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E.D.LABO デザイン論研究会 7、1989.1.21  
宙吊りの形相 − 睡眠不足の人のために
(宇宙論史より、形象譜として U)


石崎勝基
 

 最後にあげられるのは想像的世界であるが、これは純粋な光の諸存在の叡知的な世界と、感覚的世界の中間に位置している。そしてこの世界を認識する固有の器官は、能動的想像力である。これはプラトン的イデアの世界ではなく、諸形相と《吊された》諸イマージュの世界である。この最後の表現は、これらの映像が(例えば赤い色が赤い物体に内在するように)物質的な基体中に内在するものではなく、それらが、鏡に映る、いわば[アラビア語固有の表現である]《吊された》映像のように、自らの姿をあらわす神的顕現の場をもっているという意味なのである。これは感覚的世界のあらゆる豊かさ、多様性を見出しうる世界であり、またマラクートの扉にあたる、現存し自立する精妙な形相と映像の世界なのである。ジャバルカー、ジャーバルサー、フールカルヤーといった神秘的な諸都市が存在するのは、この世界においてのことである。

 上の文章はアンリ・コルバンの『イスラーム哲学』から引いたものである(黒田・柏木訳、岩波書店、1974、p.252-253)。コルバンはこの主題のために、別に一書を捧げている(
Corps spirituel et terre céleste, de l'Iran mazdéen à l'Iran shî'ite, Paris, 1979)。そこでは、イスラーム以前のゾロアスター教までさかのぼりつつ、コルバンが専門とする、イラン・シーア派を中心とした〈中間世界〉をめぐるさまざまな記述が展開されている。引用の冒頭に見えた〈想像的世界〉をコルバンはラテン語で mundus imaginalis と訳しているが、イデアの世界と地上の感性界を仲介するとされるこの中間世界は、小宇宙(ミクロコスモス)における悟性と本能を仲介する想像力に照応し、書名の〈霊的な身体と天なる地〉が示すように、上下の両世界に属する元素が、ある特殊な形で結びつく領域である。偶然と流転に支配される物質界ではないが、そこにある諸存在は抽象的な理念とはことなり、あくまで具体的な形態、イマージュとして立ち現われる。「消極的な評価を下すならばこの世界は、人間を神から距てる帳りの宇宙的迷路であるといいうるが、積極的評価をするならば、これは地上の人間に喜びを与えうるあらゆるもの、本来の形体、色彩、香り、味を内に含んでいる楽園の状態そのものだといえるのだ」(N.H.ナスル「ペルシャ・ミニアチュア絵画における“想像世界”と空間の概念について」、黒田訳、『オリエント』、vol.]U、no.1-2、p.125)。文中に登場した諸都市やその位置をめぐる地誌が語られるのはそれゆえで、〈宙吊りの形相〉という言い回しもこの点に由来する。

 プラトーンとアリストテレース以来のギリシャ的思惟とその後継者たちにおいて、存在者は形相(エイドス)質料(ヒューレー)の合成として把握される。形相−イデアはたとえば、一軒の家の完成を予想した見取図であり、質料(マテーリア)はそれを実現するための木などの材料のようなものとの比喩をどこかで読んだ記憶があるが、この世界においては形相と質料の結びつきはかりそめのもので、時の流れに分解してしまう。これに対してプラトーンは、複数の個体に共通する形相をより本質的なものと考え、個物を超越する常住不変のイデアを設定した。しかし超越というかぎりにおいてイデアと個体との関係には説明しきれない部分が残らざるを得ない。アリストテレースを待つまでもなく、後期のプラトーンにおいてこの問題は自己批判の対象であった。

 他方思考というものはつねに、〈今・ここ〉の外にその起源を求めるべく運動するものであるらしく、イデアの超越を批判したアリストテレースにしてからが、あくまで非存在としながらも、個別の質料の基盤をなすものとして第一質料を仮想している。以後のギリシャからユダヤ、イスラーム、中世キリスト教の形而上学における世界の模型は、イデアと第一質料を上端と下端に配して構想されることになる。このモデルを整理した形で示したのがプローティーノスら新プラトーン主義者たちで、宇宙は分割し得ぬ一者から、超越的なイデアである諸叡知(ヌース)(プシューケー)、形相と質料がかりそめに結んではほどける月下界、そして第一質料にいたる階層をなす。そして非存在である第一質料をのぞいて、一者以下の諸存在を生み出すのは、みちあふれる一者よりの流出である。
 ただしプローティーノスにおいても、〈流出〉自体は、太陽が光を発するごとく等々、最終的には比喩的にしか記述し得なかったことを憶えておこう、ちょうどデカルトが自動機械たるべき世界の開始に神の一撃を導入せざるを得なかったように。流出もまた、超越という事態 − 超越者の存在以上に〈事態〉の方にこそポイントを見るべきであろう − を説明するための神話にほかならない。また、一者から流出した多であるところのヌースの存在する場について、〈叡知的質料〉という、本来の流出論的連鎖からすれば夾雑物的な存在が時に設定され、それが議論を引き起こすことになる。この叡知的質料なる語も、先の〈霊的な身体〉、〈天なる地〉そして〈宙吊りの形相〉と相似た位置を占めているといえよう。

 新プラトーン主義の宇宙の階層は、アリストテレースの宇宙モデルにならい、かつそれを内に含みこむものとなっている。アリストテレースは超越的なイデアの存在を否定したものの、空想によらず彼は認知し得た限りの事象に基づいて、生成消滅に服する領域を宇宙の中心に存在する地球と大気のそれとし、その上層により規則正しい運行を示す月から太陽と五惑星の領域、そして最も規則的な恒星圏とたまねぎ状の階層をなす宇宙を構想した。月下界は地水火風の四元素に支配され、月以上は第五の元素であるアイテールからなる。星々は神々でもある。
 ここでも思考は、今・ここを越え起源を求めて遡行し、そこに至るまでの段階的な階梯を描き出したといえよう。そして現実の存在者である星々のために設定されたアイテールは、地上を占める四大とはことなる質料なのである。
 
Shaykh Ahmad Ahsâ'î は想像的世界に存在する都市フールカルヤーの地が、第九天の凸状の表面から始まると述べているという(Corbin, ibid., p.106)。これは中間世界が、物理的宇宙の空間の枠外にあることを意味するのだとコルバンは記しているが、逆にみれば、アリストテレース以来の伝統における宇宙が有限とされていたことが想起されよう。
 アリストテレースにとって、あるものの〈場所〉は「そのものとそれを含むものとの境界面」であり、宇宙の外には何も存在せず宇宙は何によっても包まれていない、それゆえ最も外側の天球はいかなる場所にも存在し得ないという。遠藤真二氏が指摘するように、ここには、二十世紀の相対論的宇宙論において観測者によって観測されずまた外挿もされ得ない限り、時空の〈外〉 − 空間上この宇宙の外であれ、時間上(膨張宇宙が爆発する t=0 以前)であれ − については語り得ないとされることを思わせるものがある、それでも超宇宙を思考することはできるのだが。
 それはともかく、アリストテレースの組み立てた有限宇宙に対し、エピクーロス派はデモクリトスの原子論を受け継いで宇宙の無限を主張した。
 「なお、現に存する限りの空間を、かりに今もし有限なりとし、誰かをその究極の縁まで進ませ、極地に立って、投げ槍を投げさせる、としてみたまえ。…(中略)…何故ならば、何かこの投げ槍をさえぎるものが、また投げられた方向に行き着くのをさまたげ、標的に止まるのをさまたげるものがあるか、もしくは、それを越えて先へ投げ槍が進むか、いずれにしても、投げ槍の投げられた地点は限界とはならない。このような工合に、私は何処までもあとを追って、何処へ君が限界を置こうが、私は聞くであろう、『投げ槍は、結局どうなったのか?』と」(ルクレーティウス『物の本質について』、樋口訳、岩波文庫、1961、p.53-54)。
ここで重要なのは議論自体以上に、議論をひきおこした「その先は?」という問い、というよりはむしろ、そう問わせる思考の運動である。アリストテレースにしてからが、宇宙の〈外〉なるものを意識した上で、規定されないがゆえに秩序を壊してしまいかねない〈外〉の無限性から宇宙(コスモス)を守らんとしたところから出発しているのだと言えるかもしれない。「その先は?」という問いないし問いへの運動を誰よりもアリストテレースが理解していたであろうことは、彼があみだしたいわゆる〈神の宇宙論的証明〉によくうかがわれる。事象にはすべて原因があり、その糸を遡及していくことができる。動かされるものがすべて他のものによって、すなあち動かされる或るものによって動かされるのであるとすれば、他のものによっては動かされることのない第一の動者がなくてはならない。
 不動の第一動者とは、単に因果の系列をストップさせる合理的な説明を与えるために設定されたのではあるまい。因果の連鎖を有限に落ち着かせるために第一動者が設定されるというよりは、第一動者が無限を引き受けることによってこそ、因果の連鎖が浮動を免がれ得るのだ。むしろ、因果の系列が無限に遡及してしまうがゆえに、究極の原因が無限の彼方に見出されざるを得ないといえようか。第一動者こそが無限そのものにほかならない。そしてそれを実在と呼ぼうと非在と見ようと、無限が無限としてそのひろがりと亀裂において現われる時、有限なるものどもは無限へのへだたりと傾きのなかでその輪郭を区切られ、たとえば〈意味〉のようなそれの外なるものではなく − 外なら無限にあり、そちらへの傾きで充分なのだ −、それ自身以外のなにものでもない〈形〉となるのであろう。事象の連鎖とは、相連なる形の謂いである。

 エピクーロス派と彼らが範とした原子論者たち以前においてすでに、イオーニア学派のアナクシマンドロスやアナクシメネースにおいて世界の複数性は提唱されていたらしい。もっともこれが空間に無限の宇宙が並存することを意味するのか、時間の上でのこと − 永劫回帰 − なのか、必ずしも定かでないようなのだが。いずれにせよ、アナクシマンドロスにおける複数の宇宙の主張は、彼が始源(アルケー)を〈無限定なるもの(ト・アペイロン)〉としたことから導き出されたもようで、さらに宇宙の形態もはっきりした輪郭を得る。後代の学説誌家たちの記すところでは、無限定なるものから一種の渦によって熱と冷が分離し、そこから円筒形の大地が生じる、さらに大地の周囲では炎が環のなかに閉じ込められて天体になる、といったすじみちとのことである。
 ヨーロッパにおいて宇宙の無限性は、先に触れたようにエピクーロス派のアリストテレースに対する論争として展開されて後、ルネサンス期になってニコラウス・クザーヌスやジョルダーノ・ブルーノによって復活させられることになる。一方インドでは仏教が、輪郭のはっきりした宇宙を無限に増殖させる。紀元前後のインドでは、中心に巨大な山 − メール山(須弥山)を置き、その周囲を大陸と海が環をなして囲み、最後に外周を山脈が閉じるという宇宙が一般に考えられていた。この外周の山はインド教では〈ローカ・アローカ山〉といい、「この名称は『世界・非世界(の境)』という意味であって、その外は宇宙の涯まで『暗黒』が続いている」という(松山俊太郎「古代インド人の宇宙像」U、『エピステーメー』1976.7、p.164)。
 輪郭がはっきりすればするほど限定し得ぬ深淵は戦慄すべきものとなるのであろう、インド教はすでに宇宙の永劫回帰説を有していたが、仏教が空間的にも宇宙を無限化したのは、その教義の核をなす〈無我(アナートマン〉〉論に由来するものと思われる。原始仏教における無我説は、常住の実体である(アートマン)の存在を否定するというよりは、一種の判断停止であったらしく、だからこそ〈十四難無記〉 − 常住の実体の存否、存在の起源に関する問いを無益としていましめたのだが、それが含意する相対主義は、宇宙の模型にも及びつつむしろそれを増殖させることになった。まず、人間が住む大陸が宇宙軸であるメール山に接した中央の位置から、周囲に四つあるうちのひとつにずらされる。メール山の上にのびる七つの天は、一須弥山上の欲界六天と初禅三天、さらに千須弥山界を一つの単位として、二・三禅六天で中千世界、その千倍の世界に四禅八天をもって三千世界とする。垂直に三千世界に六欲天・色界十七天となるが、これに無色界四処が重なる。色界までは物質的な時空で、各天の住人は上に昇るにつれて時間的・空間的に巨大化するとともに存在様式も進化していく。無色界になると〈(ルーパ)〉、すなわち形而・空間を超越するがいまだ時間に束縛されている。そして無色界を上昇してもついに究極には至りつかず、無限遡及するのみである。この空間上の増殖はさらに、やはり段階的な宇宙の輪廻 − 六十四転大劫説と組みあわされている。
 宇宙〈内〉の階梯をいくら昇っても、仏教の考える救済にはたどりつかないということなのだろうが、むしろ注意すべきはどこまでも世界に世界を重ねて記述しつくそうとする思考の運動であろう。たとえばイレナエウスの伝えるバシレイデス
 最高神〈生まれざる父〉より初子として〈叡知(ヌース)〉が生まれ、ヌースより〈言葉(ロゴス)〉が、ロゴスより〈思慮(プロネーシス)〉が、プロネーシスから〈智恵(ソピアー)〉と〈(デュナミス)〉が生まれた。この最 後の二者から多くの〈(アルカイ)〉と〈権威(エカスーシアイ)〉と〈天使(アンゲロイ)〉が生じた。そして此等三者によって第一天が構成された。次に此等より他の諸力又は天使等が流出して第二天を形造り、更に此から第三 天、第四天と降下流出して遂に三百六十五天にまで至るのである。それ故一年は天の数に応じて三百六十五日あるのである。此の可見的な最下天の天使共が 地上の万物万民を造り出し、各自これを分かち合い、又その民どもを自分に隷属せしめた。
これは古代末のグノーシス主義の教説のうちでは比較的単純な方で、魔術師シモンからマンダ教、マーニー教にいたる多くのグノーシス諸派には、さらに錯綜した神話を展開するものが少なくない。グノーシス一般においては世界拒否の感情に発して、アリストテレース的な恒星天にいたるまでの可見的宇宙をすべて低位の神ないし悪神の創造に帰し、その上層にあるいは分離して、うち重なる神的存在の世界をかいま見た。この超宇宙的な神界を〈充溢(プレーローマ)〉と、それぞれの神的存在を〈永劫(アイオーン)〉と称する。
 やや遅れて新プラトーン主義者たちがアリストテレース的宇宙の上に、霊−叡知−一者の層を体系化したことはすでに触れたが、激しい〈反宇宙的二元論〉をその核とするグノーシス主義は、宇宙の秩序(コスモス)を拒否した分一層プレーローマを錯綜したイメージでみたそうとしたのである(最も新プラトーン主義もプローティーノス以後複雑化するが)。概説的なキリスト教史などを見ると、正統−異端の観点からグノーシス諸派の教説をいたずらに複雑でグロテスクなものとしてしりぞける場面にしばしば出くわすが、グロテスクとの記述が必ずしも間違いとはいえないにせよ、そこに価値判断を交えるべきではあるまい。むしろここには、今・ここに自分がいる場所と、今・ここでない、しかしあり得る何かとの亀裂があまりにも大きいと意識しつつ、そこにことばをみたしていくことで亀裂を埋めようととする営なみを見るべきであろう。語らねばならないのが語り得ぬものであるがゆえに、ことばは論理的たるべくもなく、物語(ミュートス)とならざるを得ない。物語(ミュートス)である限りにおいて、まだ語り得ぬことの支えなき虚空で照合すべき何もないため、ことばは意味や象徴ならぬ、おのれ以外のなにものでもない、ことば同士の関係のみをもつ形、いいかえれば〈宙吊りの形相〉と化す。そして形相が宙吊りとなる時いつもそうであるように、それが属するのは中間世界、今・ここと〈外〉との仲介なのである。

 語り得ぬものを語ろうとする記述の運動であるがゆえに、グノーシス神話は固定したドグマではなく、「各人が画家や作家の弟子のように、教わったことを修正したり変形したりして、自分自身の知覚を表現することが期待されていた」のであろう(ペイゲルス『ナグ・ハマディ写本』荒井・湯本訳、白水社、1982、p.61)。同様のプレーローマの記述はイスラームの神知学(イルファーン)、ユダヤのカッバーラーその他多くの例をあげることができよう。日本神話における天之御中主から伊邪那岐・伊邪那美にいたる神統譜もこの点で変わるものではない。
 プレーローマの記述は、イメージを積み重ねることで今・ここにないものを現わしめようとする時確かにグロテスクの相を帯びることが少なくなく、〈異形の神学〉とでもいうべきものとなる。
 …この二つについで第三の元祖(アルケー)がこの二つのもの、すなわち水と土から生まれたが、これは龍で、両側に生え出た牡牛と獅子との頭を、その真 中に神の顔を持ち、また肩に翼を持っていた。この龍はまた不老のクロノスとも、ヘラクレスとも呼ばれていた(オルフェウス教神譜より、山本光雄訳編『初期ギリシャ哲学者断片集』、岩波書店、1958、p.1)。
このような記述に、たとえば秘教的な解釈が施されたことがあったとしても、それでイメージの持つ力が説明されるわけではあるまい。むしろまずイメージがあり、それをさまざまな解釈が追うのみであろう。そしてことばはおのれ以外の何ものでもないがゆえに、意味も質料もない透明な形として極大をはらむことができる。仏教における三千世界の増殖は、あたかも思考の必然であるかのように、蓮華蔵世界の光景にいたる。微塵のうちに十方世界を見、刹那が十世を映す、過去劫が未来劫に入り未来劫が過去劫に入る。あるいはブレイクの −
  一粒の砂に世界を
  野の花に天を見るために
  てのひらに無限を
  ひとときに永遠をとらえよ
            (土屋繁子訳
ライプニッツの単子(モナド)は「宇宙の活ける鏡」であり、パスカルのダニはその血の一滴に宇宙をひそめ、ボルヘスの「アレフの直径は二、三インチというところだろうか、しかし宇宙空間がそっくり原寸大のままそこにあった」(土岐恒二訳)。これらのイメージはいずれもくっきりとした輪郭を持っている。すなわち宇宙から意味も質料も捨象して、ただ形としてのみ眺める位置に立っているのである。だから宇宙は透明となり、他のあらゆるものを映すことができる。プローティーノスが −
 「すべてのものが透明で…(中略)…すべての者がすべてのものを自己の内に有してもいるし、また他者の内にすべてのものを見るのであるから、あらゆる所にあらゆるものがあり、あらゆるものがあらゆるものであり、またそれぞれのものがあらゆるものであって、その輝きは無限」(水地宗明訳
となるのを叡知(ヌース)界における観照としたのも、そこが質料のない形相のみの世界でありつつ、なお何らかの意味での視覚によってとらえられるからであろう。

 スコラ学が天使を純粋な形相の存在としたように、〈宙吊りの形相〉は常に語り得ぬもの、外なるものに対する仲介者としてある。しかしそれは決して、何ものかの寓意や象徴ではなく、それ以外の何ものでもありえない。杉浦康平氏が「コスモスとは、単なる宇宙誌的記述のなかにあるものではない。全世界・全宇宙と、自らの心・総体が出会うこと」(『アジアの宇宙観』、講談社、1989、p.432)と記すとして、後半はともかく、個々の具体的な記述を欠いた宇宙誌などそれこそ抜け殻であろう。世界の中心に須弥山がそびえ立つことを無視して仏教の宇宙論と現代の物理学的宇宙論の類似を説くことには何の意味もない。また宇宙論は全体性の回復のためにあるのでもあるまい。そもそも宇宙論の細部が詳細になり大がかりになるのは、多く文明なり信仰なりがある程度爛熟してからで、その文明ないし信仰の初発的な生命力はすでに失なわれている場合がほとんどであろう。宇宙全体の模型は多かれ少なかれ複合的な創作神話と化し、イメージはそれ自体のためにつけ加えられる。ヘルモポリスの宇宙以前の八柱神は蛇と蛙の頭部を有し、ラグナレクの後の野原には神々の用いた黄金の将棋がころがり、マーニー教の月と太陽は散乱した光を天界へと吸い上げなければならない。

 いわゆる芸術作品も、形式と内容、形相と質料が通常の存在者以上の強度をもって一体化したものと考えられる。そこでは形式と内容、形相と質料は分かちがたく、形式はすなわち内容と化する。その意味で時間を越えようとする傾きをはらむのだ。他方このような考えが、ある程度近代の所産であることも事実であって、伝統的な作品においてはむしろ、一箇の小宇宙(ミクロコスモス)と化して、内に形式−内容、形相−質料の構造を、もとより通常の存在者よりは強固であるとはいえ、むしろ独立しつつ調和したものとしてある。これがいわゆる近代主義的還元の過程で、形式のみあるいは内容のみが一箇の作品として呈示され、そのためかつては小宇宙としての作品と観者が互いに独立しつつ交渉していたのが、ここでは作品と観者との交渉が意識的に構造の一部として設定されるにいたる。

 デッサンとデザインは、ともにイタリア語の
disegno に由来する。disegno にはデッサン、図面、設計図、そして比喩的な用法として概略、計画などの意味が辞書に記されている。フランス語で素描の dessin と計画の dessein も同根である。デッサンとデザイン、図面、計画などが分離したのは近世になって諸美術がおのおの独立するようになってからだと思われるが、いずれにしても近世的な意味での完成作以前に位置づけられる点で共通している。またそれゆえ、技法の上で他のメディアほど素材と密着していないことも同様であろう。

(未完)
 
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