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キリスト教(古代および東方正教会)
まずは;;

荒川紘、『東と西の宇宙観 西洋篇』、紀伊國屋書店、2005、pp.168-193:「第5章 無からの創造-キリスト教の宇宙観」
初期キリスト教の宇宙観;新約聖書の天地像/創造よりも終末-福音書/『ヨハネの黙示録』//
キリスト教の勝利;ユダヤ・キリスト教の神とイデア/はじめにことばありき/異教・異端との戦い/神とイエス-三位一体説//
アウグスティヌス;キリスト教への回心/「無からの創造」-神の全能性/時間の創造/アウグスティヌスにおける占星術と科学/終末論の理解の仕方など


 i 『新約聖書』とその周辺
ii 初期キリスト教の諸傾向など
 iii 教父神学など
ユスティノス(100頃-165頃)アテナゴラス(2世紀後半)オーリゲネース(185頃-253-254頃)エウセビオス(260頃-340頃)バシレイオス(330頃-379)ニュッサのグレゴリオス(335頃-394)アンブロシウス(339頃-397)エヴァグリオス(345-399/400)アウグスティヌス(354-430)ディオニュシオス・アレオパギテース(紀元500年頃)
 iv 東方正教会など 
  おまけ 

* ギリシア語やラテン語の日本語表記は、勉強不足のため中途半端にしかわかりません。
それらの歴史的変化とくればなおさらです。
ともあれ例によって、多々誤りもあろうかと思いますが、ご寛恕ください。

i. 『新約聖書』とその周辺

手もとにあるのは;

『聖書』、日本聖書教会、1976
旧約聖書 1955年改訳、1326ページ。
新約聖書 1954年改訳、410ページ。


『聖書外典偽典 6 新約外典 Ⅰ』、教文館、1976
パピルス;オクシリンコス・パピルス 840/オクシリンコス・パピルス 654/オクシリンコス・パピルス 1/オクシリンコス・パピルス 655/カイロ/パピルス 10735/エジャトン・パピルス 2/ファイユーム断片//
エビオン人福音書/ヘブル人福音書/ヤコブ原福音書/トマスによるイエスの幼時物語/ペテロ福音書/ニコデモ福音書(ピラト行伝)/ラオデキア人への手紙/パウロとコリント人との往復書簡/セネカとパウロの往復書簡/パウロの黙示録/シビュラの託宣(第1-2、6-8巻)など、476ページ。

『聖書外典偽典 7 新約外典 Ⅱ』、教文館、1976
ペテロ行伝/パウロ行伝/ヨハネ行伝/アンデレ行伝/トマス行伝など、500ページ。

『聖書外典偽典 別巻 補遺 Ⅱ』、教文館、1982
ナザレ人福音書/フリア・ロギオン/使徒たちの手紙/ストラスブール・パピルス/ペテロの宣教/ペテロの宣教集/預言者イザヤの殉教と昇天/ペテロの黙示録/第5、第6エズラ書/ナハシュ派の詩篇/ソロモンの頌歌など、570ページ。

また;

荒井献編、『新約聖書外典』(講談社文芸文庫 ア C1)、講談社、1997
『聖書の世界』(6巻+別巻4巻、1970-74)中の別巻の一つからの再録
新約聖書外典-その意義と文学的・思想的性格-(荒井献)//
ヤコブ原福音書/トマスによるイエスの幼時物語/ペテロ福音書/ニコデモ福音書(ピラト行伝)/ヨハネ行伝/ペテロ行伝/パウロ行伝(パウロとテクラの行伝)/アンデレ行伝/使徒ユダ・トマスの行伝/セネカとパウロの往復書簡など、528ページ。

荒井献編、『使徒教父文書』(講談社文芸文庫 ア C2)、講談社、1998
同じく『聖書の世界』(6巻+別巻4巻、1970-74)中の別巻の一つからの再録
使徒教父文書の世界(荒井献)//
12使徒の教訓(デイダケー)/バルナバの手紙/クレメンスの手紙 コリントのキリスト者へ(Ⅰ)/クレメンスの手紙 コリントのキリスト者へ(Ⅱ)/イグナティオスの手紙/ポリュカルポスの手紙/ポリュカルポスの殉教/パピアスの断片/ディオグネートスへの手紙/ヘルマスの牧者など、488ページ。


こちらも参照;

The Other Bible, 1984/2005
………………………

三好迪、「新約聖書の自然観」、『古代の自然観 中世研究 第6号』、1989、pp.177-202
人間社会と大自然の対応と王理念/黙示思想における人間界と自然界の対応/イエスの活動において/イエスの誕生と死において/イエスの終末預言において/イエスの譬において/パウロの自然観/ヨハネ黙示録など

岡田温司、『黙示録-イメージの源泉』(岩波新書 1472)、岩波書店、2014
「七」という数字-『ヨハネの黙示録』から-/終末の源泉-聖書のなかの黙示をたどる-/変奏される神話-黙示録思想の展開-/女の出番-重なり合う聖女と淫婦-/「敵」としてのアンチキリスト-イメージの戦争-/カタストロフ-怪獣、核、そして騎士-など、276ページ。

「おまけ」で挙げるアフロディテズ・チャイルドの『666』が言及されていたりします(p.23)。
同じ著者による→こちらを参照

併せて、『ヨハネ黙示録』の図像をめぐって(→こちらにも挙げておきます);

『黙示録と幻想 終末の心象風景』展図録、町田市立国際版画美術館、2000
黙示録美術の系譜 西洋中世における天国のイメージの追求(安發和彰)/デューラー《黙示録》他//
黙示録としての宗教改革 マティアス・ゲールングの木版画連作(ペトラ・レティヒ)/ゲールング《『黙示録註解》//
ウィリアム・ブレイクの銅版画集、ダンテの『神曲』 霊界についての伝統と独創の表現(橋秀文)/ブレイク《夜想》《神曲》/マーティン《失楽園》《聖書》など/ドレ《神曲 地獄篇》《聖書》/ルドン《聖ヨハネ黙示録》《陪審員》/アンソールなど、196ページ。


Edited by Frances Carey. The Apocalypse and the Shape of Things to Come, The British Museum. London, 1999-2000
『黙示録と来るべき事どもの形』
千年王国と黙示録
(Frank Kermode)/黙示録的伝承の聖書における起源(Norman Cohn)/最後の事ども:表象しえないものを表象する(Jonathan Alexander)/16-17世紀における黙示録のヴィジョン(Peter Parshall)/イギリスの黙示録(David Bindman)/黙示録的想像力:伝統と近代性の間で(Frances Carey)/セルロイドの黙示録(Ian Christie)など、352ページ。

ちなみに、もとの勤め先はルドンの《ヨハネ黙示録》を所蔵しています→こちら [ < 三重県立美術館のサイト

ii. 初期キリスト教の諸傾向など

キリスト論と仲介者論など;

大畠清、『イエス時代-「知恵」の系譜』、山本書店、1982
先在(Prä-existenz)思想の展開-「箴言」より「ヨハネ伝福音書」に至る-;「箴言」の「ホクマー先在」の思想/「シラクの子イエスの知恵」の「ソフィア先在」の思想/フィロンの「ロゴス・ソフィア先在」の思想/パウロの「キリスト先在」の思想/「ヨハネ伝福音書」の「ロゴス先在」の思想//
「箴言」と「シラクの子イエスの知恵」//パウロの師、ガマリエル/アム・ハアレスと「群衆」など、216ページ。


マルティン・ヘンゲル、小河陽訳、『神の子 キリスト成立の課程』、山本書店、1988
原著は Martin Hengel, Der Sohn Gottes, 1975
問題//批判//パウロの証言//宗教史学派の提題//
語義と宗教史 旧約聖書//
  ギリシャとヘレニズムにおける並行;密儀、死にそして復活する神々の子ら、支配者崇拝/神的人間/グノーシス的救済者神話/救済者の世界への派遣とこれに類する表象//
  古代ユダヤ教における神の子;賢者、カリスマ的人間及び王的メシア/ユダヤ教神秘主義-メタトロン/ヨセフの祈り/先在の知恵/アレクサンドリアのフィロン//
初期キリスト論成立の問題;古い告白、ロマ一 3-4/ロマ一 3-4 の歴史的背景/先在、創造の仲介及び世界への派遣/主と神の子//
ヘブル書簡における子-十字架に付けられ、高挙した者/神学的帰結など、188ページ。

同じ著者による→こちらも参照


Charles A. Gieschen, Angelomorphic Christology. Antecedents & Early Evidence, (Arbeiten zur Geschichte des antiken Judentums und des Urchristentums, XLII), Brill, Leiden, Boston, Köln, 1998
『天使型キリスト論 先例と初期の証言』
序論 プロローグ:一天使としてのキリスト?//
  研究史;初期の歴史的研究-天使論と仲介/研究の再開-天使キリスト論/近年の研究-初期のキリスト論に対する神的仲介者像の影響//
  用語法と方法論;宗教的集団用語法/天使の用語法/神性の用語法/崇敬の用語法/位格の用語法/方法論//
先例 天使型の神;解釈的アプローチ/旧約聖書における主の天使伝承/結論//
  天使型の神的位格 名前;臨在の神的位格としての名前/宇宙創造の代行者としての名前/天使型形象として位格化された名前//
    栄光;シナイ、幕屋、神殿における栄光/天使型人としての栄光、とりわけエゼキエル書 1 において/エゼキエル書 1 以後の文献における天使型人/栄光と人の同一化//
    知恵;位格および宇宙創造の代行者としての知恵/知恵と神的玉座/知恵と主の天使//
    言葉;
YHWH の言葉が族長たちと預言者たちに現われる/言葉、知恵と主の天使/ピローンの〈ロゴス〉の天使型起源/〈言葉(メムラ)〉と主の天使//
    聖霊;天使たちとしての聖霊たち/一天使としての聖霊//
    力;天使の呼称としての力/神の呼称としての力//
  主な名前のある天使;ミカエル/ガブリエル/ラファエル/ウリエル/イスラエル/ヤホエル/エレミエル/メタトロン/主な天使たちの別の解釈/結論//
  天使型人間 族長たち;アダム/アベル/エノク/ノア/ヤコブ//
    預言者たち;序/モーセ/エリア/他の預言者たち//
    神官;序/レビ/メルキゼデク/クムラン文献の神官たち//
    王//使徒//選ばれた者たち//結論//
初期の証言 ニカイアとそれ以前における天使型キリスト論 ニカイアにおける天使型キリスト論//
    ユスティノスからエウセビオスまでの代表的な証言;殉教者ユスティノス/アンティオキアのテオピロス/リヨンのエイレナイオス/テルトゥリアノス/アレクサンドレイアのクレーメンス/ローマのヒッポリュトゥス/オーリゲネース/ノウァティアヌス/ラクタンティウス/カエサレアのエウセビオス/使徒憲章//
    初期の証言への序(紀元150年以前)//
  クレーメンス偽書;アダムと栄光としての真の預言者/知恵と聖霊としての真の預言者/主な大天使としての真の預言者/主の天使としての真の預言者/結論//
  ヘルマスの牧者;さまざまな天使型人物/聖霊論とキリスト論の関係および教会論/主の天使、名前と栄光としての息子/結論//
  イザヤの昇天;聖霊の天使/愛された者/大いなる栄光/結論//
  ヨハネ黙示録;人の子のような者/神の言葉と神の名前/巻物をもった力強い天使/神とその天使/結論//
  ヨハネの福音書;言葉、名前と栄光/下降し上昇する人の子/使徒/パラクレートス(たち)/結論//
  ヘブル人への手紙;創造者、名前、初子、栄光と戴冠した息子/使徒、高僧と神の家の息子/メルキゼデクの階位の後の高僧/神の言葉/結論//
  パウロ書簡;神の天使/破壊者/天の人/神の力と神の知恵/栄光、神の似姿と聖霊/神の形と名前/身体/見えざる神の似姿、身体の頭、初子と始まり/結論//
結論-初期キリスト論の研究のための含意など、420ページ。


こちらにも挙げておきます
ユダヤ」のページ中、「iv. アレクサンドレイアのピローン(アレクサンドリアのフィロン)とヘレニズムなど」や「vi. マガーリヤその他と天使論」で挙げた諸文献なども参照

上の Gieschen, Angelomorphic Christology, 1998 の第3部8章で取りあげられていたクレーメンス偽書については;

青野太潮訳、「ペテロの宣教集」、『聖書外典偽典 別巻 補遺 Ⅱ』、教文館、1982.12.15、pp.113-165

偽クレーメンス文書『講話』から抽出・再構成したもの(pp.115-122)。〈真の預言者〉の系譜について記されています(pp.122-124、138-140)。

F. Stanley Jones, An Ancient Jewish Christian Source on the History of Christianity. Pseudo-Clementine Recognitions 1.27-71, (Texts and Translations 37. Christian Apocrypha Series 2), Scholars Press, Atlanta, Georgia, 1995/1998/2001
『キリスト教の歴史についての古代のユダヤ人キリスト教の原典 偽クレーメンス「再会」1.27-71』
序論-近代の研究再見 序//歴史的概観;ヒルゲンフェルトからレーマンヘ/リプシウスからメイブームへ/H.ヴァイツ/ブセットからレームへ/H.J.シェップス/G.シュトレッカー/シュトレッカー以後//結論//
ラテン語・シリア語版と失われたギリシャ語版『再会』 問題//翻訳者ルフィヌスとルフィヌス版クレメンス偽書への彼の註釈//2つの版の評価;評価の基準としてのアルメニア語断片/他の基準//
『再会』1.27-71(シリア語版、ラテン語版、アルメニア語版)の翻訳//
原典資料の孤立;予備的な校訂批判と原典の限定/ユダヤ教および他の初期キリスト教著作との関係/原典のもともとの構造に向けて//
結論;著者の同定とキリスト教の性質および歴史についての視野/エピローグなど、222ページ。


Edited by Matt Jackson-McCabe, Jewish Christianity Reconsidered. Rethinking Ancient Groups and Texts, Fortress Press, Minneapolis, 2007
『ユダヤ人キリスト教再考 古代の集団および著作を再考する』
序論
(Matt Jackson-McCabe);名称には何があるのか?〈ユダヤ人キリスト教〉の問題(Matt Jackson-McCabe)//
集団;エルサレム教会
(Craig C. Hill)/パウロと彼と対立したキリストを信じるユダヤ人たち(Jerry L. Sumney)/エビオン派とナザレ派(Petri Luomanen)//
著作;Q資料
(William Arnal)/マタイの福音書-ユダヤ人キリスト教、キリスト教徒のユダヤ教、あるいはいずれでもないのか?(Warren Carter)/ユダヤ人キリスト教徒としてのヨハネ共同体?現行の研究者間の同意における問題点(Raimo Hakola)/ヤコブの手紙の宗教的文脈(Patrick J. Hartin)/ヨハネのユダヤ教(キリスト教?)黙示録(John W. Marshall)/神の僕イエスを通じて異教徒に知られるようになったダビデの聖なる葡萄-『教訓(デイダケー)』における〈キリスト教徒ユダヤ教〉(Jonathan A. Draper)/偽クレーメンス文書(F. Stanley Jones)など、400ページ。
………………………

グノーシス主義については「グノーシス諸派など」のページで見るとして、グノーシスを含む諸々の傾向について、そちらでも挙げた

栗原貞一、『初代キリスト教異端思想の諸相-異端者列伝-』、1973

そこには挙がっていないのですが、

ミシェル・タルデュー、『マニ教』、2002、pp.16-21:「第1章 Ⅳ『エルカサイ』」
で取りあげられていたエルカサイ(エルカイ、エルケサイオス、アルカサイオス、ヘルケサイ派)については、また;

Gerard P. Luttikhuizen, The Revelation of Elchasai. Investigations into the Evidence for a Mesopotamian Jewish Apocalypse of the Second Century and its Reception by Judeo-Christian Propagandists, (Texte und Studien zum Antiken Judentum 8), J. C. B. Mohr (Paul Siebeck), Tübingen, 1985
『エルカサイの啓示 2世紀におけるメソポタミアのユダヤ教黙示録と、ユダヤ人キリスト教宣教者によるその受容の証言の調査』
序論-過去の研究概観;『全異端反駁』Ⅳ-Ⅹ(1851)刊行以前/『全異端反駁』Ⅳ-Ⅹ(1851)刊行からブラントによる諸研究まで/ブラントのエルカサイ研究/ケルン・マニ教写本の告知と刊行-近年の研究/結論-問題の叙述//
原典の批判的研究 ヒュッポリュトス;序/『全異端反駁』Ⅸ 4; 12, 20-26(一部); 13-17; Ⅹ 29 のテクストと翻訳/『全異端反駁』Ⅸ 4/『全異端反駁』Ⅸ 13-17/『全異端反駁』Ⅹ 29/要約 ヒュッポリュトスの典拠、ヒュッポリトスの報告における主な諸傾向、アルキビアデースの教説/エルカサイ/啓示の書//
  エウセビオス『教会史』Ⅵ 38//
  エピファニオス 『パナリオン』18, 1; 19; 20, 3; 30, 3, 1-6; 30, 17, 4-8; 53 および対応する『アナケパラエオーセス』のテクストと翻訳//

    OsseansOsseans NasareansOsseans SampseansOsseans とエルカイ//
    エルカイの教説;序/誓いへの7つの証人-8つの魔術的名称(19, 1, 6; 19, 6, 4; 30, 17, 4)/処女性、禁欲、婚姻についての観念(19, 1, 7)/差し迫った迫害に面した際の信仰の外面的な否認の許可(19, 1, 8-19, 2, 1 と 19, 3, 1-3)/書物はイエス・キリストについて語っていたか?(19, 3, 4)/エルサレムへの〈
礼拝方向(キブラ)〉(19, 3, 5)/エルカイが行なったとされるエルサレムでの神殿礼拝の拒否(19, 3, 6-7)/キリストと聖霊の記述(19, 4, 1-2; 30, 17, 6-7; 53, 1, 9)/アラム語のアナグラム(19, 4, 3)/「エルカイ」という名前/結論//
    エルカイとエビオン派;エビオン派のキリスト論的観念に対するエルカイの影響(30, 3, 2f; 30, 17, 5-7)/「エルカイ」の書で述べられた名前のエビオン派による招詞(30, 17, 4)//

    Sampseans あるいはエルケサイ派(53; cf. 19, 1, 4; 19, 2, 2-5);時系列の情報/居住の地/宗派の起源/宗派の名称/エルカイとイエカイ/マルトゥースとマルタナ/宗教的理念と慣習/Sampseans と「エルカイ」の書//要約//
  後代の教父文書//
  ケルン・マニ教写本//
  イブン・アッ=ナディームの『目録』;序/ムグタジラ派と沼地のサービア人/ムグタジラ派とアル=ハスィーフ/結論//
  典拠間の関係;ヒッポリュトスとエウセビオス/ヒッポリュトスとエピファニオス/エウセビオスとエピファニオス/教父文書とケルン・マニ教写本//
文学的・歴史的諸問題 「エルカサイ」//
  啓示の書 序//原本の時期と場所//本のアラム語原本とギリシア語版//
    本の内容;仮説上のアラム語原本の本質的メッセージの試験的再構成/巨大なサイズの二人の天的人物/7つの非人間の証人と大いなる審判の日/本の内容に対するより疑わしい言及 差し迫った迫害に面した際の信仰の外面的な否認の許可、婚姻の奨励/エルサレムへの〈
礼拝方向(キブラ)〉/火の眺めに対する警告と水の声に従うことの勧め//
    本の文学的形式//要約と結論;歴史的状況/アラム語原本の内容/本のギリシア語版//
エルカサイ派 序//
  啓示の書の受容;アルキビアデースとオーリゲネースのヘルケサイ派の宗教的背景/アルキビアデースの教説/アルキビアデースとオーリゲネースのヘルケサイ派による本の解釈//
  教師エルカサイ/エルカイ/アルカサイオスへの言及;アルキビアデースによるエルカサイへの言及/
Sampseans あるいはエルケサイ派/マーニーの洗礼教団//
  エルカサイ派とは誰だったのか?//
エピローグなど、264ページ。


 乏しい間接情報のみで伝えられるエルカサイ(エルカイ、エルケサイオス、アルカサイオス、ヘルケサイ派……)について、共通見解を得るにはほど遠い研究史を概観した上で、各出典ごとに、その情報源(原典自身かそうでないのか)、異端反駁論者による操作はどの程度混入しているかなどを分別して、そこから得られた知見をまとめた本です。
大ざっぱにまとめると、まず、エルカサイの『啓示の書』はキリスト教的要素の混入しないユダヤ教内部の黙示文学に分類できるもので、紀元116年のローマ軍による北メソポタミア侵攻に際して、おそらくアラム語で書かれたものであろうこと、その際エルカサイは〈隠された力〉を意味し、啓示をもたらした天使の呼称であったろうことなどが導きだされます。
 次いで、ヒッポリュトスが『全異端反駁』を執筆した紀元230年前後に少し先立って、シリアのアパメア出身のアルキビアデースによって、『啓示の書』を旗印に掲げた宗派がローマにもたらされる。またエウセビオスが伝えるオーリゲネースの証言によると、紀元240~254年の間にパレスティナに「ヘルケサイ派」が現われた(こちらはさいわい邦訳があります;下掲の秦剛平訳、『エウセビオス「教会史」』、2010、下巻(第Ⅵ巻38)、pp.72-73)。双方啓示に由来する書物を所持するものの、この時点で〈エルカサイ〉の名はすでに伝説化していたらしい。他方アルキビアデースおよびヘルケサイ派双方は、シリアのユダヤ人キリスト教を背景とし、原典にあったかどうか定かでない洗礼の重視はこの時点で導入されたと考えることもできる。
 エピファニオスが列挙するいくつものユダヤ人キリスト教の洗礼宗団になると、『啓示の書』と必ずしも関係があるかどうかはっきりしないものがあり、エピファニオスによって同じ範疇にくくられたと見なすこともできる。エピファニオス以降の教父文書は、大旨エピファニオス本ないしその縮約版に依拠するものと思われ、新たな情報は見出しがたい。
 ケルン・マニ教写本に登場する「アルカサイオス」は、マーニーが育った洗礼宗団の指導者とされるものの、あくまでマニ教側からの証言であり、伝説色の濃いその物語から歴史的な情報を引きだすのは難しい。この点はマーニーの伝記を情報源としたと思われるイブン・アッ=ナディームの『目録』も同様で、加えてマニ教草創時の洗礼宗団と10世紀のそれとが混同されている可能性もある。

さて、このように整理される中で宇宙論史的なイメージが豊富とは言いがたいのですが、興味深い点として;
1) 啓示をもたらした天使の描写-その巨大な寸法
2) 転生しつつ周期的に出現するアダム=キリスト像
の2点あたりを挙げられるでしょうか。
いずれも残念ながら短いものなので、重訳になりますがヒッポリュトスによると;

1) 啓示をもたらした天使の「背の高さは24 schoeni、すなわち96マイル、胴回りは4 schoeni、肩から肩まで6 schoeni、足形は長さ3.5 schoeni、すなわち14マイル、幅1.5 schoeni、高さ半 schoeni。彼とともにいたのは女性で、その身の丈はすでに述べられたものと一致すると言う。男性は〈神の息子〉と、女性の方は〈聖霊〉と呼ばれた」
-『全異端反駁』9巻13-1;p.45。評釈としてpp.61-62、pp.87-88 も参照。
対応するエピファニオス『パナリオン』19-4-1 はp.101(オッセアンとエルカイについての項)、『アナケパラエオーセス』30-17-5-1 は p.109(エルカイについての項)。評釈としてp.123、pp.126-127 も参照。
さらに pp.196-199、p.207。

マイルというのが現行の1マイル=1609.344メートルではなく、古代ローマのそれだとすると、1マイル=1.48キロメートル前後とのことです。
とまれここには著者も述べるように、(p.196)、後の〈シウール・コーマー〉(→こちらを参照)などに通じる数秘論的な伝承が背景にあるのでしょう。


2) 「彼(アルキビアデース)が言うには、キリストは皆(他人)と同様一人の人間であって、彼が処女から生まれたのはこれが初めてではない。すでに以前にも何度も、産まれ生まれ、彼は現われ実在するに至った。かくしていくつもの誕生を経、からだからからだへと乗り移ってきたのである」
-『全異端反駁』9巻14-1;p.47。評釈としてpp.64-66も参照


別の箇所では;
「しかし彼らはキリストが一とは信仰告白せず、天にある一なるものがおり、彼は多くのからだに何度も乗り移ってきた、そして今はイエスの内にいる。同様に(彼らが信仰告白するに)、ある時彼は神から生まれた、別の時には精霊として存在するに至った、またある時はある処女から(生まれた)、また別の時にはそうではない。彼はそれ以来絶えずもろもろのからだに乗り移り、異なる時期に多くのからだの内に出現する」
-『全異端反駁』10巻29-2;p.53。評釈としてpp.83-84も参照


エピファニオスではまた少し語り口が異なります;
「彼ら(エビオン派)が言うには、キリストは聖霊同様天で生まれた。最初アダムの内に住まい、そして時々アダムを脱ぎ捨てては、それから再び彼を身にまとった」
-『アナケパラエオーセス』30-1-1;p.107。p.109(以上エビオン派についての項)、p.113(サムプセアンについての項) も参照。評釈としてpp.129-133、pp.138-140 も参照。
さらにpp.212-213、p.215、p.220。


ただしこのモティーフについて著者は、クレーメンス偽書ないしエビオン派などに見られるユダヤ人キリスト教における〈真の預言者〉像がいっしょくたになったもので、『啓示の書』に属するものではないと見なしているようです(p.131、p.220)。
いずれにせよ〈真の預言者〉像とあわせ、マニ教およびイスラームにおける預言者の周期、さらにはゾロアスター教におけるサオシュヤント、インドにおけるヴィシュヌのアヴァターラ、仏教における過去仏・未来仏、道教における老子などなどといった〈救済者の周期的出現〉という主題に関わるイメージとして、おさえておきたいところです。


この他に
3) 宣誓の証人となるべき七つの存在=天、水、聖霊たち、祈りの天使たち、油、塩、大地
-ヒッポリュトス『全異端反駁』9巻15-5;p.49。評釈としてpp.71-72、p.88 も参照。
対応するエピファニオス『パナリオン』19-6;p.97(オッセアンとエルカイ)。評釈としてpp.117-118、pp.133-134 も参照。
さらにpp.199-201、p.208。

4) 「北の不敬な天使たちによって引き起こされるであろう戦い」」
-ヒッポリュトス『全異端反駁』9巻16-4;p.51。p.79、評釈としてpp.87-88も参照。
さらにp.194、pp.207-208。


同じくマニ教がらみで

クルト・ルドルフ、『グノーシス』、2001、「マニ教」中の pp.362-363:「バルデサネース」
に記されたバルダイサン(バルデサネース)については、短いながら;

栗原貞一、『初代キリスト教異端思想の諸相-異端者列伝-』、1973、pp.212-213:「第5章第3節(24) バルデサネス(Bardesanes. 154-222)-シリア語讃美歌の編纂者、占星術家で運命論者-」、続いて p.213:「第5章第3節(25) ハルモニウス(Harmonius)-バルデサネスの子、讃美歌の作者-」
があります。

また

戸田聡、「シリア語キリスト教最初の著作家、バルダイサン-或いは、人文学の存在意義をめぐって-」、『創文』、no.494、2007.1-2、pp.40-43 [ < Oriens Christianus 雑録(著者によるサイト)]

戸田聡、「『最初のシリア語キリスト教著作家』 バルダイサンの知的背景について」、『西洋古典學研究』、no.59、2011.3.23、pp.118-130 [ < CiNii Articles

H. J. W. Drijvers, The Book of the Laws of Countries. Dialogue on Fate of Bardaisan Of Edessa, Gorgias Press, Piscataway, 2007
1965刊本の再刊
『諸国の法の書 エデッサのバルダイサンによる運命についての対話』
第2版への序論
(Jan Willem Drijvers)//
序論//諸国の法の書-シリア語原文と英訳など、82ページ。


pp.4-63の60ページを、見開きごとに左ページにシリア語原文、右ページに英訳を掲載したごく短いもので、バルダイサンと弟子たちとの対話を枠組みに、前半で占星術的な宿命論と自由意志の関係について、後半でその例証としてさまざまな国・地域・民族で採用されている諸法の違いを挙げていくというものです。その概要については上掲戸田聡論考を見ていただくとして、前半での議論がバルダイサンの世界観に応じたものであろうものの、残念ながら具体的な宇宙論は記されません。
そこで、上掲ルドルフの該当箇所でも述べられていますが、第2版序論にまとめられたものから引いておくと;


「4つの自由な元素がある;光、風、火、そして水である。それらの上には彼らの主がおり、それらの下には闇がある。闇は死せるものであり、知識を有さない。偶然から四元素が運動に入る時、それらは互いに混じりあう。そのため生じた混乱のさなか、闇が諸元素と混じる機会を得ることになる。諸元素が主に呼びかけると、主は混沌に秩序をもたらすため〈思考の言葉〉を送りだす。世界はこの〈言葉〉によって創造され、四元素は救いだされ、そうして機会は元に戻されるだろう。このように創造された世界は部分的には自由であり、また別の部分は自由ではない。純粋な諸元素が闇と混合したためである」(p.vi。初版の序文、p.1 も参照)。

イスラーム圏のラーズィーの神話などと比較できるでしょうか→こちらも参照

Wilferd Madelung, Religious Schools and Sects in Medieval Islam, 1985, "Dualist Religions": XX "Abū‘Īsā al-Warrāq über die Bardesaniten, Marcioniten und Kantäer"

少し時代は降りますが;

栗原貞一、『初代キリスト教異端思想の諸相-異端者列伝-』、1973、pp.305-309:「第6章第8節(9) プリスキリアヌス(Priscillianus. 350ごろ-?)-修道僧、禁欲主義者にして、肉体の復活否定-」

Henry Chadwick, Priscillian of Avila. The Occult and the Charismatic in the Early Church, Oxford at the Clarendon Press, 1976/1997
『アビラのプリスキリアヌス 初期教会における隠秘的なものとカリスマ的なもの』
魔術師の弟子/プリスキリアヌスの教説/プリスキリアヌスの最期とその帰結/トリエルの殉教者の名誉//
附録;プリスキリアヌス派の信仰告白と400年のトレドでの会議の判決など、264ページ。

同じ著者による→こちらも参照


Virginia Burrus, The Making of a Heretic. Gender, Authority, and the Priscillianist Controversy, University of California Press, Barkeley, Los Angeles, London, 1995
『異端の形成 ジェンダー、権威とプリスキリアヌス派論争』
序論/「奇妙な男」-対立がサラゴサの会議で現われる/「マニ教徒」-プリスキリアヌスの『論文』における告発と対抗告発/「妖術師」-同盟、敵対とプリスキリアヌスの死/「プリスキリアヌス派」-トレドとタラゴナにおける異端審問/「グノーシス主義者」-スルピキウス・セウェルスとヒエロニムスによって再解釈されたプリスキリアヌス派/結論など、264ページ。

iii. 教父神学など

W.イェーガー、野町啓訳、『初期キリスト教とパイデイア』(筑摩叢書 30)、筑摩書房、1964
原著は Werner Wilhelm Jaeger, Early Christianity and Greek Paideia, 1961
200ページ。

同じ著者による→こちらを参照


有賀鐵太郎、「無と創造」、『キリスト教思想における存在論の問題』、創文社、1969、pp.271-304

他の内容は;
序論 キリスト教思想の二重構造について//
ヘブライ思想における特性と普遍性;モーセと預言者/箴言とヨブ記/コーヘレト哲学/ソフィアとデュナミス/神の無名性について-特にフィロンにおける-/有とハーヤー-ハヤトロギアについて-//
キリスト教における信仰と思想;論理の中断/聖霊体験の分析/教義史における発足点の問題/知るということについて/クレメンス・アレクサンドリヌスにおける信仰と認識/啓示信仰と神秘思想//
存在論と神学;パルメニデスとプラトン/カントとアンセルムス/エックハルトにおける
esse について/現代神学における存在論的一断面など、482ページ。

同じ著者による→こちらも参照


H.チャドウィク、中村担・井谷嘉男訳、『初期キリスト教とギリシア思想 ユスティノス、クレーメンス、オーリゲネース研究』、日本基督教団出版局、1983
原著は Henry Chadwick, Early Christian Thought and the Classical Tradition. Studies in Justin, Clement, and Origenes, 1966
キリスト教の弁論/進歩的な厳格主義者/非妥協的な古典学者/永遠の論争点など、266ページ。

同じ著者による→こちらも参照


古代の自然観 中世研究 第6号』、1989
アレクサンドリアのクレメンスにおける古代キリスト教自然観(佐藤吉昭)/オリゲネスにおける自然観(小高毅)/カッパドキア教父の自然観-バシレイオスの『ヘクサエメロン』を中心として-(水垣渉)/アウグスティヌスにおける自然理解(K.リーゼンフーバー)

本書の他の内容については→こちらを参照


「キリスト教の神話」、『世界神話大事典』、2001、pp.734-763
キリスト教初期 神話は死なず 古代キリスト教;旧約聖書/新約聖書/典礼(ジャン・ペパン)//
キリスト教と神話 キリスト教と異教の類似性をめぐるキリスト教徒の判断;問題の所在/修辞学的利用/年代に関する論争/「盗用」による説明/ダイモンの模倣説/護教論のための出発点/キリスト教の準備過程(同)//
キリスト教と神話 キリスト教著作家のエウヘメロス説;エウヘメロスとその説/キリスト教徒の受け取り方/主張された論拠(同)//
キリスト教と神話 ギリシア教会の場合(エヴリーヌ・パトラジャン)


秋山学、『教父と古典解釈-予型論の射程-』、創文社、2001
序章 本書の構成と目的について-古典文献伝承と教父神学//
ビザンティン時代における人文主義の成立と神学;地中海世界における書物史-カイサレイアのアレタスまでの文献史/アレタスの人文主義的神学-『黙示録注解』を中心に//
カッパドキア教父たちの古典観と神学;バシレイオスと「ルネッサンス」-神学と人文主義の関係をめぐって/ニュッサのグレゴリオスにおける「神の像」理解の変容-人間性の再構築//
終末論と予型論;オリゲネス型終末論の展開と証聖者マクシモス-アポカタスタシスを中心に/証聖者マクシモスにおける終末論と神化-旧約聖書解釈との関連で//
教父神学から古典解釈へ;アレクサンドレイアのクレメンスによる『オデュッセイア』解釈-古典の神学的受容/コンスタンティノス大帝とウェルギリウス『牧歌』第4歌-「異教予型論」と古典の受容//
結章 人文主義的教父神学の地平と終末論的予型論の射程-総括と展望など、376ページ。


原典からの訳として;

『キリスト教神秘主義著作集 1 ギリシア教父の神秘主義』、教文館、1992
ニュッサのグレゴリオス「モーセの生涯」ディオニシオス・アレオパギテース「神名論」/同「神秘神学」など、410ページ。
→このシリーズの続きはこちら
や、


『中世思想原典集成 1 初期ギリシア教父』、平凡社、1995
就中、ユスティノス「ユダヤ人トリュフォンとの対話」オリゲネス「創世記講話/出エジプト記講話/民数記講話」など

『中世思想原典集成 2 盛期ギリシア教父』、平凡社、1992
就中、バシレイオス「ヘクサエメロン(創造の6日間)」ニュッサのグレゴリオス「人間創造論」など

中世思想原典集成 3 後期ギリシア教父・ビザンティン思想』、平凡社、1994

『中世思想原典集成 4 初期ラテン教父』、平凡社、1999
就中、アンブロシウス「エクサメロン(天地創造の6日間)」アウグスティヌス「三位一体論」など

『中世思想原典集成 5 後期ラテン教父』、平凡社、1993
(→このシリーズの続きはこちら
また、

『キリスト教教父著作集』、教文館、全22巻の予定、1987~(2014年3月現在、11巻刊行)(→こちらでも一部ふれています
などがあります。
以下で一部挙げましょう。


ユスティノス(100頃-165頃)
アテナゴラス(2世紀後半)
オーリゲネース(185頃-253-254頃)
エウセビオス(260頃-340頃)
バシレイオス(330頃-379)
ニュッサのグレゴリオス(335頃-394)
アンブロシウス(339頃-397)
エヴァグリオス(345-399/400) 
アウグスティヌス(354-430)
ディオニュシオス・アレオパギテース(紀元500年頃)
………………………

ユスティノス(100頃-165頃);

柴田有・三小田敏雄訳、『キリスト教教父著作集 1 ユスティノス 第1弁明、第2弁明、ユダヤ人トリュフォンとの対話(序論)』、教文館、1992
ユスティノスの生涯と著作(柴田有)//
アントニヌスに宛てたキリスト教徒のための弁明(『第1弁明』)/ローマ人元老院に宛てたキリスト教徒のための弁明(『第2弁明』)/ユダヤ人トリュフォンとの対話(序論)など、276ページ。


ユスティノス、久松英二訳、「ユダヤ人トリュフォンとの対話」、『中世思想原典集成 1 初期ギリシア教父』、1995、pp.47-98
155-160頃の著作の第48章から第76章まで

柴田有、『教父ユスティノス キリスト教哲学の源流』、勁草書房、2006
序章 教父ユスティノスの生涯、そして思索の足跡;生涯と著作/現存三著作の整合性//
二世界論の超克-見えるもの、見えぬもの;回心における哲学/二世界論からキリスト教形而上学へ/イデア論の継承//
預言者の哲学-言葉と行為;青銅の蛇の物語-予型論の意義をめぐって/「語りえぬ者」について//
受肉の哲学-全体知と部分知;「ソクラテスはキリスト教徒であった」という言葉の二面性/ロゴスとデュナミス-受肉論に寄せて//
結びなど、256ページ。

同じ著者による→こちらも参照

………………………

アテナゴラス(2世紀後半);

アテナゴラス、井谷嘉男訳、「キリスト教徒のための請願書」、『キリスト教教父著作集 12 初期護教論集』、教文館、2010、pp.287-530

177年の執筆とされる(「解説」、pp.516-519)。「三位一体的神論の整った最古の形式が提示されており」(同、p.503)、また「ギリシア哲学、神話、詩、美術、数学、歴史家ヘロドトスなどへの言及と引用がすこぶる多い。その中には、本書だけに引用された、失なわれた古典の断片もいくつか含まれており、おびただしい数の固有名詞(その数は初出だけで223、M.マルコヴィチ校訂本→文献)と共に、本書はこの分野でも貴重な資料である」(同、p.504)。

なお本巻には他に、メリトンの「過越について」と「諸断片」、アリスティデスの「弁証論」を収録、532ページ。

………………………

オーリゲネース(185頃-253-254頃);

オリゲネス、小高毅訳、『諸原理について』(キリスト教古典叢書 9)、創文社、1978
序言(P.ネメシェギ)/オリゲネスの生涯(小高毅)/『諸原理について』解説//
ルフィヌスの序文//
第1巻;序/神について/キリストについて/聖霊について/背反と堕落について/理性的反逆者について/終末について/非物体的なものと物体的なものについて/天使について//
第2巻;世について/物体的存在の永続性について/世の始原並びに原因について/律法並びに予言者の神と我々の主イエスス・キリストの父は同じ一なる神であること/義と善について/キリストの受肉について/聖霊について/魂について/世、並びに善であれ悪であれ理性的被造物の行動及びその原因について/復活と審判について/救済の約束について//
第3巻;ルフィヌスの序文//自由意志について/逆らう霊どもについて/-/各人が二つの魂を有しているというある人々の見解は真実であろうか/ある時から、世は始まったこと/世の完成について//
第4巻;聖書が霊感を受けたものであること/多くの人々が聖書を霊的に理解せず、誤って理解し、異端に陥ったこと/聖書理解の方法に関する聖書中の実例/父と子と聖霊その他、上記の諸点に関する要約など、408ページ。


出村みや子訳、『キリスト教教父著作集 8 オリゲネス 3 ケルソス駁論Ⅰ』、教文館、1987
ケルソスの「真正な教え」と題された書に対する反駁;序論/第1巻/第2巻//
解説(出村みや子)など、230ページ。


出村みや子訳、『キリスト教教父著作集 9 オリゲネス 4 ケルソス駁論Ⅱ』、教文館、1997
ケルソスの「真正な教え」と題された書に対する反駁;第3巻/第4巻/第5巻//
解説(出村みや子)など、316ページ。

『ケルソス駁論』は全8巻で、残りの訳を収めるべき『Ⅲ』は未刊。
なお、同著作集『6』、『7』は『原理論』と予告されていました。


オリゲネス、小高毅訳、「創世記講話/出エジプト記講話/民数記講話」、『中世思想原典集成 1 初期ギリシア教父』、1995、pp.495-630

有賀鐵太郎、『オリゲネス研究』、長崎書店、1943
序論;課題と方法/オリゲネス略傳//
祈禱の問題//殉敎者の道//
文化の問題;學問の理念と方法/福音と哲學//
神と攝理;神論/人間論//
完全への進程;單信者と完全者/二つの福音/覺智の意義//
結論 基督者としてのオリゲネス//補論 アレクサンドリア追放の事由に就て//
資料;民數記略第27講(梗概)/グレゴリオス・サウマツルゴスの「謝辭」(翻譯)など、724ページ。

同じ著者による→こちらも参照


小高毅、「オリゲネスにおける自然観」、『古代の自然観 中世研究 第6号』、1989、pp.255-276
『諸原理について』/唯一の原理(ἀρχή)/物質/神の摂理/教育の場である世界

出村みや子、『聖書解釈者オリゲネスとアレクサンドリア文献学 復活論争を中心として』、知泉書館、2011
序論//
オリゲネスとアレクサンドリア文献学;初期キリスト教とアレクサンドリア/オリゲネスとアレゴリー解釈//
オリゲネスの復活理解とギリシア思想;『ケルソス駁論』における論争の問題/復活をめぐる論争と聖書解釈//
オリゲネスと初期キリスト教の復活理解;初期キリスト教の復活論とグノーシス主義/オリゲネスと反異端論者のグノーシス主義論駁//
オリゲネスの復活理解と反グノーシス主義論争//
オリゲネスの聖書解釈とユダヤ教//
オリゲネス神学が異端とみなされた経緯//
結論など、314ページ。


ハンス・ヨナス、大貫隆訳、『グノーシスと古代末期の精神 第二部 神話論から神秘主義哲学へ』、2015、pp.215-280:「第2部第5章 後3世紀の3つの体系 その1 オリゲネス」
本格的な体系の同時発生(オリゲネス、プロティノス、マニ)//
『諸原理について』に見るオリゲネスの体系;存在の根源-神的単一性と三位一体/創造された叡智たちのプレーローマ/運動の始まり-創造された叡智たちの落下/世界の創造は個別の叡智たちの落下の帰結であり、模像である/存在の運動原理としての意志の自由-意志と認識/サタン論/叡智たちの実体が同一で、循環すること。世界周期/人間は天使と悪霊の中間に位置する/万有の階層構造/教説上の逸脱点の検討-「善」と「悪」の対立に代わる「叡智的」と「叡智なき」の対立について/神による救いの経綸。キリスト論/原初の回復としての万有の完成//
『諸原理について』の体系のグノーシス的な特徴;オリゲネスの思弁の「体系」的特徴/ヴァレンティノス派との比較・非神話化への歩み/一神教と思弁的一元論/オリゲネスにおける意志の優位性/オリゲネスにおける時間の役割/オリゲネスは神秘主義者であったか。内面の階梯を登ること/オリゲネスの体系が有する神秘主義への利用可能性とその限界/体験と思考との関係についての若干の注釈/後1世紀から後3世紀にかけての理論から神秘主義への移行。神秘主義理論の客観性

………………………

エウセビオス(260頃-340頃);

秦剛平訳、『エウセビオス「教会史」』(上下)(講談社学術文庫 2024/2025)、講談社、2010
訳は1986-88刊本の文庫化
325年頃までに完成(秦剛平、「エピレゴメナ[解題]」、上巻、pp.490-495)、全10巻

第1巻中の「教会史のための序章-キリストが先在のロゴスであったこと他」には、先在のロゴスについて記されています(上巻、pp.26-40)。

こちらでも挙げています
………………………

バシレイオス(330頃-379);

バシレイオス、出村和彦訳、「ヘクサエメロン(創造の6日間)」、『中世思想原典集成 2 盛期ギリシア教父』、1992、pp.281-301

370年に行なった9回の連続講話から、第1回、「始めに神は天地を創造した」という1節をめぐる説教の訳(p.282)。
なお同巻には、他にバシレイオスの「修道士大規定」と「書簡集」を収録。


水垣渉、「カッパドキア教父の自然観-バシレイオスの『ヘクサエメロン』を中心として-」、『古代の自然観 中世研究 第6号』、1989、pp.277-304
バシレイオスの『ヘクサエメロン』/自然観の成立と背景/自然観の方法と内容
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ニュッサのグレゴリオス(335頃-394、バシレイオスの弟);

ニュッサのグレゴリオス、谷隆一郎訳、「モーセの生涯」、『キリスト教神秘主義著作集 1 ギリシア教父の神秘主義』、1992、pp.5-136+註

ニュッサのグレゴリオス、秋山学訳、「人間創造論」、『中世思想原典集成 2 盛期ギリシア教父』、1992、pp.483-504

379年執筆とされる『人間創造論』全30章の内、序文から第7章まで
同書には、他にニュッサのグレゴリオスの「雅歌講話」、「教理大講話」を収録。


土井健司、『神認識とエペクタシス-ニュッサのグレゴリオスによるキリスト教的神認識論の形成-』、創文社、1998
序論;問題の所在、及び本研究の目的と方法/ニュッサのグレゴリオスの生涯//
グレゴリオス以前の神認識論;ギリシャ哲学における神認識論/グレゴリオス以前のキリスト教における神認識論//
働きからの神認識;「働きからの神認識」/「働きからの神認識」とエペクタシス//
鏡における神認識;グレゴリオスにおける「鏡」の概念/「鏡における神認識」の存否について/『至福論』第6講話の解釈//
暗闇における神認識;「暗闇」という概念/テキスト分析/「暗闇」のテキストの解釈/エクスタシス/補遺 神秘主義的解釈について//
エペクタシス;『モーセの生涯』第2部219節-255節/人間存在としてのエペクタシス/「完全な生」としてのエペクタシス/神認識とエペクタシス//
結論//補遺 パレーシア:「自由に語ること」-ニュッサのグレゴリオスにおけるその転換-など、404ページ。

………………………

アンブロシウス(339頃-397);

アンブロシウス、荻野弘之訳、「エクサメロン(天地創造の6日間)」、『中世思想原典集成 4 初期ラテン教父』、1999、pp.533-599

386-390年になされたとされる全6巻9講話から、第1巻第1・第2講話の訳
………………………

エヴァグリオス(345-399/400);

鈴木順、『古代末期禁欲論とエヴァグリオス』、リトン、2009
まえがき 鈴木順君を偲ぶ(大貫隆)//
古代末期の地中海世界の禁欲論;古代末期禁欲論研究/キリスト教初期修道制における悪霊論/異界としての砂漠-キリスト教初期修道制文献における砂漠のイメージ-ポルピュリオスの「悪を行うダイモン(daimôn kakoergos)」論をめぐって-古代末期宗教史におけるプラトン主義とキリスト教の比較研究のために-//
エヴァグリオス研究;エヴァグリオス・ポンティコスにおける
知恵(ソフィア)知識(グノーシス)/Metriopatheia としての Apatheia -エヴァグリオス情念論の一断面-/「魂のアパテイア(apatheia tēs psycheēs)」から「不動の知性(nous akinētosu)」へ-エヴァグリオス・ポンティコスのパトス論の一側面-/「我々の知恵ある師(ソフィス ディダスカロス ハーモーン)」と「アリストテレス」-ギリシア哲学受容におけるエヴァグリオス・ポンティコスの思想的戦略の一側面-/神への愛を語らない隠修士と慈善-エヴァグリオスにおける愛の理論とその実践をめぐって-/「自己再生産する聖体=教会共同体(コルプス)」と「聖体=教会共同体(コルプス)を解釈・還元する者」との葛藤-エヴァグリオスの神学的形而上学とその教会政治的限界-//
資料翻訳と紹介・欧文論文;エヴァグリオス・ポンティコス『スケンマタ』/エヴァグリオス 新発見ギリシア語断片資料/The Philosophical and Theological Identity of Evagrius/On the Evagrian Concept of Noētos//
あとがき-夢(鈴木知)など、408ページ。


エヴァグリオス・ポンティコスはエジプトで「4世紀末に活躍し没後『異端者』として断罪されながらも、東西キリスト教の修道制の伝統に様々な影響を残した神学者」(p.195)とのことです。本書中、各論の前提として紹介されるその教説・神学は世界生成論、キリスト論、終末論、修業論からなり(pp.196-198、223-225、340-342)、とても興味深いものです。

上掲書第3部以外に、原典からの翻訳として;

エウアグリオス・ポンティコス、佐藤研訳、「修業論」、『中世思想原典集成 3 後期ギリシア教父・ビザンティン思想』、平凡社、1994、pp.29-81
………………………

アウグスティヌス(354-430);

岡野昌雄訳、『アウグスティヌス著作集 7 マニ教論駁集』、教文館、1979
細目は→こちら

聖アウグスティヌス、服部英次郎訳、『告白』(上下)(岩波文庫 青 805-1/2)、岩波書店、1976
397-401年

全13巻中、第11巻~13巻は『創世記』冒頭の解釈に当てられる。
とりわけ第11巻第5章は無からの創造について、同第10章~13章および第30章は天地創造以前の時間について、同第14章~29章は時間論。
よく引かれる「それでは、時間となんであるか。だれもわたしに問わなければ、わたしは知っている。しかし、だれか問うものに説明しようとすると、わたしは知らないのである」は第14章(下、p.114)。


アウグスティヌス、加藤信朗・上村直樹訳、「三位一体論」、『中世思想原典集成 4 初期ラテン教父』、1999、pp.979-1083
399-419年。第15巻の訳

本書には他に篠塚茂訳「修道規則」を所収(pp.1085-1106)


片柳栄一訳、『アウグスティヌス著作集 16 創世記注解(1)』、教文館、1994
401-416年頃
創世記逐語注解;第1巻 創世記1章1-5節/第2巻 創世記1章6-19節/第3巻 創世記1章20-31節/第4巻 創世記2章1-3節/第5巻 創世記2章4-6節/第6巻 創世記2章7節/第7巻 創世記2章7節/第8巻 創世記2章8-17節/第9巻 創世記2章18-24節//
解説;総説/成立時期/聖書の逐語的解釈法/創造における回心
conversio/創造の諸次元/人間の創造など、388ページ。

  同訳、 『アウグスティヌス著作集 17 創世記注解(2)』、同上、1999
創世記逐語注解;第10巻 「伝播説」と「創造説」について/第11巻 創世記3章1-24節/第12巻 「第三の天」と「楽園」について//
未完の創世記逐語注解(393年)//
解説;魂の由来について/アウグスティヌスの霊 spiritus 理解/『未完の創世記逐語注解』について、など、276ページ。


アウグスティヌス、服部英次郎・藤本雄三訳、『神の国』(全5巻)(岩波文庫 青 805-3~7)、岩波書店、1982-1991
413-427年、全22巻

「さて、『神の国』の内容については、さきに示したとおり、アウグスティヌス自身がその『再論』において触れているとことであるが、大きく三つの部に分けることができるであろう。
まず第1部は第1巻から第10巻までである。そこでは、キリスト教を非難攻撃する者に対する反駁が意図されており、とくにキリスト教徒異教との道徳性が対照され、また異教神学の批判と論駁がこころみられる。
第2部は第11巻から第18巻までである。そこでは二つの国と二つの民の起源が主要なテーマとして扱われる。天使の2種の社会、二つの民の歴史的展開が描かれる。
第3部は第19巻から第22巻までである。そこでは二つの国のそれぞれ異なった目標と終極について論ぜられる。とくにここでは『神の国』の特性が浮き彫りにされるのである」(服部英次郎、「解説」、第1巻、p.450)。

こちらにも挙げておきます

小平尚道、「アウグステヌスの悪魔について」、山本和編、『神と悪魔』、創文社、1957、pp.56-75
序論/悪魔と悪霊の相違/悪魔に就いて/悪魔と人間の関係-悪魔の力の強さについて-/悪魔と神の関係-悪魔の力の限界について-/結論

K.リーゼンフーバー、矢玉俊彦訳、「アウグスティヌスにおける自然理解」、『古代の自然観 中世研究 第6号』、1989、pp.305-342
自然の存在論的考察;自然の存在論的概念/存在論的自然理解の概要//
象徴としての自然と現実性としての自然-創造の記事への註解;聖書理解の諸次元/字義通りの解釈/霊的解釈//
自然認識と自然経験;自然認識の空虚/自然認識の効用/自然経験と神認識


河野一典、「アウグスティヌスにおける霊的質料の問題-『創世記』冒頭の解釈をめぐって-」、『中世思想研究』、no.33、1991.9.25、pp.98-109 [ < 『中世思想研究』バックナンバー中世哲学会

堺正憲、「キリスト教と哲学-アウグスティヌス『神国論』第8巻から第10巻までについての一考察」、『ネオプラトニカ 新プラトン主義の影響史』、1998、pp.196-220
はじめに/真の哲学としての神学/プラトンおよびプラトン派への評価/アプレイウスのダエモン論の検討/受肉した御言である人なるキリスト・イエスこそ神と人間との仲介者であるポルピュリオスへの反駁/まとめ

河野一典、「第8章 中世 第1節 アウグスティヌス B 新プラトン主義とキリスト教創造論」、『新プラトン主義を学ぶ人のために』、2014、pp.266-280
アウグスティヌスの「創世記」解釈/永遠と時間/形相と質料
………………………

ディオニュシオス・アレオパギテースこと偽ディオニュシオス(紀元500年頃);

ディオニシオス・アレオパギテース、熊田陽一郎訳、「神名論」、『キリスト教神秘主義著作集 1 ギリシア教父の神秘主義』、1992、pp.137-262+註
ディオニシオス・アレオパギテース、熊田陽一郎訳、「神秘神学」、同上、pp.263-271+註

「神名論」第1章の訳は先行して;

偽ディオニシオス・アレスパギステース、熊田陽一郎訳、「神名論」、『哲学』、no.9 vol.3-4、1989 冬:「特集 神秘主義 テクノロジーとカルト」、pp.40-59

「神名論」について→こちらにも挙げておきます

ディオニュシオス・アレオパギテス、今義博訳、「天上位階論」、『中世思想原典集成 3 後期ギリシア教父・ビザンティン思想』、平凡社、1994、pp.339-437
ディオニュシオス・アレオパギテス、今義博訳、「神秘神学」、同上、pp.439-460
ディオニュシオス・アレオパギテス、月川和雄訳、「書簡集」、同上、pp.461-498

「天上位階論」について→こちらにも挙げておきます

熊田陽一郎、「ディオニシオス文書について」、『美と光 西洋思想史における光の考察』、1986、pp.35-170
ディオニシオス文書の謎;偽書としてのディオニシオス文書/西欧への経路/『神名論』の問題//
『神名論』の構成と内容;思想の要約/善と光・美・愛の
Trias/善と新プラトン的 Trias/結語//
神名形成の方法について;神名形成の方法/神名形成のアポリア/三位一体論/受肉論/結語//
神の自己開示-『神名論』の思想的モティーヴ-;権威的にして認識的な自己開示/善とその開示/結語//
『天上位階論』の光概念;『天上位階論』の内容/形象論/光概念の重層性/光としての神


熊田陽一郎、「ディオニシオスの思想」、『プラトニズムの水脈』、1996、pp.97-138
ディオニシオス・アレオパギテースの思想の概略と問題点/神名としての最高類概念/光と闇についての考察-ディオニシオス「神秘神学」を中心として-

熊田陽一郎、「第8章 中世 第2節 ディオニュシオス・アレオパギテース」、『新プラトン主義を学ぶ人のために』、2014、pp.286-299
ディオニュシオス思想の成立とそれに関わる事柄について/6世紀の「ディオニュシオス文書」

iv. 東方正教会など

『中世思想原典集成 3 後期ギリシア教父・ビザンティン思想』、平凡社、1994
総序(大森正樹)//修行論(エウアグリオス・ポンティコス)/アレクサンドレイアのキュリロスへの第2の手紙(ネストリオス)/書簡集(アレクサンドレイアのキュリロス)/キリストはひとりであること(同)/説教集(偽マカリオス)/大書簡(同)/天上位階論(ディオニュシオス・アレオパギテス)/神秘神学(同)/書簡集(同)/楽園の梯子(ヨアンネス・クリマクス)/愛についての400の断章(証聖者マクシモス)/知識の泉(ダマスコスのヨアンネス)/聖画破壊論者への第1の駁論(ストゥディオのテオドロス)/100の実践的・神学的主要則
(新神学者シメオン)/書簡/哲学小論集(ミカエル・プセロス)/聖なるヘシュカスト(静寂主義者)のための弁護(グレゴリオス・パラマス)/講話集(同)/聖体礼儀註解(ニコラオス・カバシラス)など、978ページ。


オリヴィエ・クレマン、冷牟田修二・白石治朗訳、『東方正教会』(文庫クセジュ 607)、白水社、1977
原著は Olivier Clément, L'eglise orthodoxe, 1965
序//正教会の歴史;初代教会と正教会との連続性/7回にわたる全地公会/東西協会の分裂/ビザンツの栄光/教会と国家との《協調》の問題/ビザンツにおける伝道活動と新しい正教世界/コンスタンティヌポリス陥落以後、正教後退の時代(16-18世紀)/19世紀(1917年まで)/20世紀(1917年以降)/正教会信徒の分布//
神学の基礎 体験されるものとしての神学;知性の堕落と再生/《神学》ということばの意味/存在論の内的変化/教理-感動、体験、神の賛美//
  《死によりて,死にうちかてり》;神の創造、人間の堕落と死の支配/《神の母》と受肉/あがないと人間の神化/キリストの栄光ある「からだ」としての教会と宇宙/正教会における宇宙論//
  《天上の主、助け主の聖霊……》;キリストのはたらきと聖霊のはたらき/聖霊と人格と自由//
  神のエネルゲイア;隠されている神とあらわれている神/《神化》/神の本質と神のエネルゲイアとの区別/神との実存的な交わりと存在論的な交わり/神のエネルゲイアの遍在//
  三位一体と三位一体論的人間学;三位一体ということば/統一性と単一性の一致としての位格/キリストの誕生と聖霊の発出/フィーリオークェ主義/正教会における人間論/万物の復活//
教会の諸局面 はじめに-三位一体の原理;キリストの「からだ」と聖霊の充溢/カリスマ的な制度としての教会/三位一体の原理//
  教会にみられるキリスト論の原理、キリストの「からだ」としての教会の統一性;《秘跡のなかの秘跡》としての教会/使徒職の継承/地方教会における主教/聖職と結婚/地方教会と教会の普遍性/中心となる教会/ペテロの継承//
  聖霊論の原理、聖伝と無謬性;祭司の王国に入るためにおこなわれる聖膏の秘跡/使徒的な預言/聖伝と聖母就寝/教理の深化/無謬性//
秘跡と神秘主義 典礼の意義;ビザンツ様式の典礼と典礼の精神/信徒全員のものとしての典礼/正教会における聖性の意味/典礼-「神の王国」の体験/典礼の聖節/復活祭/ミサ聖祭/ミサの復興/他の秘跡の概要//
  イコン;イコンのキリスト論的な意味/永遠の像/イコンの神秘的な価値と第7回全地公会/聖堂の装飾とその象徴的意味//
  正教会の精神;秘跡の基礎と《規範的な神秘思想》/修道院の役割と心のうちの修道生活/《悔い改め》/祈りとその方法/光と愛/正教会の聖人//
結び 教会合同における正教会の役割など、176ページ。


V.ロースキィ、宮本久雄訳、『キリスト教東方の神秘思想』、勁草書房、1986
原著は Vladimir Lossky, Théologie mystique de l'Église d'Orient, 1944
ギリシア教父の思索(宮本久雄)//
キリスト教東方における神秘思想と神秘的体験/神的暗黒/三位一体である神/創られざるエネルギー/創られた存在/像と似姿/子のオイコノミア/霊のオイコノミア/教会共同体の二つの
(すがた)/一致への道/神からの光/結論 終末的王国の宴など、322ページ。

大森正樹、「パラスマのエネルゲイア概念とネオプラトニズム-エネルゲイア概念の源泉を求めて」、『ネオプラトニカ 新プラトン主義の影響史』、1998、pp.253-282
序/アリストテレスの場合(1)-エネルゲイア/アリストテレスの場合(2)-ウーシア/プロティノスの場合/プロクロスの場合/フィロンの場合/擬デュイオニュシオスの場合/ダマスケノスの場合/考察
………………………

マニ教をはじめとするグノーシスなど、さまざまな神話・宗教的伝承への言及に引かれて読むようになったのですが、何より詩人であり、かつハリストス正教会の信徒としての思索を綴ったものが;

鷲巣繁男、『呪法と變容 増補改訂』、牧神社、1976
エウメニデス//わが夢想のロルカ//放浪と幻化//
時と漂流物;時間と永遠/神話短見//
幼神輝耀 高橋睦郎に寄す;〈十二の遠景〉への謝辞/〈聖なる岬〉への手紙/詩集「頌」に讃す/劇なるものとその変容 「美しかりしわれらがヘレン」のために//
日日凶日/オルペウスの反覆 土俗と怨念への序言//
わが讃頌;詩人プラトーン 角川書店版『プラトン全集』に添えて/『花冠』呉茂一訳詩集/『神曲・地獄篇』寿岳文章訳/『アクセル』の世界 斎藤磯雄譯『ヴィリエ・ド・リラダン全集』に寄せて/サン=ジョン・ペルス讃 1960年・ノーベル賞の誉れの祝ひに/黄眠道人頌 その霊智と堅忍の営為に/麗はしいデスタンス 誄吉田一穂師/永久運動 西脇順三郎詩への断想/雷神の子 岡崎清一郎詩集『火焔太鼓』後序/憂愁と独吟 三好豊一郎詩集に寄す//
儀礼と偶然//迷宮とドローメン 終末論あるひは時空の亀裂;マタイ伝第24章/終末・復活の反覆としての典礼など、402ページ。


鷲巣繁男、『記憶の泉 詩歌逍遥游 第一』、牧神社、1977
憧れの呪器/冥王の妃/幻視の王國/九韶の舞/王と石臼/土地の精霊など、300ページ。

鷲巣繁男、『聖なるものとその變容 詩歌逍遥游 第二』、牧神社、1977
聖なる道/存在の進路/閾にて/光と闇/密儀の夜/死の眼/救濟のねがひなど、372ページ。

鷲巣繁男、『ポエーシスの途 詩歌逍遥游 第三』、牧神社、1977
狂氣と希望/時空の厚さ/放浪-謎への問い/流謫/王と幻化/死と詩人/永遠と肉體など、332ページ。

鷲巣繁男、『イコンの在る世界』、国文社、1979
聖なるものへの祈り-序に代へて-//
至誠至潔なるマリア・テオトコス;マリア-この永遠なる母のエイコン/天ハ懼レ地ノ極ハ驚ケリ/スタウロ・テオトキオン-或いは涙の谷//
イイスス・ハリストス・ソーテール;爾ハ我等ノ神ナレバナリ/ハリストス・ヴォスクレッセ/ハリストス・地獄の破砕者//
永遠の記憶-「パニヒダ祈禱」についての私感-など、814ページ。


同じ著者による→こちらも参照

『鷲巣繁男詩集』(現代詩文庫 51)、思潮社、1972
166ページ。

この内、「ユダ・イスカリオテの祈り」を→こちらに、「詩集〈マルキオン〉全篇」と「マルキオンの主題による七つの変容と一つの秘義」を→こちらに挙げています。

おまけ

グノーシス諸派など」のページの「余談 イスカリオテのユダなど」の項にも、ユダがらみでいくつか挙げましたが、キリスト教を扱ったフィクションは数限りなくあることでしょう。

ところでビザンティンと聞いて思いだすのが;
 

澁澤龍彦、「ビザンティンの薄明あるいはギュスターヴ・モローの偏執」、『幻想の彼方へ』、美術出版社、1976、pp.186-203
です。澁澤が冒頭で記しているように、〈ビザンティン・ツワイライト〉という言い回しは;

マリオ・プラーツ、『肉体と死と悪魔 ロマンティック・アゴニー』、1986
第5章「ビザンティウム」も終わり近く、第25節からでした(邦訳では p.537、英訳では p.397)。

プラーツの件の箇所が扱っているのは19世紀末ですが、他方;

根津由喜夫、『夢想のなかのビザンティウム 中世西欧の「他者」認識』、昭和堂、2009
では、12世紀フランスの『ジラール・ド・ルシヨン』、『シャルルマーニュ巡礼記』、クレティアン・ド・トロワ『クリジェス』、ゴーティエ・ダラス『エラクル』が取りあげられます。
音楽の領域から;

Aphrodite's Child, 666, 1971(邦題:アフロディテス・チャイルド、『666-アフロディテス・チャイルドの不思議な世界』)(1)
真っ赤なジャケット、表の面に、『ヨハネ黙示録』13-18 が引かれています(→こちらや、またあちらでも触れました)。

1. ユーロ・ロック集成』、マーキームーン社、1987/90、p.148。『200CD プログレッシヴ・ロック』、立風書房、2001、p.112。立川芳雄、『プログレッシヴ・ロックの名盤100』、リットーミュージック、2010、p.32。片山伸監修、『ユーロ・プログレッシヴ・ロック The DIG Presents Disc Guide Series #018』、シンコーミュージック、2004、p.24。
2014/03/07 以後、随時修正・追補
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