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怪奇城の肖像(後篇)


  無声映画期より
  1930~40年代より:ユニヴァーサルの作品 
1930年代より
1940年代より 

Ⅰ.無声映画期より

 (幕間)の頁で見たような実在する城を撮影したわけではない、マット画や模型による古城のイメージ、ないしイメージとしての古城が登場する作品で、本サイトが見てきたわずかばかりの作例の内、無声映画の時期に属するものとしては、『猫とカナリヤ』(1927)と『アッシャー家の末裔』(1928)があります。
 前者は怪奇映画ではありませんが、冒頭、尖り屋根の塔が実際にはなさそうなほど幾基も立ち並ぶ館、というより城が、いかにもいかにもな明暗に浸されて出てきます(左下→こちら)。城の姿はただちに、幾本も立ち並ぶガラス瓶と重ねあわされる(右下)。ガラス瓶を何本も並べたありさまから、塔が何基も並ぶという姿が導かれたのかどうかはわかりません。ただ、透明なガラス瓶の林立は、かつての主が置かれた状況を喩えるという物語上の位置づけにとどまらず、イメージとしての古城一般が成立するあり方を暗示していると、深読みすることもできはしますまいか。
 他方、長大な廊下を始めとした、本篇から読みとれる屋内の間取りなどと、城の外観は関連づけられてはいないようです。
『猫とカナリヤ』 1927 約5分:館の外観 『猫とカナリヤ』 1927 約1分:館の外観とガラス瓶の二重映し
 『アッシャー家の末裔』の館は、いかにも模型然としています(左下→そちら)。廃墟めいてもいる。高い塔が聳える外観は、やはり屋内には対応していません。クライマックスの館が崩壊する場面では、火花ということなのでしょうか、むしろ夜空の星が花火と化したかのように館に降り注ぎ、模型っぽさが逆にメルヘン的な感触を強めていました(右下→そちらの2)。この模型っぽさは、『猫とカナリヤ』での林立するガラス瓶に呼応していると、見なせはしないでしょうか。
『アッシャー家の末裔』 1928 約16分:館の全景 『アッシャー家の末裔』 1928 約38分:館の全景と星の滝
 屋内のセットとは別に、場合によって塔を複数擁するのは、それが城や館になくてはならないとイメージされていたからなのでしょう。こうしたイメージは、実在する数多の城の姿が大元だとして、それらに由来する多くの記憶がいったん混ぜあわされ蒸留され、細部も曖昧な像がもやもやと浮かんだ、その後であらためて、引きだされ具体化されたものではありますまいか。再構成の時点で何か実例を参照することもあるでしょうし、何らかの実例を出発点にしつつ、改変していくこともあるでしょう。
 そうしたイメージとしての城像の一端は、絵画等に描かれたものを(前篇)の頁で見てきました。ただそこに、ある因子、すなわち歴史の沈澱から湧きだした呪いという雰囲気がまといつくようになるのは、18世紀後半、ゴシック・ロマンスの成立以降ととらえることができるでしょうか。『猫とカナリヤ』や『アッシャー家の末裔』における城館の様相は、ゴシック・ロマンス以後の、見ようによっては通俗的なイメージとしての古城に棹さしているわけです。



Ⅱ.1930~40年代より:ユニヴァーサルの作品

 ところで『猫とカナリヤ』と『アッシャー家の末裔』の館はともに、平らな土地に建てられていたと見なしてよいでしょうか。後者の周囲は湿地という設定でした。前者ははっきりしませんが、少なくとも山の上とかといった描写は見られません。対するに怪奇映画等における古城の定型の一つは、(幕間)の頁でも触れたように(→あちら)、崖に囲まれた山上の城でしょう。その典型を『魔人ドラキュラ』(1931)で見ることができます(→ここ)。
 尾根伝いと呼んでいいのか、左右が谷状に落ちこんだ、うねる道の先の山頂に城が見えてきます(左下)。作品の頁では「そんなに巨大なものではなさそうです」と記しましたが、よく見ると山頂全体に城壁がひろがっています。 デイヴィッド・J・スカルは
「実際『ノスフェラトゥ』でわずかに映る城にとてもよく似ている」(『ハリウッド・ゴシック ドラキュラの世紀』、1997、p.221)
と述べていますが、(幕間)の頁でも見た内(→あちらの2)、前半のオラヴァ城の方ではなく、末尾で映されたチャフティツェ村の城址を指しているととってよいでしょうか。
『魔人ドラキュラ』 1931、約5分:城、遠望
 次いでより近づいたショットに移ります。手前の山道は見えず、崖に面しているのは、裏側の眺めということになるのかどうか。中央下には半円アーチの扉口が見えるのですが。前のショットでは目だたなかった尖り屋根の円塔が目を引きます。
 ややずんぐりした塊状をなしていて、城館というよりは城砦としての性格を引きずっているわけです。軍事的な意味以上に、この場合孤絶感なり異界性を強調しているのでしょう。
 
『魔人ドラキュラ』 1931、約5分:城
 てっきりマット画かと思っていましたが、
「ハリウッドのベテランの模型製作者ウィリアム・デイヴィソンによると、(撮影のカール・)フロイントは城のイメージを自らスケッチして持ってきたのだという。デイヴィソンの工房では考えを変え二十四時間でおよそ二千ドルの模型を作り上げた。五フィートの高さの模型は映画の中で数秒見ることができる - チャールズ・ホールたちが作った室内装飾用の高々とそびえるゴシック調の幻想的作品とはどこか不調和でなじまない印象だ」(スカル、同上)
とのことです。
 英語版では
「波の砕け散る海を見下ろすカーファックス修道院のショットは、彩画ガラスを通して撮影されてかなり高くついたのだが、これも同様に没になった」(同上、p.231、また p.277)
が、スペイン語版で見ることができます(→そこ)。やはり(幕間)の頁でも触れたように(→あちらの3)、海に面した崖の上の城館も、欠かせない定型の一つとして引き継がれていくことでしょう。
 『魔人ドラキュラ・スペイン語版』 1931、約41分:崖の上の修道院
 間は少しあきますが、『魔人ドラキュラ』の一応の続篇ということになる『女ドラキュラ』(1936)でのドラキュラ城も、尖塔が二つ並ぶなど見かけは変わりますが、ややずんぐりした塊状の山城という点は同様です(右→あそこ)。
 この作品ではさらに、近隣の村から山上の城を望む眺め(下)や、城門前に近づいた場面(右下)も登場しました。
『女ドラキュラ』 1936、約1時間3分:窓に灯りのついた城
『女ドラキュラ』 1936、約1時間3分:村と城 『女ドラキュラ』 1936、約1時間5分:城門前
 城門から入ると、『魔人ドラキュラ』そのままの大階段広間のセットに再会できます。その奥にもう一つ、壁に沿って湾曲階段が登る奇妙な部屋が続くのですが、そうした屋内は城の外観には反映されていません。 
面白いことに同じランバート・ヒリヤーが同時期に監督した『透明光線』(1936)では、冒頭の舞台である城で、『女ドラキュラ』での二つ目の広間と同じセットが用いられます。さらにその奥にまた別の広い部屋が続くのですが(同じセットを模様替えしたのかもしれません)、玄関広間附近とあわせて、三つの塔が並ぶという外観とおおよそ対応しているのでした(→こっち)。[ IMDb ]によると『透明光線』は1936年1月20日USA公開、『女ドラキュラ』は同年5月11日で、製作と公開の順が一致するのであれば、前者が先となります。  『透明光線』 1936、約1分:城、外観
 話を戻して、ずんぐりしたというかがっしりした城砦風の古城という点では、『フランケンシュタインの幽霊』(1942)の冒頭に登場したフランケンシュタイン城がありました(左下→そっち)。少し小高い丘か山に建てられているようです。手前の円塔と六角塔は背丈の割りに幅が広く、尖り屋根ではなく鋸歯型胸壁を戴いています。そのためずんぐりしていながら硬質な形態感を失なわない。この模型は10年後の『黒い城』(1952)でそのまま流用されました(右下→あっち)。
『フランケンシュタインの幽霊』 1942 約3分:城の外観 『黒い城』 1952 約0分:城、外観
 尖塔がないという点は、『フランケンシュタインと狼男』(1943)の城址にも持ち越されています(左下→こなた)。廃墟化したありさまは『フランケンシュタインの幽霊』冒頭のエピソードを受けたものですが、すぐ近くにダムがある設定に変更されています。これはクライマックスから逆算されたのでしょう。そのクライマックスを受けて、『フランケンシュタインの館』(1944)ではさらに崩壊した姿を見せることになります(右下→こなたの2)。  
『フランケンシュタインと狼男』 1943 約28分:城址、背後にダム 『フランケンシュタインの館』 1944 約30分:奥に城址、その左にダムの址
『凸凹フランケンシュタインの巻』 1948 約23分:城、夜の外観+蝙蝠  『凸凹フランケンシュタインの巻』(1948)の城はフロリダ湾の孤島にあるという設定です(→そなた)。城の性格に多少変化があってもよさそうですが、見かけは、ややちまっとして角張ったもので、城砦タイプに近い。
 全景からは見えませんが、後にふれる5年前の『フランケンシュタインの館』(1944)同様、実験室に斜めの天窓があります。
 なお、孤島の城館というのも、類型の一つとして数えておくべきでしょうか。後に見る『ゴースト・ブレーカーズ』(1940)や『ジャックと悪魔の国』(1962)以外にも、怪奇映画ではありませんが『そして誰もいなくなった』(1945)、「怪奇城の画廊(幕間)」の頁で挙げた同じく非怪奇もの『ファイブ・バンボーレ』(1970)、本サイトではとりあげておらず、やはり怪奇映画でもありませんが、何より『猟奇島』(1932、監督:アーヴィング・ピッチェル、アーネスト・B・シュードサック)が思い出されます。
『フランケンシュタイン復活』 1939 約1分:城外観  同じユニヴァーサル製作作品でも、ずんぐり城砦タイプといささか相を異にするのが、『フランケンシュタイン復活』(1939)におけるフランケンシュタイン城です(→あなた)。手前に見えるのは門で、その奥の山上に城があります。左手前の警官詰所も門のすぐ右の見張り小塔も、下すぼまりになっており、角の稜線は直線ではなく、ゆるく彎曲しています。このため下から上へ伸びあがろうとする動勢が宿り、山上の城まで波及するわけです。城自体は角張った方形の組みあわせですが、上へ引き伸ばされているように見えます。
 本作における城内のデザインは古城映画史上五指に入ろうかという特異なものですが、屋内のそうした相に応じて、外観もひずまされたとでも言えましょうか。
『フランケンシュタインの花嫁』 1935、約1分:嵐の夜のディオダディ荘  これに近い例は、遡って『フランケンシュタインの花嫁』(1935)冒頭でほんの少し映る、ディオダティ荘に見出すことができるかもしれません(→こちら)。暗くてしかとは見えないのですが。
 なお本作でも前作の『フランケンシュタイン』(1931)でも、男爵の居城は屋内こそ見られるものの、外観は出てきませんでした。重要な舞台である見張り塔については、別の機会を待つことにしましょう。
 
 ここまで見てきたのは、城砦タイプでしたが、『魔人ドラキュラ』以来のユニヴァーサル製作作品には、当然、城館というかお屋敷タイプも登場します。右は『魔の家』(1932)のタイトル・ロールです(→そちら)。素っ気ない外観で、三階以上ある屋内の様子はうかがいがたい。  『魔の家』 1932、約5分:屋敷、外観
 右は『大鴉』(1935)から(→あちら)。向かって右手が方塔になっていたり、窓が半円アーチ状に刳ってあったりと、『魔の家』の場合よりは凝っていそうですが、同じく嵐の夜の場面にしか映りません。この屋敷は隠し扉だの隠し地下室だのいろいろ仕掛けがあるという設定なのですが、それは当然、外観からはうかがえません。 『大鴉』 1935、約37分:嵐の夜の屋敷、外観
 より華やかなお屋敷ないし城館は、『狼男』(1941)で見られます(左下→ここ)。マット画でしょうか、昼を夜に代えて『謎の狼女』(1946)でも流用されました(右下→そこ)。狼つながりというわけでもないのでしょうが(ネタバレになりますが、後者では真正の人狼は登場しません)。
 ともあれ丘の上に建つ屋敷はけっこう入り組んだ造りをしています。窓が大きく、煙突が幾本も伸びあがる。比較的開放的で軽快といえるでしょう。
『狼男』 1941 約2分:城の外観 『謎の狼女』 1946 約0分:館の外観
 双方より接近して斜めからとらえた眺めも出てきますが、『狼男』では奥に張り出した翼が見られ、左上の全景におおむね対応しているようです(左下)。『謎の狼女』では少し奥に尖り屋根の小塔があるなど(右下)、違いがありました。
『狼男』 1941 約2分:城、玄関前 『謎の狼女』 1946 約12分:夜の館(部分)
 少し様子の違う城館が『フランケンシュタインの館』(1944)の後半に登場します(→あそこ)。手前だけで三~四階分はあるでしょうか、最上階は少し狭くなって丸味を帯びた屋根を戴いています。手前の開口部の広さからすると、四阿状の屋上なのでしょうか。奥はさらに高くなり、あるいは幅の広い方塔をなしているのか。鋸歯型胸壁を頂に、ただし手前を割って、斜めになった広いガラス窓を配しています。ガラス窓の向こうが実験室となる。 『フランケンシュタインの館』 1944 約1時間2分:館、外観
 この模型だかマット画は『ドラキュラとせむし女』(1945)でも用いられました(→こっち)。立地が海か湖を望む崖の上に変わるとともに、デザインも少し改変されました。奥の方塔と斜めのガラス窓はそのままですが、手前は二階建てです。左奥には円塔、また奥右の方へ鋸歯型胸壁つきの城壁が続いているようです。
 なお、前作ではそもそも城館に着くのが1時間10分中約45分経ってからとあって、屋内については実験室以外はあまり展開されませんでした。対するに本作では冒頭から出ずっぱり、一階に移った実験室以外にも、玄関から伸びる廊下、二つの地下空間、二階への階段など、屋内も見どころになっています。
『ドラキュラとせむし女』 1945 約20分:城の外観、昼
 古城ならぬ20世紀のモダニズム建築を舞台にした『黒猫』(1934)で、細かい点はわからないものの、建物の全景は平らな直方体からなるようです(→そっち)。
 ただこの建物は山の頂に建っており、手前の近景は十字架が立ち並ぶ墓地です。建物には広い地下空間が設けられており、山を穿ったということなのでしょう。見かけは変わっても、恐怖映画の約束事は引き継いでいるわけです。
『黒猫』 1934、約9分:建築家邸、外観
 本サイトでは取りあげていませんが、『地獄へつゞく部屋』(1958、監督:ウィリアム・キャッスル)とも比較できるでしょうか(左下)。日本語版ウィキペディアの該当頁(→そっちの2)中の「プロダクションノート」の項によると、
「家の外観は、フランク・ロイド・ライトが1924年に設計したカリフォルニア州ロスフェリスのエニス・ハウス(Ennis House, Los Feliz, Los Angeles)を使った」
とのことです。
 ちなみに『地獄へつゞく部屋』の再製作である『TATARI』(1999、監督:ウィリアム・マローン)の舞台もまた、近代的な建物でした(右下)。この場合建物は精神科の病院だったという設定で、かつて禍々しい事件が起こったのでした。
  
『地獄へつゞく部屋』 1959 約1分:屋敷の外観=フランク・ロイド・ライト《エニス・ハウス》(1924) 『TATARI』 1999 約2分:廃病院の外観
 近代的な建築という点では、『黒猫』や『地獄へつゞく部屋』同様怪奇映画ではありませんが、(幕間)の頁で触れた『軽蔑』(1963、監督:ジャン=リュック・ゴダール→そっちの3)や、「怪奇城の画廊(幕間)」の頁での『ファイブ・バンボーレ』(1970、監督:マリオ・バーヴァ→そっちの4)も連想されます。前者は実在するカプリ島のマラパルテ邸、後者はマット画によるもので、双方海に面した崖の上に建っていました。


Ⅲ.1930年代より

 山頂や海に面した崖の上、場合によっては孤島に聳え立ち、尖塔だったり円塔だったりを備え、長い時間の塵が降り積もって、王侯貴族であれ平民であれ、日常を生活するというだけではおさまらない雰囲気をたたえた古城・城館のイメージが、無声映画時代の手本を引き継ぎつつ、『魔人ドラキュラ』以降のユニヴァーサル怪奇映画において、ある程度出そろったと見なしていいものかどうか。もとより古城が舞台となる映画はユニヴァーサルの専売特許ではなく、他の製作会社による同時代の作品と共有するものでした。

 『恐怖城』(1932)は独立系の製作ですが、英語版ウィキペディアの該当頁(→あっち)中の"Production"の項によると、ユニヴァーサルの撮影所やRKO=パテ RKO-Pathé、ブロンソン・キャニオンなどで撮影され、
「セット・デザイナーのラルフ・バーガーは先行する映画のセットを借りて使用した。これらのセットには『魔人ドラキュラ』の大広間 great halls、『ノートルダムの傴僂男』(1923)の柱や張り出しバルコニー pillars and a hanging balcony、『フランケンシュタイン』(1931)の暗い廊下 dark corridors、『猫とカナリヤ』(1927)の椅子 chairs が含まれる。RKO=パテでは、『キング・オブ・キングズ』(1927)のセットがルジャンドル城の屋内のために使われた」
とのことです。
 他方城の外観はマット画でしょうか、海に面した岩山というか、絶壁とほとんど一体化しているかのように見えます(→こなた)。城と思しき部分の右手前が段状になっているのは、篇中で出てくるテラスと階段に対応しているのかどうか、判断しがたいほどに、奇岩化しているのでした。 『恐怖城』 1932、約38分:城、外観
 ファースト・ナショナル・ピクチャーズが製作、ワーナー・ブラザーズが配給した『ドクターX』(1932)もまた、崖の上の屋敷が主な舞台となりました(→そなた)。細かいところはわかりませんが、三角破風がいくつも見えます。
 屋内に関して、一階は台所らしきところしか映らないのですが、二階はいろいろ入り組んでいるようで、外観もそうした空間に対応しているととれなくもないかもしれません。
 
『ドクターX』  1932、約30分:崖の上の別荘
 コロンビアの『古城の扉』(1935)では、高い塔が目を引きます(→あなたや、またあなたの2)。玄関前に集まってくる人々を高い所から見下ろしたショットもありましたが、登場人物が塔をのぼったりする場面は出てきませんでした。 
『古城の扉』 1935、約10分:城、外観 『古城の扉』 1935、約29分:城の外観、仰角
 MGMの『古城の妖鬼』(1935)でも、均衡を逸するほど塔が目だっています(→こちら)。6~7階分はあるでしょうか。やはり塔の中は映りませんでした。この点についてはまた別の機会に戻ることにしましょう。 『古城の妖鬼』 1935、約4分:城、外観
 ロンドン・フィルム・プロダクションズによる『幽霊西へ行く』(1935)の城では、正面に向かって左、屋上に玉葱状のクーポラが見えます(→そちら)。後に屋上の場面があるのですが(→そちらの2)、そこにあったクーポラとは違っているようです。 『幽霊西へ行く』 1935、約16分:城、外観(少し左手から右の方を)、20世紀
 怪奇映画やスリラーでなくとも、古城は出てきます。たとえば、未見なのですが、ダグラス・フェアバンクスが主演した無声映画期の『ロビン・フッド』(1922、監督:アラン・ドワン)には、大きな城内のセットが組まれたようです(Beverly Heisner, Hollywood Art, 1990, pp.162-164 / figs.80-82)。『ロビンフッドの冒険』(1938、監督:マイケル・カーティス)のセットは22年版のそれを参照したものでした(同上、p.150 / fig.75)。
 例は他にもいろいろあることでしょう。セルズニック・インターナショナル・ピクチャーズの『ゼンダ城の虜』(1937)もその一つです(→あちら)。 湖畔の城です。「怪奇城の図面」の頁で触れたように( →ここ)、本篇中に出てくる図面と城内のセットはある程度一致するようです。 『ゼンダ城の虜』 1937、約1時間13分:城、外観
 超自然現象はばんばん起こるものの、『古城の妖鬼』と同じくMGMの『オズの魔法使』(1939)は、やはり怪奇映画と見なされてはいますまい。ただクライマックスの舞台となる魔女の城と(左下→そこ)、そこへ導く森はいかにもいかにもな雰囲気に浸されています。孤立した岩山の上に聳え、高いアーチが連なる橋によって斯界とつながっている。テラスだかバルコニーだかとそれを囲む歩廊も魅力的でした(右下→そこの2)。
『オズの魔法使』 1939 約1時間15分:城、外観 『オズの魔法使』 1939 約1時間24分:屋上庭園、俯瞰
 この魔女の城は、メルヘンないしファンタジーという枠組みに保証されることで、ユニヴァーサル怪奇路線の場合以上に、古城なるもののイメージを、特定の方向に振り切った産物と見なせるかもしれません。後に見る『ジャックと悪魔の国』(1962)や『長靴をはいた猫』(1969)における魔王の城もこの点では同様です(追補:→「怪奇城の肖像(完結篇)」の頁でも触れました)。
 怪奇色こそ欠くものの、セゴビアのアルカサルをモデルにしたという『白雪姫』(1937)の城を始めとして、『シンデレラ』(1950)や『眠れる森の美女』(1959)などディズニーのアニメに登場する城も、そうした路線に添うものなのでしょう。
 ちなみに日本語版ウィキペディアに「シンデレラ城」の頁があって(→あそこ)、ディズニー・パークに建てられたランドマークを主に扱っています。その内「眠れる森の美女の城とシンデレラ城」の項によると、前者はノイシュヴァンシュタイン城、後者は
「複数のヨーロッパの建築、特にフランスの城(宮殿)をモデルにしている。ユッセ城、フォンテーヌブロー宮殿、ヴェルサイユ宮殿、シュノンソー城、シャンボール場、ショーモン城などがそれである」
そうなのでした。ノイシュヴァンシュタイン城といえば、
 撮影・篠山紀信、文・多木浩二、『王の夢・ルートヴィヒⅡ世』、小学館、1983
で多木浩二がルートヴィヒⅡ世の建築に関して、〈まがいものの城(フェイク・キャッスル)〉という概念を引きあいに出していたことが思い起こされます(pp.22-23)。それ自体がすでに〈フェイク・キャッスル〉であるノイシュヴァンシュタイン城を、さらに模倣するというのも、いかにもポストモダンだ何だといいたくなるところですが、そもそも本頁に並べた古城のイメージ、遡ればゴシック・ロマンス以降のイメージとしての古城はいずれ、そうした範疇に属しているのでしょう。


Ⅳ.1940年代より
 『ゴースト・ブレーカーズ』(1940)はパラマウントの製作で、ここに登場する孤島の城は、お屋敷タイプでした(→こっち)。 『ゴースト・ブレーカーズ』 1940、約52分:城、夜の外観
 『ゼンダ城の虜』と同じくセルズニック・インターナショナル・ピクチャーズ製作の『レベッカ』(1940)は、一応怪奇映画ではないけれど、真正『ジェイン・エア』型のゴシック・ロマンスです。タイトル・ロールの亡霊が遍在していると見なすこともできるでしょう。その亡霊と一体化した屋敷は、外観に関してはわからないところもあるのですが、垂直軸より水平のひろがりが強調されているようです。立地も平らなところに建っているらしい(→そっち)。  『レベッカ』 1940、約33分:マンダレイ、昼間の外観
 RKOとオーソン・ウェルズ率いるマーキュリー・プロダクションが制作した『市民ケーン』(1941)は、怪奇映画ではありませんが、冒頭で映される山上の城館は、怪奇映画的としかいいようがないものでした(→あっち)。
『市民ケーン』 1941、約1分:装飾格子と山上の城 『市民ケーン』 1941、約2分:城の一角と灯りのついた窓
 1930年代からの路線を続けたユニヴァーサルとともに、怪奇なり恐怖もので40年代のもう一つの核だったのが、RKOにおいてヴァル・リュートンが製作した一連の作品でした。『私はゾンビと歩いた!』(1943)で舞台となる屋敷の一角に背が高くはない石造りの塔、『吸血鬼ボボラカ』(1945)ではやはり石造りの納骨堂らしき建造物が見られたりもしましたが、いかにもそれらしい城館というのは、あまり目だたないような気がします。『第七の犠牲 The Seventh Victim 』(1943、監督:マーク・ロブソン)や『幽霊船 The Ghost Ship』(1943、同)など、これまで見る機会のなかった作品ではどうなのでしょう?
 そんな中で、『キャットピープルの呪い』(1944)には劇中で「古くて暗い家 old dark house 」と登場人物が呼ぶ屋敷が登場します。三角破風と六角の塔を下から見上げたショットはとりわけ印象的でした(左下→こなた)。ただしこの六角の塔の位置は正面からの姿で左端に見えるものとは異なっています(右下→こなたの2)。左下の場面で主人公の少女は屋敷の正面側にいてこの眺めに相対しているので、屋敷の脇や裏で見た景色とは見なせますまい。暗くてはっきりとはしないのですが、右下の場面での正面やや右寄りの奥にあるのでしょうか?(
追補:→「怪奇城の肖像(完結篇)」の頁でも触れました)
『キャットピープルの呪い』 1944 約11分;六角形(?)の塔附近、下から 『キャットピープルの呪い』 1944 約1時間0分;屋敷、雪の夜
 同じくリュートン製作作品では、『恐怖の精神病院』(1946)の冒頭に、三つの棟が組みあわさった大きな建物が出てきます(→そなた)。リュートンの作品ではもっとも城館に近いものですが、病院として用いられているのでした。
 屋内には患者たちを収容する大きな部屋があるのですが、外観からは読みとれません。また映画の中では二階以上が描かれることはありませんでした。
『恐怖の精神病院』 1946 約1分:ベドラム、外観
 この作品の舞台は1761年で、見る機会のあったヴァル・リュートン製作作品では、もっとも古い時代設定です。『死体を売る男』(1945)が1831年で、『キャット・ピープル』(1942)、『私はゾンビと歩いた!』、『キャットピープルの呪い』、『吸血鬼ボボラカ』、それに『レオパルドマン 豹男』(1943、監督:ジャック・ターナー)はいずれも20世紀でした。現代ものが多いことだけが、城館登場率の低さに貢献しているというほど単純ではないのでしょうが。 
 リュートン製作ではありませんが、RKO、そしてドーリー・シャリー・プロダクションズ、ヴァンガード・フィルムズによる『らせん階段』(1945)は、玄関ホールから突き当たりの大階段へいたる廊下とその左右に並ぶ書斎や食堂、大階段の脇から入る厨房など使用人の区画、大階段を上がった先の、各個室が並ぶ二階、倉庫や酒蔵がある地下など、屋敷内の区域をくっきり整理した空間配分が印象的な作品でした。木立越しではっきりわからないのですが、屋敷の外観からそうした様子を読みとることはできなさそうです(→あなた)。タイトル・ロールであるらせん階段の位置も、屋外に面した窓のある点からすると(→あなたの2)、屋内の位置と矛盾していはしないでしょうか? だからといって筋運びに支障を来すわけではありませんが。 『らせん階段』 1945 約12分:館の外観
 21世紀フォックスの『不死の怪物』(1942)では古城は海に面した崖の上に建てられています(左下→こちら)。山上でもある(右下→こちらの2)。城の周囲の地勢も重要や役割を果たすことでしょう。
『不死の怪物』 1942 約1分:崖の上の館、夜 『不死の怪物』 1942 約21分:崖の上の館
 同じく21世紀フォックスによる『呪われた城』(1946)のタイトル・ロールはお屋敷タイプでしょうか(→そちら)。屋内に入ると、度はずれなほど天井の高い大広間があるのですが、マット画ではそこまで巨大には見えません。
『呪われた城』 1946 約14分:館の外観、望遠鏡越しに 『呪われた城』 1946 約15分:館の外観、夜
  ともに1948年に公開されたシェイクスピアを原作とする二本の映画は、双方城を舞台とし、その外観は亡霊が出没し、魔女の影が落ちたりするのにふさわしいものでした。
  二本とも製作、監督(、脚本)、主演をそれぞれ一人がこなしているのですが、一方はローレンス・オリヴィエによる『ハムレット』(1948)です。製作会社はトゥー・シティーズ・フィルムズ(→あちら)。冒頭では上空から見下ろしたさま(左下)、後ほど海面あたりの高さから見上げたさま(右下)が映されますが、いずれも霧たなびく夜で、細かい点ははっきりしません。ただとりわけ後者は、岩山と一体化したかのように、夜霧の合間から見え隠れして、いかにも怪奇映画的というほかありますまい。(前篇)の頁で触れたユベール・ロベールの《取り壊しの最初の日々におけるバスティーユ》(1789→あちらの2)が連想されなくもない追補:→「怪奇城の肖像(完結篇)」の頁でも触れました)。
 本篇中で見られる屋内は、かなり巨大そうで、そもそも個々の空間が他とどうつがっているのか定かではありません。
『ハムレット』 1948 約2分:城、上空から 『ハムレット』 1948 約28分:城、海面から
 もう一つはオーソン・ウェルズによる『マクベス』(1948)、製作会社はマーキュリー・プロダクションズです。(→ここや、またここの2)。『ハムレット』のエルシノア城ほど大規模ではありませんが、城内の壁などは岩山を掘り穿ったそのままの岩肌をさらけだしています。むしろ五基ほどの塔に分節されている外観の方こそ、そこまで人の手が加わっているのかと、疑いたくなるほどでした。 『マクベス』 1948 約1時間42分:城の外観 手前にY字状杖を手にした魔女たち
 さて、1930~40年代のユニヴァーサル製作作を中心に、怪奇映画におけるマット画や模型による古城のイメージを並べてみてきたわけですが、例によって長くなってしまいました。1950年代後半以降のハマー・フィルム製作作や1960年代前半のコーマンによるポー連作などは次回に送り、いったんページを閉じて、いつになるやら、続きを待つことにいたしましょう。
→ 「怪奇城の肖像(完結篇)」へ続く

2022/09/12 以後、随時修正・追補
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