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怪猫有馬御殿

    1953年、日本 
 監督   荒井良平 
撮影   伊佐山三郎 
編集   菅沼完二 
 美術   上里義三
 照明   島崎一二
    約49分 
画面比:横×縦   1.37:1 
    モノクロ 

DVD
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 1953(昭和28)年9月8日にに公開された『怪談佐賀屋敷』が好評を得たとあって、急遽製作、同年12月29日に公開された監督荒井良平、脚本木下藤吉、主演入江たか子による大映化猫映画の第二弾です。尺は前作の半分ほどしかない中篇ですが、前半である人物の受難を綴り、後半で変化した飼い猫が復讐するという結構は同様です。
 それでいて話の雰囲気はけっこう変わりました。前作では事の起こりとなる事件の加害者・被害者ともに男性でしたが、本作では双方女性です。それに伴ない、板東好太郎と杉山晶三九の二人が前作から続投していはするものの、はなはだ影が薄く、当初二人の区別がつかないほどでした。クライマックスの立ち回りの口火を切る前者の役どころは、いかにもデウス・エクス・マキナ然としています。
 また前作では化猫は罪科のない加害者の母や妹に取り憑き、亡霊騒ぎのせいでこちらも罪科のない腰元二人が犠牲になっていましたが、本作では入江たか子扮するおたきの死後、猫はそのままおたきの姿をまとって、六人の加害者を標的にします。前半のおたきはひたすら迫害に耐えるばかりでじれったいほどですが、その分対比されて後半での迫力が増すわけです。取り殺した加害者陣の亡霊を手駒に、残った者に対する復讐はいっそう凄惨になる。あまつさえ首を落とされてなお、空飛ぶ生首と化して仇敵にとどめをさします。前作に引き続いてのクライマックスの大立ち回りでは、群がり押し寄せる藩士たちを屋根から落としたり引っ搔いたりしていますが、これは正当防衛というものでしょう。

 古城映画的な見所としては、主なものが二つある屋敷内の部屋とは別に、前作にも増して廊下が曲がりくねってあちこちをつないでいます。それに加えて、冒頭とラストを占める火の見櫓が登場します。平屋建ての水平性に対し垂直軸をもって対比され、作中の空間を大いに豊かなものとしていました。この点では正体不明の足場も与ることでしょう。
 また前作では、町内の眺め等はあまり出てこないものの、藩主の館以外に二つの屋敷が舞台となり、その間を人物たちが往き来していました。これに対し本作は、一度だけちらっと町内が登場する以外、ほぼ館内、それも〈奥〉に舞台が限定されています。尺や予算との兼ねあいもあるのでしょうが、これがいっそう、閉塞感を高めることとなっています。


 町家の出のおたきの方(入江たか子)はお殿様こと有馬頼貴(杉山晶三九)の寵愛を受けることで、古参の側室おこよの方(北見礼子)から疎まれます。おこよの方の周りには腕の立つ老女岩波(金剛麗子)、奥女中の呉竹(大見輝子。前作に続いての出演)と七浦(橘公子。『大魔神怒る』(1966、監督:三隅研次)にも出演)、そして腰元庵崎(小柳圭子。『雨月物語』(1953、監督:溝口健二)や『大魔神怒る』に出演)と浅茅(柳恵美子)の二人がいました。
 おたきには彼女付きの女中お仲(阿井三千子。第三作『怪猫岡崎騒動』(1954)に続投)が唯一の味方で、それにお殿様や、その弟だか血縁だか篇中からはよくわかりませんでしたが、有馬大学(板東好太郎)がその都度諫めに入りますが、それはおこよ一派の嫌がらせをエスカレートさせるばかりで、裸踊りの要求、紅白試合ではおたきが木刀を捨てたにもかかわらず岩波が打ち据え、丑の刻参りとその犯人呼ばわり、遂にはおこよ以外の者五人がおたきの部屋を訪れ、背の低い屏風を逆さにした上で殺害に及ぶのでした。おたきの飼い猫で、殺されそうになったから逃がしたはずの玉がおたきの血を舐めます。
 ここまでで約26分、まず犯行時に指を咬みちぎられた七浦の姿が見えなくなったと思ったら、火の見櫓に吊された状態で発見されます。火の見櫓の階段には猫の血染めの足跡が残されていました。続いて腰元二人が〈猫じゃらし〉の目にあわされ、二人の生首がおこよの寝所を訪れる。呉竹は影のみのおたきに怯え、お仲と小刀でちゃんばらしますが、誤って岩波に障子越しに刺されます。おこよと岩波が部屋に戻るとおたきが待っており、すでに死んだはずの奥女中二人、腰元二人を手下に、小屏風を逆さにして岩波に一矢報いる。
 そこへお殿様から化猫騒動をおさめるよう命じられた大学が介入、大立ち回りが始まるのでした。


 以上がおおまかな粗筋です。
 プロローグでは屋敷の正門でしょうか、手前に幅の広い数段ののぼり階段があり、中央が斜面になっています。その左右に塀が伸び。右手の奥に火の見櫓がのぞきます。
 切り替わると塀の内側から、広場をはさんで火の見櫓がとらえられます。板張りでゆるく曲線を描いて下にひろがり、鐘楼をいただいている。すぐ右に小屋が接しています。
 ちなみに火の見櫓からまちづくりを考える会編、『火の見櫓 地域を見つめる安全遺産』、鹿島出版会、2010、p.42 に江戸時代の火の見櫓の図が掲載されていました。その内一つは「三田有馬邸火之見櫓之図」です。出典は記されていませんでした。そこで「三田有馬邸」でウェブ検索してあたったのが「赤羽根 | 錦絵でたのしむ江戸の名所」( < 国立国会図書館 )です。同じ図版は載っていませんでしたが、その解説によると現在の東京都港区赤羽は、「明暦年間(1655-1658)からは、久留米藩有馬家上屋敷が全域を占めた。邸内には江戸で一番高い火の見櫓のほか、筑後川の水神を祭神とする水天宮があり、毎月5日の縁日に一般の参詣が許された」とのことでした(「有馬家化け猫騒動 」、2012/12/5 < 『Blog - Deep Azabu』 も参照)。下掲の『大映特撮映画 DVDコレクション 47 怪猫有馬御殿 1953年』、2016、p.9 に掲載された撮影風景の写真には火の見櫓のセットが見えますが、史実に基づいていたわけです。有馬屋敷とくれば火の見櫓が思い浮かぶ、そんな歴史的なり時代劇的な暗黙の了解があったということなのでしょう。


 映画に戻ると、時ならぬ半鐘に見回りの者が櫓右下の小屋に駆けこみます。その戸口の中に左上がりの階段が見えます。ここから櫓内に入るわけです。
 切り替わると下から上を極端な角度で見上げたショットになる。蹴上げ無しの板階段が右下から左上へあがります。傾斜はかなり急なようです。欄干がついています。他にも斜めの梁だか何やらが交差しています。見回りは左下から現われ、階段を登っていく。
 次いで上から下をかなり極端な角度で見下ろしたショットに切り替わります。見回りは左下から少し右上へ、そこで左上へと折れ曲がります。左上に水平の欄干があるようです。階段映画のお手本のようなカットつなぎでした。
 あがった先が鐘楼で、太鼓が中央に吊ってあります。他方軒先には女が吊られ、目を開き笑うのでした。
 ここでタイトル・クレジットとなるのですが、その背景には冒頭に出たのとは別の小さめの門、塀の向こう、今度は左に火の見櫓が見えます。


 以上のプロローグは、時間軸の上ではお話の折り返し時点を先取りしたことになります。
 本篇が始まると庭に面した縁側がまず映り、次いで廊下をはさんだ部屋が登場します。この部屋は廊下の向かい、床の間側が一段高くなっています。前作にも登場したこうした部屋は、前久夫、『床の間のはなし 物語・ものの建築史』、鹿島出版会、1988、p.36 によると〈上段の間〉と呼ぶそうです。ここがおこよの方勢の陣地となります。
 なお床の間の壁には、木の枝が右下から左へ、中央あたりで上へほぼまっすぐ立ちあがり、太さを減じつつまた左横へ伸びるという絵が描かれていました。この図柄はただちに狩野山雪ないし/および山楽による妙心寺塔頭(たっちゅう)・天球院の《梅と山鳥図襖》、またもとはやはり妙心寺の天祥院にあり、現在メトロポリタン美術館所蔵の山雪《老梅図》を思わせずにいません(双方下のおまけないし→こちらおよびあちらを参照)。締まりのぬるさはともかく、後者よりは前者に近いようですがそのままではなく、元になった作品があるのか、天球院梅図を参考に新たに作ったのかは、不勉強のためわかりませんでした。枝が上向きになるあたりに雉か何かが配されているのはいかにもすわりが悪く見えたのですが、後の場面でこれは前に置かれた置物であることがわかります。
 また前作での段差の間同様、後に約39分、床の間と対面する襖や脇の襖、小屏風など、この部屋には他にもいろいろと絵が飾られています。近世絵画史に詳しい方はぜひご確認ください。

 ついでおたきの部屋が登場します。けっこう広いのですが、部屋の一隅で、手前の障子より壁が少しだけ奥まっており、また床も一段高くなっています。天井からは帷が吊られ、おろせるようにしてありました。

 オープニング・クレジットに映ったのと同じ、左に火の見櫓をのぞむ小さめの門を出たところで玉を放つ場面に続き、約7分、左奥から右手前へ縁側廊下が映されます。ここをお殿様が奥から進んでくる。右手前で引き戸を開き、数歩進んで一段下がります。この先は渡し廊下のようです。
 段差の間のカットをはさんで、右手奥に棟、その左側に沿って伸びてきた縁側廊下が、いったん鉤状に左へ折れてから、手前で枝分かれし、一つにやや左下へ、もう一つは右下へ伸びるという、はしゃぎ回りたくなるような空間がお目見えします。左右双方屋根付き、高床、低い欄干付きの渡り廊下であります。ここをお殿様は左へ曲がります。
 奥に段差の間、その前の縁側廊下は左で角にあたり手前へ、四間ほどの障子戸でまた左へ折れるのですが、そこで右下へ斜めの角度で渡り廊下がつながっていました。前作でも斜めの角度で接続する階段が登場しましたが、本作では階段でこそないものの、スケール・アップしています。お殿様は右から渡り廊下を通り、奥の段差の間ではなく、しかし、そのまま手前左へ進みます。
 それを見送るおこよの方のアップに続いて、先ほどの手前左の位置から段差の間の方を見るショットとなり、おこよの方がとことことこと手前へ進みます。なお段差の間は廊下より一段高くなっていました。
 今度は左下から右奥へ伸びる廊下です。左側は障子戸が連なり、奥で壁が少し右に出ています。その手前の床に行灯が置いてある。左に入ればおたきの部屋となるわけです。部屋はやはり廊下より一段高い。廊下の右手前いくらかは一段低くなっています。その向こうは欄干があって庭に面し、奥で左右に折れているようです。
 この廊下は約27分、後に奥右から大学が進んでくることでしょう。


 広場での紅白試合の一段、薙刀を使う腰元と小刀の岩波とのちゃんばらはけっこうスピードがありました。おたきをいたぶる一幕を経て、約13分、軒先から庭をはさんで火の見櫓がのぞまれます。ここはマット画のようにも見え、櫓の左右縁が微光を放っていました。敷地内なのでしょうが、林の態をなし神木がある一角でのおこよによる丑の刻参り、眠っていたおたきは胸に痛みを覚えます。
 また庭に池のあることがわかります。後の場面では池の端で大学とお仲が、さらに別の場面でお殿様と大学が語らうことでしょう。

 続く段差の間の場面では、床の間側からやや俯瞰で、まっすぐ縁側廊下の方が見渡されます。縁側廊下の向こうは庭で、右手で曲がってから少し奥へ伸びる。前におこよが進んだところです。庭をはさんだ向こう側にも別棟が見えます。
 池の端の大学とお仲、おたきの部屋での当人と呉竹の場面に続いて、また段差の間での詮議、お殿様がおたきを連れだすと、またおこよがとことことこと手前に進みます。
 切り替わって右手前が庭、そのまわりを囲む縁側廊下が左手前の窓のある一角の右手に出ます。そこに現われたお殿様とおたきが右から左へ進みます。手前に欄干があり、廊下が鉤状に幾度も折れているわけです。左で一段上がると、廊下が奥へ伸びて行く。この廊下は畳敷きのようです。奥の方で天井あたりに格子状の梁が渡されていました。おたきは手前で一段おり、左前の方へ進んで行きます。彼女の部屋はそちらにあることになります。お殿様は右へ戻る。

 おたきの部屋での当人とお仲の場面に続いて、本篇で唯一、屋敷の外の町内をお仲が歩くショット、おたきの部屋での惨劇、そしてまっすぐ奥へ伸びる畳敷きの廊下が低い位置からとらえられます。格子状の梁からして、先だってお殿様とおたきが別れた場所なのでしょう。左は障子、右は下半が板の障子戸で、手前右で曲がる際に一段低くなるのも前段どおりです。この廊下の奥・左が〈奥〉への入口で、使いから帰ったお仲がここから入ってきて手前へ進みます。
 段差の間の一幕をはさんでお仲がおたきの部屋へ、背の低い屏風で三方を囲んだ中におたくの無惨な姿がありました。屏風には凸凹のある金雲が縦横に横切り、町内だか屋内だか風景だかが描かれているようです。
 飛びだしたお仲は、右の棟と左の棟をつなぐジグザグ状の廊下を奥から手前へ進んできます。手間左の角の床に行灯が置いてありました。ここはどこにあたるのでしょうか。

 約28分、半鐘の響きとともに、奥に段差の間、手前に斜め渡り廊下を望むショットに再会できます。段差の間の障子戸が開いて女中衆が顔を出す一方、左手前から大学とお仲が現われ右へ、渡り廊下を進みます。続いて岩波たちも手前へ、渡り廊下に向かう。
 切り替わると左奥の障子戸附近から手前へ、いったん折れて右へ(左にも伸びているらしく見える)、右端でまた手前に折れる。この渡り廊下の周りは庭です。
 広場をはさんで火の見櫓がやや低い位置から見上げられます。背を向けた大学とお仲が櫓右下の小屋へ進む。切り替わると小屋内で、二人は左から出てきます。右すぐ奥で4段ほどののぼり階段、のぼると右上へ、かなり急な階段があがっていきます。すぐ奥の壁に欄干の影が落ちている。その左手の壁は右上がりの斜めになっており、すぐ次のショットで、柱から斜めの支え梁が伸びていたりもすることがわかります。
 プロローグの時とは違い、今回はカメラがかなり近い位置から猫の血染め足跡のついた踏面を見おろしつつのぼっていきます。一度角度を変え、鐘楼に出るのでした。

 腰元二人が眠る部屋および続きの間での怪異と〈猫じゃらし〉、おこよの寝所への二つ生首来訪、庭でのお殿様と大学 - カメラは二人と平行に左から右へ動きます -、呉竹の部屋へのおたき訪問、襖におたきの影だけが落ち、ついでお仲が介入、呉竹とお仲のちゃんばら、その影が障子に落ち、廊下から岩波が刺す場面、岩波とお仲が廊下で対面するとその背後は以前お仲が通ったジグザグ廊下でした。すぐにお仲が腰元衆に廊下で取り押さえられるのは、おたきの部屋の前です。

 おこよと岩波が段差の間に戻ってくるとおたきが待っていました。岩波への復讐を果たし、おこよの首筋に咬みつこうとしたところへ大学が入ってきて抜刀します。ちゃんばらの始まりです。段差の間とその続きの間から廊下へ、腰元衆も参戦、また段差の間に戻り天井へ跳躍します。屋根へ転がり出る。
 軒先から火の見櫓をのぞむ前出の構図をはさんで、屋根を右から左へ駈けます。カメラも首を振る。約45分、屋根の左方に足場が組んでありました。建物の補修用でしょうか。いったん右へ少し戻り、また左へ向かうと、画面に映るかぎりでは、面白いことに支えるものもなく足場だけが上方に組みあげられていました。そこをのぼる化猫と侍衆をカメラは仰角で追い、また下る。『大いなる幻影』(1937)の一齣が連想されなくもありません。
 屋根から飛び降りて火の見櫓へ、引きでとらえた視角の中で、ちゃんと右下の小屋に入り櫓への階段を登ります。鐘楼に現われますが - 『フランケンシュタイン』(1931)のクライマックスが連想されずにいません - 大学が放った矢にあたり転落、それでも倒れず大学と立ち回りを演じますが、ついに首をはねられてしまう。しかし首は飛翔、下から光があてられています。おこよは斜め渡り廊下を奥へ、段差の間に逃げこむも生首に首筋を咬まれるのでした。
 火の見櫓に登った大学とお仲の姿をエピローグに終幕となります。


 行灯の油舐めこそ欠いていますが、前作同様本作も〈猫じゃらし〉と大立ち回りを備えています。芝居なり映画での化猫ものの伝統に則っているのであろう二つの見せ場は、怪談で怖がらせようという視点からすれば、いささか筋立てなり雰囲気の統一を破るものととれなくはありません。とはいえ見世物としてのあり方にしてみれば、近代的な統一性など何のそのということになるのでしょう。
 それはともかく、大立ち回りの口火を切る大学の「おのれ妖怪」という台詞は、前作で藩主が生きながらえた点に劣らず、唐突に聞こえました。お殿様と大学の何とかせなという会話が前もって配されていたにせよ、おこよ一派を悪役と解し、まがりなりにも犠牲者であるおたきとその仇をとろうとする化猫に肩入れする姿勢で筋を追ってきた見る側は、勧善懲悪という枠組みを脇に置いても、秩序回復の大義の前に擾乱因子は排除されねばならないことを思い知るといっては大げさでしょうか。女性同士の争いとそこに介入する男性という図式のもとに横たわる本作におけるジェンダー観ともども、何やら読みこめそうな点ではあります。とはいえこの点もやはり、見世物的・映画的な動きを始動させるための合図であり、そして大立ち回りは何より、生首飛翔を導くために必要だったとも見なせもするのではありますまいか。
 ところでいわゆる怪談映画なるジャンルにおいて、多く女性である幽霊は、加害者が破滅した後は成仏するものと見なされていたといってよいのでしょうか。そもそも加害者にだけ見える幻ともとれることが少なくない幽霊は、実体としてのあり方そのものがあやふやでした。それに対し化猫は、大立ち回りをしても滅せねばならないだけの実在感をもっているわけです。
 とまれ、そうした化猫が跳ね回り女たちが動き回れるのも、曲がりくねった廊下や火の見櫓、謎の足場があったればこそでありましょう。

Cf.,  日本特撮・幻想映画全集』、1997、p.48

泉速之、『銀幕の百怪 本朝怪奇映画大概』、2000、pp.150-154

浦山珠夫、「怪猫有馬御殿」、『最恐ホラー大全【邦画編】』、2004、p.27
(同、「有馬猫」、同上、p.22 も参照)


『大映特撮映画 DVDコレクション 47 怪猫有馬御殿 1953年』、デアゴスティーニ・ジャパン、2016/7/5


本作の一部を挿入したのが;
麗猫伝説』、1983、監督:大林宣彦


Cf.cf.

日本恐怖(ホラー)映画への招待』(別冊太陽)、2000、pp.46-56

志村三代子、「転換期の田中絹代と入江たか子 - 化猫と女優の言説をめぐって」、斎藤綾子編、『映画と身体/性 日本映画史叢書⑥』、森話社、2006、pp.79-110

志村三代子、「怪物化する女優たち - 猫と蛇をめぐる表象」、内山一樹編、『怪奇と幻想への回路 怪談からJホラーへ 日本映画史叢書⑧』、2008、pp.171-194
おまけ   狩野山雪/伝狩野山楽《梅花遊禽図襖》1631 天球院
狩野山雪/伝狩野山楽
《梅花遊禽図襖》
1631

狩野山雪《老梅図襖》1646
狩野山雪
《老梅図襖》
1646


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 2017/10/30 以後、随時修正・追補
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