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フランケンシュタインの幽霊
The Ghost of Frankenstein
    1942年、USA 
 監督   アール・C・ケントン 
撮影   ミルトン・クラスナー、ウディ・ブレデル 
編集   テッド・J・ケント 
 美術   ジャック・オタースン 
 セット装飾   ラッセル・A・ガウスマン 
    約1時間7分 
画面比:横×縦    1.37:1 
    モノクロ

DVD
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 『フランケンシュタイン復活』(1939)の後日譚ですが、怪物役がボリス・カーロフからロン・チェイニー・Jr.に交替したこともあって、まあいいや的な位置づけの作品ではあります。とはいえ今回見直してみれば、確かに前3作と比べればいささかゆるいし、設定やお話は突っ込みどころ満載とはいえ、まんざら捨てたものでもありません。何といっても、前作から続投するベラ・ルゴシ演じるイゴールが、実質的な主役として活躍してくれます。前作といい『恐怖城』(1932)といい、ルゴシは決してドラキュラ役だけの一発屋ではなかったことを実感させてくれるのでした。
 もっとも怪物を唯一の友人として寄り添ってきたイゴールが、脳移植の話にも強く反対しながら、その足で豹変して、自分の脳を怪物に移植しろと言いだすのは、いささか合点がいきませんでした。後半では不死身の肉体と永遠の生命を欲したからということで終盤まで通すことになるのですが、やはり前半での態度との落差はいなめない。もちろんそれまでも、怪物の力を利用してきただけなのだと解すれば筋は通るのですが、イゴールと怪物の関係にはもっと陰影があると思いたいところです。またイゴールがフランケンシュタイン一族から、邪悪の権化のように見なされている描写も、ある意味で面白くはあります。他方怪物自身が、自分を恐れなかった少女の脳を移植することを望むというのは、この作品において脳移植がどう捉えられているのか、頭を悩ませられるところでした。
 なおこの作品では、冒頭と終盤、二度にわたって暴徒が跋扈します。行方不明の少女を探すという目的がある終盤のそれはまだしも(とはいえフランケンシュタインの次男を疑うのは根拠がない)、冒頭のそれは、怪物が休眠状態にあったのだから完全に八つ当たりでしかありません。それはともかく、顧みれば前3作いずれにも暴徒が登場していました。フランケンシュタインものと暴徒の関係というのも、結びつくだけの何か理由があるのでしょうか。とまれ冒頭では城の爆破、終盤では館の炎上と、スペクタクルも用意されているわけです。


 『狼男』(1941)で監督をつとめたジョージ・ワグナーが製作にまわったことと関係があるのかどうか、タイトル・バックに映るのは『狼男』での森のようです。村人たちの談合の場面を経て、フランケンシュタイン城の外観が映ります。模型のようですが、前3作のいずれとも違って、丘の上に建っており、鋸型胸壁をいただく塔がいくつも集合した、ごつごつと城砦風のものです。イゴールをのぞけば人の住まなくなった夜の城はけっこう雰囲気があります。村人たちは城壁の格子状の門から前庭になだれこむ。少し離れて、幾重もの飾りアーチに囲まれた玄関があります。イゴールは塔の上にいて、邪魔をしようと胸壁の小壁体(メルロン)を落とすのですが、それらは山型をしています。次いでイゴールは塔を駈けおりる。階段は中空の塔の内壁に沿って巡っています。1階の床の上げ蓋から地下室に逃げこむのですが、爆破が始まり、城が崩れだす。すると壁に巨大な手の影が落ち、かすかに動くのでした。

 甦った怪物とイゴールは荒野をさまようのですが、雷を浴びて怪物がすっくと仁王立ちするさまは、なかなかかっこうがよろしい。またフランケンシュタインの次男が住む村にたどりついた場面は、明るい日中にくりひろげられます。当初イゴールと怪物が普通に村へ入り、通りかかった娘に道を尋ねているのが面白い。娘も、怪物をちらちらと気にしながらも、いきなり悲鳴を上げて逃げだしたりはしません。
 幼い少女の視線から怪物を見上げた際の姿も印象的です。この作品ではしばしば、人物を見上げる構図が目につきます。少女を抱えた怪物が屋根の上にのぼるくだりでは、村のセットもさることながら、明るい空を背に黒い服の怪物が立つさまも明暗の対比が効いています。ここでも街路から見上げたり、屋根から見下ろしたりといった視角が入れ替わりながら話が進むのでした。
 ちなみに、怪物が下に降りてきて、少女を父親に返したとたん、警官たちがわっと取り囲むさまを見て、何もしないと言ったのにとイゴールがつぶやく箇所は印象に残ります。それまでに村人二人を叩き落としているのだから無理もないのですが、それでもなお、いろいろと感じいらせることではあるのでした。審問の場面で、いったんフランケンシュタインの次男に親しみを見せた怪物が、こんな奴知らないといわれて表情を変える場面も同様の趣きを帯びていました。そもそも次男をなぜ見知っているのかという点はおくとしてではあるのですが。


 話を戻すと、少女と怪物のくだりに先立って、次男の屋敷のまず、研究室が映ります。手術台の上には大きな照明器具らしきものが天井から下げられています。奥には大きな窓が開いているのですが、この窓がドーム状に湾曲しているのが面白いところです。窓の向こうには木の枝が見えます。
 間に少女と怪物のくだりをはさんで、屋敷にイゴールが訪れます。イゴールと次男の対面は、間を置くことでかえって、西部劇の決闘場面のような緊張感を漂わせていました。背景にアーケードのある中2階がのぞいており、『狼男』のところで記したように、そちらでのタルボット城のセットが再利用されていることがわかります。
 そのすぐ後では、玄関から出ようとするイゴールを、階段の上から次男の娘が見下ろすショットが続きます。ここもまたタルボット城のセットであるとともに、俯瞰の効果が効いているところでした。タルボット城の階段広間は後の場面にも登場します。その際は、踊り場の壁に階段の手摺の影が落ちていました。

 次男邸には裏口があって、そちらから入るとゆるやかな半円アーチの連なる廊下に出ます。手前のアーチと奥のアーチでそれぞれに明るい部分と暗い部分が交替して、雰囲気を醸しだしてくれます。突き当たりの扉についた窓から出た光も、右側の壁に明るい方形を浮かばせている。手前のアーチの向こう、左側にも扉が一つ、反対側にももう一つあるらしい。左側の扉は研究室につながっているようです。
 研究室の中から扉の方を見れば、半円アーチがのぞいています。研究室の一角にある机で次男が呻吟している場面では、壁に宙吊りのように見える棚や、いくつもの器具類の影が落ちています。光はほとんど水平に発せられているわけでしょうか。設備類もフランケンシュタインものの定盤として、豊富に登場します。電光を発する各種の電極はもとより、円盤に発光する螺旋が配されくるくる回ったりするのでした。
 また床置きの器具の一つを横にずらすと、上げ蓋があって地下室におりる鉄の階段が据えつけられています。地下室は石積みの壁で、天井は低く湾曲しています。そんなに広くはなさそうな廊下から、いくつかの部屋につながっているらしい。階段の脇の壁の石の一つが手前に開くようになっていて、奥の環を引くと、隠し扉が引きだされます。


 書斎で次男の娘がフランケンシュタイン男爵の手記を読んでいると、書棚に怪物の影が落ちます。この影はしかし、斜めに傾いていていささか締まりに欠ける。影はもはやお約束の域に入ったとの感なしとしません。手術後の研究室で窓の格子の影が壁一面を覆ったり、病室の天井に交差する桟の影が落ちるさまを下から撮ったりといった場合の方が、効果はあがっているようです。

 少女をさらってきた怪物と次男が対峙する場面では、やはり下から見上げるショットが用いられていました。イゴールの脳の移植に成功したものの、血液型が違うため知覚に異常をきたし、目が見えなくなった怪物が狂乱するクライマックスでも、カメラは上から撮ったり下から撮ったりします。なお、イゴールのからだはともかく、怪物の脳は手術後廃棄されていたのでしょうか。もともと死人の脳ではあるのですが。
 そうこうした末に屋敷は炎上するのでした。ここでの模型は『狼男』でのそれとはちがうもののようです。一本の映画の中で二度も城なり屋敷が崩れ去るのを見ると、城なんてもともとは軍事用の施設ではあり、下っては権力の象徴にほかならないのだと思ったりもするものの、やはり忸怩たるものなしとしないのでした。

Cf.,  石田一、Monster Legacy File、2004、p.13

Jonathan Rigby, American Gothic: Sixty Years of Horror Cinema, 2007, pp.218-219
 2014/10/28 以後、随時修正・追補
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