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吸血鬼ボボラカ
Isle of the Dead
    1945年、USA
 監督   マーク・ロブソン 
撮影   ジャック・マッケンジー
編集   ライル・ボイヤー 
 美術   アルバート・S・ダゴスティーノ、ウォルター・E・ケラー 
 セット装飾   アルバート・グリーンウッド、ダレル・シルヴェラ 
    約1時間12分
画面比:横×縦    1.37:1 
    モノクロ 

DVD
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 RKOでのヴァル・リュートン製作作品、脚本は『私はゾンビと歩いた!』(1943)や『レオパルドマン 豹男』(1943)を手がけたアーデル・レイ。古城映画とは言いがたいのですが、『私はゾンビと歩いた!』でも用いられていたベックリーンの《死の島》をモティーフにした作品で、原題も『死(者)の島』ではあり、面白い建造物も出てくるので、とりあげることにしましょう。

 物語はポーの「赤死病の仮面」(1842→こちらを参照)、「アッシャー家の崩壊」(1839→こちらを参照)、「早すぎた埋葬」(1844→こちらを参照)などから想を得たものとでも見なせるでしょうか。超自然現象が起きるわけではありませんが、全篇が死の雰囲気に浸されています。
 ボリス・カーロフ演じる将軍は劈頭、祖国を守るためなら冷酷と見なされることも辞さない軍人として登場します。また一方、宗教の良い面も悪い面も見てきたので、目に見えるものしか信じなくなったとも言い放つのですが、舞台の小島に伝染病が発生したためその封鎖を宣告して後、事態の悪化に、悪霊ヴォヴォラカの跳梁なる説に徐々に心を動かされていきます。将軍が変化するきっかけは、彼とチームを組むべき軍医が病に斃れたことでしょう。軍医の死は領事官夫人の問題にも影響する点で、展開上重要な位置を占めています。なおこの映画ではチームは、同性のもの3人で1組ということになっているようで、男性陣の残り一人は将軍と行動をともにするアメリカ人記者です。ただしこの記者は恋愛沙汰にうつつを抜かしたあげく、将軍から離反して、彼を孤立させてしまいます。
 他方女性の三つ組は島の考古学者の家に滞在していた領事官夫人とその侍女、迷信深い家主によって構成されます。三人は同じ部屋を共用しながら、家主が侍女を悪霊視しているため、のっけから不協和音を奏でています。侍女の方は、最初は将軍を敵視するなど気丈な面を見せてくれるのですが、家主の敵意に追いつめられていく。このチームの要をなすべきは領事官夫人ですが、本来彼女とペアーを組む夫は早々に病魔の手にかかり、強硬症への怖れを受けとめてくれるはずだった軍医も斃れてしまう。そんな弱さの状況に置かれながら、侍女に対する慈しみを示しもするのですが、宿命的な事態に陥って変貌を遂げるのでした。
 これら二組のチームからはみだしているのが、考古学者です。将軍を家に泊まらせることで伝染病の発生に立ち会わせたり、なぜかギリシャの神々に祈願するかと思えば、ポセイドーンの三叉の鉾を披露し、肝心なところで眠りこんだりします。一見傍観者的な位置にいるように見えて、深読みすれば、何やら神的な領域とのつながりを感じさせる立場とも見なしたくなるところです。
 とまれ当初の強さから弱さに移行する将軍、もともとの弱さから強弱の彼岸に飛躍してしまう夫人、それぞれの変化が交差して、物語はクライマックスを迎えることとなります。


 人物設定や物語はさておき、映画はタイトル・バックにベックリーン《死の島》の第3作(→こちらを参照)を映しながら始まります。冒頭は戦場のテントで、ランプが人物たちの影を大きく投げかけています。将軍と新聞記者は夜の戦場を横切って、将軍の妻が眠る墓所のある小島に小舟で渡るのですが、小舟ともども、この島はベックリーンのイメージをそのまま再現したマット画でした。
 舟を停めた浜辺には、両側から石垣が延びてきていて、少し高い右の柱の上には、三頭のケルベロスの像が据えつけてあります。このケルベロス像は後に何度か映されます。冥界への入口というわけです。石垣の間を通り、数段あがった先に石造りの墓所があるのですが、墓が荒らされていることを見てとり、二人は反対側のもう一つの階段に向かう。この階段は丘の周りを巡るようにのぼっていて、その先にやはり石造りの半円アーチが開いていました。
 その中をのぞけば、奥には反対側の出口が見えていて、そんなに大きなものではない。この通路は最初の入口から向こうを見る角度、奥から手前を見る角度など、いくつかカットを重ねて映されます。入口から何段かおり、またおりてと、奥の出口は少し低くなっているようです。中から見ると入口の内側は方形をなしており、その両側には岩がそのまま残されています。入口から向かって左の方から、角をそいだ方形の光が射していて、そちらは別の出口か窓なのか、部屋になっているのか。
 最初に出てきた将軍の妻の墓所以外にも、〈死(者)の島〉たるこの島にはいくつか墓があり、このトンネルもそんな一つなのだと思われますが、墓として映されるわけではない。後の場面で柩を安置する場所が登場しますが、それがこのトンネルかどうかも、定かではありません。とりあえずこの場面においては、それまでの世界から物語の世界へ移行する通路として、象徴的に配されているのでしょう。留まるべくもなく、ただ通過するためだけの通路として、それはある。通路なるものの面目躍如たるところでしょうか。クライマックスにおいても、このトンネルは人物が行き来する場所として再登場します。

 トンネルから出ると、向かい側に木の扉があって、まわりは石積みの壁になっています。ここが登場人物たちが滞在する考古学者の借家です。決して宏壮なお屋敷というわけではなさそうですが、いくつか面白い細部が見受けられました。
 広間の奥にはベックリーンの《ヴァイオリンを弾く死神のいる自画像》がかかっています(下掲の図版参照)。後の場面では、玄関の脇にやはりベックリーンの《トリートーンとネーレーイデス》らしき額絵が飾られていました。この主題の作品にはいくつかヴァージョンがあって、おそらく下に載せた図版のものだと思うのですが、こころもとなくはないとは言い切れなかったりします(記したデータも裏がとれていませんので、ご注意を)。家の中にはけっこうあちこちに絵がかけられていて、他にもベックリーンのものがあったのかもしれませんが、そこまでは見分けられませんでした。
 広間の右脇には幅の狭い階段があって、2階に通じています。階段脇の壁の角は削られてランプか何かが配され、2階の廊下には長椅子や彫像が置いてあったりします。ただし夜の場面では闇が濃い。また領事官夫人とその侍女、迷信深い大家と3人の女性が使っている部屋は、前室と奥の寝室からなるのですが、『私はゾンビと歩いた!』同様、日除けの水平の桟が壁全面に影を落としていました。

 この他、舞台がギリシアだからか、ベックリーン《死の島》に描かれているからか、海に面したテラスのようなところには、神殿址ということなのでしょう、円柱が立っていたりしました。
 とまれ物語は、生の軛から解放されたかのように白い衣をひらひらさせながらさまよう夫人の姿を映しつつ、クライマックスを迎えるのでした。

Cf., 「マーク・ロブソン『吸血鬼ボボラカ』」、 『yaso 夜想/特集#「ヴァンパイア」』、2007.11、p.150
おまけ ベックリーン《ヴァイオリンを弾く死神のいる自画像》1872 ベックリーン《トリートーンとネーレーイデス》1877
  ベックリーン
《ヴァイオリンを弾く死神のいる自画像》
1872年
 
ベックリーン
《トリートーンとネーレーイデス》
1877年
* 画像をクリックすると、拡大画像とデータが表示されます。 

なお、本作品のようにベックリーンの《死の島》をそのまま用いているわけではありませんが、通じるところのある島が登場したのが;
『ビザンチウム』、2012、監督:ニール・ジョーダン


他方ちらっと《死の島》の模型が登場したのが;
『デモンズ'95』、1994、監督:ミケーレ・ソアヴィ(→こちらを参照


また本作品における〈早すぎた埋葬〉の場面は、ヴィールツの同じ主題の絵を連想させました→こちらを参照
 2014/10/22 以後、随時修正・追補
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