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ドラキュラとせむし女*
House of Dracula
    1945年、USA 
 監督   アール・C・ケントン 
撮影   ジョージ・ロビンスン 
編集   ラッセル・スコーエンガース 
 美術   ジョン・B・グッドマン、マーティン・オブズィナ 
 セット装飾   ラッセル・A・ガウスマン、アーサー・D・レッディー 
    約1時間7分 
画面比:横×縦    1.37:1 
    モノクロ

DVD
* 手もとのソフトの邦題は『ドラキュラの屋敷』
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 『フランケンシュタインの館』(1944)の続篇で、同じく三大怪物競演にしてからみあわないままなのですが、この作品については舞台となる古城のセットがとてもよくできています。古城映画愛好家には見逃せない一本でしょう。

 監督・脚本・撮影・美術は同じスタッフで、怪物役三人も同じ俳優がつとめます。オンスロウ・スティーヴンス演じるエーデルマン博士が実質的な主役として、ジキル/ハイド的な役割を演じます。ジェイン・アダムス扮する日本劇場公開時邦題の〈せむし女〉はまったき善意の人物として設定されており、それでいて、マーサ・オドリスコール演じるところのタルボットと恋仲になるもう一人の看護士がいささかお人形さん的なのに対し、よりニュアンスのある動きを見せてくれます。またライオネル・アトウィルが、『フランケンシュタイン復活』(1939)、『フランケンシュタインの幽霊』(1942)、『フランケンシュタインと狼男』(1943)、『フランケンシュタインの館』に続いて出演と、シリーズ三作目以降の皆勤賞ものです。ただしいずれも異なる役柄で、他の出演作は知らないのですが、このシリーズにかぎっては、『復活』の時ほどいい役には恵まれませんでした(追記:その後、本シリーズに先立つ『ドクターX』(1932)や『肉の蝋人形』(1933)、『動物園殺人事件』(1933→こちらを参照)、『古城の妖鬼』(1935)を見ることができました)。

 タイトル・バックから、夜の崖の上にそびえるエーデルマン博士の居城が映されます。星が一つ流れる。崖の下には波が打ち寄せ、ずっと奥に、まわりこんだ陸が見えます。ちなみにここは湖なのか海なのか、定かではありません。地名や人名はドイツ系のもので、スイスが舞台なら湖ということになるのでしょうが、そのあたりは曖昧なままでした。
 この作品ではドラキュラとタルボットはすでに復活しています。蝙蝠の姿で城を訪れたドラキュラ、ここでは前作同様ラトス男爵と名乗りますが、人型にもどって画面左の階段をおり、庭をはさんで右側の館1階に近づきます。1階のこの部分は屈曲のある平面をなしており、地面に窓からの光と桟の影が落ちている。
 ドラキュラは博士とともに半円アーチや石積みの円柱のある廊下を通り抜け、燭台を手に扉の一つを開けて地下室におりていきます。暗い吹き抜けを階段は左上から右下にさがり、いったん折れてさらに下に続く。奥の壁には鎧だの壜置き棚だのが置かれています。地下室の床にはドラキュラの柩があり、さらにその奥に縦長の窓が設けられています。
 一夜明けて、仕事場が映されます。左に見える扉は尖頭アーチが囲いをなし、数段下がって右に進めば、さらに二つ尖頭アーチがある。真ん中のアーチの奥にはまた別のアーチが見え、右のアーチの奥は二連式の窓。カメラは左から右へと、この部屋のさまをとらえる。右端最前景にかなり接近して棚と机、そこに坐る佝僂病の看護士ニーナにいたります。部屋の左端には温室への両開き扉があります。とまれこの作品では、やたらとアーチが設けられ、空間を分節するという、その一例なのでした。またこの部屋の最初のアーチには、上の方で水平に鉄棒が渡してあり、それを頂から垂直におりる鉄棒が支えるというかっこうになっています。後の場面で玄関廊下のアーチにも同じ結構が見られ、これは実例にのっとったものなのでしょうか?
 夜になって、玄関が内側から真正面にとらえられます。画面には奥にアーチが二つ、双方やはり水平垂直の鉄棒付きです。玄関から廊下を進むと、右側に受付机があるのですが、その後ろに、下ってきたアーチを支えるのでしょうか、柱頭付きの細い円柱が二本並んでいるのが見えます。これは廊下の向かい側にもありました。もどって机の背後、右側には凝ったつくりの箪笥が置いてあります。
 この玄関廊下はさらに奥へ続いているのですが、場面はとりあえず、治療室に移ります。ここは狭い片隅のような感じで、上端はアーチの半分で区切られている。アーチの右端は円柱に支えられ、左側には窓が設けられています。奥の方は少し低くなっており、やはり尖頭アーチをいただく扉口が見えます。
 治療室を出た廊下では、壁に棚と壜の影がいっぱいに落ちています。また治療室の手前の空間には、アーチとそれを支えるねじり柱が机の向こうにあり、さらにその奥の扉に、棚の影が落ちている。ここまででも細部の豊富さが印象的ですが、まだまだこんなものではありません。

 いったん舞台は村に移り、警察署の玄関先なのでしょう。地面より少し高くなっているのですが、それを支える柱の一本がかたわらに見え、これがまた凝っています。そんなに太くはない柱が、皿状にひろがったかと思えば、球とそれを支える皿になり、立方体とその受け、球、また立方体と変移していくのです。その右にはアトウィル扮する警察官をはさんで、明暗が交替する壁の縁が、こちらはざっくり配されています。
 中に入れば、画面を斜めに横切るように見える支え柱付きの半円アーチがあって、それに対して少し斜めに受付机が位置しています。右の方にカメラとともに進めば、扉口、次いで角をはさんでアーチと続き、留置場に通じています。そこにもアーチが設けられています。

 留置場で人狼に変身したタルボットを連れて館にもどるのですが、翌日、満月の訪れをくりかえすのはもうたくさんだとタルボットは飛びだしてしまう。玄関は三重になった尖頭アーチに囲われ、その右、蔓に覆われた角をはさんで、壁の柱受けは下方に腕を伸ばして球をつけています。右側には上端が半円になった縦長の窓が三つ連なっていて、斜め格子の桟がある。
 タルボットが玄関から手前に走りだすにつれて、昼の光のもと、城とその周囲の外観が見えるのでした。はしゃぐしかありますまい。周囲は壁に取り囲まれていて、入口から左に進んで崖に接するところには、低めの塔が設けられています。尖り屋根の下には下すぼまりで板に覆われた部分があり、その下からまた下ひろがりになっている。崖に沿ってずっと奥にも見張り塔が二つほど見えます。
 本体は手前にやや低い三角屋根の棟が右奥に延び、2階はアーケードになっています。左奥には鋸歯型胸壁のある小塔が接している。三角屋根部分の奥は高くなった棟で、接続部分の両脇にはやはり鋸歯型胸壁のある塔、その間は斜面になっています。この点からして、前作のニーマン館の模型に手を入れたものと考えてよいでしょう。小さなバルコニーものぞいています。建物はさらに右奥へ伸び、そちらには太い円塔があるようです。


 さて、絶望したタルボットは崖から身投げしてしまいます。荒波打ち寄せる崖の下には洞窟がいくつもあるとのことで、そこに投げだされているかもしれないと、昇降機を作って、わざわざ満月が映える中を博士は救助に向かう。案の定変身したタルボットは洞窟で待ち構えているのですが、間一髪、都合よく満月が隠れる。倒れた博士と壁にへたりこんだタルボットを映すカットでは、相当強い照明をあてているのでしょうか、明暗の対比がいちじるしく強い。余談になりますが、人狼に変身するタルボットはいつも暗色のシャツにやはり暗色のズボンを着ていて、何か選択に根拠があるのか、それとも単なるユニフォーム化しているということなのでしょうか。これは後にポール・ナッシー扮するダニンスキーにも受け継がれることでしょう(→『ワルプルギスの夜-ウルフVSヴァンパイア-』(1971)などを参照)。
 とまれ二人は洞窟を奥に進み、流砂に流されてきたフランケンシュタインの怪物と白骨化したニーマン博士を発見します。エーデルマン博士はなぜか、その顛末を知っていました。何年か前のことと語られる。
 さらに奥へ行くと、城の地下室に出ます。冒頭での地下室とは別の部屋で、封鎖されていた昔の拷問部屋とされる。半円アーチをいただく入口の脇、左上に向かってのぼる階段があります。これは粗い石板を積み重ねたもので、前作にも登場していました。階段の上の壁には松明受けの籠がかけられています。


 旧拷問部屋の環境が治療用の胞子の培養に適しているというので、作業が始まります。ちなみにこの作品では、吸血鬼および人狼を治療するための擬似科学的な説明がなされます。人狼はまだしも、蝙蝠に変身したりする吸血鬼の治療とはなんぞやという気もしますが、面白い点とはいえるでしょう。吸血鬼の方は最終的に失敗に終わりますが、治療方法がまちがっていたからなのかどうかは定かではない。人狼はといえば、少なくとも本篇中では成功します。ドラキュラの血を輸血されてジキルとハイド化した博士が、なぜ自分のことはさっさと諦めてしまうのかという気もしますが、その点は問いますまい。
 とまれ地下室に植物を運びこむための床の上げ蓋から、カメラは右を向き、まずアーチの向こうに上へのぼる階段を映します。下の方にだけ手すりがついていて、右上には窓があります。後の場面で出てくる中2階に分かれる階段とは、位置の点からしても別のもののようです。
 次いで画面を縦断する太い角柱を経て、眠れる怪物を縛りつけた斜めの台、奥の壁には器具類の影が落ち、さらに奥には大きな暖炉があります。器具類の中にはまたしても、ぐるぐる回る電光盤があり、また螺旋状のワイヤーのようなものが見える。


 夜が訪れ、ドラキュラが玄関から入ってくる。玄関扉にはマントのようなものの影が大きく落ちています。例によってドラキュラの歩みとともに、カメラは廊下を奥へ進みます。まずはアーチとアーチの間に、手すりつきの階段が奥かつ左へあがっていきます。右上には中2階の廊下の手すりが横に伸びています。後の場面で、階段は踊り場で右に分かれ、数段のぼって中2階になることがわかります。『狼男』(1941)のセットにも同様のパターンがありました。
 さて、玄関廊下をさらに進めば、やはり尖頭アーチが連なっており、その奥にピアノが置いてあります。このあたりのアーチや支え柱は、グレーとより明るい石が交互に組みあげられています。夜の暗さの中での、豊かな明暗の変化が見せ場といえるでしょう。
 ピアノでは看護士の一人ミリーザが月光ソナタか何かを弾いています。彼女は以前からラトス男爵と知りあいだったようなのですが、会話を交わしながら曲調が変化し、不協和音が混ざるようになる。そして「生死の狭間にいる人々が見える」と言いだすのでした。これは前作にもあったモティーフで、さかのぼれば『女ドラキュラ』(1936)にも類した趣向がありました。ドラキュラはそれを「音楽のような世界。きらびやかで美しい」と語り、後の場面でも「音楽が合図だ」と述べます。吸血鬼と音楽の関係というのも、あまり見かけないテーマのような気がします。
 ピアノの背後、アーチ越しに中2階の手すりが見えるところから右に進むと、装飾的な細工を施した扉があります。壁には大きな鏡が掛かっているのですが、ミリーザだけでドラキュラは映らない。ドラキュラはさらに右奥へ、庭に通じるガラス窓の方へミリーザを連れだそうとします。そのさまを見たニーナは、博士のもとへ駆けつける。カメラは中2階から見下ろす形で、アーチを上方の額縁に、左下・手前には中2階の手すりを配し、踊り場を駆けあがるニーナを、首を振りながら追います。右手の階段を上へ、2階にある博士の居室へ向かうのでした。
 博士とニーナが中2階の廊下を進み、階段をおりるさまを、カメラは今度は1階から見上げます。手前に大きくアーチと支え柱がのぞいています。
 庭に走りでると、左に城の1階部分、奥にはアーケードがあり、右端で階段が上へあがっています。これは本篇冒頭で登場したものです。階段を上がった先にも大きなアーチが見えます。階段の上がり口、すぐ左には、人の背より低い、先が円くなったものが置いてあります。窓もついているのですが、これは何なのでしょうか?


 エーデルマン博士の夢として、恒例のオーヴァーラップ&モンタージュのシークエンスが挿入されます。雨の中、ハイド化した博士が怪物に暴れるよう指示したり、『フランケンシュタインの花嫁』(1935)における、追われて墓場をさまよう怪物が彫像を押し倒す場面、さまざまな器具類、ニーナの佝僂病が完治したさまなど。
 続いて下から、奥にある実験室の扉を正面視でとらえる。扉は色違いの石組みからなるゆるい尖頭アーチに囲われ、数段のぼった先にあります。そこにまず博士の影だけが落ちる。これはクライマックスでも反復されます。加えて斜めになった椅子の影が左に大きく浮かび、右にもテーブルらしきものの影が映っています。

 ハイド化した博士は殺人を犯し、村での逃走劇となります。村もそこら中アーチだらけです。手前に群衆がいて、画面奥の店屋の壁に走る人物の影が落ちるのですが、その影がどんどん大きくなるという場面もありました。光源と本体の位置が定かではありませんが、イメージとして鮮烈ではあります(『白い肌に狂う鞭』(1963)冒頭の一齣と比べてみましょう)。通りをはさんで左側では、別の建物の壁が画面を上から下まで貫いています。
 博士は墓場に逃げこみ、左側にある数段のぼった先の納骨堂に隠れようとしてはたせず、奥で左右にひろがる壁を、木の枝を伝ってよじ登ります。壁には鋸歯型胸壁があって、そこを越えた向こう側は、城の庭なのでした。壁の手前にある水場か何かの柔らかい屋根に飛び降り、手前のアーチから城内に入る。
 怪物復活の作業をニーナは止めようとしますが、誰よりニーナの治療を望んでいた博士の手にかかって、あえなく床の穴に落とされてしまう。博士がニーナに襲いかかる場面は、再び、正面からとらえた扉に映る影だけで表わされます。博士は邪悪化したあかつきには自分を滅ぼすよう、前もってタルボットに依頼していたのですが、人狼の呪いから解放されたタルボットによって、この依頼が実行されることになる。回復した怪物はこれを見て暴れだし、城の炎上という結末を迎えるのでした。

Cf.,  菊地秀行、「我がドラキュラ映画の時代」、『妖魔の宴 スーパー・ホラー・シアター ドラキュラ編 1』、1992、pp.310-312

菊地秀行、「我がフランケンシュタイン映画史」、『妖魔の宴 スーパー・ホラー・シアター フランケンシュタイン編 1』、1992、pp.251-252

ジョン・L・フリン、『シネマティック・ヴァンパイア 吸血鬼映画B級大全』、1995、pp.70-72/no.030

石田一、「ドラキュラ100年史《前編》」、1997、pp.112-114

石田一、Monster Legacy File、2004、p.18

Jeremy Dyson, Bright Darkness. The Lost Art of the Supernatural Horror Film, 1997, pp.181-182

Jonathan Rigby, American Gothic: Sixty Years of Horror Cinema, 2007, pp.286-288

なお、三柱以上の怪物が競演するという趣向は、続く『凸凹フランケンシュタインの巻』(1948)を経て、
『モンスター・パニック 怪奇作戦』(1969、監督:トゥリオ・デミチェリ、ウーゴ・フレゴネセ。この作品については、伊東美和編著、『ポール・ナッシー ヨーロッパ悪趣味映画の王者』、洋泉社、2009、pp.97-101 参照)、
『三大怪人 史上最大の決戦』(1971、監督:ジェス・フランコ。この作品については、木野雅之編著、『異形の監督 ジェス・フランコ』、洋泉社、2005、pp.107-108 参照)、
『ドラキュリアン』(1987、監督:フレッド・デッカー、ミイラと半魚人も参加)、
『ヴァン・ヘルシング』(2004、監督:スティーヴン・ソマーズ)などへと受け継がれていくことになります。前の2本は未見ですが、後の2本はそれぞれ、それなりに面白い作品でした。

 2014/11/1 以後、随時修正・追補
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