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オペラの怪人
Phantom of the Opera
    1943年、USA 
 監督   アーサー・ルービン 
撮影   W.ハワード・グリーン、ハル・モーア 
編集   ラッセル・F・シェーンガルト 
 美術   アレグザンダー・ゴリツェン、ジョン・B・グッドマン 
 セット装飾   ラッセル・A・ガウスマン、イーラ・S・ウェッブ 
    約1時間33分 
画面比:横×縦    1.37:1 
    カラー

DVD
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 ユニヴァーサル社が『オペラの怪人』1925年版をトーキー、テクニカラーで再製作した作品。前回のセットが残っていたので、それを修正しつつ再使用したとのことですが、印象はかなり違います。地下空間が登場するのは物語の最後の方だけで、客席入口の空間も現われません。前回から踏襲されたと思われるのは舞台と客席で、その華やかさを表わすことに意が用いられているようです。カメラはクレーンを用い、ぐい~んと動きながらそのさまを捉えます。
 数種類見られる舞台装置はけっこう豪華で、とりわけヒロインが急遽代役で出演することになった時のそれは、奥に一段高いテラス状の空間を設け、両端で湾曲する階段になって手前の床に下りてくるというものです。テラスには中央と左右、計三つの入口が開いています。白や明るいベージュが基調になっている。前作での客席入口の空間を変奏させたかのごとくでした。


 劇場内の指揮者の部屋や支配人室、ヒロインがレッスンに通うアパルトマン、印刷業者の事務所、ヒロインの住まいなど、それぞれのセットも丁寧に作られています。レッスン先のアパルトマンでは色が白系で統一されるなど、色彩効果にも気が配られていました。また古典主義風の柱が印象的な指揮者の部屋で、後に怪人となる悲運の音楽家がヴァイオリンを弾く際、明るい茶色のピアノに影が映るなど、面白い細部も見られました。書棚の本はあきらかに描いたものでしたが。
 そうした中で目立っていたのは、音楽家の下宿でしょう。屋根裏にあるそこは、入口の回りで両側に幅の広い木製の柱が急な傾斜になっており、何段か下りて床になります。傾斜した柱の手前には大きな窓があり、窓の桟が奥の壁に影を落とす。窓からは、向かいにある集合住宅の屋根が見えます。窓からさらに手前、ピアノを置いた空間でふたたび柱が傾斜していました。

 舞台裏もかなり広くて、舞台自体の数倍はありそうです。ただし前作のように何階にも重なっているわけではなく、総じて明るく照明されています。その分天井はかなり高く、最初に舞台裏が映る際には、通用口から階段を下りてきて、いったん枠組みだけの仕切りで区切られた踊り場を経て、さらに1度折れていました。ちなみこの映画では、楽屋周辺の廊下にもいくつか同じような仕切り壁が設けられています。
 また何重にも緞帳が重なっていて、その間から怪人が忍び寄る場面では、左に青灰色、右には3段階ほどに変化する金茶色のものがそれぞれ並ぶと、色の調和が工夫されていました。


 しかし舞台裏でもっとも魅力的だったのは、怪人と彼を追うバリトン歌手が舞台上方の空間に上っていく場面でしょう。楽屋のある一帯の廊下周辺のセットもしっかり造りこまれていて、建物の空間の豊富さを感じさせてくれるのですが、それはともかく、廊下にある扉の一つをあけると金属製の螺旋階段があって、それを上ってさらに、舞台の裾の上部へと梯子で上っていく。キャットウォークが三層ほど重なっており、いたるところ舞台装置を操作するためのロープが垂れさがっています。大きな巻き上げ機のようなものも二つ並んでいました。通路の手すりにはハンドルがついていて、ロープを結びつけるようになっている。重しをつけたロープもあります。
 原作には以下のくだりがあります;「そして彼女は雲よりも高く、見事に混乱した舞台天井の梁構えのなかへ彼を案内した。それから彼の目の前で、拱架の折れそうな橋の上、滑車や、ウインチやシリンダーにつないであるロープのあいだ、帆桁やマストの立ちならぶ文字通りの空中の森の真中などを走ったりして、彼に目まいを感じさせた」(邦訳、第12章、p.195)。
 舞台上方の空間は、後に怪人がシャンデリアを落とそうとする時にも映されます。青灰色と金茶色の緞帳をかける場所のすぐ上にある通路に扉があって、そこから天井裏に通じているということのようでした。
 これらの場面では宙に浮いた頼りない通路や梯子、垂れさがった無数のロープなどが、がっしりした壁や床がない、それゆえにいかようにも高くなり、あるいは底無しになり、ロープ越しにいかようにも隙間が開くという空間を表わしえていました。

 シャンデリア落下の時点までに、怪人は、一度はやはり舞台裏なのでしょうか、薄暗い廊下を通り抜けています。手前には仕切りと柱があり、奥は右に曲がっているようでした。人気はなく、どこかとどこかをつなぎつつ、それ自体はどこでもない廊下というものの雰囲気がよく出ていました。
 もう一度はさらに暗い空間で、舞台の下なのでしょうか、奥の壁には階段が右上から左下に下り、左下にはアーチ状の出口があります。手前には箱か何かが積みあげられているようです。そこに佇み、ヒロインが初の代役をつとめる舞台のある上方を見上げる怪人を小さく俯瞰で捉えたショットは、距離と待機の感覚を伝えます。


 物語も大詰めを迎え、いよいよ地下の空間巡りです。音楽家が怪人へと変貌するきっかけとなった事件の際、逃げこんだ先が下水道で、その場面が予告の役割をつとめていたということになるのでしょう。緞帳と緞帳の間を通り抜けると(けっこう奥行きがあります)、壁に背の低い格子扉があります。扉の上部は半円形で、手前右には大きなハンドル、左は道化(?)の人形が置いてある。中に入れば、背にした壁と向かって右の壁には格子の影が映り、左側には半円形の天井の通路があります。少し段を下りて左、水平の桟と円柱に区切られて(やはり壁には格子の影)、半円アーチをいただき下方に下っていく長いスロープが伸びている。かなり深く見えます。
 先に進むと、やはり半円アーチを額縁にして、奥の壁に左上から右下へ、無骨な階段が下りる部屋が下から見上げるように捉えられます。怪人がたたずんでいた暗い部屋と同じものなのかどうかはわかりませんでした。
 続いて、アーチの続く通路、横方向にいくつも枝分かれしています。また次の通路は、右に寄せて映されいっそう暗い。手前の壁には水面が揺らめく影が映り、床にも水が漏れています。少し上りになっているようです。そこを奥から、怪人とヒロインがやってくる。
 次に広い空間に出ます。ほとんどが水に占められており、通り道は地底湖を囲むように伸びています。壁は石でできていて、ところどころ石材を積み重ねた出っ張りがある。石材は下ほど小さくなっています。怪人とヒロインは向かって左の道を進むのですが、そこはぐぐっと湾曲していて、橋状になっています。それが俯瞰で映される。他方、彼らを追ってきて、下降するスロープ、階段室、枝分かれする通路を経てきた歌手と警視は、壁沿いのもう一方の道を渡りました。彼らは水辺を抜けた後も、長い通路を通らなければなりません。
 渡りきった先に、怪人のアジトへの入口があります。アジトにはピアノがあり、一方の壁は上半分があいていて、向こうにアーチの連なりが見えています。斜めになった大きな石柱に支えられています。まだ奥の方に続いているようです。
 このあたりは崩れやすくなっていたのでしょう、歌手と警視は途中ですでに、一部壁が崩れるさまに出くわしていたのですが、怪人に対面した警視が放った銃撃の響きで、一挙に崩壊するのでした。


 最初に触れたように、映画の主眼となっているのは舞台の華やかさとその周辺で、物語の雰囲気もテクニカラーの色彩設計も、明るい感じに振っています。終幕での地下空間の描写にもかかわらず、おどろおどろしい恐怖映画的な雰囲気はあまり強調されていませんでした。1925年版に比べればこうした印象はなおさら強くなることでしょう。そのかぎりで、セットによって作りあげられた空間の多様性には、捨てがたい魅力があるように思われます。
Cf.,  手元にあるDVDに収められたメイキングは、1925年版および1962年版(監督:テレンス・フィッシャー)と合わせて、詳しい資料となっています。
同じDVDボックスのブックレットが;
石田一、Monster Legacy File、2004、p.15

原作等については→『オペラの怪人』1925年版
 2014/09/16 以後、随時修正・追補
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