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大いなる幻影
La grande illusion
    1937年、フランス 
 監督   ジャン・ルノワール 
撮影   クリスティアン・マトラ 
編集   マルト・ユゲ、ルネ・リヒティッヒ、マルグリット・ルノワール 
 プロダクション・デザイン、セット装飾   ウジェーヌ・ルーリエ 
    約1時間54分
画面比:横×縦    1.33:1 
    モノクロ 

DVD
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 第一次大戦下のフランスで、ドイツの捕虜収容所における人間模様を描いた作品で、超自然現象は起きません。ただし古城は登場する。古城の出てくる戦争映画といえば、バート・ランカスター主演の『大反撃』(1969、監督:シドニー・ルメット)が思い浮かびますが、いささか強弁すれば、『大反撃』同様古い貴族階級の没落が主題の一つになっているという点で、そこにゴシック・ロマンス的な要素を見てとるというのは、しかし、やはりけっこう苦しそうなのでした。収容所からの脱走といえば『大脱走』(1963、監督:ジョン・スタージェス)ですが、あれほど娯楽映画然としているわけではない。ウィリアム・ホールデン主演の『第17捕虜収容所』(1953、監督:ビリー・ワイルダー)なんてのもありましたが、こちらは中味をすっかり忘れてしまいました。
 ともあれ本作品は、プロローグ的な部分を除けば三部構成になっており、最初がハルバッハ第17捕虜収容所、次がヴィンタースボルンの将校用収容所、最後にジャン・ギャヴァン演じる庶民とマルセル・ダリオ演じるユダヤ系富豪一族のローゼンタールがそこを脱走してからの顛末となっています。ほぼ48分ほどして始まる第2部のヴィンタースボルン Wintersborn が、お城なのです。


 ピエール・フレネー演じる貴族の出のボワルデューと庶民の主人公が最初の収容所から列車で護送され、その列車の窓からということなのでしょう、昼間、少し離れた位置の小山の上に城が見えてきます。中央に尖り屋根の高めの塔と本棟、そこから左右に伸びて両端に少し低い塔からなります。
 いかにも絵になるその景色からマット画かとも思ったのですが、[ IMDb ]によるとアルザスのオー・クニクスブール城(Château du Haut Koenigsbourg, Orschwiller, Bas-Rhin, France)でロケしたとのことで、実物でした。「オー・クニクスブール」はフランス語読みで、haut はフランス語の「高い」を意味する形容詞ですが Königsburg はドイツ語の「王の城」ということで、「上ケーニヒスブルク」、「オー・ケーニヒスブルク」、「ホーエ・ケーニヒスブルク」などとも表記されるようです。こんなところからもアルザスの歴史がうかがわれるということなのでしょう。とまれこの城の画像をウェブで検索すると(たとえば→[公式サイト]、とりわけ Les galeries photos のページ→こちら。またサイト内には本作品についてのページもあります→こちら)、相似た景色が見つかりました。中に入ってからは、セットも混じっているのでしょうが、なかなか面白い眺めが出てきます。


 まずは磔刑像、ただし上の方は切れている。下からの視線です。まわりの壁は明るく、右手には縦長の窓があります。上端の尖頭アーチ状曲線部分は内側に円形があり、その下は二つのアーチで縦に区切られている。その内部にさらに、斜め格子の桟。左手は向こう側の部屋に抜けており、その左寄りには同じ形の窓、右側では上に半円形、下に斜めの帯の影が落ちていて、それぞれの内側がやはり斜め格子を走らせています。
 カメラが角度を下向きにしていくと、アーケード状の木の柵があり、さらにその前に寝台がある。カメラは左から右へパン、テーブルの上の静物類を一つずつとらえていきます。右側の壁には窓があります。執事がコーヒーを給仕すれば、手前にもテーブルがあり、最初は手だけが突きでる。左手には磔刑像の向こうへの扉、次いで角を経て、天井までのぼる木の柵で仕切られています。上半は縦格子で、下半の板には浮彫が施されています。寝台を置くにはいささか変わった部屋ですが、収容所長であり、かつてボワルデューと主人公の乗る飛行機を撃墜したこともあるフォン・ラウフェンシュタイン(エリック・フォン・シュトロハイム)が寝室として用いているようです。下記バルサック p.122 にウジェーヌ・ルーリエによるこの部屋のデザイン画が掲載されています。

 この部屋と廊下をはさんだ向かいに所長室があって、廊下と反対側の壁には窓が並んでいます。護送されてきたボワルデュー、主人公ともう一人が待たされています。騎士道精神の持ち主である所長は、無謀な脱走の試みを思いとどまらせようと、城を案内して堅固な守りを示します。古城映画的には山場の一つというべきでしょう。また三人中その後活躍しなくなるもう一人が道中、ここは12世紀のものだ、そちらは13世紀と呟き、最後に主人公が14世紀と先手をとると、ゴシックと言い直すのが面白いところでした。
 まず登場するのは手前に突きだした小部屋のような造築物で、正面には装飾的な扉があって、それを曲線状の浮彫が囲んでいます。左手の壁は斜めに後退し、やはり装飾的な格子をはめた窓が設けられています。右手の壁も同様ですが、こちらは左の壁より窓の位置が低くなっています。奥の壁とこの右手の壁との間には空間があって、裏に回れるようです。ウェブ上でのオー・クニクスブール城の実物の画像でも、左右の窓の高さは違っていました。
 扉の奥には上からの階段があり、一行はここから出てきます。右の方に曲がり、柱でいったん暗くなった後、さらに右へ進んでから奥の方へ向かいます。戸口があって向こうにアーチが見える。右側に光のあたった部分が見え、最初窓かと思ったのですが、木製の扉でした。戸口の奥へ入ると、下りになっているようです。
 一行の背中を追っていたカメラはここで切り替わって、行き先側に先回りします。半円アーチから下への階段がずっと真っ直ぐ続いています。まわりは石壁で、このあたりで「12世紀」との台詞が出ます。カメラは最初下から見上げていますが、途中で上から見下ろす角度に換わります。この階段が何せ長い。まる2階分ほどもおりていくでしょうか。鳥肌ものです。
 屋内から出て通廊を一行は進みます。奥には壁があり、その上に浮彫のある壁、傾斜した屋根のある棟が交差するように配されているさまを、カメラは下から見上げます。「13世紀」との台詞。
 さらに右から左へ、上の方には高くまで城壁が聳えたっており、ぽつぽつと小さな方形の窓がうがたれています。城壁の根元は、巨石がいくつも積み重なったかのような態で、これがしばらく続く。歩哨が一人いて巨石の大きさが印象づけられるとともに、城壁の石の質感も画面を埋め尽くしています。この巨石群には第2部の終わり近くに再会することになるでしょう。やはりウェブ上での画像からして、実際にこんな風になっているようです。
 一行はさらに右へ、木の前を通って、手前に斜め下に傾く棟、奥にそれより高い棟のあるところを眺めながら、回りこむ歩廊からアーチをくぐって屋内に入る。歩廊には機関銃が据えられており、向こうに見える野原はかなり高い位置から見下ろされています。所長は36メートルの高さだと告げる。屋内に入れば「14世紀」「ゴシック」の台詞。


 主人公たちがいれられた部屋も、いくつものアーチで区切られています。前の収容所でいっしょだったローゼンタールと再会するのですが、彼の背後の壁になぜか、ボッティチェッリ《ウェヌスの誕生》(ウフィッツィ美術館)のウェヌスの頭部を始めとして、何枚かの美術図版が留められていました。ボワルデューの寝台の脇には馬を描いた絵の図版が2点見えます。
 また捕虜宛に送られてきた荷物を受けとる部屋を入ったすぐ左手には、全体は箱形で、幾段にもなったそれぞれにいくつもの円がうがたれ、その奥にはネジ状の区切りが見えるというものが置かれていました。酒壜を差しこむためのものででもあるのか、よくわからなかった次第です。


 いよいよ脱走作戦開始の段となり、ボワルデューは監視の注意を引きつけておくために笛を吹きながら逃げ回ります。まず中庭か何かの地面、木が立つそのすぐ右に、階段の登り口があります。左下から右上へ、手すりは黒っぽい木製で、下に平行して伸びる桟がある。斜めに伸びる奥の壁にその影が落ちています。ボワルデューはこの階段を上にあがり、一方所長は以前通った長い階段をのぼっていく。
 カメラが右から左へ動くと、階段の上が屋根のついた歩廊になっており、そこでボワルデューが手すりに腰掛けて笛を吹き続けます、この歩廊も木製で、垂直、水平の柱とともに、斜めの骨組みも走っています。ここもウェブ上でのオー・クニクスブール城の画像に出てきます。
 ボワルデューはさらに上へのぼります。幾階かになった木製の渡し廊下が水平に伸び、手すりがついており、それを垂直と斜めの柱が大まかに支えている。下の階と上の階との間は、幅もなさそうなら手すりもない階段で結ばれています。奥の壁には階段の影が少なくとも二つ、それに平行して斜めの柱の影が映っていたりします。
 地面から上の廊下への階段は右上がりでしたが、次の階から上階へは左上がり、その上の階ではまた右上がりになっています。この時は床の下の左上がりの階段とその影も同時に画面に映ります。涙せずにはいられません。『蜘蛛巣城』(1957)での階段を駆けあがるくだりが連想されなくもない。
 この階をあがると右の方へ少し進んで、今度は何段かおり、さらに右へ屋根のついた渡り廊下が伸びており、そこをボワルデューは進む。カットが換わると、屋根の上を右へ進み、その向こうは巨石群となります。そちらへ渡って、ボワルデューはのぼりはじめます。またカットが換われば、上方にはそびえる城壁が取り囲み、そのつけ根は巨石がいくつも積み重なっている。右端には木組みの建物らしきものが、右上から左下へ急角度で傾いているのが見えます。カメラは右から左へ動く。岩の上にはボワルデュー、そして囲いの戸口を抜けて、かなり下の地面に所長が到着する。制止を聞き入れないボワルデューに、誇り高く、しかし滅びゆく同じ貴族の末裔として共感をずっと抱いてきた所長は、心ならずも銃を向けるのでした。

 無事脱走した主人公とローゼンタールを追ってお話はまだ続きますが、ボワルデューを看取る所長の場面でお城の出番は終わります。上述の磔刑像のある部屋や、捕虜たちの部屋やなどはセットかもしれませんが、いずれにせよ、最初の階段下りや、クライマックスでの木組み階段を駆けあがるさまは、人物の移動によって空間の曲折を十二分に味わわせてくれるという点で、よしや人間のあり方を主題にした作品ではあれ、古城映画としての位置づけを請求するだけの資格はあるというものでしょう。
Cf.,  レオン・バルサック、『映画セットの歴史と技術』、1982、pp.121-122
 2014/12/19 以後、随時修正・追補
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