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知りすぎた少女
La ragazza che sapeva troppo
    1963年、イタリア 
 監督・撮影   マリオ・バーヴァ 
編集   マリオ・セランドレイ 
 プロダクション・デザイン   ジョルジョ・ジョヴァンニーニ 
 セット装飾   ルイジ・ダンドリア 
    約1時間26分* 
画面比:横×縦    1.66:1
    モノクロ 

DVD
* 手もとのソフトでは約1時間24分
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 いわゆる〈ジャッロ〉の早い時期の作品で-以下ネタバレがあります-、超自然現象ではないかという話は出てくるものの、実際には起こらなかったようですし、城だの館が登場するわけではありません。ただこの作品にはとても面白い空間がいくつか出てきますので、手短かに取りあげることにしましょう。

 本作品は製作と同時代のローマを舞台としています。[ IMDb ]によるとにはロケ地としてフィウミチーノ空港 Aeroporto di Fiumicino(別称レオナルド・ダ・ヴィンチ国際空港 Aeroporto internazionale Leonardo da Vinci)、フォーロ・イタリコ Foro Italico のスタジアム、ミンチオ広場 Piazza Mincio、ナヴォーナ広場 Piazza Navona、ポポロ広場 Piazza del Popolo、スペイン広場 Piazza di Spagna、コロッセオ Colosseum が挙がっていますが、これ以外にもフォーロ・ロマーノらしき遺跡、サンタンジェロ城をのぞむサンタンジェロ橋などが画面に映り、実際ヒロインのノーラ・デイヴィス(レティシア・ロマン)をマルチェッロ・バッシ医師(ジョン・サクソン)が観光に連れ回す場面で上に並べた場所の少なからずが紹介されるのでした(追記:イタリア語で不勉強のため中身はよくわからないのですが、ウェブ上で出くわした"LOCATION VERIFICATE: La ragazza che sapeva troppo (1963)"([ < il Davinotti ])を参照)。
 ただしその内、スペイン広場からトリニタ・デイ・モンティ教会に上がっていくトリニタ・デイ・モンティ階段 Scalinata di Trinità dei Monti こと通称「スペイン階段」は、とりわけ発端において物語の展開に重要な役割を果たします。スペイン階段といえば『ローマの休日』(1953、監督:ウィリアム・ワイラー)の一場面が思い浮かばずにはいませんが、同様の昼間での眺め以上に、人通りの途絶えた深夜におけるこの階段の湾曲し積み重なった空間こそが、本作の準主役をつとめているということもできるでしょう。

 物語はニューヨークからローマに向かう飛行機の機内から始まります。20歳になるアメリカ娘ノーラは隣の乗客から煙草を一箱もらうのですが、空港で件の乗客がマリファナの運び屋として逮捕される。これがエピローグにつながって、本篇を麻薬が見せた幻覚ではなかったかと彼女は思うことになります。そして本篇中でもノーラの目撃した事件は幻覚として真面目に受けとってもらえなず、加えてノーラがいささかバランスを崩しているのではないかと感じさせるような場面も出てきます。もっとも喜劇調の挿話が組みこまれていることもあって、充分に現実を揺らがせるまでの効果を出すにいたってはいなかったように思われました。ただこの非現実感は、バーヴァの後の作品、『呪いの館』(1966)や『リサと悪魔』(1973)で展開されると見なすことができるかもしれません。
 次いでノーラは家族の友人エテルのもとをたずねる。時は夜、外は雷雨で停電になる。そんな中エテルは発作で事切れてしまいます。到着した際出くわした医師のマルチェッロに連絡すべく、電話に伸ばした手がアップになり、次いで下からノーラの上半身がとらえられる。目を見開いて息を引き取ったはずのエテルのからだががたがたと上下する。猫でした。雷鳴が轟きます。このあたりはいかにもな無気味さが演出されています。電話がうまくつながらないので、スペイン広場の階段をおりてすぐと教えられていたマルチェッロの病院へノーラは向かいます。ここでスペイン階段が登場するわけです。

 この階段は下側、すなわちベルニーニの《バルカッチャの噴水》があるスペイン広場側から見ると、まず、幅20メートルほどもありそうな幅広の階段がやや狭まりながらのぼっていき、ちょうど半ばあたりで二段になった踊り場というかテラスに達します。階段はその手前で左右二手に枝分かれしており、横に長い上の踊り場に合流する。上の踊り場の奥中央からまた幅20メートルありそうな階段が上に、しかしまた狭まりながらのぼっていきます。そしてまた踊り場に、そこから左右に分かれ、弧を描くような階段をのぼれば、トリニタ・デイ・モンティ教会の手前に出るという次第です。
 本作ではまず、夜の教会が下から見上げられます。カメラが右上から左下へ動くと、階段が見えてくる。ノーラは教会の方から階段をおりてきます。カメラがアップから遠景になると、手前にのぞいている人物が映りこむ。この人物はいったん階段をおり、すなわち二段になった踊り場の上から下へおりて、下の踊り場を右から左へ走る。そして下の踊り場から上の踊り場へ、左の階段をかけあがれば、おりてきたノーラと鉢合わせするわけです。この人物はひったくりでした。突き飛ばされたノーラは気を失なってしまいます。人っ子一人いない夜の階段に鐘の音が響くのでした。階段の規模の大きさから生じる空間の分節、しかも上下差があるために見える部分と見えない部分が生じることを活かした、面白いシークエンスでした。


 しかしまだ一段落ではありません。倒れた時彼女は二段テラス上段の欄干のそばにいたのですが、朦朧としながらも目を覚ますと、悲鳴が聞こえてきて画面は水面のように揺らめき、奥から出てきて倒れる女性を目撃します。ピントが合うと後方から男が出てくる。カメラは斜めになっています。ノーラは欄干の影に沈んでいますが、よく見ようと少しだけ顔を光のあたるところまで出す。周囲の石畳が濡れています。また画面が揺らめき、ノーラはまた気絶する。カメラは右から左へ振られ、石畳にたまった水たまりのところで止まる。逆さになった教会が映っています。そこに雨が落ちてくる。
 画面が明るくなります。夜が明けたようです。また水たまりに映る逆さ教会が現われた後、倒れたままのノーラがとらえられる。階段をあがってくる男の足もとが映しだされます。男はノーラに気づいて気付けの酒を口にふくませますが、欄干の間から、階段をあがってくる警官の姿を認めます。男の視線の先には、殺された女が出てきた、その奥にある家が見える。この家はスペイン階段、二段テラス上段の脇にあることになります。さて、警官を見て男は逃げだし、前者がノーラを誰何するのでした。


 続く画面は、何やら白っぽいもので埋め尽くされています。曲線的で三角錐状をなし、陰影がヴォリュームをもたらしている。これらの三角が四方に散ると、真ん中にノーラの頭部が上から見下ろされます。白っぽい三角は修道女たちの頭巾でした。この後ノーラは真上から見下ろされ、修道女たち、次いで医師らが真下から見上げられるカットが交互に切り返されます。

 階段が下から見上げられます。上にトリニタ・デイ・モンティ教会が見える。次いでかなり上から見下ろされ、今度は下から半身が見上げられます。ノーラとマルチェッロが階段をあがっていくと、カメラは左へ振られ、噴水でモデルたちの撮影が行なわれている。
 石の階段が上から見下ろされる。まず影だけがのぼってきて、次いで黒っぽいズボンが現われ、カメラが左下から右上へ動くと男の後ろ姿になります。


 カメラが地面に掘られた穴の底から上を見上げる。柩が下ろされてきて、土がかけられます。ここも怪奇映画風と見なせなくはありませんが、エテルの葬儀です。墓地のまわりは木立ばかりで、建物は一切見えません。墓地を遠景にとらえたカメラが左から右へ振られると、木の陰に男の後ろ姿が映るのでした。
 葬儀が終わった後ノーラはエテルの友人だったというラウラ・トッラーニ夫人(ヴァレンティーナ・コルテーゼ)に出会います。いささか気の高ぶったノーラをもてあまし気味だった神父は、ラウラにバトンタッチできてほっとしているようです。
 下から階段が見上げられ、上にトリニタ・デイ・モンティ教会が見えます。またスペイン階段に戻ってきたわけです。カメラが左から右へ振られると、ラウラの家に入っていく二人が映ります。二段テラス上段脇の家です。屈曲した階段が下から見上げられ、その途中に二人を見る男の背中があるのでした。


 二人が入ったアパートは、これもとても印象的な空間になっています。最初に映されるのは玄関付近から奥の方を見渡した眺めで、カメラはやや上からの角度をとる。中央よりやや右に寄って柱が左右を分かち、その頂きから左右に半円アーチが伸びています。アーチは黒っぽい縁取りが施されている。柱の右側は奥へずっと伸びる廊下状の空間で、突きあたり右よりにやはりアーチがあって、その下にベッド、奥に窓が見える。柱の左側には唐草紋の金属の扉だか柵がついていて、その向こうが部屋の中心をなす居間になっています。中央あたりには水平の梁が伸び、やはり黒っぽい縁取りつきです。ずっと奥に角を丸めた方形アーチが見え、さらに奥へ続いているようです。このアーチも暗色の縁がついています。アーチはすぐ左手にも並んでいる。二人が居間の方へ入って行く際、数段おります。玄関付近は他より少し高くなっているわけです。
 居間の玄関側から見て左の方にはピアノが置いてあり、その向こうにアーチ、その奥が少し間をとって窓となる。ピアノのあるところからさらに左手、すなわち玄関側にもアーチがあり、やはり奥まって窓があります。磨りガラスの窓のすぐ向こうに木の枝や葉が接近している。
 ラウラがノーラにお茶をふるまう部屋は、手前上方に角を丸めた方形アーチがあり、その奥、画面ちょうど正面あたりが角になり、左右に折れているのですが、左右ともに一面広い窓がひろがっています。アーチは右で壁につながった支え柱となりますが、その右側も窓です。窓の向こうにはやはり薄く枝葉が透けている。手前のアーチの奥の天井は、やはり暗色の梁が奥に向かって何本も並んでいます。
 アーチの左側、手前の柱あたりに電話機が置いてあり、柱の向こう側から茶器をのせたお盆をもってラウラが出てきます。またラウラがノーラをつれてやはり柱の向こうを左へ進むと、その先がベッドを配した空間となる。玄関側から見て廊下状空間の突きあたりにあった位置です。つまりお茶の間は玄関から見て、奥の右手となるわけです。これはすぐ後の場面で確かめることができます。寝室といっても壁で区切られているわけではなく、ベッドの頭側が太い柱に接しており、柱の上はこちらもアーチにつながっています。ベッドのすぐ奥もまた、広い窓でした。寝室からさらに左へ進むと、屋内で始めて扉が登場します。ラウラの夫のスタジオとのことで、鍵がかかっている。
 整理するとこのアパートは、玄関から入って低くなった床の中央を奥に深い居間が占め、居間の四辺はアーチで区切られている。アーチの下には太い柱や、居間の向かって右手のように部分的な壁(一部窓が設けられている)があってその周囲に電話だの戸棚が置かれるものの、天井から床まで完全に閉ざす壁によって分割されているわけではない。居間四辺のアーチの外側には向かって左側では奥まって窓が配され、正面奥は右からお茶の間、寝室、トッラーニ氏のスタジオと並びます。最後の部屋だけが扉つきです。玄関側から左の方は映されませんが、こちらにも何らかの区画があるのでしょう。
 ラウラは手狭だなどというものの、少なくとも日本の住宅事情からすると充分贅沢です。ただし仕切り壁がほとんどないので、1人か2人ならともかく、ラウラには子供たちがいるとのことですが、大人数の家族が暮らすには何かと不便がありそうでもある。映らなかった台所や浴室とともに、子供部屋もどこかにあるのでしょうか。とまれラウラが夫のいるベルンに行って留守にする間、ノーラはここで暮らすことになります。ピアノの上に夫の写真が飾ってあったのですが、ノーラが越してきた際には額の中はからっぽになっている。先に映った写真の夫は、ノーラが殺人を目撃した際に見た口ひげ男なのでした。


 続いて奥の方から玄関方面を見た画面が登場します。正面奥に玄関があり、その手前で三段ほどのぼっている。途中にアーチが二つほど横切っています。右側にもアーチがあり、その向こうが居間になるわけです。左手前に柱が立ち、その向こう、奥まって左にアーチが手前に伸びてくる。アーチの左右は窓で、左の方は折れて角になっています。ここがお茶の間です。

 レストランでノーラとマルチェッロ、ノーラが保護された際最初に診察した医師が食事しています。医師はノーラが10年前の事件を目撃したという説を立てる。
 約32分、ノーラは帰宅し、玄関側から暗い居間を見渡します。ラウラに連れられて始めて入った時と角度はほぼ同じですが、明かりがついていないため、アーチ類が硬質な陰影で象られ、迷路のように錯綜した印象を与えてくれるのでした。
 ノーラは玄関から左の方へ進み、そちらから居間におります。こちらにもやはり数段段差がある。奇妙な電話に怯えたノーラは、好んで読む探偵小説のひそみにならって、ベビー・パウダーを玄関から寝室に至る廊下の床に撒きます。さらに居間から寝室の手前まで糸だか細紐を張り渡しまくります。あまりに糸が縦横に張られているので、ベッドに到達するためには糸の下を匍ってくぐらなければならない。糸の過剰までの多さは完全に常軌を逸しており、見る側としては、物語の内側の人物であるノーラがいかれているのか、物語自体が喜劇調を狙っているのか、頭を悩まさずにはいられません。もっとも白い糸が部屋中に張り巡らされたさまは、空間として面白い眺めになっています。
 とまれ安心したノーラがベッドに横たわっていると、窓の向こうで覗きこむようにする人物の影が現われ、やがて玄関から入ってきます。鍵はどうしたという疑問に回答は与えられませんが、人物は警官だったのでした。横から心配して飛びこんできたマルチェッロは、ノーラのもとへ駆け寄ろうとして糸につまずき、派手に転んでしまうのでした。この事故でマルチェッロは指をくじいてしまい、以後ずっと包帯をしたままの姿で登場することになります。何かの拍子に指にふれてしまっては、いててとなる。


 マルチェッロがノーラを案内してローマ観光の場面が少し続きます。コロッセオ、ヴェネト通り、サンタンジェロ城……。本作品でのジョン・サクソンは、ノーラにいいように振り回されるいささか三枚目的な役回りなのですが、1935年生まれとあってこの時27歳前後、マーロン・ブランド主演の『シェラマドレの決闘』(1966、監督:シドニー・J・フューリー)やクリント・イーストウッドの『シノーラ』(1972、監督:ジョン・スタージェス)といった西部劇、ブルース・リーの『燃えよドラゴン』(1973、監督:ロバート・クローズ)などから思い浮かぶイメージに比べても、その若々しさはなかなか新鮮でした。
 夜になって下から湾曲した階段が見上げられます。以前怪しげな男がいた位置です。そこをマルチェッロがおりてきて、煙草に火をつけるべく立ち止まる。すると階段の上で右から左へノーラが駆け抜けます。次いで斜め下から階段が見上げられ、そこをノーラが駆けあがる。双方の場面で階段が横いっぱいにひろがっており、その広さが画面を支えています。
 上でノーラはタクシーに乗りこみます。タクシーは噴水のある広場で止まり、ノーラは広場に面した建物に入っていく。この建物は三角洲状に突きでたところに入口があり、その左右に重厚な装飾を施された曲線となってうねる太い柱にはさまれています。[ IMDb ]でロケ地として挙げられていた内のミンチオ広場、そこにあるパラッツォ・デル・ラニョ Palazzo del Ragno の玄関口とのことです。

 約43分、古城映画的には本篇の山場となるシークエンスの始まりです。ノーラは中に入る。手前に扉とその中柱が暗く映っています。向こうにアーチがあり、その奥、右手で螺旋階段が登っていく。上の方の壁で窓の光が照り返しています。前に進むと階段の左にエレヴェーターの鉄籠が見えてきます。ノーラは乗りこみ、上昇する。カメラは下から上へと振られ、それを追います。エレヴェーターの底面が見える。周囲の白壁にいろいろな形の影が落ちています。
 その間に、建物の前に車が止まり、人影がおりる。カメラが入口に近づくカットがはさまれます。
 エレヴェーターと並行してカメラも上昇します。ノーラの姿がぼんやりしているので、ガラスに映る姿をカメラがとらえているのだとわかります。
 エレヴェーターをおりると、さらに上へ螺旋階段は続いている。下からのぼるノーラの後ろ姿を見上げ、その顔を上から見下ろし、また下から背中を見上げます。
 約45分、画面の左半を真っ白な何もない壁、右に木の扉が映され、そこからノーラが入ってきます。右から左へ進む。周囲はきれいにからっぽで、天井から吊られた裸電球が揺れています。
 左手ですぐ突きあたりになり、その壁に窓がある。窓には雨戸が閉じてあり、その左右の壁に右上がりに雨戸の桟の影が落ちています。
 やや下からの角度で、真っ直ぐ奥に伸びる狭めの廊下が登場します。壁は白く、グレーの方形の光が照り返しています。その幾何学的な形が印象的です。奥は左寄りで狭くなった開口部に続いている。手前から奥へ、天井に2つ、奥の開口部の向こうにもう一つ、やはり裸電球が左右に揺れています。電球が揺れると照り返しも形を変える。
 ノーラは背を向け奥へ進む。彼女は黒っぽいコートを着ているので、空虚な白壁との対比が強調されます。左側に目をやると、やはりからっぽの部屋が続いており、ここでも裸電球が揺れている。そこの窓が風で開きます。斜め上から顔のアップが見下ろされる。顔は暗い陰に覆われ、他方背景は真っ白です。また奥へ進む。カメラは静止しています。顔が今度は下から上半分だけとらえられる。上に裸電球が映りこんでいます。突きあたりで右を向くと、電球が消えます。
 真っ暗な画面に縦長の方形が切り抜かれる。暗い部屋の中から見た扉口です。明るい扉口の向こうにノーラが出てきますが、シルエットと化しています。左からマルチェッロが現われる。カメラは距離を変えつつも、暗い縁取りはそのままです。2人はいったん左に消え、画面は左の真っ黒な壁とその右にグレーの扉、さらに右に奥の廊下の白い壁だけになる。2人はまた左から戻ってきて、マルチェッロが部屋の明かりをつけるのでした。
 エレヴェーターの鉄籠をのぞけば、いかにもいかにもな石積み壁も調度もない、改装中であるがゆえにほぼからっぽで真っ白な空間をきれいなお姉さんが通りぬける。実にかっこうがよろしい。スペイン階段、とりわけ夜のその諸相、ラウラのアパートの内部、そしてこのシークエンスの三つがあるだけで本作品は記憶に値するのではないでしょうか。謎解きとして見るなら、ヒロインが偶然事件を目撃するのはいいとして、誰にも相手にされなかったのになぜ目撃されたことを犯人がかぎつけヒロインを脅かしつづけるのかなど、少なくとも日本語字幕で追うかぎり、充分説明されていない部分はいくつかあったりもしますが、上の三点をもっておつりが来ることでしょう。


 ノーラとマルチェッロはラウラのアパートのオーナーに会おうということになり、探して回りますが、その都度少し前までいたんだけど、となる。不条理劇風といってよいでしょうか。その内印刷会社では、機械音が轟く中、事務所を囲む磨りガラスの向こうで影だけが動き廻るというイメージも出てきました。
 探し疲れた2人は海辺で日光浴します。水着姿です。砂浜に横たわるノーラの上半身が頭を左に、画面のほぼ端から端まで埋める。奥に頼りない木の桟橋とその先の小屋が見えますが、ノーラも桟橋もピントがくっきり合っており、大小・遠近の対比が極端なため、桟橋がおもちゃのように見えます。
 マルチェッロがもうがまんできないとノーラに迫り、ノーラが止めて助けてと怯えた後、いきなりキスをする寸劇の後、画面が海の荒波だけになる。


 2人がアパートに戻ると、中に男がいます。段差をおりてくるマルチェッロの背後で、左には唐草紋の柵、右でその影が壁に大きく落ちています。
 男はアパートのオーナーのランディーニ(ダンテ・ディ・パオロ)でした。彼はもとジャーナリストで、10年前の事件を回想します。自ら通報した容疑者に判決が下されたのですが納得がいかず、前半部でノーラをつけていたのも手がかりを得ようとしてのことだったといいます。
 ノーラとランディーニはすでに病院で死亡していた容疑者の娘を捜して、巨大な白い石像が立ち並ぶ場所に行きます。彫像の列の下はやはり白い石造りの階段がずっと横に伸びており、野外劇場の座席のようでもあります。石の白さもあってなかなか印象的なここは、[ IMDb ]でロケ地として挙げられていた内のフォーロ・イタリコ、
旧称フォーロ・ムッソリーニ Foro Mussolini の大理石のスタジアム Stadio dei Marmi でした。この場所についてはパオロ・ニコローゾ、桑木野幸司訳、『建築家ムッソリーニ 独裁者が夢みたファシズムの都市』、白水社、2010、pp.96-98他を参照ください。余談ですがムッソリーニ期の建築が重要な役割を果たす怪奇映画として、『ゼダー/死霊の復活祭』(1983、監督:プピ・アヴァティ)があります。この作品についてはいずれとりあげる機会もあることでしょう。
 いったん別れた2人は、電話で連絡しあってノーラがランディーニのアパートだかホテルを訪れます。2階廊下が左前から右奥へ斜めに伸びる中、ノーラがシルエットで奥から進んできます。部屋の扉を開けると、カメラが左から右へパンします。タイプライターの音だけが大きく響いている。カメラはタイプライターの前で止まり、急速にズームインします。タイプライターの背後に人はいない。タイプライターのアップをおさえた後、そのままの距離で右へ、机の上の紙束を経て、テープレコーダーに至るのでした。
 中に入ってテープレコーダーを止めたノーラの背後で、扉がいきなり閉まります。ノーラは飛びついて扉を開く。動きが激しい。廊下側からのノーラをとらえるカットに切り替わると、今度はやはり背後の窓が風でばたつく。また駆け寄って窓を閉めますが、その間風で紙束が舞い飛ぶのでした。

 ランディーニの死体を発見した後、ノーラは帰宅します。新聞にあの夜の被害者の顔を見出し、死体安置室、次いで警視の部屋を訪れる。死体発見の状況や時間経過は少なくとも日本語字幕では説明されませんが、それはさておき、夜のスペイン階段が下から見上げられます。上に教会が見える。ノーラは階段をのぼり、いったん止まって振り返り、またのぼりつづける。この振り返る仕草は後にもう1度登場することでしょう。後をつける男がいます。おそらく先の場面でわざとノーラが遺留品のボタンを持ちだすだけの隙を作ったらしい警視の差し金だと思われますが、後の状況にはからんできません。

 帰宅したノーラが開かずの間の扉に手をかけると、今まで開かなかった扉が開くのでした。中に入る。ノーラのアップがはさまれます。カメラは右から左へパンする。部屋の中は暗い。奥にも扉があり、下から光が洩れています。ノーラは背を向け奥へ向かう。カメラが後を追って近づくと、ノーラは振り返ります。カメラは振り返ったノーラが胸から上まで映る距離で止まる。するとノーラはまた奥へ進む。カメラは後退し、引きの位置で停止します。
 この後クライマックスを迎えるわけですが、犯人の長広舌が、しかし何度か話の向きがそれることでかえって、なかなか迫力ある熱演だと感じさせた点のみ記しておきましょう。

Cf.,  安井泰平、『ジャッロ映画の世界』、彩流社、2013、pp.147-149
同書から→こちら(『モデル連続殺人!』)そちら(『血みどろの入江』)あちら(アルジェント)ここ(ソアヴィ)そこ(『ヴェルヴェットの森』)あそこ(『影なき淫獣』)でも挙げています


Troy Howarth, The Haunted World of Mario Bava, 2002/2014, pp.44-48, 197-198, etc.

Tim Lucas, Mario Bava. All the Colors of the Dark, 2007, pp.446-471

Danny Shipka, Perverse Titillation. The Exploitation Cinema of Italy, Spain and France, 1960-1980, 2011, pp.72-74, 77, 105-106

Jonathan Rigby, Euro Gothic: Classics of Continental Horror Cinema, 2016, p.121

バーヴァに関して→こちらも参照

本作品については触れられていませんが、映画に登場するローマが主軸をなす本として;
長尾重武、『ローマ-イメージの中の「永遠の都」』(ちくま新書 138)、筑摩書房、1997

この本は→こちらでも挙げました
 2015/6/8 以後、随時修正・追補
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