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女ドラキュラ
Dracula's Daughter
    1936年、USA 
 監督   ランバート・ヒリヤー 
撮影   ジョージ・ロビンスン 
編集   モーリス・パイヴァー、ミルトン・カルース 
 美術   アルバート・S・ダゴスティーノ 
    約1時間11分 
画面比:横×縦    1.37:1 
    モノクロ 

DVD
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 手もとにあるDVDに封入されたブックレットの解説(石田一)にも記されているように、なぜかヴァン・ヘルシングの"van"がドイツ語風に"von"になっていたり、またミーナやジョン・ハーカーのことは言及もされないものの、物語は『魔人ドラキュラ』(1931)の後日譚となっています。舞台は大部分がロンドンで繰りひろげられ、1時間ほどしてやっとトランシルヴァニアに移ります。そのためドラキュラ城が出てくるのは最後の10分ほどだけなのですが、これがなかなかあなどりがたい。またそれ以前の部分でも興味深い細部が散見されました。

 タイトル・バックはマット画で、尖頭アーチの連なるさまが描かれているようです。開幕すると、階段を降りてきた二人の警官が、床に倒れている人物を見つけます。『魔人ドラキュラ』の最後で伯爵に突き落とされたレンフィールドであるわけですが、前作での吹き抜けの空間を壁に沿って巡る階段とちがって、この階段は両側を石積みの壁に囲まれています。これはうれしいことに、『フランケンシュタイン』(1931)および『フランケンシュタインの花嫁』(1935)での実験室のある塔のセットがそのまま用いられているようです。後者と同じく斜めの梁が上にかぶさっています。
 階段を降りた先は変更されていて、手前右の戸口からヘルシングが登場します。中央奥の方にも別の半円アーチが見えます。中央手前には水盤のようなものが配されています。右の戸口には木の扉がついており、中に入ると、手前に柩が見える。中には杭を打たれた伯爵が横たわっているのです(この映画での吸血鬼は、滅ぼされても灰や骸骨になったりしません)。中央奥には格子のはまった窓か扉、右奥には上への階段がのぞいています。


 霧のたなびく廃墟で伯爵の遺骸を荼毘に付す印象的な場面を経て、舞台はロンドン、チェルシーにあるザレスカ女伯爵のアパルトマンに移ります。ここで女伯爵がピアノを弾きながら従者と交わす会話は、荼毘の場面での会話(下掲の菊地秀行、「我がドラキュラ映画の時代(後篇)」、pp.262-263 を参照)とあわせ、様式化されていて雰囲気を盛りあげてくれます。祝福が呪いに反転するそのさまは、後の『ドラキュラとせむし女』(1945)でも展開されたモティーフと見なせるでしょうか。
 またこのアパルトマンでは、柩の置かれた部屋で、壁を斜めに横切る柱が見えます。後に出てくるアトリエ、さらに後での客間(同じ部屋か?)では、暖炉の両脇に壁から斜め上に伸びる柱が天井に達し、それを壁の上方から斜め下に伸びる短い柱が補強する形になっていました。アトリエの暖炉の上の壁には恐ろしげな仮面がかけられています。
 アパルトマンは玄関から入ると玄関室があって、そこにいくつかの扉が開くというかっこうです。その内の一つから広間に入ると、暖炉があって、その先、向かって右側は床が何段分か高くなっていて、斜め柱との間に手すりが設けられている。手すりの奥はさらに向こうの部屋に通じているようです。通路の左手は斜めの柱で区切られ、カーテンがかかっている。そのカーテンも、まずは白いカーテン、少し間をあけて暗めのカーテンとなっていて、壁だか大きな窓だかを覆っているということなのでしょう。カーテンの多用は、クライマックスでのドラキュラ城の一室にも見られました。また玄関室から広間へ、さらに奥へと主人公の精神科医が進むにつれ、カメラもその動きに従います。そして画面の奥から女伯爵が現われる。このパターンもまた、クライマックスで繰り返されることになります。


 女伯爵はアトリエのあるアパルトマン以外にも部屋を借りているようで、主人公を迎える客間は、先のアパルトマンのグレーの壁とちがって、いたって明るい雰囲気でした。
 この他、女伯爵の毒牙にかかった娘が入る病室では、日除けの水平の桟の影が縞をなして壁を覆っています。後の『私はゾンビと歩いた!』(1943)や『吸血鬼ボボラカ』(1945)でも同様の光景が現われ、とりわけ前者では大規模に用いられていました。美術を同じアルバート・S・ダゴスティーノが担当しているので、その得意技なのでしょうか。
 また病院の主人公に与えられた部屋では、机の奥は大きな斜めの窓になっています。この大窓の右端で壁は折れ曲がるのですが、曲がった側にも縦長の狭い窓が設けられ、そこから風が吹きこんではカーテンを揺らすのでした。この窓や机のある部分は、扉口付近に対して数段低くなっている。


 ロンドンでの顛末を経て、舞台はトランシルヴァニアに移ります。この移行は、電波塔をいくつもオーヴァーラップさせた抽象的なカットと、飛行機の発進によって表わされます。当時最先端の状況ということなのでしょう。『狼男』(1941)にもモンタージュを重ねあわせたくだりがあって、この頃のはやりででもあったのでしょうか。
 さて、移動した先は、魔が跳梁する森の彼方の地というわけです。まずは民族色豊かであるものと想定された村での婚姻の宴です。下掲の菊地秀行「我がドラキュラ映画の時代(後篇)」、p.264 でも記されているように、しかし、村を睥睨する山上の城の一室に光がともったのに気づいた村人たちは、いっせいに屋内に逃げこむのでした。

 ドラキュラ城の全景はマット画で、夜空に黒々と、いくつも塔を聳えさせつつ全体は山頂にうずくまるかのごとき相を呈しています。まずは柩の置かれた石積みの部屋。暗くて細部は見てとれませんが、起きあがった女伯爵は右にある階段をのぼります。次いで拐かされてきた精神科医の秘書を寝椅子に横たえた部屋。大きな暖炉があり、その左脇に半円アーチの扉が見えます。扉の上半はガラスに斜め格子が走る。奥には上辺が斜めの曲線で切られた別の扉があります。
 他方秘書を取りもどすべく駆けつけた主人公が、城門に姿を見せる。周囲の景色は荒涼としています。城門は二つの小塔にはさまれ、右の塔は狭間胸壁、左の塔は円錐形の屋根をかぶっている。手前の段を駆けあがって木製の門から入れば、うれしや、『魔人ドラキュラ』での大階段のある玄関広間に再会することができます。さすがにアルマジロは見当たらないものの、右手の窓から木が突き破り、階段の踊り場は蜘蛛の巣で塞がれている(ただし前作より低い位置に替わっています)。階段下の尖頭アーチの奥にはカーテンがかかっているのが見え、2階部分の廊下は縦縞状の影で区切られていました。
 さらにうれしや、まだ続きます。大階段を駈けのぼった主人公は、その奥の部屋に入ります。この部屋がまた、駆け回りたくなるような空間なのです。扉の右手の壁には椅子が置かれ、左手は太い円柱を経て上にのぼる階段となる。この階段は、また一本の円柱をはさんで、角度と傾斜をかえてさらにあがっていきます。階段がのぼっていく吹き抜けの空間は湾曲しているかのようで、城門の小塔の奥に見えた、大塔の一つという設定なのかもしれません。階段には欄干はなく、ロープを張って手すり代わりにしてあります。手すりのロープは画面の手前にも伸びており、この部屋の中央は扉のところから何段分か低くなっているのですが、扉のところから椅子の置いてあった右の方へも、同じ高さの廊下が続いていて、壁に沿って中央部分をとりまく回廊になっているということのようです。
 なおこの空間は、同じヒリヤーが本作の前に監督した『透明光線』(1936)に登場したのと同じセットを用いているのではないかと思われます。
 主人公を襲った従者は、この部屋の反対側、綴織で覆った戸口に逃げこむのですが、入口側に戻って、階段の下の扉から女伯爵が登場します。階段の下は裏のない状態で、その傾斜に沿って扉も上辺が斜めの曲線で切られています。これが秘書が連れこまれた部屋の扉に当たるわけです。
 部屋の側から見ると、斜めの扉の向こうに先ほどの階段室の円柱がのぞいています。扉の上にはそこを覆うべきカーテンが斜めにたくしこまれ、さらに左の壁にも大きなカーテンが垂直に垂れています。秘書の横たわる寝椅子の奥は、すぐ壁になっていてこちらもカーテンで覆われています。これだけカーテンが多いと、その向こうを仕上げなくてもよいからという、経済的事情によるものではないかと勘ぐりたくなってしまいます。とまれカーテンだらけの部屋からは、ある種の閉塞感が生じるとはいえるでしょうか。
 寝椅子の足側には、壁に刻まれたアーチとその下端の支え石が見えます。寝椅子の頭側からはバルコニーに出る大窓があるようで、バルコニーの欄干の角には、鷲らしき石像が配されているのでした。ハマー・プロの『吸血鬼ドラキュラ』(1958)の冒頭が連想されたことでした。

Cf.,  菊地秀行、「女ドラキュラの淫靡さ」、『怪奇映画の手帖』、1993、pp.47-52、また同書 p.190

菊地秀行、「我がドラキュラ映画の時代(後篇)」、『妖魔の宴 スーパー・ホラー・シアター ドラキュラ編 2』、1992、pp.260-264


ジョン・L・フリン、『シネマティック・ヴァンパイア 吸血鬼映画B級大全』、1995、pp.56-57/no.022

石田一、「ドラキュラ100年史《前編》」、1997、pp.100-101

石田一、Monster Legacy File、2004、p.10

デイヴィッド・J・スカル、『モンスター・ショー 怪奇映画の文化史』、1998、pp.226-232

Michael Sevastakis, Songs of Love and Death. The Classical American Horror Film of the 1930s, 1993, pp.163-180 : "Part IV -11. Dracula's Daughter : Vampirism as Psychosis"

Jeremy Dyson, Bright Darkness. The Lost Art of the Supernatural Horror Film, 1997, pp.62-64

なお、名義上のみの原作が、
ブラム・ストーカー、桂千穂訳、「ドラキュラの客」、『ドラキュラの客』、国書刊行会、1976/1997、pp.9-33
原著は
Bram Stoker, "Dracula's Guest", Dracula's Guest, 1914
紀田順一郎の「あとがき」ではこの短篇集は著者の歿後2年して、未亡人の編纂で刊行されもので、当該短篇については「本来は未定稿として収録を見合わさるべき性質のもの」とされています(p.273)。
この邦訳は
『書物の王国 12 吸血鬼』、国書刊行会、1998、pp.37-48
にも再録されています。


ストーカーに関連して→こちらも参照
おまけ 本作品の再製作に当たるのが;
『ナディア』、1994年、監督:マイケル・アルメレイダ

 2014/10/25 以後、随時修正・追補
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