ピラネージ《牢獄》第2版14図、1761
第2版14図(『ゴシック式アーチ』) Carceri ⅩⅣ ”The Gothic Arch" (2nd state)
1761 41.0×53.5cm

ピラネージ《牢獄》 第2版15図 1761
第2版15図(『ランプのある支柱』) Carceri ⅩV ”The Pier with a Lamp" (2nd state)
1761 40.8x55.4cm

ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ (1720-1778)
《牢獄》 より
第2版:1761年
銅版画・紙

Giovanni Battista PIRANESI
from Carceri
2nd state : 1761
Etching on paper

Cf., Philip Hofer, Giovanni Battista Piranesi. The Prisons (Le carceri). The complete First and Second States, Dover, New York, 1973, XIV / XV

ジョルジュ・プーレ、金子博訳、「ピラネージとフランス・ロマン派の詩人たち」、『三つのロマン的神話学試論』、審美社、1975、pp.121-169、註:pp.184-187
 * p.139 に対面して図版 (XIV)


『ピラネージ 版画展 建築=幻想のイタリアの巨匠』図録、神奈川県立近代美術館、奈良県立美術館、他、1977、cat.no.17 (XV)

マルグリット・ユルスナール、多田満智子訳、『ピラネージの黒い脳髄』(白水社アートコレクション)、白水社、1985、p.95 / 図56(XIV), p.97 / 図58 (XV)

マンフレッド・タフーリ、八束はじめ・石田壽一・鵜沢隆訳、『球と迷宮 ピラネージからアヴァンギャルドへ』、PARCO出版、1992、「第i部 形象の黙示録」(「1 悪しき建築家 G.B.ピラネージ ヘテロトピアと旅」/「2 アヴァンギャルドの歴史 ピラネージとエイゼンシュテイン」)(p.56/図7 (XIV) )

Alexander Kupfer, Piranesis Carceri. Enge und Unendlichkeit in den Gefängnissen der Phantasie, Belser Verlag, Stuttgart, Zürich, 1992
 (XIV、XVの図版無し)

桐敷真次郎・岡田哲史、『ピラネージと「カンプス・マルティウス」』、本の友社、1993、p.37 / 図23、p.38 / 図24

岡田哲史、『ピラネージの世界 建築巡礼 32』、丸善株式会社、1993、p.57 (XIV)

Das Capriccio als Kunstprinzip. Zur Vorgeschichte der Moderne von Arcimboldo und Callot bis Tiepolo und Goya. Malerei - Zeichnung - Graphik, Wallraf-Richartz-Museum, Köln, Kunsthaus, Zürich, Kunsthistorische Museum, Wien, 1996-1997, pp.73-74 / Abb.18-19, p.347 / cat.nos.G28-29

Catálogo de la exposición Piranesi. Una visión del artista a través de la colección de grabados de la Real Academia de Bellas Artes de San Carlos (Valencia, España), Museu de Arte de Bahia, Salvador, Bahia, 1997, p.71 / cat.no.14, p.72 / cat.no.15

Luigi Ficacci, Piranesi. The complete etchings, Taschen, 2000, p.150 / cat.no.123, p.151 / cat.no.124

加藤道夫、「不可能空間の描出」、『図学研究』、38巻 Supplement 2号、2004、pp.25-30 [ < J-STAGE
DOI : https://doi.org/10.5989/jsgs.38.Supplement2_25
 * 初版第14図の分析


空想の建築-ピラネージから野又穫へ-展』図録、町田市立国際版画美術館、2013、pp.172-173 / cat.no.141、pp.174-175 / cat.no.142

山田五郎、『楼閣 闇の西洋美術史〈9〉』(アルケミスト双書)、創元社、2022、p.40 (XV)


 Cf. cf.

Catalogue de l'exposition Piranèse et les français 1740-1790. Académie de France à Rome, Dijon, Paris, 1976

Études réunies par Georges Brunel, Piranèse et les français. Colloque tenu à ka Villa Médicis. 12-14 Mai 1976 (Académie de France à Rome II), Edizioni dell'Elefante, 1978

ヨルゲン・ アンデルセン、井手弘之訳、「巨大な夢-英国におけるピラネージの影響」、 『ユリイカ』、vol.15 no.3、1983.3:「特集 幻想の建築 〈空間〉と文学」、pp.174-185

ケネス・クラーク、高階秀爾訳、『ロマン主義の反逆 ダヴィッドからロダンまで13人の芸術家』、小学館、1988、pp.63-89:「2 ピラネージとフセリ」

Shelley Karen Perlove, "Piranesi's Tomb of the Scipios of Le Antichità Romane and Marc-Antoine Laugier's Primitive Hut", Gazette des Beaux-Arts, no.1442, Mars 1989, pp.115-120

ピーター・マレー、長尾重武訳、『ピラネージと古代ローマの壮麗』、中央公論美術出版、1990

高山宏、『カステロフィリア 記憶・建築・ピラネージ』(Serie Meraviglia No.1)、作品社、1996

Susan M. Dixon, "Piranesi and Francesco Bianchini : Capricci in the service of pre-scientific archaeology", Art History, vol.22 no.2, June 1999, pp.184-213

小玉齊夫、「ピラネージとフランス-『カルチェリ』の螺旋階段を中心に-」、『論集』、no.52。駒澤大学、2000.8、pp.139-168

新田建史、「景観図・平面図・眺望図-ピラネージの作画態度について」、『静岡県立美術館紀要』、no.19、2004.3、pp.30-36

G.B.ピラネージ、横手義洋訳・解題、岡田哲史校閲・付論、『ピラネージ建築論 対話』(acetate 004)、アセテート、2004

田中純、「書評 汚れた起源 『ピラネージ建築論 対話』」、『未来』、no.462、2005.3、pp.22-25

小澤京子、『都市の解剖学 建築/身体の剥離・斬首・腐爛』、ありな書房、2011、pp.59-84:「第2章 『起源』の病と形態の闘争-ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージによる古代ローマ表象」

武末祐子、「ピラネージの廃墟とグロテスクⅠ - Grotteschi」/「ピラネージの廃墟とグロテスクⅡ - Vedute di Roma」、『西南学院大学学術研究所フランス語フランス文学論集』、、no.57、2014.2、pp.1-46/pp.47-77 [ < 西南学院大学 機関リポジトリ
URI: http://repository.seinan-gu.ac.jp/handle/123456789/912
   http://repository.seinan-gu.ac.jp/handle/123456789/913



 →こちら(『建築と透視図法、第一部』より)や、そちら(《宮殿の内部》)
おまけ  スザンナ・クラーク、原島文世訳、『ピラネージ』、東京創元社、2022
原著は
Susanna Clarke, Piranesi. 2020

 ピラネージの評伝でもその作品にまつわるお話でもありません。ただ舞台が、
 「そうした場所のすべてで、僕は出入口に立って前方をながめた。そこで世界が終末を迎えようとしているというきざしを見たことはない。はるか遠くへ整然と続いていく広間と通路だけだ」(p.9)
という世界=館で、
 「どの広間にも玄関にも階段にも、必ず像が存在する」(同上)。
 「館の窓は大中庭群を見おろしている」(p.10)。
 「館の外には天体しかない。太陽、月、そして星。
 館には三つの階層がある。下層広間群は潮の領域で、…(中略)…
 上層広間群は、…(中略)…雲の領域…(中略)…
 このふたつの(大部分は住めない)階層のあいだに中間広間群があり、これは鳥と人の領域だ」(同上)。
 「玄関」というのは外に面しているわけではないのでしょうか? ともあれ主人公は「第三北広間」、「第九玄関」、「東の広間群」(p.7)等と各地点に呼び名をつけ、
 「西は第九百六十広間まで、北は第八百九十広間まで、南は第七百六十八広間まで旅をした」(p.9)。

 「ピラネージ」は語り手である主人公を「もうひとり」の登場人物が呼ぶ名で、ただ
 「記憶にあるかぎり、それは僕の名ではない」(p.13)
のですが、後ほど「もうひとり」は呼び名の由来を、
 「迷宮と関係のある名だ」(p.189)
と述べます。

 さて、 この世界をまた別の登場人物は「分流世界」と呼びます(p.100)。
「はじめて大いなる洞察を得たのは、人類がいかに多くを失ったかということに気づいたときだ。…(中略)…しかし、古代人の智慧がただ消えてしまったはずはない。…(中略)…わしはそれを世界から流れ出てゆく一種のエネルギーとして想像し、そのエネルギーはどこかへ行くはずだと考えた。そのときだ、ほかの場所、ほかの世界があるに違いないと気づいたのは」(p.99)。
 「別の世界から流れ出す考えによって創造される。まずその世界が存在せんかぎり、この世界は存在しとらんはずだ。ここはいまでもなお、第一の世界の存続に依存しとるのかどうかはわからん」(p.100)。
  マイケル・スコットの『錬金術師(アルケミスト)ニコラ・フラメル』シリーズにおける、この世界とつながっているという数多くの「シャドウレルム shadowrealm 」が連想されなくもありません→こちらを参照:「ロマン主義、近代など(18世紀末~19世紀)」の頁の「ハイネと〈流謫の神々〉その他」の項

 ちなみに邦訳のカヴァーはなぜかピラネージではなく、モンス・デジデリオでした。奥付けに《冥界の風景》との題で記されています。
 谷川渥、『モンス・デジデリオ画集 ピナコテーカ・トレヴィル・シリーズ 1』、トレヴィル、1995
では《地獄》、1622年、ブザンソン美術考古博物館蔵;pp.74-79 /pl.35
また
 Maria Rosaria Nappi, François de Nomé e Didier Barra. L'enigma Monsù Desiderio, Jandi Sapi Editori, Milano, Roma, 1991, pp.155-158 / cat.no.A 82
 彫像がいたるところにあるというのは、たしかにモンス・デジデリオに通じています。他方、ピラネージなら、《牢獄》でなくても、『建築と透視図法、第一部』中の《階段群》あたりを思わせはしないでしょうか(→そちら)。

 →あちらでも挙げました:「図像、図形、色彩、音楽、建築など」の頁の「おまけ

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オペラ座の裏から(仮)(2019.9)ピラネージ《牢獄》第2版14図、1761