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フランケンシュタインの館
House of Frankenstein
    1944年、USA 
 監督   アール・C・ケントン 
撮影   ジョージ・ロビンスン 
編集   フィリップ・カーン 
 美術   ジョン・B・グッドマン、マーティン・オブズィナ 
 セット装飾   ラッセル・A・ガウスマン、A.J.ギルモア 
    約1時間10分 
画面比:横×縦    1.37:1 
    モノクロ

DVD
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 『フランケンシュタインと狼男』(1943)の続篇で、カート・シオドマクは原案にまわり、エドワード・T・ロウが脚本を担当しています。ローレンス・タルボットこと狼男役は引き続きロン・チェイニー・Jr.ですが、フランケンシュタインの怪物役はグレン・ストレンジに交替、またジョン・キャラディン扮するドラキュラが加わりました。三大怪物の競演が売り物というわけですが、怪物たちはあまりからみあわず、『フランケンシュタインと狼男』のように闘うわけでもないのは、逆にいぶかしいほどです。
 加えてボリス・カーロフがマッド・サイエンティスト役で登場します。J・キャロル・ナイシュ演じるダニエルに見世物小屋の団長の殺害を命じ、それをじっと眺めているところなどなかなか迫力がありました。またフランケンシュタインの怪物役で株を上げたカーロフが、フランケンシュタイン博士を敬愛する役どころというのも、感慨深いものがあります。ちなみにカーロフ演じるニーマン博士の兄が、フランケンシュタイン博士の助手だったという設定でした。
 ただし本篇中でもっともひねりのきいた登場人物は、ダニエルこと〈せむし男〉でしょう。前半の山場である追跡場面で、連結する馬車の屋根を伝い、ひらりと最後尾の出口に飛び移るところなど、なかなかかっこうがよろしい。そうかと思えば、恋慕したジプシー娘との会話に身をのりだしながら、おのが躰を見られてひるむさまは、『フランケンシュタインの花嫁』(1935)等における怪物同様の、マイノリティとしての悲哀を感じさせずにいません。そもそも鞭打たれるジプシー娘を助けた理由が、鞭は嫌いだからと述べる裏には、過去に自分も同じような目にあったことが暗示されていると見ることができるでょう。それでいて思いの通じぬ苛立ちから、手術台に縛られて動けない怪物に、厭っていたはずの鞭をふるってしまう。『フランケンシュタイン』(1931)における博士の助手の振舞を連想させずにいない一段でした。
 この他、本作品では杭を打たれたドラキュラが、杭を抜かれることで復活します。ユニヴァーサルの一連の作品ではすでに、フランケンシュタインの怪物はもとより、『フランケンシュタインと狼男』において一度滅ぼされたはずの人狼が甦るという前例がありましたが、吸血鬼に関しては、前年の『吸血鬼蘇る』とともに早い例ではないかと思われます。『吸血鬼蘇る』でも杭を抜かれることで復活していたので、そちらが参照されたのかもしれません。吸血鬼復活は後のハマー・プロによるドラキュラもので頻用されることになるでしょう(→『凶人ドラキュラ』などを参照)。
 また『フランケンシュタイン復活』(1939)、『フランケンシュタインの幽霊』(1942)を承けて、『フランケンシュタインと狼男』および本作品では、フランケンシュタイン男爵の手記が、『ネクロノミコン』(→こちらなどを参照)さながらの聖典と化している点も面白いところでした。さすがに本作品にはフランケンシュタインの血族は登場しなかったのですが。
 なお本作品には、『フランケンシュタインと狼男』の事件から7年後との台詞があります。他方ニーマン博士は15年前に、『フランケンシュタインの幽霊』および『フランケンシュタインと狼男』の舞台であるヴァサリアならぬヴィサリアで、禍々しい事件を引き起こしたとのこと。ちなみに『フランケンシュタインと狼男』は『狼男』(1941)の4年後の物語とされていました。
 とまれ本作品は、登場する怪物の数を増やすことで逆に、ユニヴァーサル社の怪奇映画の衰退を例証するものと見なされているようです。それでもなお、古城映画愛好者から見て目を引くだけのカットを欠くわけではありません。


 序盤はニーマン博士が収監されている刑務所から始まります。時間は夜、まずは外観で、手前の木が画面を上から下まで縦断するその向こうに、川か壕をまたぐ橋が架けられ、鋸歯型胸壁をいただく塔がいくつかある古城風の建物です。左右の壁に縦長の十字型銃眼がうがたれています。
 橋の正面の格子扉から内部に入れば、暗がりの中、中央の壁高くにランプが配され、まず左上から右下へ、そこで折れて左下へ、階段が下っていく。雷鳴がとどろき、稲妻が光るたびに壁に大きく格子の影が落ちます。格子扉の方から階段をおりてくる看守の動きとともに、カメラは後退しながら右の方へ進む。突き当たりに博士の入る牢があるのでした。落雷で壁や床が崩れ、博士と隣の部屋にいたダニエルは、地下道を抜けて外に通じる出口から脱出します。

 脱獄したニーマン博士はおのれを告発した何人かの人物に復讐しながら、フランケンシュタイン博士の手記を探します。前半はある村を舞台に、博士がふとしたことから復活させたドラキュラの暗躍を描くエピソードで、いろいろつっこみどころはあるでしょうが、そう悪いものでもない。霧の森で、復讐の標的一家が家に向かう後ろから、馬車がやってくるというのも、それなりに雰囲気がありますし、最初は活発な性格の持ち主として登場した前半のヒロインが、ラトス男爵と名乗るドラキュラの指環に魅入られて、「死んだはずの人が生きている」「遠くて近い」「もう一つの世界」を見てとってしまうという段も面白い。このモティーフは続く『ドラキュラとせむし女』(1945)でも展開されることになります。
 なお本作品でドラキュラは、一家にワインを飲もうと誘い、実際飲んでいるところも映されます。『魔人ドラキュラ』(1931)での「私はワインは決して飲みません」という有名な台詞からすると隔世の感ありといっては大げさでしょうか。ちなみに『女ドラキュラ』(1936)にも同じ台詞があり、ただ、女伯爵はおそらく紅茶を飲んでいました。
 さて、様子のおかしいヒロインが部屋を出ないよう、鍵をかけてその夫が階下に降りようとするカットが、短いながら印象的な構図を見せてくれます。カメラは1階から見上げる形で、左半を2階への階段が占める。階段の向かって右には手すりがついていて、手すりはそのまま奥から手前に伸びる2階廊下へ続いていきます。2階に達した地点でぐるりと曲がる部分の影が、階段を上がった先の壁に落ちています。その右手に部屋の扉がある。廊下は縁の部分、その下の1階奥の部分と、いくつか明暗の帯が交替するかっこうです。こうした眺め全体の上辺は、アーチ状に縁取られているのでした。
 続く場面では、ヒロインはふらふらと2階のテラスからさまよい出ます。画面全面にわたって格子が覆っており、この格子越しに向こうを見ているわけです。また奥では、庭にいるドラキュラが小さくこちらを見上げており、見下ろす角度をとってもいます。ヒロインは右端で何段かおりて、手すりつきの廊下状になったところを左へ進み、左端の階段から下へおりていく。全面を覆う格子に廊下の手すりが重なるという仕組みです。
 この後はニーマン博士たちの見世物団の馬車、ヒロインをさらったドラキュラの馬車、それを騎馬で追うヒロインの夫と警官たちという追跡劇になります。ここは西部劇の語法を用いているのでしょう。けっこうスピード感があります。ニーマン博士たちに裏切られて柩を放りだされたドラキュラは、馬車を転倒させ、あえなく日光を浴びて骸骨に戻るのでした。いささか情けない顛末ではありますが、夜明け間近に美女を乗せた馬車を操って逃走するドラキュラというモティーフは、ハマー・プロの『吸血鬼ドラキュラ』(1958)を思わせなくもありません。


 ドラキュラとヒロインたちはここまでで退場してしまい、物語は後半に移ります。ニーマン博士とダニエルの馬車はジプシーたちが滞在している村はずれの広場に着きます。この映画ではフランケンシュタインの名は地名としても用いられていて、これは最初の3作と同様です。画面下半に馬車の群れを置き、上半には景色がひろがっています。向こうの丘の上にはごつごつとした城の廃墟が見え、その左、少し離れてローマの水道橋のようなものがあります。この構造物は真ん中が途切れているのですが、警官たちが7年前に決壊したダムの跡であることを告げる。『フランケンシュタインと狼男』の事後であるわけですが、地名はヴァサリアではなく、本作品では最初の3作とその後の2作の設定が混ぜあわせてあるようです。とまれ晴天下、手前の人物たちがいる前景と、廃墟がそびえる後景を合成した構図もまた、及第点を充分に満たしていることでしょう。

 ニーマン博士は城址の地下への入口を見つけます。ゆるやかなアーチを上部の縁取りにして、左上から右下へ、粗い石板を積み重ねた階段がおりていきます。この階段は続く『ドラキュラとせむし女』でも別の形で登場します。降りきったところで床が崩れ落ち、その先は氷穴でした。『フランケンシュタインと狼男』の時より規模は大きくなっていて、幾本もの凍りついた柱が立ち並び、つららの数も多い。その一角で博士とダニエルは、氷に閉じこめられた狼男と怪物を発見するのでした。博士はなぜかタルボットや前回登場した医師の名前を知っています。
 息を吹き返したタルボットと博士は、先の石板の階段のところへ戻り、右側にある別の階段をくだります。石積みの壁があって、その石の一つを抜きだすと隠し棚になっているのでした。


 一行はヴィサリアの博士の屋敷に到着します。実験室は半円アーチの入口から入り、壁には前方に倒れるように傾斜した大きな窓がある。奥には少し高くなった部分があって、机が置いてあります。この部分には手すりがついている。また左の方には冷凍室への窓付き扉があります。実験室を掃除するさまがオーヴァーラップ&モンタージュで挿入され、なぜか本作品でも、『フランケンシュタインの幽霊』に続いて脳移植の話になります。ほんとに脳移植をどんな風にとらえているのでしょうか?
 さて、屋敷の外観が模型で映されます。手前に低い、といっても窓が三段くらいの高さはある棟があり、奥のより高い棟につながっています。接続部分の上は両端が鋸歯型胸壁をいただく塔にはさまれて、斜めになった大きな窓が見え、これが実験室の位置なのでしょう。奥の方にも鋸歯型胸壁のある壁が伸びていて、手前の方に小さなバルコニーが張りだしている。
 怪物復活の手術の場面では、機器類を斜めにしたカメラで接写したりして、また例によって電極はもとよりぐるぐる回る電光盤も登場するのですが、窓からその光が点滅し、それを見た村人たちが騒ぐのは『女ドラキュラ』以来のモティーフでしょう。ただしこちらの村人たちはフランケンシュタインものの伝統というべきか、暴徒となって屋敷に押し寄せる。


 その間に満月の光に変身した狼男はジプシー娘と心中めいた顛末に至るのですが、後者に恋慕していたダニエルが彼女を抱いたまま実験室に入ってくるところが、影のみで表わされます。右側にはニーマン博士がいる。次いで左に斜め台に縛りつけられた怪物を配し、右手で博士に襲いかかるダニエルがやはり影のみで映しだされます。ダニエルの鞭打ちを止めた博士に恩義を感じていたのか、怪物は縛めをふりはずし、斜め窓を突き破ってダニエルを投げ落とす。カメラはこのさまを下から見上げる。放りだされた外側にはアーケードがちらっと見えます。実験室の窓から人を投げだすという事態は『凸凹フランケンシュタインの巻』(1948)でも反復されることになるでしょう。
 乱入してきた村人たちに追われて怪物は、いまだ息のあった博士を抱えながら屋敷の外に出ます。幅の広い階段をはさんで下に怪物と博士、上に村人たちが向かいあうさまを、カメラがやはり下からとらえます。炎上した実験室から出た炎にも追われて、博士を抱えたまま怪物は底無し沼に沈んでいくのでした。怪物とその連れが沼に沈むという結末は、同じ年の『執念のミイラ』と共通しています。また怪物が自分を復活させた科学者への危害に怒り狂い、また科学者を救おうとするというモティーフは、続く『ドラキュラとせむし女』でも垣間見られました。もっとも『凸凹フランケンシュタインの巻』では、おのれを回復させた科学者を窓から放りだしたりもしたことでした。

Cf.,  菊地秀行、「我がフランケンシュタイン映画史(後編)」、『妖魔の宴 スーパー・ホラー・シアター フランケンシュタイン編 2』、1993、pp.298-299

菊地秀行、「我が狼人間(ウィアウルフ)映画の時代(後編)」、『妖魔の宴 スーパー・ホラー・シアター 狼男編 2』、1992、pp.290-292

ジョン・L・フリン、『シネマティック・ヴァンパイア 吸血鬼映画B級大全』、1995、pp.68-71/no.029

石田一、「ドラキュラ100年史《前編》」、1997、pp.108-112

石田一、Monster Legacy File、2004、p.17
 2014/11/1 以後、随時修正・追補
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