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レベッカ
Rebecca
    1940年、USA 
 監督   アルフレッド・ヒチコック 
撮影   ジョージ・バーンズ 
編集   W・ドン・ハイエス 
 美術   ライル・R・ウィーラー 
 室内装飾   ハワード・ブリストル 
 室内デザイン   ジョゼフ・B・プラット 
    約2時間10分 
画面比:横×縦    1.37:1 
    モノクロ

一般放送で放映
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 シャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア』(1847)の衣鉢を継ぐダフネ・デュ・モーリアの原作を映画化した、ヒチコック渡米後第一弾の作品。この作品では超自然現象は起こりませんが、お話の大半が古い館で繰りひろげられるという典型的なゴシック・ロマンスです。電波状態が悪い時、VHSに3倍録画したという態なので、きちんと見るのはまたあらためてとなってしまいますが、ご容赦ください。

 タイトル・バックは霧たなびく林で、カメラが進むとともに装飾的な鉄の門を通り、館の全景が見えてきます。夜空の下、シルエットで横に長く伸び、幾本もの煙突や三角破風を擁しているようです。窓に灯りがついたとのナレーションとともに、月が出て、窓の格子も明るく照らされるのですが、さらに近づくと、窓硝子もなくなった廃墟の姿にすり替わってしまいます。人の顔が突然骸骨に変貌したかのごときさまなのでした。

 原作はヒロインの一人称で綴られるのですが、それに応じたのか、映画でもラスト近くの展開を除けば、ほぼヒロインの目に映る範囲を出ることはありません。プロローグは南フランスでのヒロインとマンダレイの当主とのなれそめを描くのですが、やたらとバスト・ショットが多いような気がします。またホテルの室内の壁に、木の枝葉の影が濃く浮かびあがっていました。

 30分弱ほどして、結婚したヒロインと当主が車でマンダレイに向かいます。左手に2階ほどの見張り小屋の附属した半円アーチの門をくぐり、林の中を通っていくのですが、これが長い。どれだけ敷地が広いのでしょうか。ようやく館が見えてきて、カメラは左から右へ移動しながらその外観を映していきます。幾本もの煙突、三角破風に横へ伸びる棟、最後に少しごつく背も高い棟に達する。さほど垂直性は強くはないのですが、何せ広そうです。
 上から球、とがった円錐、細めの芯、台座となる柱に両側をはさまれ、地面から数段あがった玄関はすごく大きいわけではない。中に入ると石積み壁に扉が一つある控えの間を通り、玄関広間となります。使用人が20人ほど待ち構えていてヒロインをひるませてくれるのですが、その後ろには凱旋門のような壁が控えています。その中央下には奥への出入口が開いています。次いで向かって左側の壁も映され、手前から大きな暖炉、いやに背の高い出入口が見える。玄関を背に当主とヒロインが奥から手前へ進めば、左奥には階段が見え、右下では何かの影が落ちている。

 ヒロインの部屋はもとは来客用で、主の部屋は西の翼にあることが家政婦のダンヴァース夫人によって告げられます。扉の外には右に太い柱、左に何段かの階段、その上に斜め格子の桟を張った半円形の窓がのぞいています。この部屋は外の空間より少し低い位置にあるようなのですが、それはさっそく確かめられます。この部屋から出て廊下を進む場面は、古城映画的には本篇の白眉といってよいでしょう。
 扉から出たすぐ外では、左手の壁に上に太い鎖状の影、その下に柱のようなものの影が大きく映っています。柱は中ほどで円を貫いている。並ぶ二本の柱は平行ではなく、歪んでいるかのようです。この影のありさまは異様に目立っていました。
 ヒロインとダンヴァース夫人が右から左へ進みます。幾本もの細い線で平行な皺をつけられた半円アーチをくぐり、足もとは映っていないのですが、階段をのぼって上昇、背を見せながら左手で奥の方を向くさまを、カメラはずっと追う。奥には長い廊下がまっすぐ伸びています。少し先に尖頭アーチ、その奥にもアーチが二つほどのぞき、一番奥のものは暗くなっています。左側の壁は手前近くにアーケード状の窓を開いています。嬌声をあげそうになるショットでした。
 少し進めば、右手に階段室があることがわかります。水平の手すりや、上の階への階段があります。二人は廊下を奥へ進んで、階段室付近でいったん数段さがったようです。少し進めばまた同じだけあがることになる。ダンヴァース夫人は廊下の奥の方が西の翼であり、突きあたりの扉の向こうに当主の死んだ前妻レベッカの部屋があると告げます。
 奥の扉は両脇を木とその枝を様式化した側板にはさまれ、右下には半円アーチと斜め格子の影が落ちている。前の床には黒犬がうずくまっていたようです。

 皿が大きくアップで映されたかと思うと、カメラは後退しながら上昇し、食堂をとらえます。食堂を出て左を見れば、執事によって宴会場と紹介される広間です。いうところの体育館並みの広さで、画面両端はアーチで枠取られ、一番奥はやはり半円アーチに区切られた先で大階段が、はるかに遠く見えます。半円アーチまで何段かあがり、少し水平の床を経てまた何段か、それからまっすぐ階段が半ばまであがっていく。踊り場に達すると階段は左右に分かれ、踊り場の上には大きな縦長の窓がある。
 宴会場の右側の壁には大きな暖炉があります。大階段の手前で左に折れると書斎に通じている。書斎の扉の前では、植物紋様の大きな影が落ちています。中に入れば窓の両脇にたぐり寄せられたカーテンが風に揺れる。執事にここの暖炉は午後に火を入れると言われ、ちょうど向かい側に朝の間があるとのことでした。


 敷地内には海岸もあり、そこにおりるための粗末な木の階段が設けられています。岩だらけの岸辺にはボート小屋があり、後にクライマックスの一つの舞台となります。
 財産管理人とヒロインとの打ちあわせの場面では、壁に枝葉の影が濃い。
 当主はヒロインとハネムーンの際に撮影された8ミリでしょうか、映像を映します。画面の白っぽい明るさがまわりの暗さと、ひいては館の雰囲気と対比される。ヒロインの顔がアップになり、目のあたりに光があたった状態から、右からの光に転じます。フィルムのちらつきに目を閉じるのでした。


 宴会場奥の大階段を踊り場で右に向かえば、その正面にレベッカの部屋が位置することがわかります。ということは、ヒロインの部屋はその反対側、踊り場を左に折れた先なのでしょう。扉に手だけが映って、ヒロインはレベッカの部屋に忍びいる。天井は4メートル以上の高さで、中はカーテンで区切られています。ヒロインが窓の前に立つと、白っぽいカーテンに、右側では直線が交差する桟の影、左側ではなぜか水平の桟がふくらんだ半円になっていたりする。さらにカーテンが風でふくらめば、ふくらんだ部分になお、桟の影が映っています。ふくらみが増すにつれ、左側に斜め格子の影が生じるのでした。

 この館には肖像画の回廊なるものもあります。画面左ではアーチの下部分が暗くなって壁を支え、その右側に大きな肖像画がかかっている。その前をヒロインとダンヴァース夫人は左から右へ進みます。額縁の影や柱の影が随所に見えます。
 肖像画の内の1点を参考にした衣装をまとって、ヒロインは仮装舞踏会に出席するべく自室を出ます。以前に出た部屋から廊下への場面とは逆に、今度は大階段の側から廊下が映されます。左に柱頭のある柱を枠どりに、奥にずっと廊下が伸びていく。向かって右手の壁が見えているのですが、少し奥には尖頭アーチがあり、その奥で太い横木のようなものがずっと続き、その下にアーケード状の窓がのぞく。右側の壁の下半は、手前から筋入りの影のようなものに刻まれています。一番奥にも三角アーチらしきものがあり、そこを左に折れてくだると、ヒロインの部屋に着くのでしょう。やはり廊下はいいですねと、溜息が出るところです。
 部屋から出たヒロインは廊下を進み、その際肖像画を確認します。ということは肖像画の回廊はこの廊下の一部だったことになりますが、この点はよくわからない。とまれ階段のところまで来ると、吹き抜けと階段の手すりには折れ目ごとに塔状の柱が立っているのが目に入ります。向かって右の壁には網目状の影、左の吹き抜けの壁には木状の影が落ちている。
 ふりかえれば廊下の反対側はやはりレベッカの部屋に通じています。主階段は上の階へあがっており、中3階らしき部分も見えます。


 失意のヒロインはレベッカの部屋に駆けこみます。ここでのダンヴァース夫人との対話はお話の上では最初のクライマックスといえるでしょう。すでに死んでいるはずのレベッカがこの物語を影から動かしていることは、正統的なゴシック・ロマンスのあり方をよく踏襲しているわけですが、実のところこの場面以後、微妙に変化する表情を示していくことになるダンヴァース夫人こそが影の主役と見なすこともできるでしょう。先妻のレベッカを崇拝する彼女の姿は、数年後の『呪いの家』(1944)におけるミス・ハラウェイにも通じています。
 さて、ベッドに突っ伏すヒロインの向こうで、ダンヴァース夫人は窓を開けるのですが、この時窓の向こうは、上下も左右もないもやもやした虚空となっていました。霧の日の屋外、曇りの日の海などにこうした光景は実見できますから、決して現実離れしたものとはいえないのですが、過剰なまでに物がたくさんあるマンダレイの環境に慣れた後だけに、その対比は効果を発揮していました。
 ダンヴァース夫人はヒロインを窓のそばに誘い、上からもやのたなびく下方を見下ろしながら、ヒロインのすぐ背後から囁きかけます。ここも迫力のある場面ですが、すぐに花火とともに、難破船が見つかったとの声が飛び交い、ヒロインは飛びだす。その後ゆっくり窓の下を向き、目には見えない何かに面したかのごときさまこそが、ダンヴァース夫人を実質的な主役に押しあげるのでした。


 ごつごつした浜辺で夫を捜してさまよったヒロインは、ボート小屋で彼を見つけます。ここでの当主の告白が、第二のクライマックスでしょう。その際、人物のいないソファとその上の横に長い窓を、カメラは右から左へとパンし、その先で扉に寄りかかる当主に達します。先にもヒロインとダンヴァース夫人が部屋から廊下へ進む場面で、カメラは右から左へと動いていました。同様の動きはこの後にも出てきます。これに対して、ヒロインと当主がマンダレイに到着した際には、カメラは左から右へと動いて、館の外観を映していました。西欧の文化圏では、文字の並びもあってか、左から右へという動きの方がより自然に感じられるとは、絵画の構図を例にヴェルフリンが説いていたところです(ハインリヒ・ヴェルフリン、中村二柄訳、「構図の左右について」および「ラファエルロの絨毯下絵の顛倒の問題」、『美術史論考』、三和書房、1957。また中森義宗・衛藤駿・永井信一、『増補 美術における右と左』、中央大学出版部、1992 も参照)。それがここでも当てはまるのかどうか、セットを組みたてる都合もあるでしょうから一概には言えそうになく、加えて、もともとは文字を右から左へ並べる文化に属していた現在の日本の観客がそれを見てどう感じるのかは、また別の問題とはなるのでしょう。

 難破船とその中にあった死体の発見によって、レベッカの死についての再審理が開かれることになるのですが、当主に疑惑を抱いたレベッカの愛人は、当主をゆすろうとします。その話をするべく酒場の個室に入ると、曇りガラスの窓があって、そこに壜の列の影が映っていました。カメラがさらに右の方をとらえれば、帽子をかぶった男の横顔もあります。それはともかく、真実を確かめるべくロンドンの医師のもとへ行こうという話になって、皆が部屋を出る時のダンヴァース夫人の表情も、支えにしてきたものが失なわれることを予感するかのごとくでした。

 ここでヒロインの視界から離れて、ロンドンでの調査が描かれる一方、夜の館の外観が映されます。並んでいる窓の列を右から左へ、灯りが移動していく。そして蠟燭を手にしたダンヴァース夫人が暗い廊下を進むさまが、やはり右から左へと追われます。彼女は椅子で眠りこむヒロインを見て、アップとなる。
 他方真相が判明したとて、当主と財産管理人は車でマンダレイへの道を急ぎます。夜の2時か3時ということで、道の両側に並ぶ木が、枝葉を上ひろがりに茂らせており、その上辺や枝に光のあたるさまが、奇妙な感触を伝えていました。
 空の明るみに近づけば、ゴシック・ロマンスにおけるパターンの一つに忠実に、館は炎上している。燃えあがる館の窓の列を、カメラは今度は左から右へとたどります。中にはダンヴァース夫人がいるのでした。焼け落ちる天井を仰角でとらえたさまは、後のロジャー・コーマンによる『アッシャー家の惨劇』(1960)他に受け継がれることでしょう。
 最後のショットは抱きあって燃える館を眺めるヒロインと当主ではなく、レベッカのイニシャルが縫いつけられた枕でした。死せるレベッカと刺繍を自ら行なったか、あるいは少なくとも手配したダンヴァース夫人こそが主役であったことの証しというべきでしょうか。

Cf.,  美術監督のライル・R・ウィーラーは本サイトで取りあげた作品では『ゼンダ城の虜』(1937)も担当しています。

ヒチコック、トリュフォー、山田宏一・蓮實重彦訳、『定本 映画術』、晶文社、1981/1990、pp.116-121
原著は
François Truffaut, Le cinéma selon Alfred Hitchcock, 1966

ラスコ・モチニック、「第7章 『レベッカ』-ミメーシスのミメーシス」、スラヴォイ・ジジェク監修、露崎俊和他訳、『ヒッチコックによるラカン 映画的欲望の経済(エコノミー)』、トレヴィル、1994、pp.71-85
原著は
Sous la direction de Slavoj Zizek, Tout ce que vous avez toujours voulu savoir sur Lacan sans jamais oseer le demander à Hitchcock, 1988

岡田温志、『映画は絵画のように 静止・運動・時間』、2015、pp.140-143

原作の邦訳は;
デュ・モーリア、大久保康雄訳、『レベッカ』(上下)(新潮文庫 赤2AB/2B)、新潮社、1971
原著は
Daphne du Maurier, Rebecca, 1938

同じ著者による→『赤い影』(1973)のページを参照
おまけ Steve Hackett, "Rebecca", To Watch the Storms, 2003
9曲目。ライナー・ノーツに掲載された本人の解説によると、デュ・モーリアの小説に触発された曲で、ダンヴァース夫人とレベッカの関係が主題とのことです。歌詞も "Manderley was a dream of / Full moon and empty sky" と始まります。またヒチコック版については、「最も劇的だった時のフィルム・ノワール…(中略)…一篇の古典!」と述べています。
ハケットの曲から→こちらも参照

ディーン・クーンツ、奥村章子訳、『フランケンシュタイン 対決』(ハヤカワ文庫 NV1244)、早川書房、2011、pp.170-174、190、193-195、201-202
に映画版『レベッカ』が言及されていました。
原著は
Dean Koontz, Dean Koontz's Frankenstein. Dead and Alive, 2009
 2014/12/11 以後、随時修正・追補
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