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ハンガー
The Hunger
    1983年、イギリス・USA 
 監督   トニー・スコット 
 撮影   スティーヴン・ゴールドブラット 
 編集   パメラ・パワー 
プロダクション・デザイン   ブライアン・モリス 
美術   クリントン・カヴァース 
セット装飾   アン・モロ 
    約1時間37分 
画面比:横×縦    2.35:1
    カラー 

ケーブルTVで放映
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 2016年1月10日、デヴィッド・ボウイが逝去したとのことです。享年69歳。きちんと追いかけてきたなどとはとても言えたものではありませんが、それでも引っ張りだしてみれば、『スペイス・オディティ』(1969)から『レッツ・ダンス』(1983)まで、飛び飛びではあれLPが8枚出てきました。魅力的な曲が目白押しの『ジギー・スターダスト』(1972)と、プログレ世代のパンク~ニュー・ウェイヴへの対応はあまたの形あれど、ピーター・ハミルの A Black Box (1980)と並んで硬質な音の塊という点で印象的だった『ロウ』(1977)はとりわけ脳裡に刻まれています。「スペイス・オディティ」や「アッシェズ・トゥ・アッシェズ」(→こちらを参照)、西部劇『野性の息吹き』(1957、監督:ジョージ・キューカー、未見)のためのディミトリ・ティオムキンの曲で、後にニーナ・シモンが歌ったという「ワイルド・イズ・ザ・ウィンド」(『ステイション・トゥ・ステイション』(1976)より)などなど忘れがたい曲も思い浮かびます( →こちらそちら、またあちらここも参照)。『ロウ』B面1曲目の「ワルシャワ」はジェスロ・タルの「ブダペスト」(Crest of a Knave (1987)より、やはりB面1曲目)、こちらはアルバム丸一枚ですがルー・リードの『ベルリン』(1973→こちらも参照)とあわせて、(西欧から見た)中欧都市三部作などと勝手に思っていました。
 またルー・リード、ロクシー・ミュージックのブライアン・フェリー、コックニー・レベルのスティーヴ・ハーリーなどなどとともに、それぞれ違いはあれど、透明感とか力強さといった形容からはほど遠いぐねぐねしたその唱法は、それゆえにこそ欠落と過剰の相に傾く何がしかのリアリティを宿さずにおらず、ニュー・ウェイヴ以降蔓延することになるのでした。ターン・テイブルのゴムがいかれてきたのか、少し音がおかしいような気がするLPプレイヤーで聞き返し、ケーブルTVで放映された1973、1978、1995+99、2003年のライヴやミュージック・ヴィデオ集を再見するに加えて、たまたま、「アッシェズ・トゥ・アッシェズ」の詞を暗誦することのできる知人とぐだぐだ話す機会もありました。
 ボウイはさらに、一度ならず映画にも出演しています。もっとも『地球に落ちて来た男』(1976、監督:ニコラス・ローグ)も『戦場のメリークリスマス』(1983、監督:大島渚)も話がしんどそうだというので見ず仕舞い、『プレステージ』(2006、監督:クリストファー・ノーラン)にいたっては、ニコラ・テスラの登場に心中拍手しながら、エンド・クレジットを見るまでその役を演じているのがボウイだったことに気づかなかったという体たらくであります。『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間』(1992、監督:デヴィッド・リンチ)なんてのもありましたが、古城映画とはいいがたい、たしか、たぶん。ただ見知った範囲内でしかありませんが、本サイトで扱うに都合のよさそうな作品が二つありました。『ハンガー』と『ラビリンス -魔王の迷宮-』(1986)です。というわけでこの二作を取りあげて追悼に代えたいと思います。

 とはいえ本作でボウイは前半にて退場、しかもその大半は特殊メイクで顔が分からないという状態です。クライマックスでもちらりと出てきますが、あれは本人が扮したのでしょうか? 本命はあくまでもカトリーヌ・ドヌーヴの吸血鬼とスーザン・サランドンの医学者なのでした。ドヌーヴには本サイトでは『悪徳の栄え』(1963)でお目にかかりました。サランドンは後の『テルマ&ルイーズ』(1991、監督:リドリー・スコット)が知られているのでしょうが、先だっては『ロッキ・ホラー・ショー』(1975、監督:ジム・シャーマン)に出ていたそうです。また本作に登場する猿の場面では、『恐竜時代』(1970、監督:ヴァル・ゲスト)や『フレッシュ・ゴードン』(1974、監督:マイケル・ベンヴェニスト、ハワード・ジーム)、『おかしなおかしな石器人』(1981、監督:カール・ゴットリーブ)、『空の大怪獣Q』(1982、監督:ラリー・コーエン)などのデヴィッド・アレンが特殊効果を担当しているとのことです。加えて老化した吸血鬼の姿は、同じディック・スミスが特殊メイクを担当した『血の唇』(1970)にその原型を見ることができます。
 リドリー・スコットの弟でもある監督のトニー・スコットはこれが長篇第1作で、後に『デジャヴ』(2006)のようなSFの佳作も残しましたが、2012年に68歳で自死したとのこと。享年68歳。遅ればせながらあわせて追悼の意を表したく思います。
 実のところすっかり中身を忘れてしまった邦訳もある原作(下記参照)とは、ただ、ラストが大きく改変されているようで、そのためなのかどうか筋のとりがたい点もあるものの、視覚的な画面造りを重視した本作は、深読みすれば『血とバラ』(1960)のようなことがやりたかったのではないかと見なせなくもないかもしれない。吸血鬼映画だというので中古VHSを買ったりケーブルTVで放映された際には録画しておいたりもしたのですが、同時代のニューヨークが舞台とあって古城的なるものとは無縁だと思いこんでいました。ところが例なるがごとし、おのが記憶のいい加減さはいつものこととて、この機会に見直してみれば主人公たちが住む屋敷は階段あり廊下もあれば、エレヴェーターまで登場、間取りは必ずしも明快ではないものの、地下室(?)から屋根裏(?)まで上下に積み重なった構造を示してくれています。手短かにたどることといたしましょう。


 バウハウスの「ベラ・ルゴシズ・デッド」(1979、→こちらを参照)で幕を開けます。正面からとらえられた金網だか細い格子の向こうにいるのはヴォーカルのピーター・マーフィーでしょうか。唱法はボウイ風です。クラブでのライヴということらしく、この後少しの間バウハウスのカットが何度か挿入されます。余談になりますが、バウハウスはイーノの"Third Uncle"(The Sky's Gone Out, 1982 のA面1曲目)などとともに、ボウイの「ジギー・スターダスト」をカヴァーしています(1982、シングル、「ベラ・ルゴシズ・デッド」同様後にベスト盤 Crackle, 1998(『クラックル』)等に収録)。
 クラブで男女二人を拾ったドヌーヴとボウイは車を駆り、郊外らしき大きな屋敷の前に止まります。ガラス張りで半円筒の階段室らしきものの左右に白い壁が伸びる建物ですが、登場はここだけでした。ドヌーヴとボウイは二人ともサングラスをかけ、やたら煙草を吸います。本作では煙草が吸い放題です。二人は胸に小さなアンクをかけている。アンクは上が滴型になった十字で、古代エジプトにおける生命の象徴だという。このアンクはまた、仕込みナイフにもなっています。二人がこのアンク・ナイフで男女を血祭りに上げるのがプロローグなのでした。

 車はニューヨークに戻る。これまでにも挿入されていたどこやらの研究所での、檻の中の猿の観察の場面が交互に配されます。猿は原因不明で凶暴化したという。
 車は横に連なって並ぶ家屋の一つの前で停まります。玄関は半円アーチをいただいている。家の中のどこかに焼却炉があり、前夜の男女の遺体をここで始末したということのようです。
 カメラが右から左に流れて、柱越しになる部分も含めて天蓋付きのベッドをとらえます。四隅に白いカーテンがかかっている。この家の中には何かと白いカーテンがあり、また屋内が白い格子のガラス戸で仕切られています。加えて空気や陰影の感触を出すべく間接的な照明が配慮されているらしい。微かにスモークを焚いているのかと思わせることも少なくありません。
 ボウイが回想する昔の合奏場面を経て、白いカーテンが風に大きく揺れます。カーテンとカーテンの間でボウイが煙草を吸っている。本作では何かとカーテンが風にたなびきます。またカーテンの間の人物という構図も、後に再登場することでしょう。
 厩での出会いの回想をはさみ、アーチ状の扉口の向こうに前出のベッド、扉口の右は両開きのガラス戸がある。向こうのガラス戸に手前のものが映りこんで何重かになっています。扉口の左にあるのは鏡でしょうか。奥に廊下が伸びているかのようなのは、手前の像らしい。寝室手前のこの空間は薄暗い。


 サランドンの医学者がインタヴューを受けるところがテレヴィで放映されています。彼女はパーク・ウェスト診療所に勤めており、老化の研究をしているようです。
 玄関広間が映ります。手前右に左下がりの階段がのぼっており、欄干の下には唐草の装飾が施されている。画面奥に半円アーチ下のガラス戸、ガラス戸の向こうに少し控えの間があって玄関となる。
 サランドン扮する医学者の名はセイラ・ロバーツで、『睡眠と長寿 Sleep and Longevity』という著書を刊行しました。
 10代前半くらいの少女(ベス・エーラーズ)が入ってきます。ポラロイドに凝っているらしい。こまっしゃくれています。名はアリス。三人で合奏する。ドヌーヴはピアノ、ボウイはチェロ、アリスはヴァイオリンでした。
 ピアノの右後ろの壁に絵がかかっています。後にも何度か出てきますが、いずれも下半しか映らない。そのかぎりで、フェルメールの《音楽の稽古》ではないかと思われます(下の「おまけ」、または→こちらを参照)。もし当たっているなら、ただし、画面の下辺沿いはカットしてあることになる。深読みすれば、スカートの赤と斜めになった白黒の市松を強調したかったのかもしれません。
 ここまでで約15分ですが、ボウイはすでに不調に陥っているようです。


 書店でドヌーヴがセイラの本を買います。上の階でサイン会をやっています。ドヌーヴはセイラに自分を印象づける。
 次いで診療所の研究センターに向かいます。奥に階段のある広いエントランスを経て、青みがかったろうかを進む。壁を横縞の影が覆い、そこにドヌーヴの影が加わります。影は右へ向かう。
 切り替わると、廊下を奥から手前へ、角で右に曲がる。セイラの同僚であるドクター・ハンフリー(ルーファス・コリンズ)を訪ねます。彼は血液の研究をしている。

 TVのある部屋です。書斎でしょうか、壁を大きな本棚が埋めています。ここから白カーテン付きのガラス戸を抜けると、暖炉のある広い部屋です。この部屋の内装は色が濃いめでした。ここも出れば階段室となる。左から出てくるのですが、その右手に角をはさんで書斎からの出口が合流してきます。階段室の壁は蔦が這っているように見えますが、後の場面からすると大理石の斑紋らしい。
 この場面の視角では、階段は上へあがっていく。切り替わって階段をのぼるドヌーヴが下から見上げられます。天井がずいぶん高そうです。左の壁には大きく欄干の唐草の影が落ちている。下から光が当たっているわけです。階段は上で右に折れます。壁には何点も絵がかけてありますが、図柄はわかりませんでした。
 少なくとも日本語字幕ではここで、ドヌーヴの役名がミリアムであることがようやくわかります。


 白いカーテンが風で左に大きくふくらみます。切り替わると明褐色のカーテンが右に大きくふくらむ。こちらは回想らしい。二つのカットが交互に反復されます。この組みあわせは後にも登場することでしょう。

 黒いコートに黒いハットのボウイが、雨の中パーク・ウェスト診療所 Park West Clinic を訪れます。診療所正面の壁、標識の上にはカドゥケウスの杖が飾ってありました。
 猿の檻が並ぶ前を、右から左に進む。カメラも平行します。手前右がセイラの部屋でした。えらく横長の窓を横の日除けが区切っている。ボウイの役の姓がブレイロックであることがわかります。昨日は30歳だったという。
 セイラは相手にしませんが、押し切られてじゃあちょっと待っていてくれと待合室に案内します。奥の壁に右下がりの桟の影が落ちています。ここまでで約24分でした。
 廊下です。壁や床は大理石で、太い柱と柱の間に少し奥まって大きな窓があります。窓のところにセイラが腰かけ、向こうの柱に今度は左下がりの桟の影が落ちている。セイラは守衛に変な奴が来たと電話しています。ただし大人しいので手荒く扱わないで、待ちくたびれて帰るだろう。
 また待合室です。奥の壁の桟の影の角度がゆるくなっています。ブレイロックのアップになると、眼鏡の右のレンズに手もとのポラロイドの裏面が映りこみます。猿の急激な老化を記録したヴィデオをセイラたちが見る画面が、交互に配されます。約28分、ブレイロックはすっかりお爺さんになってしまう。
 明るい廊下をセイラと同僚兼恋人のトム(クリフ・デ・ヤング)が手前に進んでくる。カメラは後退します。
 ブレイロックは洗面所、エレヴェーターと移動しますが、若者たちの首筋を見つめます。
 エレヴェーターを出た向かいに階段があり、そこにセイラがいました。階段をおりるブレイロックをセイラが追います。奥の壁には右に水平の縞、左で山型になった影が落ちている。切り替わると右上がりの階段の奥に、今度は左に水平の縞、右に山型の影となります。

 約31分、左に半円アーケードが伸び、アーチの奥はすぐに壁になっている。奥にもアーケードがありますが、その向こうはかなり幅の広いのぼり階段です。この空間には天井があって、ただし格子をなして下のアーケードが映りこんでいる。ガラスの天窓ということでしょうか。[ IMDb ]によると本作は主としてロンドンで撮影されたようですが、ここはニューヨークはマンハッタンのセントラル・パーク、ベセスダ・テラスの下 Bethesda Terrace, Central Park, Manhattan, New York City でロケしたとのことです。
 霧が這う中、ローラー・スケイトで踊る人物がシルエットとして引きでとらえられます。ラジカセから流れる音楽はボウイ風のヴォーカルで、 [ IMDb ]の Soundtracks の項にはイギー・ポップの"Funtime"(ボウイとの共作)が挙がっていましたが、その曲なのでしょうか?
 ブレイロックはスケイトの男にアンク・ナイフで傷をつけますが、衰弱のためか逃げださざるを得ないのでした。


 アリスが玄関前にいます。両脇に2本ずつ、白の円柱が囲んでいることがわかります。老化したブレイロックに通される。ブレイロックの名がジョンであることもここで知れます。
 アリスはミリアムへの言付けを残すべく、ピアノの間に入る。この部屋は1階だったようです。メディチ家のウェヌス像の手にメモをはさみこむ。像の背後は明褐色で、壁龕をなしているようです。その右は斑紋入りの白大理石の壁となる。さらに右に衝立、そして窓です。手前にピアノがあります。
 三人で合奏していた曲はエドゥアール・ラロの三重奏曲で、ハ短調とのことです。ヴァイオリンを弾くアリスが上から見下ろされ、カメラは右へ流れます。これはジョンの動きに沿っている。いったん止まり、ジョンの動きを追って左へ戻ります。

 ミリアムが帰宅する。玄関広間が上から見下ろされる。暗い中、右端のみ明るくなって唐草の影がくっきり落ちています。これは灯りがついても変わりません。
 1階、脇の扉を入ったところがやはりピアノの間でした。外は雨が降っている。暗がりで坐っていたジョンは、今少しの若さをとミリアムに乞います。ミリアムは「できない I can't」という。では殺せ、やはり答えは「できない」でした。


 焼却炉の部屋がやや下から見上げられます。右手に右上がりの階段が半階分のぼり、扉となります。その上の天井はガラス張りのようです。この部屋は地下にあるものと思われますが、天窓の上はどうなっているのでしょうか。手前右にも扉が見え、こちらは後の場面からするとエレヴェーターらしい。奥の壁に縦長方形の光が当たり、手前の階段の欄干の影が落ちています。上の扉からジョンが入ってくると、そこにジョンの影が加わる。
 解放してくれとジョンは乞います。ミリアムはわかってないと呟く。ジョンは階段を転げ落ちる。抱き起こすミリアムは、私たちには開放も安眠もないという。
 約45分、古城映画的山場です。ミリアムはジョンを抱きあげエレヴェーターに乗る。私たちは死ぬことはできない、見たり感じたり聞き続けるといいます。
 エレヴェーターからおりると、手前へ少し進み、折れて左に向かいます。少しして右の扉口から入る。
 上への螺旋階段が下から見上げられます。ここをあがって、切り替わるといくつもランプを吊した廊下が奥から手前に伸びている。鏡でしょうか、すぐ右下にもランプの列の像が映っています。手前でシルエット化して右へ曲がったようです。
 両脇が壁の狭いのぼり階段を背を向けて登ります。上で右に折れる。
 カーテンが風で揺れる部屋に入ってくる。天井に円形の刳り込みがあり天窓になっているらしい。白鳩が何羽も入ってきています。普段使われない部屋らしく荒れている。天井裏でしょうか。画面手前は二本の柱で区切られ、その内側にカーテンがついています。ミリアムは木箱を引きずり出し、そこにジョンを入れる。まだ微かに動いています。他にも木箱はいくつもあり、今までの恋人たちが収められているらしい。ここまでで約48分でした。


 白いカーテンが風に揺れます。鏡像のようです。カメラは右から左に撫でる。寝室でした。
 チャイムの音にミリアムは階段をおります。左の壁にぼやけた欄干の影が大きく落ちている。草のように見える大理石の斑紋と重なっています。
 セイラがブレイロック家を探しあてて訪ねてきたのでした。警察の車に気づいたミリアムは、セイラにはいったん引きとらせ、間を置かずアレグレッツォ警部補(ダン・ヘダヤ)に対応します。アリスの消息を捜査していたのでした。
 2人が階段をのぼるさまが上から見下ろされます。広間に入る。あちこちに彫像が飾ってある。白いカーテンが風になびきます。
 さほど広くはなさそうな庭です。奥と右に白い格子、すぐに左も同様なことがわかります。この庭はどこに位置しているのでしょうか?
 通りでセイラがトラックにひかれそうになりますが、何らかの手段でミリアムはそれを防いだようです。


 セイラの部屋です。トムも来ています。彼女は鏡にミリアムの姿を見ます。実体抜きの鏡像は後にも出てくることでしょう。
 ミリアムは喪服にヴェイルの姿でピアノを弾きます。頬を涙が伝う。すると自室にいるセイラの眼にも涙が浮かぶのでした。
 セイラはミリアムを再訪します。窓には白カーテンがかかり、左に真紅のカーテンが束ねてあります。白カーテン付きの内扉を開いて広間に入る。彫像がたくさんある中の一つの胸像は、フィレンツェ派の作で500年前に制作されたとのことです。
 ピアノ室です。ミリアムはレオ・ドリーブの『ラクメ』からの曲を弾いています。ラクメはインドの王女で、マリカという女奴隷がいる、2人は魔法の庭で水源地へ行こうとすると説明すると、セイラはそれは恋の歌なのだろうといいます。

 ベッドのすぐ奥に、横長の鏡が配されています。次いで真上からのショットになる。ベッドを真上から見下ろすショットは、状況を変えて後に再現されることでしょう。カーテンが風に揺れます。ミリアムとセイラは互いの血を吸い合います。ここではアンク・ナイフは使われない。血液の顕微鏡画像らしきものが挿入されます。

 レストランでセイラとトムが食事している。セイラは首にアンクのペンダントをつけています。窓の外にプールが見え、そこで泳いでいる人たちにセイラは気を取られているようです。
 分析の結果、セイラの血液で2種類の血が戦っていることがあきらかにされます。1つは人間のもの、もう1つは人間のものではなく、病原菌に強いという。

 ブレイロック邸の広間です。ミリアムは性懲りもなく、永遠の命を贈り物にしたと告げる。数百年くらいといっておけばいいのにと思わずにいられません。ミリアムは怪力です。
 広間を出ると階段下で、画面手前の左はくだり、右はのぼり階段の裏側が見えています。カメラが上から下へ動き、左側の階段をおりれば玄関広間でした。


 セイラはいったん飛びだし、トムに電話しますが不在、結局ミリアム邸に戻ります。ミリアムは誰か連れてくるといって外出、街で若い男を車に乗せる。
 男は書斎にいます。カーテンが風になびく。切り替わるとやはり風にふくらむカーテンが並ぶ窓の右側をミリアムが歩きます。男は2階の階段前に出る。前と同じく画面右にあがり階段の裏が配されています。薄暗くなっている。
 真上から見下ろしたベッドのセイラのカットと交互に、男がエレヴェーターに乗りこみ、いったん上へ、また下へと操作します。エレヴェーターの鏡にミリアムの姿が映りますが、振り向くと誰もいない。また下へ、怪力ミリアムに襲われます。
 ベッドのセイラに呼び声が聞こえる。階段室に来て上から見下ろすと、下の階で口が血まみれのミリアムが男にかがみこんでいました。階段室で上から下へという構図は、後にも繰り返されることでしょう。


 トムがセイラを探して訪ねてきます。階段をあがる。左の壁に唐草の影が落ちています。寝室に入る。セイラがアンクのナイフを抜く。
 白いカーテンの間にミリアムがいます。昼間のような明るさです。以前同様、明褐色のカーテンの場面と交互に配されます。丈が高くやや上ひろがりな古代エジプト風の帽子をかぶった吸血鬼はミリアムなのでしょう。


 ミリアムがピアノを弾いています。セイラがやって来る。2人はキスしますが、セイラはアンクのナイフで自分の首を掻き切る。
 エレヴェーターを経て白鳩の集う部屋に達します。左半は白カーテンで、光に満ちた奥から手前へ、セイラを抱えたミリアムが進んでくる。カメラは前進し、右側へ回るように動きます。ミリアムは右から左へ、背を向けて進む。カメラは右から左へ動き、円形天窓の下となります。白カーテン越し、やや上からの角度です。
 約1時間25分、原作とは異なった、いささか唐突なクライマックスが訪れます。ミリアムはきょろきょろする。地鳴りが響き、揺れが来る。木乃伊たちが起きあがります。アップが切り返されます。ジョンの姿もある。皆ミリアムにキスします。カメラは揺れ、斜めになります。斜めになった廊下を奥から手前へミリアムが逃れる。階段室で転落する。首を左右に激しく振るミリアムもまた急激に老化します。木乃伊たちは崩壊していく。

 階段室が上から見下ろされます。下に警部補がいました。上からおりてきたのは不動産屋でした。
 警部補は旧ピアノ室に入ります。窓がゆるやかな多角形をなして張りだし、床に二重円の装飾がある。それ以外は空っぽです。床にミリアムのポラロイドが落ちていました。


 高層マンションらしき一室、若い男女、そして窓際にセイラがいます。金網の向こうに木箱が置いてある。ミリアムの呼び声が響きます。

 本作では言葉による説明はできるだけ削られているため、ミリアムとその恋人たちとの違いは画面だけからでは充分にはわかりづらい。その点を置いても、原作の設定とも異なるミリアムやジョンたちの末路は、いささか唐突の感を免れますまい。また前半でセイラたちが観察していた猿の急激な変貌と本筋との関係も、視覚的な平行性をのぞけば投げだされたままでした。猿の凶暴化と急激な老化の関係も不明です。
 と、いろいろ納得いかない点は残るものの、視覚的な反復・変奏が随所に韻を踏む中、やたらとカーテンが風に揺れ、間取りの不明瞭な屋敷の階層構造の中、階段や廊下を人物たちが歩き回ってくれた点をもって、よしとすべきでしょう。

Cf.,  The Horror Movies, 1、1986、p.74

ジョン・L・フリン、『シネマティック・ヴァンパイア 吸血鬼映画B級大全』、1995、pp.264-265/no.275

上原輝樹、「困難を経て〈★〉へ! 終わりなきフィクションの時間を駆け抜けたデヴィッド・ボウイ」、『ユリイカ』、2016.4、vol.48 no.6:「特集 デヴィッド・ボウイ」、pp.190-195、その内 p.193

Derek Pykett, British Horror Film Locations, 2008, pp.72-73

原作の邦訳は;

ホイットリー・ストリーバー、山田順子訳、『薔薇の渇き』(新潮文庫 ス 5-2)、新潮社、2003
原著は
Whitley Strieber, The Hunger, 1981

その続篇;
ホイットリー・ストリーバー、山田順子訳、『ラスト・ヴァンパイア』(新潮文庫 ス 5-3)、新潮社、2004
原著は
Whitley Strieber, The Last Vampire, 2001

さらに第3作;
Whitley Strieber, Lilith's Dream : A Tale of the Vampire Life, 2002
があるとのことですが、邦訳はされていないようです。
おまけ   フェルメール《音楽の稽古》1662-65
フェルメール
《音楽の稽古》
1662-65


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 2016/1/19 以後、随時修正・追補
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