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Lady's Slipper, no.8, 1998.3, pp.10-16

階段で怪談を
愛と憎しみのアート・キャバレー 第九回(旅愁篇)

石崎勝基
 どの建物に限らず、摩耶は階段にいることが多かった。
       竹本健治、『眠れる森の惨劇』

階段のめぐり逢い


 勤め先で開かれた『移動 − バレンシアの七人』という展覧会に展示されたラモーン・デ・ソトのインスタレーションで、階段をモティーフにした部分があって(図1)、そう思っていると、出品作ではないのだが、この展覧会に参加した他の作家の資料をくってみれば、やはり階段に想をえた作品を制作していたりした。一人はアンヘレス・マルコで、〈通行〉という連作にエスカレーターや階段をモティーフにした作品があり、〈空虚への跳躍〉の連作の一つでは水泳の飛びこみ板に付属した階段を型どっている。もう一人、ナティビダー・ナバローンは、階段や梯子が落とす影を実体化しようとした作品や、螺旋階段のある室内の床一面に鏡を敷いたインスタレーションを作ったことがある。出品作でもカルボの『中心で』の一部に、古びた踏み段が使われていた。そういえば、以前軽井沢の高輪美術館で開かれた『スペイン・アート・トゥデイ』展で、フアン・ムニョスがやはり階段をモティーフにした作品を出品していたらしい。もとよりスペイン人だけが特に階段好きというはずもなく、やはり以前勤め先で個展を開いたダニ・カラヴァンはしばしば階段を自作に組みこんでおり、残念ながら勤め先ならぬ他の巡回先いくつかで、階段をその一部とするインスタレーションを仮設した。近くは名古屋市美術館の『眼差しのゆくえ − 現代美術のポジション1997』展で、栗本百合子が階段室に仕掛けを施したことは記憶に新しい(本号8頁に図版)。愛知県美術館で開かれた『イタリア美術 1945-1995 見えるものと見えないもの』展には、鏡に螺旋階段のシルクスクリーン化した写真を貼りつけたピストレットの作品が出品されている。
 ソトと栗本の作品については後にもどるとして、ソトが階段だけでなく橋やアーチないし門をもモティーフにしていること、マルコの連作の〈通行〉というタイトル、カラヴァンがやはり回廊など経路をくりかえしテーマに選んでいる点からして、階段という主題の所在も、勤め先の展覧会のタイトルを借りれば、〈移動〉なる主題系の内に位置づけることができそうなのはすぐ見てとれるが、ここではとりあえず、西欧絵画史階段めぐり特急に出かけてみよう。




図1 ラモーン・デ・ソト、『どこかへの階段』、1997

天国への階段


 エリアーデのシャーマニズム論をひもとけば、シャーマニズムにおいてすでに、宇宙を相重なる層と見なし、樹や梯子のイメージで表わされた宇宙の階層を上昇して最高天にいます超越者と出会うことが、シャーマンの役割とされていたという。それがヨーガやネオプラトニスムをはじめとしたさまざまな宇宙論にひき継がれていくことはよく知られるとおりで、たとえばその一例でもあろう、創世記二八章十節以下の、いわゆる〈ヤコブの梯子〉が中世以来図像としての伝統を形成したわけだが(1)、動かすことのできる器具としての梯子と建築にすえつけの階段を形の上であえて区別するなら、そこでも階段のモティーフの例を見出すことはできるとして(2)、それが構図上より重要な機能を担って登場するのは、奥行きのある線遠近法的な空間が成立するルネサンス以降と考えてまちがいではあるまい(3)。これは、階段というものが梯子とちがって、斜めであることを生来の条件とする点による。上下にくわえ、前後左右あわせて三つの次元が必要なのだ。その際、バベルの塔を建立する工事の場面などを別にすれば、新約外典等を典拠とした〈聖母マリアの宮詣で〉の主題が、階段のモティーフを必ずともなうものとして構想されたが、わけてもモニュマンタルな成果として、ジオットやタッデオ・ガッディ(図2)とともに、ティツィアーノの作例をあげることができるだろう(図3)。
 この時期のティツィアーノの作風に対し、批評は手放しでいるわけではないらしいが(4)、横長の画面左側で手前にそって、頭の高さをほぼそろえた群像をならべつつ、下辺両端寄りの扉のための切りこみがしめすように、見上げる位置で眺められることを想定して、右上に昇っていく階段をやはり画面と平行に配し、見る者の視線と少女マリアの昇っていく方向を一致させた構図は、マザッチオ風といえなくもない人体の充実したヴォリュームがもたらす重量感と、開けた青い空の開放感との交差に支えられ、同時に高揚した動きと安定を共存させたモニュマンタリテを感じさせずにいない。そうした中、左の群像からも右端の祭司からも孤立した少女は、神人的なスケールを獲得する。
 ティツィアーノの先例をふまえつつ制作されたであろうティントレットの作品になると(図4)、ここでも仰角の螺旋状の構図がもたらすダイナミズムは、明暗の対比および、甲高い赤の輝きやハイライトによっていっそう強調され、スペクタクルの様相を呈している。ティツィアーノの構図と比べた時、その渦巻く空間はいかにもマニエリスムの典型としてあげるにふさわしいが、いずれの場合も階段上でマリアを迎える祭司が、上昇する動きに対してバランスをとっている点、ある種の古典的な統合性への意志を読みとれるかもしれない。
 上昇と下降はつねに裏表をなしている。同じく仰視する構図を階段から見おろす視線と組みあわせたのはプッサンの『階段の聖母』(一六四八年)だが、階段からの下降に軸をあわせ、ブレイクの『ヤコブの梯子』(一八〇〇−〇三年頃/昇ってるのもいるけど)からバーン=ジョーンズの『黄金の階段』(図5)やドガの『舞踏の学校』(一八七三年)他へ、ドラクロワの『ヴェネツィア総督マリノ・ファリエーロの斬首』(一八二六年)からピュヴィス・ド・シャヴァンヌの『放蕩息子の帰還』(一八五五年)とアンリ・ルニョーの『グラナダのムーア王治下での裁判なしの処刑』(一八七〇年)へ、Ch.W.ピールの『階段の群像』(図6/昇ってるけど)からマイブリッジの写真(一八八五年)を経てデュシャンの『階段を降りる裸体』(一九一一−一二年)やリヒターの『エマ』(一九六六年)へ、といった糸を紡いでみることもできるだろうか。
1. Christian Heck, L'echelle céleste dans l'art du moyen âge, Paris, Flammarion, 1997.

2. また、
cf. Christian Heck,‘L'iconographie de l'ascension spirituelle et la dévotion des laïc: le Trône de charité dans le Psautier de Bonne de Luxembourg et les Petites Heures du duc de Berry’, Revue de l'Art, no.110, 1995.

3. 松浦弘明、「ルネサンス絵画に見られる『階段』の表現」、『階段物語り』、INAXギャラリー、1993。

タッデオ・ガッディ、『マリアの宮詣で』、1328-30頃
図2 タッデオ・ガッディ、『マリアの宮詣で』、1328-30頃

ティツィアーノ、『マリアの宮詣で』、1534ー38
図3 ティツィアーノ、『マリアの宮詣で』、1534ー38

4. David Rosand, Painting in Cinquecento Venice, New Haven and London, Yale University Press, 1982, p.85-88. なお、同書 p.93-124 には、〈マリアの宮詣で〉の図像の当時のさまざまな作例が図版で掲載されている。

ティントレット、『マリアの宮詣で』、1552頃
図4 ティントレット、『マリアの宮詣で』、1552頃

バーン=ジョーンズ、『黄金の階段』、1876-80
図5 バーン=ジョーンズ、『黄金の階段』、1876-80

Ch.W.ピール、『階段の群像』、1795
図6 Ch.W.ピール、『階段の群像』、1795

煉獄の階段


 〈マリアの宮詣で〉にもどれば、図7は、一四九五年から一五三一年までアヴィニョンで活動していたという記録を残すニコラ・ディープルの作例で、今は知らず、以前はルーヴルで常設されていたものだが、ティツィアーノやティントレットの統合性を帯びた構図に比べれば、多分に図式的との感を与えずにいまい。後者では、〈絵画的〉様式に支えられ、構図総体のヴェクトルがマリアから祭司へという向きに収束するのに対し、前者は、柱、階段、両親のいる部分と画面が横に三分割され、それらは並列するのみだ。しかも階段は、中央の区画からはみでることもない。しかし図式的なればかえって、人物などの大きさの尺度の不一致や目をひく影の描写と相まり、階段というもののはらむ空間が、充溢した運動に回収されることなく、上なり下という方向づけが定まらぬままの曖昧さを残すと感じてしまうのは、質的判断をおけば、多分に現在の趣味によるのだろう。ただ、ティツィアーノやティントレットにおいては、天と地がすでに分離してしまった中で、一方に地上での充足、他方天への憧憬が裏腹に重ねあわされるのに対し、ディープルでは、天と地の分離がいまだ強く実感されてはおらず、ゆえに横ならびが可能だったと、読みこむこともできなくはない。もっとも、こうした意味づけはイメージを何らかの理念に従属させるばかりで、あまり面白いものではあるまい。
 とまれこうした図式性は、サルヴィアーティの『ダヴィデのもとへ赴くバテシバ』(図8)にも認められる。ここではあきらかに階段を昇っていく場面が描かれているにもかかわらず、異時同図法にのっとってバテシバを四つの時点でくりかえしたことが、階段の蛇状曲線に応じたその身ぶりと相まって、構図から動勢を奪っている。
 かくして浮かびあがってくるのが、階段の上と下で、たとえば天と地といった、価値づけをともなわぬありようであろう。すでにタッデオ・ガッディの『マリアの宮詣で』(図2)における折れ曲がった階段は、モニュマンタリテを失なわないかぎりで、建築物によって積み木を組みあげるように、複数のヴェクトルを容れた空間を組織することに対する関心の増大を物語っていたが、レオナルドの『マギの礼拝』(一四八一−八二年)の背景の階段およびそのための素描は、前景の主題から自律しかけているとも見える。ポントルモの『エジプトにおけるヨセフ』(図9)では、やはり異時同図法にしたがった場面設定は、不協和な色彩と相まって、画面全体の空間をばらばらに分裂させており、その際右寄りの階段は、散乱した空間を何らつなぎあわせるわけでもなく、逆にその経路としての機能が空間の分裂を強調するばかりだ。
 けだし、階段を作りなす要素は何かと整理してみるなら、上下にのびること、斜めに傾斜すること、段々をなすことの三点があげられるだろうか。即物的には水平(踏面)、垂直(蹴込)、傾斜の三項からなる(さらに手摺、踊り場など、何より、空間が加わる)。上下にのびながら斜めであらざるをえないため、それは、上昇下降する速度に制動をかけることになるし、段々である点も、飛躍を拒否するだろう。蹴込から踏面へ移る際には、必ず陰の溜まりが生じる。そこではたえず遅延が導きいれられ、階段を全体として、一瞥で瞬時に把握することを妨げる。絵の中の階段であれば、斜めのそれは、上下の枠に平行することなく、たえず絵の表面から緩慢に逃れようとする。階段は、一方で線遠近法による奥行きの模型をなしつつ、画面を統合するためには余剰となる他はなく、場合によっては全体をばらばらにしかねないのだ。もとより、近代以前においては統合に対する余剰を許容するのに何ら問題はなく、それを余剰と見なすこと自体、近代的な目から見た事後的な視点でしかない。ただ、少なくとも通常、虚空にかかる階段は住むための場所ではなく、ただ通過し移行されるのみで、そこで休らい、落ちつくことが原則としてないのだとすれば、一方で階段は超越と権力の指標でもありえながら、目的たるべき天と地が見失なわれた時点にあっては、余剰と分裂の表象としての階段もまた、階段自体のありようがはらんでいた一つの可能性なのかもしれない。踊り場ではつねに何かが待ちかまえ、時間でいえば逢魔が時にあたるのが空間における階段だとすれば、階段は時空が見た夢の軌跡なのだろう。
 さて十七世紀になると、空間の統一性は回復される。レンブラントの『瞑想する哲学者』(図10)などをその例にあげることができ、それはこの場合、螺旋階段の軸が画面の枠に平行する垂直なものだからでもあれば、その枠内で螺旋が、光と闇の落差に位置エネルギーをえて求心的な旋回をひきおこすからだとして、他方、ジャンルの分化は、かつてカレル・ファブリツィウスに帰属されていた『階段の眺め』(図11)(5)のように、ジャンルの位階上は低い位置にあるかぎりで、建築画ないし室内画の一分岐として、階段を主役の位置に押しあげる作品を残した。図版で見るかぎりすぐれた絵とはいいがたそうだが、踊り場を介して、方向を異にする複数の空間が交差し散開するさまが描かれている。
  ニコラ・ディープル、『マリアの宮詣で』
図7 ニコラ・ディープル、『マリアの宮詣で』

サルヴィアーティ、『ダヴィデのもとへ赴くバテシバ』、1552ー54
図8 サルヴィアーティ、『ダヴィデのもとへ赴くバテシバ』、1552ー54

ポントルモ、『エジプトにおけるヨセフ』、1515頃-18
図9 ポントルモ、『エジプトにおけるヨセフ』、1515頃-18

レンブラント、『瞑想する哲学者』、1632
図10 レンブラント、『瞑想する哲学者』、1632

エフベルト・リーフェンスゾーン・ファン・デル・プール (1621-1664)  《階段の眺め》 1640-1664
図11 作者不詳(17世紀オランダ)、『階段の眺め』


5.
Christopher Brown, Carel Fabritius, Oxford, Phaidon, 1981, p.135/R.16, fig.74. 

階段地獄


 聖と俗、天と地のへだたりの大きさ・遠さに対する意識が強くなるにつれ、積みあげられる宇宙の階層は逆に増殖していく。イスラーム・イスマーイール派やユダヤのカバラにもそうした相は見出せるが、その極端な例の一つは、古代末のグノーシス諸派であろう(6)。そこでは、始源から流出する諸神性 − アイオーンが幾重にもうち重なり〈充溢〉 − プレーローマを形成するとともに、プレーローマと恒星天にいたる物質宇宙は連続したものとは見なされず、宇宙は、悪しき、ないし少なくとも劣れる神 − ヤルダバオートによって創造されたと物語られる。他方、小乗仏教の宇宙論は、こうした過程をさらに徹底したものと考えることができるかもしれない。ここでも、宇宙軸たる須弥山上に重なる天界は、欲界六天、色界十七天と増殖し、それにつれ須弥山世界自体も千×千×千と複数化される。天界の上昇は禅定による存在様態の上昇に呼応しているのだが、さらに無色界四処が待つとして、ただし、グノーシス諸派においてプレーローマをさかのぼれば始源に達したのに対し、仏教の宇宙論では天界をどこまで昇っても究極にはいたらない。それにつれ、前者では宇宙は少なくとも、ヤルダバオートによって実際に創造されたのだが、後者においては、梵天は創造してもいないのに自らを宇宙の創造者だと誤解するという始末である。無限に上昇する運動は、ただその無意味をあかすばかりなのだ。
 こうした世界模型を、ピラネージの『牢獄』(図12)における錯綜した階段の迷宮と結びつけるのは、ほとんど紋切り型といってよいだろう(7)。仏教の宇宙論は、無我説 − 常住不変の実体の否定、あるいは少なくとも、その是非に関する判断停止 − 十四難無記説によって発動した相対化のプロセスを極限まで推しすすめることで、空観を経て逆説的に、極微が三千世界を容れ刹那が無量劫をふくむ蓮華蔵世界のヴィジョンに達するが、西欧でそれに平行するプローティーノスのヌース界の記述が、一匹のだにの血の中に宇宙があり、その中にだにがいて……というパスカルの幻視において世界の無限を前にした震撼に転じたように(8)、ピラネージの空間にあっては、上下のみならず前後左右いかなる方位も、焦点なり帰点をなしうべくもなく、階段は、どこにもいきつけず休らうことを許さない、永遠の徒労を累積し流謫に追いやるためにのみ機能する。
 ところで焦点を形成しない空間といういいまわしは、抽象表現主義におけるオールオーヴァネスを経たことが前提となって導きだされたのかもしれないが、もとよりピラネージは線遠近法的な空間、すなわち、地面と垂直に立つ目から、地面と平行に奥行き方向へ視線を投げかけることによって形成される空間に規定されており、この点はさらに、腐蝕の深いハッチングの密度がもたらす重量感によって保証されている。他方一つに、オールオーヴァネスなり平面性の自覚が、画面とそれがはらむべき空間との間に開くへだたりを無化しようとつとめざるをえないことの内に表現成立のためのばねを得たとすれば、ここでは線遠近法的な箱型空間が宿すへだたり自体、ひいては時間の持続自体を、焦点なり帰着点から切断することで、その空間に亀裂を走らせたといえるかもしれない。そのために階段群は錯綜しなければならなかった。それでいて、階段やアーチのいかなる錯綜も、へだたりにおいてある以上、線遠近法的箱型空間とそれを支える視点の支配から逃れえず、だからへだたりの迷宮は、逃げ場もなくただ息苦しさの内に封印されるのだ。そしてさらに、こうした事態そのものをもって、線遠近法的な空間の危機の兆しと読みこみ、平面性の問題においてステラの〈黒い絵〉が占める位置に、線遠近法的空間についてピラネージを置いてみることは、しかし、いささか単線的な歴史化の作業となってしまうだろうか。
 とまれ、たとえばスピリアールトの『めまい、魔術的階段』(図13)は、天に向かうべき階段がただ深淵を開くのみであるさまを物語っているが、ピラネージの階段の迷宮に連なるのは、表情の重い軽いのちがいはあれ、エッシャーをあげるに如くはない(図14)。座標軸の設定が自由でもあれば無根拠ともなることで堂々巡りを呼びこまずにいず、しかしメビウスの輪のようにいったん自閉することで、何かの表象をなすという意味づけから免れえたエッシャーの場合も、線遠近法的な空間が出発点をなすわけだが、この点で、エッシャーやピラネージ、またレンブラントなどが、ヤーコポ・ベッリーニのスケッチ帖などを先駆として、十六世紀以来出版されてきた透視図法の見本帖の類(図15)(9)に想をえているであろうことが思いおこされる。そこでもディープルやエッシャー同様、図式性ゆえの空虚さが、空間のさまざまな可能性を読みとらせ、どこにもいきつくことのない階段が氾濫したのだ。
  6. cf. J.L.ボルヘス、「邪教徒バシレイデス擁護論」(土岐恒二訳)、『パイデイア』、no.10、1971春、p.40-41。

ピラネージ、『牢獄』、第2版14図、1761
図12 ピラネージ、『牢獄』、第2版14図、1761

7. cf. ジョルジュ・プーレ、「ピラネージとフランス・ロマン派の詩人たち」、『三つのロマン的神話学試論』(金子博訳)、審美社、1975 ; ヨルゲン・アンデルセン、「巨大な夢 − 英国におけるピラネージの影響」(井出弘之訳)、『ユリイカ』、vol.15 no.3、1983.3 ; マルグリット・ユルスナール、『ピラネージの黒い脳髄』(多田智満子)、白水社、1985。

8. cf. J.L.ボルヘス、「パスカルの球体」および「パスカル」、『異端審問』(中村健二訳)、晶文社、1982。なお、弥勒下生までの五十六億七千万年というへだたりの遠さを起点に、グノーシス的な反神論を経て、パスカル流の入れ子宇宙へ、という相似た思考の航跡は、後に光瀬龍の『百億の昼と千億の夜』によって反復されることになるだろう。


スピリアールト、『めまい、魔術的階段』、1908
図13 スピリアールト、『めまい、魔術的階段』、1908

図14 エッシャー、『相対性』、1953
* 追記→こちらでも触れました

フレーデマン・デ・フリース、『透視画』、第1部36図、1604-05
図15 フレーデマン・デ・フリース、『透視画』、第1部36図、1604-05

9. Pierre Descargues, Perspective, New York, Abrams, 1977. また、『空間の発見 ヴィアトールの透視図法 1505』(アール・ヴィヴァン叢書 1)、リブロポート、1981。フレーデマン・デ・フリースについては、Vredeman de Vries, Perspective, New York, Dover, 1968 ; Jean Ehrmann,‘Hans Vredeman de Vries’, Gazette des Beaux-Arts, no.1320, 1979.1.

別れの階段


 「日本の美意識を考える時、その中で階段の占める位置を見つけることは難しい」とは藤谷陽悦のことばだが(10)、日本なり西欧以外の文化圏での階段のイメージがどのようなものであったかについては課題に残すとして、時代を下れば、ある到来ものの透視画集にもとづくという佐竹曙山の『二重螺旋階段図』(一七八〇年頃以前)(11)、またルノワールの『アルジェの階段』(一八八二年)やボナールの『ミモザのある階段』(一九四〇年頃)と色彩を軸に比べられそうな藤島武二の『カンピドリオのあたり(右幅)』(図16)などを見出すことができる。
 またここでは、絵の中に現われた階段を大急ぎでたどってきたわけだが、見落としの多かろうことはもとより(12)、現実の階段にも、インドの階段池および階段井戸(13)やジャンタル・マンタル(天文観測所)(14)、日本ではさざえ堂(スロープだけど)(15)や赤瀬川原平らの〈超芸術トマソン〉におけるいくつかの階段(16)(内第一号はベン・シャーンの『赤い階段』(図17)と比較できる)をはじめとして、あまたの魅力的な例に事欠くまい(17)。さらに、トッド・ブラウニングの『魔人ドラキュラ』(一九三一年)の二つの階段など、舞台や映画に現われた階段も一つのテーマとなるはずだ(18)。
 階段という形象が宿す具体的な魅力を多少ともことばに移せたとは遺憾ながらいいがたいとして、ただ最後に、十二弦ギターとメロトロン木管部
に彩られ階段状に展開するレッド・ツェッペリンの『天国への階段』を聴きながら、これまでのいささか粗雑な階段譜を念頭におきつつ、冒頭でふれたソトと栗本の階段を再訪して筆を擱くこととしよう。
 ソトの階段は、サイズの小ささ、背の低さ、上下とかぎらぬ向きの設定などが、橋やアーチなど他のパーツとの関係の内で、まわりにひろがるからっぽの空間を、特定されることのないさまざまな方向への可能性でみたす。その際、背の低さは逆に、床に対して垂直方向への空間のひろがりを強調し、鋼など素材の硬質さと、建築的なモティーフを型どった形ゆえ、可能性をいったん封印したかのごとき静謐が充満することになるだろう。
 栗本の階段室の場合、壁や窓を白で覆うことによって、空間全体が光にみちた浮揚感を獲得する。その中で踊り場から延長された細い階段は、いかにも天へと誘うようでありながら、天井に遮られることで、一方で無限に延長される可能性を暗示しつつ、他方上へとはかぎらぬ、空間全体の浮揚感そのものの一つの現われと化するのだ。
 畢竟ソトにせよ栗本にせよ、ピラネージのどこへ導くこともない階段の系譜上に位置づけることができるとして、ピラネージの息苦しさに比してそれぞれの表情は、むしろ晴朗さをたたえている。またソトの空虚ゆえの充溢に対し栗本のさりげなさは、いわば化現的とでも呼べよう趣きを呈していた。さて、各々の階段は、どこからきてどこへ導くのだろう、あるいは、どこにかかっているのだろう?


追記
その後見かけた資料として;

エヴリーヌ・ペレ=クリスタン、鈴木圭介訳、『階段 空間のメタモルフォーゼ』、白揚社、2003

稲田愿、『梯子・階段の文化史』、井上書院、2013


他に;

植村鷹千代、「中井幸一『階段』(新人紹介)」、『美術手帖』、no.81、1954.5、p.81、p.85

Madeleine Laurain-Portemer, “Mazarin, Benedetti, et l'escalier de la Trinité des Monts”, Gazette des Beaux-Arts, no.1199, 1968.12, pp.273-294.

亀山慎一郎・佐藤昭五、『階段と玄関まわり 新しい住宅写真双書』、実業之日本社、1970

B.ルドフスキー、平良敬一・岡野一宇訳、「9 階段を讃えて」、『人間のための街路』、鹿島出版会、1973

横山正、「階段」、『透視画法の眼 ルネサンス・イタリアと日本の空間』、相模書房、1977

フランツ・シュスター、大萱昭芳訳、『階段 世界のディテール』、集文社、1980

「欲望という名の機械|下り階段(特集 映画楽入門)」、『美術手帖』、no.490、1981.12、pp.83-87

海野弘、「二つの階段 連載・部屋の宇宙誌 26」、is、no.26、1984.10、「特集 庭園」、pp.52-53

高山宏、「目の中の劇場 ゴシック的視覚の観念史」中の「3 ピクチャレスクとサブライム、廃墟と階段」、『目の中の劇場』、1985

ホイットニー・チャドウィック、伊藤俊治・長谷川祐子訳、『シュルセクシュアリティ シュルレアリスムと女たち 1924-47』、PARCO出版、1989、p.203、p.206(ピエール・ロワ《階段上の危機》(1927)のドロテア・タニング《小夜曲》(1946)への影響についての記述)

Liliane Hamelin, “L'escalier pivotant de l'hôtel Gauthiot d'Ancier à Gray (Curiosa)”, Revue de l'Art, no.94, 1991, pp.81-82.

中野美代子、「名山の階段」および「名山の階段ふたたび」、『龍の住むランドスケープ 中国人の空間デザイン』、福武書店、1991、pp.13-24、102-111

渡辺武信、『銀幕のインテリア』、読売新聞社、1997、「第12章 階段 地下 屋根裏」

塩川京子、「木村荘八『牛肉店帳場』(働く女性十選(10))」、『日本経済新聞』、1997.12.19、第40面

磯野英夫、「階段の物語T」、『鳰 : 成安造形大学研究紀要』、no. 5、1998.12、pp.140-145

『槇文彦のディテール 空間の表徴−階段』、彰国社、1999

『村野藤吾のデザイン・エッセンス2 動線の美学 階段・手摺・通路』、建築資料研究社、2000

小玉齊夫、「ピラネージとフランス−『カルチェリ』の螺旋階段を中心に−」、『論集』、no.52、2000.8、pp.139-168[ < CiNii Articles

eva jiricna, staircases, London, Laurence King Publishing, 2001

キャサリン・スレッサー、乙須敏紀訳、『現代建築家による 階段のデザイン』、産調出版、2001

日本建築学会編、『空間要素 世界の建築・都市デザイン』、井上書院、2003、pp.156-171:「Elements 8 階段・スロープ」

ニューハウス株式会社編、『階段 カイダンっておもしろい!』、ニューハウス株式会社、2005

松本泰生、『東京の階段 都市の「異空間」階段の楽しみ方』、日本文芸社、2007

芦川智・金子友美・鶴田佳子・高木亜紀子・田中涼子・山口英恵、「階段とその空間特性−アジアの歩行者空間に関する研究(その2)−」、『學苑・生活環境学科紀要』(昭和女子大学)、no.801、2007.7、pp.2-13 [ < CiNii Articles ]

『CUE+ 穹+(きゅうぷらす)』、vol.12、2007.10
  荒俣宏+鈴木一義、「融通無碍かな、我がニッポン」
  小池寿子、「上昇のセオリー キリスト教美術にみる梯子」
  鹿島茂、写真:田原桂一、「天駆ける階段 パレ・ガルニエ
  村上輝久、「音階と調律」
  松村秀一、写真:二川幸夫、「『ガラスの家』の階段 ピエール・シャロー設計 ダルザス邸」
  三宅理一、「編集後記 きざはし=階段 あるいは階梯について」

山本真由美、「廊下と階段の変奏 『三四郎』・『草枕』・『明暗』」、『實踐國文學』、no.74、2008.10

和泉雅人、「Scalalogie 〈階段学〉へのオマージュ」、『慶應義塾大学日吉紀要 ドイツ語学・文学』、no.45、2009 [ < CiNii Articles ]

中山繁信・長沖充、『階段がわかる本』、彰国社、2010

吉田眸、『ドアの映画史 細部からの見方、技法のリテラシー』、春風社、2011、「第9章 階段の映画、映画への階段

鈴木了二、「ところで階段とはなにか 物質試行45『神宮前の住宅』」、『寝そべる建築』、みすず書房、2014(同書「『ディテール。モデル』に関するいくつかの考察 『空洞三部作』」も参照)

BMC(ビルマニアカフェ)、写真:西岡潔、『いい階段の写真集』、パイ インターナショナル、2014

栗田秀法、『プッサンにおける語りと寓意』、三元社、2014、「第6章3 《足萎えの男を癒す聖ペトロと聖ヨハネ−信仰と救済の寓意》」

註13:階段池および階段井戸について;

武澤秀一、『インド地底紀行 建築探訪 9』、丸善、1995

 同、  『迷宮のインド紀行』(新潮選書)、新潮社、2001、pp.193-214。

『インド建築の5000年−変容する神話空間』展図録、世田谷美術館、1988、pp.31-35。


註14:ジャンタル・マンタル(天文観測所)について;

Andreas Volwahsen, Cosmic architecture in India. The astronomical monuments of Maharaja Jai Singh U, Prestel-Verlag, London, New York, 2001.

『インド建築の5000年−変容する神話空間』展図録、同上、1988、p.54。

ジョゼフ・ニーダム、協力=王鈴、監修=東畑精一、藪内清、訳=吉田忠、高橋雄一、宮島一彦、橋本敬造、中山茂、山田慶児、『中国の科学と文明 第5巻 天の科学』、思索社、1991、pp.146-152。

矢野道雄、『星占いの文化交流史』(シリーズ言葉と社会 T)、勁草書房、2004、pp.196-200。


その他、フィクションから;

バーバラ・ヴァイン(ルース・レンデル)、山本俊子訳、『階段の家』(角川文庫 7927 レ 1-52)、角川書店、1990

パスカル・キニャール、高橋啓訳、『シャンボールの階段』、早川書房、1994

櫂末高彰、『学校の階段』全10巻+短編集『学校の階段の踊り場』(ファミ通文庫)、エンターブレイン、2006-2009
などもあり、
また

高橋留美子、「階段に猫がおんねん(・・・・)!」、『うる星やつら 11』(少年サンデーコミックス)、小学館、1982、PART-9

奥瀬サキ、「幽霊階段」、『低俗霊狩り(上)』(小学館文庫 お A-1)、小学館、1998

坂田靖子、「階段宮殿」、『階段宮殿 自選作品集』(文春文庫ビジュアル版 V60-37)、文藝春秋、1996

なども忘れるわけには生きませんが、ここは「『怪談?』『階段』」(下記『1』、p.6)という台詞のあるこちらを;

紺野キタ、『ひみつの階段 1』、ポプラ社、2002
 同、  『ひみつの階段 2』、ポプラ社、2002
なお、同『ひみつのドミトリー 乙女は祈る』(ポプラ社、2000)および同『つづきはまた明日 4』(幻冬舎、2013)に舞台を同じくする作品がそれぞれ4編、2編収録されています。

ちなみに、吉田秋生の『海街diary』(flowers comics、小学館、2007- )は、2013年5月現在5巻まで刊行されていますが、カヴァー表3巻分に階段が描かれています。カヴァー表の画面は、各挿話の表紙から選ばれたもので、数えてみれば19話中5回に階段が登場となります。

さらに、イエロー・マジック・オーケストラの『テクノデリック』(1981)には「階段 Stairs」という曲が、
鈴木さえ子の『科学と神秘
Visinda og Leyndardómur』(1984)には「天国への螺旋階段」が収められています。
また
Prince & The Revolution, Around the World in a Day, 1985(邦題:プリンス&ザ・レヴォリューション、『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』)(→こちらでも挙げています
には"The Ladder"(「ザ・ラダー」)という曲がありました。CD裏には雲に伸びる梯子が描かれています。と思ったら表も左端に梯子が出てきていました。

田中ロミオ、『人類は衰退しました 9』(ガガガ文庫)、小学館、2014
のクライマックスで登場する階段はなかなか印象的でした。

また、→「津の階段など」<おまけ
  10. 藤谷陽悦、「日本の美意識と階段」、前掲『階段物語り』、p.42。

11. 小林文次、「曙山の二重螺旋階段図について」、『美術史』、no.88、1973.3。


藤島武二、『カンピドリオのあたり(右幅)』、1919
図16 藤島武二、『カンピドリオのあたり(右幅)』、1919

12. cf. C.Baldon, I.Melchior, J.Shulman, Steps & stairways, New York, Rizzoli, 1989, chapter 16.

13. cf. 神谷武夫、『インド建築案内』、TOTO出版、1996、p.125、127、218-9、234、265-7、272-4、280、285-7、294、304、443、445、453、463、472。

14. cf. 神谷武夫、同上、p.96、222、352。

15. cf. 澁澤龍彦、「さざえ堂 二重螺旋のモニュメント」、『みづゑ』、no.931、1984夏。

16. 赤瀬川原平、『超芸術トマソン』、ちくま文庫、1987、p.13-17、162-174、260-267、291-301、354-363、366-368、384-394、418-421、458-460。

ベン・シャーン、『赤い階段』、1944
図17 ベン・シャーン、『赤い階段』、1944


17. 前掲『階段物語り』
; C.Baldon, etc., op.cit.; John Templer, The staircase, 2 vols., Cambridge, The MIT Press, 1992 などを参照されたい。また近現代の建築における階段を中心にしたものとして、ジアンピエロ・アロワ、『階段 デザインとディテール』(内堀繁生・熊野保訳)、鹿島出版会、1976、滝沢健児、『空間の演出 − 階段』、彰国社、1977。

18. 川本三郎、「階段の惨劇、階段の美女 − 映画のなかの階段」、前掲『階段物語り』所収。
Baldon etc., op.cit., chapter 17

* 追記;これは間違いで、『W』(1971)の時点ではメロトロンは用いられておらず、導入部分はアコースティック・ギターとバス・リコーダーで演奏されたという。Cf., 天国への階段 (レッド・ツェッペリンの曲)ウィキペディアまた、デイヴ・ルイス、福田美環子訳、『全曲解説シリーズ レッド・ツェッペリン』、シンコーミュージック・エンタテイメント、2002、pp.69-70。
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