のヘンリー・クルーガーことアルトゥーロ・ドミニチも『血ぬられた墓標』でスティールの二役の内、魔女の方のパートナーとなったヤヴティッチ公子を演じていました。

 街角の左側に馬車が止まり、おりた男(ジョルジュ・リヴィエール)が右上を見上げると、「四人の悪魔 Four Devils」という看板が掛かっています。男は中に入る。階段が下から見上げられ、そこをおりてきます。地下になるのでしょうか、居酒屋らしく、奥のテーブルで二人の男が席についている。その内の一人が話しているのはいささか不気味な話のようです。ポーの「ベレニス」の末尾でした。
 話し手はポー自身で、入ってきた男はアラン・フォスター、タイムズ紙の記者だと自己紹介する。ポーはロンドン滞在中とのことです。ポーは自分は小説家ではない、実録記者だと言いますが、フォスターは根っからの唯物論者でした。そこで同席していたトマス・ブラックウッド卿(ラウル・H・ニューマンことウンベルト・ラーオ)が賭けを持ちだす。自分の城に一晩泊まらないかというのです。賭けに応じて生きて帰った者はない。一年前には卿の妻の従兄弟夫婦が城に入ったが、行方知れずだという。卿は恐怖の伝承を否定したくて毎年賭けをするのだといいますが、そんな実績があって同じ提案を繰り返すのはどんなものかという気もします。
 とまれ今夜、11月1日の深夜から夜明けまでは死者たちの夜(実際に11月2日はカトリックでの〈死者の日=万霊節〉だそうです)で、今日だけ死者たちが城に戻り死を招いた悲劇を再現するとのことです。城はプロヴィデンスにあり、ここから馬車で2時間かかる。
 三人は馬車で霧がたなびく夜の森を城に向かいます。その間フォスターは念願のポーへのインタヴューを行なっています。

 以上をプロローグとして、約13分弱、馬車が城の門の前に着く。アランが門をくぐるさまが下からとらえられます。
 続いて城の外観がやはり仰視される。夜闇の中とて細部はわかりませんが、石造で、右に角塔があり、その左に折れ曲がる本棟が伸びています。城の外観が映るのはここだけでした。カメラは右上から左下へ動き、アランをとらえます。
 アランは右へ進む。カメラも下からそれを追います。途中に墓があり、「……アラート」と見えます。ここには末尾近くでもう1度出くわすことでしょう。猫の顔のアップをはさんで、垂れさがる木の枝にアランは絡みつかれます。抜けだしてさらに右へ進む。上に十字をのせた半円アーチ状の墓碑がいくつか見えます。とても正門から玄関に通じる道とは思えません。
 さらに右へ、奥に上への階段が見えます。幅はそんなに広くない。階段をのぼるさまが上から見下ろされます。右下にあった松明に火をつける。
 階段をのぼった上で左へ、扉があります。そこを入ると倉庫でしょうか、車輪がいくつもかけてある。黒猫が入ってきます。少し進んでから、右から左へ動く。装飾的な柵越しになり、また右へ戻ります。カメラもそれを追う。黒猫がじゃれついていた布を拾いあげます。
 扉から出て右へ、また上りの階段です。階段は右で折れて奥へのぼっている。
 上に扉があります。下から見上げられます。扉は開いていました。中に入ります。

 右から左へ進む。途中で奥の壁に鎧が置いてある。先に扉があります。
 右から左へ、手前に、また右から左に進む。
 今度は先の広間をカメラが右から左へ撫でます。右手の壁には暖炉があり、その先で奥まって上への階段、階段の上で左に回廊が伸び、左でまた下り階段となる。『顔のない殺人鬼』と『白い肌に狂う鞭』でお馴染みの布置です。ただし吹抜の手前に低い梁が走っており、暗さと相まって両作での広間ほど広い感じはしません。透視画法に則った奥行きを強調すべく、手前から奥へ長テーブルが配されています。
 アランは燭台に火を移し、左へ動いて暖炉に松明を放りこむ。燭台を手にまた右に戻ります。カメラもそれに従う。このあたりの場面に限らず、本作では右に進み左に戻りまた右に進むといった動きがずいぶん多いような気がします。
 窓のカーテンが風に揺れ、窓もがたつきます。燭台の火が風で吹き消される。右に進んで窓の外を確認します。窓を閉じ左へ、燭台にまた火を点す。
 また右へ、長テーブルに燭台を置きます。帽子とマントを脱ぎ、燭台を手に左へ進む。カメラもそれを追います。
 鐘の音が鳴る。振り向いて右へ進む。柱時計があります。11時半で止まっています。時計のガラス窓に燭台の火が映っている。
 奥から手前へ進む。また鐘が鳴り、時計の振り子が揺れます。振り返ってまた右へ、近づくと振り子は止まっている。またガラスに燭台の火が映り、上から下へ動きます。
 右から左に進む。はっと立ち止まる。向こうに自分の鏡像らしきものが見えます。背を向けて前から奥へ進む。扉口の向こうに鏡がありました。近づくと暗くなります。
 「何でもない、光線の効果だ」と自分に言い聞かせる。こんな風に言い聞かせる理由はよくわかりませんでしたが、とまれここで約23分半弱、門の前で馬車の二人と別れてから台詞はいっさいありませんでした。


 日本語字幕では「ありえない、幻を見たんだ」と繰り返しますが、これももう一つよくわからない。
 手前に戻ります。女性の肖像画が壁にかかっており、近づくとゆらゆらします。肖像は写真を使っているようです。
 扉の向こうで踊る男女が見える。すぐに扉はバタンと閉じてしまいます。開けると誰もいません。向こうにチェンバロ、その右にハープが置いてあります。
 中に入ってチェンバロの上の譜面を見、それを弾きます。『血ぬられた墓標』や『生血を吸う女』(1960)、『白い肌に狂う鞭』ではヒロインがピアノを奏でていましたが、今回はお兄さんに音楽の素養があるようです。
 左から肩に手がかけられる。約26分、バーバラ・スティール登場です。「兄がよこしたの?」と問いかける。アランは兄がブラックウッド卿のことだと了解します。早合点かとも思ったのですが、そうでもなかったようです。彼女の名はエリザベス、兄にとって自分は死者なのだという。賭けの話は有名で、毎年一人よこす。毎年今夜は客があるとも述べます。
 アランが今夜は死者たちの夜だと言うと、蠟燭の火が風で消えます。二人の背後に平行する二つの右上がりの階段が見えます。チェンバロの部屋は右側の階段の下、向かって右にあるわけです。


 二人は長テーブルの向こうに来る。奥に暖炉が見えます。向かい側の壁に女性の肖像がかかっており、またしてもゆらめきます。モデルはジュリアといい、他家の人とのことです。エリザベスと同い年ですが、男には冷たいという。
 二人は右に進む。椅子にかけてあった布をエリザベスが見つけます。アランが厩舎で見つけたと告げると、エリザベスはずっと探していたと答えます。
 また左に進みます。右階段をあがり、上で回廊を左に進む。カメラは下から見上げており。手前のシャンデリア越しに回廊と二人をとらえます。


 右奥から出てきて廊下を右手前に進む。奥に扉があり、そこをアランの寝室として使ってくれといいます。室内には段差があり、奥の高くなったところに寝台がある。これは『顔のない殺人鬼』の寝室と同じでした。
 アランは30歳で独身、貧乏だと自己紹介しています。肖像画のモデル、ジュリア(マルガレーテ・ローブサーム)が入ってきます。右から左へ、寝台の方へ進んできます。エリザベスはジュリアに対しわだかまりがあるようで、退出します。ジュリアもそれを追う。
 二人は廊下で言い争いします。エリザベスは今回こそ幸せになれる予感がすると言って、廊下左奥の扉の中に入っていきます。
 アランは本を見つけて開いてみます。日本語字幕によると見返しに「樫の木の下で深夜に ハーバート」とメモしてあります。イタリア語でした。扉には Carmus Introduzione alla medicina metafisica とある。日本語字幕では『心霊医学』と出ますが、直訳するとカルムス著『形而上医学序論』といったところでしょうか。
 エリザベスが入ってきます。抱いてと言います。『生血を吸う女』でもそうでしたが、いきなり早いなといった感じです。二人が寝台に倒れこむと、カメラは右へ延々と動いていき、暖炉の火をアップにしてようやく止まります。
 扉の外にジュリアがいます。左へ進むと、奥からやってきた陰になった男と廊下の角で鉢合わせします。男は彼女を愛していると言いますが、ジュリアはハーバートにすぐ知れると返す。左の扉に入っていきます。

 約41分弱、事終わってアランがジュリアの胸に顔を寄せると、愕然とします、エリザベスは自分は別の世界にいる、心臓は動いていない、10年前からと言う。淡々と話すエリザベスは迫力があります。また死者なのに生者と性交に及ぶという設定も興味深いところでしょう。
 突然半裸のお兄さんが乱入してきます。エリザベスを刺します。アランに殴られ、扉の外へ出ます。弱い。廊下を右から左に進み、奥の角を右へ折れます。アランはエリザベスを介抱するでもなく、デリンジャー=単発拳銃をとりだして半裸男を追います。
 角の先の廊下が映されます。左奥に半円アーチが見える。半裸男は左奥から右手前に逃げてきます。階段上の回廊が下からとらえられ、そこに左から出てくる。カメラは左から右に振られます。半裸男は回廊の右端をそのまま真っ直ぐ、数段のぼる。追ってきたアランが彼を撃ちます。数段のぼると、廊下の右下に半裸男が倒れている。彼の姿は闇に包まれ、そのまま画面右半が真っ暗になります。余談ですが、『顔のない殺人鬼』でも『白い肌に狂う鞭』でも、吹抜回廊右の奥にはついに入ることがありませんでした。とば口だけとはいえ、ついに本作で少し中に入り、また数段のぼることがわかっただけでも感無量という他ありません。

 さて、アランが回廊に戻るさまが上から見下ろされ、切り替わって右から左に進むところが下から見上げられます。廊下を奥へ向かい、角で左に折れる。右奥から手前に進んできます。
 部屋に入って右から左に動きます。寝台には誰もいない。
 アランはエリザベスの名を呼びながら左から右へ、廊下に出て右から左へ、突きあたりの扉を開けようとしますが開きません。
 左へ進み、角の先の廊下の奥に現われる。手前に向かってきます。回廊が下から見上げられる。右に進み、右階段をおります。カメラは左から右へ振られ、上向きだったのが下向きに移る。

 扉が開き男が出てくる。カルムス博士でした。アランは長く消息不明だったのにと言います。二人の向こうに左上がりの階段が見える。周囲が暗い分、構図の鮮やかさが目につきます。
 二人は左に進む。書斎です。奥に暖炉があり、その手前のテーブルには髑髏が置いてあります。
 カルムスは全てを見、全てを聞いた、止める方法がなかったと言います。その時は五感もあった、五感は死後も残るとのことです。このあたりは字幕では充分に判然とするとはいいがたく、手もとのソフトに封入されたパンフレットの遠山純生による「あらすじ」で補った方がよさそうです(p.8)。
 二人は左に進みます。窓があり外は墓地とのことですが、外の眺めは映されません。
 右に戻ります。まもなく死者たちが生前の最後の事件を再現するという。
 奥の扉へ向かいます。向こうに右上がりの階段が見えます。
 二人は左へ、先に右上がりの階段がある。曾祖父の初代ブラックウッド伯は「ロンドンの処刑人」だったとのことです。『顔のない殺人鬼』といい『惨殺の古城』(1965、監督:マッシモ・プピッロ)といい、イタリア人は〈死刑執行人〉というイメージに感じるところ多とするのでしょうか?
 二人は右から左に進みます。先に右上がりの階段があり、そこをのぼります。上から欄干越しに広間を見下ろす。暗くなります。

 舞踏会の情景となる。玄関を出た先に下りの階段があります。下に馬車がつけられる。階段の左外、奥に扉があって厩舎となります。エリザベスには夫のウィリアムがいるのですが、愛人がおり、「あらすじ」によると馬丁のハーバートとのことです。ウィリアムはジュリアと廊下で出くわした人物、ハーバートは半裸男を指します。
 アランとカルムスは廊下の角を曲がって右へ、扉の方に向かう。中ではエリザベスと夫が愛しあっています。半裸男が忍び寄り夫を殺してしまう。次いでエリザベスを手にかけようとすると、背後からジュリアが燭台で殴ります。ジュリアはエリザベスに迫りますが後者はそんな気はありません。あげくジュリアを刺します。望まぬ相手とはいえ仮にも命の恩人なのにという気もしますが、ともあれどろどろの愛欲模様はいかにもイタリア的といってよいのでしょうか。
 エリザベスは寝台をおり左へ進む。右下には男二人の亡骸、左上にエリザベスの頭部が右向きで配されます。正面向きになって肩から上の姿で叫ぶ。右を向いてそのまま後ずさります。カメラは左に振られる。
 アランとその右でカルムスが見ています。カメラは左から右へ動く。
 前向きのエリザベスとともにカメラは右から左へ動く。
 カルムスは後退して消えます。アランが左を向くと寝台に死体はありません。右から左へ進み、寝台周辺を探します。左から右へ戻り、廊下に出る。


 奥を右に曲がります。下から左階段が見上げられ、そこをおりて右に進む。先は書斎の扉です。「賭けは負け、降参だ」と叫ぶ。右から左へ、振りかえると書斎の扉が開きます。左へ進む。
 室内をカメラは左から右へ、ゆっくりと舐めます。右の扉からカルムスが出てきて、左へ進む。これは先ほどまでアランと話していた博士ではなく、過去の姿なのでした。軋み音に燭台を取って右に進む。カルムス彷徨篇の始まりです。
 左右の階段の間の扉から手前に出てくる。やっと書斎の位置がはっきりわかりました。カルムスが手前まで来るとカメラは後退します。そのまま右へ、カメラの前を横切り背を向け進む。柱時計の前を右から左へ、先・右にある扉が風でバタバタします。開けて中に入る。
 階段が下から見上げられます。手前上にゆるい半円アーチがかぶさり、その向こうに太い円柱が立っている。燭台の明かりで柱が白く反射する。その左をおりてきます。カメラは後退する。少し斜めになっています。肩から上のアップになり右へ進む。奥の扉の中に入ります。
 中で数段おります。右奥に半円アーチがある。左から右へ、納骨堂でした。手前に石棺がある。
 奥の石棺を開きます。背後で低い半円アーチが二つ、直角に配されている。柩の中は骸です。ただし表皮は残っており、胸が上下している。右から左へ後ずさります。骸に霧がかかり、カメラは右の頭部から左の足もとまで撫でる。霧が石棺から溢れだします。カルムスが手前を向いたまま、背後の階段をのぼるさまが下から見上げられます。
 右奥から出て、手前右へ、カメラもそれを追います。柱時計の前を通り過ぎた後、鐘の音が鳴る。振り向くと12時でした。
 右から左へ、先に左右階段が見えます。左の階段が下で右に湾曲していることがわかります。これも『顔のない殺人鬼』と同様です。
 階段の間の扉へ向かい、書斎内を右から左へ進む。アランのアップをはさんで、扉から半裸男が入ってくる。カルムスを殺した後、首筋に咬みつきます。ここで吸血鬼のモティーフが加わったわけです。
 他方、このくだりでのカルムス、門を入ってからのアランなど、右から左、左から右へという動きを繰り返しつつ城内をうろつく場面の密度を思えば、城内彷徨こそがメインであって、さまざまな事件はそれらを区切りつなぐために配分されているのではないかという気になってきます。うっとりです。


 アランが顔を両手で覆っていると、「私が死者になったわけが?」と声がする。扉からカルムスが現われます。机の方を見ると誰もいません。このパターンは何度目でしょうか。カメラは急速に右から左へ振られる。同じく急速で左から右に戻ります。誰もいません。
 机の上の紙には、「血は生命の源、死者は生者の血を飲まねば甦れない」と記されていました。笑い声が響きます。
 アランは外へ出る。カメラは広間を右から左へ、ゆっくり舐めます。長テーブルの向こうにゆるい半円アーチがあり、その向こう中央に太い円柱が見えます。地下納骨堂におりる階段付近と同じパターンです。奥の方から光があてられているため柱は白い。
 アランは右奥の扉から出て左手前へ、カメラもそれを追います。向こうに右上がりの階段があります。
 ジュリアの肖像画がアップになる。アランは右から左へ進みます。

 玄関扉から若い夫婦が入ってくる。一年前に行方不明になったというブラックウッド卿の妻の従兄弟夫婦でしょうか。夫はモリスという。右から左へ進みます。
 アランの前をカメラは左から右へ動く。「止めろ、殺されるぞ」と声をかけるも聞こえた様子はない。
 二人は右階段をのぼり、回廊を左へ進みます。カメラは下から見上げ、右から左へ振られる。
 アランは玄関へ向かう。扉が閉まります。開きません。左前に出る。
 寝室の二人です。いちゃいちゃしていましたが、夫が様子を見に外へ出ます。
 アランは左から右へ進む。
 夫は左から右へ進み、数段あがって右に向かいます。
 妻(シルヴィア・ソレント)は右の暖炉の前にいます。胸をはだけます。『生血を吸う女』のラスト近くとともに、当時としては数少ない例ということになるのでしょう。右前に進む。
 アラン、夫と続いて、妻が鏡の前にいる。背後に半裸男が現われます。夫、アラン、夫と続いて妻エルシーの首筋に半裸男がかがみこんでいる。夫は半裸男に飛びかかるも、首を絞められて倒れます。
 アランが飛びこみます。目をいったんそらしてから戻すと死体は消えており、替わって手をつなぐ二人の姿が出現します。そのまま前に進み、声を合わせて「あなたの番」という。

 アランが左から出てきます。階段をおりるさまが下から見上げられる。おりると書斎からカルムスが出てきて「君の番」という。
 アランは左から右へ進む。向こうからジュリアとウィリアムが並んで進んでくる。下から見上げられています。
 アランは右から左へ逃れる。エリザベスが陰から出てきて「逃げて」という。
 左へ進みます。扉口がある。向こうの壁に猟銃が三段になって掛けられています。廊下に切り替わり、左と奥に半円アーチの梁が見えます。左から半裸男が現われる。
 追いつめられそうになると右の扉が開き、またエリザベスが「こっち」という。
 階段が下から見上げられます。以前カルムスが通った地下への階段です。エリザベスはまたいなくなっています。アランは階段をおり、右へ、扉を越えて数段おります。納骨堂です。松明に火をつけ右へ、懐中時計を引っ張りだすと5時でした。夜明けにはまだ間があります。右下の柩はからでした。
 扉の下の隙間から霧が這いこみます。上にあがるとジュリアの姿が現われる。他の面々も勢揃いです。
 またしても右からエリザベスが助けます。右へ進む。数段あがって扉がある。下から見上げられています。先の廊下を左から右へ進む。このあたりは倉庫のような態です。『血ぬられた墓標』での裏廊下が思いだされるところです。左奥から手前に進む。右奥にまた扉があり、出ると屋外でしょうか。右から左へ進みます。背後に左上がりの階段が見えます。

 墓地でした。放してというのを無理矢理引っ張ってきたエリザベスが倒れ、髑髏に変じてしまいます。上に「エリザベス・ブラックウッド」の墓碑がありました。上に十字架をいただいた半円アーチ型です。
 アランは右奥から左前に進む。カメラもそれに従います。入った時同様木の枝に絡みつかれます。見上げると木の上の方からいくつも首吊り死体がぶらさがっているさまが、真下からとらえられます。初代ブラックウッド伯の所業ということのようです。バーヴァの『処刑男爵』(1972)や『吸血魔のいけにえ(ドラキュラの生贄)』(1967、監督:ハラルト・ラインル)が思いだされるところです。『ミラクルマスター 七つの大冒険』(1982、監督:ドン・コスカレリ)でも相似た眺めが出てこなかったでしょうか。
 面々が呼びかけます。「ジュリア・アラート」の墓碑も見えます。始めの方で「アラート」だけ見えていたやつです。
 右から左へ進む。正門がありました。何とか外に出ます。しかしぐいっと押し開いた片方の扉が勢いで戻って来て、そこから突きだしていた柵の棘がアランの首を突き刺すのでした。しかしこれは理屈がよくわかりません。


 朝の森です。馬車がやって来る。ポーはアランが門の前で待っていると思ってうれしそうですが、近づけば息はありませんでした。下からポーとブラックウッドがとらえられます。ブラックウッドはアランの財布から賭け金分だけ抜きとります。非情です。
 串刺しになったアランの背後からカメラは地面を這うように右へ動き、そこに「私のために?」というエリザベスの声、「そう」と諾うアランの声がかぶさります。カメラはそのまま上昇して、薄切りたなびく木漏れ日を真下から見上げます。ロマンティックな旋律が不協和音に転じて閉幕となるのでした。


 クライマックスで亡霊たちはただすっくと立ったまま迫ってきます。ぎゃあとか叫んで襲いかかってくるのではない分、逆に迫力がある。
 また過去の事件を再現する姿と、現在の状態が区分されている点も面白いところでしょう。過去の姿にはいっさい干渉できないのに対し、現在の亡霊は生者と愛を交わしたり、あるいは生者を襲って血を啜り、あまつさえ冷静に生者を案内したりさえする。ここには若干の錯綜もあって、アランと愛しあった直後にエリザベスを刺殺した半裸男はいったいどちらに属しているのか。下掲の黒沢清・篠崎誠・遠山純生「アントニオ・マルゲリーティ監督『幽霊屋敷の蛇淫』 ホラー映画談義」で遠山が、「結局バーバラ・スティールがどうやって殺されたのか、あるいは自殺したのかもしれませんが、その光景が一度も出てこないような気がするのです」と述べているように(p.15)、半裸男はジュリアに殺され、その際エリザベスは生き延びたのですから、この点は謎のままなのでした。
 とまれ亡霊たちの過去と現在、そして生者との交錯する空間・時間は、薄暗い城内を彷徨する場面によって支えられているといってよいでしょうか。
 他方残留思念による過去の事件の永劫回帰という主題は、これも「解説」で指摘されるように(p.3)、バーヴァの『リサと悪魔』(1973)において人形芝居というモティーフと組みあわされて展開されることになります。「解説」ではまた、『シャイニング』(1980、監督:スタンリー・キューブリック)への影響も述べられています(座談会 p.32 も参照)。また同じ主題は『セリーヌとジュリーは舟でゆく』(1974)にも見られます。先立つ『死霊の町』(1960)もその変奏と見なせなくもないかもしれない。
 なお本作はマルゲリーティ自身によって『蜘蛛の巣 Nella stretta morsa del ragno』(1971、未見)として再製作されました。カラーで撮影されたそれにマルゲリーティは満足がいかなかったといいますが(「解説」、p.3、p.6)、クラウス・キンスキーがポー役に扮したのこと、日本語版ソフトを出してほしいものです。

Cf.,  手もとのソフトに封入されたリーフレット掲載になる
遠山純生、「解説」
黒沢清・篠崎誠・遠山純生、「アントニオ・マルゲリーティ監督『幽霊屋敷の蛇淫』 ホラー映画談義」
遠山純生、「イタリアのホラー映画 その黎明期」


またこのDVDは同じマルゲリーティの『顔のない殺人鬼』(1963)とあわせて『映画はおそろしい~アントニオ・マルゲリーティ篇~』(紀伊國屋書店、2006)というボックス・セットに含まれていたものです。

菊地秀行、「Ⅳ 怪奇映画ベスト100」、『怪奇映画の手帖』、1993、p.225

ジョン・L・フリン、『シネマティック・ヴァンパイア 吸血鬼映画B級大全』、1995、pp.142-143/no.092

二階堂卓也、「四人目 アントニオ・マルゲリティ 肩で風切る銀幕渡世」、『マカロニ・マエストロ列伝 暴力と残酷の映画に生きた映画職人たち』、2005、pp.65-77

殿井君人、「アントニオ・マルゲリーティ」、『イタリアン・ホラーの密かな愉しみ』、2008、pp.176-179

Danny Shipka, Perverse Titillation. The Exploitation Cinema of Italy, Spain and France, 1960-1980, 2011, pp.42-43, 55

Jonathan Rigby, Studies in Terror. Landmarks of Horror Cinema, 2011, pp.118-119

Roberto Curti, Italian Gothic Horror Films, 1957-1969, 2015, pp.109-114

Jonathan Rigby, Euro Gothic: Classics of Continental Horror Cinema, 2016, pp.127-129
 2015/7/31 以後、随時修正・追補
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