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恐怖の精神病院
Bedlam
    1946年、USA
 監督   マーク・ロブソン 
撮影   ニコラス・ムスラカ
編集   ライル・ボイヤー 
 美術   アルバート・S・ダゴスティーノ、ウォルター・E・ケラー 
 セット装飾   ダレル・シルヴェラ 
    約1時間19分
画面比:横×縦    1.37:1 
    モノクロ 

DVD
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 RKOでのヴァル・リュートン(1904–1951)製作作品で、脚本も監督のロブソンと共同で、『死体を売る男』(1945)同様カルロス・キース名義のリュートン自身が手がけています。'suggested by The WILLIAM HOGARTH Painting BEDLAM Plate #8 The Rake's Progress'(ウィリアム・ホガースの絵画《ベドラム》、連作《放蕩一代記》第8図に示唆を受けた)と記され、このクレジットのバックに銅版画版の画面が映っています。この連作については日本語版ウィキペディアの『放蕩一代記』のページをご覧ください(→こちら)。下に第8図を挿図に掲げておきましょう。タイトル・バックには他にもホガースのものと思われるさまざまな銅版画が映され、本篇中でも随所で版画の画面が挿入されます。
 超自然現象は起こりませんが、ほぼ全篇にわたって、何かの影がどこかに映りこんでいます。場面によって明るい暗いはさまざまですが、影登場の頻度を鑑みて、手短かに取りあげることとしましょう。

 舞台は1761年のロンドン。最初に映るのはいくつかの棟が組みあわさった建物で、マット画だと思われます。いくつかの三角屋根、アーチ窓の並び、煙突が立ち並ぶ中、屋根の一つに男がぶらさがっている。カメラが接近してそのさまをとらえます。この状況は末尾近くでくりかえされることでしょう。
 街中も小塔だらけだったりしますが、始めの方は通常の日常生活の場が舞台となります。とりわけヒロインの保護者であるモ-ティマー卿の家では、壁も明るい。それでいて壁には必ず何かの薄い影が落ちていたりするのでした。少し後で出てくるヒロインの家の場面では、悪くない階段も登場します。

 タイトルのベドラムこと王立ベスレム病院に入れば、まず廊下を進んだ先、病棟への入口が映る際、天井から落ちてくるのでしょうか、壁も床も一面、格子状の影で区切られています。壁と壁、壁と床の境で格子の線は折れ曲がり、一部ではギザギザになっていたりする。上からの光に応じて、壁では下の方に行くほど、線と線の間隔は広くなっています。これはあきらかに拘禁の隠喩なのでしょうが、意味づけ以上にイメージとして鮮烈です。
 扉から入ると、カメラは後退しつつ上昇して、広間を見下ろす。床に右にあるらしき窓から縦の格子の影が落ちています。
 また後の場面では、裏の作業口から続いている廊下が映ります。この廊下は昼間でも暗く、縦方向に幾何学的に分割されています。ここには独房が並んでいて、その先に広間への扉がある。この裏の廊下も、末尾近くに再登場します。


 お話の主な舞台となるのは病棟の広間で、一方にアーチが連なっています。手前のいくつかのアーチの奥に格子状の影が見えるかと思えば、一番奥のアーチには直接格子がはまっていたりします。ヒロインが寄りかかる柱の向こう側に、床から天井まで格子状の影が落ちる場面もあれば、その少し後、テーブルを囲むヒロインたちの背後、アーチを経て、格子の影のさなかにやけにくっきりと、横向きで立つ人物の影が混じっています。この影の本体がどうしているのかは語られませんし、後ろの方の点景以上ではないのですが、いやに気にならずにいません。
 夜の広間では、奥に進むとやたら暗い部分があって、ヒロインは燭台を手にそちらに進んでいったりします。暗いひろがりにはさまれた中、少し明るい壁にテーブルの影が落ちつつ、その脇に明るい縦の溝状のものが二つ並んでいるのでした。
 またヒロインが患者の世話をする場面では、画面右端は背後に立つ人物のスカートで大きく区切られ、その左側でヒロインが床の人物を看護しているのですが、ヒロインの頭上の壁に、これもやけにくっきりした人物の影だけがいくつも群がっている。周りで見ている人物たちの影であることはすぐに映されるのですが、蝟集する明確な影の集合はそれだけで印象的なイメージでした。

 最後にヒロインを陥れる院長を演じたボリス・カーロフについてもふれておきましょう。映画の始めの方では、言葉巧みに権力者にとりいる世俗的な悪党として彼は描かれます。舞台が病院内に移ると、ヒロインの偽善を責める、より純粋で狂的な悪の体現の相を呈するようになります。しかしヒロインに親身に世話されることで患者たちが造反し、院長を審問にかける山場では、またニュアンスに変化が感じられました。恐怖に怯えながら、その行動の動機はおのが居場所を守ることだった、身につけた学問も一度しくじれば見向きもされなくなる、こここそが自分の居場所なのだと語るその姿は、とても迫力がありました。冒頭からの人物像の変化は決して設定の曖昧さゆえではなく、いっさいが収斂してこの告白に回収されます。前年の『死体を売る男』に続くカーロフの熱演の段と見なしたいところです。
 フリッツ・ラングの『M』(1931)を連想させる審問の場面でしたが、ここでは患者たちによって院長は正気だと言い渡され、解放される点も、面白いところです。この作品では病院にいる患者たちは基本的に被害者であって、彼らを加害者にしたくないという意図があったのかもしれません。しかし前に置かれた伏線を拾って、院長は恐ろしい目に遭うことになるのでした。

おまけ ホガース《精神病院》(油彩) 1733  ホガース《精神病院》(銅版画) 1735
ホガース
《放蕩一代記》第8図:《精神病院》
1733年(油彩)/1735年(銅版画)


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 2014/11/23 以後、随時修正・追補
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