ホーム 宇宙論の歴史、孫引きガイド 古城と怪奇映画など 美術の話 おまけ
亡霊怪猫屋敷

    1958年、日本 
 監督   中川信夫 
撮影   西本正 
編集   後藤敏男 
 美術   黒沢治安 
 照明   関川次郎 
    約1時間7分* 
画面比:横×縦    2.35:1 
    モノクロ、パート・カラー 

DVD
* 他の資料ではいずれも1時間9分となっています。
………………………

 中川信夫が『怪談 累が渕』(1957、未見)に続いて監督した大蔵貢製作による新東宝の怪談映画で、この後同年の『憲兵と幽霊』、翌1959年に『女吸血鬼』と『東海道四谷怪談』、60年『地獄』と連なることになります。原作は橘外男とのことですが、未見(下掲の川部修詩『B級巨匠論 中川信夫研究』(1983)では『見えない影に』、『東京新聞』(夕刊)、1956-57 となっていますが(p.127)、日本語版ウィキペディア該当頁(→こちら)によるとこれは誤記で(「概要」の(4))、『怪猫屋敷』、1954、連載時は藤崎彰子名義『山茶花屋敷物語』、『少女の友』、1951-52、1958に『亡霊怪猫屋敷』と改題再刊)。
 『怪談佐賀屋敷』(1953)、『怪猫有馬御殿』(1953)、『怪猫岡崎騒動』(1954)とこれまで入江たか子主演の大映化猫映画を三本見てきましたが、それらを含む化猫映画史なり、新東宝の怪談映画群の中での位置づけは、残念ながら不勉強のためできません。佐賀・鍋島の猫騒動が元になっているので、『怪談佐賀屋敷』もその一例だった鍋島ものとお話の点で共通する点は少なくないでしょうし、〈猫じゃらし〉、行灯の油舐め、生の鯉掬いなど化猫映画の定番は、本作でもきっちりおさえられています。
 他方少なくとも先の三作でクライマックスに配された大立ち回りはここには見られず、ということは化猫退治によって一件落着とは本作ではいかず、「時代篇」を「現代篇」ではさむ組立とあいまって、怪談映画の常道に則って怨敵は滅びるものの - ある意味で先の三作以上に無惨な形とも見なせましょう -、呪い自体は先送りされることになりました。
 また和風のお屋敷のセットは、素人目で見るかぎりではありますが、先の三作と共通する点が多いように思われました。畳の間が縁側より一段高かったり、また縁側廊下の外寄りが一段低くなっていました。『怪猫有馬御殿』や『怪猫岡崎騒動』でも見られましたが、こういう作りが実際にあったということなのでしょうか、また外縁(濡れ縁)と内縁ないし入側縁、くれ縁というのにあたるのでしょうか。『怪猫岡崎騒動』に登場した途中で高くなる縁側廊下が本作にも見られ、その高床部分が重要な役割を果たす点も注目すべきかもしれません。
 何よりプロローグとエピローグでの病院内、始めての屋敷訪問、クライマックス直前の180度(?)パンなど、「現代篇」での上下し左右し前後する撮影や編集は、中川信夫監督作品の真骨頂でありましょう。

 撮影の西本正は『憲兵と幽霊』と『東海道四谷怪談』にも続投、1960年代以降香港に渡り、賀蘭山(ホー・ランシャン)として『ドラゴンへの道』(1972、監督:ブルース・リー)など多くの作品を手がけたとのことです。日本語版ウィキペディアの該当頁などでご確認ください(→こちら)。
 「『地獄』にしても『東海道四谷怪談』にしても『これは黒澤がやったんだ』と口癖だったですよ」(下掲の『地獄でヨーイ・ハイ! 中川信夫』、2000、p.34)という美術の黒沢治安は『怪異談宇都宮釣天井』(1956、未見)以降、『憲兵と幽霊』、『女吸血鬼』、『東海道四谷怪談』、『地獄』その他に参加しています。『地獄でヨーイ・ハイ! 中川信夫』、pp.32-36 に「黒澤治安インタビュー」が掲載されていますので、ご参照ください。下掲の山田誠二、『幻の怪談映画を追って』、1997、p.111 も参照。
 音楽の渡辺宙明は『怪談 累が渕』、『東海道四谷怪談』と『地獄』などに参加、1970年代以降は多くのアニメを手がけました。[ allcinema ]などでご確認ください。また『地獄でヨーイ・ハイ! 中川信夫』、pp.48-53 に「渡辺宙明インタビュー」が掲載されています。下掲の泉速之『銀幕の百怪 本朝怪奇映画大概』、2000、pp.191-196:「第6章 十、渡辺宙明と『秘録怪猫伝』」も参照。
 脚本(藤島二郎と共同)および助監督の石川義寛は『怪談 累が渕』(助監督のみ)、『憲兵と幽霊』、『女吸血鬼』、『東海道四谷怪談』に参加、以後監督・脚本として『怪猫 お玉が池』(1960)、『怪猫 呪いの沼』(1968)などを手がけました(双方未見)。山田誠二、『幻の怪談映画を追って』、pp.106-122 に「第5章 石川義寬監督 『怪猫 お玉が池』『怪猫 呪いの沼』を撮った男」として、また下掲『最恐ホラー大全【邦画編】』、2004、pp.41-43、60 にもインタビューが掲載されています。泉速之『銀幕の百怪』、pp.180-183:「第6章 七、石川義寬と『怪猫呪いの沼』」も参照。


 勤め先の病院が停電になった夜、医師久住哲一郎(細川俊夫)は六年前に遭遇した不思議な出来事を回想します。妻の頼子(江島由里子)が結核を患ったため、転地療養を兼ねて頼子の実家のある北九州で、頼子の兄健一(倉橋宏明、『憲兵と幽霊』に出演)が所有だか手配した古い屋敷に身を寄せ、そこで開業することになりました。着いて早々頼子は無気味な老婆(五月藤江。『女吸血鬼』にも出演、川部修詩『B級巨匠論 中川信夫研究』、p.128、また泉速之『銀幕の百怪』、2000、pp.154-158:「第6章 二、五月藤江と『花嫁吸血魔』」 を参照)を目撃、遂には二度に渡って首を絞められるにいたります。
 一件を案じた健一に連れられ、久住は了福寺で慧善和尚(杉寛。また林寛、『東海道四谷怪談』、『地獄』に出演)からかつて「小手毬(こでまり)屋敷」と呼ばれたそこで起きた惨劇について聞くことになるのでした。約24分、それまでの青みがかったモノクロから画面はカラーに移ります。
 小手毬屋敷の主・大村藩(肥前国彼杵地方)城代家老・石堂左近将監(しょうげん)(芝田新、『憲兵と幽霊』や『東海道四谷怪談』にも出演)は癇癪持ちでした。碁の指南役・竜胆寺小金吾( 中村龍三郎、『東海道四谷怪談』に出演)を口論の末切り捨ててしまい、家人・佐平次(石川冷、『怪談 累が渕』、『東海道四谷怪談』、『地獄』に出演、また川部修詩『B級巨匠論 中川信夫研究』、p.128 参照)に手伝わせ、床の間の掛軸の裏の隠し部屋に塗り籠めてしまいます。
 盲目でお歯黒の母・宮治(宮田文子、『怪談 累が渕』、『憲兵と幽霊』、『地獄』に出演)の元に小金吾の亡霊が現われます。抗議に出向いた宮治は、しかし彼女に若い頃懸想していた将監に慰み者にされてしまい、猫のたまにおのが血を吸って石堂家の血の続くかぎり末代まで呪っておくれと言い残し、自害します。
 約40分、怪異の始まりです。掛軸の壁に血が滲みだしたのを皮切りに、おばばこと将監の老母(五月藤江)に宮治の亡霊が〈猫じゃらし〉を施して取り変わり、小金吾の友人でもあった将監の息子・新之丞(和田桂之助、『女吸血鬼』に出演)の思い人である腰元・八重(北沢典子、『怪談 累が渕』、『東海道四谷怪談』に出演)を誘導して将監の毒牙に掛けさせた上、亡霊と見間違えられ斬られるにいたらしめる。一方おばばは障子の透き間から覗きこんだ腰元お里(辻祐子)に「お前見たな」と、〈猫じゃらし〉にかけては帯を解いてクルクル回転させたり、池の鯉を掬いとったりします。正体を察知した将監はおばばを急襲するも翻弄され、ついには実の息子と斬り結びあってしまうのでした。
 約1時間、モノクロの「現代篇」に戻ります。頼子兄妹は佐兵次の裔だという。和尚からお札を渡され屋敷の各所に貼るも、風吹きすさび雷轟く夜、老婆が現われます。そして……以上が大まかな粗筋です。


 やや右上がりに見える塀の上で猫が鳴いています。左奥で球形の灯りが柱の上にのっている。停止してタイトルがかぶさり、オープニング・クレジットとなります。クレジット終了でまた動きだしたかと思ったら、球形ランプが消え、替わって懐中電灯の明かりが壁に落ちます。右に動くとカメラ、次いで猫も右に向かいます。暗がり、左右反転した「…科病院」の標識、暗がり、カメラがやや下に落ちると廊下でした。足音が響く。右奥へと廊下は続きます。左向かいが窓や扉のある壁です。奥の方にのぼり階段が見えます。5~6段で踊り場、左へ折れるようです。階段下は斜め奥へ欄干が伸び、それから右下へくだっている。階段の方へまっすぐ進みます。階段の手前で右から左へ担架を運ぶ看護士が通り過ぎます。担架の上の男は亡くなっているようにも見える。そのまま懐中電灯の円光は階段へ、のぼっていきますが、カメラの位置は手前の空中にあるかのようです。上の階でカメラごと右から左へ、扉がありました。右から伸びた手が開きます。中は薬品棚、カメラは少し右へ、骸骨に人体模型を見てからまた左へ進む。少し向こうに男の姿をとらえ、カメラだけそのまま左へ回りこみます。男声のモノローグがかぶさる。足音は続いています。坐って煙草を吸う男を中央に配したままカメラは後退します。止まる。ここまでで約5分でした。

 下掲の滝沢一・山根貞男編、『映画監督 中川信夫』、1987 所載の「インタビュー 全作品を語る」で聞き手の桂千穂が「あれも一階から四階ぐらいまで、延々と階段をのぼる細川俊夫にカメラを付けて……」と述べ、中川信夫は「それもオーバーだな(笑)」と返していますが(p.215)、実際一階分しか登っていない。しかしそんな記憶違いを引き起こすような何かがこのプロローグ部分にはあったのだと考えることもできるでしょう。
 約1時間5分、エピローグは再び足音とともに階段をのぼるカメラで始まります。主観ショットというには少し距離があるようにも思われる。踊り場で左へ折れ、2階でさらに左へ、扉の前まで来る。上についたガラス窓からか、けっこう高い位置から奥で坐る久住がとらえられます。ノックした人物が入ってくると、停電が復旧するのでした。


 話を戻すと、走る汽車の外観、車内、また汽車に続いて海沿いの道を走る車、本篇中でもっとも開放的な眺めでしょう。
 黒猫を危うく轢きそうになって急停車、その後短いトンネルを抜けたすぐ先で車は停まります。左に石垣があり、少し廻って奥へ登っていく階段がありました。石段は丸味を帯びています。そこそこ登るようです。カメラは階段を下から見上げたかと思えば、登る足元だけを近距離で真横からとらえつつ途中まで上昇したりします。
 途中から右へ、暗がりになって約8分、奥の立派な門を手前の木越しにとらえつつ上昇します。木の枝に鴉が止まっていました。久住と頼子、健一は左奥から視界に入ってきます。
 三人が門に向かうとカメラはやや下降、開いた向こうは草がボウボウです。三人の背を追ってカメラは前進します。右上から黒猫が頼子の足元に飛び降ります。
 左に家屋がのぞいています。頼子が左手前の少し右に出た小屋状になった中を見ると、石臼を轢く老婆がいました。久住を呼んでまた小屋の入口へ、カメラは左へ、ここまで1カットでした。
 奥に進んで左が玄関のようです。中に入る三人をとらえたカメラはそのまま上昇、屋根を近距離でアップにしてから、今度は屋内に切り替わります。左から右へドリーする。手前の破れた障子越しに荒れ果てた部屋が見え、右奥に奥への廊下がありました。そこを三人が進んできます。カメラはさらに右へ、部屋の境を超えて縁側廊下が手前から奥へ伸びている。右手は雨戸です。雨戸の透き間から洩れる光の線が何本か床を横切っています。廊下のさまやその床に洩れる光は後に変奏されることでしょう。三人はこちらにやってきます。
 足跡がついていると頼子がいいます。カメラは低い位置で斜め上から床の足跡をたどって前進します。雨戸は左に来る。足跡が途中で消えていました。カメラはそのまま少し進み、切り替わって進む三人を正面からとらえつつ後退します。
 また切り替わると今度は天井の高さから俯瞰です。右から左へ、欄間越しになる。頼子が左を向いて床の間の壁のことを話しますが、この際は実物は映りませんでした。ここまでで約12分でした(『怪談』(1964)の第一話と比べられるでしょうか)。


 鴉が三羽止まる木のカットをはさんで、雨の日、既に開業しています。「久住醫院」の看板が門に掛かっている。次いで受付付近です。手前から奥へ短い廊下、左奥が受付窓口のようで、右奥が入口でしょうか。手前左は医務室につながるらしい。廊下の突きあたりの壁に柱時計がかけてあります。この柱時計は以後、何度かアップになることでしょう。
 久住が右へ向かい、切り替わると手前に頼子が寝椅子に横たわる部屋、その向こうが左から右へ縁側廊下、廊下は右で折れて奥へ伸びています。左奥が庭となる。部屋の左奥に鏡台が置かれ、仕切りを経て左が続きの間です。頼子が前からとらえられると、右奥に床の間が見えます、床の間のある続きの間全体が、手前の間より一段高くなっているようです。
 犬が吠え、裸足の老婆来訪、掛け時計の「ねじれ振り子」がアップ、カメラは上昇、文字盤のアップからそのまま右へ後退すると、壁に老婆の影が落ちます。カメラはそのまま今度は左へ、受付窓口の向こうで雑誌をめくっている看護士をとらえます。切り替われば看護士の右背後からカメラが接近する。

 ことほどさように本作では、引きの位置を基本にしつつ、カメラは前進したり後退したりします。続く頼子と老婆、老婆が消えて久住の場面でもよく前後する。
 同じ日の夜でしょうか、前にもあった足元のアップとともに左右したり、時計文字盤のアップから下降してねじれ振り子のアップになり、雨戸を閉めた内角の縁側から老婆による二度目の頼子襲撃の際には、まず振り子状に揺れる鏡台の縦長鏡にそのさまが映り、間をはさんで戻ってきた久住が駆け寄ると、カメラは右に振られ、相変わらず揺れたままの鏡をおさめたりするのでした。
 その翌日、縁側に出た久住と健一が、部屋の中から、上半障子の影と下半ガラスの実物として見られ、次いで左を向く健一の奥に薄暗い廊下が伸び、左奥と突きあたりがともに雨戸で閉じられていたかと思うと、カメラは左へ、奥への雨戸の側面を経て左から明るい庭がひろがってきて、健一と久住の背景がまるまる庭になったりします。その間久住は定位置で、その向こうを健一がまず右から左へ、次に左から右へと動きます。なかなかかっこうがいい。


 お寺の場面をはさんで色付きの時代篇になると、まず将監がいるのは角部屋で、他方小金吾と宮治、もう一人のいる娘がいる部屋の襖には、柳(?)が描かれていました。白鷺が枝に止まっています。何かネタがありそうです、近世絵画史に詳しい方はぜひご確認ください。向かって右の続きの間には仏壇が祀ってありました。柳の襖の間はやはり角部屋で、出て手前左右に走る縁側廊下は右で角になって手前へ続くのですが、この内角は斜めに切られており、短い欄干がついています。

 将監の角部屋に戻ると、手前の縁側廊下はやはり右で内角に折れています。
 後にこの角部屋で将監と小金吾の碁が行なわれるのですが、その際には碁盤をはさむ二人をカメラは真横からとらえ、ブランコのように前後に揺れることでしょう。また障子の外は夕焼けに染まります。小金吾の方も大概な口調の口論の末、刃傷沙汰になるわけですが、その際まず、二人が室外に出て、無人の部屋を静止して映したまま叫びが聞こえることで、次第を物語ったのかと思いきや、二人は戻ってきて、とどめをさすさまが延々と描かれるのでした。小金吾のみが障子の影になったりもします。
 佐兵次に手伝わせて小金吾の亡骸を隠す際には、床の間の掛軸を斜めにずらすと隠し穴が開いていました。掛軸は墨のひろがりに白抜きで意匠化された曲線的な文字のようなものが描かれるというものです。これも何かネタがあるのでしょうか。後の場面で床の間の反対側の隅には扇面屏風も見えます。
 隠し部屋は奥が浅い。カメラは床の間に向かって左上からの俯瞰で、右に梁が見え、とすると手前で折れ曲がっていることになりますが、残念ながらそのあたりは映されませんでした。


 斬られた八重が寝かされている部屋の向こう、左右に走る縁側が右で折れ、奥に伸びています。これは先に登場した内角の部分でしょうか。なお室内には図柄のよくわからない、茶色っぽい屏風が枕元に置いてありました。
 後にここへ化猫に翻弄された将監がやって来て、狂乱のままに奥の廊下へ、向こうで右に曲がります。その先が角部屋-床の間の間ということらしい。


 戻って小金語が小手毬屋敷の玄関に向かい、切り替わると左奥から右手前へ伸びる縁側廊下の、その左奥、右に折れて内廊下に入る、そこから八重に案内された小金吾が出てきます。後の場面ではこの廊下右手が腰元たちの部屋でした。
 新之丞とのおしゃべりを経て切り替わると、葉叢をとらえた高い位置のカメラが左下へ、左に庭(後に池があって鯉のいることがわかります)、奥に左右の縁側、その右手で手前へ折れた廊下を新之丞が進んできます。途中で2~3段上る。高床部分には欄干が張ってあります。右手前は高くなった離れのようなものらしく、高床の下に格子状の梁だか仕切りだかが見えます。右に入ればおばばの部屋です。
 外から見ても角をまたぐ障子と背の低い火頭窓が見えましたが、この部屋は壁三つが広く障子で覆われているようです。中には囲炉裏があります。また入口の向かいにあたる襖の絵は、光琳の《燕子花図》(根津美術館)をネタにしたものでしょうか。
 後の場面では、地面を歩む猫を見下ろしていたカメラが首を上げると、高床廊下と離れが見渡されます。障子が自動開閉、囲炉裏の自在鉤が勝手に揺れ、屋根にいる猫の俯瞰ショットをはさんで(後に化猫化したおばばがやはり屋根にいるさまが俯瞰される)、カメラが室内を右から左へずっとパン、少し右に戻ったりします。屋内では障子に斜めに伸びる木の影が、屋外からはおばばと猫じゃらしする宮治の影が落ちるのでした。首筋に咬みつくと灯りが消えます。
 また約50分、夜、床に血の跡を見つけたお里の足元が右へ、途中で一段上がり、奥へ続く1メートルほどの廊下を横切ってからまだ1段、高床廊下まで来るさまを、カメラは左から右へドリーしつつ追います。猫じゃらしの段となるわけですが、その際高床と地面の高低差が活用されることでしょう。
 さらに鯉をさらったおばばが高床の下に入っていったのを佐兵次が目撃、将監と佐兵次が床下に入っていきます。奥に格子が見え、左と右に石積みがありました。土台ということでしょうか。


 また戻れば後の場面で床の間の手前に将監は寝床を敷きます。よくこんなところで寝るなというのはさておき、宮治と見誤って八重を斬ってしまうと、床の間の前に立つ将監をとらえたシネスコの画面いっぱいに、猫の両目が重ねられるのでした(『恐怖城』(1932)などが思いだされます)。
 床の間の間と角部屋の間には簾が掛けてあるのですが、その隣も合わせて四間続きになっているようです。各部屋10畳か。時代篇クライマックスでは狂乱する将監の背後、襖に赤・貴・青の光がちかちかします。暗闇の中、その手前、距離感を排して化猫、血まみれの小金吾、二度目の猫の目あたりの大アップ、八重に宮治が配されたりします。天井の高さからの俯瞰もある。相打ちとなった親子を見下ろすカメラは低い位置で左から右へドリー、二段縁側を越えて花咲く小手毬の草むらをさらに右へ、約1時間、モノクロの現代篇に戻るのでした。


 お寺の場面をはさんで、約1時間1分、風の強い夜、お札を貼った門、同じく掛け時計の文字盤、下降してねじれ振り子、切り替わってお札を貼った柱の左で奥へと暗い廊下(1)が伸びています。廊下(1)の右は雨戸のようです。カメラは少し前進してから右へ、こちらの奥へ別の暗い廊下(2)が伸びている。突きあたりも雨戸か。廊下(2)の左も雨戸のようです。また左へ、最初の廊下(1)の左側はガラス障子でした。そのまま暗い角をまたいでさらに左へ、右をガラス障子にして暗い廊下(3)が奥へ伸びています。突きあたりはぼんやり光があたり、左側は雨戸でした。カメラが少し後退しつつまた右へ戻ると、ガラス障子の向こうで床についた頼子と看病する久住が見えます。ここまで1カットでした。
 廊下(1)と(2)は直交、同じく(1)と(3)も直交で、つまり(2)と(3)は一直線をなし、ここに(1)が交わると解してよいものか。(1)と(2)の角の内側は庭、(1)と(3)の角の内側は床の間の間周辺、(3)の床の間周辺の反対側は庭なのでしょうが、(2)の雨戸の反対側には別の棟があることになるのでしょう。
 このパンだけでもお腹が一杯になりますが、さらに、約1時間3分、雷鳴とともに強風で柱のお札が剥がれ飛び、カメラが急速で左へ振られると、低い位置から奥へ真っ直ぐ伸びる廊下が見下ろされ、お札が奥へ飛ばされていきます。カメラは少し上昇してから前進、右の雨戸(つまり廊下(1)なわけです)の隙間から洩れる雷光が床に幾本もの直線をさまざまな角度で点滅させ、一度は交差しさえする。ぞくぞくせずにおられましょうか。続いて雨戸を閉じようと飛びだす久住が、角で交わる廊下からとらえられたりします。老婆が頼子の首を絞める段をはさんで、駆け戻る久住がやはり同じ位置からとらえられます。


 冒頭に挙げた『怪談佐賀屋敷』、『怪猫有馬御殿』、『怪猫岡崎騒動』の三作の内、一応は勧善懲悪の枠内に収まる後二作に対し、『怪談佐賀屋敷』では無辜の犠牲者が巻き添えになっていました(皆女性なのも何か読みこめそうです)。これは本作も同様で、双方が元にした鍋島の猫騒動に関連するのかどうかは詳らかにしません。本作の場合はただ、『怪談佐賀屋敷』におけるような生きながらえる殿様も化猫退治をする忠臣もいない。
 さて、時代篇部分では化猫は定番通り大いに活動しますが、現代篇では頼子の首を絞める点をのぞけば、老婆は首を垂れて歩くばかりです。頼子襲撃が三度に及ぶにもかかわらず、なかなかとどめをさせないのは時代を経て力が弱まったか、呪いの解消が近づいているからととれなくもありませんが、むしろ動きの静かさが無気味さに一役買っていると見なせるでしょう。
 泉速之『銀幕の百怪』、2000、p.45 には「停電した病院の廊下を、自室へと足を早める医師の目前を横切る、死者を載せた寝台車。闇に閉ざされた中、追うかのように響く無気味な跫音に心穏やかならないのも、先の死者が頭から離れないせいもあろう」とありますが、担架はあっさり横切り、交差する懐中電灯の明かりも気にも留めないかのように通り過ぎます。だからこそ後から気になってしまうのでしょう。
 またお寺の和尚もお札を渡すだけで、ヴァン・ヘルシングのように積極的に魔を祓ったりはしません。時代篇がファンタジーなのに対し、現代篇では現実により近いため、化猫にせよ人間たちにせよ不活性になるのだとでもいうのでしょうか。
 同じく泉速之『銀幕の百怪』、p.37 は「件の夫婦は終生怪猫からは逃れられないだろうし、穿った見方をすれば、部屋の隅で鳴いていた子猫さえ、新たに忍び寄る妖魔の前兆とも取れなくはない」と述べていました。三度目の襲撃は不首尾に終わったとも思えないまま、老婆が崩れた床の間に向かうことも、頼子は怪猫に乗り移られたと解する余地を残しています。エピローグで、それまで猫を苦手としていた頼子が平気になった点、それまで着物姿だったのが活動的な洋装に替わった点も合わせ、三度の襲撃でその都度猫の魂を注ぎこまれていたのだとでも深読みできそうです。
 本作は時代篇を6年前の現代篇が前後からはさみ、それをさらに現在のプロローグとエピローグがはさむという入れ子状の構成をなしています。しかしこれも深読みすれば、エンド・マーク直前のカットでカメラが後退、頼子、子猫、久住を枠で囲い、窓の外から眺めるという点からして、プロローグとエピローグをも包含するメタ=レヴェルがあるのだと見なすことができはしないでしょうか。タイトルの前の塀の上の猫、および襲撃と同じ回数となる三度目の画面いっぱいの猫の目元のアップにエンド・マークが重ねられる点も附会するなら、全篇が猫の見た夢なのだと解することができるかもしれません。
 もっともこれは、1970年代以降の恐怖映画に慣れた目から見た後付けとするべきでしょう。高床廊下が現代篇で出てこなかったのは残念ですが、とまれ、とりわけ現代篇における廊下を這い回り前後左右上下に動くカメラこそ、この映画を古城映画として大成せしめているのではありますまいか。

Cf.,  川部修詩、『B級巨匠論 中川信夫研究』、静雅堂、1983、pp.125-128、198-199

滝沢一・山根貞男編、『映画監督 中川信夫』、リブロポート、1987、p.215、p.304

日本特撮・幻想映画全集』、1997、p.88

山田誠二、『幻の怪談映画を追って』、洋泉社、1997、pp.203-205

泉速之、『銀幕の百怪 本朝怪奇映画大概』、2000、pp.36-38、45、156-157

鈴木健介編、『地獄でヨーイ・ハイ! 中川信夫 怪談・恐怖映画の業華』、ワイズ出版、2000、p.8、p.34

浦山珠夫、「亡霊怪猫屋敷」、『最恐ホラー大全【邦画編】』、2004、p.35
 2017/11/13 以後、随時修正・追補
   HOME古城と怪奇映画など亡霊怪猫屋敷 1958