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狂恋:魔人ゴーゴル博士
Mad Love
    1935年、USA 
 監督   カール・フロイント 
撮影   チェスター・A・ライアンズ、グレッグ・トーランド
編集   ヒュー・ワイン 
 美術   セドリック・ギボンズ 
    約1時間8分 
画面比:横×縦    1.37:1 
    モノクロ 

DVD(『アメリカン・ホラー・フィルム・ベスト・コレクション vol.1』(→こちらを参照)より)
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 このサイトでとりあげただけでも、『巨人ゴーレム』(1920)、『メトロポリス』(1926/27)、『魔人ドラキュラ』(1931)の撮影を担当するという信じがたい経歴をもつカール・フロイントが、監督として、こちらも秀作『ミイラ再生』(1932)に続いて演出した作品です。超自然現象は確かに起こるのですが、主軸はピーター(ペーター)・ローレが熱演するゴーゴル博士の行状に置かれています。原作はモーリス・ルナールの『オルラックの手』(1921)。邦訳はされていないようで、異同は今のところ未確認です(下掲の Michael Sevastakis, Songs of Love and Death. The Classical American Horror Film of the 1930s, 1993, pp.149-151 も参照ください)。この原作は1924年にも『芸術と手術』として『カリガリ博士』(1919/20)のロベルト・ヴィーネによって映画化されていますが、そちらも残念ながら未見。ちなみにローレは、後にも自律する〈手〉がらみの『五本指の野獣』(1946)で、狂気に翻弄される役柄を演じることになります。
 下に挙げた『映画の生体解剖』で稲生平太郎をして、「映画としてほぼ完璧に近い。全体に隙がなくて、こうなっていくしかない! という感じがある」(p.40)と言わしめた、きわめて濃密な作品ですが、パリが舞台だけに古城など関係なさそうに見えて、いやいやどうして、ローレ扮するゴーゴル博士の医院兼屋敷に入ると、あちこちで柱の角度が斜めになっていますし、アーチはやたらにたくさんある上、しばしばひずんでいたりするのでした。

 まずは子供の病室です。手前のベッドに子供が横たわっており、奥の壁に窓があるのですが、角を丸めた下すぼみの台形というのか楔形というのか、枠部分が刳られ、その奥に窓がある。しかも枠部分の上辺は少し斜めになっているのに、窓自体の上辺は水平なのでした。
 次いでこちらは夜、電話に出るため鸚鵡を肩に止まらせた家政婦が階段をのぼってきます。画面右下に手すりがあり、その上面は明るくなっている。奥の壁にも二叉になった形の明るい部分が射しています。階段から登場した家政婦は左の方へ進み、カメラも追っていくのですが、廊下では真っ暗になってしまう。カットが換わって左に扉のある部屋に入って電話をとるとして、映るのはくっきりと濃い影ばかりです。鸚鵡はずっと肩の上に止まっています。


 街路に面して、半円アーチ越しに裏口、裏口は数段分高い位置にあり、アーチの手前、右上にも階段が見える。カメラはそのまま通りを左に進めば、壁を経て玄関となります。玄関の左側の壁には壁龕状の部分が少し高い位置にある。そのさらに左側には、細い通りをまたいで、建物と建物をつなぐ橋状のアーチがかかっています。
 玄関から入ると、やや左に寄ったかのような大きなアーチが枠どりをなしています。向かって奥、玄関扉から続く壁は柱として何度か折れ曲がっているのでしょうか、上の方がやけにとがったギザギザの山型明部となっています。また壁には腰の高さでずっと水平の帯がつけられており、これは後の廊下にも出てきます。カメラとともに左に進めば、扉を経て、左上にのぼる階段が少しだけのぞいています。その上に柱があって、さらに右上、回りこんできた階段の底面がのぼっていく。


 ヒロインの待つ医務室(?)は、左手前に机の上面が見え、その向こうにやけに太い柱が立っています。柱には帯が巻かれていますが、少し斜めになっている。柱の向こうに大きなアーチがあって、左奥には窓が見えます。柱もアーチ上面も陰になっている。左から伸びてきたアーチは柱の向こうを通って右側に出ると、折れて床におりるのですが、垂直ではなく右倒しなのでした。その右には本棚とその前のテーブルをはさんで、角となって手前に出、扉となる。しかしこの角の部分も末広がりになっています。同じく扉の右手前の柱もまた、斜めだったりするのでした。なお扉の上辺は直線ではなく、ゆるい湾曲を描いています。この点もまた、建物内で他にも見受けられることでしょう。

 手術室の準備室で、医師たちが手を洗っている。この洗い場が円形をなしており、その上に伸びあがった水道管がある高さで環になって、そこに蛇口がついているようです。この場面になった時には、この円環蛇口の向こうに、踏み台にでもなっているのか、床の二人の医師の頭上でもう一人の医師が手を洗っているように見えました。すぐに上に鏡がかかっているのだと気がつきます。左下にいた博士が映りこんでいるのでした。洗い場の形状と合わせて、奇妙な感触を受けずにいないところです。鏡の隅には、階段らしきものも映っていたようです。

 手術の間ヒロインは別室で休んでいます。ベッドの奥には凹んだ窓があり、壁に窓の桟が影を落としています。また窓の下の壁には、何やら半月形に明るい光があたっている。ベッドの頭の側の壁は、またしても斜めになっているように見えます。
 カメラは以上を映した後、速い速度で回りこむようにして、ヒロインの頭部を上からとらえます。右から光があたり、明暗の対比が強い。
 ヒロインの顔のアップにオーヴァーラップして、手術を受けているはずのピアニストの夫の寝顔、朝日か夕陽の空、上からピアノを弾く手のアップ、次いで手が消えて鍵盤だけが自働ピアノのように演奏を続け、鍵盤は鉄道の線路へと換わる。夫は鉄道の脱線事故で両手切断の羽目に陥ったのです。列車は正面から映され、それが真横からの車輪のアップへ、そして博士のアップに重ねられます。


 博士の書斎は、陰となった大きなアーチを枠どりに、左側に数段のぼってオルガンが設置されています。段をのぼる手前にはヒロインを象った蠟人形が運びこまれて立っている。蠟人形は作り物ではなく、本人が演じています。オルガンの鍵盤部の上に鏡が取りつけてあって、上下に回すと蠟人形の頭部が映るのでした。
 やや右よりの奥には部屋の扉がある。扉の左脇の壁の曲がり角は、やはり斜めになっています。扉の上辺もまた、ゆるく湾曲する。この両開きの扉の片側の上の方には装飾が付されており、これは開くと小さな窓になっています。この小窓はクライマックスで活用されることになるでしょう。
 さらに右に進むと暖炉があって、その上にゆるいアーチがかぶさっています。この家にはやたらアーチがあるのでした。とまれグレーの諧調が印象的な室内でした。


 博士邸に比べると、ヒロインとその夫の家だかアパルトマンの内装は、はるかに明るく、広々としています。そこで博士が夫の手の包帯を外すのですが、両手のアップはそのまま、二度目のフラッシュバックに移行します。手に加えられる数々の治療は、その費用の請求書に変わり、請求書をもつ手がいくつも、ヒロインの周りをぐるぐると回転するのでした。

 書斎に戻れば、オルガンの上あたりでしょうか、装飾的な格子をはめた窓があり、その右手には蠟人形、さらに右には鸚鵡のための大きな円形止まり木が床に立ててある。手前にはハエトリグサでしょうか、食虫植物の鉢があったりします。
 換わって裏口付近です。裏口から入ると画面から見て正面奥に上へのぼる階段があります。階段の左手には塀状の手すりがついていますが、その下端部は垂直ではなく、前傾している。階段の上には窓が見え、窓のある壁も階段に対して平行ではなく、少し斜めの位置にあるようです。階段の左側は廊下になって奥に伸び、左手の壁にまず大きな縦長の鏡、次いで扉があります。扉の奥は家政婦の詰め所か台所でしょうか。
 押しかけた記者が家政婦と階段の下の方に坐って話すさまを正面からとらえた、古典的な安定感を誇るカットを経て、記者は無理矢理階上へあがってしまいます。画面手前に階段の手すりとそれが左に折れるところを配し、左に進めば書斎になるはずですが、正面奥の壁が、例によって斜めになった柱いくつもに区切られて、複雑な明・半暗・暗の面を交錯させています。そのさまからソル・ルウィットによる1990年前後のウォール・ドローイングあたりを連想することもできるかもしれません。
 そんな中、ちょうど階段をあがった正面あたりに、斜めになった水晶のような明部があるのですが、その中に、左を向いた博士の上半身が影だけで映るのでした。
 なお後に、カメラの動きとともに、右の方がさらに続いていることがわかります。


 今度は玄関から入って、階段を正面にした時、左に折れて伸びていく廊下です。この廊下はいくつものアーチによって横切られています。しかもそのアーチは左右相称ではなく、画面向かって左寄りですぐに頂点に達し、右側へはゆるやかに降下するというひずんだものなのです。ただし奥の方には左右対称のアーチが見えたりもする。アーチを支える柱や、柱と柱の間の壁にはずっと腰の高さあたりに帯が走っています。ここでも明・半暗・暗の面が複雑に交錯しているのですが、照明によって生じたものだけでなく、柱自体もやや暗色で塗られているのではないかという気がしないでもありません。いずれにせよ、いっそうの幾何学的錯綜は圧巻というべきでしょう。
 この廊下を奥から手前へ進む博士をつかまえようと、手術後の手の異常に悩むピアニストと彼を追う医師が奥から登場します。二人は廊下の一番奥で、下の階からのぼってきたように見えました。


 この廊下のさらに手前、左に入ると、手術室の控え室でしょうか。そこから先に出てきた準備室に続くのですが、今度はあちこちに鏡をかけてあることがわかります。ずいぶん横に長い鏡、縦長の鏡、普通に横長の鏡。いずれも中に映る像が博士に囁きかけるのでした。

 また書斎です。ヒロインは蠟人形と誤解した家政婦によって閉じこめられる。彼女とともにカメラは左から右へ映していきます。扉、斜めになった柱、本棚、テーブル、止まり木、アーチを経て本棚、テーブル。アーチは右にひずんでいます。カットを切り換えて蠟人形とその左奥に窓、窓の格子は交点が円になっている。蠟人形の後ろには鏡があり、ヒロインが映ります。
 窓を開けると、下に街路が見える。アーチ状のトンネルがあります。とても逃げだせそうにない。


 裏口に帽子をかぶった影が映ります。次いで実物が現われ、左手の階段へ向かうのですが、階段の左側にある廊下をはさんだ壁から床を通って階段の下半まで、奇妙に伸びる濃い影が落ちています。階段の上半でも、右上から伸びてきた影がある。次いで階段をのぼるところが上から見下ろされる。踊り場にも扉があるようです。そして帽子をかぶった人物が書斎に入ってくるのでした。
 これは変装した博士で、両手を金属の義手に見せかけ、首の部分もいったん切り離されたのをつないだかのように偽装する。サングラスをつけ、ギロチンにかけられたはずのナイフ使いの振りをして、ピアニストに会ってきたのです。(日本語字幕によれば)奴は精神病院に放りこまれる、狂っているのは私なのにと哄笑するさまが迫力満点でした。
 書斎はまず、アーチを枠どりにして映されるのですが、このアーチの頂点は右に寄っていて、左辺の方が長くなっています。扉も凹みの中で片方に寄っています。扉の左側にある壁と柱の交点でしょうか、細長いピラミッドのようにくっきりと浮きだす。さらに左がオルガンで、画面手前には蠟人形のふりをしたヒロインが背を向けています。
 次いでカメラはオルガンを弾く博士を正面からやや見下ろすように映す。背後には白く反射する止まり木、その左に窓、右に蠟人形=ヒロイン、さらに右にはアーチの下に本棚とテーブルがある。かくしてお話はクライマックスと相成るのでした。
 駆けつけた警察官たちとピアニストはしかし、錠のかかった書斎の扉の前で入るに入れず、前にも出てきた扉についている小窓が活かされて、幕を閉じます。ただしナイフ使いの手を移植されたピアニストが今後どうなるのかは、語られないままでした。

Cf.,  デイヴィッド・J・スカル、『モンスター・ショー 怪奇映画の文化史』、1998、pp.208-210

稲生平太郎・高橋洋、『映画の生体解剖 恐怖と恍惚のシネマガイド』、2014、p40、pp.204-206、p.280


Michael Sevastakis, Songs of Love and Death. The Classical American Horror Film of the 1930s, 1993, pp.149-162 : "Part IV -10. Mad Love : Torture by Obsession"

Jonathan Rigby, Studies in Terror. Landmarks of Horror Cinema, 2011, pp.54-55

美術監督のセドリック・ギボンズの名は
Juan Antonio Ramírez, Architecture for the Screen. A Critical Study of Set Design in Hollywood's Golden Age, 2004
の索引で山のように挙げられています。とりわけ pp.39-42 を参照。
ギボンズについてはまた;
フィヌオラ・ハリガン、石渡均訳、『映画美術から学ぶ「世界」のつくり方 プロダクションデザインという仕事』、2015、pp.100-102:「LEGACY 偉大な先人たち セドリック・ギボンズ」
本サイトから他の担当作として;『成吉斯汗の仮面』(1932)、『古城の妖鬼』(1935)、『オズの魔法使』(1939)、『禁断の惑星』(1956)

おまけ  本作品は
『アメリカン・ホラー・フィルム・ベスト・コレクション vol.1』(2014/7/2)
に含まれていました。所収作品を公開年順に並べ直すと;

disc
1935 狂恋:魔人ゴーゴル博士 4
1935 古城の扉 6
1935 大鴉 7
1936 悪魔の人形 2
1936 歩く死骸 3
1941 悪魔の命令 8
1944 呪いの家 1
1946 五本指の野獣 5
柳下毅一郎による「アメリカン・ホラーのあけぼの」と各作品解説を掲載したパンフレット封入。

古城度が高くないため取りあげなかった『歩く死骸』(1936)については『悪魔の命令』(1941)のページで少し触れています。監督は『ドクターX』(1932)や『肉の蠟人形』(1933)のマイケル・カーティス、主演はボリス・カーロフです。

『悪魔の人形』(1936)は『魔人ドラキュラ』(1931)のトッド・ブラウニングが監督、

デイヴィッド・J・スカル、エリアス・サヴァダ、『「フリークス」を撮った男 トッド・ブラウニング伝』、1999、pp.186-187、263-264

柳下毅一郎、『興行師たちの映画史 エクスプロイテーション・フィルム全史』、青土社、2003、pp.135-136

を参照


続刊の
『アメリカン・ホラー・フィルム・ベスト・コレクション vol.2』(2015/6/3)
『アメリカン・ホラー・フィルム・ベスト・コレクション vol.3』(2015/7/3)
『アメリカン・ホラー・フィルム・ベスト・コレクション vol.4』(2016/8/3)
については→こちらを参照

 2014/12/3 以後、随時修正・追補
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