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中央アジア、東アジア、東南アジア、オセアニアなどのページのチベット、ネパールなどの項も参照

iii. 華厳経、蓮華蔵世界、華厳教学など

華厳経や華厳教学についてはじめて出くわしたのは、

多田智満子、『鏡のテオーリア』、大和書房、1977、「第1部 鏡のテオーリア」中の「大円鏡」および「因陀羅網」(pp.83-100)
でした(多田智満子について→こちらも参照)。
そこに記された「交々相映ずる因陀羅網の無数の摩尼宝珠」(p.95)のヴィジョンは、プローティーノスにおけるヌース界の〈各中全〉の光景、ライプニッツのモナドロジー(→こちらを参照)、ブレイクのヴィジョン(→こちらを参照)などとそれこそ映じあい、他方否定的な相に転じれば、パスカルのダニ(→こちらを参照)や光瀬龍『百億の昼と千億の夜』のラスト・シーン、あるいは『鏡のテオーリア』 pp.62-63 でも言及されるボルヘスの〈アレフ〉(→こちらを参照)に至るものと見なすことができるでしょう。→「宙吊りの形相」、また「階段で怪談を」註8、→こちらでも少し触れています。また牧野修の〈柘榴界〉とも比較できるでしょうか→こちらを参照
………………………

ともあれ、まず華厳経/華厳教学の概略については;

鎌田茂雄、上山春平、『仏教の思想 6 無限の世界観〈華厳〉』、角川書店、1969
華厳思想の本質(鎌田茂雄);華厳思想の形成 中国仏教の展開、「即事而真」思想の成熟、『華厳経』を信仰した人々、華厳思想を形成した人々/華厳思想成立の基礎 『華厳経』のめざすもの、荘子より華厳へ、仏教思想よりみた華厳の位置、深まりゆく心/華厳思想の至境 真理の領域、融通無礙はなぜ可能か、現象円融論、仏の生命/華厳思想の役割 悟りへの道、華厳より禅へ、思想史における役割//
『華厳経』の特徴〈鼎談〉(塚本善隆、鎌田茂雄、上山春平)//
華厳思想への道(上山春平);仏教思想との出会い/大乗仏教の観点/仏教思想の現代的再構成/仏教と現代哲学/西田哲学から華厳思想へ/三界唯心の思想/十地品の位置づけ/三界唯心思想の位置づけなど、284ページ。
なお本書は文庫化されているはずです(未見)。

さて、『華厳経』ですが;

江部鴨村訳、『口語全訳 華厳経』、全2巻、国書刊行会、2006、1141/1223ページ
江部鴨村訳『全訳 華厳経』(上巻1934、下巻1935、篠原書店)の改題復刻版とのことですが、価格が45,875円とあって、未見です。

というわけで手もとにあるのは漢文訓み下し;

衞藤卽應譯、『國譯大蔵經 經部 第五巻』、第一書房、1974(復刻版)
原著は1917。
佛駄跋陀羅覚賢が訳した『六十華厳』(晋経)による。
大方廣佛華嚴經解題(衞藤卽應)/國譯大方廣佛華嚴經/漢譯原文、820ページ。
細目・索引なし、脚註あり。
巻の第一;世間淨眼品第一の一/巻の第二;世間淨眼品第一の二/巻の第三;廬舎那佛品第二の一/巻の第四;廬舎那佛品第二の二/如來名號品第三/巻の第五;四諦品第四/如來光明覺號品第五/巻の第六;菩薩明難品第六/淨行品第七/賢首菩薩品第八の一/巻の第七;賢首菩薩品第八の二/巻の第八;佛昇須彌頂品第九/菩薩雲集妙勝殿上説偈品第十/菩薩十住品第十一/梵行品第十二/巻の第九;初發心菩薩功徳品第十三/巻の第十;明法品第十四/巻の第十一;佛昇夜摩天宮自在品第十五/夜摩天宮菩薩説偈品第十六/功徳華聚菩薩十行品第十七の一/巻の第十二;功徳華聚菩薩十行品第十七の二/巻の第十三;菩薩十無盡蔵品第十八/如來昇兜率天宮一切寶殿品第十九の一/巻の第十四;如來昇兜率天宮一切寶殿品第十九の二/兜率天宮菩薩雲集讃佛品第二十/巻の十五;金剛幢菩薩囘向品第二十一の一/巻の十六;金剛幢菩薩囘向品第二十一の二

衞藤卽應譯、『國譯大蔵經 經部 第六巻』、第一書房、1974(復刻版)
巻の十七;金剛幢菩薩囘向品第二十一の三/巻の十八;金剛幢菩薩囘向品第二十一の四/巻の十九;金剛幢菩薩囘向品第二十一の五/巻の二十;金剛幢菩薩囘向品第二十一の六/巻の二十一;金剛幢菩薩囘向品第二十一の七/巻の二十二;金剛幢菩薩囘向品第二十一の八/巻の二十三;金剛幢菩薩囘向品第二十一の九/十地品二十二の一/巻の第二十四;十地品二十二の二/巻の第二十五;十地品二十二の三/巻の第二十六;十地品二十二の四/巻の第二十七;十地品二十二の五/巻の第二十八;十地品二十二の六/巻の第二十九;十明品二十三/十忍品二十四の一/巻の三十;十忍品二十四の二/心王菩薩問阿僧祇品第二十五/巻の第三十一;壽命品第二十六/菩薩住處品第二十七/佛不思議法品第二十八の一/巻の第三十二;佛不思議法品第二十八の二/巻の第三十三;如來相海品第二十九/佛小相光明功徳品第三十/巻の第三十四;普賢菩薩行品第三十一/寶王如來性起品第三十二の一/巻の第三十五;寶王如來性起品第三十二の二/巻の第三十六;寶王如來性起品第三十二の三/巻の第三十七;寶王如來性起品第三十二の四/離世間品第三十三の一/巻の第三十八;離世間品第三十三の二/巻の第三十九;離世間品第三十三の三など、856ページ。

衞藤卽應譯、『國譯大蔵經 經部 第七巻』、第一書房、1974(復刻版)
巻の第四十;離世間品第三十三の四/巻の第四十一;離世間品第三十三の五/巻の第四十二;離世間品第三十三の六/巻の第四十三;離世間品第三十三の七/巻の第四十四;離世間品第三十三の八/巻の第四十五;入法界品第三十四の一/巻の第四十六;入法界品第三十四の二/巻の第四十七;入法界品第三十四の三/巻の第四十八;入法界品第三十四の四/巻の第四十九;入法界品第三十四の五/巻の第五十;入法界品第三十四の六/巻の第五十一;入法界品第三十四の七/巻の第五十二;入法界品第三十四の八/巻の第五十三;入法界品第三十四の九/巻の第五十四;入法界品第三十四の十/巻の第五十五;入法界品第三十四の十一/巻の第五十六;入法界品第三十四の十二/巻の第五十七;入法界品第三十四の十三/巻の第五十八;入法界品第三十四の十四/巻の第五十九;入法界品第三十四の十五/巻の第六十;入法界品第三十四の十六など、824ページ。

實叉難陀三藏による『八十華厳』(唐経)の國譯は;

衞藤卽應譯、『國譯一切經 華嚴部 一 大方廣佛華嚴經 一』、大東出版社、1929
大方廣佛華嚴經解題(衞藤卽應)/大方廣佛華嚴經、366ページ。
細目目次、索引つき。
世主妙嚴品第一(巻の第一・二・三・四・五)/如來現相品第二(巻の第六)/普賢三昧品第三(巻の第七)/世界成就品第四(同)/華藏世界品第五(巻の第八・九・十)/毘盧遮那品第六(巻の第十一)/如來名號品第七(巻の第十二)/四聖諦品第八(同)/光明覺品第九(巻の第十三)/菩薩問明品第十(同)/淨行品第十一(巻の第十四)/賢首品第十二(同・第十五)/昇須彌山頂品第十三(巻の第十六)/須彌頂上偈讃品第十四(同)/十住品第十五(同)/梵行品第十六(巻の第十七)/初發心功徳品第十七(同)/明法品第十八(巻の第十八)/昇夜摩天宮品第十九(巻の第十九)/夜摩宮中偈讃品(同)/十行品第二十一(同・第二十)/十無盡藏品第二十二(巻の第二十一)

衞藤卽應譯、『國譯一切經 華嚴部 二 大方廣佛華嚴經 二』、大東出版社、1930
昇兜率天宮第二十三(巻の第二十二)/兜率天中偈讃品第二十四(巻の第二十三)/十廻向品第二十五之 一(同)/十廻向品第二十五之 二(巻の第二十四)/十廻向品第二十五之 三(巻の第二十五)/十廻向品第二十五之 四(巻の第二十六)/十廻向品第二十五之 五(巻の第二十七)/十廻向品第二十五之 六(巻の第二十八)/十廻向品第二十五之 七(巻の第二十九)/十廻向品第二十五之 八(巻の第三十)/十廻向品第二十五之 九(巻の第三十一)/十廻向品第二十五之 十(巻の第三十二)/十廻向品第二十五之 十一(巻の第三十三)/十地品第二十六之 一(巻の第三十四)/十地品第二十六之 二(巻の第三十五)/十地品第二十六之 三(巻の第三十六)/十地品第二十六之 四(巻の第三十七)/十地品第二十六之 五(巻の第三十八)/十地品第二十六之 六(巻の第三十九)/十定品第二十七之 一(巻の第四十)/十定品第二十七之 二(巻の第四十一)/十定品第二十七之 三(巻の第四十二)/十定品第二十七之 四(巻の第四十三)/十通品第二十八(巻の第四十四)/十忍品第二十九(同)/阿僧祇品第三十(巻の第四十五)/如來壽量品第三十一(同)など、400ページ。

衞藤卽應譯、『國譯一切經 華嚴部 三 大方廣佛華嚴經 (三)』、大東出版社、1931
佛不可思議法第三十三之一(巻の第四十六)/佛不可思議法第三十三之二(巻の第四十七)/如來十身相海品第三十四(巻の第四十八)/如來随光明功徳品第三十五(巻の第四十八)/普賢行品第三十六(巻の第四十九)/如來出現品第三十七之一(巻の第五十)/如來出現品第三十七之二(巻の第五十一)/如來出現品第三十七之三(巻の第五十二)/離世間品第三十八之一(巻の第五十三)/離世間品第三十八之二(巻の第五十四)/離世間品第三十八之三(巻の第五十五)/離世間品第三十八之四(巻の第五十六)/離世間品第三十八之五(巻の第五十七)/離世間品第三十八之六(巻の第五十八)/離世間品第三十八之七(巻の第五十九)/入法界品第三十九之一(巻の第六十)/入法界品第三十九之二(巻の第六十一)/入法界品第三十九之三(巻の第六十二)/入法界品第三十九之四(巻の第六十三)/入法界品第三十九之五(巻の第六十四)/入法界品第三十九之六(巻の第六十五)/入法界品第三十九之七(巻の第六十六)/入法界品第三十九之八(巻の第六十七)/入法界品第三十九之九(巻の第六十八)/入法界品第三十九之十(巻の第六十九)など、420ページ。

衞藤卽應譯、『國譯一切經 華嚴部 四 大方廣佛華嚴經(四)外四經』、大東出版社、1932
大方廣佛華嚴經 入法界品第三十九之十一(巻の第七十)/入法界品第三十九之十二(巻の第七十一)/入法界品第三十九之十三(巻の第七十二)/入法界品第三十九之十四(巻の第七十三)/入法界品第三十九之十五(巻の第七十四)/入法界品第三十九之十六(巻の第七十五)/入法界品第三十九之十七(巻の第七十六)/入法界品第三十九之十八(巻の第七十七)/入法界品第三十九之十九(巻の第七十八)/入法界品第三十九之二十(巻の第七十九)/入法界品第三十九之二十一(巻の第八十)//
佛説菩薩本業經解題/佛説菩薩本業經;願行品第一/十地品第二//
佛華嚴入如來徳智不思議境界經解題/佛華嚴入如來徳智不思議境界經(全二巻)//
大方廣佛華嚴經不思議佛境界分解題/大方廣佛華嚴經不思議佛境界分//
佛説荘嚴菩提心經解題/佛説荘嚴菩提心經など、276ページ。

………………………

もともと独立した経典だったもの、サンスクリット語写本のあるものなどで、現代語訳されているのが;

荒牧典俊訳、『大乗仏典 8 十地経』(中公文庫 S 48 8)、中央公論新社、2003
原著は1973/1980。
サンスクリット語写本からの訳。
序章/巻一 「歓喜にあふれる」菩薩の地/巻二 「垢れをはなれた」菩薩の地/巻三 「光明であかるい」菩薩の地/巻四 「光明に輝く」菩薩の地/巻五 「ほんとうに勝利しがたい」菩薩の地/巻六 「真理の知が現前する」菩薩の地/巻七 「はるか遠くにいたる」菩薩の地/巻八 「まったく不動なる」菩薩の地/巻九 「いつどこにおいても正しい知恵のある」菩薩の地/巻十 「かぎりない法の雲のような」菩薩の地/終章 この経の委嘱など、430ページ。


高崎直道訳、「華厳経如来性起品」、『大乗仏典 12 如来蔵系経典』、中央公論社、1975、pp.127-281
チベット語訳からの和訳。
序章/如来出現の法門-総序/如来出現の原因-如来出現の第一相/如来の身-如来出現の第二相/如来の音声-如来出現の第三相/如来の心-如来出現の第四相/仏の知恵の対象-如来出現の第五相/如来の活動領域-如来出現の第六相/如来の明らかなさとり-如来出現の第七相/如来の転法輪-如来出現の第八相/如来の偉大なる死-如来出現の第九相/如来の見聞供養によって善根を生むこと-如来出現の第十相/結び
他に『如来蔵経』、『不増不減経』、『勝鬘経』、『智光明荘厳経』所収、全428ページ。
本書も上の『大乗仏典 8 十地経』と同じく、文庫化されているはずです。

すっかり忘れていたのですが、如来出現の相を説くにあたって、さまざまな比喩が持ちだされ、その際しばしば、宇宙論-成劫や壊劫にまつわるイメージが用いられています。


岩本裕、『佛教聖典選 第五巻 大乗経典(三)』、読売新聞社、1976
華厳経(入法界品)抄。サンスクリット語写本からの訳。
解題;『華厳経』入法界品/『華厳経』と『入法界品』/五十四善知識とその分類/五十四善知識の地理/『普賢行願讃』/本書における特殊な訳語について//
茎の美事な景観;ジェータ=ヴァナにおける神変/スダナ童子の善知識訪問/普賢行願讃など、358ページ。


『入法界品』のサンスクリット語写本からの邦訳として;

丹治昭義訳、『さとりへの遍歴―華厳経入法界品』(上下巻)、中央公論社、1994、453/465ページ
があるとのことですが、未見。
………………………

なお、『華厳経』全体の概観として;

鎌田茂雄、『華厳経物語』、大法輪閣、1991
砂漠のオアシスに花開いた華厳経/讃仏の歌-世間浄眼品/世界の荘厳-盧舎那仏品/無辺の光明-如来名号品・四諦品・如来光明覚品/無礙の境界-菩薩明難品/生活のなかの仏教-浄行品/浄心の功徳-賢首菩薩品/清浄なる梵行-仏昇須弥頂品・妙勝殿上説偈品・菩薩十住品・梵行品/初発心の功徳-初発心菩薩功徳品・明法品/唯心の風光-仏昇夜摩天宮自在品・夜摩天宮菩薩説偈品/無人の宝蔵-功徳華聚菩薩十行品・菩薩十無尽蔵品/無量の廻向-如来昇天兜率天宮一切宝殿品・兜率天宮菩薩雲集讃仏品・金剛幢菩薩廻向品/歓喜の妙道-十地品(Ⅰ)/甘露の法雨-十地品(Ⅱ)/華厳力の発揚-十明品・十忍品/無限の数と寿命-心王菩薩問阿僧祇品/文殊菩薩の聖地・五台山-菩薩住処品/如来の光明-仏不思議法品・如来相海品・仏小相光明功徳品/普賢の行願-普賢菩薩行品/如来の出現-宝王如来性起品/清涼の心水-離世間品/善財王子の求道-入法界品(Ⅰ)/唯一の法門-入法界品(Ⅱ)/無限の求道-入法界品(Ⅲ)など、292ページ。
………………………

『華厳経』における〈蓮華蔵世界〉に関連するものとして、『梵網経』の〈蓮華台蔵世界〉が挙げられます(『梵網経』に二種あり、一は阿含経典、もう一つは大乗菩薩戒を説いた中国成立の偽経とされるもので、ここでは後者)。
『梵網経』に関しては;


石田瑞麿、『梵網經 佛典講座 14』、大蔵出版、1971
序論;『梵網経』の偽撰と成立年代について/『梵網経』と他経典との関係/『梵網経』の流布/梵網戒と菩薩精神//
本論;序説/十重四十八軽戒/結文など、304ページ。

本書で扱われたのは『梵網経』巻下であるとのことですが(p.4)、序説 pp.37-48 に関連する記述があります。

〈蓮華蔵世界〉について;

定方晟、『インド宇宙誌』、春秋社、1985、pp.33-68、「Ⅰ 仏教の世界観 第二章 大乗の世界観 蓮華蔵世界観」
この部分は前に記したように、刊行は先後しましたが、次のものが原本となります;

定方晟、「須弥山世界と蓮華蔵世界」、『アジアの宇宙観』、1989、pp.130-167
の後半 pp.141-167 の再掲。大乗仏教の世界観/世界種の中の世界/仏の世界など。

および
定方晟、『インド宇宙論大全』、春秋社、2011、pp.247-285、「第二部 仏教の宇宙観 第二章 大乗の宇宙観」
大乗仏教の出現/極楽浄土/華蔵世界観/香水海と世界種/世界種-続き/毘盧遮那仏と世界/梵網経と大仏/ガンダーラ仏教彫刻など
………………………

蓮華蔵世界の図像表現に関わるものとして;

宮治昭、『仏教美術のイコノロジー インドから日本まで』、吉田弘文館、1999
仏教美術の流れ-「彼岸の造形」の視点から-;インド-涅槃と豊饒の彼岸-/中央アジア-天空の彼岸-/中国-彼岸への再生-/日本-彼岸の幻視-//
豊饒と再生;蓮のイコノロジー/聖樹信仰と仏教美術/インドの弥勒菩薩像-行者的イメージと王者的イメージ-//
彼岸と此岸;天上の彼岸世界-バーミヤーンとキジル-/阿弥陀浄土の観想-トゥルファンのトヨク石窟壁画-/巨大仏の思想-弥勒仏と盧舎那仏-など、278ページ。

この内、「蓮のイコノロジー」の章(初出は→こちら)と「巨大仏の思想」の章を参照のこと。


また;
橋本聖圓、「大仏蓮弁毛彫図と華厳経」、『芸術の論理と歴史』、創文社、1971.9、pp.345-352

平岡定海、「華厳経に於ける須弥山思想の受容-大仏連弁毛彫の思想的背景-」、『大手前女子大学論集』、no.5、1971、pp.18-37 [ < CiNii Articles
 同、  「華厳経と梵網経の相異について-大仏蓮弁毛彫の思想的背景(二)-」、『大手前女子大学論集』、no.9、1975、pp.94-111 [ <同上

塚本啓祥、「蓮華生と蓮華座」、『印度學佛教學研究』、vol.28 no.1、1979、pp.1-9 [ < J-STAGE

西村公朝[解説]、「知っておきたい仏像の見分け方」、『芸術新潮』、vol.37 no.2、1986.12、pp.4-43
pp.8-10 に蓮華蔵世界の説明や模式図があります。

田代有樹女、「毘盧遮那仏の考察(四)」、『名古屋造形芸術大学名古屋造形芸術短期大学紀要』、no.8、2002.3.31、pp.98-85
………………………

金子大栄、「華嚴の世界」、『南都佛教』、no.2、1955..5、pp.1-12

清水公照、「華蔵世界」、『南都佛教』、no.2、1955..5、pp.13-27

兒山敬一、「華嚴經・如來光明覺品の數理-その方法論的な序説-」、『印度學佛教學研究』、vol.9 no.1、1961、pp.48-53 [ < J-STAGE

入澤崇、「蓮華蔵世界」、『印度學佛教學研究』、vol.36 no.2、1988.3、pp.927-920 [ < J-STAGE

木村清孝、「華厳経の蓮華蔵世界」、『大法輪』、第55巻第7号、1988.7、「特集 仏教の世界観-迷いの世界と仏の世界」、pp.146-151

松山俊太郎、「華厳経の宇宙」、『インドを語る』、白順社、1988、pp.102-134
〈十の百乗〉という誤差/途方もない最大数=不可説/小は大よりも大きい/透明かつ不透明/〈心〉と〈世界〉

真野龍海、「華厳経の経題について (1)」、『印度學佛教學研究』、vol.41 no.1、1992.12、pp.411-403 [ < J-STAGE

津田眞一、「『華厳経』「入法界品」における弥勒法界の理念とその神論的宇宙論的意味」、『国際仏教学大学院大学研究紀要』、no.1、1998.3、pp.61-105

平嶋秀治、「華嚴經における大数について」、『駒沢女子大学研究紀要』、no.7、2000.12.24、pp.113-121 [ < CiNii Articles

李 杏九(道業)、「華厳浄土と弥陀浄土について」、『印度學佛教學研究』、vol.51 no.2、2003.3.20、pp.525-534 [ < CiNii Articles

望月海慧、「『華厳経』「阿僧祇品」「入法界品」に説かれる算法について」、『宗教研究』、vol.81 no.4、2008.3.30、pp.1069-1070 [ < CiNii Articles

陳永裕、「『華厳経』の放光の解釈と李通玄の特徴」、『印度學佛教學研究』、vol.57 no.2、2009.3.20、pp.1079-1072 [ < CiNii Articles

周夏、「『華厳経』における諸仏と世界」、『印度學佛教學研究』、vol.58 no.1、2009.12.20、pp.267-271 [ < CiNii Articles

周夏、「『華厳経』におけるヴァイローチャナとシャーキャムニ」、『印度學佛教學研究』、vol.60 no.2、2012.3.20、pp.820-825 [ < CiNii Articles

陳永裕(本覚)、「『華厳経』の世界成就とホーキングの宇宙論」、『印度學佛教學研究』、vol.60 no.2、2012.3.20、pp.1110-1102 [ < CiNii Articles

梶山雄一、「華厳経における仏・菩薩の奇跡」、『梶山雄一著作集 第三巻 神変と仏陀観・宇宙論』、2012、pp.83-102
初出は1995年
宇宙観と仏陀観/般若経の神変/華厳経の神変/華厳思想と現代物理学 空と縁起、量子宇宙論、神変の象徴的意義


梶山雄一、「華厳経入法界品解説(一)」、同上、pp.119-131
『華厳経』と「入法界品」/『大方広仏華厳経』の題名/『ガンダヴューハ』の題名/『ガンダヴューハ』(「入法界品」)の年代
 同、  「華厳経入法界品解説(二)」、同上、pp.133-149
シュラーヴァスティーの神変/『華厳経』の宇宙観/『華厳経』の仏身観/「入法界品」の思想
初出はともに1994年


「(一)」は主として文献学的な議論。
「(二)」の第2節に蓮華蔵世界についての解説あり。
また同書所収の「神変」には、『摂大乗論』(pp.249-250)、『維摩経』「不思議品」第6(p.254)、『首楞厳経』(pp.256-257)、そして『華厳経』(p.280)それぞれにおける〈相即相入〉について記されています。

華厳教学から;

鎌田茂雄、『華厳五教章 佛典講座 28』、大蔵出版、1979
序論;『五教章』の撰述年代/『五教章』の題目と撰号/『五教章』のテキスト-和本・宋本・錬本-/『五教章』の註釈書/『五教章』の組織と内容/『五教章』の思想史的意義//
本文解説;序 十門分別/建立乗/教義摂益/叙古今立教/分教開宗/乗教開合/教起前後/決択前後意/施設異相/義理分斉/所詮差別など、512ページ。

法蔵の「『華厳五教章』の原文および書き下し文の全部を収録したもの」(p.2)、「簡単な註記」(同)あり、ただし「分量の関係で現代語訳」(同)はなし。


鎌田茂雄、『原人論 中国古典新書』、明徳出版社、1973
解説;仏教の中国的展開/隋唐仏教の成立/中唐の仏教/唐代における儒学の動向/宗密の伝記と著書/『原人論』の思想史的意義/『原人論』のテキスト及び注釈書//
本文;総序/儒道二教とその批判/仏教諸家とその批判/真実の教え/諸教の止揚と統一など、122ページ。

………………………

石井教道、『華厳教学成立史』、平楽寺書店、1964
第壱篇 華厳思想之成立;釈尊の根本思想/華厳思想論/華厳思想の成立//
第弐篇 華厳経典成立期;華厳部経典論/華厳経典の成立/大部華厳編纂の意図/
     大部華厳経主品の研究 蓮華蔵世界品論、十地十住論、入法界論//
第参篇 華厳学之成立 序論;華厳学成立以前に於ける中国華厳史概観/華厳学先駆思想/華厳学成立期に於ける当対教学//
     本論;華厳学教権論/華厳学的仏教批判論/華厳学的華厳経典論/教理論/華厳観行論/仏身仏土論など、468ページ。


鎌田茂雄、『華厳の思想』(講談社学術文庫 827)、講談社、1988
原著は1983刊。
序章 日本文化と『華厳経』;『華厳経』の世界/日本人の自然観のなかに定着した華厳思想/新しい世界観としての華厳思想//
『華厳経』とは何か-『華厳経』の構成と思想;雑華によって飾られた無限大の仏/『華厳経』の構成/善財童子の求道/『華厳経』の説く仏とは何か/二つの心-浄心と妄心/人間の心の構造-唯識と華厳//
華厳宗の成立;華厳宗成立の思想的背景/華厳宗の開祖・杜順/華厳教学の創始者・智儼/華厳宗の大成者・法蔵/華厳と禅との融合・澄観/『円覚経』の大研究者・宗密//
華厳思想の核心;小乗と大乗/大乗始教と大乗終教/大乗頓教-一念不生を仏となす/大乗円教-華厳思想の至境/四種の真理の領域-四種法界/華厳の観法//
華厳思想の流れ;新羅の華厳/日本の華厳など、262ページ。


山田史生、『渾沌(カオス)への視座 哲学としての華厳仏教』、春秋社、1999
序章/相互依存性の直観/経験の本質と表現/重層的な二項対立/仏と衆生との相関/心身二元論の超克/差異を体現する力/具象的な無秩序へ、など、394ページ。

吉津宜英、『法蔵-「一即一切」という法界縁起 構築された仏教思想』、佼成出版社、2010
『華厳経』の教え-大仏の成立/インド大乗仏教の中国的展開-華厳学派の成立/法蔵の教学形成/法界縁起の実相/十玄門の法説/法蔵教学の後代への影響など、158ページ。
………………………

松濤誠廉、「個と全體との關係について」、『印度學佛教學研究』、vol.13 no.2、1965、pp.444-451 [ < J-STAGE

鎌田茂雄、「法界縁起と存在論」、三枝充悳編、『講座 仏教思想 第一巻 存在論 時間論』、理想社、1974、pp.95-136
現象絶対論-理事無礙法界-/現象円融論-法界縁起の至境-など

辻村公一、「西洋と東洋とに於ける『一即一切』の相違について」、辻村公一編、『一即一切-日独哲学コロクィウム論文集-』、創文社、1986、pp.391-406
クザーヌスと法蔵が比較されています→こちらにも挙げておきます

金天鶴、「東アジアの華厳思想における無碍説」、『インド哲学仏教学研究』、no.12、2005.3.31、pp.53-671 [ < 東京大学学術機関リポジトリ(UT Repository)

また;
井筒俊彦、「事事無礙・理理無礙-存在解体のあと(ヽヽ)-」、『コスモスとアンチコスモス』、1989、pp.1-102
「理事無礙」から「事事無礙」へ/「理理無礙」から「事事無礙」へ、など
………………………

最後に、特定の図像表現に限定されない視野で、華厳と美術について論じたものとして;

稲賀繁美、「華厳経と現代美術 相互照射の試み(その1) 第2回国際華厳会議(フランス・ベレバ)発表論文」、『あいだ』、no.152、2008.9.20、pp.21-27 [< あいだ|Gekkan Aida、no.67 < 稲賀繁美研究室国際日本文化研究センター
 同、 「華厳経と現代美術 相互照射の試み(その2:地獄門) 第2回国際華厳会議(フランス・ベレバ)発表論文から」、『あいだ』、no.153、2008.10.20、pp.25-35 [< 同上 ]
 同、 「華厳経と現代美術 相互照射の試み(その3:生命の流沙) 第2回国際華厳会議(フランス・ベレバ)発表論文から」、『あいだ』、no.154、2008.10.20、pp.12-20 [< 同上 ]

ちなみに、華厳的なイメージのもとに、道元が用いた「華開世界起(華開いて世界起こる)」というフレーズを引用したりしたこともありました→「作品解説、あるいは幕間に潜りこもう!」、3節目、『ひろがるアート展~現代美術入門篇~』図録 2010.10』<三重県立美術館のサイト
そこにも記しましたが、道元と華厳を結びつける言質は;

高橋直道・梅原猛、『仏教の思想11 古仏のまねび〈道元〉』、角川書店、1969、p.163
でとり、「華開世界起」については同 pp.164-168 がネタでした。

そこからさかのぼって、もともとは禅宗の史伝『景徳傳燈録』巻第二に収められた般若多羅のものと伝えられる偈に由来することは;

伊東洋一、「道元と如浄(八) : 『如浄禅師語録』到来を中心に」、『文経論叢. 人文科学篇』、no.2、1982、pp.19-41 [ < 弘前大学学術情報リポジトリ
中の pp.22-23 および p.39 の注(7)を参照、

道元が援用した『正法眼蔵』巻第十四「空華」や巻第五十三「梅花」などは、

道元、水野弥穂子校注、『正法眼蔵』(全4巻、岩波文庫 青 319-0~3)、岩波書店、1990-1993
第十四「空華」;(一)、p.268、巻第五十三「梅花」;(三)、pp.167-168 で確認したことでした。
なお、
道元、石井恭二訳、『正法眼蔵 現代文訳』(全5巻 河出文庫 古 2-1~5)、河出書房新社、2004
も参照。さらに;

玉城康四郎、「道元の時間論」、三枝充悳編、『講座 仏教思想 第一巻 存在論 時間論』、理想社、1974、pp.271-316
時間論の特徴;時間・存在・光明・自己の一体性/時間に関する常人と根源的人間/時間における自他観念の消滅/時間の現実性と形而上性の一致//
時間の成熟過程;火を噴く時間/時間の成熟/時間の結実//
時間を包括するものなど


岩田慶治、「道元の宇宙」、『現代宗教-5 特集・宇宙論』、春秋社、1982、pp.33-50
曇りなく見る/その映る場所/その自由な表現など

iv. 弥勒、過去仏、多仏説など

未来仏弥勒にまつわるイメージに興味を持つようになったのは、何度も登場している、
光瀬龍、『百億の昼と千億の夜』(ハヤカワ文庫JA 6)、早川書房、1973
以来ですが(光瀬龍については→こちらも参照)、

さらに;

山田正紀、『弥勒戦争』(ハヤカワ文庫JA)、早川書房、1976
が加わり( 山田正紀について→こちらも参照)、

それ以外にも;

稲垣足穂、「弥勒」(1939~1940/1946/1969)、『一千一秒物語』(新潮文庫 [草]86)、新潮社、1969/『稲垣足穂全集 7 弥勒』、筑摩書房、2001
足穂には他にも弥勒にまつわる原稿がありますが、その点もあわせて、河出文庫版『弥勒 稲垣足穂コレクション』(1987)pp.291-295の解説
加藤郁乎、「弥勒入門」
を参照。 足穂については→こちらも参照

さらに;

藤枝静男、『田紳有楽』(1975)(講談社文庫 74/2 A520)、講談社、1978
こちらにも挙げておきます

諸星大二郎、『暗黒神話』(ジャンプ・スーパー・コミックス)、創美社、1977
諸星大二郎について→こちらも参照

篠田節子、『弥勒』、講談社、1998

羅門祐人、『彌勒降臨 1 破滅の伝承』(ハルキ文庫 ら 1-1)、角川春樹事務所、2001

五十嵐大介、『SARU』(下)、2010
p.215 で「56億7千万年」という台詞が飛びだします。

などなどと目白押しです。
………………………

〈弥勒〉にまつわる問題は、仏教固有のそれに留まらず、民俗学、社会運動の領域にまでひろがるものですが、まずは

渡辺照宏、『愛と平和の象徴 弥勒経 現代人の仏教 8』、筑摩書房、1966
過去仏と未来仏/弥勒仏説話の成立/弥勒下生成仏経/聖弥勒発趣経/観弥勒上生兜率天経など、284ページ。

この内第3章「弥勒下生成仏経」は、「『弥勒下生成仏経』の漢訳五種の他、パーリ語、コータン語のものも参照」(p.3)しつつ、「もっとも詳しい第四経『弥勒大成仏経』を中心として」(p.111)、「マイトレーヤ仏陀が出現する未来社会とその救済を詳しく記述した」(p.3)。
第4章「聖弥勒発趣経」は、チベット語訳しか現存しないこの経典の「全文をわかりやすく翻訳し解説した」(p.3)。
第5章「観弥勒上生兜率天経」は、「チベット語訳を参照し、文脈を整理し」て、漢訳本を「訳出し解説した」(p.4)もの。


松本文三郎、『弥勒浄土論・極楽浄土論』(東洋文庫 747)、平凡社、2006
弥勒浄土論(1911);叙論/弥勒経典志/所謂六部経以外の大乗弥勒経典/所謂弥勒の六部経/阿含部に於ける弥勒経典/仏時代果して将来仏弥勒の思想ありたるか/将来仏としての弥勒信仰の起原/弥勒経典の原形と其発展/弥勒浄土と弥陀浄土/附録 吉蔵、懐感、元暁三師の二種浄土比較論//
極楽浄土論(1904);叙論/他力念仏/浄土 阿弥陀経に於ける極楽世界、大善見王経に於ける浄土、婆羅門教に於ける理想国/阿弥陀仏 阿弥陀、西方世界//
解説(前田耕作)など、388ページ。


速水侑、『弥勒信仰-もう一つの浄土信仰- 日本人の行動と思想 12』、評論社、1971
弥勒の救い//弥勒信仰の成立;大陸の弥勒信仰/弥勒信仰の伝来/律令社会と弥勒信仰//
弥勒信仰の発達;天台・真言宗と弥勒信仰/浄土教の発達と弥勒信仰//
末法思想と弥勒下生;民間弥勒信仰の変化/貴族社会上生信仰の存続//
中世浄土教の成立と弥勒信仰;旧仏教の弥勒信仰/民衆のなかの弥勒信仰など、242ページ。


宮田登、『ミロク信仰の研究 新訂版』、未來社、1975
新訂版はしがき/はしがき//
序論//
伝承態としてのミロク信仰;ミロク信仰の基調/ミロク伝承の実態/ミロク私年号の意味/鹿島踊とミロク踊/金華山信仰とミロク//
ミロク下生の系譜;弥勒寺の伝承/稲作儀礼とミロク下生/布袋信仰とミロク/ミロク下生の具体性//
ダイシ信仰とミロク;ダイシ伝説の意味と類型/ダイシの宗派性と類型性/弘法大師の入定伝説とミロク信仰/廻国行者の入定・奇蹟伝説とミロク信仰//
富士信仰とミロク富士講成立の前景/富士講の成立と展開/行者ミロク出現の意義/富士講の教理/富士講の教団化//
世直しとミロク信仰農耕儀礼と世直し観/鎮送呪術と世直し観/鹿島信仰の性格/地震と世直し/鹿島信仰と地震/鯰絵と世直し観//
大本教とミロク辰の年の意味/辰の年と預言性/大正五年と「明治五五年」/昭和三年辰の年/大本教の「ミロクの世」//
沖縄のミロク信仰柳田民俗学と沖縄/宗教史と沖縄/新宗教の形成/八重山のミロク/八重山ミロクと鹿島/宮古・本島のミロク/ミルク神の出現//
「ミロクの世」の構造;比較民俗学の基準/ミロクとムーダン/子授けと再生信仰/ミロクの世とシャカの世/先天の世と後天の世//
総括//
補論 日本民俗学の理論的課題;学説史的回顧(歴史科学か現代科学か 文献か伝承資料か)/民俗学の基礎概念(常民概念の理解 抽象概念としての常民 郷土研究における常民 地域民俗学の提唱)など、414ページ。


宮田登編、『弥勒信仰 民間宗教史叢書 第八巻』、雄山閣出版、1984
民俗宗教におけるミロク;みろくの船(柳田国男)/ミロク信仰の流布と機能(酒井卯作)/日本におけるメシア運動(高取正男)/近世弥勒信仰の一面(和歌森太郎)/嵩山のミロク信仰(阪本英一)/鹿島踊の考察(永田衡吉)//
日本宗教史におけるミロク;律令社会における弥勒信仰の受容(速水侑)/平安時代における弥勒浄土思想の展開(平岡定海)/弥勒信仰と弥勒の世(安永寿延)/富士講の夜明け(岩科小一郎)//
比較宗教論におけるミロク;将来仏としての弥勒信仰の起源(松本文三郎)/イラン的信仰と仏教の出会い(鈴木中正)/元・明革命と白蓮教(鈴木中正)/花郎制度の本質とその機能(三品彰英)//
弥勒信仰の研究成果と課題(宮田登)など、340ページ。


あわせて-弥勒の話からはずれますが-
宮田登、『終末観の民俗学』、1987
も参照

金三龍、『韓国弥勒信仰の研究』、教育出版センター、1985
総論/三国時代、弥勒信仰とその歴史的位置/百済弥勒信仰と戒律思想/百済弥勒信仰の特性とその歴史的展開/高麗弥勒信仰の展開/朝鮮時代の弥勒信仰とその展開過程/旧韓末新興宗教の発生と弥勒信仰の役割/韓国弥勒信仰の特質(結論)/資料編など、408ページ。

『しにか』、vol.6 no.10、1995.10、pp.8-67、「特集 東アジアと仏教Ⅱ 弥勒と世界救済の思想」
弥勒の祈りと救い 中国・朝鮮の弥勒信仰(鎌田茂雄)/弥勒の浄土 古代日本の理想世界(速水侑)/民間信仰におけるミロク 農耕社会のユートピア(宮田登)/弥勒信仰と民衆の反乱 中国における展開(浅井紀)/弥勒と布袋 中国民衆の弥勒像(金文京)/はしごを降りてくる弥勒 チベットの弥勒信仰(小野田俊蔵)/弥勒菩薩の姿 弥勒像の変遷(真鍋俊照)/日本人とメシア思想 終末思想と現代(山折哲雄)など

菊地章太、『弥勒信仰のアジア』(あじあブックス 051)、大修館書店、2003
プロローグ 韓国から/韓国にて/中国へ/中国から/中央アジアへ/ふたたび韓国へ/エピローグ ヴェトナムへ、など、254ページ。

「ヴェトナム南部のメコン・デルタにある安江(アンザン)省で生まれた」(p.220)宝山奇香(ブゥソン・キフォン)という教団によって十九世紀の後半に作られたという『弥勒度世尊経』についての説明が pp.221-223 にあります。弥勒/釈迦兄弟の軋轢が語られているとのことで、そこでも韓国に類した話が伝えられていることが指摘されています。これに上掲宮田登『ミロク信仰の研究 新訂版』(1975) p.286 に記された宮古の伝承、同第八章第四節「ミロクのとシャカの世」での朝鮮巫歌を合わせて、ズルヴァーン教の神話との比較を促す点がありはしないでしょうか。→こちらも参照。また→あちら(イランのページ)からもリンクしておきます。

なお、沖縄と韓国における弥勒像の類似については;

田畑博子、「ミロク信仰 沖縄と韓国のミロク説話の比較研究」、『沖縄文化研究』、no.29、2003.3.31、pp.57-90 [ < 法政大学学術機関リポジトリ

併せて;
浅井紀、「黄天道とその宝巻」、『東海大学紀要. 文学部』、no.67、1997、pp.196-177 [ < CiNii Articles
とりわけ pp.192-191 の『弥勒出西宝巻』からの引用を参照のこと。
浅井紀の著述からは→こちらも(その前後にも〈弥勒〉にまつわる文献を挙げています)

菊地章太の著述からは以下の論文以外にも、「中国 Ⅱ」のページ、「vi. 道教など」の項の随所に登場します;

菊地章太、「六世紀中国の救世主信仰-『証香火本因経』を手がかりに-」、『道教文化への展望-道教文化研究会論文集』、平河出版社、1994、pp.320-341

菊地章太、「李弘と弥勒-天師道の改革と中国仏教における救世主信仰の成立-」、山田利明・田中文雄編、『道教の歴史と文化』、雄山閣、1998、pp.115-143

菊地章太、「弥勒授記における理想世界の自然認識」、『桜花学園大学研究紀要』、no.3、2001.3.31、pp.189-216 [ < CiNii Articles

立川武蔵、『弥勒の来た道』(NHKブックス 1229)、NHK出版、2015
序章 半跏思惟像は弥勒か/弥勒信仰と経典を知る/弥勒の起源を探る/初期経典と弥勒像/大乗仏教のほとけたち-仏教パンテオンの成立/弥勒と阿弥陀信仰/伝播の道-弥勒、東へ/マンダラと弥勒/日本の弥勒信仰/終章 聖なるものと俗なるものなど、248ページ。
………………………

林伝芳、「契此以後の弥勒信仰について」、『印度學佛教學研究』、vol.23 no.2、1975、pp.824-829 [ < J-STAGE

上掲宮治昭『仏教美術のイコノロジー インドから日本まで』(1999)、「巨大仏の思想」の章と合わせて;

宮治昭、「弥勒と大仏」、『オリエント』、vol.31 no.2、1988、pp.107-124 [ < J-STAGE

花山勝友、「弥勒菩薩の兜率天」、『大法輪』、第55巻第7号、1988.7、「特集 仏教の世界観-迷いの世界と仏の世界」

柏原信行、「パーリ仏教における未来仏」、『印度學佛教學研究』、vol.38 no.2、1990.3、pp.888-884 [ < J-STAGE

明神洋、「仏教の終末観と救済思想-インドから中国へ-」、『道教文化への展望-道教文化研究会論文集』、平河出版社、1994、pp.294-319

白山和宏、「房山石経中の弥勒経」、『印度學佛教學研究』、vol.50 no.1、2001.12、pp.156-159 [ < J-STAGE

藤能成、「元暁の『弥勒上生経宗要』について-聞名と三経観を中心に-」、『印度學佛教學研究』、vol.51 no.1、2002.12、pp.24-30 [ < J-STAGE

藤井政彦、「隋末の『弥勒出世』を標榜した反乱について : 発生時期が意味するもの」、『印度學佛教學研究』、vol.59 no.2、2011.3.20、pp.585-590 [ < CiNii Articles

〈富士講〉とその周辺については→こちら

過去仏の周期について;

平野眞完、「過去佛について」、『印度學佛教學研究』、vol.9 no.2、1961、pp.538-539 [ < J-STAGE

熊谷進、「過去七仏信仰について」、『印度學佛教學研究』、vol.27 no.2、1979、pp.682-683 [ < J-STAGE

竹本寿光、「過去四仏について」、『印度學佛教學研究』、vol.28 no.1、1979、pp.297-299 [ < J-STAGE

天野信、「辟支仏とMahāpadānasuttanta」、『龍谷大学佛教学研究室年報』、no.12、2004.3.31、pp.1-18 [ < 龍谷大学学術機関リポジトリ(R-SHIP)

天野信、「Mahāpadānasuttantaとパーリ律経分別の関係」、『パーリ学仏教文化学』、no.18、2005.2.20、pp.77-84 [ < CiNii Articles

天野信、「『七仏経』成立をめぐる諸問題」、『印度學佛教學研究』、vol.57 no.2、2009.3.20、pp.912-908 [ < CiNii Articles

天野信、「大本経における七仏の事蹟と浄居天の神」、『印度學佛教學研究』、vol.58 no.2、2010.3.20、pp.928-923 [ < CiNii Articles

天野信、「大本経成立をめぐる諸問題」、『佛教學研究』、no.66、2010.3.15、pp.72-97 [ < 龍谷大学学術機関リポジトリ(R-SHIP)

舟橋智哉、「過去七仏思想の源泉」、『印度學佛教學研究』、vol.55 no.1、2006.12.20、pp.354-350 [ < CiNii Articles
………………………

多仏説について;

藤田宏達、「阿含における多佛思想の一斷面-現在他方佛との關係-」、『印度學佛教學研究』、vol.6 no.2、1958、pp.375-384 [ < J-STAGE

三友量順、「『十方諸仏』と十六王子」、『印度學佛教學研究』、vol.36 no.2、1988.3、pp.785-792 [ < J-STAGE

平岡聡、「仏陀観の変遷-Divyāvadāna と Mahāvastu との比較-」、『印度學佛教學研究』、vol.46 no.1、1997.12、pp.391-387 [ < J-STAGE

杉山二郎、「東方瑠璃光薬師浄土についての一考察 : 文化論的アプローチから」、『国際仏教学大学院大学研究紀要』、no.1、1998.3、pp.107-150 [ < CiNii Articles

藤近恵市、「『八千頌般若経』における多仏思想の受容」、『印度學佛教學研究』、no.13、2004、pp.62-85 [ < J-STAGE

藤近恵市、「『般若経』における多仏思想」、『印度學佛教學研究』、vol.53 no.1、2004.12、pp.222-226 [ < J-STAGE

岩井昌悟、「一世界一佛と多世界多佛」、『東洋学論叢』、no.36、2011.3、pp.164-138 [ < 東洋大学学術情報リポジトリ

また;

石田充之、「末法思想」、三枝充悳編、『講座 仏教思想 第一巻 存在論 時間論』、理想社、1974、pp.317-360
インド方面における正法像法思想の展開/中国における正像末法思想の展開/信行等による三階仏教思想の展開/道綽等以後の末法思想の展開/道宣・窺基等一般に亘る末法思想の展開/日本における平安朝頃巳後の末法思想の展開/鎌倉仏教における末法思想の展開など
………………………

教義上はおそらく多仏論と関連するであろう、〈化仏〉の概念は、他方、後出の〈飛天〉同様(→こちらを参照)、図像としては〈装飾〉ないし〈荘厳〉と結びつくものと思われます。ともあれ;

干潟龍祥、「マンダラの思想背景」、『密教文化』、no.87、1969、pp.19-26 [ < J-STAGE

梶山雄一、「神変」、『梶山雄一著作集 第三巻 神変と仏陀観・宇宙論』、2012、pp.237-285
初出は1995年
序 仏教の宇宙論と仏陀観 仏教の宇宙論、仏陀観の発展/神通/大乗仏教と神通/原始・小乗仏教と神変/維摩経・首楞厳三昧経と神変/大品般若経の神変/法華経の神変/華厳経と神変 光明による段階的救済の発展、仏の神変、第10地の菩薩の神変/展望

こちらでも触れています

大武宏臣、「パーリ文献における化仏-三蔵を中心として-」、『パーリ学仏教文化学』、no.15、2001.12.20、pp.129-136 [ < CiNii Articles

本節と次節双方の概観として;

梶山雄一、「仏陀観の発展」、『梶山雄一著作集 第三巻 神変と仏陀観・宇宙論』、2012、pp.177-235
初出は1996年
仏陀観の時間的発展;過去七仏の成立/未来仏の成立/過去二十五仏/賢劫千仏//
仏陀観の空間的発展;一世界一仏論/現在十方諸仏//
二身説の成立;『八千頌般若経』/『二万五千頌般若経』/『法華経』/『華厳経』/『金光明経』/龍樹/中観派における二身説と化仏

v. 仏身論、密教など

仏教における神学の体系化というべき仏身論に出くわしたのはおそらく;

渡辺照宏、『不動明王』(朝日選書 35)、朝日新聞社、1975
日本における不動尊信仰;「お不動さま」/インド仏教/密教の由来/弘法大師と不動尊/広まる信者層/平安文学にあらわれた不動尊/不動尊の信者たち/室町時代の不動尊/近世の不動尊/不動尊の種々相//
不動尊の考察;密教とは何か/不動明王の正体/『大日経』にみる不動尊/十九観について/不動尊の従者/尊形の種々相/大自在天の説話/本尊供養/護摩など、232ページ。

ちなみに第二部七章「大自在天の説話」における大自在天の位置づけも印象に残っています。
こちらで少し触れています

ともあれ上掲の未来仏、過去仏、多仏説などとも関わる、仏陀観、仏身論についての総論的なものとして;


保坂玉泉、「仏陀観の展開」、『駒澤大學佛教學部研究紀要』、no.21、1962.10、pp.5-13 [ < CiNii Articles

植田重雄、「宗教学的見地における仏身論」、『早稲田商学』、no.261、1976.20、pp.906-829 [ < 早稲田大学リポジトリ(DSpace@Waseda University)

越智淳仁、『法身思想の展開と密教儀礼』、法藏館、2009
序章 法身思想の研究方法と法の概念規定;問題意識と法の概念規定/初期仏教における法の記述//
初期仏教における師資相承句と法身思想;
Aggañña-suttanta と師資相承句の成立/初期仏教における師資相承句//
般若経の師資相承句と法身思想;般若経類本における師資相承句/不来不去の定型句と真言/仏出世不出世の定型句/四十二字門と五十字門//
般若経の仏身説と法身思想;般若経の仏身説/『大智度論』の二身説と法身思想/『金剛般若論』の言説法身と証得法身//
法華経の師資相承句と法身思想;『妙法蓮華経』「譬喩品第三」の師資相承句/「長者窮子」に見られる師資相承句/法華経の法身思想/多宝塔如来の全身舎利と如来の全身//
華厳経の師資相承句と法身思想;華厳経の師資相承句/華厳経の毘盧遮那/一切義成就菩薩とシッダールタ/毘盧遮那の三密の働き//
華厳経の法身思想;
śarīra, ātma-bhāva, kāya/清浄法身と無礙/華厳経の神変加持/華厳経の神変と加持のメカニズム/心の浄化から肉体の浄化へ//
涅槃経の師資相承句と法身思想;第1類の涅槃経/第2類の涅槃経の法身思想/『勝鬘経』の師資相承句と法身思想//
『楞伽経』の師資相承句と法身思想;『楞伽経』の師資相承句/『楞伽経』の法身思想/『楞伽経』の教えの集合体/『楞伽経』の四身説/『楞伽経』の法性仏と等流仏/ジュニャーヴァジュラの論駁//
唯識・如来蔵系経論の師資相承句と法身思想;『現観荘厳論』の四身説/『現観荘厳論』の注釈類における三身説と四身説/各節の検討//
密教の師資相承句;『大日経』の師資相承句/金剛頂経系の師資相承句/陀羅尼経系の師資相承句/密教経典に見られる三昧耶戒/『金剛頂瑜伽中略出念誦経』所説の三昧耶戒/華厳経所説の三昧耶戒の原形/密教菩薩道の理念//
密教の法身思想;密教の阿字と法身/密教の仏身思想/ブッダグフヤの仏身説//
金剛頂経系の法身思想;『聖位経』の四身説と報身と受用身/シャーキャミトラとアーナンダガルバとプトンの解釈/法身と大毘盧遮那/各節の検討/四身の特色//
密教の五相成身観;五相成身観/五相成身観の7種の解釈/梵分『初会金剛頂経』における五相成身観の実践/
Vajraśekharatantra の心の観察と真言/Vajraśekharatantra 所説の五相成身観など、464ページ。
………………………

金山龍重、「佛身論とドケテズム」、『駒沢大学仏教学会年報』、vol.5 no.2、1934、pp.61-67 [ < CiNii Articles

加藤精一、「『金光明経』の仏身観と真言密教」、『印度學佛教學研究』、vol.28 no.1、1979、pp.319-323 [ < J-STAGE

長谷川岳史、「『大乗法苑義林章』における諸経論の仏身観に対する解釈-『三身義林』第一〈弁名〉・第二〈出体〉」、『龍谷大学佛教学研究室年報』、no.9、1996.3.31、pp.2-233 [ < 龍谷大学学術機関リポジトリ(R-SHIP)

長谷川岳史、「隋代仏教における三身解釈の諸相」、『龍谷大学論集』、no.471、2008.1.30、pp.62-81 [ < 龍谷大学学術機関リポジトリ(R-SHIP)

長谷川岳史、「隋代仏教における真・応二身説」、『佛教學研究』、no.65、2009.3.10、pp.1-20 [ < 龍谷大学学術機関リポジトリ(R-SHIP)

津田明雅、「『三身讃』について」、『印度學佛教學研究』、vol.54 no.1、2005.12.20、pp.469-466 [ < CiNii Articles

太田蕗子、「チャンドラキールティの仏身論」、『印度學佛教學研究』、vol.58 no.1、2009.12.20、pp.422-418 [ < CiNii Articles
………………………

まだまだ多くの論考があるものと思われますが、ここではとりあえず目についた範囲で、親鸞および浄土真宗から;

普賢大圓、「眞宗如來論の特色」、『印度學佛教學研究』、vol.9 no.2、1961、pp.516-523 [ < J-STAGE

浅井 成海、「親鸞の仏身観」、『印度學佛教學研究』、vol.38 no.1、1989.12、pp.1-10 [ < J-STAGE

赤渕弘祐、「垂名示形論再考」、『印度學佛教學研究』、vol.54 no.2、2006.3.20、pp.750-753 [ < CiNii Articles
垂名示形=すいみょうじぎょう、名を垂れて形を示す

赤渕弘祐、「垂名示形の一考察」、『龍谷大学大学院文学研究科紀要』、no.28、2006、pp.1-16 [ < CiNii Articles

宇野惠教、「親鸞の仏身論は『基体説』ではない」、『印度學佛教學研究』、vol.54 no.2、2006.3.20、pp.726-730 [ < CiNii Articles

親鸞については→こちらも
………………………

アンリ・アルヴォン、渡辺照宏訳、『佛教』(文庫クセジュ 147)、白水社、1954
原著は Henri Arvon, Le Bouddhisme, 1951
序/佛教以前のインド;ヴェーダ教とバラモン教/宗教的基礎//佛教;佛陀の生涯/佛陀の教理/教團//佛教の歴史;三乗/インド佛教とその南アジアへの發展/チベットと蒙古との佛教/中国の佛教/日本の佛教/佛教と西洋など、138ページ。

本書 pp.85-86 で「大乗の佛陀観」として紹介されている、「アーディブッダ[本源的な佛陀]という本源的な佛陀は獨立して存在し(スヴァヤンブー)、これから世界が現出する。この佛陀の瞑想から五の《瞑想の佛陀》(ドヤーニブッダ)が生ずる。同じく現出の作用によってこの五の佛陀から五の《瞑想の菩薩》(ドヤーニボーディサットヴァ)が生ずる。最後に瞑想の佛陀からの現出に應じて地上に五の《人間的佛陀》(マーヌシブッダ)が現れる。シャークヤムニはその中の四番目である。現在の進展週期における第五で最後の佛陀マイトレーヤ[弥勒]はこれに續くことになっている」という記述を読んで以来、ずっと気になっているのが、アーディブッダ(本初仏)のことです。

当初見かけたのは;

H.v. グラーゼナップ、田中教照訳、「金剛乗の成立」、『エピステーメー』、vol.2 no.7、1976.7、pp.95-102
原著は Helmuth von Glasenapp, ‘Die Entstehung des Vajrayāna’, 1936

本論考の p.101 では、「多くのタントラの秘密教は全宇宙の不滅の生命原理を構成する原初仏(
ādi-buddha)の存在を説くのである。無始以来目覚めている『原初仏』を説く教説は無著の『大乗荘厳経論(Sūtrâlaṅkāra)』九の七にはじめて言及されているが、そこでは異端として論難されている」云々と記されていました。また

岩本裕、『密教経典 佛教聖典選 第七巻』、読売新聞社、1975

序説 p.20 には、「このような佛教者の心象は、歴史上のブッダをさえ『佛』たらしめる原初佛(アーディ=ブッダ Ādibuddha)を出現させるに至った。この発生の過程を明確に示しているのがジャワの密教の綱要書である『聖大乗論』San hyang Kamahāyānikan で、原初佛から法身仏としての釈迦牟尼が現われ、この釈迦牟尼如来から大日如来が現われると説かれ」云々とあります。
上に引かれた「ジャワの密教の綱要書である『聖大乗論』San hyang Kamahāyānikan」について→こちら

木村日紀、「印度 Orissa に起源する般若空觀化の Viṣṇu 信仰に就て」、『印度學佛教學研究』、vol.7 no.1、1958.12、pp.206-210 [ < J-STAGE

イスラーム侵入の直前、16-17世紀の「般若空観化した
Viṣṇu 信仰」の指導者の一人、Caitanya DāsaViṣṇugarbha 199-283 の叙述と比較するべく、「ネパールの密教徒が尊重する Svayambhūpurāṇaの思想」として、pp.209-210 に、同工の神統譜が記されています。

『スヴァヤンブー・プラーナ』については、

氏家覚勝、「本初仏の塔管見-ネパールの密教-」、『佛教藝術』、no.152、1984.1、pp.75-87
でも取りあげられています。
同 p.84 の注1 によると、さらに、


氏家覚勝、「ネパールの仏塔信仰について」、『日本仏教学会年報』、no.39、1973、pp.85-101
氏家覚勝、「スヴァヤンブー生起の物語-〈Svayambhū-Purāṇa〉の解説ならびに第一~第三章和訳-」、『高野山大学論叢』、no.11、1976、pp.1-35

があるとのことですが、残念ながら未見。後者 pp.8-9 では、「〈グナカーランダ・ヴューハ〉第三章中の本初仏の創造説を引用」しているとのこと(別掲の 吉崎一美「Gurumaṇḍala-pūjā とその造形」→こちら、p.92。)
『スヴァヤンブー・プラーナ』を取りあげているものとして→こちらも
また『グナ・カーランダ・ヴューハ・スートラ』について→下掲の佐久間留理子「諸天を生成する観自在の二類型」(2010)も参照

追記: 氏家覚勝「スヴァヤンブー生起の物語-〈Svayambhū-Purāṇa〉の解説ならびに第一~第三章和訳-」(1976)を見る機会がありました。和訳された『スヴァヤンブー・プラーナ』1~3章には本初仏のことが直接出てくるわけではありませんが、前に置かれた解説で、「(二) スヴァヤンプーの意味 (1)-創造神-」および「(三) スヴァヤンプーの意味(2)-仏の異名-」として、〈スヴァヤンプー=自生者または自存者〉が「本初仏の別名であること」、「もともとこの語は、インド思想史上、宇宙を創造する第一原理的な存在または創造神の形容語として、使用されてきた」こと(p.3)、仏教側におけるこの語の使用例が「仏または過去仏の異称」(p.7)を経て、「インド教のつよい影響を受けたネパールの後期密教では、創造神たる梵天等の性格が、そのままスヴァヤンプーたる本初仏に反映されている」(p.8)ことなどが説かれていました。

その他;

酒井紫朗、「本初佛(Ādi-buddha)について」、『干潟博士古稀記念論文集』、干潟博士古稀記念會、1964、pp.469-483
〈本初仏〉の思想並びに信仰は密教において成立したものとし、『大日経』「具縁品」、『金剛頂経』「初会」・「第六会」・「第十五会」、『名等誦 Nāma-saṃgīti 』こと『文殊智慧薩埵勝義名集=聖妙吉祥真実名経』、『時輪経』とその展開が辿られます。

下掲
S・B・ダスグプタ、『タントラ仏教入門』、1981、pp,75-76, 92-96, 102-103 など

SHAKYA Sudan、「『ナーマサンギーティ』の註釈に見られる本初仏の解釈について The Interpretation of Ādibuddha : As Described in the Nāmasaṃgīti Commentaries」、『印度學佛教學研究』、vol.58 no.3、2010.3.25、pp.1260-1266 [ < CiNii Articles (本文英文)

さて、仏身論や本初仏にからんで、密教ないし仏教タントリズムに関連する資料がすでに挙がっていますが、
まずは宇宙論に関わる記述が豊富なものとして;

田中公明、『超密教 時輪タントラ』、東方出版、1994
序章 『時輪タントラ』とは何か/曼荼羅の生成理論/コスモロジーと曼陀羅/神秘のモノグラム-ナムチュワンデン/シャンバラ伝説-隠された王国と最終戦争-/曼陀羅の身体論/密教における受胎と胎児論の歴史的展開-『時輪タントラ』の内品を中心にして-/密教におけるイニシエイションの二重構造/ミクロコスモスとマクロコスモスの完全なる対応-身口意具足時輪曼陀羅-/密教における絶対者のイメージ-守護尊カーラチャクラの姿-/臨死体験と曼陀羅-『秘密集会』の「五相」と『時輪』の「夜と昼のヨーガ」を中心として-/不変と楽と身体のアルケミー的変容-六支瑜伽-/終章 『時輪タントラ』研究の意義と展望など、252ページ。

田中公明、『性と死の密教』、春秋社、1997
導入篇-仏教と輪廻転生//
セクソロジー篇;性理論の導入/性理論の体系化//
タナトロジー篇;四大の不調/意識の解体/プラーナの分離//
完結篇-生と死の統合など、288ページ。

とりわけ導入篇で四禅天に関する記述があります。
こちらで少し触れています

立川武蔵編、『曼陀羅と輪廻 その思想と美術』、佼成出版社、1993
思想・宗教編;浄土とマンダラ(立川武蔵)/曼陀羅とコスモロジー再考-空海の曼陀羅理解の一側面(廣澤隆之)/チベット人の死生観(小野田俊蔵)/臨死体験と曼陀羅-『秘密集会』の「五相」と『時輪』の「夜と昼のヨーガ」を中心として(田中公明)/マンダラの成立根拠(野口圭也)/母なる一切衆生-チベット仏教における輪廻と修行体系(谷口富士夫)/ヒンドゥーの救いの構造(日野紹雲)/ヒンドゥー実在論哲学の世界の構造と周期(和田壽弘)//
美術・図像編;八相如来像の種々相(頼富本宏)/サンヴァマンダラの図像学的考察(森雅秀)/宇宙主としての釈迦仏-インドから中央アジア・中国へ(宮治昭)/インドの生死輪図-アジャンター壁画の作例について(平岡三保子)/悪道の母子-日中における図像と意味内容の変遷(鷹巣純)/「最後の審判」と「キリストの冥府降下」(木俣元一)など、352ページ。


立川武蔵編、『マンダラ宇宙論』、法藏館、1996
コスモス;「コスモス」とは何か(G.L.エバソー)/マンダラの中心における自己-近代の発明を再発見するユング思想をめぐって-(J.W.ハイジック)//
自己と世界の表象;ヒンドゥー教の自我と世界(日野紹雲)/インド自然哲学における自我(和田壽弘)/ジャイナ教のマンダラ-〈聖なる集い〉(samavasaraṇa)について-(矢島道彦)/タントラ仏教における自己と宇宙(野口圭也)//
マンダラの本質;マンダラの形態の歴史的変遷(森雅秀)/コスモグラム・サイコグラムとしての曼陀羅-曼陀羅の哲学的解釈はいかにして可能か-(田中公明)/『時輪タントラ』第一章「世界の章」について(S.バフルカル、山口しのぶ訳)//
都市と儀礼のコスモロジー;南インド寺院都市の形成とマンダラ-シュリーランガムを中心に-(小倉泰)/ラサ-マンダラ都市(奥山直司)/六道十王図のコスモロジー(鷹巣純)/ネワール仏教儀礼における仏の「受胎」と「誕生」(吉崎一美)//
生命体としてのコスモス;蓮のイコノロジー-誕生・浄土・曼陀羅のシンボリズム-(宮治昭)/生命体としてのコスモス(立川武蔵)など、468ページ。

マルティン・ブラウエン、森雅秀訳、『【図説】曼陀羅大全 チベット仏教の神秘』、東洋書林、2002
原著は Martin Brauen, The Mandala : Sacred Circle in Tibetan Buddhism, 1997
神秘へのアプローチ/仏教の法輪の中心-根本概念/外のマンダラ-宇宙/内なるマンダラ-人間/もうひとつのマンダラ-タントラの方法/マンダラと西洋など、298ページ。
………………………

密教の概観として;

S・B・ダスグプタ、宮坂宥勝・桑村正純訳、『タントラ仏教入門』、人文書院、1981
原著は Shashi Bhushan Dasgupta, An Introduction to Tantric Buddhism, 1974
緒言//
序論;仏教タントラの使命/タントラ仏教の発展と関わりをもつ大乗の特徴/タントラにみられる大乗哲学体系の影響(ナーガールジュナの中観哲学 アシュヴァゴーシャの真如説 唯識派、すなわち瑜伽行者派 ヴェーダンタとの類似性およびタントラにおける新しい発展)//
仏教タントラにみられる未体系の哲学断片//
タントラ仏教の諸学派;真言乗の発展/金剛乗-その最も一般的な名称(時輪乗、ナータ教など 金剛乗の一般的特徴)//
タントラ仏教徒の神学的立場;金剛と金剛薩埵/菩提心(菩提心の一般的な概念 般若と方便としての空性と慈悲 般若と方便の宇宙論的・存在論的意味 男性と女性としての般若と方便 ララナーとラサナー、左と右、母音と子音などとしての般若と方便)/アドヴァヤ(不二性)とユガナッダ(融合の原理)/ラーガ(貪愛)とマハーラーガ(大貪愛)/サマラサ/最終目標としての大楽(無上の至福)-涅槃と大楽(至福という肯定的状態としての涅槃 仏教タントラにおける大楽としての涅槃 大楽の宇宙論的・存在論的意味 密教的実践に関連した大楽 密教的なヨーガ実践と関連した菩提心の変容された観念)//
密教的ヨーガの要素;肉体-真理を獲得するための媒体(神経叢の理論 神経組織)/師の選択/菩提心の生起とその規制/四印、四刹那、四歓喜//
自らのヨーガを弁護するためのタントラ仏教徒の議論など、310ページ。


こちらでも挙げました

立川武蔵・頼富本宏編、『インド密教 シリーズ密教 1』、春秋社、1999
序論-密教とは何か(立川武蔵)//
第一部 仏教の密教;思想篇 インド密教の歴史的背景(立川武蔵)/密教の確立-『大日経』と『金剛頂経』の成立と思想(頼富本宏)/後期密教の思想と実践-父タントラ・母タントラ(野口圭也)/『時輪タントラ』-最高の不変大楽とは何か(田中公明)//
  図像篇 密教の尊格とその図像(田中公明)/後期密教のマンダラ-異形の神ヘールカのコスモロジー(島田茂樹)/インド密教の観自在(佐久間留理子)//
  美術篇 パーラ朝の仏教美術-仏・菩薩の図像を中心に(宮治昭)//
  実践儀礼篇 インド密教ホーマ儀礼(奥山直司)/灌頂儀礼(森雅秀)//
  補説 ジャワの密教(松長恵史)→細目はこちら//
第二部 ヒンドゥー教の密教→細目はこちら
296ページ。

立川武蔵・頼富本宏編、『チベット密教 シリーズ密教 2』、春秋社、1999
序論-チベット密教とは何か//第一部 チベットの密教→細目はこちら
第二部 ネパールの密教→細目はこちら
304ページ。

立川武蔵・頼富本宏編、『中国密教 シリーズ密教 3』、春秋社、1999
序論-中国密教とは何か(頼富本宏)//
歴史篇 中国密教の流れ(頼富本宏)/中国密教の祖師たち(岩崎日出男)/密教の寺院と霊場(静慈圓)/韓国の密教(洪潤植)/日中の密教交流(愛宕元)//
思想篇 中国密教の思想的特質(頼富本宏)/密教と護国思想(藤善真澄)/初期密教と道教との交渉(坂出祥伸)//
美術篇 中国の密教美術(頼富本宏)/敦煌の密教美術(奥山直司)/韓国の密教美術-善無畏系図像の新羅伝来を中心に(朴亨國)/中国ラマ教の遺したもの-金申/唐本図像の世界(泉武夫)//
実践儀礼篇 中国の密教儀礼概論(平井宥慶)/諸尊信仰の種々相(鎌田茂雄)/アジアに現存する密教儀礼(鎌田茂雄)/五臓身体観の神秘(田中文雄)など、358ページ。

立川武蔵・頼富本宏編、『日本密教 シリーズ密教 4』、春秋社、2000
序論-日本密教とは何か(頼富本宏)//
歴史篇 日本密教の成立と展開(頼富本宏)/日本天台の密教(大久保良峻)/空海伝の成立(岡村圭真)/興教大師覚鑁の生涯と思想(松崎恵水)//
思想篇 「自然」への還帰と空海の思想(廣澤隆之)/本覚思想と密教(末木文美士)/曼陀羅と浄土(立川武蔵)/山と密教(和田萃)/山林仏教の密教世界(菅谷文則)//
美術篇 密教美術の世界(有賀祥隆)/空海時代の密教絵画(安嶋紀昭)/密教彫像の成立と変容(伊東史朗)/密教法具(阪田宗彦)//
実践儀礼篇 密教儀礼の構造(宮坂宥洪)/修験道の儀礼(仲田順和)/四国遍路に新しい波-歩き遍路の体験を中心に(星野英紀)/修法空間の神秘(藤井恵介)など、376ページ。
………………………

経典の解説として;

頼富本宏、『「大日経」入門 慈悲のマンダラ世界』、大法輪閣、2000
序章 大日経への招待/大日経のふるさと/心のすがた/マンダラ世界に入る/響き合うほとけと人/ほとけとご利益/大日経のひろがり/現代と大日経など、370ページ。

頼富本宏、『「金剛頂経」入門 即身成仏への道』、大法輪閣、2005
序章 金剛頂経への招待/金剛頂経とは何か/金剛界マンダラの出生/秘密の世界へ/金剛界マンダラの展開/明王と菩薩のマンダラ/金剛頂経のほとけたち/金剛頂経のひろがり/現代と金剛頂経など、390ページ。

松長有慶編、『インド後期密教[上] 方便・父タントラ系の密教』、春秋社、2005
序 忿怒の仏が放つ宇宙エネルギー-父タントラと成就法集成(松長有慶)/『真実摂経』 後期密教の源流(川﨑一洋)/『秘密集会タントラ』 欲を生かし育てる(松長有慶)/『幻化網タントラ』 怒りの仏が迷いの幻網を打ち破る(松長有慶)/『ヤマーリ・タントラ』と『マハーヴァジュラバイラヴァ・タントラ』 呪殺の冥王たち(奥山直司)/『ナーマサンギーティ』 読経から瞑想へ(桜井宗信)/『ドゥルガティパリショーダナ・タントラ』 死者の救済と後生安楽を目指して(桜井宗信)/『サーダナマーラー』 成就法の花環(奥山直司)/アバヤーカラグプタの密教儀軌三部作と『阿闍梨所作集成』 インド密教儀礼の集大成(森雅秀)など、262ページ。

松長有慶編、『インド後期密教[下] 般若・母タントラ系の密教』、春秋社、2006
序 人間の生命力と宇宙エネルギーの共鳴-父タントラとカーラチャクラ・タントラ(松長有慶)/『サマーヨーガ・タントラ』 般若・母タントラの原形(田中公明)/『ヘーヴァジュラ・タントラ』 聖と性の饗宴(森雅秀)/『チャクラサンヴァラ・タントラ』 聖地と身体の宗教性(杉木恒彦)/『ブッダカパーラ・タントラ』 仏の髑髏が経を吐く(奥山直司)/『マハーマーヤー・タントラ』 男神の形をした女神(奥山直司)/『チャトゥシュピータ・タントラ』 「死」を「悟り」に転化する(川﨑一洋)/『サンプタ・タントラ』 温故知新(野口圭也)/『カーラチャクラ・タントラ』 インド仏教の総決算(田中公明)など、256ページ。
………………………

経典の翻訳ということで、すでに登場した;


岩本裕、『密教経典 佛教聖典選 第七巻』、読売新聞社、1975
序説//
大日経;解題/心の差別の章(住心品)//
金剛頂経;解題/金剛界大曼陀羅の儀軌の細則 初会「金剛界品」の前半ともいうべき「金剛界大曼陀羅広大儀軌品」第一に該当する部分(p.72)//
理趣経;解題/理智の完成へのみち//
パルナ=シャバリー陀羅尼;解題/パルナ=シャバリー//
孔雀明王経;マハー=マーユーリー陀羅尼//
守護大千国土経;マハー=サーハスラ=プラマルダニー陀羅尼、など、396ページ。


宮坂宥勝訳注、『密教経典』(講談社学術文庫 2062)、講談社、2011
原著は1986刊。
大日経住心品/理趣経/大日経疏(巻第1~3よりの抄)/理趣釈など、518ページ


津田眞一、『和訳-金剛頂経』、東京美術、1995
通序;通序/別序//
正宗分;五相成身/三十七尊の出生/一切如来の集会/灌頂作法/悉地を成就する智慧/大三法羯・四種印の智慧/諸儀則//
解説など、272ページ。

「いわゆる『初会金剛頂経』の『金剛会品』のうち、漢訳でいえば不空訳の三巻本、すなわち『金剛頂一切如来真実摂大乗現証大教王経』(『大正蔵』第十八巻、八六五番)に対応する部分の、サンスクリット原典からの翻訳」(p.9、p.22)。


酒井紫朗、「金剛頂經の第三會に就いて」、『密教研究』、no.71、1939、pp.117-147 [ < J-STAGE

松長有慶、『秘密集会タントラ和訳』、法藏館、2000
一切如来が三摩地に入り曼陀羅を加持する第一分/菩提心についての第二分/金剛の荘厳と名づける三摩地についての第三分/一切如来の心曼陀羅についての第四分/普遍なる行の最上なるものについての第五分/身語心の加持についての第六分/最勝なる真言行についての第七分/心の三昧耶についての第八分/勝義諦である不二の真実義の三昧耶についての第九分/一切如来の心髄を勧発する第十分/一切如来の真言の三昧耶であり、真実でもある金剛明呪の最上丈夫についての第十一分/三昧耶を成就する最勝を説く第十二分/金剛三昧耶の荘厳である真実義を観想によって悟る第十三分/身語心の不可思議なる真言を鉤召する奮迅王と名づける三摩地の第十四分/一切の心の三昧耶の精髄である金剛より出生したものと名づける第十五分/一切の悉地の曼陀羅である金剛を現等覚するものと名づける第十六分/一切如来の三昧耶と律儀である金剛の加持についての第十七分/一切の秘密の法門である金剛智の加持と名づける第十八分//
解説など、278ページ。

………………………

各論風に;

佐藤任、『密教の神々 その文化史的考察』(平凡社ライブラリー さ-17-1)、平凡社、2009
原著は1979刊。
月天/観音/聖天/明王など、336ページ。
同じ著者による→こちらを参照


正木晃、『性と呪殺の密教 怪僧ドルジェタクの闇と光』(講談社選書メチエ 257)、講談社、2002
チベット密教誕生への道;密教をどうとらえるか/密教への道/後期密教とは何か/チベット密教の歴史//
ドルジェタク登場;行者の息子/修行と挫折/秘法の成就/荒れ狂う呪殺の嵐//
光と闇;仏教者としてのドルジェタク/性的ヨーガ/女犯と肉食の論理/殺の論理//
ドルジェタク以後;ドルジェタクの最期/ツォンカパ以前/ツォンカパ以後//
チベット仏教の最終回答;ツォンカパの解答/ドルジェタクとは何だったのか/オウム真理教など、256ページ。


『マンダラ チベット・ネパールの仏たち』展図録、国立民族学博物館、2003
マンダラと新しい自然学(立川武蔵)//
マンダラの仏たち;密教パンテオンのほとけたち(山口しのぶ)/観自在菩薩とはなにものか(佐久間留理子)/軸装絵画(タンカ)の制作工程(小野田俊蔵)//
マンダラとは何か;マンダラ、その構造と機能(森雅秀)/後期密教のマンダラ(野口圭也)/ポン教のマンダラ(立川武蔵)//
マンダラの構造;マンダラ・仏塔・身体(吉崎一美)//
マンダラの儀礼;法界語自在マンダラの儀礼(伊藤真樹子)/日本のなかのマンダラ儀礼-曼陀羅供養における声明の世界(桜井真樹子)//
マンダラと現代;マンダラの可能性(正木晃)など、112ページ。

杉木恒彦、『サンヴァラ系密教の諸相 行者・聖地・身体・時間・死生』、東信堂、2007
序論/初期中世密教界/多次元的な聖地群の諸伝承/曼陀羅としての身体/外的な時間の輪/四輪三脈の多面的身体論/クリシュナ流の四次第/死兆と死のヨーガなど、440ページ。

頼富本宏編、『大日如来の世界』、春秋社、2007
インドの大日如来(頼富本宏)/ネパールの大日如来(森雅秀)/チベットの大日如来(森雅秀)/ジャワの大日如来(松長恵史)/日本の大日如来(頼富本宏)/中国の大日如来(今井淨圓)/韓国の毘盧遮那仏(朴亨國)など、256ページ。

津田真一、『反密教学』、春秋社、2008
1987刊本の改訂版。
『反密教学』の現在位置/序 『法華経』・願成就の哲学 〈大乗以後〉の仏教の原理と論理/密教理解の現位置/釈尊の宗教と華厳/大日経世界と空海/タントリズム瞥見 サンヴァラの儀礼と教義/『秘密集会タントラ』 インド密教に於ける即身成仏の思想とその儀礼/密教から反密教へ 『ヘーヴァジュラ・タントラ』に於ける真理の問題/空海の解釈学/稜線上の密教など、396ページ。


佐久間留理子、『インド密教の観自在研究』、山喜房佛書林、2011
第1部;研究目的、及び、研究対象の成立背景/文献学的研究/図像学的研究/宗教実践方法の研究//
第2部;翻訳研究/作例表など、620ページ。

仏教タントリズムにおいて、「行者が現前に尊格を観想し、それとの一体化を目指す実践方法を説いた」『サーダナ・マーラー(成就法蔓)』「と呼ばれる成就法の集成」(p.5)から、「十六種類の観自在菩薩の成就法を取り上げ、それらに説かれた図像の特色、また、成就法の特質について考察」(p.6)したもの。
こちらも参照


これ以外に;
朴亨国、『ヴァイローチャナ仏の図像学的研究、法藏館、2001
がありますが、定価36750円なので未見。
………………………

羽田野伯猷、「時輪タントラ成立に關する基本的課題」、『密教文化』、no.8、1950.2.20、pp.18-37 [ < J-STAGE

八田幸雄、「初會の金剛頂經における五類諸天について」、『印度學佛教學研究』、vol.15 no.2、1967、pp.695-.698 [ < J-STAGE

吉田宏晢、「密教の存在論-六大縁起を中心として-」、三枝充悳編、『講座 仏教思想 第一巻 存在論 時間論』、理想社、1974、pp.137-178
『大日経』の存在論/六大縁起論など

津田真一、「タントラ仏教に於けるヨーガの論理」、『理想』、no.535、1977.12:「特集 神秘主義」、pp.123-143
瞑想者と巡礼者/タントラ的ヨーガの条件/タントラ的ヨーガの三つの視点/大日経的世界と大日経的人間/金剛頂経の世界と即身成仏の論理/空飛ぶ円盤の二形式/『ヘーヴァジュラ』にみられるヨーガの論理のパラドックス

頼富本宏、「密教の密厳浄土」、『大法輪』、第55巻第7号、1988.7、「特集 仏教の世界観-迷いの世界と仏の世界」、pp.158-163

小林暢善、「真言密教の宇宙観-道場観を中心として」、『アジアの宇宙観』、1989、pp.306-323
道場観とは/器界観/楼閣と曼陀羅/瑜祇塔・金亀舎利塔と道場図など。

田中公明、「曼荼羅の生成理論」、『ドルメン』、再刊1号、1989.10、「特集 大地と子宮のアーケオロジィ」、pp.124-140
初期の曼荼羅/金剛界曼荼羅の生成理論/後期密教の曼荼羅生成理論/『時輪タントラ』の曼荼羅生成理論など

田中公明、「密教の胎児論 『時輪タントラ』の内品を中心にして」、『ドルメン』、再刊2号、1990.2、「特集 胎児の生命記憶 ネオテニー」、pp.62-72
『時輪タントラ』内品の構造/『倶舎論』の生理学説/大乗仏教の輪廻転生説/胎児と十権化/『時輪タントラ』の生理学説/『時輪タントラ』の受胎論、胎児論/胎児論と外・内・別三時輪など

堀内規之、「密厳国土論の変遷について」、田中純男編、『死後の世界 インド・中国・日本の冥界信仰』、東洋書林、2000、pp.253-286
中国における密厳国土/弘法大師空海と密厳国土/円宗と密厳国土/済暹と密厳国土/興教大師覚鑁と密厳国土など

津田眞一、「グノーシスと密教」、『グノーシス 異端と近代』、2001、pp.85-102
はじめに-「グノーシスと密教」という問題の必然性-/R.ブルトマンのグノーシス主義理解とその問題点/密教思想史から見たブルトマンの実存理解/『金剛頂経』世界のグノーシス的構制な

定方晟、『インド宇宙論大全』、春秋社、2011、pp.287-331、「第二部 仏教の宇宙観 第三章 金剛乗(密教)の宇宙観」
密教/胎蔵界曼陀羅/曼陀羅の起源/五輪塔/金剛界曼陀羅/タントラ/時輪タントラなど

杉木恒彦、「ハイブリッドな聖地の多次元性-仏教サンヴァラ系における異界の力-」、細田あや子・渡辺和子編、『異界の交錯 宗教史学論叢11』下巻、リトン、2006、pp.55-84
聖地の誕生神話、ハイブリッドな聖地/聖地のいくつかの次元/聖地群のいくつかの型など

西岡祖秀、「シャンバラ国について」、『印度學佛教學研究』、vol.55 no.1、2006.12.20、pp.474-468 [ < CiNii Articles
………………………

空海について;

宮坂宥勝、梅原猛、『仏教の思想 9 生命の海〈空海〉』、角川書店、1968
秘密の世界(宮坂宥勝);空海の生涯/密教とは 顕教と密教、密教を教えるもの/マンダラの世界 大生命の世界を開く、マンダラ世界の実現/人間精神の発展 人間の心のすがたを見つめる、限りなきもの/自己を完成する 目ざめたものとなる、深秘の瞑想/密教のシンボリズム/密教をめぐって 東密と台密、密教と浄土教、仏教の土着化、むすび//
密教の再発見〈対談〉(宮坂宥勝、梅原猛)//
死の哲学から性の哲学へ(梅原猛);偉大なる矛盾の人生/生命の秘密と知恵の秘密など、3124ページ。
なお本書も文庫化されているはずです(未見)。


『エピステーメー』、vol.2 no.7、1976.7、pp.7-175、「特集 空海と密教の思想」
哲学としての空海;空海の哲学(山崎正一)/空海の言語哲学(宮坂宥勝)/密教戒について 最澄と空海の場合(石田瑞麿)/大日経世界と空海(津田眞一)//
思想史としての空海;真言密教の比較思想史的考察(中村元)//
空海と密教;密教における俗と非俗の構造(松長有慶)/金剛乗の成立(H.v. グラーゼナップ、田中教照訳)/初期密教の成立 研究方法論試考(金岡秀友)/〈チベットの死者の書〉 死後の生存と意識の遍歴(川崎信定)//
空海と今日の〈知〉;空海とデリダの言語思想(森本和夫)/マンダラ的象徴表現(C.G.ユング、高橋巌訳)など


梅原猛、『空海の思想について』(講談社学術文庫 460)、講談社、1980
空海の二つの面/日本のインテリにきらわれた空海/空海の再発見/空界における密教思想の発展/空海の思想形成/密教の思想的特徴と全仏教の位置づけ/『即身成仏義』/『声字実相義』/『吽字義』/解説(宮坂宥勝)など、132ページ。

空海自身のテクストで近づきやすいものとして;

宮坂宥勝監修、『空海コレクション』1~2(ちくま学芸文庫 ク-10-1/ク-10-2)、筑摩書房、2004
1;序文(宮坂宥勝)/秘蔵宝錀(宮坂宥勝訳注)/弁顕密二教論(頼富本宏訳注)/解説(立川武蔵)など、420ページ。
2;即身成仏義(頼富本宏訳注)/声字実相義(北尾隆心訳注)/吽字義(北尾隆心訳注)/般若心経秘鍵(頼富本宏訳注)/請来目録(真保龍敞訳注)/解説(立川武蔵)など、488ページ。


神塚淑子、「付章 空海の文字観-六朝宗教思想との関連性-」、『六朝道教思想の研究』(創文社東洋學叢書)、創文社、1999、pp.415-439
「自然の文」/六朝仏教の文字論/六朝道教の文字論など
こちらも参照

ちなみに「付章」に対し本体にあたるのは「開劫度人説の形成」、同上、pp.361-414


上垣外憲一、『空海と霊界めぐり伝説』(角川選書 363)、角川書店、2004
小野篁の地獄往来/空海の観想世界/修法と観想の隆盛など、244ページ。

武澤秀一、『空海 塔のコスモロジー』、春秋社、2009
はじめに “建築家”空海が生んだ貴種//
柱、そして五重塔;塔と柱信仰-「掘立て柱モニュメント」から「心柱」へ/五重塔の不思議/中心から周辺へ-低落する塔の地位//
塔、その豊饒のかたち;塔のはじまり/歩くことと瞑想すること/嫌われた半球体/展望塔として、三次元座標として//
幕間 心のなかに“中心”がある//
空海創建の塔;柱がほとけになった/「地-水-火-風-空-…」が塔になる/空海の大塔を想像復元する/ぜひとも二つ必要だった大塔/胎蔵と金剛界、どちらを先に建立するか?/多宝塔から五重塔へ//
覚鑁の五輪塔/経典上の多宝塔//おわりに ほとけの中の塔など、268ページ。

こちらと、またあちらにも挙げておきます

同じ著者による→こちらを参照

また;
井筒俊彦、「意味分節理論と空海-真言密教の言語哲学的可能性を探る-」、『意味の深みへ』、1985、pp.238-278
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立川流について;

水原堯榮、『邪教立川流の研究』、富山房書店、1923/1968
序にかへて/立川流の開基任寛/立川流となるまでの道程/立川流の根本聖典/立川流の教格とその主張/立川流の大成者文観/文観の理趣經秘註を讀む/立川流の性的考察/立川流と性慾教育/立川流の宇宙観と人生観/高野山上立川流の開祖とその傳播者/立川流の概観(其一)/立川流の概観(其二)/四國巡禮の習俗とその納札の記文に顯はれたる男女關係/附載 立川流聖典目録類蒐など、226ページ。

真鍋俊照、『邪教・立川流』(ちくま学芸文庫 マ-19-1)、筑摩書房、2002
原著は1999刊。
仁寛の登場/邪教立川流とは何か/流刑地の任寛/邪法と立川流の構造/立川流と大宇宙の霊力/立川流的視点のおこり=清瀧明神/双身歓喜天(聖天)と真興夢想記/仁寛のみた立川流の心象/文観弘真のこと/玄旨帰命壇と立川流など、330ページ。


藤巻一保、『真言立川流 謎の邪教と鬼神ダキニ崇拝』、学習研究社、1999
起/初夜-髑髏本尊/二夜-吒枳尼天/三夜-如意宝珠/四夜-仏舎利/語夜-真言立川流/六夜-金輪聖王/七夜-北斗七星/結など、320ページ。
同じ著者によるこちら、またあちらも参照

vi. 仏教の神話など

仏教のページの最初の方で挙げた本が小野玄妙および鈴木暢幸のともに『佛教神話』と題されたものでしたし、弥勒や過去仏はじめ、随所で神話的なイメージは登場していますが、これ以外に;

彌永信美、『大黒天変相 仏教神話学Ⅰ』、法藏館、2002
方法論的序説//大黒天信仰の謎/人喰い女鬼と大黒天/「千人切り」説話と死と再生の儀礼/異形の仏弟子たち/不浄の神・炎の神/インドの宗教思想と仏教神話/日本密教の摩訶迦羅天像と盲目のアスラ・アンダカの神話/「鼠毛色」の袋の謎-大黒の袋1/兜跋毘沙門の神話と図像/クベーラの変貌/ガネーシャの太鼓腹-大黒の袋2/三面一体の神々-異形の福神たち/補説・中世日本密教の「異形性」について/旅の小休止など、706ページ。

彌永信美、『大黒天変相 仏教神話学Ⅱ』、法藏館、2002
プロローグ-旅はまだ続く//スカンダ/ガネーシャの神話圏;「兄弟神」の誕生/護法神・韋駄天の神話空間/鉢を飛ばす韋駄天神/韋駄天から文殊菩薩へ-厨房と食堂の神々/象頭神の歓喜-歓喜天の起源と観音/軍荼利の関係//
「我れ婦女の身を現じ……」-観音菩薩の女性化をめぐって;光明皇后の愛欲と聖性/光明の観音・誘惑する菩薩-観音女性化の予備的考察/慈母観音の誕生-「蓮華部母」から「送子/子安観音」まで/観音とシヴァ/中国の二つの説話-妙善説話と馬郎婦説話/妙善説話からの探求-魚と馬と劫末の炎/観音女性化への道/ふたたびインド、中央アジアへ-観音における女性性の「種子」?/エピローグ-布袋の袋・大黒の袋・盗みと恵比寿など、856ページ。

同じ著者による→こちらや、そちら、またあちらこなたに、そなた、さらにあなたも参照


長谷川明、『歓喜天とガネーシャ神』、青弓社、2002
歓喜天篇;歓喜天は福の神/歓喜天信仰の実際と渡来/歓喜天の形姿と意味/大根と歓喜団/双身歓喜天の由来/歓喜天の祭式/歓喜天利生記/歓喜天と立川流/歓喜天と廃仏毀釈//
ガネーシャ神篇;ガネーシャの祭り/ガネーシャの名前と形姿/ガネーシャ誕生/ガネーシャは風に乗る/ガネーシャ学問の神となる/ガネーシャの成立/ウッチシュタ・ガナパティ/ガネーシャと卍など、178ページ。

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マッソン・ウルセル、ルイーズ・モラン、美田稔訳、『インドの神話』、みすず書房、1959、pp.93-126
仏陀の物語/ジャータカ(本生話)/大勢の仏陀など

ヴェロニカ・イオンズ、酒井傳六訳、『インド神話』、青土社、1990、pp.309-333
ブッダの前世と現世での生涯/仏教の宇宙論と万神殿など

「仏教の神話」、『世界神話大事典』、2001、pp.1007-1026
仏教と神話の問題(ロルフ・A・スタン);概観/方法の問題/神々に関する仏教の概念//仏教神話の守門者 インドから日本へ(同);ヒンズー教/仏教/中国、日本、チベットの仏教など 
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宇井伯壽、「阿含に現はれたる梵天」、『印度哲學研究 第三』、岩波書店、1926/1965、pp.63-202
娑婆主梵天の讃嘆と勸請/娑婆主梵天の種々なる場合/創造神理想神梵天-當時の正統婆羅門の状態/常壯神梵天-常壯神梵天と他との關係一班及び發達/其他の梵天-辟支梵天/創造神梵天の特質-創造の意味-正統婆羅門の主義理想-前代との關係/修定主義と諸天界-種々なる系統-三界説-當時の下層階級の信仰/梵身天-梵衆天梵輔天大梵天-梵天と常壯神梵天と大梵天/娑婆主梵天と創造神梵天-佛陀の直説と阿含と梵天-他派の學説に対する佛陀/佛陀と正統婆羅門-梵天の譬喩的表現-梵乗と八聖道-法の意味と梵天-結尾など

中野義照、「原始佛教における転輪聖王」、『密教文化』、no.32、1956、pp.4-19 [ < J-STAGE

宮坂宥勝、「アスラからビルシャナ仏へ」、『密教文化』、no.47、1960、pp.7-23 [ < J-STAGE

中村元、「インドにおける神と仏の交渉」、『仏教思想史』、no.1、1979.11、〈神と仏 源流をさぐる〉、pp.47-124
仏教の出発期におけるブッダと神霊/神々を超えた〈仏〉 神格化への動き、仏、神々/仏の現われとしての神々など

妹尾匡海、「補陀落思想と『普門品』の問題点」、『印度學佛教學研究』、vol.35 no.2、1987、pp.538-540 [ < J-STAGE

田代有樹女、「摩訶迦羅天について : 発祥と図像学的考察」、『名古屋造形芸術短期大学研究紀要』、no.13、1991.3.21、pp.41-70

今井淨圓、「毘沙門天に関する研究ノート」、『種智院大学密教資料研究所紀要』、no.3、2000.3.21、pp.59-86 [ < CiNii Articles

佐久間留理子、「『カーランダ・ヴューハ』における観自在菩薩の身体観」、『印度學佛教學研究』、vol.55 no.1、2006.12.20、pp.421-416 [ < CiNii Articles

佐久間留理子、「諸天を生成する観自在の二類型」、『印度學佛教學研究』、vol.59 no.1、2010.12.20、pp.525-520 [ < CiNii Articles
こちらも参照
2つ目の論文については→こちらでも挙げています

岩井昌悟、「マーラの變容 : 死魔から他化自在天へ」、『印度學佛教學研究』、vol.58 no.1、2009.12.20、pp.364-359 [ < CiNii Articles
………………………

上掲の〈化仏〉同様(→こちら)、〈装飾〉ないし〈荘厳〉の問題とからんで、〈蓮華化生/天人誕生〉という興味深い図像について論じた文章を含むのが;

吉村怜、『中国仏教図像の研究』、東方書店、1983
序/廬舎那法界人中像の研究/雲崗における蓮華化生の表現(→こちらに再録)/雲崗における蓮華装飾の意義/龍門北魏窟における天人誕生の表現/鞏県石窟における化生の図像/百済武寧王妃木枕に画かれた仏教図像/天寿国繍帳と金銅灌頂幡に画かれた天人誕生図/曇曜五窟論/南北朝仏像様式史論/止利式仏像の源流//
付録洛陽永寧寺塔址出土の塑像/玉虫厨子台座供養図に画かれた奇蹟/東大寺大仏開眼会と仏教伝来200年/薬師寺仏足石記と書者神直石手など、310ページ。

吉村怜、「天人の語義と中国の早期天人像」、『佛教藝術』、no.193、1990.11、pp.78-90

関連して〈飛天〉について;

林温、『飛天と神仙 日本の美術 No.330』、至文堂、1993.11
序 飛天と神仙-玉虫厨子の例から//
飛天-インドから西域へ;インドの飛天/西域の飛天//
中国の仙人と飛天;中国の飛天/中国の仙人/仙人と飛天の出会い//
朝鮮の仙人と飛天//
日本の飛天と仙人;飛鳥白鳳時代の飛天と仙人/天平時代の飛天/正倉院の仙人像/飛天と仙人の混在/平安時代以降の遺品//
結び//
古代インドにおける飛天の図像(秋山光文)など、98ページ。


真鍋俊照、「飛天の系統と諸問題」、『印度學佛教學研究』、vol.41 no.1、1992.12、pp.313-318 [ < J-STAGE

また
高橋宗一、「北魏墓誌石に描かれた鳳凰・鬼神の化成」、『美術史研究』、no.27、1989、pp.87-104

小杉一雄、「薬師寺東塔水煙の天人は天男・天女・天童の天族である」、『美術史研究』、no.29、1991、pp.1-12

勝木言一郎、『人面をもつ鳥 迦陵頻伽の世界 日本の美術 No.481』、至文堂、2006.6
佛教における人面鳥と有翼人物/迦陵頻伽/共命鳥/乾闥婆 ガンダルヴァ/迦楼羅 ガルダ/緊那羅//
付論;中国神話における人面鳥と有翼人物/古代地中海世界における人面鳥と有翼人物など、98ページ。

同じ著者による→こちらを参照

森豊、『シルクロードの天使 改訂版』、1972/1882

『アジア遊学』、no.14、2000.3、pp.2-155:「特集 天女 そして天空を舞うものたち」
も参照

おまけ

仏教の宇宙論を位置づけるためには、
仏教内部でのその展開および、ヒンドゥー教、ジャイナ教等のそれらとの関連はもとより、
宇宙論的な問題に対する判断停止としての〈無記〉、そこからの飛躍として、反形而上学と形而上学の稜線上にある〈無我〉、〈縁起〉、さらにその展開であろう〈空〉との関係をおさえる必要があるでしょうし(→こちらでは根拠もなくいい加減な妄説を言っていますが;「宙吊りの形相」)、
他方、『法華経』や『浄土三部経』などにおける宇宙論的イメージ、後者からは源信の『往生要集』へとつながり、
あるいは〈唯識〉や〈如来蔵〉といった主題も視野に入れるべきなのでしょうが、手に余ること甚だしいので、
話を変えて西欧から見た仏教像についた述べた本二冊を挙げておきましょう;

ロジェ=ポル・ドロワ、島田裕巳・田桐正彦訳、『虚無の信仰 西欧はなぜ仏教を怖れたか』、トランスビュー、2002
原著は
Roger-Pol Droit, Le cult du néant : les philosophes et le bouddha, 1997
序章 仏教への誤解//信仰の誕生(1784年~1831年);ブッダとは何か/ブッダの正体/浮上する信仰/虚無としての神//
脅威(1832年~1863年);虚無への恐怖/仏教徒ショーペンハウアー/人種差別の神話/人類の終末//
衰退(1864年~1893年);仏教的衰弱/ペシミズムの時代/結論 悲劇の予言//解説(島田裕巳)など、372ページ。

フレデリック・ルノワール、今枝由郎・富樫瓔子訳、『仏教と西洋の出会い』、トランスビュー、2010
原著は
Frédéric Lenoir, Le rencontre du bouddhisme et de l'Occident, 1999
序論//幻想の誕生-古代、中世、ルネサンス、前近代-;仏教はギリシャとインドをつないだか/中世の旅行者たち/中世のチベット神話/宣教師たちによる発見-十六世紀から十八世紀まで-/「ラマ教」の幻惑-一六二〇年から一八五〇年まで-//
仏教の発見-一七八〇年から一八七五年まで-;「東洋ルネサンス」/キリスト教の強敵/ショーペンハウアーと「仏教厭世主義」/ニーチェと「仏教虚無主義」/「無神論」と「虚無」の宗教//
神智学と仏教近代主義-一八七五年から一九六〇年まで-;ロマン主義仏教/神智学協会の誕生と発展/「仏教近代主義」と最初の改宗者たち/禁断のチベット/仏教書の出版と知識人の系譜//
さまざまな弟子たち-一九六〇年から一九九〇年まで-;カウンター・カルチャーとチベット仏教のテレビ放映/坐禅の広まり/西洋のラマたち/テーラヴァーダ仏教の実践//
仏教ヒューマニズムの展開-一九八九年から二十一世紀へ-;序-一九八九年の出来事-/新たな精神革命/ダライ・ラマと仏教のメディア化/ふたたび魔法にかけられて/結び 内なる東洋への鍵など、384ページ。


J.L.ボルヘス、『七つの夜』、2011、pp.101-130:「第4夜 仏教」
ボルヘスについて→こちらも参照

美術の方面からは、ルドンによる《仏陀》の1点; 
ルドン《仏陀》 1905頃  ルドン
《仏陀》
1905頃


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仏教に材を得たフィクションとして、冒頭および弥勒のところでいくつか挙げましたが、その内、山田正紀『弥勒戦争』(1976)には、重要な小道具として調達(デーヴァ・ダッタ)が書き残したとされる『無嘆法経典』なるものが登場します。光瀬龍の『百億の昼と千億の夜』で語られる『摩尼宝楼閣一切瑜伽瑜祇経』とあわせて玩味したいところですが、とまれデーヴァダッタをめぐっては、また;

中勘助、『提婆達多』(岩波文庫 緑 51-5)、岩波書店、1985(原著は1921年刊)
鯨統一郎、『タイムスリップ釈迦如来』(講談社ノベルズ クN-03)、講談社、2005
などがあります。

本家については、

中野義照、「デーヴァダッタをめぐって」、『密教文化』、no.52、1961、pp.1-10

岩本泰波、『ユダと提婆達多 救いなき人間の救い』(レグルス文庫 157)、第三文明社、1983
などをご参照ください。
ちなみに後者の目次は;
序 イスカリオテのユダと提婆達多//ユダの“縊死”と提婆の“生身堕獄”//ユダの“後悔”と提婆の“悔恨”//“提婆の堕獄”と“ユダの審判”;「自業自得」と「神の審判」/「獄中の提婆」と「舎利弗・目蓮の地獄下向」/“ユダの審判”と“提婆の応報”//救いなき人間の救い;キリストの冥府下降/「提婆“尊者”」と「棄てられた者の“選び”」など、248ページ。

ユダにからんで、→こちらにも挙げました

ヘルマン・ヘッセ、高橋健二訳、『内面への道-シッダールタ-』(新潮文庫)、新潮社、1959
原著は Hermann Hesse, Siddhartha. Eine indische Dichtung, 1922

ちなみにヘッセの『シッダールタ』に触発されたというのが


Yes, Close to the Edge, 1972(邦題:イエス、『危機』)(→こちらでも挙げています
のA面全てを占めるタイトル曲でした。
この点について;
福島恵一、「イエス-爆発するノンセンス、引き裂かれた牧歌」、『イエス プログレッシヴ・ロックの奇蹟』(文藝別冊 KAWADE夢ムック)、河出書房新社、2016、pp.150-163 中の pp.158-160


須弥山を主題としたものとして;

夢枕獏、『上弦の月を喰べる獅子』、早川書房、1989
同じ著者による→こちらを参照

著者にはまた、シッダールタを主人公とする
夢枕獏、『幻獣変化』(双葉文庫 ゆ 01-2)、双葉社(原著は1981年刊)
とその続篇
 同、 『涅槃の王』(全6巻)、祥伝社、1991-1996
があり、他にもしばしば何らかの形で空海が登場しますが、それはさておき、

『上弦の月を喰べる獅子』で重要な役回りを当てられた宮沢賢治には;

宮沢賢治、『インドラの網』(角川文庫クラシックス み 1-8)、角川書店、1996
の表題作(生前未発表)があります。
この点に関連して;
吉村悠介、「『羅須』からめぐるふたつの須弥山-宮澤賢治『羅須地人協会』命名考」、『年報新人文学』、no.5、2008.12.31、pp.260-305 [ < 北海学園学術情報リポジトリ(HOKUGA)
参照。また→こちらも参照

忘れてならないのは、

谷崎潤一郎、「ハッサン・カンの妖術」(初出1917)、千葉俊二編、『潤一郎ラビリンス Ⅵ 異国綺談』(中公文庫 た 30-34)、中央公論新社、1998

および当作の「ほとんどすべて」を「解説を交えて」写したという(下記p.110)

稲垣足穂、「梵天の使者-谷崎潤一郎からのコピー-」、『男性における道徳』、中央公論社、1974/『稲垣足穂全集 13 タルホ拾遺』、筑摩書房、2001
こちらでも挙げましたが、さらに、本作に関して;
高橋孝次、「ハッサン・カンの須弥山めぐり-稲垣足穂、天空へのまなざし」、一柳廣孝・吉田司雄編著、『天空のミステリー ナイトメア叢書 3』、青弓社、2012、pp.46-60
足穂については→こちらも参照

谷崎作品だけでなく、須弥山談義こそ欠くものの、こちらも写されているのが;


芥川龍之介、「魔術」(初出1920)、東雅夫編、『芥川龍之介集 妖婆 文豪怪談傑作選』(ちくま文庫 ふ 36-14)、筑摩書房、2010
ちなみに芥川には;
「アグニの神」(初出1921)、同上
もあります。

山田正紀、『延暦十三年のフランケンシュタイン』、徳間書店、1988
延暦(えんりゃく)13年=西暦794年。空海が主題です。
山田正紀について→こちらも参照

石川英輔、『SF妙法蓮華経』、講談社、1989
→同じ著者の『SF西遊記』(1976)も参照

荻野真、『孔雀王』(全11巻)(集英社文庫 お 33-1~11)、集英社、1997(原著は1986-1990年刊)
その後続篇も出たようですが、いったん完結ということでおくとして、タイトルの〈孔雀王〉については、ヤズィード派の神話にも言及されていますが(第9巻、「孔雀城」、pp.280-281、本作中では「イエディ族」と表記→こちらにも挙げておきましょう。またあちらにも)、基本は密教の孔雀明王なので。

ちなみに孔雀明王の図像については;


増記隆介、『孔雀明王像 日本の美術 No.508』、至文堂、2008.9
はじめに/弘法大師様の成立と展開/宗叡請来像の行方/仁和寺本とその周辺//
鼎談 孔雀明王像を見ながら-仏画研究の展望-(吉村稔子、大原嘉豊、増記隆介)など、98ページ。
目次にある「弘法大師様」の語については、p.22 参照


石川賢、『虚無戦記』(全5巻)(双葉文庫 名作シリーズ い-31-05, 07, 09, 11, 14)、双葉社、2002
この作品の成立過程はややこしくて、『500光年の虎』(1982)や『虚無戦史 MIROKU』(1988-90)などの旧作を吞みこむ形で組みたてられているとのことです。詳しくは[→「虚無戦記シリーズ」<「石川賢の部屋」<「ビバ!ダイナミック」]
石川賢については→こちらも参照
音楽の方から;
絶対無、『Miroque 〈弥勒〉』、2007(1) 

想い出波止場、VUOY、1997(2)
の7曲目「マイトレーヤ」


1. 『ユーロ・ロック・プレス』、vol.32、2007.2、p.50。 

2. 大鷹俊一監修、『ヤング・パーソンズ・ガイド・トゥ・プログレッシヴ・ロック』、音楽之友社、1999、p.216。松山晋也監修、『プログレのパースペクティヴ MUSIC MAGAZINE 増刊』、ミュージック・マガジン、2000、p.163。→こちらも参照

2013/07/19 以後、随時修正・追補
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