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フランケンシュタイン
Frankenstein
    1931年、USA 
 監督   ジェイムズ・ホエイル 
撮影   アーサー・エディスン 
編集   クラレンス・コルスター 
 美術   チャールズ・D・ホール 
 セット・デザイン   ハーマン・ロッセ 
    約1時間10分 
画面比:横×縦    1.37:1 
    モノクロ 

DVD
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 『魔人ドラキュラ』に続いてユニヴァーサル社が放った作品で、やはりその後のフランケンシュタインの怪物のイメージ形成に大きな刻印を残すことになりました。またやはりデイヴィッド・J・スカル(→こちらを参照)が、参照したDVDに収録されたメイキングの脚本・監督などを担当しています。
 メアリー・シェリーの原作(1818/1831)に登場する怪物がたぶんに哲学的な性向の持ち主であったのに対し、映画版では単なる殺人鬼になってしまったといった語られ方をすることが時にありますが、ユニヴァーサル版以前に演劇や映画(1910年のエジソン社によるものなど)などですでに何度も翻案されてきた点をおくにしても、ジャック・P・ピアースの特殊メイクを施されたボリス・カーロフが演じる怪物は、否定すべくもない威厳をたたえているように思われます。たしかに犯罪者の脳が怪物創造の際に用いられたという、ユニヴァーサル版独自の設定もなされているのですが、怪物が示す憧れや戸惑い、おびえ、歓び、そして怒りは、そうした設定自体を余計な付け足しと感じさせるのではないでしょうか。もちろんモノクロで撮影された点も、無垢と威厳の入り交じった存在感を色褪せさせないことに与って力あるのでしょう。ただカーロフ自身が怪物を演じた二つの続篇も含め、以後のフランケンシュタインを主題にする少なからぬ作品においても、本作品における怪物のイメージの鋭利さは一度として凌駕されることがなかったといっては、言い過ぎになるでしょうか。


 映画は手元のアップから始まって、埋葬に参列する人々を順にパンしていきます。やがて斜めになった十字架や死神像が映り、やはり斜めになった金網を通して、埋葬をうかがうフランケンシュタインと助手のフリッツがアップで捉えられます。この作品では、アップと引きの切り換えが頻繁に行なわれるとともに、しばしば空間を少し傾けて映すようです。柩を台車に載せて運ぶさまを上から見下ろした後、絞首台の場面でも、柱はわずかに左に傾いていました。

 ヒロインが登場する居間はいかにも豪勢なのですが、それはさておき、居間から出ておそらく玄関との間に、手前から奥に延びる廊下が映されます。奥には階段があって踊り場で左に折れるとともに、吹き抜けの廊下には、斜めになった太い梁がかかっています。この空間は後段でのフランケンシュタイン男爵の邸宅の場面にも使い回されていました(それとも結婚を控えたヒロインが男爵の屋敷に滞在しているということなのでしょうか)。また部屋の入口から廊下なり別の部屋に移るところを、セットの特性を活かして壁越しに映すカットが何度か登場する点も面白いところです。

 次いで見張り塔 watchtower の登場です。外観は模型で、高い丘の上に、先細りの形をして立っています。実験室に用いられている部屋は、湾曲した壁を斜めになった太い壁付の柱が支え、部屋のまん中にも木製らしい柱が立っている。長い梯子も見えます。天井には開口部があって、床は板張り、下へ降りる階段が隅にあります。壁にはいくつも壁龕状の凹みがあり、窓の下には段が設けられている。そんな中にいくつも怪しげな電気仕掛けの装置が設置されているわけです。壁の凹凸が作る陰は濃く、電気の放つ輝きと強く対比されます。斜めのダイナミックな構図で捉えられたかと思えば、手術台が昇降する場面では、その動きに従ってカメラも上下に首を振ります。
 床にはいくつか段差が設けられているようで、アップ/引きの切り換えと相まって、人物間の関係に動きをもたらすのを助けています。また後の場面で手前にテーブルを置いた、その背後の壁に、梯子をはさんでいくつも、おそらく機器をに布をかぶせたということなのでしょう、縦長の形が並んでいるのですが、どうにも人型に見えて、奇妙な感触をもたらしていました。


 上の階にある実験室から螺旋状の階段を降りると玄関に行けるわけですが、後の方では、やはり壁をはさんで実験室と階段室をつなぐカットがあったりします。ともあれ1階部分を映した場面からは、この塔がかなり粗っぽい造りになっていることがわかります。階段は1階部分のかなりを占めるような大きさの、斜めになった壁だか柱を取り巻いています。下から昇るに従って幅が狭くなっていくように見え、また各段はまん中あたりでくぼんでいる。階段を降りきると短い廊下になって、狭い玄関があるのですが、すぐ右手にも扉があって、地下室につながっています。玄関と地下室の扉との間の壁には、梯子代わりなのでしょうか、角をまたいで鉄棒が横に何段もかけてあり、その中に上から鎖が吊りさがっています。

 怪物が閉じこめられる地下室 cellar も興味深い造りになっていました。入口付近には屋根を支えるためか、木製の柱が斜めに延びていて、数段下がれば部屋なのですが、左側にはやはり斜めになった石の壁があり、寝台が置いてあります。右側は深く急速にすぼまっていく凹みになっていて、その奥に小さな窓があるのです。後の場面で、扉が二重になっていることがわかります。

 物語はフランケンシュタインの父である男爵の屋敷に舞台を移します。ここで面白いのは、先にもふれた吹き抜けの廊下と階段によって結ばれたいくつかの空間の関係でしょう。1階では居間とヒロインの控え室が廊下をはさんで向かいあっており、少なくとも2階、そして地下があります。侵入したと思しき怪物を探す場面では、2階にあがってまず右の部屋、もどって廊下をはさんだ左の部屋に入り、さらにその部屋越しに奥の部屋を確かめるという、17世紀オランダの室内画を思わせるような構図にも出くわしました。その際手前の部屋の扉付近が、やはり少し斜めに撮られています。
 また花嫁の控え室に怪物が侵入する場面では、花嫁装束の白と怪物の衣服の黒が強く対比されて、『カリガリ博士』におけるヒロインの寝室の場面を思い起こさせたりもしました。


 男爵邸のある村のセットもしっかりしたものでしたし、怪物を追跡する岩山、そしてクライマックスのやはり丘の上にある風車小屋なども見所です。ともあれ斜め斜めとしつこくあげつらってきましたが、カメラの動きや、遠近を切り換えるカットのつなぎと相まって、この作品に持続した緊迫感をもたらしていたように思えることでした。

 なお、実験室のある見張り塔の階段が再登場するのが『女ドラキュラ』(1936)→こちらを参照
Cf.,  以下、手元にある資料で、章題等に出てくるものだけ挙げますが、これ以外にも当然、あちこちで取りあげられています;

S.S.プロウアー、福間健二・藤井寛訳、『カリガリ博士の子どもたち』、1983、pp.37-46

The Horror Movies, 4、1986、p.146

デイヴィッド・J・スカル、『モンスター・ショー 怪奇映画の文化史』、1998、pp.141-155

石田一、Monster Legacy File、2004、p.5

José María Latorre, El cine fantástico, 1987, pp.41-72 : "Capítulo 2 Semblanza de Mary Shelly", "Capítulo 3 Retrato de James Whale", "Capítulo 4 El moderno Prometeo"

Michael Sevastakis, Songs of Love and Death. The Classical American Horror Film of the 1930s, 1993, pp.59-74 : "Part II -4. Frankenstein : Are Men Not Gods?"

Jeremy Dyson, Bright Darkness. The Lost Art of the Supernatural Horror Film, 1997, pp.11-21

Tom Johnson, Censored Screams. The British Ban on Hollywood Horror in the Thirties, 1997, pp.32-45 : "Frankenstein - The Movie That Makes a Monster"

Jonathan Rigby, American Gothic: Sixty Years of Horror Cinema, 2007, pp.97-101

Jonathan Rigby, Studies in Terror. Landmarks of Horror Cinema, 2011, pp.34-35

また
Juan Antonio Ramírez, Architecture for the Screen. A Critical Study of Set Design in Hollywood's Golden Age, 2004, p.137, p.139

原作の邦訳は何種類かあるようですが、とりあえず;
シェリー、小林章夫訳、『フランケンシュタイン』(光文社古典新訳文庫 K Aシ 5-1)、光文社、2010
原著は
Mary Shelley, Frankenstein ; or, The Modern Prometheus, 1818/1831

続篇の『フランケンシュタインの花嫁』(1935)は→こちらを参照
ハマー・フィルムの『フランケンシュタインの逆襲』(1957)は→こちら

また
ホラー・ワールド』、no.2、1980.7、pp.36-39:「グラフ 怪奇スター回想-2 ボリス・カーロフ」

おまけ The Edgar Winter Group, "Frankenstein", They Only Come Out at Night, 1973
というのもありましたが、手元にないので曲名のみ挙げておきます。

Tuxedomoon, Half-Mute, 1979(→こちらを参照)
よりA面ラスト、
"James Whale"
鐘がカン、カンと微妙に速度を変えたりひずんだりしつつ鳴り続ける周辺で、なんやかやの音が響くという曲です。

ジェイムズ・ホエイルの晩年を描いた作品が;
『ゴッド・アンド・モンスター』、1998、監督:ビル・コンドン

ホラー映画100年史 100 Years of Horror』、1996、DVD版の第2巻『怪物達の饗宴 The Gruesome Twosome』
は前半でルゴシ、後半がカーロフの紹介となっています。


ところで、メアリ・シェリーの原作は、たとえばオールディスによってSF史の劈頭に置かれています;
ブライアン・オールディス、『10億年の宴 SF-その起源と歴史』、1980、pp.11-50:「1 種の起源 メアリー・シェリー」
オールディスはさらに、
ブライアン・W・オールディス、藤井かよ訳、『解放されたフランケンシュタイン』(海外SFノヴェルズ)、早川書房、1982
原著は
Brian W. Aldiss, Frankenstein Unbound, 1978
で、メアリー・シェリーとフランケンシュタイン男爵、その怪物がともに存在する歴史を物語りました。この小説は映画化されてもいます;
『フランケンシュタイン/禁断の時空』、1990、監督:ロジャー・コーマン


他方別の方面からもこの物語が注目されていることを知ったのは、
バーバラ・ジョンソン、大橋洋一・青山恵子・利根川真紀訳、『差異の世界 脱構築・ディスクール・女性』、紀伊國屋書店、1990、pp.256-273:「第4部 第13章 わたしの怪物/わたしの自己」
原著は
Barbara Johnson, A World of Difference, 1987
を読んだ時でした。これ以外にも;

クリス・ボルディック、谷内田浩正・西本あづさ・山本秀行訳、『フランケンシュタインの影の下に』(異貌の19世紀)、国書刊行会、1996
原著は
Chris Baldick, In Frankenstein's Shadow ; Myth, Monstrosity, and Nineteenth-Century Writing, 1987
内、訳者解説「ボリス・カーロフの影の下に」(内山田浩正)が映画版を扱っています。

スティーヴン・バン編、遠藤徹訳、『怪物の黙示録 「フランケンシュタイン」を読む』、青弓社、1997
原著は
Edited by Stephen Bann, Frankenstein, Creation and Monstrosity, 1994
全9篇を収録。第6章は「ジェームズ・ホエールの『フランケンシュタイン』-ホラー映画とスクリーン上の怪物のシンボル的生物学」(マイケル・グラント)。
ちなみに、「第5章 印象派の怪物-H.G.ウェルズの『ドクター・モローの島』」の著者マイケル・フライドは、近代美術史をかじった者にはなじみの深いマイケル・フリードのこと。


J=J.ルセルクル、今村仁司・澤里岳史訳、『現代思想で読むフランケンシュタイン』(講談社選書メチエ 105)、講談社、1997
原著は
Jean-Jacques Lecercle, Frankenstein, mythe et philosophie, 1988
内、第5章は「神話の存続-スクリーンの『フランケンシュタイン』」

横山茂雄、『異形のテクスト 英国ロマンティック・ノヴェルの系譜』、1998、pp.55-72:「第3章 知識の両義性-『サン・レオン』から『フランケンシュタイン』へ」

クリストファー・フレイリング、『悪夢の世界 ホラー小説誕生』、1998、pp.3-100:「第1章 フランケンシュタイン」

長野順子、「〈美的なもの〉と排除の構造-18世紀美学の言説から『フランケンシュタイン』へ-」、『美学』、vol.49 no.3、1998.12.31、pp.1-12 [ < CiNii Articles

廣野由美子、『批評理論入門 「フランケンシュタイン」解剖講義』(中公新書 1790)、中央公論新社、2005

小野俊太郎、『フランケンシュタイン・コンプレックス 人間は、いつ怪物になるのか』、青草書房、2009

小野俊太郎、『フランケンシュタインの精神史 シェリーから「屍者の帝国」へ』(フィギュール彩 36)、彩流社、2015
第5章1「フランケンシュタインと視覚表現」の中で31年版映画もとりあげられます(pp.130-132)。

同じ著者による→こちらを参照


The Horror Reader, 2000, "Part Four: Many Frankensteins
pp.111-113: Ken Gelder, "Introduction to Part Four"
pp.114-127, Chapter 10 : Paul O'Flinn, "Production and Reproduction. The case of Frankenstein"(extract)
pp.128-142, Chapter 11 : Elizabeth Young, "Here Comes the Bride. Wedding gender and race in Bride of Frankenstein"(extract)

こうした関心と連動しているのかもしれません、メアリー・シェリーと『フランケンシュタイン』執筆のきっかけになったディオダディ荘のエピソードを扱った映画が、似たような時期に製作されたりしました;
『ゴシック』、1987、監督:ケン・ラッセル
『幻の城』、1988、監督:ゴンサロ・スアレス
『幽霊伝説 フランケンシュタイン誕生秘話』、1988、監督:アイヴァン・パッサー


メアリー・シェリーとフランケンシュタインの怪物といえば;
山田正紀、 『エイダ』、1994


加えて;
伊藤計劃×円城塔、『屍者の帝国』、2012


また、本作を引用したものの中から;
『ミツバチのささやき』、1973、監督:ビクトル・エリセ

 2014/09/03 以後、随時修正・追補
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