ホーム 宇宙論の歴史、孫引きガイド 古城と怪奇映画など 美術の話 おまけ
月光石
The Ghoul
    1933年、UK 
 監督   T.ヘイズ・ハンター 
撮影   ギュンター・クランプフ
編集   イアン・ダーリンプル、ラルフ・ケンプレン 
 美術   アルフレート・ユンゲ 
    約1時間19分 
画面比:横×縦    1.37:1 
    モノクロ 

DVD(『ゾンビの世界』(→こちらを参照)より)
………………………

 『フランケンシュタイン』(1931)で一躍引っ張りだこになった(?)ボリス・カーロフが、『魔の家』(1932)、『成吉斯汗の仮面』(1932)、『ミイラ再生』(1932、監督:カール・フロイント)などの後、生地英国に里帰りして出演した作品です。英国恐怖映画史における本作の位置については、下掲の Jonathan Rigby, English Gothic, 2002 等をご参照ください。
 撮影のギュンター・クランプフはクレジットはされていませんが『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922)に参加していたとのことで、その後『芸術と手術』(1924、監督:ロベルト・ヴィーネ、未見。原作はモーリス・ルナール『オルラックの手』(1921)、再映画化が『狂恋』(1935))、『プラークの大学生』(1926、監督:ヘンリック・ガレーン、未見。1913年版の再映画化)、『Alraune』(1930、監督:リヒャルト・オスヴァルト、未見。原作はエーヴェルス『アルラウネ』(1911)、『妖花アラウネ』(1928、監督:ヘンリック・ガレーン、未見)に続く再映画化)など、食指を動かさずにはいられない作品を担当しています。
 アルフレート・ユンゲもドイツ語圏で活動を始めた美術監督で、『ヴァリエテ』(1925、監督:E.A.デュポン、未見)その他を手がけたそうです。後には『天国への階段』(1946、監督:マイケル・パウエル、エリック・プレスバーガー)や『黒水仙』(1947、同)、『モガンボ』(1953、監督:ジョン・フォード)などに参加しました。『黒水仙』は古城映画としていずれ再見しましょう。なおメイキャップのハインリッヒ・ハイトフェルトもやはりドイツで活動していました。
 音楽のルイス・レヴィは後に『バルカン超特急』(1938、監督:アルフレッド・ヒチコック)などを担当することでしょう。


 エジプト学者ヘンリー・モーラント教授(ボリス・カーロフ)は死を間近にしていましたが、かねて入手してあった宝石「永遠の光 Eternal Light」(邦題、日本語字幕では「月光石」)を用いることで、一度は死すともアヌビス神の加護で永遠の生を得んと目論んでいました。執事のレーン(アーネスト・セシジャー)に宝石を左手に縛りつけさせ、満月の夜に帰ってくると言い残して息を引き取ります。
 他方、以前「永遠の光」を世話したアガ・ベン・ドラゴア(ハロルド・フース)は、宝石を追ってきたムハンマドとともに奪還を企み、教授の弁護士ブロウトン(セドリック・ハードウィック、『来るべき世界』(1936)、『フランケンシュタインの幽霊』(1942)、『謎の下宿人』(1944→こちらを参照)、『宇宙戦争』(1953、監督:バイロン・ハスキン)などに出演)も怪しげなそぶりを見せる。訃報を受け教授の相続人にあたるベティ・ハーロン(ドロシー・ハイソン)とラルフ・モーラン(アンソニー・ブシェル)は、ベティの友人ケイニー(キャスリーン・ハリソン)とともにアールズベール屋敷 Owlsvale House に向かいます。近隣の牧師ナイジェル・ハートリー(ラルフ・リチャードソン、本作が映画デビューとのことで、やはり『来るべき世界』に出演、後に『バンデットQ』(1981、監督:テリー・ギリアム)、『ドラゴンスレイヤー』(1981、監督:、マシュー・ロビンス)などなど)も加わり、屋敷に集結した一同。腹を探りあう中、柩に満月の光を浴びて教授は甦りますが、宝石がないことに気づく。そして……というのが大まかな粗筋となります。


 お話はムハンマドがアガを訪れるプロローグ、教授の死、その埋葬、そして満月の夜と連なります。それぞれの出来事の間にどれだけ時間が経ったのかはよくわかりませんが、いずれも夜で、昼間は一切出てきませんでした。主な舞台である教授の屋敷以外に、プロローグおよび満月の夜の前半で、おそらくはロンドンらしき街中が登場しますが、霧が立ちこめていたりするのでした。ともあれ画面は終始薄暗い。
 お屋敷の外観に関しては、約34分、一度だけ登場します。それも木立越しに三角屋根が二つ隣接しているのがのぞかれるばかりです。模型のようにも思われましたが、定かではありません。右の三角屋根から高い煙突が突きでていました。
 屋内ではまず教授の寝室、それから書斎、半地下らしき厨房、一階にもう二つ部屋が出てきます。しかし何といっても本作での見所は、玄関広間のずっと奥にある、一階から上階へとあがっていく階段でしょう。約6分、玄関から奥へ戻る執事の背の向こう、右下から左上へ、踊り場で折れて右上へ、もう1度折れてまた左上へと、かなりの高さがあります。カメラは少し上向きから下向きに、次いで後退し、階段を駈けおりる男=医師をとらえる。親柱ごとに上へ背の高い木彫らしきものを載せています。階段の上方および右の壁に窓の光が落ちている。階段の左は高く奥へと廊下が続いており、また階段の右下にも奥への通路があるようです。左右双方、後に人物が出入りすることでしょう。
 ちなみに階段の眺めは以後何度となく登場しますが、実際に人物が上り下りするのはずっと後にまずベティ、次いで教授がのぼる際だけでした。


 寝室はおそらく二階にあり、当初、寝台からカメラが右に動くと大きなアヌビスの石像が置いてありました。後にこれは霊廟に移される。また反対側は、少し奥まって窓があります。窓の手前で湾曲する梁が区切っています。枕元あたりには、女神の浮彫付きの太い石柱があったりする。
 玄関から入ると一階は、けっこう奥まで広間が伸びています。突きあたりに階段とその左右の通路があり、途中で梁が突っ切っていたりします。手前で左へゆるく折れているようです。なお下掲の Claire Smith, "The Architecture of Gothic Cinema", p.105 に、おそらく階段側から玄関の方を見た素描が掲載されていました。
 広間の手前右で扉から入ると書斎です。扉の反対側は広く窓に覆われ、一部はフランス窓で庭へ出ることができる。扉から向かって左の壁に別の扉があります。
 この扉の先でしょうか、角をまたいで広く高い窓に覆われた部屋があり、ベティとラルフが話すことになる。カメラが左から右へ振られます。しかしこの部屋はその一度しか出てきませんでした。
 また最初に階段を降りてきた医師が、酒があるからと向かったのが、おそらく広間の左手から入る部屋です。おそらくはその部屋がずっと後に出てくるのですが、角をはさむ窓のない壁には、薄く絵が描かれているらしい。この角部分しか映されませんでした。


 厨房は入口から壁沿いの左下がり階段を半階分おりた先にあります。階段には広間のそれとは打って変わって簡素な手すりがあり、壁に影を落としている。下りた先の左の壁、少し高くなってでしょうか、格子をはめた窓があります。約57分、甦った教授が格子をねじ曲げ、ガラスを蹴破って乱入するさまは、リグビーが指摘するようにハマー・フィルムの『ミイラの幽霊』(1959)での一齣を連想させずにはいません(Rigby, English Gothic, p.20)。
 窓の手前には暖炉だかがあるようで、その上で壁も曲線状に天井へ移行しているらしい。さらに手前に勝手口があります。階段の分玄関側より低くなっているはずなのですが、郵便夫がここを訪ねてきたところからすると、屋敷は斜面に建ってでもいるのでしょうか。


 敷地内にはけっこう広そうな庭があり、その一角、岩盤か何かを刳りぬいて霊廟が設けられています。分厚い石の扉の右手、斜面を上がる狭い階段があり、その上で霊廟内の灯りを操作するらしい。
 霊廟内部、中央の台の上に古代エジプト風の柩が安置されます。壁には古代エジプト風の装飾が施されている。
 庭の一角には井戸もあります。ここで終盤近く、コメディー・リリーフを務めてきたケイニーがシリアスになることでしょう。
 この他、正門に通じる道路には、石の欄干が走っていました。


 屋敷以外の場面では、まず、プロローグでアガの下宿でしょうか、玄関を入って左の壁沿いにのぼる階段が上から見下ろされたりします。左の壁に欄干の影が落ち、右上は4分の1アーチをなしていました。
 それ以上に印象的だったのは、約23分、満月の夜の部分のしょっぱな、ラルフが訪ねた弁護士ブロウトンの事務所です。机の向こう、正面の壁は天井近くまで棚になっており、ぎっしり詰まった書類が今にも崩れ落ちそうです。『ノスフェラトゥ』(1922)の冒頭近く、レンフィールドの事務所に相通じる眺めがあり、ヘルツォークによる再製作版(1979)でも踏襲されていたのが連想されるところです。
 棚の左、奥まったその左側が出入口なのですが、その壁の左側は右下がりに傾斜しており、上で梁が支えているのでした。


 さて、本作の古城映画的山場は、甦った教授が厨房に乱入した後から始まります。厨房の階段をのぼった先には扉があるのですが、その先、手前は数段のぼりになっているようで、ここを教授が前進してきます。カメラは後退するも前進速度の方が早く、皺だらけにメイキャップされたカーロフの顔がアップになる。
 約59分、切り替わると背を向けた教授が奥へ進みます。奥には螺旋階段がありました。その手前で一段おりたようです。螺旋階段は上まで続いていますが途中でおり、手前へ数段のぼります。カメラは後退する。左に窓が開いています。
 次いで広間の階段の左の廊下、その右奥から出てきます。大窓付き角部屋でのベティとラルフ、書斎のフランス窓のケイニーの背後に迫り、しかし見送るさまをはさんで、書斎の左奥の扉に入る。
 ベティとラルフが広間の階段左奥から出てきます。ベティが階段をのぼる。窓のない角部屋、寝室のベティをはさんで、教授が今度は広間の階段の右奥から出てきます。階段をのぼる。カメラは右から左へ、次いで上向きになります。
 プロローグでの下宿の階段と霊廟脇の石段を除いても、屋敷内だけで既に広間の階段、厨房の階段、裏手部分の螺旋階段(なおこの螺旋階段が厨房と広間の階段の裏とをつないでいるのだとすると、厨房は地下二階分くらいの低い位置にあることになるのでしょうか?)と、階段が三つ出てきたわけですが、何と、もう一つ登場します。屋外に螺旋階段があってここをアガがのぼるのです。階段は壁の内角にあって、のぼった先は寝室でした。


 犬猿の仲だったはずのベティとラルフの関係の変化、アガに対するケイニーのアプローチとそれを受けるアガのはったりめいた態度、なぜか相続人に味方する執事などの枝葉に加え、いささか意想外な形で迎える教授の末路、その後も続く騒動が二組と、いささかとっちらかっているとの感はいなめますまい。それでいて復活後、とりわけ宝石を取りもどしてからのまずは寝室、次いで霊廟におけるボリス・カーロフの無言のパントマイムは、やはり存在感を漲らせているように思われることでした。
 そして何より、終始薄暗い中で、広間の階段とその周辺だか裏手に位置しているらしき三つの階段を人物がのぼりおりしただけで、本作は古城映画史に名を残すことでしょう。

Cf.,  伊藤美和編著、『ゾンビ映画大事典』、2003、pp.30-31 / no.003

Scott Allen Nollen, Boris Karloff. A Critical Account of His Screen, Stage, Radio, Television, and Recording Work, 1991, pp.82-87 : "Chapter 8. Eternal Confusion : The Ghoul (1933)", p.373 / no.91

Jonathan Rigby, English Gothic. A Century of Horror Cinema, 2002, pp.18-20

Derek Pykett, British Horror Film Locations, 2008, p.59, p.141
本作は丸々ライム・グロウヴ・スタジオ Lime Grove Studio (日本語版ウィキペディアに該当頁あり→こちら)で撮影されたとのことです。

Jonathan Rigby, Studies in Terror. Landmarks of Horror Cinema, 2011, pp.46-47

Claire Smith, "The Architecture of Gothic Cinema", Edited by James Bell, Gothic. The Dark Heart of Films, 2013, p.105
おまけ  本作はDVDボックス・セット『ゾンビの世界 リビング・デッド ホラー映画パーフェクトコレクション』(コスミック出版、2017)に収められていたソフトで見ました。パブリック・ドメイン入りした作品ということなのでしょう、冒頭の製作・配給会社の表示が現発行者のものに差し替えられています。なので画質等は期待できませんが、10本で税抜き1,800円はお得と見てよいでしょう。
所収作品を公開年順に並べ直し、あわせて上掲『ゾンビ映画大事典』の頁・番号を記しておくと;

disc  『ゾンビ映画大事典』
1932 恐怖城 5  pp.28-29/no.001
1933 月光石 6  pp.30-31/no.003
1936 ゾンビの反乱 10  pp.31-32/no.005
1936 歩く死骸 4  pp.32-33/no.006
1940 ゴースト・ブレーカーズ 3  p.33/no.007
1941 死霊が漂う孤島 8  pp.33-34/no.008
1943 私はゾンビと歩いた! 2  pp.35-36/no.012
1944 ブードゥーマン 7  pp.36-37/no.013
1945 ブロードウェイのゾンビ 9  p.38/no.014
1968 ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド 1  pp.64-66/no.051

『恐怖城』(1932)と『私はゾンビと歩いた!』(1943)は既にそれぞれ独立した頁で取りあげてあります。この二本にハマー・フィルムの『吸血ゾンビ』(1966)を合わせれば、ジョージ・A・ロメロの『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』(1969)および『ゾンビ』(1978)以前の、ヴードゥー・ゾンビに題を取った代表作となるわけですが、それら以外の1930~40年代の作品を見ることができた点はありがたいことでした。
なお『アメリカン・ホラー・フィルム・ベスト・コレクション vol.1』(→こちらを参照)にも収められていた『歩く死骸』(1936)については→こちらで少し触れています
 2017/12/12 以後、随時修正・追補
   HOME古城と怪奇映画など月光石 1933