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ハンズ・オブ・ザ・リッパー
Hands of the Ripper
    1971年、イギリス 
 監督   ピーター・サスディ 
撮影   ケネス・タルボット 
編集   クリス・バーンズ 
 美術   ロイ・スタナード 
    約1時間22分* 
画面比:横×縦    1.85:1 
    カラー 

ケーブルテレビで放映
* [ IMDb ]によると1時間25分
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 タイトルからして切り裂きジャックをネタにしたものらしいということであまり食指は動かなかったのですが、ハマーの作品だしまあ見とくかと見てみれば、おのが不見識を恥じいらずにはおれません、なかなか面白い作品でした。古城が登場するわけではありませんが、クライマックスの舞台がとても印象的だった点に加えて、それ以外にも面白いセットが出てくるので、手短かにとりあげることとしましょう。
 監督は『ドラキュラ血の味』(1970)、『鮮血の処女狩り』(1971)に続いてピーター・サスディです。
 なおこの作品では亡霊の声はヒロインにしか聞こえないので、クライマックス直前での主人公の翻意にもかかわらず、サイコ・スリラーと解釈できる余地を残していますが、後半で登場する霊媒が真相を言い当てる場面もあり、やはり超自然現象が起こったのだと見なしたいところです。


 冒頭、ホワイトチャペルのバーナー街の標識が大写しになり、カメラが引いて固定されると、右奥からマントにシルクハットの紳士が前向きで角を曲がり、背を向けて左奥へ走っていきます。それを松明を手にした4人ほどの人物が追う。切り裂きジャックの事件は実際には1888年に起こったとのことですが、その時点のロンドンで松明をかざした暴徒というのが面白いところでしょうか。ここでは人数もいささか寂しくはありますが、後にもう少し増えて再び街中を走り抜けることでしょう。
 さて、紳士はトンネル状になった路地を奥から前向きで進み、左に折れて背を見せつつ数段のぼり、奥のやはりトンネル状の路地に入っていきます。カメラは右から左へそれを追う。次いで街路を右から左へ、紳士ともどもカメラも動くのですが、この際には斜めになっています。紳士は屋内に入ると、そこでもカメラは斜めでした。ヒロインのトラウマとなる事件が起こり、タイトル・バックではまだ幼いヒロインが入れられたベッドの金色の柵がきらきら光ります。

 交霊会の場面です。テーブルの上にあたる位置にカメラが配され、ぐるりと一周して列席者を見上げます。
 散会した後、霊媒のゴールディング夫人はダイサート議員(デレク・ゴドフリー)を、施設から引きとったという17歳の娘アンナ(アンガラッド・リース)が待つ2階の部屋に案内する。アンナの母親は殺されたとのことで、娼婦だったといいます。少し後の場面とあわせると、玄関から入って数段おりて床となり、その向かいに階段が奥へのぼっています。階段は中途で踊り場となり、折れて手前にあがっていく。階段の手前には半円アーチがあって、下から見上げられます。階段の脇が交霊会の開かれた部屋で、また廊下側にカーテンをはさんでアンナの隠れていたスペースがあります。ここには覗き窓があって室内を見ることができる。
 階段をのぼると、2階、右奥から出てくることになります。この空間がなかなか凸凹しています。まずは議員、後の場面では主人公となるドクター・ジョン・プリチャード(エリック・ポーター)がこちらを向いて現われる。画面奥の壁は手前に傾いて斜めになっており、窓が設けられています。右側は手前から奥へのぼっていく上階への階段でしょうか。廊下の幅は狭い。すぐに数段おりて、左側に扉があります。ここがアンナの部屋です。議員を案内した後、夫人は右に段をのぼっていきます。アンナの部屋の室内も、扉から見て向かって右の壁は斜めになっている。
 議員はアンナに光り物を渡しますが、それを見たアンナが反応しなくなったのに業を煮やし、彼女を張り飛ばす。その音を聞きつけた夫人が右からおりてきて室内に入り、アンナをかばいます。一方外の通りで馬車を待っていたドクターは、悲鳴を聞きつけて議員と入れ替わりに屋内へ入り、2階にあがってくる。奥から手前に数段おりて右手を見やると、数段あがって扉があり、その下にアンナがうずくまっていました。向かいを振り向けば夫人が扉に寄りかかっています。夫人も手前を向いていますが、カメラは斜めです。ドクターはいったん室内に入りますが、また振りかえれば、夫人は扉ごと火かき棒に貫かれているのでした。


 警察での事情聴取、駅で婚約者ローラ(ジェイン・メロウ)を待つドクターの息子マイケル(キース・ベル)などの場面を経て、ドクターは折れた階段をおりて留置場に拘留されていたアンナを引きとります。アンナが入れられた牢にはほかにたくさんの娼婦たちがいて、これは後の場面の伏線でしょうか。
 ドクターはアンナを自分の家に連れてきて、亡き妻の部屋に入れる。室内が明るめの壁紙を貼ってあるのに対し、扉の外にのぞかれる空間は暗めです。こうした明暗の対比は後にもくりかえされることでしょう。部屋の真ん中には大きな鏡が置かれ、暖炉の炎が映っています。ドクターは小間使いのドリーにアンナの世話を頼む。アンナは感謝してドクターに抱きつきます。ドクターはいささか面食らったようです。
 同じ頃ローラも到着します。ローラは目が見えないのですが、慣れた様子で玄関をくぐり、数段おりて左から右へカメラとともに進みます。奥には2階回廊が左右に伸びており、右端から下への階段が手前におりてきて、踊り場をはさんで左にさがります。踊り場の手前の欄干のちょうど上には、広間を横切るゆるいアーチがかかっている。アーチの下からは奥へ数段あがるようです。ゴールディング夫人邸の2階廊下もそうでしたが、本作のセットには何かと段差が多い。踊り場欄干の手前を右、おそらく玄関の向かいにあたるのでしょう、書斎の扉があります。玄関の向かって左の壁には窓があり、回廊の左下にも扉があります。この扉の真上あたりが、アンナに割り当てられた部屋です。
 ちなみに玄関広間は暗めの壁紙に覆われていますが、後の場面で家のファサードは真っ白なことがわかります。


 ドクターは書斎に入ります。画面左が扉で、右へカメラとともに進む。奥には暖炉があります。書斎の手前の空間は焦げ茶の板壁ですが、両側から仕切りが出て1段上がった右奥は白塗りで、大きな窓と扉が見えます。庭に通じているのでしょうか。手前には議員が坐っており、ドクターはその背後を通り、右奥の扉を閉じ、もどってきて議員と机をはさんだ椅子につく。ここまで1カットでした。
 事情聴取の際ドクターは議員に疑いのかからないような証言をしており、その理由を問われて研究のためだと答えます。先の場面で日本語字幕によるとマイケルがローラに父はフロイトの信奉者だと説明していましたが、殺人の原因を突きとめたいと語ります。ドクターは議員には疑いを抱いておらず、アンナが犯人だと目星をつけていたわけです。アンナを引きとったのも同情だけによるのではないこともわかります。

 アンナが入浴中にドクターは平気(?)で入ってきます。このあたりの描き方はいろいろ含みがあるようです。
 レストランでマイケルとローラが踊っている。マイケルはどうも父親に苦手意識があるようです。他方ドクターはドクターでローラに対し必要以上に気を遣っている。なかなか微妙な関係のようで、これがクライマックスにつながっていくのでしょう。
 レストランで待つドクターと交互に、アンナの着付けを手伝うドリーのカットが映されます。ドリーはアンナに首飾りをつけて頬にキスする。するとアンナの耳に自分を呼ぶ声が聞こえるのでした。


 アンナがなかなか来ないのに心配になったドクターは1足先に戻ってきます。玄関を入り、手前へ進んで帽子と杖を置き、振り返って見上げると。2階回廊で放心しているアンナが下からとらえられます。ドクターは部屋に入り、浴槽にドリーの死体を発見する。いったん出てアンナを連れて階段をおり、書斎の扉から向かって右奥のベッドに寝かせる。壁は白いのですが、仕切りの手前のようです。アンナを眠らせ、書斎の扉に錠をかけて階段をのぼってアンナの部屋に入るさまが下から見上げられます。
 思案しているところへ家政婦のブライアント夫人が入ってくる。何とかごまかすとブライアント夫人は回廊下・左の扉に入っていきます。使用人用の空間に続くのでしょうか。あるいは食堂か。

 翌日、真っ白な建物の前で議員が待っています。馬車でドクターが合流する。この議員はなかなか面白い性格付けがなされており、色欲に駆られて若い娘を買おうとし、思い通りにならないと暴力に訴える一方、交霊会に参加するのはひやかしではなさそうで、最初の霊媒以外に別の霊媒をドクターに紹介したりします。霊の憑依というものを信じているようなのです。これに対してドクターは心理学で説明できると考えています。

 夜になってドクターはアンナから話を聞きだそうとします。シャンデリアがきらきら輝く。広間での声に様子を見に出てもどってくるとアンナがいない。庭への扉口の真ん中あたりで上から垂れた白布が風に揺れます。
 冒頭に続いてホワイトチャペル、バーナー街の標識が大写しになります。アンナは表通りを歩き、女たちにからかわれる。ドクターは裏通りを追い、男たちがたむろしています。アンナは娼婦の1人「のっぽのリズ」に拾われます。両脇に壁、間の階段が正面上から見下ろされ、2人がのぼってくる。あがって左に折れ、数段のぼって扉がある。ドクターが通りで女たちにアンナのことを訪ねていると、目を針で刺されたリズがよろめき出てきます。ドクターは裏通りでアンナを見つけ、馬車に乗せる。松明を掲げた今回は10人ほどの暴徒が町を駆け抜けます。女たちも何人か混じっている。すでに世は20世紀です。


 教会でマイケルとローラが結婚式を挙げているかと思ったら予行演習でした。2人の幸せそうな様子にアンナは涙ぐみます。アンナはドクターに、降霊は全部がお芝居ではなかった、霊たちは皆憎しみに満ち不幸だったと語ります。場所は教会脇の墓地です。

 議員に紹介されたマダム・ブラー邸を2人が訪れます。ブラーはこの子の中には暴力、破壊の意思があるという。誰か近い人の意思だ。彼女は母殺しを透視し、父が切り裂きジャックであることを知る。吊り下げた眼鏡がきらきらします。アンナは父の霊に取り憑かれている posessed と述べてアンナを抱きしめキスすると、「アンナ」との声がするのでした。

 帰宅すると議員が待っています。議員は当局に通報するといって出ていってしまう。ドクターは「お前を救えなかった、許しておくれ」と言ってアンナにキスします。口へのキスです。「アンナ」の声がして、脇腹にサーベルが刺さっています。
 アンナはふらふらと外へ出て、ちょうどそこにいたマイケルやローラと馬車に乗りこみます。ドクターは扉の取っ手に引っかけてサーベルを抜く。ピーター・クッシング(カッシング)ならやりそうな行為でした。のたうちながら止血もせず痛み止めでしょうか、薬だけ飲みます。


 セント・ポール(聖パウロ)大聖堂が映されます。ローラとアンナに受付が階段をあがると「ささやきの回廊」だと告げています。階段は258段あるとローラが言う。螺旋階段です。左下からのぼってくる2人が上から見下ろされ、前を横切って背を向け右上にあがっていく。ハマー・フィルムお馴染みのカットです。このカットは2度繰り返されます。後にも変奏されることでしょう。ローラが回廊の両端に立って父が詩の1節を読んでくれたと言います。
 ドクターが馬車でマイケルを拾い大聖堂に向かいます。ドクターは息も絶え絶えになっています。
 右にある半円アーチの出口からローラとアンナが出てきます。左奥にも別の出口があります。いずれも内側は真っ黒です。左側には大きく湾曲する手すりが映っています。ここはドームの頂上付近なわけです。[ウィキペディア]によると「床から85メートルの高さにあるドーム上の塔の付け根部分まで階段で上がることができ」るとのことです(→こちら。ちなみにそのページによると、この大聖堂にはジョシュア・レイノルズ、フュスリ、ターナー、ジョン・エヴァレット・ミレー、ヘンリー・ムアといった美術史でお馴染みの面々が埋葬されているそうです)。手すりの内側は幅広の3段ほどで壁にあがっており、壁沿いに木のベンチがずっと伸びています。ベンチの上に沿って茶色で、その上は白くなる。画面左半を手すりとその内側の空洞が占め、回廊と人物は右に寄せられた構図です。
 手すりから下を見下ろすと床には、中央に2重の円、そこから先尖りの帯が8方に放射している。中央内側の円は明るく反射します。この放射円のまわりは4等分され、向かって縦に数珠状の紋様が連なっています。画面上方、左右両端に白い多角形の柱の根元がのぞく。 [ IMDb ]の Trivia によるとロケを依頼したものの許可が下りず、セットを製作したとのことです。
 ローラはアンナに回廊の反対側に行くように言います。小声でささやいてもドームをはさんで伝わるというのが「ささやきの回廊」の所以なのでしょう(この言い回しについて[ウィキペディア]→こちらを参照。また英語版には実物のセント・ポール大聖堂の当該箇所の写真が掲載されています→こちら)。回廊の下には大きな半円アーチがのぞいています。アンナが下からとらえられる。手前には金属の装飾的な欄干が伸びています。背後の壁の上方にはくすんだ金色の植物紋浮彫があり、ヴォリュームがありそうです。下からドームの天井が見上げられる。だまし絵で埋められています。
 やや上から、アンナが手前を向いているところが右寄りで映されます。今度はやや斜め下からアンナの背をとらえる。画面右には欄干の端がのぞいています。黒っぽい金属です。アンナはベンチに腰かけてこちらを向きます。「ジョン先生助けて」と呟く。
 馬車でドクターがマイケルに自分は間違っていたと言い、憑霊を認めます。
 アンナに父親の声が語りかけます。日本語字幕によると「死者も生者もお前を救えない」。ローラが誰かといっしょなのと問い、今行くと右のベンチから立ちあがって手前へ進みます。左に欄干の曲線が入りこむ。
 マイケルが螺旋階段を駆けあがります。左下から手前を横切って右上へのぼるお馴染みのカットです。ローラのカットをはさんで、階段のぼりのカットが繰り返されます。ローラがほぼ水平にとらえられます。
 アンナが下から見上げられる。声は「何が現実で何が夢か、私も知らない」と言う。
 かなり上からドーム1階の床にいるドクターが見下ろされる。よろめきながらアンナに呼びかけます。
 ローラがアンナのもとにたどりつき、キスする。マイケルが回廊に着いたところがやや上から映されます。声は「この闇が見えるか。お前の心の中にある闇だ」と言う。
 ローラに襲いかかるアンナとジャックの顔がオーヴァラップするさまがアップでとらえられる。上からドクターが見下ろされ、私のもとへ来いと叫ぶ。バックには讃美歌が流れています。ドクターの声に顔がアンナに戻り、右へ目をやる。ドクターが上から、かつ斜めに映される。ローラのもとへマイケルがたどり着きます。斜め上からドクターが引きでとらえられ、次いで斜め上からのアップになる。下からアンナのアップが映されます。「ジョン先生」と呟いて、微笑みながら欄干を乗り越える。飛び降りたアンナが真上からとらえられる。寄り添うように横たわる2人を斜め上からカメラは映し、そのまま後退するのでした。

 物語の主人公というものはえてして空虚で、筋を動かすための触媒たることでその任をまっとうしがちで、それはそれで支障はないものですが、本作でのドクターはけっこう中味が詰まっていたようです。交霊会をペテンと見なす合理主義者として登場し、犯人と疑うアンナを引きとったのも研究のためという身勝手さも欠いてはいない。それでいてアンナとの接し方にとまどいつつ引きずり回され、そのことによって実の息子との間に開いた隙間を埋める何かを見つけてしまったかのようです。
 ハマー・フィルムの諸作品では悪役か、話の中で悪役化した女性のみが能動性を発揮し、善玉側の女性を得てして受動的なことの方が多い。『蛇女の脅怖』(1966)クライマックスでのヒロインの行動がはっきりしないながらも、かろうじて能動性の片鱗を垣間見せていたとは見なせるのでしょうか。そんな中でも本作のアンナは徹底的に受け身であるように思われます。ローラが目に障害を抱えるにもかからず、いたって楽天的なだけにいっそう対比が目につきました。
 また犠牲者となる女性たちが多く、アンナに対して親身に振る舞っていた点も印象的でした。娼婦のリズのみは彼女に売春させて上前をピンハネしようとしていましたが、それでも少なくともあの時点で、乱暴な行為には出ていなかった。やはり彼女に売春させようとしたゴールディング夫人は、しかし議員の暴力から彼女をかばおうとしていました。その際手にかけるのが議員ではなく夫人の方だというのは、あたかも家父長制が女たちのつながりを阻もうとしているかのごとくです。
 ローラに襲いかかるアンナがジャックとオーヴァラップしながら、最後に自分自身の姿に落ち着くのは、悪しき父であるジャックを振り払い、少なくともアンナにとっては良き父であるドクターを選んだと見なせるでしょうか。ところがそのドクターが、アンナに対して娘として接するべきか恋愛対象としてとらえているのかふらついているため、とどのつまり心中以外の選択肢を見出せなかったのでしょう。
 ドクターにせよアンナにせよいろいろとひずみまくっているとはいえ、それらが収斂するクライマックスの回廊が、水平方向には大きく湾曲する幅の狭い回廊だけからなり、そこに極端な落差のある垂直方向の空間が交わるという点で、古城映画とはいえないまでも古城性に接近した作品とは見なしてよいでしょう。

Cf.,  Peter Hutchings, Hammer and Beyond. The British Horror Film, 1993, pp.180-183

Jonathan Rigby, English Gothic. A Century of Horror Cinema, 2002, pp.183-184

Derek Pykett, British Horror Film Locations, 2008, p.63, pp.173-175
おまけ Hammer. The Studio That Dripped Blood!, 2002
2枚組の2枚目11曲目が
"Hands of the Ropper - Main Titles / Anna's Theme"
3分13秒。

 2015/3/9 以後、随時修正・追補
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