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拳葉飾りとアーチ - 怪奇城の意匠より


 『吸血鬼ドラキュラ』(1958)を見ていると、本筋に関わるような役割を果たすわけでもないのに、何やら気になるモノが映りこむ場面がいくつかあったということで、「カッヘルオーフェン(陶製ストーヴ)」、「捻れ柱」、そして「四角錐と四つの球」の頁を作りました。気になるといっても単なる無知のなせるわざ以外の何ものでもないのですが、そこは目をそらして、次に移るとしましょう。
 当作品の頁でも記しましたが(→こちら)、ドラキュラ城の玄関と広間との間につなぎの空間があって、ここを区切るためなのか、半円アーチの連なりが横切っていました。この部屋の間取りはもう一つよくわからないのですが、とまれ仄暗い中、アーチの白、左でアーチが壁に組みこまれた、その内側の布だか壁紙か何かの赤、その上や奥の青などの対照があざやかです。アーチの並びが左端を除いて、宙空に遊離しているため、空気や光、色が自由に動くことを保証しているのでしょう。各アーチの先端からは上に細い柱が伸びていますが、その上がどうなっているかはやはりわからない。 『吸血鬼ドラキュラ』 1958 約3分:玄関広間
 他方アーチの弧の外側には、規則的に何やら突起がはえています。こうした類はゴシック様式の建物で見かけはしなかったか。と、例えばアミアンのカテドラルなら西側ファサードの三つの尖塔アーチ、これらをそれぞれ枠どる切妻壁の外側に、相似た装飾が並んでいます。何か呼び名がなかったっけと探してみると、なぜか『図説世界建築史』シリーズの『8 ゴシック建築』ではなく、『7 ロマネスク建築』(ハンス・エリッヒ・クーバッハ、飯田喜四郎訳、本の友社、1996)の「用語解説」で見つかりました(p.266)。「拳葉飾り」とのことです。『新潮世界美術辞典』(新潮社、1985)でも項目だてされていたので、そちらを引けば;

「拳葉飾り(けんようかざり) 
crocket(英), Giebelblume(独), crochet, crosse(仏) 握った拳または木の芽や蕾のように先端が丸まり、やや突出した彫刻で、西洋建築(中世の、または中世趣味の)の柱頭の四隅や破風などの装飾に利用される。拳華ともいう」(p.483 右段)

とのことです。整理しておくと;


 crocket ;手もとの英和辞書では「[[建]]クロケット((ゴシック建築のピナクルや天蓋に付ける葉形やつぼみの飾り))」。
 →英語版ウィキペディアの該当頁も参照(写真あり)。


 Giebelblume ;手もとの独和辞書にはのっていないのですが、"Giebel"は「切妻、破風」、"Blume"は「花」の意。上掲『7 ロマネスク建築』の「用語解説」には"Knospe"が記されており、独和辞書には建築関連の意味はやはりのっていないのですが、通常「つぼみ、芽」の意とのことでした。他方独語版ウィキペディアの該当頁は"Krabbe"そちらを参照(写真と図あり)。独和辞書には②として、「こぶし花(飾りの一種)」とあります。

 crochet ;手もとの仏和辞書で最初に挙げられるのは「鉤、フック」で、4c として「[[建]]」[ゴシック様式の柱頭などにみられる]葉飾り、こぶし花」。"crosse"は「[司教などが権威の印として持つ]司牧の杖」、「[杖などの先端の]渦巻形」その他とともに、「[[建]][特にコリント様式の柱頭に用いられる]葉飾り、こぶし花」。
 →仏語版ウィキペディアの該当頁も参照(図と写真あり)。

 ついでにスペイン語版ウィキペディアの該当頁では、綴りは仏語と同じ
"crochet"あちらを参照(図、写真あり)。そこからはまた"fronda"の項にもリンクされています→ここ,、図あり。"crochet"は手もとの西和辞書にはのっていないのですが、"fronda"は「(植物の)葉」とのことでした。建築装飾としてはのせられていません。

 独和辞書と仏和辞書には「こぶし花」という呼び名が挙げられていました。上掲『7 ロマネスク建築』の「用語解説」の最後に「拳華」とあったのはこれのことなのでしょう。そういえば

 ユルギス・バルトルシャイティス、馬杉宗夫訳、『異形のロマネスク 石に刻まれた中世の奇想』、講談社、2009
 原著は
Jurgis Baltrušaitis, Formations, déformations. La stylistique ornementale dans la sculpture romane, 1986 (1931)

で第2部第5章の章題は「こぶし花柱頭 - 人間の頭、天使、野獣、幻想獣の繚乱」と邦訳されていました。
 バルトルシャイティスについては→そこも参照:「バロックなど(17世紀)」の頁の「キルヒャー」の項

 ついでに、最初はこれかと思ったのですが、どうも違っているらしいと気がついたのが、

「頂華(フルロン)(
fleuron, finial) 破風や小尖塔の頂尖塔などの頂部を飾る花形や葉形の装飾」
 (ルイ・グロデッキ、前川道郎+黒岩俊介訳、『図説世界建築史 8 ゴシック建築』、本の友社、1997、「用語解説」、p.256)。

『新潮世界美術辞典』では「フィニアル」として項目だてされていました(p.1233 右段)。
 →英語版ウィキペディアの該当頁も参照、写真・図あり。
  『吸血鬼ドラキュラ』に戻ると、壁に埋めこむ形での拳葉飾りつきアーチは、重要な場面が展開する舞台となる、図書室にも一つありました(→あそこ)。揚げ蓋のある少し奥まったところの右です。アーチの内側はやはり赤系の布だか壁紙か何かで覆われていました。 『吸血鬼ドラキュラ』 1958 約1時間18分:図書室、中二階歩廊から?
 同じ拳葉飾りつきアーチは『バスカヴィル家の犬』(1959)でも登場していました(→こなた)。まず、『吸血鬼ドラキュラ』での屋内とは違って屋外ではあれ、やはり宙空に遊離したアーチの列として、  『バスカヴィル家の犬』 1959 約6分:廃墟のアーケード
次いで壁に埋めこまれたものとして映されます。『吸血鬼ドラキュラ』での赤系の布だか壁紙に替わって、石か煉瓦を積みあげた壁となっていました。野ざらしの修道院の廃墟という設定で、前回のような鮮やかな色の対比は見られませんが、曲線だけのアーチよりは過剰な拳葉飾りが、その分存在感を強めていはしなかったでしょうか。  『バスカヴィル家の犬』 1959 約7分:修道院址+霧
 なお、壁に組みこまれたアーチは、右にも連なっており、その内側は開口部になっています。ここから人が出入りするところが、後の場面にありました。

 ところで各アーチの上端で、外側に膨らんでいた輪郭の曲線が内側への膨らみに転じ、さらに上へと向くのですが、『吸血鬼ドラキュラ』では、上へ伸びる細い柱につながる一方、もとのアーチの内側で、三角形の各辺をくぼませたような黒い形だか影だかを描いています。
 ちなみに、「三角形の各辺を膨らませたような形」は〈ルーローの三角形
Reuleaux triangle 〉というそうです
 →日本語版ウィキペディアの該当頁。ウェブ上で見かけた
 加田紘大、「2次曲線で作られる凹型ルーロー三角形の掛谷問題」(『代数学ミニシンポジウム2018(倉敷) 報告集』、高専代数学研究会編、2019.3、pp.40-50 { < 津山工業高塔専門学校 ])
では、三角形の各辺を凹ませたような図形は〈凹型ルーロー三角形〉と呼ばれていました。

 話を戻せば、『バスカヴィル家の犬』では、問題の部分は白っぽくというか、アーチ全体の色と同じに均されています。他方、『吸血鬼ドラキュラ』および『バスカヴィル家の犬』と同じハマー・フィルム製作で、同じくバーナード・ロビンソンがプロダクション・デザインをつとめた作品に、件の部分が暗色で塗られたアーチを見出すことができます。ただし拳葉飾りは廃されている。
 まずは『吸血鬼の接吻』(1963)で室内に(→そちら)、 『吸血鬼の接吻』 1963 約18分:玄関広間
 次いで『凶人ドラキュラ』(1966)では、城の玄関の上にありました(→あちら)。 『凶人ドラキュラ』 1966 約51分:玄関前、左寄り
 これらは〈オジー・アーチ〉と見なしてよいのでしょうか。例によって『新潮世界美術辞典』では;
ogee arch(英), arc en accolade(仏), Wellenbogen(独) 葱花(ねぎばな)アーチともいう。下部に曲線、上部に反曲線を用いた葱花状の四心尖頭アーチ。14世紀以後の後期ゴシック建築とイスラーム建築でよく用いられた」(p.235左段)。
とのことです。
 そういえば『幽霊西へ行く』(1935)で、城の屋上にオジー・アーチならぬオジー・ドームらしきものを見かけたことがありました(→ここ)。 『幽霊西へ行く』 1935、約15分:屋上
 それはともかく、『吸血鬼ドラキュラ』と『バスカヴィル家の犬』のアーチがほぼ半円形を描くのに対し、『吸血鬼の接吻』と『凶人ドラキュラ』のアーチはひしゃげ気味なので、同じ大道具をそのまま用いたわけではありますまい。ただ、単なる好みなのか何なのか、先端が尖るという形状が意味もなく受け継がれた点を面白がれるかもしれないのでした。 
2021/03/28 以後、随時修正・追補
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