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妖婆 死棺の呪い *
ВИЙ (Viy)
    1967年、ソ連 
 監修   アレクサンドル・プトゥシコ 
 監督   ゲオルギー・クロパチェフ、コンスタンチン・エルショフ 
撮影   フョードル・プロヴォロフ、ウラジミール・ビシチャリニコフ 
編集   R. Pesetskaya, Tamara Zubova 
 プロダクション・デザイン   Nikolai Markin 
 美術・特殊撮影   アレクサンドル・プトゥシコ 
    約1時間17分 ** 
画面比:横×縦    1.37:1 *** 
    カラー 

VHS
* TV放映時の邦題。手もとのソフトでは『魔女伝説 ヴィー』
** [ IMDb ]による。手もとのソフトでは約1時間16分
*** [ IMDb ]による。手もとのソフトでは1.33:1
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 本作品については、以前少し触れたことがあります;

  △月△日
本号の特集にロシアがらみの原稿を書けといわれたので(→こちら)、ロシアの勉強をしようと、中古ヴィデオで買ってあった『妖婆・死棺の呪い』(ヴィデオでの題名は『魔女伝説 ヴィー』)を見なおす。ゴーゴリの短編「ヴィイ」(創元推理文庫版『怪奇小説傑作集5』に「妖女」の題で掲載)をほぼ忠実になぞった、一九六七年のソヴィエト映画である。
後半の主な舞台となる木造教会になかなか雰囲気があって、黒猫は横切るは、俳優を白塗りにしただけがほとんどではあれ、妖怪はうじゃうじゃ出てくるし、死女は美しかったりする。さらに、さほど広くもなさそうなセットの中、祈りを捧げる主人公のまわりを三六〇度、カメラがぐるぐると回る。聖なるべきイコンはほとんど邪教の偶像扱いである(もっともこの物語の世界は、一神教的二元論にはあまり犯されていないようだが)。とまれロシアも怪奇していたのだった。
 
  『蟋蟀蟋蟀』、no.8、2000.9.9、「小躍り堂日乗」より、p.20   

 上にも記したように『血ぬられた墓標』(1960)同様ゴーゴリの「ヴィイ」を原作とする作品で、マリオ・バーヴァの記念すべき監督第1作に原作の面影がほぼ影も形もないのに対し、こちらはほぼ原典どおりです。原作との異同については下掲の梅津紀雄による論考をご参照ください。
 大昔にTV放映されたのを見た憶えがある本作品は、しかし古城映画と呼ぶことはできそうにありません。ただこれも上に記したように、木造教会に加えて冒頭とエピローグに出てくる修道院の建物など、なかなかに魅力的なので手短かにふれることといたしましょう。
 なお本作の監修、美術、特殊効果、さらに監督二人とともに脚本にも参加しているアレクサンドル・プトゥシコは、以前『石の花』(1946)を監督していました。音楽担当のカレン・ハチャトリアンは、バレエ音楽「ガヤネー(ガイーヌ)」中の「剣の舞」で知られるアラム・ハチャトリアンの甥だそうです。

 下見張りの板壁(「下見張り」とは壁板を横に張ること。縦張りは「羽目張り」というそうです。知人に教えてもらいました)の角に大きな蜘蛛の巣がかかっているところをタイトル・バックに、本作は始まります。青みがかっている。いつの間にやら黒っぽい柱や梁に替わっていました。いずれもアップなので周囲はわからない。


 続いて玉葱屋根の塔を三基いただく修道院となります。壁は白いが、屋根の部分は黒っぽい。中庭のようで、幅の狭いアーチの扉口から出てきた院長の前に並ぶ神学生たちの背後にも、数階建ての棟が伸びています。
 夏休みで解散となり、三人の学生たちが野原を進む。夜になります。昼間はロケ、夜はセットのようです。
 民家の塀と門に出くわす。門もその左右の塀も、上にふくらんだ弧を描いています。
 泊めてもらえることになり、学生の一人ホマー(レオニード・クラヴレフ)は家畜小屋に通される。主の老婆が迫ってくる。入口の脇に上への階段が見えます。
 老婆をおぶう形になると、地面から浮かびあがります。その際向こうの地面だけが回転している。この作品ではイメージなりカメラがやたらとぐるぐる回ります。ともあれ夜の平原をホマーと老婆は飛翔するのですが、ホマーが唱えた祈りのせいか、二人は地面に降下する。それとともに夜も明けます。ホマーは魔女である老婆をぼこぼこ殴ります。すると老婆が若く美しい娘(ナターリヤ・ヴァルレイ)に変じる。息も絶え絶えです。ホマーは湿原を逃げだします。


 約15分、修道院の全景が映されます。模型のようにも見える外観全景が登場するのはここだけでした。四本の黒っぽい塔、その右に少し間をあけて金色に照り返す塔がそびえている。左側に離れて櫓のような建物が見えます。下部一帯は木立に覆われている。鐘の音が響いています。
 鐘の音はそのまま、ホマーは中へ入っていく。少しおいてホマーと院長が話すのは、空間の途中を白っぽい尖頭アーケードに区切られた部屋です。奥の壁にもアーチが連なり、アーチの下は少し凹んですぐに白い壁となる。

 人事不省に陥ったという娘への祈禱を依頼され、気の進まないホマーは幌馬車に乗せられます。幌は下で絞った蒲鉾型で、木の枝を編んで作られたものでした。
 日も暮れた道中、酒場に立ち寄ります。酒場のはたに立つ木の上の方に鳥の巣があり、首の長い鳥が三羽留まっています。少し後にこの木はもう1度登場しますが、その際には鳥の姿は消えていました。
 酒場の中は薄暗く、ホマーのすぐ後ろの壁に彼の影が大きく落ちていたりします。灯りは下方にあるのでしょう。
 と思うと、壁に少し間をあけて扉が3つ横に並んでいる。右の扉から男一人が出てきて、少しすると真ん中の扉から同じ男、また少しおいて左の扉からやはり同じ男が顔を出し、同一人物が3体になるという印象的な場面がはさまれました。

 コサック中尉の地所に翌朝着くと、「お嬢様」は亡くなったばかりとのことです。屋敷はいくつもの家屋が広い中庭を囲んでいるという体裁でした。板張りの天井が低い部屋で娘の遺体を横に、中尉がうち沈んでいる。また家屋の内の一軒、その外側の角では、水平に重ねられた白塗りの梁が、統一されない長さで突きでていたりします。
 天井の低い部屋から柩が担ぎだされる。部屋から玄関まで短い廊下が伸び、玄関の左脇に上への階段が見えます。玄関を出るとポーチになっています。柩を担いだ一行は、木造の低い門をくぐって境内に入っていく。

 約34分、奥に教会堂が見えてくる。木造で黒っぽい。正面からとらえられたそれは、数層からなり、頂は玉葱屋根です。カメラは下から上向きになっていきます。1階の屋根の上に低い2階をはさんで、玉葱屋根のドームへと至る。1階入口の上にも、低めの玉葱屋根ドームを備えています。教会の両脇には大きな十字架が二本立っています。
 柩を担いだ一行は堂内に入る。カメラは一行より遅い速度で前進します。奥の壁の手前いっぱいに、祭壇障壁でしょうか、三段ほどに分かれて横に列をなす聖者が描かれています。床も板張りで手もとのソフトでは緑がかって見えます。カメラは正面からとらえていますが、少し右下がりになっている。
 左右の壁には大きなイコンがかかっています。かなりくすんでいる。各イコンのすぐ前に、灯り受けが上から吊されていました。くすみもしようというものです。
 玄関口は上部が上すぼまりの台形をなし、幅は狭く、高さもあまりありません。

 中庭に長テーブルが配され、露天での夕食の場面を経て、約37分、夜のお堂が横・下から見上げられます。左に玄関、その右手に小ドームがあり、それから主ドームと、奥に続いていることがわかります。高い位置の窓が2つ、灯りを漏らしている。お堂の左手前に十字架が2本立っています。
 右の門から一行が左へ進みます。カメラもそれを追います。玄関前で5段ほどのぼりになっていることがわかる。
 約39分、第一夜の始まりです。中はやはり緑がかって見える。ホマーは入って右から左奥へ、カメラは左から右へ逆行します。数匹の黒猫らしきものが駆け抜けます。ホマーは中央に置かれた柩の回りを左から右へ回る。カメラはゆっくり前後しつつ、右から左へ逆行する。
 死女の目から涙がこぼれ、血の赤となってから消えます。ホマーが後ずさりするとともに、カメラは右から左へ回る。
 洗礼者ヨハネらしきイコンにカメラはズーム・インします。目つきが睨みつけるかのようです。ホマーがあちこちに灯りをつけて回る際、このイコンはもう1度映りますが、意外と小さい。灯りがつけられると、緑がかった空間の中に黄ないしオレンジの点がたくさん散らばります。
 上への階段があり、猫たちが駆けあがります。ホマーは祈りを唱える。そのまわりをカメラが右から左へ、ぐるぐるします。お堂の壁は下見貼りで、冒頭のタイトル・バックで映されたのが堂内であったことがわかります。また壁には上が台形になった幅の広い壁龕が玄関口以外にも見受けられる。
 ホマーがくしゃみすると、柩から死女が起きあがります。目が見えないようです。祈禱台のホマーは、回りの床に白チョークで円を描きます。結界となったそこに死女は入れないようで、どんどん見えない壁を叩きながらぐるぐる回ります。パントマイムの見せ場です。カメラも右から左へ、ぐるぐる回る。とこうする内に、鶏の鳴き声が聞こえてくるのでした。


 約46分弱、朝です。多角形をなす木造の風車小屋が映ります。ただし羽根ははずれていました。
 約50分弱、第二夜の始まりです。堂内を今度は鳥たちが飛び交います。族長か父なる神だかのイコンが映る。やはり睨みつけるかのようです。
 今回は柩が浮遊します。結界に体当たりする。カメラは左から右へ、下からぐるぐると見上げます。イコンの並ぶ壁をカメラは右から左へ撫でる。また浮遊柩を仰角で、右から左へと追う。柩の蓋が内から跳ね飛ばされると、カメラはかなり上から見下ろします。また浮遊柩が下から見上げられる。背景は多角形の吹抜で、柩を宙に留めたまま背景のみが左から右へ高速回転します。
 とこうする内に、鶏の鳴き声が響く。死女はホマーの髪が真っ白になれと呪います。
 約54分、迎えが入ってきます。ホマーを連れてお堂から出ると、洗礼者ヨハネのイコンにカメラはズーム・インするのでした。


 ホマーは笛の音に合わせて踊ったかと思えば、中尉にもう勘弁してくれと談判します。
 中庭をカメラが左から右へパンすると、右にホマーが映りこむ。彼が歩きだすとともに、カメラは低い位置でまた左から右へ動きます。脱走の試みもはかない。
 三夜目、最後のお勤めに向かうホマーを見送るまわりの連中も、彼がある種の生贄にほかならないことを承知しているかのごとくです。

 かくして約1時間5分、第三夜の始まりです。まずは斜め上からのショットでした。
 ホマーは神に助けを乞います。吹抜の天井に大きくキリストの顔が描かれていました。
 死女は呪いの言葉を吐く。壁からいくつも手が伸びだします。骸骨が歩く。回転するホマーの回りに巨大な手が群れる。わらわらと妖怪たちが現われます。吸血鬼たちが呼びだされる。メイクアップした人間です。中2階歩廊のあることがわかります。またしても回転するホマーの回りに巨大な妖怪たちが群れる。いかにも合成したと読みとれるためかえって、現実からのズレを感じさせずにいません。
 約1時間10分、死女が「ヴィイをお呼び」と命じる。着ぐるみです。鶏の鳴き声が響く。床まで垂れるヴィイのまぶたを妖怪たちが持ちあげます。ヴィイが場所を指させば、これでホマーの姿が見えるようになったのでしょう、いっせいに襲いかかる。ホマーは鶏が鳴いただろうと指摘しますが、聞く耳持たずです。ホマーが倒れると妖怪たちは慌てて戻ろうとしますが、壁に半ば埋まった状態で固まってしまう。死女はこま落としで老婆に変じ、柩の側面が外れるのでした。司祭たちが入ってくる。彼らはどう思ったのでしょうか(原作には記されています)。


 約1時間13分、修道院です。カメラは下からで、壁画に飾られたどこか片隅を見上げる。二人の神学生がホマーの件について話しています。ホマーはほんとは生きてるんじゃないか、ほら……と、何やら伝説だかメタフィクションめいて幕が下りるのでした。

 ホマーが無理強いされた三晩にわたる祈禱は、魂鎮めでもあればイニシエイションでもあったのでしょう。そして鎮魂には生贄が必要だった。ソ連体制下で製作されたということもあってか、本作ではキリスト教の神は不在であると見なされているのでしょうか。というか、イコンの険しい目つきを思えば、むしろ妖怪たちと連続した存在であるようにも解せるかもしれません。超越神のいない場所で精霊たちが跳梁する。ともあれ百鬼夜行を可能にしたのは、原野のひろがりと木造教会の佇まい、そしてぐるぐる回るカメラの動きにほかなりますまい。
Cf.,  梅津紀雄、「『妖婆 死棺の呪い』論-ゴーゴリのロシアからプトゥシコのソ連へ」、一柳廣孝・吉田司雄編、『映画の恐怖 ナイトメア叢書 4』、2007、pp.113-128

原作については→こちらを参照
おまけ  原作では冒頭の神学校はキエフにあるブラツキイ修道院となっています。キエフといえば;
Renaissance, “Kiev”, Prologue, 1972
(邦題:ルネッサンス、「キエフ」、『プロローグ』) 
雪山中の湖に浮遊する板が集まってできたイメージを配したジャケットが印象的な第2期ルネッサンスのファースト・アルバム。A面2曲目でした(→こちらも参照、第1期ルネッサンスについては→こちらを参照)。

 2015/11/30 以後、随時修正・追補
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