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オペラの怪人*
The Phantom of the Opera
    1925年、USA 
 監督   ルパート・ジュリアン、エドワード・セジウィック、ロイス・ウェバー 
撮影   ヴァージル・ミラー、ミルトン・ブライデンベッカー、チャールズ・ヴァン・エンガー 
編集   エドワード・カーティス、モーリス・ピヴァー、ギルモア・ウォーカー 
 プロダクション・デザイン   ベン・カレ 
 美術   チャールズ・D・ホール、エルマー・シーリー 
 セット装飾   ラッセル・A・ガウスマン 
    約1時間17分** 
画面比:横×縦    1.33:1 
    モノクロ、サイレント*** 

VHS
* 手元にあるソフトの邦題は『オペラ座の怪人』
** [ IMDb ]によると、1時間33分、1時間41分、1時間47分などのヴァージョンがあるようです。
*** プロローグ部分はトーキー、音楽はずっと鳴っています。仮面舞踏会の場面はカラーとのことですが、手元のソフトではモノクロ。1930年に全篇トーキー版が製作されたとのこと(ロン・チェイニーは不参加)。

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 ルルーの原作は何度も映画化されてきましたが、これが現存する第1作([ IMDb ]によると、1916年にドイツで製作されたエルンスト・マトライ監督の作品があるとのことですが、現存していない模様)。超自然現象は起こりませんし、古城も登場しませんが、舞台となる劇場、とりわけその舞台裏がすばらしく古城しています。

 オープニングですでに、尖頭アーチがいくつも重なって連なる、地下らしき場所が映りますが、まずはオペラ座の客席入口、続いて舞台へと場面は移ります。双方まずは正面から捉えられるのですが、フィルムの状態か当時の撮影技術のせいか、あるいは意図的なものなのか、時にハレーションを起こしたかのように白っぽくなるのが、かえって印象的でした。
 客席入口のセットについては後に仮面舞踏会の場面のところで戻るとして、舞台は正面視、次いで桟敷席からなのか、斜め上から、今度はまた正面から、しかし接近して、その後さらに近づき、しかし下から見上げるようにと、カットを重ねつつ描かれます。この作品ではカメラは基本的に固定で、首を振ったり移動したりはしないのですが、カットの切り換えにけっこうスピード感がありました。

 続いて舞台裏で幽霊の噂話が取りざたされます。舞台裏は石積みの壁で、まずは折れ曲がる階段を左に、右にアーチが連なり、このアーチも下の階への階段になっています。次いで地獄の入口を表わしたものでしょうか、ボマルツォの庭園にでもありそうな、口を大きく開けた巨大な顔の舞台装置のある空間が映る。さらに最初のとは別の、アーチと階段のある空間、そして巨大な人物彫刻のある空間へと踊り子たちが移動します。移動は階段を上り下りすることで行なわれ、つまりこれらの空間は上下に層をなしているわけです。
 いったいにこの作品では、垂直の移動が強調されているような気がします。裏方が奈落から床に開いた孔に跳びあがったり、別の人物が落ちてはまた跳びあがったりという、息抜きの喜劇的な場面がありましたが、映画全体の堤喩をなしているとでも深読みしたくなるところです。劇場の客が出入りする場所でもしばしば階段が設けられています。客席入口の大階段はもとより、たとえば怪人が借りている桟敷席の入口の脇にも、上に昇る階段がのぞいていました。ぴょんぴょん飛び跳ねるのはあくまで息抜きであって(もっとも後の方でも上げ蓋のある床が登場するのですが)、階段がいくつもあることによってこそ、幾重にも積み重なる層が把握され、あわせて廊下によって空間の分岐と連絡が暗示される、これこそ古城の醍醐味ではないでしょうか。


 当座は怪人はシルエットとしてのみ現われ、その影が舞台裏のキャットウォークを走るなんて素敵なカットもありますが、次いで、ヒロインの楽屋の姿見がそのまま隠し扉になっており、そこからの道程は、古城映画愛好家にとってはこの作品のクライマックスであるといっても過言ではないでしょう。
 まずは塔の回りでもあるかのような木の階段を下り、馬をつないだ場所に出ます。そこから天井の低い通路を経て、アーチが手前で額縁をなす向こうに、馬が通れるスロープが二段になった空間が映されます。しかもこのスロープは手前の一組とともに、その奥にも左右の傾斜が逆になったもう一組があるのです。スロープの下辺はアーチになっている。一番左下・手前は水平になっているようで、階段も少し見えます。この空間が登場しただけではしゃぎまわりたくなりますが、まだ続きます。
 アーチが連なる通路が右に寄せて映される。その分左は真っ暗です。スロープから続いているようで、そこを通り過ぎると手前で段が折れ曲がり、舟を留めた水路にいたる。水路にはいくつも半円アーチが連なっており、太い柱で支えられています。そしてやっと目的地に到着、階段を何段か上がれば、アーチの向こうに光が見える。ここが怪人の棲み家なのでした。
 怪人の居室には半円アーチはなく、梁は水平で、柱も角柱です。梁と柱のつながる部分も45度の直線で切られている。奥のカーテンの向こうには柩を安置した部屋があり、そこが怪人の寝床だというのでした。また右手に設置されたオルガンの脇も、もう一つ別の部屋に通じています。ヒロインのために用意されたこの部屋は、ゆるい半円アーチがかぶさり、豪奢な布で覆われた寝室で、これまでの石壁とは対照的ですが、閉塞感も欠いてはいません。


 この後仮面舞踏会となるのですが、それに先だって、一応の主人公がヒロインからの手紙を読む短い場面があります。まずはアップで、次いで引きになると、円柱が並ぶ廊下を斜めに捉えています。柱と柱の間の一つには背の高い窓がある。濃い陰に浸された暗い画面ですが、なかなか印象的でした。

 仮面舞踏会が催されるのが、劇場の客席入口です。まずはやはり、正面から捉えられるのですが、これが大きい。4~5階分はあるでしょうか。エキストラの数も多い。左右から下りてきて、踊り場で合流、まっすぐ手前に下りてくる豪華な階段が下半分を占め、しかしその上にも2~3階あって、三つのアーチをいただいて縦に三分割されています。
 死神に仮装した怪人から逃れるべく、ヒロインと一応の主人公は階段を駆けあがる。いったん立ち止まった階段室が、左下に下からの階段、その上のグレーの壁の右には暗い部分があって、ここに上への階段がのぞいています。さらに右の部分も奥へ進むアーチ状の通路になっていて、内側は明るく、しかし床は暗い。飾り気をなくすことで、明暗の大きな分割が強調されたモダンさが、なかなか印象的でした。


 階段を上った先は屋上でした。パリの夜景も見えます。巨大な彫像の下で二人は逃亡の相談をするのですが、彫像の影にはすでに怪人がいた。それはともかく、この場面では、錯綜する建物内での閉塞感に対し、セットとはいえ空の見える開放感があります。また地下の迷宮に対し、建物の頂上を映すことで、劇場の垂直構造が完遂されたわけです。

 また劇場内に戻って、正面から捉えた廊下の奥に、狭い階段があって、そこを怪人が下りてくる。舞踏会ではしゃいだ人々の間を裏切りへの怒りを秘めた怪人が通り過ぎる、これもまた、正面性を活かしつつ、階段および廊下を通過する動きを捉えたた構図が印象的な場面でした。客席入口での仮面舞踏会の場面を、縮小再生産したものと見なせるかもしれません。

 さて、さらわれたヒロインを取り戻すべく、主人公と秘密警察官(原作の「ペルシア人」)が地下への通路を追う、古城映画愛好家にとっての第2のクライマックスです。楽屋の鏡の隠し扉を何とか開けて、階段を下りると、いくつものアーチの影が映る通路となります。奥の方には二つのアーチが見える。進んだ先の木の床には上げ蓋があって、そこを飛び降りる。通路をゆけばまたしても孔に落ちる。粗い円柱が並び、天井からは布のようなものが垂れさがっています。ここはうれしや、鏡の間なのでした。いくつもの鏡像が乱舞します。
 またしても床に上げ蓋を見つけて下りてみれば、低いアーチに支えられ、左右には大きな樽が並べられている。樽の中身は火薬でした。正面には階段があって上るようになっているのですが、鉄格子にふさがれています。


 この火薬庫は怪人の棲み家の床につながっており、ここでも上下の積み重ねが設定されています。他方平行して、一つに主人公の兄、もう一つは怪人の棲み家の所在に気づいた人々が、舞台裏を下りながら迫ってきます。柩の部屋の奥にはまた通路があって、ヒロインをさらった怪人は地上に逃れでる。
 終始垂直の空間を強調してきた映画は、ここにいたって怪人と人々が街路を水平に動くさまをとらえるのでした。カメラは動かないけれど、というかカメラが動かないがゆえにかえって、人々が走るさまはえらく速い。垂直性の強調に対して水平性の帳尻を合わせたともいえそうですが、ラストはもう一度垂直に、怪人がセーヌ川に沈むことで終わります。
 ともあれ、劇場の表の空間と対比させつつ、舞台裏の積層構造、そして地下の迷宮を、複数の空間を繋ぎあわせることで実現したこの作品において、しかも、舞台裏の階段やアーチ、二段スロープが交差する空間などは、ただ人物が通過するためだけに組みたてられていました。あるいは通過するためのいくつもの空間と時間の、つなぎとして物語が機能していたのだと、大げさと思いつつ言いたくなることが、りっぱな古城映画であるための条件なのでしょう(階段や廊下を通過する場面だけでは退屈でしょうし、落ち着きもできまいとも思うのですが)。

Cf.,  『オペラの怪人』1943年版のDVDに収められたメイキングは、25年版および1962年版(監督:テレンス・フィッシャー)についても詳しく取りあげていました。

Juan Antonio Ramírez, Architecture for the Screen. A Critical Study of Set Design in Hollywood's Golden Age, 2004, p.37, pp.57-58, p.109, p.136

同書 pp.37-38 でベン・カレが取りあげられています。

同書中 p.42, 52, 196 でチャールズ・D・ホールが言及されています。
ホールが美術監督をつとめた作品として本サイトでは他に;『猫とカナリヤ』(1927) 、『魔人ドラキュラ』(1931)、『魔人ドラキュラ・スペイン語版』(1931)、『フランケンシュタイン』(1931)、『魔の家』(1932)、『黒猫』(1934)、『フランケンシュタインの花嫁』(1935)

またセット装飾のラッセル・A・ガウスマンも;『魔人ドラキュラ』(1931)、『魔の家』(1932)、『フランケンシュタイン復活』(1939)、『恐怖のロンドン塔』(1939)、『ミイラの復活』(1940)、『狼男』(1941)、『フランケンシュタインの幽霊』(1942)、『フランケンシュタインと狼男』(1943)、『オペラの怪人』(1943)、『夜の悪魔』(1943)、『フランケンシュタインの館』(1944)、『執念のミイラ』(1944)、『ミイラの呪い』(1944)、『ドラキュラとせむし女』(1945)、『謎の狼女』(1946)、『扉の蔭の秘密』(1947)、『凸凹フランケンシュタインの巻』(1948)、『奇妙な扉』(1951)、『黒い城』(1952)

Jonathan Rigby, American Gothic: Sixty Years of Horror Cinema, 2007, pp.44-47

原作は
ガストン・ルルー、三輪秀彦訳、『オペラ座の怪人』(創元推理文庫 F ル 1-2)、東京創元社、1987
原著は
Gaston Leroux, Le fantôme de l'Opéra, 1910
映画を見た後であらためて原作に目を通すと、結末を始めとして改変はもとより多々あるのですが、予想以上に原作から忠実に再現された細部の多いことがわかります。怪人から逃れるように二人が屋上に上がる点、ヒロインが馬に乗せられて地下をめぐる点、地下を進む際、常に片手を首の横まで挙げておくようペルシア人が主人公に警告する点、ペルシア人と主人公が地下通路ですれ違う人物、鏡の間=拷問部屋との直下の火薬庫、蠍と飛蝗のスイッチなどなど、映画ではよくわからなかった役割も原作で確認できるのでした。
こちらでも少し触れています

おまけ  実際のパリのオペラ座に関連して;
L'Opéra de Paris, 1985
『ポケット写真』という叢書名どおり判型は小さいのですが、工事中の写真や大階段の写真とともに、後付部分に1875年の Le Journal Illustré 誌に掲載されたという断面図が再録されています。下に載せておきましょう。
6層からなる舞台直下の地下室、その周辺および下層の配水等に用いられると思われる地下設備、はるか高くまで昇る舞台の上部分、それに並列する12層におよぶ舞台裏など、映画なり原作と比較しながら見ると、とても興味深いものでした。


オペラ座断面図 1875

* 画像をクリックすると、拡大画像とデータが表示されます。

建築史や演劇史・音楽史の方にも資料は多々あるのでしょうが、目についたものとして;
鹿島茂、写真:田原桂一、「天駆ける階段 パレ・ガルニエ」、『CUE+ 穹+(きゅうぷらす)』、vol.12、2007.10、pp.22-29

鏡荘太郎、「ガルニエと折衷主義」、喜多崎親編、『西洋近代の都市と芸術 2 パリⅠ 19世紀の首都』、竹林舎、2014、pp.208-229

なお同書所収の
喜多崎親、「序 パリ-『19世紀の首都』の美術」
はその第1節が「象徴としてのオペラ座」で、また同じく
井上さつき、「第二帝政期から第三共和制初期のオペラ」
でもオペラ座に言及しています。


  難波弘之、『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』、1985(1)
B面2曲目が「オペラの怪人
Fantôme d'Opéra

 
 1. ヌメロ・ウエノ、たかみひろし、『ヒストリー・オブ・ジャップス・プログレッシヴ・ロック』、マーキームーン社、1994、pp.140-142。

 2014/09/15 以後、随時修正・追補
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