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死滅の谷*
Der müde Tod
    1921年、ドイツ 
 監督・編集   フリッツ・ラング 
撮影   ブルーノ・モンディ、エーリッヒ・ニッチュマン、ヘルマン・ザールフランク、ブルーノ・ティム、フリッツ・アルノ・ヴァグナー 
 美術   ロバート・ヘールト、ヴァルター・レーリッヒ、ヘルマン・ヴァルム 
 照明   ロバート・ヘガーヴァルト 
    約1時間36分** 
画面比:横×縦    1.33:1 
    モノクロ、サイレント 

DVD
* 手元のソフトの邦題は『死神の谷』
** [ IMDb ]によると、ドイツ版は1時間45分、1時間54分の版があるようです。
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 怪奇映画と呼ぶにはいささか語弊があって、死神と婚約者の命を救おうとする娘のやりとりを前後に、イスラーム圏のどこか、イタリアのどこか、中国のどこかを舞台にした3つのエピソードをはさむという構成になっています。

 プロローグの部分では、野外を走る馬車の中の婚約者たちを映す当初から、フィルムの状態によるのでないのであればという条件つきではありますが、明暗の強い対比が強調されているように思われます。十字架と道しるべが両脇に立つ辻、村の広場と酒場、墓地などにも面白い細部は見出せますが、何といっても印象的なのは、余所者が墓地の隣に建てた巨大な壁でしょう。画面と平行な壁が画面いっぱいを占め、中央下にぽつんと人物がたたずむ。人物の小ささは石積みの壁の巨大さと越えがたさを読みとらせずにいません。現実に生きる人間にはいかんとも通り抜けえない壁は、しかし、半透明の霊たちには扉を開くのでした。壁の中央に細長い尖頭アーチが現われます。人物の大きさと比較すれば、このアーチもまたおそろしく背の高いものです。アーチの向こうは、下方では暗くなりつつ、その上はまばゆく輝いており、よく見ると上り階段となっています。
 死に神に招き入れられた娘が通されるのは、蠟燭の間です。真っ暗な中、高さもまちまちな蠟燭が部屋中に立てられている。高いものは人の背丈を優に超えています。壁沿いにはゴシック風の仕切りがいくつか見えます。


 第1のエピソードはイスラーム圏の都市が舞台となります。いかにもそれらしいセットもさることながら、ヒロインの恋人である異教徒が発見され、逃げだす時に通る、列柱とアーチが林立するからっぽの広間や、その奥にある狭くて急な階段が目を引きます。階段の段は枝組みのように見え、登り切ると天井の上げ蓋で屋上に出る。
 また街角のセットも、ごつごつした建物に囲まれた密度の濃い空間をなしていました。建物は上階の方が下の階より広くなっており、量塊感を強められています。
 さらに異教徒がヒロインに逢うべく宮殿に忍び込む際に通る廊下では、左手のアーチの縁はギザギザに刻まれていて、奥のアーチの向こうは少し段を上がってから左右に通じているらしい。それぞれのアーチ近辺の壁にはランプが吊され、ここでも空間の分岐をよく読みとらせてくれます。
 宮殿の正面は大階段になっているのですが、それ以上に面白いのは屋上でした。そのプランは凹凸の出入りがある形をなしているようで、屋上に上がるための階段も、床にうがったT字型の開口部に設けられているのでした。


 とはいえあざやかな空間構成を見せてくれたのは、イタリアのどこかを舞台にした第2のエピソードでしょう。水路がある点からすると、ヴェネツィアのイメージでしょうか。冒頭、シルエットと化した太鼓橋が登場します。下方は三つの尖頭アーチになっている。橋の上面はゆるい段でできていて、手すりには彫像が立ててある。おそらく橋につながっているのでしょう、すぐに壁沿いに左上から右下へ、踊り場を経て左下に折れる階段が映されます。祭りなのか、そこを人々が行き来するのでした。物語の本筋とはあまり関係のない導入部分ではありますが、いたく鮮烈ではありました。
 この後、明暗の対比が効果的な警備が立つ半円アーチが3つ重なった廊下、表面が奇妙にもやもやした大きな壁沿いの街路、正面から捉えられて画面いっぱいを占める階段での口封じの場面、背景が真っ白な噴泉、水路から舟が接近する入口の空間など、面白い細部は見出せますが、何といっても印象的なのは、クライマックスの広間でしょう。
 画面と平行に広間を正面から映し、奥には円柱が3本横に並んでいます。数段下がって手前には床がひろがっているのですが、かなり巨大な空間のようです。上の方は暗くなっています。正面視がとりつくしまもない厳格さの感触を強めていて、プロローグでの巨大な石壁が連想されるところです。奥からヒロインの恋人が入ってくると、背後でカーテンが閉まり、真ん中の柱だけ隠すのでした。
 チャンバラが始まって、カメラは人物をより大きく捉えますが、最後の場面では先ほどとは反対に、真ん中に柱が立ち、両脇が暗くなっています。


 第3のエピソードは魔術が繰りひろげられる中国です。冒頭に登場する道士の背後に見える、戸口か祠かわからない暗い開口部、その右に伸びる中途半端に瓦をかぶせた壁だとか、皇帝の宮殿の前庭や居室などを経て、三重になっているらしい壁に、円形の開口部があけられ、そこを皇帝が奥から手前に進む場面が、空間を通過する運動を感じさせてくれます。
 次いで、周囲を暗部で額縁状に囲った中、明るい陽光に満たされて、正面から捉えた橋らしきものが奥へと伸び、一番奥には骨組みだけの小さなパゴダが見えるという構図が印象的でした。


 3つのエピソードを語り終えて、舞台は夜の村に戻ります。ここで登場する病院については、まず内部の階段室が明暗の対比を活かしつつ、手前から奥へ、奥から右上へと曲がる階段、その下の廊下とそこに見える細長い扉口、踊り場の左に開く開口部など、やはり空間の分岐をよく読みとらせてくれます。
 また病院の外、出入り口も、幅の広い欄干のある階段を上って、いったん左に折れるのですが、ここでも踊り場に半円アーチの入口、昇った先にも長方形の入口がありました。
 そして炎に包まれる病院に飛びこんだヒロインが通り抜ける、下からの階段と上への階段双方に通じている廊下や、末尾の霊安室の場面でも、明暗の配分に工夫が凝らされ、空気が満ちた空間が枝分かれするさまを感じさせていたことでした。

Cf.,  レオン・バルサック、『映画セットの歴史と技術』、1982、p.61

クラカウアー、『カリガリからヒトラーへ ドイツ映画 1918-1933 における集団心理の構造分析』、1970/1995、pp.90-94


美術担当の一人ヘルマン・ヴァルムについては、本サイトから他に;『カリガリ博士』(1919)、『吸血鬼』(1931)
 2014/09/21 以後、随時修正・追補
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