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吸血鬼ノスフェラトゥ 恐怖の交響楽*
Nosferatu, eine Symphonie des Grauens
    1922年、ドイツ 
 監督   フリードリッヒ・ヴィルヘルム・ムルナウ 
撮影   フリッツ・アルノ・ヴァクナー、ギュンター・クランプフ 
 美術   アルビン・グラウ 
    約1時間3分** 
画面比:横×縦    1.33:1 
    モノクロ、サイレント 

VHS
サイレントに挿入される字幕はドイツ語ですが、伯爵の名「オルロック」が「ドラキュラ」になるなど、役名が『ドラキュラ』のものに替わっています。

* 手持ちのVHSソフトの邦題は『吸血鬼ノスフェラトゥ』
** [ IMDb ]によると、1時間34分、1時間21分など、いくつかのヴァージョンがあるようです。
………………………

 ブラム・ストーカー『ドラキュラ』(1897)の最初の映画化作品で、ストーカーの未亡人との間に生じたゴタゴタについては、下のスカルの本をご覧ください。原作からの改変はいろいろあれど、城が登場するのは原作に応じてほぼ前半だけなのですが、これがなかなか雰囲気があります。

 やはりカメラは基本的に固定ですが、カット割りがかなりきびきびしています。末尾近く、編み物をするヒロインを背中から見たショットと手前から見たショットをくりかえしたり、あるいは後半、伯爵を運ぶ船のエピソードとレンフィールドにあたる人物のエピソード、さらにハーカーにあたる人物の帰郷のさま、ヒロインの様子などを交互に配して話を進めたりと、語り口も転換が早い。
 またこの作品では、トランシルヴァニアの山深い地域を始めとして、奥の方に傾いだ十字架が見える風の強い砂浜にヒロインをたたずませるなど、自然の景観が随所に挿入されており、個々の人間の営なみの範囲を超えて、巨大な何事かが動いていると感じさせずにいません。こうした点はヘルツォークによるリメイク(1978)でも忠実に継承されていました。


 城にたどりつくに先だっては、まず、ブレーメンの街で上司の事務所の窓から見える建物が、短いショットですが印象的でした。窓の桟の格子が垂直水平に区切るその向こうに、5~6階はありそうな建物が4棟ほど隣りあって並んでおり、いずれも斜めに傾いている。永らく空き家だったのか、窓はガラスもなくなっているかのように見えます。この建物群が後半、伯爵の拠点となるのでした。
 これ以外にも、城へいく旅の途中で泊まる旅籠の食堂や寝室、一瞬映る尖った岩の上に小屋があるように見える何か、後半の船の場面での、船長のテーブルの周囲にある段差など、面白い細部がいくつかあるのですが、ここは城の話に急ぎましょう。


 お城はまず、馬車の御者に指さされたその先に、塔として画面に映ります。次いで門の場面になるのですが、これがおそらく外壁と内壁にうがってあるのでしょうか、二重のトンネルをなしており、その奥から伯爵が登場するのです。これがたいそう印象的でした。トンネルとトンネルの間の部分も、上から見下ろす形で映され、向かって左に建物、右に階段があるようです。
 場内に入ると、食堂として用いられる広間が映されますが、その床はいくつか段差があるようで、市松模様に覆われています。高い部分には暖炉があり、さらに奥に続く階段がのぞいています。あちこちへとつながっていくこの空間の感じがたまらなかったりするのでした。随所で時計が鐘を鳴らします。
 一晩あけて、城の外観も映されます。といっても壁一面だけで、上の方に張り出し窓が見え、その下、2階あたりに戸口があって、壁に沿う木製の階段が降りています。手前には庭園でしょうか、さらに階段でくだり、その先には四阿風の見晴らし台が眺めを開いています。
 二晩目は寝室が登場し、面白い形の寝台や、窓の前の段差、天井が二連アーチになっているところなども見所なのですが、深夜、木の扉が開いて、向こう側の暗がりの奥の方から伯爵が現われるさまこそハイライトでしょう。床はやはり斜めの市松模様で、床から寝室へは何段か高くなっているらしい。
 三日目、いったん屋外に出て、トンネル状のアーチの下の階段を降りると、伯爵の棺が置かれた地下室を見つけてしまうのでした。


 城の場面は、セットとロケが組みあわされているようですが、やたらだだっ広かったり豪勢だったりしない分、かえって実在感が伝わってくるのではないでしょうか。考えてみれば屋内の場面は、いくつかの角度から撮られているとはいえ、広間、それに寝室の二種類しか登場しないのですが、必要な部分だけセットを組み立てたというのではなく、映らない部分にも廊下や階段が続いているとの感触によって裏打ちされているように思われます。これは、室内が二重のトンネルや庭園などの屋外とうまく組みあわされて、ひとかたまりの領域をなしているためなのでしょう。

 後半、先にふれたトランシルヴァニアからのそれぞれの道行きを経て、舞台はブレーメンに移ります。ここでも、レンフィールドにあたる人物が逃走する際の舞台となる街の様子など、興味深い点は少なくないのですが、それはさておき、城はエンド・マークの直前にもう一度映されます。前半では曲がりなりにも居住可能なものとして描かれていたのに、最後に映るそれは山上にあって、どう見ても崩壊がはなはだしく進んだ廃墟としか見えないのでした。
Cf.,  レオン・バルサック、『映画セットの歴史と技術』、1982、p.59、p.61

ジョン・L・フリン、『シネマティック・ヴァンパイア 吸血鬼映画B級大全』、1995、pp.28-31/no.009

デイヴィッド・J・スカル、『ハリウッド・ゴシック ドラキュラの世紀』、1997、「第2章 イギリスの未亡人対ドイツの伯爵」、また「第4章 悪魔との取引あるいは、ハリウッドは噛み付く」など


クラカウアー、『カリガリからヒトラーへ ドイツ映画 1918-1933 における集団心理の構造分析』、1970/1995、pp.78-80

The Horror Movies, 4、1986、p.150

石田一、「ドラキュラ100年史《前編》」、1997、pp.87-90

「ノスフェラトゥ ネズミと屍体と蝙蝠のキメラ」、 『yaso 夜想/特集#「ヴァンパイア」』、2007.11、pp.82-95
不死者は何度でも甦る/ヘルツォークの愛/ムルナウ版とヘルツォーク版とマーハイジ版大胆な仮設 もしもシュレックが本当の吸血鬼だったら


若山滋・今枝菜穂・夏目欣昇、「ドイツ表現主義映画にみられる建築空間」、2008

エリック・バトラー、松田和也訳、『よみがえるヴァンパイア 人はなぜ吸血鬼に惹かれつづけるのか』、青土社、2016、pp.199-203など
こちらでも挙げています。


上で触れた城への道中で映る尖った岩の上に小屋があるように見える何かや末尾での城などはスロヴァキアでロケされたものとのことで(前者を含む城の外観は Oravský zámok ("Castle of Orava County").、後者は Starý hrad ("Old Castle"), also called Starhrad (or Varínsky hrad, Varín))、この点について
吸血鬼ノスフェラトゥ」(2014/1/20) [ < Luna violacae
から
"Nosferatu locations" [ < Slovak Studies Program

に記されていることを知りました。

Jonathan Rigby, Studies in Terror. Landmarks of Horror Cinema, 2011, pp.16-17

Jonathan Rigby, Euro Gothic: Classics of Continental Horror Cinema, 2016, pp.25-28

上でも触れていますが、この映画はリメイクされました;
『ノスフェラトゥ』、1978、監督:ヴェルナー・ヘルツォーク


また撮影秘話の体裁をとった作品が;
『シャドウ・オブ・ヴァンパイア』、2000、監督:E.エリアス・マーハイジ


原作の邦訳;
ブラム・ストーカー、平井呈一訳、『吸血鬼ドラキュラ』(創元推理文庫 502A)、東京創元社、1963/1971
原著は
Bram Stoker, Dracula, 1897
562ページ。
こちらでも触れています
なお本作品では吸血鬼は朝日を浴びて消滅しました。これは以後の映画でも引き継がれていく重要なモティーフとなるわけですが、、ストーカーの原作では日中も行動しています(上の邦訳、pp.443-448)。

註釈付きの邦訳で
ブラム・ストーカー、新妻昭彦・丹治愛訳註、『ドラキュラ』、水声社、2000
があるとのことですが、未見。


ストーカーに関連して→こちらそちらも参照

ユニヴァーサルの『魔人ドラキュラ』(1931)は→こちら
ハマー・フィルムの『吸血鬼ドラキュラ』(1958)は→こちら

おまけ Best Hits Horror Movie(邦題:『ベスト・ヒッツ・ホラー・ムービー』、2006)
という成立事情のよくわからないCDがあって、その1曲目に
"NOSFERATU - Overture"(「吸血鬼ノスフェラトゥ 序曲」)が入っています。当時の曲ではなく、『吸血鬼ドラキュラ』(1958)の主題でおなじみ、ジェイムズ・バーナードが作曲したものです( [ IMDb ]によると1997年)。演奏は The City of Prague Philharmonic、指揮は Nic Raine。3分強の短いものですが、いかにもJ.バーナードという曲が聴けます。→こちらや、そちら、またあちらも参照
  Art Zoyd, Nosferatu, 1989(1)
フランスのチェンバー・ロック・グループによる無声映画とのコラボレーション。プロジェクトはこの後、『ファウスト』(1995/1926、監督:ムルナウ)、『魔女』(1997/1922、監督:ベンヤミン・クリステンセン)、『メトロポリス』(2002/1926)、『アッシャー家の末裔』(2008/1928)と続くとのことですが、いずれも未見。


また『ノスフェラトゥ』についてはファウスト(2)やジョン・ゾーンによるアルバムもあるようですが、やはり未見。
 
1. 『オール・アバウト・チェンバー・ロック&アヴァンギャルド・ミュージック』、マーキー・インコーポレイティド株式会社、2014、p.60、65。

2. 小柳カヲル、『クラウトロック大全』(ele-king books)、Pヴァイン、2014、p.59。
  吸血鬼を主題にした本なら『ドラキュラ』の話は必ず出てくるのでしょうし、原作についてのモノグラフィーというのもいろいろあるのでしょうが、とりあえず後者から手元にあるものということで;

高橋康雄、『吸血鬼ドラキュラ劇場 世紀末の散歩術』、新宿書房、1991

仁賀克雄、『ドラキュラ誕生』(講談社現代新書 1269)、講談社、1995

ちなみに同じ著者による
仁賀克雄、『〈ドラキュラ〉殺人事件』(講談社ノベルス シJ-01)、講談社、1997
は『ドラキュラ』執筆前後のブラム・ストーカーも登場する小説


丹治愛、『ドラキュラの世紀末 ヴィクトリア朝外国恐怖症(ゼノフォービア)の文化研究』、東京大学出版会、1997

平松洋、『ドラキュラ 100年の幻想』、東京書籍、1998

クリストファー・フレイリング、『悪夢の世界 ホラー小説誕生』、1998、pp.101-193:「第2章 ドラキュラ」

丹治愛、「ヴィクトリア朝を背景に誕生した『ドラキュラ』」、 『yaso 夜想/特集#「ヴァンパイア」』、2007.11、pp.162-175
清水正晴、「ドラキュラのモデル-ヴラド・ツェペシュ」、同上、pp.176-177
編集部、「『ドラキュラ』ブラム・ストーカー前史」、同上、pp.178-183


武藤浩史、『「ドラキュラ」からブンガク 血、のみならず、口のすべて』(慶應義塾大学教養研究センター選書 3)、慶應義塾大学教養研究センター、2006

小野俊太郎、『ドラキュラの精神史』(フィギュール彩 77)、彩流社、2016
同じ著者による→こちらを参照

The Horror Reader, 2000, "Part Five: Reading the King Vampire
pp.145-147: Ken Gelder, "Introduction to Part Five"
pp.148-160, Chapter 12 : Franco Moretti, "Dialectic of Fear"(extract)
pp.161-171, Chapter 13 : Stephen D. Arata, "The Occidental Tourist. Dracula and the anxiety of reverse colonization"(extract)
pp.172-183, Chapter 14 : Jennifer Wicke, "Vampiric Typewriting. Dracula and ist media"(extract)

 2014/08/22 以後、随時修正・追補
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