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ブードゥリアン/生と死の間/私はゾンビと歩いた!*
I Walked with a Zombie
    1943年、USA
 監督   ジャック・トゥルヌール(ターナー) 
撮影   J・ロイ・ハント
編集   マーク・ロブソン 
 美術   アルバート・S・ダゴスティーノ、ウォルター・E・ケラー 
 セット装飾   A・ローランド・フィールズ、ダレル・シルヴェラ 
    約1時間8分
画面比:横×縦    1.37:1 
    モノクロ 

DVD
* 手もとにあるソフトの邦題は『私はゾンビと歩いた!』。前の2つの邦題はTV放映時のもの。
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 『キャット・ピープル』(1942)に続くRKOでのヴァル・リュートン製作、トゥルヌール監督の第2弾(もっとも[ IMDb ]によると1943年4月21日ニューヨークで公開されたのですが、同じ製作者・監督・編集者・美術スタッフによる『レオパルドマン 豹男』は同年5月8日公開とのこと)。脚本はカート・シオドマクとアーデル・レイで、前者は『狼男』(1941)、『フランケンシュタインと狼男』(1943)など、後者は同じRKO、リュートン製作で『レオパルドマン 豹男』や『吸血鬼ボボラカ』(1945)の脚本を手がけています。本作品については、下掲の『映画の生体解剖』(2014)で稲生平太郎が、奇跡的な傑作として絶讃していますので、そちらも参照してください。

 物語はシャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア』(1847)を下敷きにしているとのことです。『ジェイン・エア』は遅れ咲きのゴシック・ロマンスとも見なせる小説ですが、他方デュ・モーリアの『レベッカ』(1938→こちらも参照)を始めとして、後続する作品の元型ともなりました。それかあらぬかこの映画では、男性の登場人物以上に、女性たちの姿が生き生きしているように思われます。主たる男性陣である兄弟は、過去の出来事を引きずって苦悩しているわけですが、この二人より、医師でもあるその母親の方が、活力もあればその分陰影も濃い。ヒロインにヴードゥーの集会場を教える若い召使いも、物語に深くからむわけではない脇役なのですが、やけに存在感があります。心神喪失の状態にある兄の妻は、会話でだけ語られる過去の姿との対照が印象的でした。そして主人公であるがゆえに無垢でもあれば愚かでもあり、とどのつまり空虚なはずのヒロインも、決して操り人形にとどまらない動きを示してくれました。そもそもこの映画でもっとも有名な、ヒロインと夫人が夜の砂糖黍畑をヴードゥーの集会場に赴く場面で、兄の妻が自力で行動できないという理由からであれ、二人の女性がずっと手をつないで進むこと自体が、この場面の雰囲気にひとかたならず寄与していました。脚本家の一人アーデル・レイは女性の名前のようですが、この時期のハリウッド映画にフェミニズム的な意識がさほど強かったとも考えにくく、興味深い点ではあるのでした。

 人物設定や物語はさておき、『ジェイン・エア』とくれば館です。ただし原作のイングランドとはちがって、こちらは熱帯。建物の造りも風通しが重視されているようです。兄弟が住む屋敷はいたって明るく、とりわけ玄関から入った広間が印象的な空間を示してくれます。吹き抜けになったそこは、段差が設けられていて、奥には壁に沿った階段が折れ曲がっているのですが、中2階ほどで廊下となって伸びていきます。天井には木の梁が、右には半円アーチがのぞく。手前にも中2階の空間があって机が置かれており、事務仕事に用いられる場面が後に何度か出てきます。右奥に進むと食堂に通じるようです。窓から出ればテラスになっていて、木が影を落とす。
 ヒロインに当てられた部屋では、壁いっぱいを幾本もの日除けの水平な桟の影が区切っています。ぽつぽつと垂直の影が支える。とりわけ夜、あかりを落とした際には、水平の縞はとても強調されることになります。そんな中、左から人の影だけが現われて、声をかけるのでした。

 とこうして母屋はいたって開放的な造りになっているわけですが、そこに隣接して石造りの塔が立っているのが、ヒロインがはじめて屋敷を訪れた際にもちらっと見えていました。後の場面で塔の中に入れば、扉口は、壁に沿って湾曲する石造りで裏のない階段の、すぐ下に位置しているのでした。階段の側面に光が当たるさまが印象的です。階段をあがると上は影に浸されています。ヒロインが2階まであがった時、下から兄の妻がのぼってきます。ヒロインが黒の上掛けをまとっているのに対し、夫人は白い衣と対比されていました。この場面は第一の山場といってよいでしょう。
 2階はひどく殺風景な空間で、さらに上に通じる階段ものぞいています。窓からの光が四角く落ち、その分、人の影も濃くなるのでした。

 ヒロインと医師が夫人の治療を試みる場面もえらくかっこうがいい。正面に扉口が配され、中央を向こうにある柱が真っ黒なシルエットとなって区切っています。柱のさらに奥は、壁龕をうがった壁になっている。扉口には兄が寄りかかっているのですが、扉の左右の壁にそれぞれ、治療にいそしむ医師とヒロインの影だけが大きく落ちています。ヒロインの影は左側に映っていますが、実体は右側から現われます。兄とヒロインが会話を交わすようになると、医師の影は画面から消えるのでした。ことほどさようにこの作品では、影の領域が、実体に劣らぬ比重で存在感を放っているわけです。
 その後、兄の背後に裏なしの石造りの階段が映り、扉口の外が塔の1階であることがわかります。そして階段の下の闇から弟が登場するのです。

 先立つ場面で夫人の寝室が映るのですが、その壁にはベックリーンの《死の島》が架かっていました。《死の島》には5つのヴァージョンがあって、ここでは3番目、1883年の画面(の実物大複製)が用いられていました(下掲の図版参照)。ベックリーンのこの作品は、2年後のリュートン製作による『吸血鬼ボボラカ』、原題は『死の島』の主題となります。
 後の場面では、ヒロインが休む寝椅子の上の壁に、装飾の影が落ち、そこにゾンビの影が重なるというショットもありました。またこの部屋にはハープも置かれています。


 少し戻れば、庭からカメラが左から右へ、まず兄、少し離れて弟、さらに右で夫人を連れだすヒロイン、最後に集会場の場所を教える召使いを、次々にとらえていく印象的なカットを経て、第二の山場であるヒロインと夫人の夜の道行きの場面となります。ともあれとても濃密な映画なのでした。
Cf.,  稲生平太郎・高橋洋、『映画の生体解剖 恐怖と恍惚のシネマガイド』、2014、p.34、pp.119-123

伊藤美和編著、『ゾンビ映画大事典』、2003、pp.35-36

岡田温志、『映画は絵画のように 静止・運動・時間』、2015、pp.70-71

José María Latorre, El cine fantástico, 1987, pp.137-164 : "Capítulo 10 Los años 40 y retrato de Jacques Tourneur", "Capítulo 11 Entre panteras y zombies"
こちらにも挙げておきます

Jeremy Dyson, Bright Darkness. The Lost Art of the Supernatural Horror Film, 1997, pp.133-151
おまけ ベックリーン《死の島》1883
ベックリーン
《死の島》
1883年


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 2014/10/21 以後、随時修正・追補
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