ホーム 宇宙論の歴史、孫引きガイド 古城と怪奇映画など 美術の話 おまけ
原初の巨人、原初の獣、龍とドラゴンその他

原初の巨人、原初の獣など
龍とドラゴンなど 
おまけ 

 宇宙の始まりに宇宙大の巨人がいて、その身体の各部が天や地を始めとする世界を形づくることになる、という神話ですぐに思い浮かぶのは

・北欧神話のユミル(→こちらを参照

 『古エッダ』の内、「巫女の予言」にはユミルの名は挙げられるものの、神話の細部は記されません(3節、谷口幸男訳、『エッダ-古代北欧歌謡集』、1973、p.9。ユミルのからだから天地が作られたことを語るのは「ヴァフズルーズイルの歌」21節、同上、p.46、「グリームニルの歌」40-41節、同上、p.56、そしていわゆる『スノリのエッダ』5-8章、同上、、pp.227-231 などとなります)。
 またユミルを養ったのは「霜が滴り落ちたとき」できたアウズフムラという牝牛だとのことですが(同上6章、p.229)、後出のイランの神話における原牛ゴーシュルワンと原人間ガヨーマルドの対と比較できそうです。


・中国の神話における盤古(→こちらを参照

・リグ・ヴェーダに登場するプルシャ(→辻直四郎訳、『リグ・ヴェーダ讃歌』、1970、pp.318-321:「プルシャ(原人)の歌」)

といったあたりでしょうか。

 この3例からは、巨人が死ぬ、ないし殺されて、そのからだから世界が作られるという、ある種の供犠がセットになっていることも読みとれます。いわゆる〈死体化生神話〉の宇宙版というわけです。


・日本神話での、イザナキから天照、月読、スサノヲなどの神々が生じる段(→次田真幸、『古事記 全訳注』、上巻、pp.69-74、宇治谷孟、『日本書紀 全現代語訳』、上巻、pp.28-30 など)

 こちらも、その前に黄泉の国行を経ての禊ぎによるものである点からして、死と再生の過程と見なすことができ、やはり同様のパターンに則っているのでしょう
(伊藤聡、『神道とは何か 神と仏の日本史』、2012,、pp.225-228:「盤古神話の中世的再生」
 および
 伊藤聡、『神道の形成と中世神話』、2016,、pp.181-183:「盤古神話の中世的展開」
 なども参照)。


 上の例で原初の存在はいずれも人型をなしています。もっともプルシャは「千頭・千眼・千足を有す」(上掲書、p.319) という体ではありますが、他方、

・アッカド神話におけるティアマトのからだからの天地の創造(→『エヌマ・エリシュ』、『古代オリエント集 筑摩世界文學体系 1』、1978、pp.122-124)

 中には
「かれは彼女の尻尾をひねって
天の《
最高の結び目(ドゥルマハ)》につないだ」(第Ⅴ粘土板-58~59、pp.123-124、「かれ」はマルドク、「彼女」はティアマト)
 とあり、ティアマトは人の姿をしているのではないようです。


 ティアマトの場合と似ているのが

・アステカ神話の大地の主(トラルテクートリ)(→『図説 マヤ・アステカ神話宗教事典』、2000、pp.240-241、など)

 出典は『メキシコの歴史』 Histoyre du méchique とのこと。

Alfredo López-Austín、岩崎賢・井上幸孝訳、「メソアメリカの宇宙観(2)」、2002、pp.117-118、

岩崎賢「花は笑う - アステカ人の宗教における創造のシンボリズム -」、2013、pp.138-139
(岩崎賢、『アステカ王国の生贄の祭祀 血・花・笑・戦』、2015、pp.68-70)、

なども参照。


・マニ教の場合

(1) 原人が闇に呑みこまれ、後に救出されるものの、原人が身にまとっていた五つの種族/神々/息子=大気、風、光、水、火は闇の五つの部分と混じりあってしまう(→大貫隆訳・編、「マニ教の神話」、『グノーシスの神話』、1999、pp.253-259)

(2) 光と闇の混合から世界が創造される際、「アルコーンたち、すなわち闇の息子たちの皮を剥ぎ、…(中略)…生命の母は彼らの皮を押し広げて天とし、11の天を造った。彼らの身体を彼女は闇の大地へ向かって投げ捨て、8つの大地を造った」(同上、pp.259-260)

という二重のものになっています。


・(1)の〈原人〉は、ヘレニズム期の〈原人間(アントローポス)〉に通じるものと思われます。
その例としては『ヘルメース選集』中の「ポイマンドレース」などが挙げられるでしょう(→『ヘルメス文書』、1980、pp.60-61)。
 またゾーシモスに関し、

C.G.ユング、『心理学と錬金術 Ⅱ』、1976、pp.191-203:第3部第5章2-3「ゾシモスとアントロポス(原人間)の理論」

 この点については、また;


Hans-Martin Schenke, Der Gott 《Mensch》 in der Gnosis, 1966

・ユダヤの伝承(→こちらを参照

 ヘレニズムの〈原人間(アントローポス)〉はまた、ユダヤにおけるアダムをめぐる思弁にもつながるものと思われます。

 アダムだけでなく、天使サンダルフォンについて、
「その身の丈は仲間たちより歩いて500年高い」
とされ(
Nocolas Sed, La mystique cosmologique juive, 1981, p.255. p.260 も参照。「歩いて500年」という言い回しについては→こちらを参照)、同じくサマエルも、歩いて500年の背の高さがあるといいます(Joseph Dan, "Samael and the Problem of Jewish Gnosticism", Jewish Mysticism. Volume 3 : The Modern Period, 1999, p.374)。そもそも〈シウール・コーマー〉(→こちらを参照)は巨大さの最たるものでしょう。
 こうした表象は後のカバラーにおける〈アダム・カドモン〉につながる一方、イスラームのスーフィズム、たとえばイブン・アラビーなどの〈完全人間〉(→たとえばこちらや、あちらなどを参照)と比較できるでしょうか。

 またラハブ、レビヤタン、ジズ、ベヘモット、 〈山の人
Adne Sadeh〉など、巨大な存在がユダヤの伝説には事欠きません。
 これらにはカナン神話のローターン(F.M. クロス、『カナン神話とヘブライ叙事詩』、1997、pp.167-168 など参照)やバビロニアのティアマトなどとの血縁が指摘され、
レビヤタンに関して、その肉がメシア到来の時に義人たちの聖餐に供されるといったといった伝承があるとのことですが、供犠のモティーフが必ずしも現われない場合も見受けられます。


・供犠のモティーフが宇宙大の原初的存在というイメージと必ず結びつき、ただ後代になると前者が隠れてしまうのかどうかは、わかりません。
 ともあれ、レビヤタンはたとえば、

『荘子』内篇、「第一 逍遙遊篇」冒頭に登場する〈(こん)(ほう)

などを連想させますし
(→こちらそちら、またあちらを参照。
『列子』「湯問篇 第五」にも登場します;福永光司訳注『列子 2』、1991、p.20)、

インド」のページの「iv. 象・亀・蛇など」や

イスラーム Ⅲ」のページの「x. クジャタ、バハムート、ファラク、その他」では、

宇宙を支える巨獣たちのイメージにふれました。

金沢百枝、『ロマネスクの宇宙 ジローナの《天地創造の刺繍布》を読む』、2008、「第3章 礼讃図の二匹の海獣-ケートスの系譜とドラゴンの誕生」

で取りあげられる〈ケートス〉のこともご参照ください。

 北欧神話に登場する「ヨルムンガンド、すなわちミズガルズの大蛇」は、
「大洋の中に横たわりながら、陸地をとりまくようにして育ち、自分の尻尾を噛んでいる」(『スノリのエッダ』34章、上掲『エッダ-古代北欧歌謡集』、1973、p.248-249)。
この大蛇は「ヒュミルの歌」22節では
「大地の帯」
と呼ばれています(同上、p.77)。
 北欧詩話ではこれ以外にも、ユドグラシルの根をかじっているというニーズヘグなども登場します(「グリームニルの歌」35節、同上、p.55、『スノリのエッダ』15章、同上、p.236)。


・「イラン」のページで記したように、『ブンダヒシュン』の「第24章 様々なものについて、すなわちそれらがどのように創られ、いかなる敵が来たかについて」(野田恵剛訳、連載「Ⅲ」、『貿易風』、no.6、2011.4、pp.169-172)には、
フラーフカルド海(同上、連載「Ⅱ」、『貿易風』、no.5、2010.4、pp.133-134 参照)に棲む〈ワース・イー・パンジャーサドワラーム〉という巨大な魚、
茎の中に9山を擁する巨大な木、
3本足のロバ
などのことが語られています。

 ちなみに開闢神話に登場する原牛ゴーシュルワンと原人間ガヨーマルドも、死してさまざまなものを産みだします(同上、連載「Ⅰ」、no.4、2009.4、pp.164-165、178-180;連載「Ⅱ」、『貿易風』、no.5、2010.4、pp.124-125)。


・ギリシア神話や北欧神話に登場する〈巨人〉族も、こうしたイメージと無縁ではありますまい。またオルペウス教に関連する断片には、異形の神性を記述するものがありました→こちらを参照
 これらにおいては、過剰ないし欠落の相が常につきまとっています。千手観音や三面六臂の阿修羅像もそうですし、エゼキエル書のケルビム、またクトゥルー神話の神々も同様の特性を共有するものと見なせるかもしれません。

 それはさておきギリシアに戻れば、エンペドクレースの断片には、宇宙史のある段階における生物の様相として

「多くの 頭が、頸なしで その(大地)のうえに 生え、肩のない 腕は 裸のまま 彷徨った。眼は、額なしで 徘徊した」(DK. 31B57)。

「孤独な 肢体は、いっしょになろうとして 彷徨った」(DK. 31B58)。

「無数の手をもつ ひょろひょろ歩きの 生きもの」(DK. 31B60)。

「顔と胸とが 違った側を向いた 多くの生きものが 生まれた。あるものは 人間の顔をした 牛の子が、また逆に あるものは 雄牛の頭をした 人間の子が生まれた」(DK. 31B61)。

といった状態を記しています(バーネット、『初期ギリシア哲学』、1975、pp.319-320。pp.362-364 も参照)。


・現在の〈宇宙=秩序(コスモス)〉に対する〈混沌(カオス)〉と言うならそれで済んでしまうのですが、ここでは個々の具体的なイメージとそれらの布置こそを重視しましょう。ともあれ過剰・欠落は時間の始まりに配されるとして、さらに遡って始まりのさらに前にまで送るなら、「世界の複数性」のページでもふれたユダヤやアステカに見られる〈先行世界〉となります(→こちらを参照)。

 その際、『エヌマ・エリシュ』やヘーシオドス『神統記』の場合もそうですが、往々にして過去よりも現在がプラスの評価で染められます。しかし同じヘーシオドスの『仕事と日』における〈五時代説〉のように、プラスとマイナスはたやすく逆転するものなのでしょう。たとえばグノーシス諸派における〈プレーローマ〉やカバラー、とりわけルーリア派におけるテオゴニアでは、時間上だけでなく、空間上もこの世界を超越した神性の内部運動が物語られます。そしてそこにはしばしば、ある種の過剰がはらまれずにはいません。


・なお〈原人間(アントローポス)〉のイメージに関連するものなのか、まだよくわからないでいるのですが、イスラームにおける〈ムハンマド的光(ヌール・ムハンマディー)〉やスーフィズムの〈完全人間〉、シーア派におけるイマーム論なども参照すべきなのでしょう。
ムハンマド的光(ヌール・ムハンマディー)〉についてはとりあえず;

二宮文子、「南アジアのペルシア語神秘主義文献『神秘の鉱脈』」、2011、pp.124-126

など、
〈完全人間〉論についてはとりあえず;


竹下政孝、「『叡知の宝石』(Fuṣūṣ al-Ḥikam) にみられるイブン=アラビーの『完全人間』」、1982

東長靖、「イスラーム神秘主義におけるアッラーの至高性について-アブドゥルカリーム・ジーリーの存在論と完全人間論-」、1994

鎌田繁、「神秘主義とシーア・イマーム論の出会い-ファイド・カーシャーニーの完全人間論-」、1994

遠藤春香、「イブン・アラビーの完全人間論に関する研究潮流と今後の展望」、2010

遠藤春香、「シャアラーニーの完全人間論-形而上学から社会的側面への展開-」、2013

など、

 上の鎌田論文とともに、シーア派のイマーム論について、とりあえず;

Mohammad Ali Amir-Moezzi, The Divine Guide in Early Shi'ism. The Sources of Esotericism in Islam,1994

などを参照

・〈先宇宙〉といえば、水見稜の『マインド・イーター』(1984)は、ビッグバン以前の宇宙の残滓を宿した〈マインド・イーター〉との戦いを綴ったものでした。

 また、〈
宇宙=秩序(コスモス)〉と〈混沌(カオス)〉、現在と先行世界を、実現したものと実現しなかったものに置き換えれば、やはり「世界の複数性」のページでふれた小松左京「結晶星団」(1972)のヴィジョンとなります(→こちらを参照)。それを先に引いたエンペドクレースの一連の断片と比較することもできるでしょう。
………………………

杉浦康平、『宇宙を呑む アジアの宇宙大巨神の系譜[万物照応劇場]』、1999

 人や獣の姿をしたものを主に述べてきましたが、ユグドラシルを始めとする〈宇宙樹〉も無縁ではありますまい。蓮華蔵世界の大蓮華またしかり(→こちらを参照)。この点で同じく杉浦康平関連で;

杉浦康平・後藤多聞企画・構成、、岩田慶治監修、『花宇宙 生命樹 アジアの染め・織り・飾り』展図録、1992

杉浦康平、『生命の樹・花宇宙[万物照応劇場]』、2000

 また→こちらも参照

久保田将之、「身体-宇宙の対応の宗教現象学的構造-宇宙創造神話における原初的存在の巨人イメージと成長のモティーフについて-」、『哲学・思想論叢』、no.16、1998.1.31、pp.99-111 [ < つくばリポジトリ(Tulips-R)

龍とドラゴンなど

 →「ドラゴン、雲形、魚の骨 - 怪奇城の意匠より」の頁でこの項のことを挙げました

澁澤龍彦、『悪魔の中世』、1979、pp.145-164:「ドラゴンの幻想」

フランシス・ハックスリー、中野美代子訳、『龍とドラゴン-幻獣の図像学 イメージの博物誌 13』、平凡社、1982
原著は Francis Huxley, The Dragon. Nature of Spirit, Spirit of Nature, 1979
訳者解説-龍の聖と俗//
生々流転/ドラゴン・サイクル/百面相のドラゴン/ドラゴン退治/天空のドラゴン/時間とドラゴン/ドラゴンの夢//
図版//
資料図版とその解説;龍宮/入口か出口か/閉じた円環/エロス/天気メーカー/風水地形学/英雄たち/最初の両親/格闘/二つでひとつ、ひとつで二つ/未知なる怪物/乳海攪拌/死神/厄介なペット/胎児の臍など、
108ページ。


 →こちらで挙げました:「ブレイク《ヨブ記》(1825)より第15図『ベヘモトとレヴィアタン』」の頁の Cf.
 『イメージの博物誌』シリーズについて→そちらを参照


中野美代子、『中国の妖怪』、1983、pp.29-108:「Ⅱ 龍の栄光と堕落」

 また;

中野美代子、『仙界とポルノグラフィー』、1995、「龍と博山炉」

荒川紘、『龍の起源』、紀伊國屋書店、1996
序 龍とは何か//
東方の龍;中国の龍/インドのナーガ/東方の龍の特性//
西方の龍;バビロニアのティアマト/エジプトのウラエウス/イスラエルのレヴィアタン/ギリシアのドラコーン/ヨーロッパのドラゴン/西方の龍の特性//
龍の起源;蛇信仰の発生/蛇信仰の伝播/蛇の抽象化/龍の誕生/龍の伝播/南方の牛と北方の馬/新大陸の龍//
日本の蛇と龍;縄文時代の蛇/弥生時代の蛇と龍/記-紀のなかの蛇と龍-八岐大蛇と三輪山の蛇/シンボルとしての蛇と龍/記-紀のなかの蛇と龍-タツとオカミとミツハ/記-紀以後の蛇と龍/河童と天狗//
龍と宇宙論;龍と水の宇宙論-西方世界/龍と水の宇宙論-東方世界/闇と光と龍/日本の龍と宇宙論//
われわれの時代と龍;日本の農業と龍/科学技術文明と龍/小川芋銭の河童など、
300ページ。

 同じ著者による→こちらを参照


カール・シューカー、別宮貞徳監訳、『龍のファンタジー』、東洋書林、1999
原著は Karl Shuker, Dragons, 1995
まえがき(デズモンド・モリス)//
序/蛇 龍/龍もどき/古典的な龍/空飛ぶ龍/ネオ・ドラゴンなど、
186ページ。


 →こちらで挙げました:「ブレイク《ヨブ記》(1825)より第15図『ベヘモトとレヴィアタン』」の頁の Cf.

池上正治、『龍の百科』(新潮選書)、新潮社、2000
龍は、どのように考えられていたか/龍は、どう形づくられてきたか/龍は、どのように自然界に潜むか/龍は、どう変わってきたのか/龍は、どのように語られてきたか/龍は、どう暮らしにかかわるか、など、
256ページ。


『アジア遊学』、no.28、2001.6、pp.2-111:「特集 ドラゴン・ナーガ・龍」
序言(櫻井龍彦・丸山顯徳)/エジュダハー-シルクロードの国ペルシアの竜を求めて-(奥西峻介)/インド仏典に出没する龍(ナーガ)(平岡聡)/スリランカの龍(鈴木正崇)/ベトナムの龍(大西和彦)/インドネシアのナーガ-王権・地下界・境界-(青山亨)/観音と龍(百田弥栄子)/開発と災害伝承のなかの龍(櫻井龍彦)/韓国の龍信仰-王権と水神、富のシンボル-(依田千百子)/沖縄の龍の話(丸山顯徳)/龍と龍宮の伝承-龍から貝へ-(斎藤純)/北欧の神々と世界蛇の闘争神話(水野知昭)/ケルトの「角ある蛇」(辺見葉子)/ドイツの龍(竹原威滋)/ケツァルコアトル-古代メキシコ・アステカの「龍」(加藤隆浩)/神泉苑の龍-天皇制の中の神格(廣田収)

黒田日出男、『龍の棲む日本』、2003

利倉隆、『【カラー版】絵画のなかの動物たち 神話・象徴・寓話』、美術出版社、2003、pp.89-140:「第Ⅲ章 英雄と竜」
空想の怪獣//
ギリシャ神話と竜;ペルセウスとアンドロメダ/ヘラクレスの功業/宝物の守護者//
聖人伝をめぐって;聖ゲオルギウスと竜/聖女と竜//
大天使ミカエルと黙示録の闘争;太陽をまとう女/天上の闘争//
竜のシンボリズム;永遠の敵対者/レビヤタン/英雄を呑み込むもの


 他の目次は;
楽園から箱舟へ 創世記の動物誌/動物譚の世界/動物と人間の交わるところなど、
204ページ。


  →こちら(「ブレイク《ヨブ記》(1825)より第15図『ベヘモトとレヴィアタン』」の頁の Cf.)、またそちら(「ギュスターヴ・モロー研究序説」(1985) [14]の頁)でも挙げました

安田喜憲編、『龍の文明史』、八坂書房、2006
序章 紅龍から青龍へ-融合と循環の思想(安田喜憲)/龍の文明史(同)/大河文明の生んだ怪獣(荒川紘)/西洋のドラゴンと東洋の龍-デューラーとレオナルド・ダ・ヴィンチの作品をめぐって(田中英道)/操蛇擾龍の事(伊藤清司)/龍の起源-鯉・馬・牛・羊・鹿・犬との関係(李国棟)/龍をめぐる神話(百田弥栄子)/シャーマニズムから見た龍蛇と鳥と柱(萩原秀三郎)/龍蛇と宇宙樹のフォークロア(金田久璋)/メソアメリカ文明における龍蛇信仰(高山智博)など、
340ページ。


笹間良彦、『図説 龍とドラゴンの世界』(遊子館歴史選書 6)、遊子館、2008
龍の起源・西洋の龍・インドの龍/中国の龍/日本の先史時代・古墳時代の龍/古代神話と奈良時代の龍/平安時代の龍/鎌倉時代の龍/南北朝・室町時代の龍/安土桃山時代の龍/江戸時代の龍/近・現代の龍-龍の死と再生など、
274ページ。


勝木言一郎、『龍 日本の美術 No.510』、至文堂、2008.11
龍とは何か/日本における龍/中国における龍/朝鮮における龍/インドの龍/東南アジア諸国における龍/中央アジアにおける龍//
附論;ドラゴンなど、
98ページ。

 同じ著者による→こちらを参照:「仏教 Ⅱ」の頁の「vi. 仏教の神話など」の項


 上掲の(→そちら
金沢百枝、『ロマネスクの宇宙 ジローナの《天地創造の刺繍布》を読む』、2008、「第3章 礼讃図の二匹の海獣-ケートスの系譜とドラゴンの誕生」
 の元の記載箇所(→あちら:「キリスト教(西欧中世)」の頁の「i. 文化史的なものなど」の項)でも挙げた、
金沢百枝、『ロマネスク美術革命』(新潮選書)、新潮社、2015、「第5章 海獣たちの変貌」
 も参照

………………………

種村季弘、『怪物の解剖学 種村季弘のラビリントス』、青土社、1979
1974年刊本の新装版
ゴーレムの秘密/怪物の作り方/魔術師シモン/壜のなかの精霊/少女人形フランシーヌ/始原児の再生/自動人形庭園/マンドラゴラの旅/機械人間の系譜/ピュグマリオンの恋/ドッペルゲンゲルの彷徨/鉱物の花嫁/怪物胎生考(あとがきにかえて)など、
244ページ。


 同じ著者による→こちらを参照

『怪物 イメージの解読』、河出書房新社、1991
知られざる土地、テラ・インコニータ エジプトとギリシアの怪物(吉田敦彦)/海の豊穣 二叉の人魚像をめぐって(尾形希和子)/絵画的トポスとしての重体像(西野嘉章)/聖アントニウスと怪物 ヒエロニムス・ボスのリスボン祭壇画の解読(神原正明)/三つ首怪物の普遍的生命について(若桑みどり)など、
224ページ。


『武蔵野美術』、no.119、2001冬、pp.4-63:「特集 恐怖の表象 怪物たちの図像学」
遍在する怪物 怪物論のトポス(種村季弘+谷川渥)/
西欧怪物分類表 怪物のタイポロジー/西欧(蔵持不三也+松平俊久)/中華風怪物のレシピ 怪物のタイポロジー/中国(武田雅哉)/需給関係が化物を生む/物語・伝承の怪物たち 怪物のタイポロジー/日本(近藤雅樹)/
有情のからだ - 鬼をうむもの(倉本四郎)/西欧怪物類従(蔵持不三也)/「木男」伝説 ヒエロニムス・ボスのファンタジー(神原正明)/怪物の視点 清水崇『4444444444』の演出プランより(齋藤魁)/人間における怪物性とは何か?(澤野雅樹)/
ニュートラルな恐怖/怪物化のはじまり 映画をめぐって(黒沢清+斎藤環) 「転移」による唯物論(斎藤環)


キャロル・ローズ、松村一男監訳、『世界の妖精・妖怪事典』(シリーズ・ファンタジー百科)、原書房、2003
原著は Carol Rose, Spirits, Fairies, Gnomes and Goblins, 1996
序文/事典(あいうえお順)/監修者あとがき/付録など、
544ページ。


キャロル・ローズ、松村一男監訳、『世界の怪物・神獣事典』(シリーズ・ファンタジー百科)、原書房、2004
原著は Carol Rose, Giants, Monsters, and Dragons, 2000
序文/事典(あいうえお順)/監修者あとがき/付録など、
550ページ。


林俊雄、『グリフィンの飛翔~聖獣からみた文化交流~』(ユーラシア考古学選書)、雄山閣、2006
グリフィン図像の誕生-メソポタミアから西方へ-;先王朝時代(前3500年~2900/2700年)/シュメルとアッカドの時代(前2900~2004年)/前2000年紀のメソポタミア/古・中・新王国時代のエジプト/前2000年紀の地中海東岸/前2000年紀のエーゲ海//
グリフィン図像の展開-メソポタミア・イランから西方へ-;新アッシリア帝国の時代(前10~7世紀)/新アッシリアの隣接諸地域/新バビロニア帝国とアケメネス朝ペルシア帝国//
新たなグリフィン図像の展開-ギリシアを中心に-;アルカイック期/クラシック期/旧約聖書のケルブ、ケルビム/ギリシア古典とグリフィン//
グリフィン、東方へ飛ぶ;中央アジア-サカの世界へ-/アルタイの山中で/グリフィンの伝わった経路と年代/アルタイと中国との交流/中国の獅子グリフィン//
その後のグリフィン;ヘレニズム、ローマ時代/唐とサーサーン朝ペルシア、ビザンツ、ヨーロッパなど、
288ページ。


立川武蔵・著、大村次郷・写真、『聖なる幻獣』(集英社新書ヴィジュアル版 016V)、集英社、2009
序章/キールティムカの顔/海獣マカラ/トーラナという宇宙/蛇と竜/翼のある獣/一角獣/聖獣と神々など、
224ページ。


小石絵美、「古代ギリシアのグリフィンの起源 - 図像学的変遷の再検討 -」、『美術史』、185号、vol.LXVIII no.1、2018.30、pp.50-65
先行研究//
図像学的特徴及びモチーフの役割;青銅器時代のグリフィン/青銅器時代のミノア風ゲニウス/歴史時代のグリフィン(アルカイック期からクラシック期)//
比較//結論


国立民族学博物館監修、山中由里子編、『驚異と怪異 想像界の生きものたち』、河出書房新社、2019
驚異とは(山中由里子)/怪異とは(榎村寛之)/はじめに(山中由里子)//
想像界の生物相 水;人魚/龍/水怪/
    コラム;半人半魚の女神たち(山中由里子)/人魚とジュゴン(小山修三)/海の死霊とトビウオ漁(秋道智彌)/ベニンの
魚足王(ぎょそくおう)(戸田美佳子)/ティンガティンガの妖怪(和田正平)/刺繍に見るミャオ族の宇宙(横山廣子)/龍に生まれ変わる(信田敏宏)/カワウソ老いて河童になる?(卯田宗平)//
  天;霊鳥・怪鳥・鳥人/天象/天馬/
    コラム;鷲の王ジャタユ(福岡正太)/アジアを
(かけ)た鳳凰たち(松浦史子)/天狗の鼻(久留島元)/人面有翼の天馬ブラーク(小林一枝)//
  地:巨人/有角人/変身獣/霊獣・怪獣/蟲/人間植物/
    コラム;メキシコ仮面に見るクリーチャーたち(アンソニー・シェルトン)/創造界の化物僧(香川雅信)/狐(化野燐)/狼男(池上俊一)/半人半獣のヴィシュヌ化身像(三尾稔)/江戸時代に摺られた〈白沢の図〉(佐々木聡)/キフェベの仮面(吉田憲司)/ナワル(鈴木紀)/壬生大念仏 土蜘蛛面(榎村寛之)/祖先と敬われる毒蛇(山田仁史)/カチーナ人形(伊藤敦規)//
  驚異の部屋の奥へ;驚異の部屋とは/驚異の部屋の幻獣たち/見世物としての幻獣/信仰と幻獣/幻獣ミイラを訪ねて/薬としての幻獣/自然と幻獣/湯本コレクション//
想像界の変相 聞く//
  見る;描かれた驚異譚と怪異譚/幻獣観察ノート/諸国見聞録/予言獣/紐の文学 - リテラトゥーラ・デ・コルデル(中牧弘允)/幻獣観光と商品化//
  知る;怪物の地理学/驚異の知識体系/怪異の知識体系//
  創る;江本創/ヤン・シュヴァンクマイエル/パブロ・アマリンゴ/アミーン・ハサンザーデ=シャリーフ/五十嵐大介/ファイナルファンタジーXV/
    コラム;イッカクとユニコーン(池谷和信)/泣く子をだまらすアイヌのお化け(齋藤玲子)/ヒマラヤの雪男イエティ(古川不可知)/世界を捉える怪物キールティムカ(立川武蔵)/占術ダイアグラム(村上大輔)/マネキンとマンドラゴラ -
人形(ひとがた)の不気味(山中由里子)//
比較妖怪学の可能性(小松和彦)など、
240ページ。


 同じ編者による関連するテーマの編著→こちらを参照

 怪物、妖怪といったイメージに関する本も山ほどあることでしょうが、上に挙げたのはそのほんの一例となります。
 同様に、いわゆる〈怪獣〉について、とりあえず;


『映画宝島 Vol.2 怪獣学・入門! 別冊宝島』、JICC出版局、1992.7、pp.1-183
まえがきにかえて 『ウルトラマン研究序説』を焼き捨てろ!(編集部)/ゴジラは、なぜ皇居を踏めないか?(赤坂憲雄)/ゴジラは、なぜ「南」から来るのか? 特撮映画に見る南方ユートピアと大東亜共栄圏の残滓(長山靖生)/怪獣の名前には、なぜ「ラ行音」が多いか?(呉智英)/ウルトラマンは菩薩である!(みうらじゅん)/ウルトラマンは、なぜ人類を守るのか? 〈ウルトラマン〉の甘えと矛盾(佐藤健志)/金城哲夫をさがして 沖縄に消えたウルトラの星(會川昇)/ウルトラマンにとって「正義」とは何か? 金城哲夫・上原正三・市川森一 それぞれの怪獣、それぞれの正義(切通理作)/ヌーヴェル・ヴァーグは「特撮」に実を結んだ! 佐々木守・内なる天皇制への挑戦(まるたしょうぞう)/役名もない名優たちに愛をこめて(鬼犯ミッキー・小沢太一・元山掌、構成:怪山)/大日本ファンタスティック映画紳士録 東宝・円谷プロを中心に(構成:中島紳介、協力:會川昇・鳴海丈)/子どもはなぜ、怪獣が好きなのか? 治癒力としての怪獣の形象(村瀬学)/バランとラドンは、なぜ滅ぼされるのか? まつろわぬ民の末裔たちの反撃(赤坂憲雄)/日本人は、なぜ自力で怪獣を倒せないのか? ゴジラとウルトラマン-通過儀礼なき日本に英雄神話はあるか(島田裕巳)/蛮神殺しの系譜 本朝怪獣文学史序説(東雅夫)/モダンアートの結晶としてのウルトラ怪獣(椹木野衣)/持続としてのウルトラマン 『ウルトラマンG』インサイド・クロニクル(小中千昭)/甘美なるオスティナート 伊福部昭の怪獣映画音楽(諸石幸生)

 ちなみに;

花田清輝、「原子時代の芸術」(1955)、『花田清輝全集 第五巻』、講談社、1977、pp.265-278

 同、 「現代の典型」(1956)、同、pp.279-307

 同、 「空想科学映画」(1955)、同、pp.470-471

 『放射能X』(1954)、『原子怪獣現わる』(1953)、『ゴジラ』(1954)に触れています。
 また、

花田清輝、「芸術及び芸術運動」(1967)、『花田清輝全集 第十三巻』、講談社、1978、pp.68-87

の最後近くには、「わたしはといえば、わたしは、あの『山越阿弥陀図』から、さっそく、当節、漫画やテレビや映画で大流行の怪獣出現のシーンを連想します」(P.86)というくだりが見えます。

 同じ著者による→こちらも参照


おまけ

 音楽方面から

Leviathan, Leviathan, 1974(邦題:レヴィアサン、『レヴィアサン』)(1)

 アメリカのプログレ・ハードです。メロトロンも鳴っています。→こちらでも1曲挙げました


The Mothers of Invention, Uncle Meat, 1969(2)

 2枚組のD面全部を占めるのが6曲からなる
"King Kong"
 ザッパの各種ライヴにも収録されていることかと思いますが、ここはとりあえず、ザッパ自身が編曲も手がけた


Jean-Luc Ponty, King Kong, 1970(邦題:ジャン・リュック・ポンティ、『キング・コング』)(3)

のA面1曲目、ただし4分56秒の短縮版です。さらに;


Zappa Plays Zappa (2008)に続く実の息子による

Dweezil Zappa, Return of the Son of..., 2010(4)

 2枚組CDの1枚目、6曲目。
"with Band Solos"と記されています(→そちらも参照)。

Blue Oyster Cult, "Godzilla"

 はもともと Spectres (1977)が初出のようですが、手もとにあるのはライヴ Extraterrestial Live (1982)(5)。

Tortoise, millions now living will never die, 1996(邦題:トータス、『ミリオンズ・ナウ・リヴィング・ウィル・ネヴァー・ダイ』)(6)

 の日本版にボーナス・トラックとして収められたのが
"Gamera"。器楽曲ですが、グループ名からして火を吐き空飛ぶ大亀怪獣のことなのでしょう、たぶん。

Can, Monster Movie, 1969(邦題:カン、『モンスター・ムービー』)(7)

 1枚目。A面3曲、B面1曲のどこに〈怪物〉がいるのか、どんな〈怪物〉なのかよくわかりませんが、ジャケットには巨大ロボットらしきものが描かれているのでした。

1. 舩曳将仁監修、『トランスワールド・プログレッシヴ・ロック DISC GUIDE SERIES #039』、シンコーミュージック・エンターテイメント、2009、p.66。

2. 岸野雄一、「フランク・ザッパ ディスコグラフィー」、『ユリイカ』、vol. 26 no.5、1994.5、pp.232-233。
 和久井光司、『フランク・ザッパ キャプテン・ビーフハート ディスク・ガイド』(レコード・コレクターズ2月増刊号)、2011、pp.48-49。
 →こちらも参照


3. 前掲『フランク・ザッパ キャプテン・ビーフハート ディスク・ガイド』、p.204。

4. 前掲『フランク・ザッパ キャプテン・ビーフハート ディスク・ガイド』、p.238。

5. 白谷潔弘監修、『アメリカン・ハード・ロック The DIG Presents Disc Guide Series #015』、シンコーミュージック、2004、pp.17-20。
 →そちらも参照


6. 松山晋也監修、『プログレのパースペクティヴ MUSIC MAGAZINE 増刊』、ミュージック・マガジン、2000、p.161。
 『200CD プログレッシヴ・ロック』、立風書房、2001、p.247。

7.  『ユーロ・ロック集成』、マーキームーン社、1987/90、p.115。
 『ジャーマン・ロック集成 ユーロ・ロック集成2』、マーキームーン社、1994、p.51。
 明石政紀、『ドイツのロック音楽 またはカン、ファウスト、クラフトワーク』、水声社、1997、pp.51-55。
 小柳カヲル、『クラウトロック大全』(ele-king books)、Pヴァイン、2014、p.20。
 松山晋也監修・編集、『カン大全 - 永遠の未来派』(別冊ele-king)、Pヴァイン、2020、p.122。
 同じカンのアルバムから→あちら「近代など(20世紀~ )の頁の「おまけ」も参照

 

 宇宙論がらみの怪獣小説といえば;

山田正紀、『機械獣ヴァイブ』(1~4)、1985~1988

 その完結版;

山田正紀、『未来獣ヴァイブ』、2005

山本弘、『MM9』、2010

 同、  『MM9-インベージョン-』、2011

 同、  『MM9-デストラクション-』、2013

 漫画から;

高遠るい、『ミカるんX』(全8巻)、2008-2011

五十嵐大介、『海獣の子供』(全5巻)、2007-12

 第3巻(2008)の p.296 に〈
原人(プルシャ)〉だの〈黄金の胎児(ヒラニヤガルバ)〉といったイメージが登場します。
 
2014/07/10 以後、随時修正・追補 
   HOME宇宙論の歴史、孫引きガイド原初の巨人、原初の獣、龍とドラゴンその他