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デモンズ3
La chiesa *
    1989年、イタリア 
 監督   ミケーレ・ソアヴィ 
 撮影   レナート・タフリ 
 編集   フランコ・フラティチェッリ 
プロダクション・デザイン   マッシモ・アントネッロ・ゲーレング 
    約1時間42分 
画面比:横×縦    1.66:1
    カラー 

VHS
* 手もとのソフトは英語版。英題は The Church

………………………

 『インフェルノ』(1980)に続いてキース・エマーソン追悼第2弾となります。とはいえ本作の音楽はエマーソンが単独で担当したものではなく、下掲の矢澤利弘『ダリオ・アルジェント 恐怖の幾何学』(2007)によると、(ゴブリンの)「ベーシストのファビオ・ピニャテッリがゴブリン名義でコンピューターを使用して四曲を提供している。ゴブリンの他にも、キース・エマーソンによるテーマ曲やフィリップ・グラスの曲をマーティン・ゴールドレイが演奏した『フロエ』などが効果的に使用されている」とのことです(p.222、またp.312)。確か3度ほど出てきたグラスの曲はすぐ見分けがつくとして、エマーソンのテーマ曲というのがどれなのかよくわからないでいるのが、中途半端なファンの面目躍如たるところでしょう(松井巧、『エマーソン、レイク&パーマー』(地球音楽ライブラリー)、TOKYO FM 出版、1996、p.67 によるとオリジナル・サウンドトラック盤にはエマーソンの曲は4曲収められているとのことです)。

 『インフェルノ』で監督をつとめたアルジェントは、本作ではプロデュースとストーリーを受けもっています。
 監督のソアヴィは劇場用長篇としては『アクエリアス』(1987)に続く2作目です。前作ではたしか超自然現象は起こらなかったものの、舞台が劇場なので、面白い空間が出てきたのかもしれないのですが、ほとんど憶えていません。本作の後、『デモンズ4』(1991)と『デモンズ'95』(1994)を手がけました。双方古城映画とは呼べますまいが、やはりアルジェントがプロデュースした前者では主人公の家の地下が2層あるようで、通路や階段など含めて面白い空間を見ることができます。さらにマンホールの下に深い穴があって、本作にも通じている。兎もうろちょろします。墓場映画とでも呼べよう後者は、黒いユーモアに満ちたゾンビ入り不条理映画の佳作でした。ちらっとですがベックリーン《死の島》(→こちらも参照)の模型も出てきます。鬼火もゆらゆらします。
 撮影のレナート・タフリ、修復家役のバーバラ・クピスティは『アクエリアス』からの続投となります。クピスティはアルジェントの『オペラ座/血の喝采』(1987)にも出ていたとのことです。司教役のフェオドール・シャリアピン・Jr.は『インフェルノ』で老教授に扮していました。アルジェントの実娘アーシア・アルジェントは当時14歳くらいでしょうか、やはりアルジェントがプロデュースした『デモンズ2』(1986、監督・ランベルト・バーヴァ)に続いての女優業となります。以後アルジェント監督作を始めとして女優として活動を展開、加えて自ら監督をも手がけています。本作は基本的に群像劇的な趣きが強いのですが、その中では彼女と黒人神父役のヒュー・クァーシーがかなめとなっています。
 まったく気づきませんでしたが、過去の場面で建築家に扮しているのはジョン・リチャードソンとのことです。リチャードソンは『血ぬられた墓標』(1960)での一応の男性主人公役を始め、ハマー・フィルムで『炎の女』(1965、監督:ロバート・デイ)とその続篇『燃える洞窟』(1968、監督:クリフ・オーウェン)、『恐竜100万年』(1966、監督:ドン・チャフィ、特撮:レイ・ハリーハウゼン)、セルジョ・マルティーノ監督のジャッロ『影なき淫獣』(1973)などにも重要な役で出ていたという、一部ファンには端倪すべからざる俳優にほかなりません。
 なおプロダクション・デザインのマッシモ・アントネッロ・ゲーレング、編集のフランコ・フラティチェッリ、司書役のトマス・アラナ、神父役のジョヴァンニ・ロンバルド・ラディーチェは『デモンズ4』に続投することでしょう。さらにゲーレング、フラティチェッリ、クピスティは『デモンズ'95』にも参加しています。


 [ IMDb ]にはロケ先としてローマ、ブダペスト、ハンブルクが挙がっていますが、それ以上の詳しい情報は記されていない。屋内はセットだとしても、タイトル・ロールの教会の外観はイタリア語版ウィキペディアの本作についてのページによると(→こちら)、ブダペストのマーチャーシュ聖堂 Mátyás-templom とのことです。また末尾に出てくる廃墟はハンブルクの聖ニコライ親教会址 Ehemalige Hauptkirche St. Nikolai でした(追記:イタリア語で不勉強のため中身はよくわからないのですが、ロケ先に関しウェブ上で出くわした"LOCATION VERIFICATE: La chiesa (1989)"([ < il Davinotti ])を参照)。

 オルガンの低音で幕が開きます。騎士を乗せた馬が森を走る。カメラには赤めのフィルターでもかけているのでしょうか、早朝か夕刻に見えます。村への入口の洞窟の脇には、三方向に向いた三つの「6」が刻まれている。出会った娘の足の裏には十字架が彫られていました。殺戮が始まります。顔を籠で覆った人物がいます。村人たちの屍体が地面に掘られた大きな穴に投げこまれる。籠仮面の人物が見つけられ追われる。仮面が外されるとアーシア・アルジェントでした。土をかけられた大穴の上に大きな十字架が横たえられます。ここまでで約11分、プロローグでした。

 カメラが十字架から離れ、上昇します。地中を動いているようにも見えます。
 頭を下げた黒衣の僧が三人、何かを囲んでいます。彫像のようです。そこから現在の堂内をカメラが巡る。壁画の前に修復用の足場が組まれている。
 ファサードが映されます。カメラは上から下へ向く。薔薇窓のある三角破風の中央部をはさんで、右に高い鐘塔、左には低めの尖り屋根が2つあります。ブダペストのマーチャーシュ聖堂であります。
 修復中の大きなフレスコは悪魔を描いたものでした。下のおまけないし→こちらに掲げたサン・ジミニャーノにあるタッデオ・ディ・バルトロのフレスコがネタではないかと思われるのですが、原作は全体が半円形で、掲げた画像にある中央部から左右に画面が伸びているのですが、映画に出てくるのは縦長の長方形です。細かくはわかりませんでしたが、他の点でも原画そのままではないかのかもしれない。修復家は後に名がリサと知れます。
 教会にやってきた男性(トマス・アラナ)、後に名をエヴァンと知れますが、彼が見上げた視線の先として映される壁画の細部は、映画オリジナルのようです。後に鏡の中で出てくる顔がありました。
 エヴァンは図書室の場所を尋ねます。何かを囲む前屈みの黒衣の僧の内の一人は彫像ではなく、生きた老人(フェオドール・シャリアピン・Jr.)でした。黒衣僧群像のあるあたりを仕切る柵から出ます。

 左下からの暗い階段をエヴァンが上がってきます。階段は折れて左上に続いている。画面右半分は真っ暗な廊下です。
 エヴァンは左から右へ進む。カメラもそれをなぞります。右奥に2連窓があり、その右で角となって壁は手前に来る。こちらにも窓があります。角の手前に机があり、床に本が積みあげられています。仕切られてはいない、ここが図書室ということのようです。仕切りがないのはともかく、ここは教会のどこら辺にあるのでしょうか。
 机の下に少女(アーシア・アルジェント)が潜んでいました。名はロッテ、番人の娘とのことです。エヴァンは新任の司書でした。追ってきた老僧は司教です。


 身廊の天井をとらえたカメラは下向きになる。礼拝が執りおこなわれます。オルガンを弾く禿頭に眼鏡の神父(ジョヴァンニ・ロンバルド・ラディーチェ)、そして黒人の神父(ヒュー・クァーシー)、こちらは後に名がガスと知れます。司教が説教壇にあがり説教をする。
 カメラは左から右へ、信者席を撫でます。手前の方でロッテが口紅を試している。奥の壁には大きくビニールがかけられており、修復は先の壁画だけではないらしい。

 作業は地下でも行なわれており、床に撃たれるドリルの振動が上にまで伝わってきました。下に大きな空洞があるのではないかという。リサは修復作業全体の指揮を任されているようで、地下の作業を止めます。
 地下の空間の奥に扉口が見え、その向こうはのぼり階段です。地下の床には大きな十字架が横たわっています。十字の交叉部は何やら膨らみ、そこに天井から水滴が垂れている。膨らんだ部分の中央、女性器を連想させる細長い穴が開き、そのあたりに水が落ちます。
 床の十字架のあるところの奥でリサが何か調べています。壁の一部が崩れて穴が開く。中に何やら紙片がありました。エヴァンに見せると羊皮紙だといいます。何らかの図面が描かれている。
 図書室に面した階段の上から司教が下りてきます。

 夜の近代都市をリサとエヴァンの乗る車が走ります。エヴァンは図面にドイツ騎士団(チュートン騎士団)の印を見つけました。騎士団は十字軍の頃、聖地への巡礼を守るため結成されたのですが、乱暴な行ないで知られていたといいます。

 食堂で司教、禿頭眼鏡神父、番人(後に名がヘルマンと知れます、ロベルト・コルビレット)が席についています。ガス神父が遅れてくる。禿頭眼鏡神父はガスに対し含むところがあるようです。
 食堂の様子を確認したロッテは、切り替わると画面右の壁に設けられた洗水盤の脇から屋外に出てきます。夜です。左には奥へののぼり階段があり、その上に教会の一部でしょうか、何やら構築物が見えます。ロッテは夜の街に繰りだす。

 リサの家です。木造の山小屋風といえるでしょうか。エヴァンはリサにフルカネリの『大聖堂の秘密』という本を薦める(下掲の邦訳を参照)。
 鏡が画面を大きく占め、リサとエヴァンの像が映ります。手前右にリサの背が配される。
 エヴァンは羊皮紙の中央に鏡面をなす円筒を置くことに気がつきます。「7つの目を持つ石」という1節を読みとる。またあの教会だけが国王も僧も葬られていない、墓は建築家のものだけだといいます。


 夜遊びから戻ってきたロッテは洗水盤の脇から中に入ります。残念ながら抜け穴の様子は映らない。切り替わると地下の通路です。床の中央を細い水路が走っている。奥で上から水が垂れています。
 司教の机です。図書室同様開いた空間にある。左奥に大きな半円アーチ、右には天窓が見えます。司教は拷問を描いているらしき古い挿絵を調べています。
 ロッテは通路の左奥から出てきて、右に入ると、堂内に出ます。ほぼ真上から黒衣僧像のところに出てくるさまがとらえられる。次いで階段をのぼってきます。あがって手前に進み、左側に番人一家が住む部屋がありました。このあたりの空間の互いの位置関係はよくわからない。


 縦長の窓と柱が交互に並ぶ近代的な建物、その窓に教会が映っています。向かいにあるということなのでしょう。その手前に右下がりの階段があり、ガス神父が下りていく。
 今度は左奥から手前へ、幅の広い階段がくだっています。階段の上には半円アーチがあり、アーチを擁する建物が右に続いている。階段の左は壁、右は欄干で、その右から木の枝が伸びてきています。
 切り替わると上からの眺めになる。階段の下は広い踊り場で、そこから左右に分かれているようです。その向こうはまず木立、次いで下の車道となる。さらに奥に明るく街らしきものが見えます。

 堂内の修復用足場です。下でリサとエヴァンが話す。エヴァンはリサにフルカネリの本を渡します。
 リサは身廊を通って帰宅しようとしますが、何やら音がします。無人の堂内をとらえたカットが重ねられた後、カメラはぐるりと回転してからリサに突進する。馬が走る蹄の音が響きます。


 ガス神父は弓の練習をしている。的付近に騎士の幻を見ます(追記:上掲"LOCATION VERIFICATE: La chiesa (1989)"([ < il Davinotti ])によると弓場は『生きた屍の城』(1964)でお馴染み、ブラッチャーノのオデスカルキ城内にあるとのこと)。

 夜、司教の机です。カメラが接近する。司教は教会の平面図を調べていました。

 エヴァンは柵を開けて黒衣僧像のある空間に入ります。像と像の間には横臥像(ジザン)が床に配されており、これが教会の建築家の墓らしい。奥にはオルガンが見えます。横臥像の足側の壁に暗い方形の扉口がありました。
 エヴァンはそこに入り、切り替わると階段をおりてきます。先は地下聖堂(クリプト)です。太い柱と低いアーチが連なっている。左から右へ進みます。柱の一部、少し後ろ下がりになった斜面に《聖ゲオルギウスと龍》の浮彫が施されていました。
 次いで真っ暗な画面の右奥にアーチが見えます。向こうは階段で、そこを下りてくる。手前に進みます。
 床の大きな十字架がほぼ真上から見下ろされます。同断の俯瞰ショットはこのシークエンスで何度か繰り返されることでしょう。エヴァンは十字の交叉部にはまった出っ張りを外そうとします。出っ張りは何やら曲線がうねくっている。外すのに成功すると、円形の孔が開いていました。
 約41分、白い十字架が闇の中を遙か下へ落ちていきます。下から風が吹きあげ、次いで青い光が射してくる。エヴァンは孔に腕を差しいれ、布だか袋を引きあげます。その中から二本の腕が出てきて首を絞めるのでした。
 気づけば十字架は落ちてなどいませんでした。ただし手首に傷が残っている。
 足音がします。ロッテでした。床に十字架のあるところの奥が、水路の走る通路だったわけです。左に外への出口がある。番人がロッテの後を追ってきますが見失ない、手前に回ってきたところを柱の陰に身を潜めていたエヴァンに殴り倒されてしまう。


 リサの家です。リサは夢の中でフルカネリの1節を読みます。
 電話が鳴りました。酒場のエヴァンからです。その身に何か異変が起こっているらしい。フィリップ・グラスの曲が鳴ります。
 カメラが車の位置で夜の都市を疾走します。
 前にも映っていたのですが、リサの家の窓のすぐ手前には、紙の螺旋細工が吊してあります。風鈴付きです。それが回る。窓の向こうに白い大山羊の姿が現われます。窓が割れる。


 番人が鏡に向かっています。この状況は後に反復されることでしょう。

 約50分、昼間です。教会の前でモデルの撮影が行なわれている。
 図書室へリサがやって来る。背を向けエヴァンがタイプライターを打っています。様子がおかしい。階段の上からロッテが下りてきます。日本語字幕ではここでリサの名前が出てきました。約53分のことです。
 教師に引率された生徒たちが教会の見学に来ています。生徒の一人オットーはゴシックの教会には仕掛けがある、ある所を押すと教会が崩れるのだといいます。
 オートバイのカップル、老夫婦がそれぞれ紹介される。
 エヴァンはタイプに「6」の字を打ちまくります。ロッテに迫ります。彼女が本棚を1つ倒すと、その向こうはのぼり階段でした。
 ロッテは父親の番人に訴えますが、番人はエヴァンはいい奴だと相手にしません。鏡に映るその顔が異形化する。以前エヴァンが修復中の壁画に見たのと同じ顔です。
 ロッテは教会の外に出る。ガス神父と会う。
 ガス神父はモデルたちをやり過ごして告解室に入ります。懺悔に来たのは番人でした。
 番人は黒衣僧像の向こうの地下への扉口に入る。追ってきたガス神父の目前でドリルによって自らを貫きます。

 約1時間1分、ドリルの振動はあちこちに波及し、十字架交叉部の石の目でしょうか、涙滴型のガラスが割れ、中の赤い液体が水路を伝います。それは下に流れ落ち、歯車が動きだす。重しに砂が溜まっていきます。『猫とカナリヤ』(1927)における絡繰が連想されたりもしました。
 教会の扉が閉じる。花嫁衣装のモデルのヴェールがはさまってしまい、動けなくなります。
 横臥像(ジザン)に接した銘板が回転し、裏側が出てきます。前に司教がいました。ガス神父がやって来ます。司教は銘文を読みます。
 禿頭眼鏡神父は教会に扉は1つしかないという。それは中世独特の構造だと生徒が蘊蓄を垂れます。そうなのでしょうか?
 禿頭眼鏡神父はガス神父に言われて助けを呼ぶべく電話をかけようとしますが、通じません。何かの気配に後ずさりし、扉口の向こうで祈るも何かの陰が覆い被さる。
 男性モデルは番人とすれ違った時傷を負っていました。洗水盤のところにいるとそこから怪物が飛びだします。棘々の深海魚か海老のような奴でした。
 バイクのカップルの娘の方が、服を脱ぎ捨て大きな翼のある化物と抱きあって消えたかと思えば、なぜか何事もなく現われ、カップルは二人で地下へ下りてゆきます。
 この他随所で異変が起こります。
 狭いのぼり階段が上から見下ろされ、老夫婦が鐘を目ざしてのぼってくる。
 バイクのカップルは狭く暗い廊下を通り、さらに下へ向かう。
 老夫婦は鐘塔の頂きまで来ました。雷が鳴ります。
 ロッテはディスコで踊っているが、何かが気になるようです。


 外に面した回廊です。雨が降っている。屋外側は欄干の上に武骨なアーケードが連なっています。ガス神父が司教を問いつめる。扉が閉じたのは建築家の仕掛けによるもので、外界を守るためだという。
 司教は右へ向かう。先の突きあたりには2連半円アーチがあり、アーチの頂きと頂きの間に丸窓が開かれています。司教は奥を右へ折れる。その背後に教会のどこやらが見えます。この回廊はどこに位置しているのでしょうか。
 司教が回廊から転落します。かなりの高さを落ちて、柵に串刺しになる。すぐ左で石の怪物像がそれを見ています。


 豪雨の中、ロッテが正門前に戻ってきました。閉じられた扉からはさまったヴェールがひろがっています。
 鐘が鳴ります。鳴らしているのは老妻です。槌代わりは老夫の首のようです。
 バイクのカップルは洞窟状の狭い通風口のようなところを進んでいます。入り組んでいます。男の方が床を崩す。フィリップ・グラスの曲が鳴ります。女が落ちてしまいます。ぶらさがる女の元へ地下鉄が走ってくるのでした。
 どこかの部屋にリサとモデルがいます。灯りは蠟燭です。モデルは大鏡に向かいますが、鏡像に異変が起こります。一方リサはふらふらと廊下を進みます。いつの間にか服を脱いだようです。《聖ゲオルギウスと龍》の浮彫の前に来る。
 ガス神父は司教の残した古書を探りますが、手がかりをつかめません。
 リサは暗い石壁の部屋にいます。蠟燭がたくさん床に立ててある。裸で台に横たわる。筆に赤い液体でお腹に何やら紋様が描かれます。何人もの人々が見守る中、エヴァンがリサにのしかかりますが、いつの間にか白い大山羊に変じています。

 ガス神父は大アーチの部屋にいます。突きあたりの壁に黒い十字架がかかっている。ロッテが入ってくる。他に出口があるのかと問います。ロッテは古書の挿絵に反応します。そこには籠を仮面にした人物が描かれていました。建築家は拷問を受けたという。
 二人は横臥像(ジザン)のもとへ、次いで地下に下りる。右から左へ通り過ぎるその脇で、リサと大山羊の媾合、それを見守る人々が見えました。
 水路のある所まで来て、左へ、ガス神父はロッテに外へ出るようにいって自らは戻ります。
 人々の間で床の十字架が落ちます。床の蠟燭群をとらえながら手持ちカメラが低い位置で前進する。十字の孔に至ります。屍たちが蠢いている。
 ガス神父は横臥像(ジザン)のもとへ来ます。回転した銘板を落とします。矢の標的のカットが素早く挿入される。横臥像(ジザン)の口にはさまれていた何やらを外します。仕掛けが発動する。横臥像(ジザン)の下には亡骸がありました。建築家のものです。
 堂内の床から積み重なって蠢く屍の山がせりあがってきます。
 ガス神父は亡骸の口に差しこまれた取っ手のようなものを取ります。大絡繰が回転します。絡繰の下は赤い。
 教会の天井が崩れてきます。大円柱が屍群にぶつかる。


 事後の廃墟です。まわりは都市です。ハンブルクの聖ニコライ親教会址であります。鐘塔が残っています。
 旅行ガイドがフルカネリ云々という。教会址が近代的な建物のガラスに映っています。
 ロッテが柵の中に入る。花束を持ってきたのです。地面に七つの目の山羊の石が埋まっていました。石は水溜まりに落ちます。孔から青い光が射してくる。ロッテは微笑を浮かべるのでした。
 クロージング・クレジットはやはりフィリップ・グラスの曲です。


 冒頭での一方的な虐殺からは、騎士団こそが狂信者の集まりだという印象を与えます。なすすべもなく殺戮される村人は、村の入口に3つの「6」が刻まれていたり足の裏に十字を彫っていたりするものの、キリスト教の枠内での悪魔崇拝者というよりは、キリスト教の進攻によって異端化された異教の残存と読めなくもない。
 本篇となる現在においては、復活する力はたしかに邪悪なものとして描かれています。とはいえ教会側ではガス神父を除いて、司教も禿頭眼鏡神父もあまり好感を持てる描かれ方をしていない。始めは主役かと思われた司書も修復家も、観る者が感情移入する前におかしくなってしまう。どちらもどちらという中で、唯一まともそうだったガス神父は教会を建てた側の理屈を選択し、我が身を犠牲に復活を阻止する。いささかすっきりしない成行ではありますが、他方社会的な弱者である黒人と少女が鍵となるのは、中世において辺縁に押しやられた異教の名残となにがしか交叉しているのでしょうか。
 少なくともDVDだのブルーレイだのを知った目からすると手もとのVHSソフトの画質は芳しからぬとはいえ(以前は気にならなかった)、ただ、カメラが陰影の濃さとともに捉えた教会内部、とりわけ地下の諸空間や、建物内での位置がよくわからない部屋や回廊、階段などをカメラとともにさまようことこそが、古城映画としての本作の眼目なのでしょう。

Cf.,  矢澤利弘、『ダリオ・アルジェント 恐怖の幾何学』、2007、pp.220-225
また同書、pp.232-239;『デモンズ4』


矢澤利弘、「ミケーレ・ソアヴィ 低予算で完璧な作品をめざす、幻想ホラーの達人」、『イタリアン・ホラーの密かな愉しみ』、2008、pp.196-199
また同書、pp.52-55;伊藤美和、「デモンズ'95」


合わせて;
安井泰平、『ジャッロ映画の世界』、2013、pp.481-482;「アクエリアス」


伊藤美和編著、『ゾンビ映画大事典』、2003、pp.317-318;「デモンズ'95」
おまけ   タッデオ・ディ・バルトロ《地獄》(部分)1393
タッデオ・ディ・バルトロ
《地獄》(部分)
1393


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本篇中で使われていたフィリップ・グラスの曲が収録されているのが;
Philip Glass, Glass Works, 1982(邦題:フィリップ・グラス、『グラス・ワークス』)
A面2曲目の
"Floe"(「氷の都」)、6分5秒。

本作の中で言及されていた本の邦訳が;
フルカネリ、『大聖堂の秘密』、2002

 2016/4/9 以後、随時修正・追補
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