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市民ケーン
Citizen Kane
    1941年、USA 
 監督   オーソン・ウェルズ 
撮影   グレッグ・トーランド 
編集   ロバート・ワイズ 
 美術   ヴァン・ネスト・ポルグレイス 
 セット装飾   ダレル・シルヴェラ 
    約1時間59分 
画面比:横×縦    1.37:1 
    モノクロ

地上波放送で放映
………………………

 →こちらや→そちらでも触れたように、本作を始めとしてオーソン・ウェルズが監督した作品には『偉大なるアンバーソン家の人々』(1942)、『マクベス』(1948)、『オセロ』(1952)、『審判』(1962)などけっこう古城指数の高い作品が目につきます。といっても他には『上海から来た女』(1947→こちらで少し触れました)しか見ていないのですが、ウェルズが完成までこぎつけた長篇は全部で13本ということで、これをもって何か読みとれるものかどうか。とまれ超自然現象は起きませんが、ここではお城を中心に手短かに取りあげることにしましょう。電波状態が悪い時、VHSに3倍録画したという態なので、きちんと見るのはまたあらためてとなってしまいますが、ご容赦ください。

 他方本作についてはすでに多くの言葉が費やされていることでしょう。目についた範囲でも、教科書的なのかもしれませんが、下掲のジアネッティ『映画技法のリテラシーⅡ 物語とクリティック』の最終章「12 総合分析:『市民ケーン』」は、同書がそれまで個々に取りあげてきたフォトグラフィ、ミザンセヌ、動き、編集、サウンド、演技、ドラマ、ストーリー、脚本、イデオロギー、理論という11の項目ごとに本作を、具体的な例を挙げつつ分析したもので、格好の入門になっています。図版もけっこう載っていますので、関連のあるものは以下に記しておきます。
 なお本作はRKOの製作で、そのため『キャット・ピープル』(1942)、『私はゾンビと歩いた!』(1943)、『キャットピープルの呪い』(1944)、『死体を売る男』(1945)、『吸血鬼ボボラカ』(1945)、『恐怖の精神病院』(1946)など一連のヴァル・リュートン製作作品とセット装飾のダレル・シルヴェラが共通、また『キャットピープルの呪い』と『死体を売る男』で監督となるロバート・ワイズが本作では編集を担当しています。ワイズはウェルズの次回作『偉大なるアンバーソン家の人々』でも続投(美術はこれもリュートン作品などでお馴染みのアルバート・S・ダゴスティーノ→こちらを参照)、しかしウェルズの了解を得ない短縮版の編集によって汚点を残してしまうことになるのですが、それはともかく、ウェルズの初期長篇がヴァル・リュートン製作作品とほぼ同時期に同じRKOで製作されていたというのも、面白がれる点かもしれません。


 冒頭、立入禁止の札を掛けられた金網がアップになります。夜です。カメラはそのまま上昇する。金網の向こうには何やらもやもやした光がある。けっこう長いなと感じるほどに上昇が続く内、いつの間にやら金網は装飾格子に替わっています。やはりカメラが上昇する。やがて格子が画面左から右下を覆う形になり、右の向こうに山上の城がシルエットで見えてきます。いくつもの塔が聳え、灯りが1つともっています。手前右下には椰子の木が立っている。霧が這っています。この間バーナード・ハーマンの音楽はいかにも不穏気で、これを怪奇映画と呼ばずして一体何だというのかといった感じです。なおジアネッティ『映画技法のリテラシーⅡ 物語とクリティック』p.215 には図12-7 としてこのカットが掲載されていました。気がつきませんでしたが鉄格子には「K」の形をなす部分がありました。
 何度か視角が変えられますが、右奥にはそのまま城が見える。次いで左に玄関の門らしきもの、その次は左に尖り屋根の塔、右にドーム屋根らしき塔が映り、後者に灯りのついた窓があります。怪奇色に満ちています。
 斜め格子のはまった3連尖頭アーチ窓が正面から捉えられ、しかし灯りが消える。同じ窓がやや下からでしょうか、灯りがともります。
 雪が舞うのはガラス玉の中でした。口元がアップになり、「薔薇の蕾 rose bud」と呟く。ガラス玉が手から落ちて砕けてしまいます。
 看護士が扉を開けて入ってくるのが魚眼レンズで映されたかと思うと、そのまま看護士の姿は右下に引き、まわりを何やら曲面が取り巻いている。砕けたガラス玉の破片ということらしい。
 また窓に灯りがともるのが外から見られます。ここまでで約3分でした。

 音楽は一転して賑やかなものになります。訃報です。ザナドゥ Xanadu の主が歿したという。ザナドゥの地にフビライ・ハーンが歓楽宮を築いたといういわれがテロップで出ます。下掲のコールリッジの詩の冒頭が引用されているのでした。
 テロップのバックに、今度は昼間で、塔の頂き、仰角でシルエット化した軒並み、同じくアーケードとその上の物見、装飾的な門、壁の一角、角塔、別の角塔が次々に映されます。いずれも仰角で、椰子の木付きです。
 次いで空撮による全景です。場所はフロリダだという。アーケードとプールが映る。日本語字幕によると「湾岸の不毛地帯に築かれた人工の山」の上に建てられた。やや下から昼間の山上の城が映されます。画面左手前にシルエット化した船の帆柱やロープが入りこんでいる。ちなみに『映画技法のリテラシーⅡ 物語とクリティック』p.225 には図12-16 として城のマット画が掲載されていました。
 工事の記録映像、運びこまれる美術品・動物類、そしてまた下から城の細部が映されます。装飾が豊かです。というより様式のごたまぜというか悪趣味ということなのでしょう。1941年、葬儀が行なわれるという。約5分、各新聞に掲載された訃報が映るのですが、その中には日本語の『中央日報』もありました。
 城主ケーンの事蹟が綴られます。1895年から1941年までだそうです。新聞社主であったということで、新聞の印刷だかの場面が映るのですが、チェーンだか何だかに乗ってはるか上まで連なっていく。実際にこういうものだったのでしょうか。それはともかく、この延々と上昇するというモティーフは、冒頭の金網もそうでしたが、この後も何度か変奏されることでしょう。
 ちなみにザナドゥは2度目の妻のために築かれたのですが、現在も未完だとのことです。
 約12分、ニュース番組の"THE END"マークが出る。お城はここでいったん退場します。


 試写室でしょうか、やたら暗く、人物たちはシルエットのままです。映写窓でしょうか、上方の2つから光が射している。『映画技法のリテラシーⅡ 物語とクリティック』p.209 の図12-2 も参照のこと。

 雷雨の中、夜のクラブです。2度目の妻であるスーザン・アレクサンダー(ドロシー・カミンゴア)のもとに記者トンプソン(ウィリアム・アランド)が取材を申し込みに来ます。酔ってテーブルに突っ伏したスーザンに拒まれる。ちなみにトンプソンはこの後何人かに取材していく狂言廻しとなるのですが、本人の顔はあまりきちんと映らなかったような気がします。

 第2の取材先はフィラデルフィアのサッチャー図書館です。サッチャーはケーンの後見人でした。仰々しいサッチャーの彫像が据えられた受付を経て、金庫のような金属扉を通り閲覧室に入ります。やたら天井が高く、左上から光が落ちてくる。奥の扉からサッチャーの日記を持った司書が出てきます。
 サッチャー(ジョージ・クールリス)がチャールズ・ケーンに会ったのは1871年のことでした。ケーンは10歳前後でしょうか。このくだりでは、手前に人物のいる屋内の場面で、奥に窓がありそこからケーン少年が雪の中で遊んでいる姿が見えるという構図が印象的でした。この構図は『映画技法のリテラシーⅡ 物語とクリティック』p.213 には図12-5 として掲載され、pp.211-214 で細かく分析されています。またラストにつながる雪橇が登場します。
 ケーン(オーソン・ウェルズ)が25歳になって新聞社の経営に乗りだす場面、時間が飛んで1929年冬、不況で新聞社が倒産する場面と続き(『映画技法のリテラシーⅡ 物語とクリティック』p.216 の図12-9 も参照のこと)、約30分、現在に戻るのでした。


 第3の取材先はケーンのマネージャーだったバーンステイン(エヴェレット・スローン)です。ケーンの学友リーランド(ジョセフ・コットン)と新聞社に乗りこむ。天井は格子状の梁に区切られ、交差したところから柱が下りていました。
 新聞社はやがて成功を収め、パーティーが開かれる。しかしこのあたりからリーランドは何やら懸念を抱いているようです。休暇でヨーロッパに出かけたケーンから美術品が山ほど送られてくる。『映画技法のリテラシーⅡ 物語とクリティック』p.236には図12-24 として一齣が掲載されています。美術品蒐集を始めて5年とのことでした。
 ケーンが大統領の姪でもあるエミリー・ノートン(ルース・ウォリック)と婚約する。約48分、現在に戻ります。


 約49分、建設中の鉄橋らしきものが下から見上げられるカットをはさんで、病院暮らしのリーランドを訪ねます。彼によるとエミリーとの結婚生活は、数ヶ月後には朝食の時しか顔を合わせなくなるというものでした。その数ヶ月間が同じ食堂の場面を重ねることで表わされます。奥にゆるい半円アーチが2つ並び、その下に尖頭アーチ窓が連なっている(『映画技法のリテラシーⅡ 物語とクリティック』p.218 の図12-10 も参照のこと)。
 約55分、スーザンと出会った時彼女は虫歯でした。22歳だったとのこと。
 約1時間、知事選に立候補します。演説するケーンを、遙か上の桟敷席のようなところから見下ろす男の後ろ姿の構図が印象的でした。『映画技法のリテラシーⅡ 物語とクリティック』p.210 の図12-4 に掲載されています。男は現知事ゲティス(レイ・コリンズ)であることがすぐにわかります。その際ゲティスはしばらくシルエットのままです。
 約1時間10分、落選後の新聞社内が下からとらえられます。三角天窓があるとわかります。ここでケーンとリーランドが対決する。
 約1時間15分、再婚報道に続き、スーザンのためにオペラハウスが建てられる。舞台をとらえたカメラはそのまま上昇、舞台上部の装置類を映し、キャットウォークにいたるのでした。2年後の『オペラの怪人』1943年版が連想されたりもします。
 リーランドが書ききれなかったスーザンのデビュー作の劇評をケーンが書く。酷評でした。約1時間23分、現在に戻ります。


 約1時間25分、最初のクラブに戻ってきます。上空から捉えられた三角天窓は一部割れている。スーザンが取材に応じます。
 歌手とのしての活動、自殺未遂に続いて、約1時間38分、再びザナドゥの夜景が映されるのでした。お城の再登場であります。不穏な音楽付きです。
 おそろしく広く、天井の高そうな広間です。薄暗い。奥に右上がりの階段が見えるのですが、何度か踊り場をはさんだこの階段もたいがいな大きさ・高さのようです。上で左右に欄干のある回廊が伸びています。カメラは左から右へ流れる。これまたいやに大きな横長の暖炉があります。そのすぐ前にスーザンがいました。200平方キロの土地とのことです。スーザンはパズルをしている。パズルが幾種類も映ります。なお『映画技法のリテラシーⅡ 物語とクリティック』p.225 に図12-15 として広間の構想図、p.215 の図12-6 と p.223 図12-14 に暖炉の場面が掲載されています。


 大階段をケーンが下りてくる。右奥に大暖炉が見えます。その向かいの壁、上方に窓が並んでいる。
 海岸沿いに進む車の列を上空から、次いでピクニックの場面を経て、約1時間42分、テントの中のケーンは禿頭になっていました。

 奥に数段下りの階段が見えます。そこからケーンが出てくる。左へ回廊が伸び、その右下が下りの大階段です。
 スーザンの部屋です。内装は白っぽい。天井がいくつにも分割されています。スーザンは出ていってしまう。部屋の扉には星形の刻みが入っています。扉を出た先から真っ直ぐ奥へ廊下が伸びている。そこから出口となって外につながっていました。出たところはテラスのようにも見えますが、位置はわからない。

 約1時間46分、現在に戻ります。スーザンは執事のレイモンドを最後の取材先として薦めます。

 約1時間47分、ザナドゥでレイモンドとトンプソンが話す。大階段が上から見下ろされます。2人が階段を下りる際には下から見上げられる。レイモンドは勤めだして11年になるという。
 扉を囲むアーチは何かと装飾的です。左側で外に通じている。奥に見えるのは海でしょうか。扉の奥にケーンがいます。スーザンの部屋でした。ケーンが荒れ狂う姿がやや下から捉えられます。机にガラス玉がありました。ケーンは「薔薇の蕾」と呟く。
 ケーンが扉から出ます。上に装飾的なアーチ、同様のものが左にもある。あちこちに細い捻り柱が見えます。
 ケーンは先へ、左から右に進む。その向こうで装飾的なアーチが幾重にも連なるさまは、合わせ鏡になっているらしい。『上海から来た女』のクライマックスが予告されていたわけです。


 約1時間51分、記者たちがザナドゥで写真撮影しています。いたるところに彫刻がある。石組みの柱が並んでいるようにも見えた壁は、木箱の山らしい。この場面は『映画技法のリテラシーⅡ 物語とクリティック』p.233 に図12-22 として掲載されています。カメラは上昇しつつ後退し、俯瞰のまま今度は前進します。
 子供の頃持っていたのと同じものでしょうか、橇が焼却炉にくべられる。橇には「薔薇の蕾」と記されていました。
 夜の城外観がかなり下から見上げられます。煙突から煙が出ている。カメラは下から上へ、画面は空の煙のみになります。手前に金網が映る。カメラは上から下へ、立入禁止の札を捉えます。
 左に金網、そして城のシルエットが現われ、エンド・マークが重ねられるのでした。この後クレジットが続きます。

Cf.,  ルイス・ジアネッティ、堤和子・増田珠子・堤龍一郎訳、『映画技法のリテラシーⅠ 映像の法則』、フィルムアート社、2003
 同、 『映画技法のリテラシーⅡ 物語とクリティック』、2004
原著は
Louis Giannetti, Understanding Movies, 9th edition, 1972/2002
のⅡ巻、pp.205-241;「12 総合分析:『市民ケーン』」

『シネアスト』、no.2、1985.9、pp.37-245:「特集 オーソン・ウェルズ」
ウェルズとバザン(F.トリュフォー)/映画=演劇(ジャン=クロード・ビエット)//
ウェルズのうさんくささ-『フォールスタッフ』をめぐって(高橋康也)/自由な人間(ジャンヌ・モロー)/シナリオの危機(オーソン・ウェルズ)/《アメリカ》の復讐(粉川哲夫)//
語るオーソン・ウェルズ(インタヴュー:ビル・クローン)//
「不死の物語」について(ジャン・ルノアール)/同時代性について シェイクスピアの現代化をめぐって(磯田光一)/心のスクリーン-「市民ケーン」の話法(ブルース・F・カウィン)/オーソン・ウェルズの顔(四方田犬彦)/潜在的欲望としてのフェイク ラテンアメリカ作家とウェルズ(野谷文昭)/夜と昼(千葉文夫)/市民ケーン アメリカの実験(ジークフリート・クラカウアー)/過剰なる映像体験(梅本洋一)/美しく黒きドナウ-「第三の男」について(池内紀)/表面の力学(兼子正勝)/
映画(フィルム)・システム・物語(スティーヴン・ヒース)//
[ラジオ・ドラマ]火星人来襲(原作:H.G.ウェルズ、脚色:ハワード・コッチ、オーソン・ウェルズ)/火星人が襲った日(小松弘)//
Chavirements [横転]スクリーンのイコノロジー(アラン・ベルガラによる)//
オーソン・ウェルズ テアトロ=フィルモグラフィー(梅本洋一編)など


バーバラ・リーミング、宮本高晴訳、『オーソン・ウェルズ偽自伝』、文藝春秋、1991
原著は
Barbara Leaming, Orson Welles, 1983
本作については pp.197-200, 205-212 など
こちら(『偉大なるアンバーソン家の人々』)そちら(『マクベス』)あちら(『オセロ』)、またここ(『審判』)でも挙げています


アンドレ・バザン、堀潤之訳、『オーソン・ウェルズ』、インスクリプト、2015
オーソン・ウェルズの横顔(ジャン・コクトー 1949)//
オーソン・ウェルズ(アンドレ・バザン);20世紀アメリカのルネサンス人/幼年期の虜になった食人鬼/『市民ケーン』から『マクベス』へ/主題の深さから画面の深さへ/結論//
資料;ハリウッドが考えさせようとすると… オーソン・ウェルズの映画『市民ケーン』(ジャン=ポール・サルトル 1945)/脳の肥大(ジョルジュ・サドゥール 1946)/オーソン・ウェルズの天才-かつてなく大胆不敵な社会的攻撃文書、『市民ケーン』(ロジェ・レーナルト 1946)/『市民ケーン』の技法(アンドレ・バザン 1947)//
オーソン・ウェルズ フィルモグラフィ//
訳者解説 ウェルズとバザン、ふたたび(堀潤之)など、192ページ。
コクトーとバザンの主要論文の原著は
Jean Cocteau et André Bazin, Orson Welles, 1950
こちら(『偉大なるアンバーソン家の人々』)そちら(『マクベス』)でも挙げています

〈ザナドゥ〉に関連して、訳は各種あるのでしょうがとりあえず;
斎藤勇・大和資雄訳、『コウルリヂ詩選』(岩波文庫 5529)、岩波書店、1955、pp.115-118;「忽必烈(クブラ)(・カーン)
原著は
Samuel Taylor Coleridge, "Kubka Khan; or, A Vision in a Dream: A Fragment", 1797/1816
原文では
"In Xanadu did Kubla Khan
A stately pleasure-dome decree"
と始まる、『市民ケーン』でも引用された冒頭は、この訳では
「上都に忽必烈汗は勅して
壯麗な歡樂宮を營ましめた。」
となっています(p.115)。

おまけ  こちらでも触れましたが、
ブノワ・ペータース作、フランソワ・スクイテン画、原正人訳、「塔」(1987)、『闇の国々』、2011、pp.119-216
の主人公はオーソン・ウェルズをモデルとしてデザインされました。
また本篇に続いて「原作者が典拠を語る」
pp.218-223;ブノワ・ペータース、「石の夢」
さらに「中央資料館の元研究員イジドール・ルイによるフランソワ・スクイテンとブノワ・ペータースへのインタビュー」として
pp.224-225:「オーソン・ウェルズ最後の役」
もっともペータースたちが挙げている『フォルスタッフ』(1965)は未見なのですが。

 2016/3/11 以後、随時修正・追補
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