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大反撃
Castle Keep
    1969年、USA 
 監督   シドニー・ポラック 
撮影   アンリ・ドカエ  
編集   マルコム・クック 
 美術   ジャック・ドゥイ、マックス・ドゥイ、モート・ラビノヴィッツ 
    約1時間47分 
画面比:横×縦    2.35:1 * 
    カラー 

ケーブルテレビで放映
* 手もとの録画ではタイトル部分のみ2.35:1、本篇は1.85:1
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 邦題からもうかがえるように、『大いなる幻影』(1937)や『悪徳の栄え』(1963)同様戦争映画です。超自然現象は篇中で一つそうだという話が出ますが、それ以外原則として起こりません。ただ原題にあるように舞台が古城です。ウィリアム・イーストレイクの同題の原作(1965)によるとのことですが、邦訳はされていないようです。とまれ冒頭のナレーションでもたしか"gothic tale"とか言っていたかと思うのですが、典型的なゴシック・ロマンスの態をなしています。加えて美術史家も登場します。手短かに取りあげることにしましょう。
 なお[ IMDb ]ではロケ地はユーゴスラヴィアとしか記されていませんでした。英語版ウィキペディアの本作の頁(→こちらを参照、"4. Production"の項)にはセルビア北部の都市ノヴィ・サドとあります。そこにはまた、監督のシドニー・ポラックの回想として、「スタイロフォームで作られた城はウォルト・ディズニーと夢から想を得た」と記されていました。ただ戦闘で吹っ飛ばされるのはセットだとして、タイトル・バックでの空撮などロケによる場面もあったのではないかと思うのですが、どうなのでしょうか。

 お話は滅びに瀕した貴族の城に野蛮な米軍の兵士たちが闖入することによって始まります。城とその歴史を背負った貴族の家系、そこに蔵された美術品と、第二次世界大戦という現在を生きる兵士たちの現実とが対比されるというのが大枠となる。ただ面白いのは、米軍の兵士たちが決して未来に通じる者とはとらえられていない点でした。両者を仲介する美術史家ベックマン大尉(パトリック・オニール)は別にしても、ロッシ軍曹(ピーター・フォーク)は軍務を放棄して町のパン職人になろうとする。またクリアボーイ伍長(スコット・ウィルソン)は城にあったフォルクスヴァーゲンに夢中になる。黒人のベンジャミン一等兵(アル・フリーマン・ジュニア)は作家志望、アンバージャック中尉(トニー・ビル)は牧師志望です(?:すいません、少佐と大尉、ロッシ、ベンジャミン以外の4人はきちんと憶えられませんでした)。少佐の隊の他に、町には除隊して通りで頽廃を弾劾、説教して回るビリー・ビックス(ブルース・ダーン)に率いられた者たちがいる。登場人物の多くが戦時下の状況に適応し損ねているかのごとくです。
 城と美術品を守りたい大尉に対し、あくまで軍事的なリアリズム以外目にないかに見える指揮官のファルコナー少佐(バート・ランカスター)は、しかし、片目を黒い眼帯で閉ざされており、城主であるマルドレー伯爵(ジャン=ピエール・オーモン)から野牛のようだ、しかも滅びんとするとたとえられます。またドイツ軍が接近した中、町に白馬に乗って現われるその姿は、さながら『ヨハネ黙示録』6-8に登場する蒼白い馬に乗った「死」のごとくです。実際、彼の後を追って城に向かおうとしたビリー・ビックスたちと敗走兵たちは、あっという間に砲撃に見舞われる。少佐だけは無事でした。ドイツ兵に火炎瓶を投げるよう娼館の女たちに命じますが、これは女たちに対する死刑宣告のようなものにほかなりますまい(女たちがどうなったかは描かれません)。軍事的な拠点である城を死守しようとするのはともかく、助勢が期待できなくなった最後の時点になっても撤退しないのは現実的とはとても思えません。バート・ランカスターは本作以前にヴィスコンティの『山猫』(1963)でシチリアの滅びゆく貴族を演じていたことを思えば、なかなかに感慨深いものがあるといえなくもない。
 また篇中二度「世界の終わり」という言葉が発せられます。街中の戦闘場面では米軍兵士たちが奪った戦車によって教会が壊されてしまう。またこのお話はベンジャミンが後に著した同題の小説を綴るという体裁になっているのですが、冒頭と末尾にベンジャミンのナレーションで「むかしむかしベルギーのお城で……」と語りだされます。寓話たらんとしているのでしょう。

 冒頭、攻防を描いた中世風の絵か綴織、爆破される彫像、天井画、ガルグイユなどが次々に切り換えられます。雪をかぶった野原を走る米軍のジープに続いて、森の中を二人の人物が馬で駆け抜ける。ジープの一行は馬上の一人と出くわします。マルドレーの場所を訪ねると、丘の向こうにある城の名とのことです。その人物がマルドレー伯爵でした。車から降りた少佐が手前を見渡すと、約4分、切り替わって森に囲まれた城の外観が映され、そこにタイトル・クレジットが重ねられる。スキャットが流れる。音楽はミシェル・ルグランです。城の壁は白っぽく、いくつかの角塔、いくつかの尖頭を備えています。カメラは空撮で周りを巡っていきます。

 場所はベルギー、兵士は8人います。吹抜の広間に続いて、曲がる狭い階段を兵士たちがあがっていく。下向きだったカメラは上向きに移ります。あがった先は格子天井が低い板張りの部屋で、奥の壁と右手の壁に壁画が描かれている。ピエロ・デッラ・フランチェスコの《ヘラクリウスとホスロー2世の戦い》にほかなりませんでした(下のおまけ、または→こちらを参照)。ただし妙な処理が施されていて、本来の画面の中央あたりで二分割され、左側が左右反転してあるようなのです。すぐに反転した部分の細部に切り替わります。本作に登場する絵画は、原作の複製そのままではなく、何か手を加えてある場合が多いようです。
 次いで白い壁の礼拝堂、ステンドグラスもあります。天井画のある部屋、円形をなしているようです。また天井画のある別の部屋、ここは吹抜で周囲を2階回廊がめぐっている。回廊もその下の1階も壁に沿って書棚が並び、書庫のようです。何て羨ましいことでしょう。
 やはり2階回廊のある吹抜の広間、こちらの回廊は大理石の欄干付きで、2階から下りる階段もあります。大きな綴織がかかっている。回廊は出入りのある不規則な形のようです。
 城壁から大尉が外を眺めていると、すぐ背後に角塔が聳え、その屋上に女が立っていました。
 雪の庭園です、芝は幾何学的に刈られ、彫像がたくさん立てられている。

 タイトル・クレジットが終わると、兵士たちが到着してすでに3週間、その間に少佐は伯爵夫人(アストリッド・ヘーレン)と懇ろな仲になっている。夫人は伯爵の姪でもあるという。
 礼拝堂で作戦会議が行なわれます。少佐は壁から突きでた欄干付きの説教壇から話す。背後の壁に開口部が開き、そこに入ると右下の扉口から出てきます。大尉は城以外での応戦を提案しますが、聞き入れられません。


 馬に乗った少佐と伯爵が四阿に向かいます。四阿は小さな丘の上で、湾曲する階段でのぼった先にある。青塗りで多角形をなし、腰板の上は格子になっている。中央のテーブルの上には後漢の壺が飾ってある。ドイツ軍の斥候と戦闘になります。

 礼拝堂で大尉と夫人が話します。大尉はずっとこんな所で暮らしたかったという。同意せずにはいられません。
 夫人は廊下を奥から手前へ進みます。カメラは後退していく。廊下の壁には絵と鏡が交互にかけられている。壁は白い。現伯爵の肖像画もありますが、こちらは出来がいいとは言いがたい。


 撞球室です。伯爵がおり、そこに大尉が小さな額絵をもって入ってきます。表は見えませんでしたが、ドラクロワとのことです。兵たちへの講義に使いたいという。壁にある何点もの絵の一つはホッベマの初期のものでした。こちらも絵柄はよくわかりませんでした。大尉は城にある美術品のリストを作っています。ボッティチェッリ、コロー2点……と数えあげかけますが、伯爵が夫人のことを悪くとらないでくれ、私は子供がほしいと言うのでした。

 近くのサンクロワという町に兵たちが繰りだします。お目当ては「赤の女王 Reine Rouge」という娼館です。通りの奥に尖り屋根の小さな木造教会が見えます。ロッシはパン屋のウィンドウにふらふらと引き寄せられていきます。ロッシは元パン職人でした。娼館の中は暗い赤の照明です。4人が入っていく。
 少佐と大尉が夜の庭を見下ろすバルコニーで話します。
 街の通りで合唱がわき起こる。米軍を除隊した福音伝道者たちだという。
 オルガンを中尉が弾いています。右向かいにブーシェ風の絵がかかっている。オリジナルは俯きで寝椅子に寄りかかった裸婦というもので、幾ヴァージョンかあるようです(下のおまけ、または→こちらを参照)。ここでは裸婦の向こうに侍女がいるという、マネの《オランピア》(1863)を思わせる構図でした。活人画でしょうか。中尉が見ていると裸婦が動きだすのでした。
 夫人がオルガンのある広間の階段をのぼります。白い大理石製です。その背を見かけた大尉のカットに続いて、カメラは左から右へ首を振りながら、上から見下ろします。階段は多角形をなして何度も折れ曲がります。あがった先を奥の回廊に進む。向こうには少佐の部屋があるのでした。
 伯爵が大尉に自分は性的に不能だ、子供がほしいと言います。
 少佐の部屋には出窓があります。暗青色の壁紙で覆われている。壁にかかっている絵の一つはボナールの《レーヌ・ナタンソンと赤いセーターのマルト・ボナール》(下のおまけ、または→こちらを参照)にとてもよく似ていますが、右に坐る明るい縦縞の入った赤いセーターの女性の髪型が違い、左に坐る黄色い服の横顔の女性が髭を生やした男性に替わっていました。夫人と伯爵のようにも見えます。こういう絵があるのでしょうか?


 天井画が映ります。ルーベンス風かと思ったらルーベンスということのようです。これもネタがあるのでしょうが、不詳。ベンジャミンのナレーション曰く、「世界の終わりの前夜に」ベックマン大尉が美術史の講義を行なった。大尉の背後にボッティチェッリの《ウェヌスとマルス》が見えます(下のおまけ、または→こちらを参照)。またこの部屋には20世紀のものらしき絵がいくつもかかっています。ゴッホの糸杉を描いた作品もある。近代もののコレクションもあるわけです。
 大尉の講義に兵士たちはみんなして、何が何でもセックスの話にもっていきます。これは兵士たちの頭にセックスのことしかないからというわけではなく-そうなのかもしれませんが-、大尉の高尚ぶった教養に対する揶揄なのでしょう。元美術史屋としては身につまされるくだりでした。
 講義を放りだした大尉は書斎に行き、そこへベンジャミンが入ってきます。彼もセックスの話で答えていたのですが、この場は謝罪する。赤い蠟燭があります。


 クリアボーイ伍長がフォルクスヴァーゲンの手入れをしています。人間が滅んでも車は生き残ると少佐にいう。城門の前には橋がかかっており。横が水の溜まった濠になっていることがわかります。

 斥候に出た兵士の一人が笛を吹いています。ロッシも横にいる。薮の中からドイツ兵が声をかける。ブラームスの子守歌はそうじゃないという。声だけで姿は見せません。音楽を勉強していたそうです。城は10世紀のもので、ベックマンによると北翼面は15世紀だと斥候はいう。すると美術史家のライオネル・ベックマンかと聞き返します。ベックマンには《20世紀の彫刻》という著書があるとのことで、いい本だった。笛を直してやると言う。マイヤーホルンの弟子だそうです。ロッシが射殺します。軍事的な判断としては妥当なのかもしれませんが、やるせないところです。ドイツ兵の姿は亡骸も含めて最後まで映りませんでした。

 大尉が美術品を地下道に集めています。半円形のトンネルです。ワイン棚が見える。現われた少佐に、城からの脱出口で、いくつか出口があると告げます。地下道は後にも登場しますが、残念ながらその経路や出入口の様子は出てきませんでした。

 ベンジャミンともう一人がフォルクスヴァーゲンを濠に落とします。いったん沈んだ車は、しかし浮きあがる。銃で撃つも沈みません。ベンジャミンは超自然現象だという。
 その様子に気づいたクリアボーイ伍長はピエロの壁画の間の窓から飛びだします。窓の下は濠で、壁画の間が角塔にあることがわかります。また濠には2階の高さから飛びこんでも大丈夫なだけの水の深さがあるわけです。伍長は車に乗りこみ、エンジンを始動、車はそのまま動きだして陸に上がるのでした。


 広間で伯爵と大尉が話します。先に触れた野牛云々という少佐評が伯爵によって語られます。
 広間の中央に長テーブル、奥の方は半円アーチの向こうに窓がある。その上は回廊でやはり窓が見えます。向かって左の壁には綴織がかかっています。その手前にオルガンが来る。突きあたりの半円アーチの右は、少し手前に柱が出ており、その右手に半円アーチがある。上はやはり回廊が走っています。半円アーチの扉口の奥には右上がりの階段がのぼっています。階段の向こうにもアーチがのぞいており、その下は暗い。広間の形状が不規則であることがわかるのでした。


 少佐が夫人に自分の故郷はヘメズ山だと話しています。ネットで検索すると、ヘメズ(Jemez、ジェメス)山はニューメキシコ州のロス・アラモスの南西部にあるそうです。

 角塔の屋上は鋸歯型胸壁に囲まれ、角に円筒状の煙突か何かが立っています。屋上には外壁に沿ったのぼり階段であがることがわかります。階段の下は宙空です。角塔に隣接した棟の屋上が下に見えます。間を置いて尖塔の屋根が見える。
 角塔屋上には機関銃が設置されており、大尉は偵察機と戦闘することになるのでした。


 サンクロワに一個師団が敗走してきます。町は爆撃されている。ロッシはパンを焼いています。少佐が白馬に乗ってやって来る。先に触れたくだりです。ロッシは「鷲か、世の終わりを告げる声」を聞く。戦車に追われた兵士たちは教会に入り、バズーカを向けます。突っこんできた戦車を奪うことに成功しますが、教会から出る際あちこちぶつけ、ついには教会を崩壊させてしまう。
 森をカメラが左から右へ撫でます。右には城がある。
 広間、回廊、また回廊を足音のみが響きます。伯爵でした。米軍も独軍も我々を滅ぼす気だと夫人に言う。我々とは歴史だ。
 城門の左右で円塔が少し迫りだしていることがわかります。城門の上には大きく紋章が飾られている。
 西欧は死ぬと大尉が言うと、とうに死んでる、だから来たと少佐が答えます。
 カメラが右から左に流れると、待機の兵たちです。戦闘が始まり、庭の彫像が吹っ飛びます。伯爵は地下通路を伝って独軍に交渉に行く。結局独軍に撃たれてしまいます。少佐は地下道に爆薬を仕掛けるよう命じます。ベンジャミンに夫人を連れて地下道を沼の方へ向かえとも言う。夫人は伯爵の妹だという話も出ます。彼女は少佐の子を宿したということです。独軍は梯子車を城壁に向かわせます。少佐は濠にガソリンを落とす。ベンジャミンと夫人が地下道を走る。
 少佐の脳裡のフラッシュバックでしょうか、炎上する城とかつての姿が交互に切り換えられる。そして先に触れたベンジャミンのナレーションが流れるのでした。


 『フランケンシュタインの幽霊』(1942)のところでも記しましたが、城とはまず軍事施設であり、後には権力の象徴にほかなりません。わかってはいるもののだがしかし、年ふりた城が爆撃で炎上崩落するさまは何とも忸怩たるものありとしないではいられません。ましてや数々の美術品がその中にあったと来ては、なにをかいわんやであります。文化財は大切にしましょう。ゴシック・ロマンスにおける結末の一つとして、古城なり館が最後に崩壊するというパターンがあるとすれば、幽霊妖魔の類でさえ城の宿命を止められないことになる。ますますもってお城は大事にしなければならない所以であります。
おまけ   ピエロ・デッラ・フランチェスカ《ヘラクリウスとホスロー2世の戦い》1452-66
ピエロ・デッラ・フランチェスカ
《ヘラクリウスとホスロー2世の戦い》
1452-66

ブーシェ《オダリスク》1743/45?
ブーシェ
《オダリスク》
1743/45?

ボナール《レーヌ・ナタンソンと赤いセーターのマルト・ボナール》1928
ボナール
《レーヌ・ナタンソンと赤いセーターのマルト・ボナール》
1928

ボッティチェッリ《ウェヌスとマルス》1483-84頃
ボッティチェッリ
《ウェヌスとマルス》
1483-84頃

 
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 2015/12/12 以後、随時修正・追補
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