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世界の複数性など

長尾伸一、「明治初期の天文学と世界の複数性論」、2013、p.6
には「1879年に文部省が、ブリテンの天文学者ノーマン・ロッキャー(Norman Lockyer)の教科書『天文学(洛氏)』を出版した」ことが記され、そこから幾箇所か引用されているのですが、その中に「アナキシマンデルナル者有り剛勇ナル思念ヲ興シ世界ノ無数ナルコトヲ論ズ即チ諸遊星モ皆住民有リトスルノ説ナリ」という一文がありました(p.7)。

アナクシマンドロスの複数宇宙説については、
ジョン・バーネット、『初期ギリシア哲学』、1975、pp.91-94
で取りあげられており、そこでは「宇宙はすべて滅びるものであるけれども、同時に無限定な数の宇宙が実在するという解釈と、新しい宇宙は古い宇宙が消えてしまうまでは存在することはないから、いちどにけっして一以上の宇宙は存在しないというツェラーの見解との、どちらを採るかが決められねばない」と記されています(p.91)。バーネット自身は前者の解釈を採用しており、その節の末尾では、「最後に、初期のピュタゴラス学派のひとりペトロンが、三角形に配列されたちょうど183の世界があると主張したことを図らずも知らされているのである。それは、宇宙の多数性の所説が原子論者よりもはるかに古いことを少なくとも示している」と述べて閉じています(p.93)。

 なお同書では、アナクシメネースの「無数の宇宙」説について、「証拠の方は、はるかに十分ではない」(p.117)と、ピュータゴラース派については、「おそらく宇宙の多数性についてのミレトス人の見方をピュタゴラスのものと考えることさえできる」(p.157)とし、先のペトロンの説を再び挙げています。


 アナクシマンドロスやピュータゴラース派について、現在の研究がどのように捉えているのかは不詳ですが、宇宙の複数説を提唱したとして、問題なく認められているのは続くレウキッポス=デーモクリトスの原子論と、それを引き継いだエピクーロス派ということになるのでしょう。彼らについてはバーネットの同書を始めとするソークラテース前派の解説等を見ていただくとして(→こちらや、あちらを参照)、ここで〈世界の複数性〉と呼ぶのは、先のバーネットの引用であれば「同時に無限定な数の宇宙が実在するという解釈」ということになります。〈世界〉や〈宇宙〉は永らく、大地と日月・諸星あわせて一セットと見なされてきましたが、近代以降、恒星系、星雲、さらにはビッグバンに始まる全時空と、急激に拡大を遂げました。ただしそれぞれの宇宙論に即して考える場合、大地+日月星辰のセットと、ビッグバン時空とは、同等のものとして押さえる必要があるでしょう。

 他方、空間的に複数の宇宙が並列するという考え方と、重なりあったり結びつきあったりしつつ、少なくとも理屈の上では区別できるものとして、以下のような場合を数えることができます;

・たとえば精霊界のように、日常的な世界とあり方は異なるものの、それらと一セットをなす場合。いわゆる死後の世界もその一例でしょう。仮に〈異界〉と呼んでおきます。

・〈異界〉の一パターンと見なすこともできますが、空間的に天地と垂直軸上に積み重なる場合。シャーマニズムにおける天界がその典型でしょう。アリストテレース=プトレマイオス型モデルでは、この階層に日月や五惑星が割り当てられます。

・先のバーネットの引用でツェラーの見解とされた、いわゆる周期的宇宙。その際、ニーチェの永劫回帰説(→こちらを参照)のように、まったく同じ事象が繰り返されるとする場合と、プラトーン『政治家』のそれやカバラーの〈シェミットート〉説(→こちら等そちら、またあちらも参照)のように、周期ごとにそれを統べる法則すら変わるとする場合、そして両者の中間があります。
 また周期説の変奏として、ユダヤにおけるこの宇宙以前に創造され放棄された諸世界という伝承(→こちらや、そちらや、あちら、またこなたに、そなたも参照)や、アステカの〈五つの太陽〉説(→こちら等を参照)のような、現宇宙に先行する宇宙のみに限って語られる場合を挙げることができるでしょう(→こちらも参照)。


 空間的複数宇宙説と、異界説、階層説、時間的周期説を整理された形で組みあわせたのは、仏教の須弥山=三千大千世界説です。この点については→こちらに挙げた諸文献を参照していただくとして、仏教の宇宙論は先後はともかくとして、ヒンドゥー教プラーナ等の宇宙論と、階層性や周期性に関して共通するパターンを示しています。ただ後者に関して、松山俊太郎「古代インド人の宇宙像 Ⅱ」(1976.7)によると、「ある文献では、空間中に無限個の『梵卵』を認めているが、このような考え方は、仏教から借用した後期のものらしい」とのことです(p.165)。

 同じく松山俊太郎「古代インド人の宇宙像 Ⅲ」(1976.11)には、「『三千世界』の『数』も、はじめは『一つ』だったのかもしれないが、後には『無限』となった」とあります(p.182)。「かの世尊・無量光の光明は、常に東方において、ガンジス河の砂の数にひとしい百千億・百万の仏国土を照らしている。このように南、西、北、上、下、諸の方角およびその中間の11の方角において、あまねく、ガンジス河の砂の数にひとしい百千億・百万の仏国土を、かの世尊・無量光の光明は常に照らしている」というわけです(「大無量寿経」、中村元・早島鏡正・紀野一義訳註、『浄土三部経 上』(岩波文庫 33-306-1)、岩波書店、1963、p.46。また『梶山雄一著作集 第三巻 神変と仏陀観・宇宙論』(2012)から「仏陀観の発展」など参照)。


 華厳経における蓮華蔵世界とそれを理論化した華厳教学の帝釈網のヴィジョン(→こちらを参照)をその代表とする仏教における宇宙の増殖は、「階段で怪談を」の→こちらの箇所 でも述べたように、根拠のない素人考えにすぎませんが、形而上学的問題に対する判断中止である〈無記〉説が(→こちらを参照)、一個の形而上学にほかならない〈縁起-無我〉説に転換したことに端を発するように思われます。中心ないし極としてのアートマン=ブラフマンに収斂することができないことに応じて、人間の住むジャンブ・ドヴィーパは宇宙の中心である須弥山に接した位置から七つの山脈に阻まれた外洋にずらされるだけでなく、東西南北4大陸の一つに相対化される。また天界は六欲天、色界四禅17天へと積みあげられ、各界に住む有情の身体・寿命も巨大化する。千の三乗の数の宇宙に一つだけ存する第4禅天8界は、64転大劫ごとに到来する大の三災を免れるといい、さらに無色界4界を観ずるも、しかしそのいずれにも、最高神ないし究極の存在の居場所はない。

 天界の増殖はグノーシス諸派におけるプレーローマと比較できそうで(ハンス・ヨナス、大貫隆訳、『グノーシスと古代末期の精神 第一部 神話論的グノーシス』、2015、pp.123-125:第1章の「3 『もろもろの世界』と『もろもろのアイオーン』も参照のこと」)、実際後者においてデーミウールゴスが己を唯一神と誤認したように、仏教では梵天王が自らを自存の創造者と誤解します(『世記経』「世本縁品(1)」、『現代語訳「阿含経典」 長阿含経 第6巻 世記経』、2005、pp.305-306;「第24経 神通と世界の起源-パーティカ経」、『原始仏典 第3巻 長部経典Ⅲ』、2004、pp.32-34;岡野潔、「『大いなる帰滅の物語』第2章1節〜3節に見る世界形成の正量部伝承」、『哲學年報』、no.66、2007.3.1、pp.6-7 など)。ただしグノーシス諸派のデーミウールゴスはまがりなりにも物質宇宙を実際に創造するのに対し、仏教の梵天王は創造すらしていません。またプレーローマの頂点には根源的存在が位置するのに対し、仏教にそれがないのは前述のとおりです。
 ちなみに道教は、仏教の天界論を受けいれた上で、たとえばある資料では「欲界6天、色界18点、無色界4天の28天とその上に位置する4種民天、さらにその上の3清天に言及している。これらの天数を合計すると35天となるが、ここでは言及されていない最上天としての大羅天が考えられていたと推定されるから、全体としては36天説に立っていたと言えよう」とのことです(麥谷邦夫、「道教における天界説の諸相―道教教理体系化の試みとの関連で-」、1988、p.61)。ただしここでも、至高天は根源者の居所でした。とはいえ仏教においてもいろいろとニュアンスに揺れがあるようで、たとえば4禅天の位置づけについて田中公明、『性と死の密教』、1997、「導入篇-仏教と輪廻転生」を参照ください。また4禅天中の最高処たる大自在天については渡辺照宏、『不動明王』、1975、「第2部-7 大自在天の説話」など。

 さて、たえざる相対化のプロセスは、アリストテレースが忌避した無限遡及を容認することとも見なせるかもしれませんが、想像力の運動はしかしある時点で、無限遡及するままに一切が一切を鏡映しあう景観へと反転するにいたる。それが帝釈網のヴィジョンなのではないでしょうか。その際、〈無我縁起〉と並ぶ仏教の軸の一つであったと思われる、崇拝対象の要請に応じた、仏陀の多仏化、そして法身仏という理念の形成も、なにがしか与って力あったのかもしれません。

 「宙吊りの形相」の→こちらの箇所でも述べたように、それはプローティーノスのヌース界の描写(→こちらを参照)などに通じるものですが、それをもう一度ネガに反転させれば、パスカルのダニのヴィジョン(→こちらを参照)、光瀬龍『百億の昼と千億の夜』ラスト・シーンや、ボルヘスのアレフが贋物だったという結末にいたるのでした(→こちらを参照)。それをさらに、もう一度ポジに反転させたのが、楳図かずお『14歳』のラストと見なせるでしょうか。


 なお、華厳教学が体系化されたのは中国の地においてでしたが、〈壺中天〉の逸話に見るように、彼の地にはそうした土壌がもともと備わっていたと見なすこともできるでしょう。この点について、
劉文英、『中国の時空論 甲骨文字から相対性理論まで』、1992、「第6章 時間・空間の相対性と絶対性」
また、
中野美代子、「Ⅲ-4 春画のなかの庭園」、『龍の住むランドスケープ 中国人の空間デザイン』、1991
には「小を以て大を観る」、続いて「芥子に須弥を入れる」という節があります。

 世界の複数性については、まだ具体的なイメージをきちんとつかめないでいるのですが、ユダヤの伝承に〈1万8000の世界〉という伝承があり(→こちらを参照)、それはイスラームにも受け継がれていることは→こちらで記しました。上でも触れたように、ユダヤにはこの宇宙以前に創造・破壊された諸宇宙という伝承もあり、これはカバラーにおいて展開されることになるとのことで、このあたりもあわせて詳しい情報が欲しいところです。

 西欧世界においても、エピクーロス派以後、肯定はされないにせよ、少なくとも議論の対象として〈世界の複数性〉の問題は俎上に載せられてきたようです。プルータルコスの「神託の衰微について」なども参照。
中世におけるそうした議論は

Pierre Duhem, edited and translated by Roger Ariew, Medieval Cosmology. Theories of Infinity, Place, Time, Void, and the Plurality of Worlds, 1985
などを見ていただくとして、通史として;

Steven J. Dick, Pluraliy of Worlds. The Extraterrestial Life Debate from Democritus to Kant, Cambridge University Press, Cambridge, etc., 1982
『世界の複数性 デーモクリトスからカントまでの地球外生命論争』
序論/一つの世界か無限の諸世界か? ギリシアの伝統/アリストテレース的自然法則対神の全能 中世の伝統/無限の諸世界再訪-原子論の再生/太陽中心説、聖書と大地の複数性/デカルトの渦、無限宇宙と太陽系の複数性/ニュートン、自然神学と他世界概念の勝利/結論-科学と世界の複数性など、256ページ。


Steven J. Dick,“Pluraliy of Worlds”, Cosmology. Historical, Literary, Philosophical, Religious, and Scientific Perspectives, 1993 / 2008, pp.515-532
「世界の複数性」
宇宙論的つながり/哲学的探求/科学的基礎


同じ著者による編著として;
Edited by Steven J. Dick, Many Worlds. The New Universe, Extraterrestial Life & the Theological Implications, Templeton Foundation Press, Philadelphia & London, 2000
『多くの世界 新しい宇宙、地球外生命と神学的含意』
序論//
生命の起源と進化;生命の教訓(
Christian de Duve)/生物学的決定論、情報理論と生命の起源(Paul C. W. Davies)/生物学的複雑性の宇宙-生命の起源と進化(Bernd-Olaf Küppers)/天体生物学-地球を超えた生命の探索//
宇宙進化の中での人類の位置;私たちの宇宙と他の宇宙における生命-宇宙論的展望(
Martin J. Rees)/私たちの宇宙との関係(Lee Smolin)/神学に対する進化の叙事詩の挑戦と刺激(Arthur Peacocke)/私たちの宇宙における知的生命(John Leslie)//
地球外生命と私たちの世界観;神経学の多世界(
Freeman J. Dyson)/SETI と宇宙の諸宗教(Jill Cornell Tarter)/地球から遙かに離れた生命と知性-神学的論点を定式化する(Ernan McMullin)/地球における知的生命の進化とありうべき別の場所-宗教的伝統からの省察(George V. Coyne, S. J.)/宇宙神学-新しい宇宙の神学的含意(Steven J. Dick)など、230ページ。

マイケル・J・クロウ、鼓澄治・山本啓二・吉田修訳、『地球外生命論争 1750-1900 カントからロウエルまでの世界の複数性をめぐる思想大全』(三分冊・続き頁)、工作舎、2001
原著は Michael J. Crowe, The Extraterrestial Life Debate 1750-1900. The Idea of a Plurality of Worlds from Kant to Lowell, 1986

序論 1750年以前 世界の複数性をめぐる1750年以前の論争-背景概観;古代中世の科学と哲学における論争/コペルニクス、ブルーノからフォントネル、ニュートン主義者まで/18世紀前半の多世界論-「この世界は可能なかぎり最善の世界である」のか、それとも「この地球は地獄である」のか//
1750年から1800年まで 天文学者と地球外生命;ライト、カント、ランベルト-恒星天文学の先駆者と世界の複数性の支持者/ウィリアム・ハーシェル卿-「私を気違いと呼ばないと約束してくれ」/ハーシェルと同時代の大陸の科学者-シュレーターとボーデ、ラプラスとラランド//
  地球外生命と啓蒙運動;イギリスにおける世界の複数性の観念-「昼はひとつの太陽が輝き夜は一万の太陽が輝く」/大西洋を渡った多世界論-『哀れなリチャード』からアダムズ大統領まで/多世界論とフランスの啓蒙運動-自由思想家、学者、聖職者/ヨーロッパの他の地域における地球外生命擁護論-クロプシュトックの宇宙のキリストからジャン・パウルの「死んだキリストの講話」まで/結論-世紀末と新たな緊張//

1800年から1860年まで 1800年以後激化した、世界の複数性に関する論争;トマス・ペインの理神論からトマス・チャーマーズの福音主義まで/「全世界がチャーマーズ博士のすばらしい天文講話を知っている」/チャーマーズに対する反応、特にアリグザンダー・マクスウェルの唯一世界論とトマス・ディックの数多世界論/月の住民を救うこと、また、R.A.ロックの「月のお話」がお話でなかったことを示す証拠//
  ヒューエル以前の数10年;イギリスにおける多世界論-自然は「一杯のワイングラスを満たすのに大樽を傾ける」だろうか/地球外生命とアメリカ人-近代の天文学を知れば、「誰がカルヴィニストでありえようか、誰が無神論者でありえようか」/大陸の考え方-「かの黄金の星には誰が住んでいるのか」/結論-半世紀概観//
  ウィリアム・ヒューエル-疑問に付される多世界論;多世界論者の時代のヒューエル-「誰も誘惑に抵抗できない……」/ヒューエルの対話篇「天文学と宗教」-「わびしい」そして「暗い」考えに答える道/「他の天体のすべての理性的居住者の存在を論駁する」ヒューエル/ヒューエルの最初の批判者、最も早い時期の盟友、そして「[彼の]未発表の断片のうちで最も興味をそそるもの」/「ヒューエルの多くの著作すべてのうちで最も才気あふれる」『試論』に関する結論//
  ヒューエル論争-弁護される多世界論;デイヴィッド・ブルースター-「何故ブルースターはかくも野蛮なのか」/ベイドン・パウエル師の「決定権を握ろうとする」試み/天文学者と数学者の反応-ヒューエルの「一つの」著書に対する「多くの反対者」/地質学者の反応-『地質学対天文学』/他の科学者の反応-「水星では水星人、土星では土星人、そして、木星では木星人」/宗教者たちの反応-「金星のベツレヘム、木星のゲッセマネ、土星のカルヴァリ」/多世界論と一般の人々-「われわれすべてをかくも興奮させた」とヒューエルに対する他の人たちの反応/結論-「極めて緻密で生き生きした論争」//
付録 1853年から1859年までの世界の複数性に関するヒューエル論争の文献目録//

1860年から1900年まで 古くからの問題に対する新しい研究方法;1860年代以降の発展、特に「新しい天文学」/リチャード・プロクター-英米における天文学の普及者にして進化論的視点を持った多世界論者/カミーユ・フラマリオンは、「フランスのプロクター」か/月の生命をめぐる絶え間ない探求と驚くべき副次的効果/信号問題-月または火星にメッセージを送る試み/隕石のメッセージ-「世界から世界へ/種子はぐるぐる運ばれる」か//
  宗教的論議と科学的論議;フランスにおける宗教的著作-人間は「天界の市民」か/ドイツにおける宗教的著作-多世界論のために「異教徒、キリスト教徒、無神論者たちが……手に手を取り合って」/イギリスにおける宗教的著作-「そんなに遠く離れた天体が、われわれの天体といったいどのような関係を持っているのか」/アメリカにおける宗教的著作-「世界! フーム、何十億もの世界が存在する」/科学的著作-「プロクター的多世界論」の流行//
  戦いの惑星をめぐる争い;運河論争の開始-ジョヴァンニ・スキアパレッリの登場 「頭脳によって導かれし最高の視角に恵まれた凝視者」/1877年から1884年の火星の衝-スキアパレッリの「奇妙な図」とグリーンとモーンダーの反応/1886年から1892年の火星の衝-スキアパレッリは、火星を覆った「異様な多角形化と二重化」を支持した/1894年の運河論争-「当時流行した最も大衆受けする科学的問題に関して一般大衆の側に立った」パーシヴァル・ロウエルの登場/19世紀最後の衝-なぜスキアパレッリは、火星を「恐ろしく、そしてほとんど吐き気をもよおす主題」と考えていたか/20世紀の最初の衝と「火星の運河に関する驚くべき伝説」の消滅/結論-「過去の神話へと退けられた」……運河に関する虚偽//
  結論の出ていない論争に関する幾つかの結論;1917年以前の地球外生命論争の範囲と特徴/多くの多世界論における反証不可能性、柔軟性、そして説明力の豊かさ/経験的証拠の重要性/再発する虚偽と言葉の乱用/天文学史における世界の複数性の思想の位置づけ/地球外生命思想と宗教の相互連関/結論的注釈//
付録 1917年以前に出版された、世界の複数性の問題に関する著作目録など、1008ページ。


同じ著者による編著として;
Edited with commentary by Michael J. Crowe, The Extraterrestial Life Debate. Antiquity to 1915. A Source Book, University of Notre Dame Press, Notre Dame, Indiana, 2008
『地球外生命論争 古代から1900年まで 原典集』
前書き//
古代からニュートンまで;古代における論争/アウグスティーヌスから15世紀まで/コペルニクスからブルーノまで/ガリレオ、ケプラー、デカルトとパスカル/フォントネルとホイヘンス/ニュートン、ベントリーとダーラム//
18世紀;天文学者たちと地球外生命/地球外生命と啓蒙主義//
1800年から1860年まで;1800年以後の論争の激化/ヒューエル論争以前/ヒューエルの『世界の複数性について』と応答//
1860年から1915年まで;昔ながらの問題への新たなアプローチ/19世紀末/火星の運河をめぐる論争//
結論//
附録 地球外生命探査計画の理念の歴史など、576ページ。


横尾広光、『地球外文明の思想史-多数世界論か唯一世界論か』、恒星社厚生閣、1991
序論/文明の進化/地球外文明探査の現段階/UFOをめぐって-宇宙船直接飛来説/異星文明の崩壊と新星-ジョリオ・キュリーの予言/パーシパル・ローエルと火星文明論/パーシパル・ローエルと日本文化論-異文明との接触の実例/19世紀イギリスでのブリュースターとヒューエルの地球外文明の存在をめぐる論争/フォントネルと地球外文明思想/古代ギリシアの地球外文明思想など、184ページ。

また既出の
渡辺昭造、「パスカルと『複数世界』-宇宙の「永遠の沈黙」か、それとも…?-」、1992
 同、 「パスカルと『複数世界』-宇宙の「永遠の沈黙」か、それとも…?-」、1993

フォントネル、赤木昭三訳、『世界の複数性についての対話』、1992

などなど、上掲書の章節の題にあるように宇宙の無限性に関する議論とからみあっていろいろありますが、とりあえず、本ページの冒頭で挙げた

長尾伸一、「明治初期の天文学と世界の複数性論」、2013
と同じ著者による
長尾伸一、「19世紀ブリテンの『世界の複数性』論争」、2005

同じ著者による→こちらも参照
と、2015年1月、上記各論も組みこんで単行本化されました;

長尾伸一、『複数世界の思想史』、名古屋大学出版会、2015
複数性の時代;「空々茫々たる廣き天」/明治初期の宇宙人像/江戸時代のニュートン主義と世界の複数性/ミクロとマクロの複数世界//
複数世界論の再生;ヨーロッパ思想史上の複数世界論/近代の複数世界論//
形而上学、科学、自然神学-17世紀;天文学的複数世界論の成立/王政復古後の天文学的複数世界論/「啓蒙」と比較宇宙生命論の起源//
ニュートン主義と地球外生命存在説-18世紀;天文学と自然神学/複数世界論と理神論/道徳科学と複数性論/近代複数性論のテクストと議論/天文学的複数性論とニュートン主義//
複数世界と理性;ニュートン主義と不可知の世界/コモン・センスと「無知の知」/複数世界と「人間精神」の研究//
複数性論から単一性論へ-19世紀;宇宙と自己中心性/自然神学と進化/複数性論の行方/単一性論の時代//
エピローグ 複数性論の意味と意義など、368ページ。


坂本貴志、『秘教的伝統とドイツ近代 ヘルメス、オルフェウス、ピュタゴラスの文化史的変奏』、2014、pp.45-57:「第1章 時代と思想」中の「世界の複数性」の節など
シラーとレッシングが軸となっています。

ポール・コリンズ、山田和子訳、「13 宇宙は知的生命でいっぱい トマス・ディック」、『バンヴァードの阿房宮 世界を変えなかった十三人』、2014、pp.393-414

17世紀における複数世界論に対する対応を軸の一つにしたのが;
坂本貴志、「キルヒャーの古代神学的宇宙論-『普遍的種子』と『シナのイシス』-」、『19世紀学研究』、vol.9、2015.3;「[特集] アタナシウス・キルヒャー」

金沢英之、『宣長と「三大考」 近世日本の神話的世界像』、2005
中の第1部第5章「『三大考』論争」、服部中庸『七大考』、六人部是香『順行(考)三大論』に関する箇所も参照(pp.150-153)
………………………

20世紀の複数世界説は;

・SFにおける〈平行世界〉
こちらは、「近代など(20世紀~) Ⅴ」や「近代など(20世紀~) Ⅵ」のページに、数多あるであろう中から、手にとる機会のあったもののみ例として挙げておきました。理屈の上では
1) 高次元空間の中に4(?)次元時空をおさめるといった設定や、
2) 後出の多世界解釈にも近かろう、時間流の分岐
などのパターンが想定されるところでしょうか。前者の見本として、ここでは小松左京『青い宇宙の冒険』(1972)を挙げておきましょう。



・物理学から、相対論的宇宙論に関わるもので、ブラック・ホールやアインシュタイン-ローゼンの橋=虫喰い穴(ワーム・ホール)との関連で言及されたり、インフレーション宇宙論による宇宙の多重発生など。(超)ひも理論関連のブレーン・ワールドは分けた方がいいのでしょうか。

・やはり物理学から、量子論の多世界解釈

・分析哲学の可能世界論

といったところが思い浮かびます。

相対論的宇宙論に関わるものとしては、まず、
佐藤文隆・松田卓也、『相対論的宇宙論 ブラックホール・宇宙・超宇宙』、1974
の「第Ⅶ章 超宇宙-現代宇宙論の基本的諸問題」が、最初に目にしたまとまった記述ではなかったかと思います。
同書の「第Ⅲ章 ブラック・ホールの時空構造」にも、虫喰い穴(ワーム・ホール)の話が出てきていました。


ブラック・ホール 異次元宇宙への抜け穴か 産報デラックス 99の謎 自然科学シリーズ 9』、1978.2
SFと宇宙科学 タイムマシン・超宇宙・異次元に挑む 産報デラックス 99の謎 自然科学シリーズ 13』、1978.6
反宇宙 もう一つの世界はあるか 産報デラックス 99の謎 自然科学シリーズ 15』、1978.8
の3冊も、軽いノリながら面白いネタが散見されたことです。
都筑卓司、『4次元問答 ビッグ・バンから銀河鉄道まで』、1980
なども参照

また、いわゆる〈超空間〉の問題も気になるところで、
A.ベリー、『一万年後』、1975
の「第8章 亜空間飛行」で言及されるウィーラーらによる亜空間論などが栄養源となってくれたものの、なかなかまとまった解説は見つけられませんでした。
その後、

ミチオ・カク、『超空間 平行宇宙、タイムワープ、10次元の探求』、1994
ミチオ・カク、『パラレルワールド 11次元の宇宙から超空間へ』、2006
などが出ますが、相対論的宇宙論であれ量子論の多世界解釈であれ、多宇宙を容れる場所とはどういうものなのかについては、今もきちんと頭に入らないままです。
ともあれ近年、さまざまな多宇宙説を概観したものとして、

ブライアン・グリーン、『隠れていた宇宙』、2011
や、独自に組織立てようとした試みを綴る
マックス・テグマーク、『数学的な宇宙 究極の実在の姿を求めて』、2016
が訳されたのはありがたいことでした。

量子論の多世界解釈についても、あちこちで言及されはするものの、まとまった解説はなかなか読めない時期が長く続いたような気がします。そんな中では、
P.C.W.デイヴィス、『宇宙の量子論』、1985
と、デヴィッド・ドイッチ(→こちら等も参照)へのインタヴューを含む
P.C.W.デイヴィス+J.R.ブラウン編、『量子と混沌』、1987
あたりが重要な情報源でしたが、
和田純夫、『量子力学が語る世界像 重なり合う複数の過去と未来』、1994
によってようやく渇を癒すことができたのでした。
後に『可能世界の哲学 「存在」と「自己」を考える』(1997)を著わす三浦俊彦との対談
和田純夫、聞き手:三浦俊彦、「量子物理学の可能世界 決定論としての多世界解釈」、1994
も参照。その後
和田純夫、『シュレディンガーの猫がいっぱい 「多世界解釈」がひらく量子力学の新しい世界観』、1998
コリン・ブルース、『量子力学の解釈問題 実験が示唆する「多世界」の実在』、2008
などが続きました。

可能世界論については、「近代など(20世紀~) Ⅲ」のページの「xiv. 可能世界論など」をご覧ください。
そこでの〈可能〉というのとは異なるのでしょうが、

小松左京、「結晶星団」、1972
には、たいへん興味深い〈可能性〉の問題が提示されています。
原作:菊地秀行、漫画:細馬信一、『魔界都市ハンター』、1986-1989
新城カズマ、『サマー/タイム/トラベラー』、2005
牧野修、『乙女軍曹ピュセル・アン・フラジャーイル』、2003
岩原裕二、『Dimension W』(第1巻~第10巻:未完)、2012-2016
『放課後のプレアデス』、2015/4-6、監督:佐伯昭志
にも同じ問題が受け継がれているものと思われます。
また
友野詳、「闇に彷徨い続けるもの」、『闇のトラペゾヘドロン』、2014

アリストテレースの〈デュナミス/エネルゲイア、エンテレケイア〉(→こちらも参照)や朱子学における〈未発/已発〉(→こちらも参照)とあわせて、比較できるでしょうか。
ちなみに、
福谷茂、「ライプニッツの創造論 (一)」、2010、pp.21-22
でアリストテレースとライプニッツそれぞれの可能性概念が比較されています。

さらに、メイヤスーにおける〈潜在性〉の問題(→こちらを参照
や、
ジョルジュ・アガンベン、高桑和巳訳、『思考の潜勢力 論文と講演』、月曜社、2009
(原著は
Giorgio Agamben, La potenza del peinsiero. Saggi e conferenze, 2005
第3部「潜勢力」の諸論等も参照ください。
同じ著者による→こちらを参照


George Gale,“Multiple Universes”, Cosmology. Historical, Literary, Philosophical, Religious, and Scientific Perspectives, 1993 / 2008, pp.533-545
「多重宇宙」
諸宇宙の歴史的タイプ;空間的多重宇宙/時間的多重宇宙/他次元的多重宇宙//
多世界論の現在における例;空間的多重宇宙/時間的多重宇宙/他次元的多重宇宙

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 世界が複数あるのだとすれば、世界と世界の間はどうなっているのか、という問題が生じます。古代の原子論であれば〈空虚〉、仏教の三千大山世界論であれば〈虚空〉、というのがその答えなのでしょう。これらの場合、〈空虚〉なり〈虚空〉は、特性を帯びないからっぽの拡がりととらえられているものと思われます。後のニュートン流の〈絶対空間〉も、この点では変わりますまい。
 そこに異なる発想がもちこまれるようになるのは、やはり〈次元〉という問題が重きをなすようになる19世紀以降となるのでしょうか。先に触れた小松左京『青い宇宙の冒険』(1972)、あるいは〈超空間〉、〈亜空間〉などのイメージが想起されるところです。


 ところでこの世界と世界の間がどうなっているのかという問いは、世界が複数あるとしない、一つだけあるとする場合でも、世界の涯ての向こう、世界の外はどうなっているのかという問いとつながっています。
 アリストテレースのように、宇宙と場所・空間は一つなのだから、世界に外というもの自体が存在しないと考えるのが、一つの立場です。いささかイメージしにくくはあるものの、これはこれで筋は通っています。ビッグバン宇宙論でも、多宇宙が云々されない場合は、同じような理屈が持ちだされたものです。

 ルクレーティウスのところと(→こちらを参照)、アリストテレースのところ(→こちらを参照)でも挙げた議論も参照ください(こちら→「宙吊りの形相」や、こちら→三重県立美術館ニュース、no.119、2010.12.10、『ひろがるアート~現代美術入門篇~』関連記事[ <まぐまぐ!のサイト ]も)。
 また
James S. Romm, The Edges of the Earth in Ancient Thought. Geography, Exploration, and Fiction, 1992

 アレクサンドル・コイレ、『コスモスの崩壊-閉ざされた世界から無限の宇宙へ』、1974、p.150 には、「神がこの宇宙を亡ぼし、しばらくして別の宇宙を無から創造された場合、この世界ト世界ノアイダ intermundium、つまり世界の欠落時…(後略)… 」という興味深いイメージが現われます。デカルトに宛てたヘンリ・モアの書簡中に見えるもので、次の p.151 にはデカルトの返答も引かれています。あくまで議論のために持ちだされたものではありますが、仏教の四大劫説における〈空劫〉に対応すると見なせるでしょうか。

 古代のエジプトでは、宇宙は原初の海ヌンから生まれ、やがてヌンに還っていくと見なされていたということです。
Erik Hornung, translated by Elisabeth Bredeck, Idea into Image. Essays on Egyptian Thought, 1992, "4. Limits and Symmetries", p.89, p.91, また"3. Time and Eternity", pp.69-70
などを参照。またヘルモポリスでは、ヌン自体が八柱神(オグドアス)に分節されました。

 イランの『大ブンダヒシュン』第1章では(野田恵剛、「ブンダヒシュン(I)」、『貿易風-中部大学国際関係学部論集-』、no.4、2009.4、p.6)、オフルマズドとその光明、アフレマンとその暗闇、「彼らの間には空虚があった」とされます。この〈空虚=ヴァーユ〉について、
R.C. Zaehner, Zurvan. A Zoroastrian Dilemma, 1955/1972, Part I, "IV(a) The God Vāy"および"V-I(e) Vāy again"
も参照。

 劉文英、『中国の時空論 甲骨文字から相対性理論まで』、1992、p.145、pp.157-158 には、張衡『霊憲』や鄧牧『伯牙琴』中の「超然館記」における天球の外への言及について述べられています。

 松山俊太郎、「古代インド人の宇宙像 Ⅱ」(『エピステーメー』、vol.2 no.7、1976.7、「特集 空海と密教の思想」)によると、インド教ではメール山(須弥山)を取り囲む7つの大洋と6つの大陸は「最後に、仏教の『鉄囲山(チャクラ・ヴァーラ)』に相当する『ローカ・アローカ山(lokāloka)』に囲まれているが、この名称は『世界・非世界(の境)』という意味であって、その外は宇宙の涯まで『暗黒』が続いているとのことです(p.164)。

 阿呆の一つ覚えで恐縮ですが、より古い成立のものでは、『バラモン教典 原始仏典 世界の名著 1』(1969)所収の、『ブリハッド=アーラヌヤカ=ウパニシャッド』第3章第3節(pp.65-66)と第6節(pp.68-70)がありました(→三重県立美術館ニュース、no.119、2010.12.10、『ひろがるアート~現代美術入門篇~』関連記事[ <まぐまぐ!のサイト ]も参照)。

 この箇所については、イスラームのトゥースィー 『被造物の驚異と万物の珍奇』「第3部 大地と水の驚異について、第4章 大地の驚異とその性質について」のある1節と比べたりもしましたが(→こちらを参照)、そのきっかけとなったボルヘス、ゲレロ、柳瀬尚紀訳、『幻獣辞典』、1974、「バハムート」では、「岩山が雄牛の上にあり、雄牛がバハムートの上に、バハムートが何か別のものの上にあるという観念は、神の存在の宇宙論的証明の一例であるように思われる。あらゆる原因はそれに先立つ原因を必要とし、それゆえ無限にすすんでいくことを避けるためには第一の原因が必要であるというのが、この証明の論法である」(p.35)と述べられていました。

 他方、→こちらの繰り返しになりますが、トゥースィーの「1万7000[の残りの世界]は、人がそこに至るすべはない。その大きさは神のみがご存じである」という1節、ボルヘス&ゲレロが挙げた図式(1)での「そしてこの闇のかなたは人知のおよばぬところである」、図式(2)での「霧の下に存在するものは知られていない」、そして『ブリハッド=アーラヌヤカ=ウパニシャッド』第3章6節の「問い過ぎてはいけない。あなたの首が落ちてしまうといけないから。あなたはそれをこえて問うべきではない神格について問うているのだ」(『バラモン教典 原始仏典 世界の名著 1』、1969、p.70)などには、否定神学的な修辞を読みとることができるでしょう。

 つまるところ神の存在の宇宙論的証明も否定神学も同じ思考の経路に属しており、〈空虚〉であれ〈暗黒〉であれ、あるいは「剃刀の刃ぐらいの、あるいは蚊の翅ぐらいの虚空」(『ブリハッド=アーラヌヤカ=ウパニシャッド』第3章第3節:p.66)であれ、想像できるものと想像できないものの境界に達せんとするイメージの運動なのでしょう。〈超空間〉のありようを具体的に捉えようとすることまた然り、グノーシス諸派におけるプレーローマの迷宮や、外宇宙への〈門の鍵にして守護者〉ヨグ=ソトース(東雅夫、『新訂 クトゥルー神話事典』、2001、p.224)、あるいは「時空を超越した究極の混沌の中心にあって心をもたぬ無定形の踊り子に取り巻かれ、下劣な太鼓とかぼそく単調なフルートの音色になだめられて横たわる〈万物の王である盲目にして痴愚の神
the blind idiot god, Lord of All Things〉」アザトース(同、pp.42-43)について思惟することも同巧の試みに他なりますまい。

追記:
猪口純、「万物の紐帯 - ウィリアム・ジェイムズの多元的宇宙と〈統一力〉について ー」、2014、p.37 註2
によると、「邦訳では外在的な宇宙の複数性をいう場合に『多宇宙』と表記し、内部的な多元性の主張に『多元宇宙』の語を当てる例が多いように思われるが、英語ではどちらも Multiverse で通ずる。ジェイムズも多元的な宇宙(Pliralistic Universe)ということを一語で表現する場合に Multiverse の語を使用している」とのことです。近年インフレーション理論や超ひも理論などの文脈でしばしば見かけるようになった〈マルティヴァース〉という語は、ウィリアム・ジェイムズの時代に既に用いられていたというわけですが、どこまで遡れるのでしょうか?
2014/06/29 以後、随時修正・追補 
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