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そして誰もいなくなった
And Then There Were None
    1945年、USA 
 監督   ルネ・クレール 
撮影   ルシアン・N・アンドリオ 
編集   ハーヴェイ・マンジャー 
 美術   エルンスト・フェテ 
 セット装飾   エドワード・G・ボイル 
    約1時間37分* 
画面比:横×縦    1.37:1 
    モノクロ

一般放送で放映
* [ IMDb ]による。手持ちの録画は約1時間33分
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 ルネ・クレールが渡米時にハリウッドでクリスティーの古典を映画化した作品です。超自然現象は起こりませんが、お話が宏壮な館で繰りひろげられるという典型的な〈館〉ものです。中盤の鍵穴覗きの連鎖のように喜劇的な味付けがなされており、奇妙に狂躁的な調子ゆえ雰囲気たっぷりとはいきませんが、セットの造りはけっこう面白いので、手短かに取りあげることとしましょう。電波状態が悪い時、VHSに3倍録画したという態なので、きちんと見るのはまたあらためてとなってしまいますが、ご容赦ください。

 タイトル・バックから、小高い丘の上にかぶさるような館がマット画でしめされます。あまり垂直性は強くなく、手前と奥の方形の棟を長めの棟がつなぎ、随所に三角破風があります。この眺めにはじける波がかぶせられ、海沿いであることを告げる。実際ここは孤島なのです。後の場面で、丘が岩だらけであることもわかります。

 屋内に入ってまず映されるのは、女性を中央に、その周囲に階段につながるらしき手すりがあり、奥には窓、左手に湾曲する壁があるという、二階です。壁は手前奥にずっと伸びていて、三つ並ぶ窓を経て、二つの扉となる。
 次いで、一階の居間らしき部屋が登場します。左端には本棚があるのですが、角をはさんでそこから、画面奥に沿ってずっと右へ、屋内の仕切りが伸びています。この仕切りは床から天井まで覆い、二段になった窓、アーチの開口部、また二段窓二列と続く。居間の床より数段高く、アーチの向こうにはやはり折れ曲がった仕切りだか壁だかが見えます。カメラが右の方へ動くと、もう一つアーチがあって、その向こうに右上への階段があがっています。階段のぼり口の脇には柱時計。
 二階一階それぞれのこの二つの空間が、館の中軸をなしています。以後話が進むにつれて、徐々にそれぞれの空間のありさまがより詳しく語られていくところが、この映画の面白い点といえるでしょうか。また格子状の桟をはめた方形の窓が二段に重ねられるというのは、1階の屋内仕切りだけでなく、館の外に面した壁でも随所に見られ、デザインの特色の一つになっているようです。


 まずは一階右端の階段です。左下から右上へ、踊り場で折れ、もう一度折れて左上へあがっていくのですが、面白いのは奥の壁です。窓が設けられているのですが、その前に水平の手すりが渡してあります。窓と手すりの間に通れるだけの幅があるのかどうかは、少なくとも映画の中では語られませんでした。また窓の上の天井は、前倒しに傾斜した板貼りのものです。
 館に集まった客たちは二階の各部屋にいったん散ります。客は8人なので、少なくとも8部屋あるわけです。浴室は二部屋に一つです。
 次いで客たちは食堂に集まります。食堂の位置は居間の仕切りの階段側で、居間から見れば左奥となります。入口の向こうで階段が左に、アーチが右に見える。壁は板貼りで、天井と壁の境は傾斜しています。入口から見て左の壁にある窓の外には、食堂のある棟と直交する棟がのぞいています。
 食堂は中にある扉で台所とつながっています。調理場の上にはゆるいアーチがかぶさっている。
 食事の後、客たちは居間に移動します。この部屋はけっこう広いようで、入口から見て左の壁には大きな暖炉が設けられ、別の側にはグランド・ピアノが置いてあります。
 居間のさらに奥には、撞球室がある。後の場面で、撞球室の奥は角をはさんだアーケードのようになっていて、その向こうに窓が並んでいることがわかります。
 なお位置ははっきりしませんが、執事夫妻の部屋では、天井がやはり斜めになっているとともに、戸口の向こうに木のアーケード状の窓がのぞいていました。


 階段で二階にあがってくると、いったん左右に分かれ、双方で数段のぼって二階の床に達するという案配になっています。この少し低くなった緩衝部と正規の床と間には水平の手すりが配してあり、これが二階の軸部にあたるようで、手すりの両側に人物を配したりと、けっこう印象的に活用されていました。手すりは階段側の吹き抜けに対してもう一本走っており、両端は先のものと少しずれているのでしょうか。両の手すりと平行に左側の壁がずっと伸びているのですが、奥の方はすぐに突きあたりで、窓のある壁になります。突きあたりから手前にかけては壁が湾曲しているように見え、まず扉が一つ、手前の方へずっと長く伸びている。三つ窓を経て扉がいくつか続き、それぞれ客室に通じています。やはり突きあたりは窓のある幅の狭い壁です。
 画面では階段の向こう側にも、先の手すりと直角に伸びる手すりがあり、そちらと平行に壁が右の方へ伸びているようです。とりあえず階段の奥に一つ扉があるのですが、それ以外は映されませんでした。
 とまれ、最初の廊下の中ほど、扉から入ると廊下状の空間があって、部屋と部屋の間を走っているようです。何かと物が置いてあり、浴室との関係もよくわからなかったのですが、ここにある扉の一つである人物が鍵穴をのぞき、向こうの部屋では別の人物が向こうの鍵穴をのぞくという連鎖が生じ、扉口や廊下にいる人物も加わって、次々と先の人物がいた位置に移っていくという場面がありました。同様の趣向は『猿の怪人』(1943)などでも見られ、喜劇的状況の定番ということになるのでしょうか。


 館の玄関がどうなっているのか、もう一つはっきりしないのですが、屋外への出入口の一つは、円塔状に湾曲した部分の中央、半円アーチ状のものです。円塔状の部分は白木造りの二段窓で覆われ、その左は手前に、右はずっと伸び壁を経てやはり二段窓となります。手前には欄干があるようです。
 もう一つ、こちらは裏口というか勝手口にあたるのでしょうか、屋内の階段の下に扉があり、そこを抜けると手すりで段差を区切った廊下になります。その突きあたりに扉があって、そこから外へ出られます。こちらは方形の扉で、上に同じ幅の横に長い窓が設けてある。向かって左は少し煉瓦壁が伸び、すぐに手前に折れます。この壁の途中には幅の異なる方形を積み重ねたような付け柱があって、さらに続くのですが、面白いのは扉のある壁との角のところです。ここに凹みを覆うようにして、のっぽの四角錐が配されているのです。後に扉の右側が映ると、こちらにものっぽのピラミッドがあります。こちらは台の上に四つの球があってその上にのせられており(『不死の怪物』(1942)や『吸血鬼ドラキュラ』(1958)でも相似た装飾が登場しました)、壁からは独立しているように見えます。勝手口の向かいには納屋がある。
 後の場面で塔状部分の半円アーチの出入口が再登場する際、前回映されたよりもさらに右へ進むと、ここにものっぽピラミッドがあります。さらに後の場面、今度は左の方が前回より映れば、壁に三連アーチを経て、やはりのっぽピラミッドが二つほど見える。ちなみにこのあたりには石畳が敷かれています。
 どうもこののっぽピラミッドは庭のあちこちに置かれているようで、何人かが海岸への道をくだっていく場面では、丘の上の方にぽつんと一つ、ピラミッドが空に突きでていたりしました。庭だけではありません。館の二階の窓やバルコニーにまで配され、その内一つが重要な役割を果たすことになります。


 この映画はルネ・クレールの作品としては必ずしも持ち味を発揮したものとは見なされていないようですが、ことほどさように館のセットはけっこう楽しめるものとなっています。
 また原作とは結末がちがっていて、それは下掲の邦訳に付された解説「童謡殺人」(各務三郎)によると、クリスティー自身の手になる舞台用の脚本(1943)に基づいているようです(pp.264-265)。とはいえ本篇での犯人の最後の台詞を思えば、結末のショッキングさを緩和するためとばかりはいいきれないようにも思われるのでした。

Cf.,  原作の邦訳は各種あることでしょうが、とりあえず;
アガサ・クリスティ-、清水俊二訳、『そして誰もいなくなった』(ハヤカワ・ミステリ文庫 HM1-1)、早川書房、1976
原著は
Agatha Christie, Ten Little Niggers, 1939
 2014/12/11 以後、随時修正・追補
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