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夜の悪魔
Son of Dracula
    1943年、USA 
 監督   ロバート・シオドマク 
撮影   ジョージ・ロビンスン 
編集   ソール・A・グッドカインド 
 美術   ジョン・B・グッドマン、マーティン・オブズィナ 
 セット装飾   ラッセル・A・ガウスマン、エドワード・R・ロビンスン 
    約1時間20分 
画面比:横×縦    1.37:1 
    モノクロ

DVD
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 原題は『ドラキュラの息子』ですが、『女ドラキュラ』(1936)、あるいは原題が『フランケンシュタインの息子』である『フランケンシュタイン復活』(1939)の場合のように血縁が問題になるわけではなく、DVD封入ブックレットの石田一の解説にも言うように、「ドラキュラ本人の扱い」です。ここではアルカード伯爵と名乗るドラキュラ役はロン・チェイニー・Jr.で、文化的偶像と化した『魔人ドラキュラ』(1931)のベラ・ルゴシと『フランケンシュタインの館』(1944)および『ドラキュラとせむし女』(1945)での貴族的な細身のジョン・キャラディンにはさまれ、また話の顛末が顛末なので、いささか割を喰っているようではありますが、すっくと立っている時、啖呵を切っている時などはそれなりに貫禄があります。またヒロインにいつか故郷の地を訪れようという場面は、そこが今は荒廃しているというだけに、複雑なニュアンスをはらんでいました。
 なお故地が生命のない地だというのは、見ようによってはよその土地に対してずいぶん乱暴な話ですが、これは西欧やアメリカから見た東欧が、実在のそれではなく、幻想の対象と化しているということなのでしょう。後のコッポラによる『ドラキュラ』(1992)で、伯爵が故郷の地を理想化して語るのも、その裏返しにほかなりますまい。トランシルヴァニアと聞けばつい魔の跳梁を思い浮かべてしまうのですから、当方も人のことは言えない。現在の日本人が贋ニッポンを楽しんでしまうように、当地の人も笑い飛ばしてくれればよいのですが。
 さて、本篇での事実上の主要人物はルイーズ・アルブリットン演じるケイとロバート・ペイジ演じるその恋人フランクです。前者が夜の寝室で、やや前屈み気味で寝台に坐っているさまを正面からとらえたカットは迫力がありましたし、後者は恋人を寝取られて頭に血ののぼった愚か者転じて、恐ろしい目に遭い、恐ろしいことを聴かされて、ようやく主人公の地位を勝ちえます。わけてもラスト・シーン、抜け殻のようになった表情はなかなかリアリティがありました(この映画では人物の顔をいっぱいにしたアップが時々登場します)。
 『狼男』(1941)と『フランケンシュタインと狼男』(1943)で脚本を担当したカート・シオドマクは、続く『フランケンシュタインの館』同様原案としてクレジットされています。監督のロバート・シオドマクはカートの兄で、『らせん階段』(1945)などの作品を残しています。
 さて、本作品は宏壮な屋敷が舞台の一つとはいえ、古城映画に含めるのはいささか筋違いでしょう。それでも面白い空間がいくつか見られたので、少し挙げておきましょう。


 冒頭、駅舎の場面で、手前にストーヴが置いてあり、その煙突が画面の上下を貫いています。ストーヴは粘土のような質感があります。駅舎から構内に出ると、やはり手前、左下に大きな壺が3つ置かれ、画面の上に軒、また右では柱が上下を貫いている。構図が凝っている点でした。

 主な舞台は「ダーク・オークス」と呼ばれる屋敷で、伯爵を歓迎するパーティーが開かれています。ここでの賑やかさが、後の深閑とするさまと対照をなすことになります。パーティーを映したカメラは後退して庭に出、上から伯爵の背を見下ろすのでした。
 ヒロイン姉妹の父親、屋敷の当主が2階にひきあげる場面で、廊下が正面から映されます。左右に部屋があり、カーテンのある奥はいったん仕切った空間になっており、右の方へ伸びているようです。この廊下に似た結構は、『謎の狼女』(1946)でも登場します。
 また庭でヒロインと婚約者が話す場面では、左手前にベンチがあるのですが、その奥、柵ということなのでしょう、黒々とした木の柱が何本も斜めに渡されており、面白い構図を描いていました。
 玄関は中に入るといったん数段さがるようになっていて、そこをのぼる場面では、壁にうねるような、おそらくカーテンの影が上の方を覆っています。
 また2階にあがる階段では、夜、照明を落とすと、手すりが反対向きで交差するような影を浮かべるさまもかっこうがよろしい。
 この階段の脇には地下室におりる扉があります。中に入ると左には太い梁の影が斜めに伸びています。階段は木の板をつないだ簡略なもので、けっこう急なようです。カメラは下から見上げるようにとらえた上で、人物の動きとともにぐるっとおりてくる。
 おりた先、左側にはすぐ、太い木の梁が走っていて、進むにはこれをくぐるようにしなければなりません。この空間を支える太くはない円柱がちらっと見えます。奥の方では別の木の梁が平行に渡されています。

 伯爵を銃で撃って、しかしそのからだを突き抜けた銃弾によってヒロインが倒れたさまを見たもと婚約者は、夜の森を駆け抜け、墓場で倒れ臥します。そこで十字架に救われ、知りあいの医師の家に駆けこんだ後、警察に自首するのですが、その留置場でのこと、画面の上と下は暗い影の帯に覆われ、真ん中だけがグレーになっています。下の影の右の方、横たわる彼の頭部と枕だけが光に浮かぶ。そこに蝙蝠が影だけでやってきて、翼をひろげる。ここもまた、構図の凝り具合が面白い場面でした。
 なお警察署の室内でも、手前にストーヴが配されています。

 留置場を脱走したもと婚約者は、伯爵の柩が隠されているという、沼の排水路に向かいます。この排水路はトンネルになっているのですが、鉱山の坑道のように、ところどころ壁から天井に、また壁へと一周する補強用柱がわたしてあります。奥へ進めば柩が置いてあるのですが、その手前と少し奥、二つの補強用柱の環が見えるところでは、トンネルの形に応じているということなのでしょう、それぞれ角の数がちがっているのがわかります。奥のものはたぶん七角形くらいの形状で、実際にこんな形のものがあるものかどうかは詳らかにしませんが、形だけでも印象的でした。

 夜明けに救われて伯爵を何とか滅ぼしたもと婚約者は、ヒロインとの約束に従って屋敷の屋根裏部屋に向かいます。医師とトランシルヴァニア出身の研究者たちもそれを追う。屋敷の2階の廊下がまた映り、左手前にヒロインの部屋があったのですが(右少し奥が父親の部屋)、その向こうに屋根裏部屋への扉があるようです。医師たちが駆けこむと、柩には火が放たれていました。柩は画面と平行に配され、その上に布がアーチのようにかぶさっています。かくして物語は、最初にふれたラスト・シーンを迎えるのでした。
Cf.,  菊地秀行、「我がドラキュラ映画の時代」、『妖魔の宴 スーパー・ホラー・シアター ドラキュラ編 2』、1992、pp.264-269

ジョン・L・フリン、『シネマティック・ヴァンパイア 吸血鬼映画B級大全』、1995、pp.57-59/no.023

石田一、「ドラキュラ100年史《前編》」、1997、pp.101-104

石田一、Monster Legacy File、2004、p.16

Jeremy Dyson, Bright Darkness. The Lost Art of the Supernatural Horror Film, 1997, pp.152-154

Jonathan Rigby, American Gothic: Sixty Years of Horror Cinema, 2007, pp.239-241

映画を小説化したもの;
ピーター・トリメイン、玉木亨訳、「夜の悪魔」、ピーター・ヘイニング編、『ヴァンパイア・コレクション』、1999、pp.257-289
おまけ  下品で雅び、不勉強のため判断するだけの耳はないのですが、変拍子だらけにリズム・チェンジだらけとのことで踊りようもないにもかかわらず、景気が良くてのりのり、抒情的になっても情緒的にはならず、曲調がころころ変わり、ハードなリフもあればコーラスによる輪唱もある、各メンバーが複数の楽器をこなすので単純に音色も多彩、それでいてどこまでもポップな変態馬鹿バンドの記念すべきファースト・アルバム;
Gentle Giant, Gentle Giant, 1970(邦題:ジェントル・ジャイアント『ジェントル・ジャイアント』) 
のA面3曲目が"Alcard"(「アルカード」)でした。やはり景気の良いリフところころ変わる曲調の内に、不気味気なコーラスが交わります。歌詞もいかにもいかにもです。
こちらも参照


なお「アルカード」の名を用いた作品として他に;
ドラキュラ'72』、1972、監督:アラン・ギブスン

 2014/11/4 以後、随時修正・追補
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