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カリガリ博士
Das Cabinet des Dr. Caligari
    1919/20年*、ドイツ 
 監督   ロベルト・ヴィーネ 
撮影   ヴィリイ・ハマイスター 
 プロダクション・デザイン   ヴァルター・ライマン、ヴァルター・レーリッヒ、ヘルマン・ヴァルム 
 セット装飾   ヘルマン・ヴァルム 
    約1時間7分** 
画面比:横×縦    1.33:1 
    モノクロ、サイレント 

DVD
サイレントに挿入される字幕は英語版になっています。
* 製作は1919年となっている場合と1920年となっている場合があります。[ IMDb ]によると公開はドイツで1920年2月。

** [ IMDb ]によると、フランス版は1時間18分、スペイン版は50分、USA版は1時間7分など、いくつかのヴァージョンがあるようです。
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 表現主義映画を代表するとされる作品の一つで、超自然現象も起こりませんし、お城も出てきませんが、舞台となる町全体が、屋内であれ屋外であれ、一連なりの迷宮的空間をなしています。子宮的とも呼べそうな、夢の浮遊感に浸されていると言えるでしょうか。冒頭と終わり近くの2度現われる公園の場面を除けば、全篇この調子で、セットに重々しさはあまり感じられませんが、その分かえって、お話の結末から後付けすれば、誰かの頭の中に放りこまれたような閉塞感を覚えるかもしれません。

 バルサックの下掲書によると、この作品のセットは「木材とスタフの代りに幕」(p.56)に描かれたものとのことです。室内、街路、屋外それぞれに数種類のセットがあって、室内の場合、見た目では陰なのか色のついた面なのかわからないところも見えます。ヒロインの家の居間のように曲線が強調されている場合もありますが、多くは直線的で、キュビスムというかファイニンガーあたりの切り子面を連想させなくもありません。しかし完全な直線というには有機的にひずんでおり、垂直水平よりは斜めになっているものが多い。遠近の後退は加速され、床なり地面にも星形などの文様があったりします。2度大きく映しだされる、警察らしきところへ通じた階段は、室内なのか屋外なのかよくわかりませんでした。一切がセットの歪みに覆い尽くされるためか、屋外の場面でも、空に向かって開放された感触はあまり感じられないように思われます。


 カメラは基本的に固定で、一カット内で首を振ったりズームないし移動することはほとんどありません。人物のアップを映す時でも、いったんカットを切り替えています。そんな中、人物たちは手前と奥との間を行き来することが多い。
 とりわけ印象的だったのが、ヒロインが眠り男チェザーレ(ツェザーレ)に攫われる場面で、まず、ヒロインの寝室の奥からチェザーレが現われて、手前にいるヒロインの方へ向かってきます。この寝室がやたら広くて、天井もえらく高く、奥の窓もやたら大きいのはともかく、手前のヒロイン周辺の白とチェザーレの暗さが効果的に対比されていました。ちなみにカリガリ博士とチェザーレの棺が仮の宿にしているらしい小屋も、こちらはやたらと小さいのですが、ごちゃごちゃした周囲の中にあって、壁の白さが強調されています。

 話を戻すと、ヒロインを攫ったチェザーレは、屋根伝いということなのでしょうか、黒っぽい斜線でできた構造物の上を、今度は奥に向かって進み、次いで、高低差のあるアーチ状の橋を渡って奥から手前へやってくる。この橋の場面では、屋外の明るさが画面を浸しています。
 とはいえ手前↔奥の行き来はやや理に落ちる感なしとせず、とりわけ奥が画面と平行な閉じた壁などになっている場合、舞台を前にしているように見えます。むしろ何度か出てきた、壁に沿って人物が進む場面などの方が、空間を動く感触は出ていたのではないでしょうか。

 バルサックの本の巻末に収められた「映画セット論集」中の「空間のリアリズム」(無記名、1951、pp.315-319)を見ると、『カリガリ博士』に対して批判的な見解が述べられています。面白いことに『アッシャー家の末裔』(1928)を監督したジャン・エプスタンも、年記不明なのですが、「セットと人物」(pp.328-329)で「『カリガリ博士』は映画におけるセット濫用のいちばん良い見本である。『カリガリ博士』は映画の重病人を示している」と記しており、つまるところやり過ぎと見なされたのでしょう。

 余談ですがシャーリイ・ジャクスン『山荘綺談』(1959:小倉多加志訳、ハヤカワ文庫、1972)の「どの角度も-全部ほんの僅かずつ食いちがってる」(p.127)建物というアイデアも、『カリガリ博士』あたりにヒントを得たのかもしれないと思ったりしたことでした(→こちらも参照)。
Cf.,  この作品についての文献は山ほどあることでしょうが、とりあえずセット等については;
レオン・バルサック、『映画セットの歴史と技術』、1982、pp.55-58

D.アルブレヒト、『映画に見る近代建築 デザイニング・ドリームス』、2008、pp..73-75

若山滋・今枝菜穂・夏目欣昇、「ドイツ表現主義映画にみられる建築空間」、2008

Film Architecture : Set Designs from Metropolis to Blade Runner, 1996, pp.50-57

プロダクション・デザイン、セット装飾にクレジットされているヘルマン・ヴァルムについては、本サイトから他に;『死滅の谷』(1921)、『吸血鬼』(1931)

内容面では;
S.S.プロウアー、『カリガリ博士の子どもたち』、1983、「第7章 恐怖映画のイコノグラフィー ヴィーネの『カリガリ博士』」

また
ジークフリート・クラカウアー、丸尾定訳、『カリガリからヒトラーへ ドイツ映画 1918-1933 における集団心理の構造分析』、みすず書房、1970/1995、「第2章-4 カリガリ博士」
原著は Siegfried Kracauer, From Caligari to Hitler. A Psychological History of the German Film, 1947
本書については→こちら(『プラーグの大学生』)や、そちら(『ゴーレム』)、またあちら(『死滅の谷』)こなた(『吸血鬼ノスフェラトゥ 恐怖の交響楽』)に、そなた(『メトロポリス』)でも挙げています

ルードルフ・クルツ、外村完二訳、「表現主義映画」、『ドイツ表現主義 3 表現主義の演劇・映画』、河出書房新社、1971、pp.319-334
原著は Rudolf Kurz, "Expressionistischer Film", 1926
訳者による「映画について」(pp.376-382)も参照 

澁澤龍彦、「カリガリ博士あるいは精神分析のイロニー」(1963)、『澁澤龍彦集成 Ⅶ 文明論・芸術論篇』、桃源社、1970、pp.338-342
同じ著者による→こちらを参照

The Horror Movies, 4、1986、p.148

Jonathan Rigby, Studies in Terror. Landmarks of Horror Cinema, 2011, pp.12-13

Jonathan Rigby, Euro Gothic: Classics of Continental Horror Cinema, 2016, pp.19-22
 2014/08/20 以後、随時修正・追補
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