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魔人ドラキュラ
Dracula
    1931年、USA 
 監督   トッド・ブラウニング 
撮影   カール・フロイント 
編集   ミルトン・カルース 
 プロダクション・デザイン   ジョン・ホフマン、ハーマン・ロッセ 
 美術   チャールズ・D・ホール 
 セット装飾   ラッセル・A・ガウスマン 
    約1時間15分 
画面比:横×縦    1.37:1 
    モノクロ 

DVD
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 作品としては平板だとしばしば評価されますが、ともあれベラ・ルゴシ演じるタイトル・ロールは、その後のドラキュラ伯爵のイメージ形成に大きな刻印を残すことになります。制作の経緯等について詳しくは、下に挙げたデイヴィッド・J・スカル『ハリウッド・ゴシック』の第5章とその周辺や、これも下に挙げた、監督であるブラウニングについてのモノグラフィーの第4章などを参照してください。スカルはまた、参照したDVDでオーディオ・コメンタリーや、そこに収録された"The Road to Dracula"の脚本・監督なども担当しています。

 原作に従って、冒頭18分ほどがトランシルヴァニアを舞台にしています。まずは例によって道中の旅籠だか居酒屋、もっともこの映画で城に赴くレンフィールドは中には入らず、そのまま馬車に乗りこむのですが、旅籠のある村は街道より低い土地にあるらしく、高い土手とそれを斜めに横切る下り道、高い十字架が立つ背景はけっこう印象的です。
 なお日本語字幕によると、レンフィールドが出発する時、村の婦人が十字架を、信じていなくてもお守りになるからと手渡す場面があります。ある時期以降、信仰がなければ十字架に効き目はないとされるようになった点からふりかえれば、隔世の感ありとすべきでしょうか(この点に関連して、拙稿「吸血鬼は十字架を恐れるか?-ビクトル・ミラ『神に酔いしれて』をめぐって(上)-『100の絵画・スペイン20世紀の美術』展より-」、『ひるういんど』、no.37、1992.110 [ < 三重県立美術館のサイトも参照ください)。


 城に向かう山道はマット画で、城の外観は模型とのこと(スカル『ハリウッド・ゴシック』、p.221)。城は山の上にあって、そんなに巨大なものではなさそうです。次いで映るのが地下室らしく、背が低く幅の広いアーチが数多く空間を仕切っています。霧が這い、柩から吸血鬼たちが起きあがる。上の階にのぼる階段も少し見えます。天井は低いけれど、けっこう奥に深そうな地下室のセットは、物語の上では別の場所になるものの、クライマックスに登場する地下室と同じなのでしょう。
 場面は馬車にもどって、到着すれば城門とその奥のアーチを経て、数段上がったところの木の扉からレンフィールドは城内に入ります。


 城内に入ると、巨大な玄関広間が待っています。天井の高さは優に10mはありそうで、右上に大きな窓、奥にはこれもずいぶん幅の広い階段が左上へと折れていきます。尖頭アーチや付け柱のある柱が見えるところからして、ゴシック建築をイメージしているのでしょう。三つ葉型とでもいうのでしょうか、窓には蝙蝠が舞い、階段の下には馬蹄形(?)のアーチが開いています。
 この階段から燭台を手にした伯爵が降りてくるわけですが、階段の途中に大きな蜘蛛の巣が張られ、欄干は壊れた箇所があるし、窓からは木の枝が突き出て、廃墟然としたありさまです。床にも壊れた家具らしきものが転がっており、夜の暗さと相まって、なかなかいい雰囲気を出してくれています。
 スカルのオーディオ・コメンタリーによると、この場面での映像の上部はガラスに描いた絵だそうです(スカル『ハリウッド・ゴシック』、p.216 も参照)。『猫とカナリヤ』でもやたら天井の高い部屋が登場しましたが、セット設営や撮影・照明の都合、予算規模などいろいろな事情はあるのでしょうが、たとえばハマー・プロのセットなどではこんなにだだっ広い部屋は出てこなかったような印象があります(→こちらなどを参照)。他方比較的近年の『ホーンティング』(1999、監督:ヤン・デ・ボン)や『ヴァン・ヘルシング』(2004、監督:スティーヴン・ソマーズ)などでは、CGが使えるとか、予算が許したということもあるのでしょうが、おそろしくばかでかい部屋が描かれていました。いささか深読みすれば、ハリウッド的想像力のありようの一つを認めることができるのかもしれません。
 なお階段には、なぜかアルマジロがうろうろしています。『ハリウッド・ゴシック』によるとブラウニングは先立つ『真夜中のロンドン』(1927)でもアルマジロを使ったとのことです(pp.221-222、また『「フリークス」を撮った男 トッド・ブラウニング伝』、p.112、p.145)。このアルマジロは、後に『ドラキュリアン』(1987、監督:フレッド・デッカー)冒頭のドラキュラ城の場面でも忠実に登場することになります。


 伯爵に案内されてレンフィールドが入る部屋は、ずっと大広間だと思いこんでいたところ、今回見直してみれば寝室なのでした。そう勘違いするほどに、やはり天井が高い。奥には大きな窓が三つ並んでおり、その向こうはバルコニーらしい。これも大きな暖炉や、10本前後も枝のある燭台があります。扉の周辺は木造らしい。太い柱には螺旋状に帯が巻きついています。手前に暗くなった物入れやテーブルを斜めに配し、奥にいる人物の距離感を強調するという、いわゆるルプソワールを用いた構図も目につき、これはクライマックスでも用いられていました。物言わぬ三人の花嫁が登場する場面では、扉の向こうは明るくなっており、上にやはり三つ葉型のアーチがのぞいています。
 ドラキュラ城の場面は以上で、映された部屋は地下、大階段のある玄関広間、寝室の三つだけで、カメラも時にゆっくり接近したりするものの、固定撮影の方が多い。それでもいかにもいかにもといった雰囲気は充満しているのでした。

 嵐にもまれる船の短い場面をはさんで、舞台はロンドンに移ります。病院の庭からレンフィールドの病室へとカメラが動く印象的なショットもあったりしますが、クライマックスに飛べば、カーファックス修道院のこれも印象的な階段が待っています。階段の上にも下にも外に通じる扉があって、修道院は急な斜面にかぶさるように建っているということなのでしょうか。ともあれ左上から右下へ大きな弧を描いて曲がる階段はなかなかかっこよく、そこで物語中でもっともキャラの立ったレンフィールドと伯爵とが、ミナをはさんでやりとりするのでした。
 階段の手前にはアーチが半分見え、やはりルプソワールの役割をはたします。床には何かの残骸、また階段の下にも尖頭アーチがあり、その奥には左手に窓、右側に扉がある。ミナを抱いた伯爵を追って、ヴァン・ヘルシングらが扉をくぐると、ドラキュラ城にあったと同じ、低いアーチの連なる地下室で、ここで物語は結末を迎えることになります。
 カーファックス修道院の場面でも映るのは階段と地下室、二つの空間だけですが、こちらも充分魅力的でした。ドラキュラ城と修道院の場面を物語の始めと終わりに配した構成は、いろいろ問題はあるにせよ(たとえば同じブラウニングが監督した『悪魔の人形』(1936→こちらを参照)などの方が、演出に切れがあったような気がします)、頭に残る空間のイメージを刻んでくれたとはいえるのではないでしょうか。


 同じ脚本・セットで同時に製作された『魔人ドラキュラ・スペイン語版』については→こちらを参照
 また、やはり同じセットと小道具を模様替えして使ったのが『恐怖城』(1932)→こちらを参照(スカル『ハリウッド・ゴシック』、p.216、p.300)
 さらに、大階段のある玄関広間が再登場するのが『女ドラキュラ』(1936)→こちらを参照

Cf.,  以下、手元にある資料で、章題等に出てくるものだけ挙げますが、これ以外にも当然、あちこちで取りあげられています;

ジョン・L・フリン、『シネマティック・ヴァンパイア 吸血鬼映画B級大全』、1995、pp.41-47/no.016

デイヴィッド・J・スカル、『ハリウッド・ゴシック ドラキュラの世紀』、1997、「第5章 幽霊は西へ」など


デイヴィッド・J・スカル、エリアス・サヴァダ、遠藤徹・河原真也・藤原雅子訳、『「フリークス」を撮った男 トッド・ブラウニング伝』、水声社、1999、「第4章 トランシルヴァニア」、また巻末の「トッド・ブラウニング・フィルモグラフィー」、pp.259-260など
原著は
David J. Skal and Elias Savada, Dark Carnival. The Secret World of Tod Browning - Hollywood's Master of the Macabre, 1995
こちら(『悪魔の人形』に関連して)や、そちら(『古城の妖鬼』)でも挙げています

同じ著者による
デイヴィッド・J・スカル、『モンスター・ショー 怪奇映画の文化史』、1998、第1章、第5章等も参照

石田一、「ドラキュラ100年史《前編》」、1997、pp.90-95

石田一、Monster Legacy File、2004、p.3

マーク・ジャンコヴィック、『恐怖の臨界 ホラーの政治学』、1997、pp.88-90

柳下毅一郎、『興行師たちの映画史 エクスプロイテーション・フィルム全史』、青土社、2003、「第4章 フリークショー映画の栄華」および「第5章 トッド・ブラウニングとカーニバル映画人」
こちら(『悪魔の人形』に関連して)や、そちら(『古城の妖鬼』)、またあちら(エドガー・G・ウルマーについて)でも挙げています

「ベラ・ルゴシの吸血鬼-魂を売り渡してまでも」、 『yaso 夜想/特集#「ヴァンパイア」』、2007.11、pp.96-109
それでもベラ・ルゴシに、ドラキュラ役は回ってこなかった/トッド・ブラウニングは撮影現場にいなかった? 『ドラキュラ』撮影秘話1/夜にまぎれてドラキュラがもう1人  『ドラキュラ』撮影秘話2/ルゴシとブラウニングの集大成のはずが……/死んだルゴシが主役をしている/ベラ・ルゴシは本当にドラキュラ俳優だったのか/消えた吸血鬼たち


José María Latorre, El cine fantástico, 1987, pp.73-100 : "Capítulo 5 Semblanza de Bram Stoker", "Capítulo 6 Retrato de Tod Browning", "Capítulo 7 De vampiros y otras soledades"

Michael Sevastakis, Songs of Love and Death. The Classical American Horror Film of the 1930s, 1993, pp.3-24 : "Part I -1. Dracula : The Amorous Death"

James Craig Holte, Dracula in the Dark. The Dracula Film Adaptations, 1993, "2. Early Adaptations"

Tom Johnson, Censored Screams. The British Ban on Hollywood Horror in the Thirties, 1997, pp.22-31 : "Dracula - 'The Strangest Passion the World Has Ever Known'"

Jonathan Rigby, American Gothic: Sixty Years of Horror Cinema, 2007, pp.89-91

また
Juan Antonio Ramírez, Architecture for the Screen. A Critical Study of Set Design in Hollywood's Golden Age, 2004, p.42, p.71, p.137, p.208

『魔人ドラキュラ』が扱われているわけではありませんが;
小松弘、「トッド・ブラウニング(1) フィルムセンター企画上映『知られざるアメリカ映画』にちなんで」、『現代の眼』、no.464、1993.7
 同、 「トッド・ブラウニング(2) フィルムセンター企画上映『知られざるアメリカ映画』にちなんで」、『現代の眼』、no.465、1993.8


B.ストーカーの原作の邦訳その他については、『吸血鬼ノスフェラトゥ 恐怖の交響楽』(1922)のページ→こちらを参照

追ってこんなのが出てきました;
1983年7月2日に伊丹グリーン劇場で開催された『世界怪奇映画傑作集 H・R・I シネマサロン』の際に配布されたパンフレット、B4版二つ折りを2枚ホッチキス止め、計4ページ。手書きです。上映された『魔人ドラキュラ』(1931)、『吸血鬼ドラキュラ』(1958)、『フランケンシュタイン復活』(1939)、『フランケンシュタインの怒り』(1964)、『納骨堂の物語(魔界からの招待状)』(1971、監督:フレディー・フランシス)の解説が掲載されています。なお上映は字幕なし。なおいっしょにはさんであったのが『コレクターズ・ニュース』、1983.7、vol.2 no.7 で、16mmフィルム販売リストが主ですが、H・R・I 企画発行、連絡先として石田(方)が記されていました。

おまけ ベラ・ルゴシが出演した映画はこれからも取りあげることになるでしょうし、管見の範囲内では『恐怖城』(1932)の妖術師や『フランケンシュタイン復活』(1939、監督:ローランド・V・リー)においてのイゴール役の方がよかったのではないかと思ったりもするのですが、とりあえず;

Bauhaus, "Bela Lugosi's Dead", 1979(邦題:バウハウス、「ベラ・ルゴシズ・デッド」)
バンドのデビュー・シングルですが、LPには入っておらず、後にベスト盤 Crackle, 1998(『クラックル』)等に収録。
ハンガー』(1983、監督:トニー・スコット)の冒頭で用いられています。


この歌のタイトルを組みこんだタイトルの論考;
James Hannaham, "Bela Lugosi's Dead and I Don't Feel So Good Either. Goth and the Glorification of Suffering in Rock Music", Gothic. Transmutation of Horror in Late Twentieth Century, 1997, pp.119-113, 96-92

『エド・ウッド』(1994、監督:ティム・バートン)にマーティン・ランドー演じるベラ・ルゴシが登場することはよく知られているかと思いますが、ここは;

ステュアート・カミンスキー、長野きよみ訳、和田誠:絵と解説、『吸血鬼に手を出すな』(文春文庫 カ 3-5)、文藝春秋、1999
原著は
Stuart Kaminsky, Never Cross a Vampire, 1980
トビー・ピータース・シリーズの5作目とのことで、作者は映画評論家でもあるそうです(p.326)。ベラ・ルゴシが巻きこまれる事件を綴ったハードボイルド小説で、ボリス・カーロフも冒頭に少しだけ登場します。

ホラー映画100年史 100 Years of Horror』、1996、DVD版の第2巻『怪物達の饗宴 The Gruesome Twosome』
は前半でルゴシ、後半がカーロフの紹介となっています。


その後に製作された作品もつまみ食いしつつ、主として『魔人ドラキュラ』のパロディーなのが;
『レスリー・ニールセンのドラキュラ』、1995年、監督:メル・ブルックス


余談ですが、ハマー・フィルムの『王女テラの棺』(1971、監督:セス・ホルト)に登場するヒロインの恋人で超心理学の研究者の名前はトッド・ブラウニング Tod Browning でした。原作はブラム・ストーカーの Jewel of the Seven Stars(1903)ですが、邦訳はされていないようで、未確認。 [ IMDb ]のTrivia では『魔人ドラキュラ』等の監督に対するオマージュとされていました。上掲のスカル+サヴァダ、『「フリークス」を撮った男 トッド・ブラウニング伝』、1999、p.210 でも言及されています。同じ原作による『ブラム・ストーカーズ/マミー』(1997、監督:ジェフリーオブロウ)にはこの名前の人物は登場していないもよう(ただし全く憶えていませんでしたが、[ IMDb ]のキャスト・リストでは Robert Wyatt なる登場人物がいたとのことです。ロバート・ワイアットといえば元ソフト・マシーンのドラマー/シンガーなのでした。そちらを念頭に置いているかどうかもまた不明です)。
 2014/08/31 以後、随時修正・追補
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