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吸血鬼ドラキュラ
Dracula / Horror of Dracula
    1958年、イギリス 
 監督   テレンス・フィッシャー 
撮影   ジャック・アッシャー 
編集   ビル・レニー 
 プロダクション・デザイン   バーナード・ロビンソン 
    約1時間22分 
画面比:横×縦    1.66:1 
    カラー 

DVD
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 『フランケンシュタインの逆襲』(1957)に続くハマー怪奇映画の第2弾にして、頂点とも見なされる作品です。テレンス・フィッシャーの演出は間断するところなく、それでいて緩急自在にテンポを操り、カメラは上に下に回りこみます。加えてジェイムズ・バーナードの音楽は耳にこびりついて離れることがありません。高橋洋が「“イギリスの伊福部昭”」と呼ぶのも肯なるかなといったところでしょうか(稲生平太郎・高橋洋、『映画の生体解剖 恐怖と恍惚のシネマガイド』、2014、p62。石田一、『モンスター・ムービー』、1998、p.171 でもジェイムズ・バーナードと伊福部昭が類比されていました。)。ピーター・クッシング(カッシング)演じるヴァン・ヘルシング教授と今回は素顔の伯爵役クリストファー・リーが揃えば、一部のファン限定かもしれませんが、無敵感が漂わずにはいますまい。正確には、この作品あればこそ二人の顔合わせが最強だと感じられるようになったのでしょう。同じフィッシャーが監督した作品でも、本作、『バスカヴィル家の犬』(1959)、『妖女ゴーゴン』(1964)と見れば二人が演ずる役どころの関係は決して一律ではないのですが、いかんせん本作品での印象があまりに強い。フランケンシュタインの怪物であればボリス・カーロフが演じたイメージ(→『フランケンシュタイン』、1931)は今も超えられずにいるかと思われますが、ドラキュラ伯爵については、ベラ・ルゴシ(→『魔人ドラキュラ』、1931)に匹敵する浸透力をクリストファー・リーのイメージは有しているのではないでしょうか。
 さらにバーナード・ロビンソンが担当したドラキュラ城のセットは、色彩の配分を活用し、また奇妙な細部をちりばめつつ、物語の展開や人物の動きと不可分に記憶される空間を作りだしました。下掲の自伝でリーは、「それから映画の本当のスターは、豚の耳で絹の財布を作り、逆もまた然りだった美術監督のバーナード・ロビンソンだった」と記しています(p.160。なお英和辞典によると「You cannot make a silk purse out of a sow's ear 豚の耳で絹の財布を作れない」という諺があり、粗悪なもので立派なものは作れない、人間の本性は変えられないという意味だとのこと)。ロジャー・コーマンがやはりその自伝で『アッシャー家の惨劇』について、「しかし、ほんとうのスターは美術監督のダン・ハラーだったといってよいだろう」と述べたことが思いだされるところです(→こちら。また『来るべき世界』(1936)でのヴィンセント・コルダに関し→こちらも参照)。
 余談になりますが、そういえばこれまで取りあげた作品でも、気がついた範囲内で捻り柱を見かければそれと記してきましたが、そもそも捻り柱なるものを頭に留めるようになったのは、本作品のせいなのでした。「吸血鬼は十字架を恐れるか?-ビクトル・ミラ『神に酔いしれて』をめぐって(上)」(『ひるういんど』、no.37、1992.110 [ < 三重県立美術館のサイト])なんて原稿を書いたのも、やはり本作品のクライマックスが出発点なのでしょう。


 原作の大筋や人物間の関係、地理上の配置は大幅に切り詰められていますが、最初の部分がドラキュラ城を舞台とする点は変わりません。それだけでなく、終幕で城に戻る点も原作をなぞっています。思えば『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922)にせよ『魔人ドラキュラ』(1931)にせよ、お城訪問で幕開けこそするものの、伯爵は遠征先で滅ぼされてしまい、帰還はかなわなかったのでした。その点本作品で伯爵は曲がりなりにも帰城なったのですが、あたかも呪いであるかのごとく、ハマーでシリーズ化されると、『凶人ドラキュラ』(1966)では城まで後一歩のところで氷漬けにされ、『帰って来たドラキュラ』(1968)ではあたかもカフカの『城』よろしく城に入ることすらかなわない。『ドラキュラ 血の味』(1970)でも帰還ならず、『ドラキュラ復活! 血のエクソシズム』(1970)が城を舞台にできたのは話が前作とつながっていないからではないかと思われるほどで、また続きものに戻った『ドラキュラ'72』(1972)、『新ドラキュラ 悪魔の儀式』(1974)では故郷を離れて久しく、『ドラゴンvs.7人の吸血鬼』(1974)にいたって中国出張となるのでした。

 ジェイムズ・バーナードの忘れがたい曲とともに始まるタイトル部分で、まずは鷲の石像が下から見上げられます。左には丸みを帯びた石壁が迫っている。『フランケンシュタインの逆襲』で男爵家の墓所の屋根に鷲らしき石像が見えたことが思いだされるとともに、連想は『女ドラキュラ』(1936)ラストで、バルコニーの欄干の角を飾っていた鷲像に及びます。
 クレジットの最中で鷲像を軸にカメラは左から右へ回っていきます。すると左側が徐々に見えてくる。先ほどの石壁が塔状の凸部であることがわかり、いったん奥まって武骨な壁が左へ伸びます。さらに左上の方にも出っ張った部分があります。壁は角になって手前へ折れ、粗石の柱をはさんで、カメラが上から下へ首を下ろすと、木の扉が見える。また角をはさんで壁は前に出て、そこにも扉があります。その手前で捻り柱登場です。捻り柱の前・下には欄干が設けられていて、すぐに角柱にあたります。狭いバルコニーを囲っているわけです。奥の壁には窓が設けられています。
 しかしまだ終わりではありません。さらに下を向くと、何段か降りて幅の狭い扉が待っている。扉の上の方には覗き窓が刳られています。この扉とオーヴァラップして、画面と平行に配された石棺が映される。山型になった蓋はけっこう背が高そうです。その中央には DRACULA の銘が刻まれ、柩の向こうには左4分の1円のアーチが見えます。銘にズーム・インすると音楽は止まり、血しぶきが注がれるのでした。

 タイトル・バックからすでに開陳された空間の曲折は、さらに展開されます。森の中を走る馬車を垣間見て、しかし御者が先へ進むのをいやがって下ろされたくだりはナレーションで済ませ、明るい陽光の下、城の前にハーカー(ジョン・ヴァン・エイセン)が立つ。手前には十字型のプランをなす門があり、その奥に塔とそこから左へ伸びる城本体が見えます。門がまず、きわめて印象的です。門の交差する屋根は急な傾斜で、くすんだ茶色です。交差部の上には紫がかった灰色の小塔があり頂に翼をひろげた鷲の像をいただいている。門の前方は橋になっているようで、急な流れの小川をまたいでいる。水しぶきが飛び跳ねています。
 本棟の塔は下からすぼまって伸びあがり、ある地点で今度は上にひろがる。上の部分は方形のようです。屋根はやはり紫がかった灰色。そこから左に凹凸を示しながら灰色の壁が伸びていきますが、左や奥がどうなっているかまでは映らない。
 右の彼方には雪をいただく山並みがのぞいています。『凶人ドラキュラ』以下の作品のように、城が高い崖の上にそびえているという描写はこの作品にはありません。ただ小川の流れの速さからして、かなり上流なのだろうと推し測れるばかりです。ここで映る部分からは、そんなに垂直性を強調しているようには見えませんが、それがかえって山中のひなびた城との印象を補強してくれます。何より明るい昼間、複数の色を宿し、ごちゃごちゃと入り組んでいそうな建物の姿をはっきり見せてくれた点で、好印象が倍増せずにはいますまい。

 屋内へのアプローチはまだ終わりません。溜息ものです。門を抜けると、また橋を渡ります。手前はゆるいのぼりになっている。橋には欄干がついていますが、向かって右奥の部分では欄干の上面が三角屋根の列になっています。そこから2本小塔がのびあがり、鷲の像をいただいています。橋の手前、左側には黒い大砲がのぞいている。
 橋を渡ると右側には斜めになった城壁が迫り、奥に玄関が見えます。その左手は棟が手前に突きだしており、角に捻り柱があります。これがタイトル・バックで映ったものなのでしょう。捻り柱の左には2つの半円アーチが並んでいる。玄関の手前で左を見ると、タイトル・バックでの地下室の扉が見えます。


 玄関を入ると、その手前には白いアーケードが横に伸びています。暗い屋内でその白さが際だっています。半円状のアーチは天井を支えているわけではなく、アーチのみが装飾的に設けられている。半円の頂点で天井に細い柱がのぼっていきます。またアーチの上辺からは規則的に木の芽状の突起がはえている。形を変えたこのアーチに『バスカヴィル家の犬』で再会できるはずです。アーケードの左端は壁にあたって手前に折れており、アーチの内側は花か壺状の赤い紋様で満たされ、その上の壁は青です。室内は暗めながら、個々の色がくっきりと浮かびあがる。
 玄関はアーケードの向こう側、左奥にあたるのですが、そこから数段おりれば、手前の床になります。左手に上への階段がのぞいています。ハーカーは手前に出、それから奥の扉へ向かう。拍手するべきところでしょう。

 扉をくぐると、ここが城の広間にあたる部屋です。部屋はグレーの調子で占められています。戸口のすぐ左脇には上への階段がのぼっている。この階段は広間の主役といっていいでしょう、この後いくどか大切な役を果たします。登り口の右側には、台座の上に球をいくつかのせ、その上に細長いピラミッド状の柱が天井まで伸びています。『不死の怪物』(1942)や『そして誰もいなくなった』(1945)に相似た柱が登場していましたから、実際にこうした柱があるのでしょう。その向こうの斜面には、しかし欄干と呼ぶには低すぎる仕切りがあるだけです。階段の上は中2階で、右に廊下が伸びています。こうした空間は『バスカヴィル家の犬』や『妖女ゴーゴン』でも見受けられます。
 階段をあがった先に捻り柱があり、また扉の左にも捻り柱があります。とにかくこの城には捻り柱が多い。扉と階段前の床から2段ほどおりると、広間の床です。カメラが右から左へ回ると、奥の中2階回廊にまず椅子、そして細めの捻り柱が見えます。回廊の下は、間隔を置いて2つの尖頭アーチが開いており、右のアーチの奥に扉がのぞいています。このアーチの床はやはり広間から2段ほど高くなっている。
 出入り口の向かい側には暖炉があり、その左右に赤みがかった衝立が置いてあります。とまれこの広間はそんなにだだっ広いものではないことがわかります。床は大理石でしょうか、大きな星模様が白と薄緑で細工されています。出入り口から見て右奥、階段の反対側にも扉があります。
 さて、ハーカーが用意されていた食器を思わず落としてしまい、拾いあげようとするさまが俯瞰でとらえられれば、向こうに女の足もとが映るのでした。「ここから連れだして。囚われの身なの」とハーカーに懇願するも、気配を感じて逃げ去れば、階段の上にマントを着た人物のシルエットが下から見上げられます。伯爵の登場です。彼はさっそうと階段をおりてきます。壁にはその影が落ちている。アップになってもカメラは下から見上げます。


 伯爵に案内され、ハーカーに割り当てられた部屋へ向かいます。階段をのぼり、右への廊下を進む。2段のぼってその先に上への階段が見えます。階段の下にも上にも捻り柱がある。左側にも半円アーチがらしきもがのぞいています。階段をのぼった先に扉があり、これがハーカーの部屋でしょうか。
 室内はこぢんまりとして居心地が良さそうです。天蓋付きの寝台が扉の脇にあり、その奥には暖炉が見えます。天井は4分の1円のアーチで、奥には窓があり、色ガラスがはまっています。手前の壁には備え付け机があるのですが、これがとても凝っていて印象に残っています。天板の上にいくつも引出のある棚が設けてあるのですが、引出の大きさが不規則にまちまちで、引出ごとに前面に装飾が施されています。引出の大きさはあまり広くなさそうなので、使い勝手はよくないかもしれませんが、見た目がよろしい。ハーカーはその内の一つに日記を入れたりしていました。後の場面で、天板の下にも引出があるのでしょうか、菱形を刻んだ焦げ茶色の仕切りが見えます。机の上には古い時計らしきものが置かれ、壁に歪んだ影を落としていました。


 夜、玄関前の橋を上から見下ろせば、マントをひろげて背を向けた伯爵が向こうへ歩いていきます。左上には石の鷲、右手前には捻り柱とアーチがのぞいています。ここで橋の右端が一段あがって歩道状をなしていることがわかります。橋はまっすぐではなく、少し折れるのですが、その先で右の段が10段ほどののぼり階段に続いています。

 ハーカーは部屋を出て、右の廊下へ進みかけますが、ふりかえって階段を上から見下ろします。やはり階段の上の扉がハーカーの部屋に通じていたわけです。階段下の床は白と薄緑です。階段の下、右手にはこれも先だってちらっと見えたものでしょう、半円アーチがあります。
 アーチの奥にはすぐ扉があって、中は図書室です。日本語字幕によれば、先立つ会話で伯爵が「ホールの左」にあると告げていました。入って右奥の壁は本棚に占められ、中2階の歩廊に区切られて、その上も本棚のようです。歩廊には装飾的な欄干が設けられています。入るハーカーには下からの光があたっている。向かって右には暖炉があり、左手前には大きな地球儀が置いてあります。地球儀には右から光があたっています。左はすぐ壁で、ここもそんなにだだっ広いわけではなさそうです。玄関広間と同じく、左の壁を区切るアーチの内側は赤い紋様で覆われ、その上は青です。左側の壁にはまた、手前に2段上がって奥まったくぼみがあり、椅子が置いてあります。床は壁に対して斜めの市松模様が大半を占め、ただし中央あたりは同心円になっています。これはもっと後の場面でもう少し詳しく見ることができるでしょう。
 さて、ハーカーは扉の影に潜んでいた女にまたしても連れだしてくれと懇願されます。一応の同意に達して安心した女はハーカーに寄りかかり、ハーカーも抱き寄せると、ハーカーの首筋に咬みつこうとする。その刹那、奥の書棚の1階部分左寄りに開いた出入り口から伯爵が飛びだしてくる。目を血走らせ、口元を血に染めたその形相は迫力満点でした。出入り口のあるところは手前の床より数段高くなっているのですが、そこから出てきた伯爵は、さらに手前に置いてあるテーブルを乗り越えて突進してきます。動きが速い。暖炉の左上に窓があることもわかります。


 自分の部屋で目ざめたハーカーは、机の左にある窓から抜けだします。窓の両脇には真紅のカーテンがまとめてありました。残念ながら窓の外でどのような経路をたどったのかは省略されるのですが、次にいるのは城門の前で、日記を隠した後、あらためて玄関前の地下室に入ります。
 屋内から見て右に壁沿いの階段が6段ほどおりていて、簡素な金属の手すりがついている。階段の脇に石棺があり、中には伯爵が横たわっています。下にはちゃんと土が敷いてある。階段をおりた先にもう一つの石棺が、伯爵の石棺と直角に置かれています。中で眠るのはあの女でした。こちらの棺の足側は、階段沿いの壁より凹んでいて、また色ガラスをはめた窓も見えます。この窓が日の翳るさまを表わすことになる。伯爵の棺の向こう、左奥には4分の1円アーチがあり、さらに奥へ続いているようです。手前には柱があり、その上が斜めの直線になって天井を支えています。地下室の石壁は汚れた感じです。
 まずは女に杭を打ちこんだハーカーが階段の上の扉を見上げると、向こうの壁に斜めになった手すりの影が落ちているのですが、それが上から次々に暗くなっていきます。ハーカーが上を見るアップでは、背後の壁に何やら紋様のような影が落ちているのでした。
 見るたびに思うのですが、この作品では吸血鬼が霧や蝙蝠に変身することは否定されているので、伯爵は柩に横たわった状態から、ハーカーが女吸血鬼の始末に気をとられている隙に、日が落ちるやいなやいったん階段を駆けあがり、あらためて階段をおりてくることになります。理屈ではご苦労さまということになってしまいますが、手すりの影が暗くなって階段の上に現われる様子はたいへんさまになっているので、よしということにしておこうというところでしょうか(と書いてから下掲の『モンスタージン』、no.1、2013.6:「特集 『吸血鬼ドラキュラ』」を見ると、その中の「ダウト10連発!」に「ダウト9」としてちゃんと記されていました(pp.16-17)。一度読んでいたのにすっかり忘れていたわけで、他の事どもについても推して知るべきところであります。また下掲 Mark A. Miller, Christopher Lee and Peter Cushing and Horror Cinema, 1995/2010, pp.85-86 でも触れられています)。
 なお〈ドラキュラの花嫁〉はヴァレリー・ゴーントが演じています。前作『フランケンシュタインの逆襲』でも殺され役のメイドに扮した女優です。名前も出ないまま、杭を打たれて老婆の姿に変貌してしまう哀れな役どころではあるのでした。もっとも台詞の量だけとればクリストファー・リーより多かった。


 ここまでで約23分です。次いでクッシング扮するヴァン・ヘルシングの登場となります。まず現われるのは城下の村の酒場で、横長の造りになっています。『吸血鬼ドラキュラの花嫁』(1960)にも相似た平面の酒場が出てきましたが、何か理由があるのでしょうか。他方『ミイラの幽霊』(1959)の酒場はもっと普通に四角でした。
 ヴァン・ヘルシングはドラキュラ城に到着、門の前で城外に出る馬車とすれ違います。城内に入り、広間を通り、ハーカーの部屋を見つけるももぬけの殻でした。その際広間の扉の向かって左に扉があるのは以前にも映っていましたが、その扉を過ぎるとすぐ角になって、角をはさんでまた扉があることがわかります。
 城内巡覧のおさらいという古城映画的には欠くべからざるシークエンスをこなした後、地下室に向かったヴァン・ヘルシングは、杭を打たれ老婆に変じた女に加えて、伯爵の棺に横たわるハーカーを見つけるのでした。
 ハマーの怪奇映画はかつてのユニヴァーサルなどの作品に比べると、血糊の量も増えたしショッカー的な処理も当時の規準からすれば遠慮はないということで、不評を買うこともあったようです。実際この作品でもそうした場面に事欠かないわけですが、実のところそれ以上に無気味だったのが、それまでお話を引っ張ってきたハーカーが、目を閉じ、しかし口の両端から伸びた犬歯をはみだしているというこのショットではないかと思われます。その邪まなること怖気を振るわずにはいられず、私見ですが同じ年の『蝿男の恐怖』(監督:カート・ニューマン)のラストと双璧をなすのではないでしょうか。
 またともに1960年の『死霊の町』(監督:ジョン・リュウェリン・モクシー)およびヒチコックの『サイコ』で、それまで主人公の位置を占めていた人物が途中で死んでしまうという筋立てが意外な驚きをもたらしていましたが、その先駆けをここに見ることもできるかもしれません。そもそも原作では、ハーカーは最後まで生きながらえます。
 他方、〈花嫁〉がハーカーに助けを求めたのは単に接近するための口実とも思えず、とすると伯爵との間は決して一枚岩ではないことになります。この点も面白いところですが、さらに、にもかかわらず、伯爵がハーカーの周囲の人々に迫るのが配下を亡き者にされた復讐だと説明される点も、興味を引きます。いったいにハマーのシリーズでは、後の『ドラキュラ 血の味』(1970)でも伯爵は同様の行動をとっており、何やら義理堅い性格に設定されているようです。


 さて、ここまでで約30分強です。この後舞台は、国境をはさんでドラキュラ城と地続きのロンドンならぬカールシュタットに移ります。筋立ての点ではこちらがメインになるわけですが、古城じゃないので手短かにふれるだけにしておきましょう。とはいえ面白い細部はいろいろと見つかります。
 たとえばヴァン・ヘルシングが泊まっているホテルの部屋で、扉の脇の角に、角が丸みを帯びた方形の上に円筒がのり、さらにその上に頂きが鋸歯状の卵型がのるという調度が配されていました。各部位はいずれも細かく区切られ、区切りごとに同心円状の形が表面についています。あれは何なのだろうと思っていると、ルーシーの部屋の隅にも、下は角柱で、上は少しすぼまっており、その上がやはり細かく分割されて同心円を付されているという家具が映っていました。ほんとうに何なのでしょうか。『処刑男爵』(1972)でこれに類したものが出てきました(『古城の妖鬼』(1935)も参照)。
 ルーシーの墓所がある墓地はくぼ地になっているようで、くだりの階段から近づく形になります。続く『バスカヴィル家の犬』でも同じような地勢に再会することでしょう。この空間も面白いのですが、使用人の娘と手をつないでやって来たルーシー(キャロル・マーシュ)に、墓所の前で待っていた兄のアーサーが思わず声をかけてしまうや、顔に微笑みを貼りつけ、上半身は真っ直ぐなまま、さささささっと奥から一気に手前まで走り寄る姿はなかなか迫力がありました。
 伯爵がまずルーシー、後にその兄嫁にあたるミナ(メリッサ・ストリブリング)に迫る姿もとてもかっこうがよろしい。ルーシーの場合は、寝台に横たわる彼女の上に、黒マントをひろげながら覆い被さる姿が背中から映されます。ミナの際は、彼女の顎に指を添えつつ、ずずいっと急激な速度で顔を寄せるさまが手前からとらえられるのでした。
 伯爵の柩を預かる葬儀屋をミナが訪れる場面では、玄関が何段かのぼった上にあるのですが、いったんそこをおりて、ゆるい坂をあがると、すぐ上に裏口があります。そこから入ると数段おりることになる。ことほどさように上下する空間も見逃せません。
 アーサーとミナ夫妻、ルーシーらが住む家が後半の主な舞台ですが、階段下端の手すりの支え柱は、天井から下向きの楔のように降りてきて、細くなり切ると下方でまたひろがるという形をしていました。薄緑に塗った木製です。またミナの部屋には段差がありました。
 この家の中でヴァン・ヘルシングは、輸血の際は膝を立てて支えたり、危急の際は階段の手すりをひらりと飛び越えるなど、視覚的なアクションに張りがあります。他方マイケル・ガフ演じるアーサーは、この作品における感情の起伏をもっぱら受けもっています。


 伯爵がミナをさらって城へ逃走するまでで、約1時間17分弱がたっています。ヴァン・ヘルシングが日本語字幕では「城に隠れられたらおしまいだ」というのが面白いところで、おいそれと見つけ出せないほどに城の中の空間が錯綜していることがよくうかがえます。
 とまれヴァン・ヘルシングとアーサーが城までたどり着くと、門の手前で伯爵はミナを土中に埋めようとしている最中でした。接吻を授けたミナに一度死を通過させなければならないのはわかるとして、なぜさっさと城内に隠さず屋外なのか、いささか了解に苦しむ点ですが(やはり下掲 Mark A. Miller, Christopher Lee and Peter Cushing and Horror Cinema, 1995/2010, p.86 で触れられています)、追う側と追われる側の視線が一度交差するというアクションは少なくともここで得られます。
 伯爵はミナを断念して玄関に向かい、玄関広間のアーケードを通り、広間に入る。広間の階段を飛び段で駆けあがります。手すりがないのはこの動きを強調するためだったのでしょうか。そのさまが上から見下ろされれば、下の扉からヴァン・ヘルシングが現われたのも映っています。後者は中2階の廊下を急ぎます。伯爵が図書室に駆けこむのが上から俯瞰されます。向かって左の凹んだ空間、椅子を置いてあったその右側の床が揚げ蓋になっており、それを開こうとする。「城に隠れられたらおしまいだ」の所以でしょう。
 ヴァン・ヘルシングの方は、ハーカーの部屋に通じる階段の下まで来ました。右の柱に色ガラスの影が落ちています。いったん階段をのぼりかけて、しかし引き返し、左脇の図書室に入れば、揚げ蓋を開こうとする伯爵に出くわすのでした。
 この後のクライマックスは各自確かめていただくとして、二人の俳優のみならず、カメラもまた上になり下になりのアクションをくりひろげます。また床の市松模様が印象に刻まれもするのですが、中央部分の円形が、その周囲に黄道十二宮を金で描いてあることもわかります。
 とこうしてほんの5分ほどでしかありませんが、最初にハーカー、中盤でヴァン・ヘルシングが辿った経路を急ピッチで再訪することこそが、クライマックスの活劇を古城映画として成就せしめているのでした。

Cf.,  以下、手元にある資料で、章題等に出てくるものだけ挙げますが、これ以外にも当然、あちこちで取りあげられています。まずは;
石田一編著、『ハマー・ホラー伝説』、1995、pp.176-177。下掲の「おまけ」の他にも関連するページがあります。

また同じ編者による;
モンスタージン』、no.1、2013.6、pp.4-18:「特集 『吸血鬼ドラキュラ』」


さらに;
石田一、『ハマー・ホラー写真集 VOL.1 ドラキュラ編』、2013、pp.2-13

澁澤龍彦、「恐怖映画への誘い」(1966)、『澁澤龍彦集成 Ⅶ 文明論・芸術論篇』、桃源社、1970、pp.357-361
同じ著者による→こちらを参照

石川三登志、『吸血鬼だらけの宇宙船』、1977、「吸血鬼ドラキュラ/怪団/ヘルハウス」の内 pp.272-275 など

The Horror Movies, 4、1986、p.57

菊地秀行は幾度となく本作品について述べていますが、その中からとりあえず;
菊地秀行、『魔界シネマ館』、1987、pp.173-189:「吸血鬼ドラキュラ」

菊地秀行、「我がドラキュラ映画の時代」、『妖魔の宴 スーパー・ホラー・シアター ドラキュラ編 1』、1992、pp.303-310

ジョン・L・フリン、『シネマティック・ヴァンパイア 吸血鬼映画B級大全』、1995、pp.91-95/no.048

黒沢清+篠崎誠、『黒沢清の恐怖の映画史』、2003、「2. 吸血鬼ドラキュラと60年代ハマー・フィルムの盛衰」

José María Latorre, El cine fantástico, 1987, pp.211-274 : "Capítulo 15 Retrato de Terence Fisher", "Capítulo 16 Grandes nombres del terror en versión Fisher"、とりわけ後者中の pp.238-255 : "Drácula y la familia vampiro"

Peter Hutchings, Hammer and Beyond. The British Horror Film, 1993, pp.98-129 : "3. Frankenstein and Dracula"、とりわけ pp.115-129 : "Dracula"中の pp.115-120
こちら(『吸血鬼ドラキュラの花嫁』)そちら(『凶人ドラキュラ』)、またあちら(『帰って来たドラキュラ』)こなた(『ドラキュラ血の味』)に該当箇所を挙げておきます

James Craig Holte, Dracula in the Dark. The Dracula Film Adaptations, 1993, "3. Resurrection in Britain"

Mark A. Miller, Christopher Lee and Peter Cushing and Horror Cinema, 1995/2010, pp.71-95: "5. Hammer's Coup de maître. Horror of Dracula (1958)"

David Miller, Peter Cushing. A Life in Film, 2000/2013, pp.67-70

Jonathan Rigby, English Gothic. A Century of Horror Cinema, 2002, pp.53-55

David Pirie, A New Heritage of Horror. The English Gothic Cinema, 2008, pp.95-102

Derek Pykett, British Horror Film Locations, 2008, p.40

Jonathan Rigby, Studies in Terror. Landmarks of Horror Cinema, 2011, pp.98-99

原作等については→『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922)のページ
おまけ Best Hits Horror Movie(邦題:『ベスト・ヒッツ・ホラー・ムービー』、2006→こちらも参照
の3曲目に
"Dracula - Main Title / Finale"(「吸血鬼ドラキュラ メイン・タイトル/フィナーレ」)が入っています。演奏は The City of Prague Philharmonic、指揮は Neil Richardson

上掲石田一編著、『ハマー・ホラー伝説』、1995、pp.158-159:「ジェームズ・バーナードと作曲家たち」も参照。

Hammer. The Studio That Dripped Blood!, 2002
2枚組の1枚目1曲目が
"Dracula - Main Title / Inside Castle Dracula / Lure of the Vampire Woman / Dracula's Rage / The Kiss of the Living Deae"
7分28秒。
ちなみにこのアルバムの1枚目は「ジェイムズ・バーナードによる恐怖映画スコア」」で、上記の他に
『凶人ドラキュラ』(1966)より『ドラキュラ復活! 血のエクソシズム』(1970)より『帰って来たドラキュラ』(1968)より『ドラキュラ血の味』(1970)より/『フランケンシュタイン 死美人の復讐』(1967)より/『悪魔の花嫁』(1968)より/『吸血鬼の接吻』(1963)より
で計68分1秒、
2枚目は「他のハマーの主題」で
『恐竜100万年』(1966、マリオ・ナシンベーネ)より/『恐竜時代』(1970、マリオ・ナシンベーネ)より/『原始人100万年』(1971、マリオ・ナシンベーネ)より/『怪奇ミイラ男』(1964、カルロ・マルテッリ)より/『炎の女』(1965、ジェイムズ・バーナード)より/『恐怖の雪男』(1957、ジョン・ホリングワース)より/『宇宙からの侵略生物』(1957、ジェイムズ・バーナード)より『ハンズ・オブ・ザ・リッパー』(1971、クリストファー・ガニング)より/『吸血鬼サーカス団』(1972、デイヴィッド・ホイッテカー)より/『キャプテン・クロノス 吸血鬼ハンター』(1974、ローリー・ウィルスン)より/『吸血狼男』(1961、ベンジャミン・フランケル)より
で計68分46秒。なおオリジナル・サウンドトラックではありません。


捻り柱について;
加藤明子、「捻じれ柱のモティーフの成立とその表現の諸相」、『哲學』、no.94、1993.1、pp.245-264 [ < KOARA 慶應義塾大学学術情報リポジトリ

五十嵐太郎編著、『くらべてわかる世界の美しい美術と建築』、2015、pp.72-73:「ねじり柱 キリストの割礼×サン・ピエトロ大聖堂の大天蓋(バルダッキーノ)」
 2015/1/23 以後、随時修正・追補
追記
2015/6/17 
白い肌に狂う鞭』(1963)のページでも触れましたが、2015年6月11日、クリストファー・リーの訃報を見かけました。1922年5月27日生まれ、 2015年6月7日に歿、享年93歳とのことです。記して追悼の意を表したいと思います。
 トーキー以降の男優に限っても、1930年代から40年代にかけて怪奇映画の顔だったベラ・ルゴシ、ボリス・カーロフ、ロン・チェイニー(Jr.)を引き継ぎ、ピーター・クッシング(カッシング)、ヴィンセント・プライスとともに50~60年代怪奇映画を象徴した最後の1人が幽冥界に入ったことになる。60年代とはまた、怪奇映画において古城が大手をふるった最後の山峰でもありました。→こちらでも記しましたが、加えてリーは、先だった盟友たちの分も一身に引き受けるかのようにごく近年にいたるまで、さまざまな映画に出演しつづけました。これを感無量といわずして何をもって動ぜよといえましょうか。合掌。 


リーに関する記事でとりあえず思いだせるものとして;
上掲石田一編著、『ハマー・ホラー伝説』、1995、pp.56-61:「クリストファー・リー」。同pp.50-57:「最上の声」他も参照。
ハリー・ナドラー「最上の声」は下掲『ハマー ホラー&SF映画大全』へのナレーション収録時のレポート。泣けます。

芦屋小雁、『シネマで夢を見てたいねん』、1994、pp.197-209:「第6章 1 伯爵」

ジョン・ランディス、『モンスター大図鑑』、2013、pp.44-45:「モンスター対談 クリストファー・リー」
こちらでも触れました


忘れる前にメモしておくと、
『デビルズ・ビレッジ 魔神のいけにえ』、1976、監督:コスタ・カライアニス
はドナルド・プレザンス、ピーター・クッシング(カッシング)が共演した作品で、音楽はブライアン・イーノの曲というものですが、クッシングにとってもプレザンスにとっても代表作とはいいがたく、リーが出演しているわけでもないのに、なぜか手もとにあるDVDにはクッシングについてのリーへのインタヴューが収録されています:

"A Christopher Lee Interview about Peter Cushing"
自分の話になりがちなのはご愛嬌というものでしょう。データが記載されていませんが、中で1994年を10年近く前と述べていました。約28分弱。

クッシングについては→こちらも参照

ちなみにやはりリーが出演しているわけでもないのに、コーマンの『怪談呪いの霊魂』のページで、リーのことに触れたりしました→こちらを参照。そこで怪奇映画以外の出演作をいくつか挙げましたが、『007 黄金銃を持つ男』(1974、監督:ガイ・ハミルトン)とともに忘れてならないのが、リチャード・レスターが監督した『三銃士』(1973)およびその続篇『四銃士』(1974)でしょう。うろ憶えですがロシュフォールを演じたリーは、とりわけ続篇の方でなかなかにかっこうのいいチャンバラを見せてくれたとの記憶があります。

また『凶人ドラキュラ』(1966)のDVDに収録された、リー他のコメントつき"Behind the Scene"について→こちらを参照

この他にリーがクッシングとともにナレーターをつとめたのが;
『ハマー ホラー&SF映画大全』、1994、監督:テッド・ニューソム

上記のように「最上の声」(『ハマー・ホラー伝説』、pp.50-57)はナレーション収録時のレポート。

同じくリーがホスト役をつとめたのが;
『ホラー映画100年史 100 Years of Horror』、1996、監督:テッド・ニューソム、全13回、各約48分(前後半構成)・全6巻(DVD版)
ぽつぽつ出てくる自ら出演した作品についてのコメントが、片言隻句ではあり、シナリオどおりなのかどうかもわかりませんが、楽しかったりします。
こちら、またそちらでも触れました


Christopher Lee, Tall, Dark and Gruesome, Midnight Marquee Press, Inc., Baltimore, Maryland, 1977/1997/1999
自伝。クッシングの自伝(→こちらを参照)があまり映画の話をしないのとは対照的に、出演作についてけっこう喋ってくれます。また pp.280-286 の"In hoops of steel"はロバート・ブロック、ヴィンセント・プライス、ボリス・カーロフ、そしてクッシングとの親交に当てられた章。
こちらでも触れています


Tom Johnson and Mark A. Miller, The Christopher Lee Filmography. All Theatrical Releases, 1948-2003, McFarland & Company, Inc., Publishers, Jefferson, North Carolina, and London, 2004
ジミー・サングスター、ヴェロニカ・カールソン、ジョー・ダンテの前書き、リーの後書き付き、480ページ。
全作ではありませんが、随所でリーの新旧コメントが載せられています。

『吸血鬼ドラキュラ』については pp.74-76。
この他→こちら(『ハムレット』)そちら(『フランケンシュタインの逆襲』)あちら(『バスカヴィル家の犬』)あちらの2(『死霊の町』)ここ(『白い肌に狂う鞭』)ここの2(『顔のない殺人鬼』)ここの3(『女ヴァンパイア カーミラ』)そこ(『妖女ゴーゴン』)そこの2(『生きた屍の城』)あそこ(『凶人ドラキュラ』)、あそこの2(『吸血魔のいけにえ』)、こっち(『帰って来たドラキュラ』)そっち(『ドラキュラ血の味』)あっち(『ドラキュラ復活! 血のエクソシズム』)こなた(『ドラキュラ'72』)でも挙げておきます。
こちらでも触れています


22篇の作品で共演したというクッシングとの親交については随所で言及されていますが、その内最後の共演にしてクッシングの最後の仕事となってしまった上記 『ハマー ホラー&SF映画大全』および「最上の声」に関連して pp.392-393。また『スター・ウォーズ』連作をめぐって pp.419-420。
ボリス・カーロフに対する敬愛ぶりについて pp.183-184、また p.79も参照。
ヴィンセント・プライスとの親交については pp.192-193、p.200、そして追悼;p.389。
ついでにシャーリー・マクレインがリーのファンだったという; pp.206-207。
同様にサミー・デイヴィスJr.がクッシングやリー、ハマー作品のファンだったという話;p.211。


クッシングとの競演作をまとめたのが上掲の
Mark A. Miller, Christopher Lee and Peter Cushing and Horror Cinema, 1995/2010

ついでに
Christopher Lee, Charlemagne. The Omens of Death, 2013
リーが参加したレコードは他にもあるようですが(上掲自伝、p.297)、とりあえずこれは、8人ほどのヴォーカリストが各登場人物をつとめてシャルルマーニュの物語を綴るという歌劇風のアルバム。音はいわゆるヘヴィ・メタルです。こういうのを〈エピック・メタル〉に分類してよいのでしょうか。リーはシャルルマーニュとナレーションを担当しています。
ジミ・ヘンドリックスやクリームを先駆けに、1960年代末にレッド・ツェッペリン、ブラック・サバスなどなどによって展開されたハード・ロックは、しかし1970年代半ばにはパンク、次いでニュー・ウェイヴの擡頭によって、プログレッシヴ・ロックともどもオールド・ウェイヴの典型としてその滅亡を告げられたかと思われたものですが、ヘヴィ・メタルの名の下にしぶとく生き残り続け、あるいは蛸足状に枝分かれし、ついにはクリストファー・リーをリード・ヴォーカルとするアルバムが製作されるに至るという普及ぶりの点でも感慨深いものがあります(余談ですが、ヘヴィ・メタルほどではないにせよ、プログレもその一部での象徴的楽器であるメロトロンとともに再興しました)。
「楽屋の廊下にはその歌声が響いていた」というオペラ好きのリー(Mark A. Miller, Christopher Lee and Peter Cushing and Horror Cinema, 1995/2010, p.226. また p.140, p.173 など。石田一編著、『ハマー・ホラー伝説』、1995、p.105 など)、すでに90歳を超えんとする頃とあって、さすがに声の張りや伸びは控えめ気味で、製作の経緯は不詳ですが、もっと早くにこうした機会が与えられていればとも思うものの、リーのあの低い声が朗々と歌うさまは一家に一枚ものでありましょう。

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