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怪談
Kwaidan
    1964年、日本 
 監督   小林正樹 
撮影   宮島義勇  
編集   相良久 
 美術   戸田重昌 
 照明   青松明 
    約3時間2分 
画面比:横×縦    2.35:1 
    カラー 

DVD
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 小泉八雲ことラフカディオ・ハーンの短篇4篇をオムニバス形式で映画化した作品。音楽・音響を武満徹が担当しており、これが作品の与える印象に大きな比重を占めています。

 第1話「黒髪」は、水に黒・赤・青などの絵具が垂れるさまを映したオープニング・クレジットとあわせて約40分、『雨月物語』の「浅茅が宿」を思わせるお話です。草がボウボウと生えた中、屋敷の門を正面からとらえたショットで始まります。門は奥へ開くのですが、カメラは間を通らず、その上に舞いあがって、見下ろしながら玄関先から屋内に入り、廊下を進みます。壁は漆喰の白がいささか汚れた態をなし、柱や梁、扉、床は木の褐色です。カメラは右から左へパンしたり、後退するかと思えば前進し、廊下の先の扉に行き着く。その向こうは庭を囲む縁側のようで、向こう側の部屋の窓に灯りがともっています。玄関から奥の部屋までの道行きは、後にも変奏されることでしょう。この道程こそが第一篇の見所にほかなりますまい。

 京にあるこの屋敷を飛びだして主人公が任地で住む屋敷では、両側を軒先にはさまれた中庭の眺めが印象的でした。左右相称の構図で、奥の屋外だけでなく、手前の方にも枝葉のない暗い木の幹が何本も、画面上端までまっすぐ伸びています。中央には篝火が置かれ、その後方には少し高くなった壇のようなものが見えます。奥の木々の前では柵が横にひろがっている。画面は暗くなり、また明るくなります。奇妙なまでに垂直性を強調した幹の林立は、第2話や第3話にも見受けられることでしょう。
 中庭の景色は後にも映り、この時は少し斜めにとらえられます。やはり奥には数段のぼる壇が配されているのですが、両側の軒先の向きが前とは違っていたようにも見えました。この中庭はさらにもう一度、奥の柵の方から見る形で登場します。この際は前二度より狭く感じられたことでした。

 その間一度、京の屋敷が回想という形で映っていましたが、その後実際に戻ってくると、当初から荒れ気味だった様子はさらに黒ずんでいます。主人公は何度か床を踏み抜きながら、玄関先から廊下を進みます。廊下の先の扉を開き、何段かくだって、また廊下を妻の待つ部屋へ向かう。部屋の手前、向かって右側は土間になっており、大きく丸みを帯びた水盤が置いてあります。また廊下には黒っぽい布が何本も垂らされています。
 妻の部屋では、手前に機織り機、奥は一段高くなって、そこに糸車が見えます。高くなった部分の突きあたりは戸口で、向こうには衣紋掛けに赤い衣がのぞく。奥の部屋は寝所で、そのつきあたりの壁には刳った部分があり、そこに仏像が安置されているようです。

 第2話「雪女」は約42分、主人公の小屋や、土手の手前の水車のある水辺なども面白いのですが、何といっても眼球のような雲だか何かが浮かぶ空のありさまが印象に残ります。冒頭、両側に木の幹が立ち並び、その真ん中を道が通っています。左右相称の景色で、薄緑の空には白黒の巨大な巴紋のようなものが浮かんでいます。きわめて人工的であるがゆえにかえって、非現実的であることこそが実在感を獲得するのでした。
 次いで風に揺れる枝葉のアップにカメラは接近します。うごめくような生動感に満ちていました。今度は真っ白な樹氷がまばらに散らばった野原ですが、空には小さな球や大きな球が、流れにまとまったり散らばったり数多く浮かんでいたりします。
 主人公ともう一人は吹雪の中、何とか渡し小屋にたどりつきますが、その夜、眠りこむ連れの前に立つ長い黒髪に白装束の女は、しばらくの間後ろ姿で通します。これがなかなか無気味でした。
 渡し小屋は一面の雪のさなかで、旗の赤が目を打ちます。夜が明けると、空は真っ赤で、下の方のみがぎざぎざの白なのでした。


 吹雪の夜から一年後、夕焼けの森はやはり幹ばかり縦に伸びて、枝葉がありません。かと思うと、主人公と旅の娘が歩く林では、木の幹は細く、下の方から枝が網の目状にひろがっています。二人が野原で戯れる場面では、空の真っ赤な太陽に、細かな罅が走っているかのようで、罅の向こうから光が洩れだしています。
 またクライマックスの夜空では、黒い瞳孔の眼球が浮かんでいます。一方屋内では、雪女の両目付近がアップになるのでした。


 第3話「耳無し芳一の話」は約1時間15分、冒頭の壇之浦の戦いの場面は、いかにもセット然とした舞台で、動きも様式化されています。空には赤い筋がうねり、御子たちが入水する水面も赤でした。

 主人公が身を寄せている寺の手前には池があり、そこにゆるく盛りあがる石橋が架けられています。その向こうには左上がりで幅の広い石段が見える。石段の右は石垣で、その上に鐘楼があります。石段の上にはまたしても幹が並んでいます。
 寺の裏側には井戸があり、背の高い柱に、桶を汲みあげるための斜めの長い棒がとりつけられています。奥には数段あがって灯籠がある。その上には柱と梁を組みあわせただけの簡素な門。カメラは左から右へ、ゆっくり動きます。右に隙間の広い柵が設けられている。
 主人公は武者に連れられ、数段くだってしばらく進み、右に折れ、木立の間の狭い道をまっすぐ歩いていく。その背をカメラがとらえます。空は真っ青です。
 道の奥には、数段あがって、門とその左右に伸びる塀が左右相称で見えます。柱や塀の板は青、格子は銀灰色です。二人の背をカメラは俯瞰します。武者の「開門!」の声で門は開き、カメラが前進する。奥には篝火があり、そこに青い光が斜めに射しています。のぼりの石段をカメラは正面からとらえる。上には青い柱が七本ほどあり、赤い旗が翻ります。カメラは上昇します。さらに奥にも扉があります。その門が開くと、数段あがって、まっすぐ廊下が伸びている。左右には柱が並んでいます。ここも左右相称です。突きあたりは宙空で、左右に上端が斜めに切られた柱が5本ほど見えます。上には梁がかかっていますが、天井はない。カメラは下を向き、後退します。左側にも梁と列柱があります。
 二人はさらに、斜め横からとらえられた柱と梁のみの廊下を進む。カメラは右から左へ追います。

 主人公の後を追って、寺男二人がやってきます。枝のない幹が立ち並んでいます。手前には低い立石や卒塔婆があり、道の向こうにも人の背丈の倍以上はありそうな卒塔婆が二基見えます。上には井桁があり、奥には立石で囲んだ上に立像が据えられている。

 簾があがると、中央の壇上に童が坐しています。ここも左右相称です。手前と少し奥には柱があり、さらに奥に先端の切れた柱が覗いています。青い空に、横に伸びる赤い雲がかかっている。カメラは後退していく。両脇にも柱と梁による空間のあることがわかります。
 壇上に坐す主人公をカメラは上から見下ろします。いったいにこの作品では、俯瞰が多く用いられているようです。壇の周りはもやに覆われた白い水面のようで、宙に浮いているかのように見えます。左右相称のままカメラが後退すると、主人公のいる壇の前方は正面の回廊に対して途切れていることがわかり、またその周り、左右や手前にも回廊があり、たくさんの人物がいる。主人公の壇の後方は狭くなっていて、後ろの回廊に渡されています。
 カメラはいったん主人公の高さになり、やや斜めからとらえたかと思うと、左右相称に戻って、背後から後退しつつ俯瞰し、今度は前方からやはり後退しつつ俯瞰する。また主人公をアップでとらえ、また背後から後退しつつ俯瞰して静止する。人物は静止したままこうした動きがくりかえされることで、浮遊感が生じます。その動きに、いささか出来の粗い絵巻を映すショットが混ぜられます。やがてカメラは前方から右へパンし、そのまま後方までぐるっと回る。すると前方にいるのは亡者に変じ、前進して近づくと、その前には倒れ臥す者たちがいる。カメラはまた後退してパンすることをくりかえします。カメラの動きが続く内に場面全体が暗くなったり明るくなったりし、周りの人物たちの姿も整列から立ち姿へ、あるいは卒塔婆や石碑ともなり、また元に戻ったりします。背を見せる主人公の前には仏像があり、左右は暗い幹がまっすぐ上辺まで伸びている。

 主人公を追ってきた二人が何とか連れ戻し、前屈みから起きあがる背中のアップが映されます。主人公のからだを経文で埋め尽くそうとする場面の冒頭です。
 寺の裏口付近もけっこう空間が入り組んでいます。外は真っ赤に染まっている。かくしてクライマックスを迎えることになります。
 エピローグは昼間、カメラはやはり前進しては後退する。池の橋の上に主人公は坐し、まわりを取り囲む人々のために琵琶を弾じるのでした。


 第4話「茶碗の中」は約25分で、4篇中いっとう短いことになりますが、原作に従って結末が宙吊りになることも相まって、不条理感ただようトリの役割をりっぱにつとめています。そればかりか、廊下の空間が充全に活かされている点も注目すべきところでしょう。
 お話は明治22(1899)年の情景をプロローグに、約220年前、天和2(1682)年に跳びます。昼間、カメラは俯瞰から仰角に、上下に回転して斜めになれば、黒い茶碗のアップとなります。


 舞台は主人公が勤める屋敷に移ります。左右相称で廊下を正面からとらえれば、左右には床より一段上がって襖が並びます。突きあたりは、右に白い障子が見える。そこを左から右へ、灯りを点す人物が通り過ぎ、次いで手前を右から左へ別の人物が通ります。その人物に従ってカメラも右から左へ動く。すぐ奥には白い障子があり、人物の影が落ちる。その先は、左に衝立のある出入り口が見える。その左脇には大きな時計があります。その向こうにも茶色の梁と柱に白い壁の空間、そこに入ると、また左右相称になる。左と右で人物が向かいあい、当直を交替します。
 左手にくぼんだ空間があり、時計が上で外ふくらみに曲がってから、今度は下で内ふくらみに曲がる脚の上にのっています。奥にはその影が大きく落ちている。カットが換われば、視点は時計の側からのものになり、手前左に大きく湾曲するその脚が映ります。交替した主人公のアップを下から見上げ、引きの俯瞰になってからカメラは静止する。また下から見上げ、左から右へ視野を移すと、手前に茶碗があります。斜め上から主人公を見下ろし、カメラは近づく。茶碗のアップを下からとらえ、次いでやはり下から時計のアップを見上げる。奥にはその影。引きの俯瞰になると、右手前に時計があり、主人公は茶碗をはたき落とします。転げ落ちた茶碗の右には台の格子が見え、左奥へ続いている。
 そのままカメラは上を向き、時計の左に別の人物がいます。奥から光が射している。主人公が後ずさると、カメラもわずかに後退します。時計の脇の人物はシルエットと化します。一方を下から接近してアップにとらえれば、もう一方も下からアップになり、それからカメラは後退する。二人が言葉を交わせば、時計の影はさらに大きく、しかし輪郭はぼんやりしています。主人公の影はくっきりしており、左には時計の下半分が大きく映る。
 主人公は時計の間から左奥へ、そこは二重になった襖に細かい円文が施されています。戻って槍をとり、廊下から左奥の側廊のある廊下へ、そしてさらに右へ走る。正面から廊下がとらえられます。左側は下半が板貼りで上半が障子、右側は床までの障子で、双方奥から光が射しています。主人公は奥から手前へ走ります。手前右には灯籠があります。手前を左へ曲がると、カメラも下から主人公とともにドリーします。また別の廊下となり、左奥から現われ、「方々!」と呼びかけて奥へ数段おりる。左手前から声を聞きつけた「方々」が背を見せて登場、奥へ進みます。斜めに廊下がとらえられ、方々は左から右へ走り、そのまま角を左へ折れます。カメラが前進すると、少し先の右手に下への段があります。奥からも方々が現われ、この段を下り、数段おりればすぐの角を左へ曲がる。
 カットが換わると屋外となります。人物も静止しており、3カット目に主人公が手前から奥へ進みます。画面はほぼ左右相称に移ります。左から、右から、手前から方々が集まり、カメラは手前の門越しの俯瞰となります。やたらと廊下や角のある屋敷を走り回るという、いっしょに走りたくなるようなシークエンスでした。


 次いで主人公の自宅に舞台は移ります。主人公は自室を出て左へ曲がり、廊下を手前から奥へ進みます。そこそこ長さのある廊下です。角の手前でいったん止まり、それから左へ折れる。カメラは仰角になっています。主人公の背を追ってカメラも前進する。ここもそこそこの長さがあります。角をまた左に曲がれば玄関でした。ここまで1カットです。
 玄関先には茶碗の中の水面に現われた人物の家臣だと名乗る3人が待っています。それぞれ緑・柿色・紺の羽織をまとっており、紺の人物は天本英世でした。この後、玄関と門の間の庭で立ち回りというか、主人公が三人を追っかけ廻し、翻弄される場面となります。その間、カット割りとそれに伴なう視角の変化、カメラの動きが細かく変化します。玄関から門までは石畳がつないでいるのですが、手前では少し右に傾き、折れるとまっすぐになります。手前に3人の背中、奥で主人公がこちらを向く。3人が後退するとともにカメラも後退します。3人は瞬間移動し、同じ配置になると、主人公はスロー・モーションで前へ進む。槍をふるう主人公をカメラは斜めにとらえる。3人は影のみです。走る3人に槍があたると、ストップ・モーションとなり、また3人が主人公を取り囲んでいます。狂笑する主人公のアップとなって、いきなりカットが換わる。.


 すると明治に戻っています。土間の奥に書斎があり、その入口の手前には上への急な階段が見えます。土間が暗くなると、そこの壺の中の水面に、書斎にいるはずだった作家が映っているのでした。
 カメラは書斎に戻り、画面は暗くなり、床に転がって横倒しになった薄紅色の茶碗をアップで映し、フェイドアウトして「完」となる。

Cf.,  日本特撮・幻想映画全集』、1997、p.162

「戸田重昌」、『映画のデザインスケープ 都市/フォルム/アートの読み方』、2001、pp.200-201

「LEGACY:戸田重昌」、『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』、2014、pp.104-105

José María Latorre, El cine fantástico, 1987, pp.201-210 : "Capítulo 14 Intermedio con Mizoguchi"
この章で取りあげられているのは、『雨月物語』(1953、監督:溝口健二)、『怪談』(pp.208-209)、『薮の中の黒猫』(1968、監督:新藤兼人)、『鬼婆』(1964、監督:新藤兼人)

原作の内「耳なし芳一のはなし」と「雪おんな」は
ラフカディオ・ハーン、平井呈一訳、『怪談 不思議なことの物語と研究』(岩波文庫 赤 244-1)、岩波書店、1940
原著は
Lafcadio Hearn, Kwaidan, 1904
に、
また
「黒髪」の原作「和解」(『影』(
Shadowings, 1900)所収)と「茶わんの中」(『骨董』(Kotto, 1902)所収)とあわせて、
池田雅之編訳、『妖怪・妖精譚 小泉八雲コレクション』(ちくま文庫 こ 26-1)、筑摩書房、2004
にも収録されています。

 2015/01/03 以後、随時修正・追補
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