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ブラック・サバス 恐怖!三つの顔
I tre volti della paura *
    1963年、イタリア 
 監督   マリオ・バーヴァ 
 撮影   ウバルド・テルツァーノ、マリオ・バーヴァ 
編集   マリオ・セランドレイ 
 プロダクション・デザイン   リッカルド・ドメニチ(ドミニチ) 
 美術   ジョルジョ・ジョヴァンニーニ 
    約1時間32分 
画面比:横×縦    186:1**
    カラー 

VHS
* 英語タイトルは
Black Sabbath また The Three Faces of Terror
** 手もとのソフトでは1.33:1。左右が少なからずトリミングされていることになります。
………………………

 1963年にはマリオ・バーヴァの監督作が3本公開されています。[ IMDb ]によると『知りすぎた少女』が2月10日イタリアで公開、本作が8月14日、『白い肌に狂う鞭』が8月29日とあって、本作と『白い肌に狂う鞭』の製作がどのように進められたのか寡聞にして不詳なのですが、ともあれ『血ぬられた墓標』(1960)に続く怪奇映画(間の『ヘラクレス 魔界の死闘』(1961)も怪奇色が濃いとのことなのですが、残念ながら未見。この作品がバーヴァ初のカラー作品でもあるそうです)、しかもボリス・カーロフが案内役を務めているとあって、古城度が高いとはいいかねるものの、皆無というわけでもないので、手短かにとりあげることとしましょう。手もとのソフトはイタリア語版ですが、上記のように画面左右がトリミングされており、またカーロフの中継ぎ場面がカットされているらしく、加えて原版にけっこう傷がついていたりもします。それらの点はまたの機会を待つことにいたしましょう(追記:イタリア語で不勉強のため中身はよくわからないのですが、ロケ先に関しウェブ上で出くわした"LOCATION VERIFICATE: I tre volti della paura (1963)"([ < il Davinotti ])を参照))。

 [ IMDb ]によるとコーマンの『忍者と悪女』は1963年1月25日アメリカ公開、同じく『古城の亡霊』が6月17日公開とのことで、カーロフはそれに続くイタリア出張となるのでしょうか。ホストとしてカーロフが冒頭で登場してから約2分弱で3話からなるオムニバスの第1話、「電話 Il telefono」が始まります(約27分までで、尺は約25分)。ちなみにオムニバス形式の怪奇映画としてはコーマンの『怪異ミイラの恐怖/黒猫の怨霊/人妻を眠らす妖術』が1962年、アミカス・プロの『テラー博士の恐怖』(監督:フレディ・フランシス)は1965年、ついでに小林正樹『怪談』は1964年、ロジェ・ヴァディム、ルイ・マル、フェリーニによる『世にも怪奇な物語』が1968年ということで、この頃はやっていたのでしょうか。
 さて、3話中この挿話だけは超自然現象が起こりません。音楽もジャズ風味を匂わせた当世風のものでした。舞台はアパートの1室を出ることがなく、玄関扉の外がちらっと見えるくらいです。
 玄関扉からは5~6段くだって床になり、けっこう段差があります。階段には赤い絨毯が敷いてある。部屋は区切られない広いもので、途中に白い半円アーチが二つ並んでいます。アーチの支え柱の片側には、透かし細工の飾り扉がついています。このあたり、『知りすぎた少女』での部屋の縮小版といった趣がないでもない。壁も白いのですが、画面はあざやかな色と濃い陰影に浸されています。また奥にある大きなベッドの頭部分には左右から伸びあがって上で合流する、植物だか炎のような金色の装飾がつけられる他、カーテン、ソファ、壺、ブロンズの彫像など、飾り物が何かと多い。ベッドのある奥で浴室につながっているらしい。
 部屋の主ロージー(ミシェール・メルシエ)は金持ち相手の遊び相手にはげんでいるようですが、かつての愛人フランクを密告したことがあります。そのフランクの脱獄が報じられ、お前を殺すという電話が何度もかかってくる。電話は赤色をしています。怯えたロージーは絶交した友人メアリー(リディア・アルフォンシ)に助けを求める。脅迫電話をかけていたのがメアリーであることは早々に明かされます。ロージーとメアリーの関係には同性愛的なものが暗示されているようでもありますが、はっきりとは述べられません。ロージーを演じるミシェール・メルシエはなかなか美人に撮られています。
 ドアが激しくノックされ、部屋の奥にいたロージーは走って玄関の方へ駆け寄ります。このモティーフは第2話にも登場することでしょう。扉をこわごわ開けるとメアリーでした。扉の向こうは廊下だかをはさんで、階段があり、上で吹抜に面した廊下が右へ伸びています。メアリーが上に、ロージーが下に位置する場面で段差の高さが効果を発揮します。
 台所だかの奥に扉があります。次いで飾り扉を左に、その右下の床が緑および暗青色に染まる。切り替わって飾り扉の向こう、右手の壁は青みがかっています。人の影が落ちる。まずは足だけです。『知りすぎた少女』でも用いられていた、このモティーフにも第2話で再会できるでしょう。奥の方ではメアリーが背を向けてテーブルの前に坐っています。テーブルの右手に置かれたランプのシェイドは赤でした。その奥の壁は緑がかっており、左方では青く染まる。

 第2話は「ヴルダラーク I Wurdulak」、約27分から約1時間8分までで、尺は約41分、3篇中もっとも長い。バーヴァにとっては『血ぬられた墓標』に続く吸血鬼もので、やはりロシアの作家が原作、今回の舞台は原作ではセルビアでした。
 山中を馬で駆けてくるのはヴラジミール(・デュルフェ)伯爵、演じるマーク・ダモンはコーマンの『アッシャー家の惨劇』(1960)に続いての怪奇映画出演となります。彼はこの後何作かマカロニ・ウェスタンに出演しているので、イタリアとの縁がこのあたりでできたのでしょう。それはともかく、コーマンの『アッシャー家の惨劇』に出たダモン、同じく『忍者と悪女』、『古城の亡霊』に出たカーロフが本作に出演、他方バーヴァの『血ぬられた墓標』に出たバーバラ・スティールがコーマンの『恐怖の振子』(1961)に出演というのは、世間が狭い証しでしょうか(加えてバーヴァの『ヘラクレス 魔界の死闘』(1961)と『白い肌に狂う鞭』(1963)にはクリストファー・リーが出演)。また『コーマン自伝』の訳註に、「ちなみに『アッシャー家の惨劇』のマーク・ダモン、『恐怖の振子』のジョン・カーというキャスティングは、若年層を摑むためのAIP的な戦略であり、彼ら以外にもかなりの数のティーンエージ・スター、アイドル・タレントがここの映画に出演している」とのことです(7章(4)、p.372)。これだけ聞くとふ~んと思いはし、本作でのダモンの出演も同じ穴の狢なのでしょうが、考えてみるまでもなく、若い女優のキャスティングはほとんどが同様の狙いによるものなのでしょう。

 さて、ヴラジミールは左右を廃墟にはさまれた道を奥から進んできます。右手には高い壁、いくつか縦長の窓らしきものが刻まれています。左はやや背が低い、しかしいくつかの棟からなっているようです。左右ともにシルエットと化しており、細部は見分けられません。ヴラジミールが廃墟の間を抜けて右から左へ進み、カメラもそれを追って左へ動くと、左側のかたまりがさらに続いている。後にここは修道院址であると告げられることでしょう。
 先に進むウラジミールは途中で倒れた死体を見つけた後、一軒の民家の前に出る。日は落ちかけているのでしょう、空は青みを帯び、霧が這っています。
 ヴラジミールは民家に入っていく。右から左へ、カメラもそれに従いつつ、やがて先行して屋内を舐めます。少し進むと右手に上への階段がある。後にその左に暖炉があることがわかります。先は広間で、突きあたりの壁にやはり上への階段が見えます。木造の階段は左下から右上へ、しかし低い位置で折れて右下から左上へ上がる。カメラはさらに左に振られていきます。
 当家のジョルジョ(下記原作邦訳ではゲオルギエ)が出てきて、ヴラジミールはジャシー(原作邦訳ではヤッスィ)への旅の途中とのことです。2人が外へ出ていくと、最初の階段が石造で、5段ほどあがって奥へ、少しして扉口に通じることがわかります。後の場面ではここに木の扉がついています。扉口の向こうはすぐに壁で、これが薄紫に染まっている。右奥から女性が二人出てきます。
 外は枯木がぽつぽつと生えています。ヴラジミールが見つけた死体はアリベック(原作邦訳ではアリ・ベグ)で、トルコ人の山賊だという。彼にはヴルダラークではないかとの噂がある。ジョルジョの父ゴルカ(原作邦訳ではゴルシャ)が山賊と片をつけに出たのだが、5日たって12時までに戻らない時は家に入れるなと言い残していったとのことです。
 一晩泊めてもらうことになったヴラジミールの部屋は、影が濃い。壁に横長の鏡がかけてあり、ヴラジミールはその前に背を向けて立ちます。鏡の左側にその背が、右側にはゴルカの娘、ジョルジョの妹に当たるスデンカ(原作邦訳ではズデンカ、演じるのはスージー・アンダーソン)が映っています。スデンカによると、ヴルダラークは愛する者の血を吸う、愛が深いほどその欲望は強い。原作でも前半は述べられていますが、後半は見当たりません。こちらは映画版での強調点のようです。


 鐘の音が響きます。廃墟をカメラは左から右へパンする。背の高い木の橋が画面を横切る。真横からの視角です。シルエット化している。周囲は青い夜です。やはりシルエットと化した人物が橋を右から左へ渡っていく。
 家の前で一家が勢揃い、横になって待つところへ、手前からシルエットと化した人物が近づいていく。さながら西部劇の決闘場面のようでした。ゴルカでした。ボリス・カーロフです。アップになると顔付近は赤みを帯びた暖色ですが、背景の空は青い。
 ヴラジミールの部屋、玄関や広間付近、ジョルジョ夫婦の部屋で、柱があたかも方形の木の塊を継いでいき、朱塗りの継ぎ目で幅が狭くなっているように見えるものであることがわかります。
 原作どおり眠るヴラジミールのかたわらにゴルカが出現、次いで起きだしたヴラジミールが窓を見ると外からゴルカが覗いていたという場面を経て、ゴルカが孫のイヴァンを連れだし、広間奥の階段をおりてきます。
 孫を乗せたゴルカは馬で疾走します。小学校の音楽の時間に聞かされたシューベルトの「魔王」が連想されるところです。『血ぬられた墓標』での馬車疾走の場面を受け継いでもいる。
 ジョルジョが追った先は、細い木が規則正しい間隔で立ち並ぶ林でした。まず上から見下ろされ、次いで水平の視角になる。木はいずれも一方向へ斜めに傾いています。地面には雪が積もっている。


 家の外から中に入れてくれというイヴァンの呼び声が聞こえてきます。イヴァンは4~5歳でしょうか。原作にもある場面ですが(そちらでは伝聞の形)、これはなかなかきつい。止めようとするジョルジョを妻のマリアが刺します。刺されたジョルジョはまず足だけが映されます。第1話の足だけの登場に呼応しているのでしょう。やはり第1話での一場面に応じて、マリアは広間奥の階段をおりてきて、広間を駆け抜け玄関に急ぎます。カメラも左から右へ動き、右方ではマリアの背中を追う。

 ヴラジミールはスデンカを説得して修道院にやってきます。原作では修道士が住んでおり旅人を泊めたりしているのですが、本作では完全に廃墟と化しています。冒頭での道をはさんで左右に壁がそびえる構図が再登場し、二人はそのまま手前を右へ進む。
 次いで登場する構図がなかなかかっこうがよろしい。古城映画的には山場となります。中央には真っ黒に沈んだ壁がそびえ、その左右をアーチがはさんでいます。右側のものは大きめの尖頭アーチで、左のものは少し奥まっているのでしょうか、小さめのアーチが奥へと二つ重なっている。そのすぐ左手にも2階分ほど重なった壁が接しています。この壁には窓か開口部が二層あり、左奥から光が射しています。左右ともアーチの奥、上空はすべて暗青色です。『血ぬられた墓標』における教会址を展開させたものとみなすこともできるでしょう。左手のアーチの奥から二人は現われ、手前へ進みます。二人の姿はかなり小さい。
 切り替わると画面右寄りに螺旋階段が見えます。二人が上からおりてくる様が、蜘蛛の巣越しにとらえられる。階段をおりきると二人は右から左へ進みます。カメラもそれに従う。何本もの柱越しとなります。奥の壁は緑、次いで青に染められる。また切り替わって奥から手前へやって来ます。壁は暗緑色です。左では茶色になる。先には骸骨が横たわっていました。それを見る二人の背後にゆるい半円アーチが見えます。また右から左へ進みます。手前に角柱がある。これは青く染まっています。左手奥に扉があり、そこに入っていきます。
 室内は手前にゆるい半円アーチがあり、奥・右寄りで上から紫の光が射している。進むとアーチの右に緑の光が落ちる。その右手で部分的に縦格子がはまっています。
 第1話でも用いられていましたが、見ようによっては不自然なほど色とりどりの照明がバーヴァのカラー作品にはしばしば登場します。廊下をうろつく場面でそれが組みあわされると、不自然であるがゆえにかえって、落ち着かない不安定さの雰囲気を醸しだしてくれるのでした。今後の作品でも再会できるでしょうし、またダリオ・アルジェントの『サスペリア』(1977)等における同巧のモティーフは、バーヴァから受け継がれたのでしょう。


 やや明るくなった空の下、丘の上に廃墟がのぞく遠景をはさんで、また真ん中に暗がり、左右をアーチにはさまれた眺めが再登場します。背景は暗青色で、まだ夜のようです。右手の大きなアーチのすぐ左に、低く小さめのアーチが並んでいることがわかります。左側の奥、次いで手前のアーチの向こう側からマントの人物がやって来る。ゴルカです。
 彼は螺旋階段をおり、右から左へ進む。カメラも追います。茶色や青の柱越しです。途中で手前の枝があざやかな紅色に染まっています。左に進んだ先の扉のまわりは明るく、白っぽくなっている。扉の外にいるゴルカのアップになります。色はいささかやり過ぎの感なしとしないほど誇張されています。
 スデンカが螺旋階段をのぼっていく。上方でシルエットになります。左右の柱は緑です。また中央の暗がりをアーチが左右からはさむ眺めに戻る。スデンカは左側を奥へ進む。やはり小さい。手前でゴルカの頭部が右から大きく突きだします。
 日本語字幕によれば、スデンカがあの方は私を愛していると言えば、ゴルカは我々以上に愛せまいと答える。なかなか含蓄があります。これも原作にはない台詞でした。ゴルカ、ジョルジョ、マリアがからだを動かすことなく近づいてきます。


 地下室の扉の左側で、格子の影が右上がりに落ちています。四度目の暗がりと左右のアーチの構図となり、ヴラジミールが左側を奥へ進む。今回は中央の暗がりの上端で、左右に突出部が少し照り返しています。
 ヴラジミールは家に戻り、広間奥の階段をのぼっていく。そこにいたスデンカはいったん彼に逃げるよう頼みますが、それほど愛してくれるなら口づけをと言い、第2話が幕を閉じます。
 なお原作ではスデンカとの再会の間に半年以上あいており、お話は『雨月物語』の「浅茅が宿」あるいは小泉八雲の「和解」(→『怪談』(1964)の第1話も参照)のごとき相を呈します。また再会後も物語は続くのですが、そちらは原作でご確認ください。


 第3話は「水滴 La goccia d'acqua」、約1時間8分から約1時間30分までで、尺は約22分です。
 夜、ヒロインのヘレン・チェスター(ジャクリーヌ・ピエルー)の部屋には横に長い楕円形の窓があります。十字の桟が区切っている。室内は暗く、雷鳴が鳴る。稲妻が点滅します。ヘレンは電話で呼びだされます。
 呼びだされた先は豪勢なお屋敷のようです。天井はかなり高く、彫像や鎧が随所に置いてあります。暖炉があり猫がいます。ただし停電のため暗く、陰影が濃い。暖炉から玄関まで長く廊下が伸びており、奥へ進む女中が少し下からとらえられます。
 ヘレンは屋敷の主である女伯爵の看護士で、後者が急逝したために呼ばれたのでした。女伯爵は交霊術に入れこんでおり、一人で降霊している最中に死んだのだという。死に顔はいささか過剰までに誇張されています。真面目なのかどうか疑わしくなるほどです。後の『呪いの迷宮 ラビリンス・イン・ザ・ダーク』(1988、監督:ジャンフランコ・ジャンニーニ)が連想されたりもする。
 ヘレンが女伯爵の指にはまっていた指環を抜きとると、水滴の音がします。稲妻による点滅の暗がりをはさんで、カメラが正面からベッドへ接近する。


 ヘレンのアパートに戻ります。横長の楕円形の窓に水滴の音が重ねられる。カメラは右から左へ振られます。点滅する暗がりがはさまれます。壁掛けの電話がアップになり、その右で扉が開くと、まず影だけが現われる。扉が閉じて暗くなり、ヘレンが入ってきます。また暗くなる。ランプをつけても外からの光は点滅しつづけます。青緑です。
 水滴の音とともにカメラは台所、浴槽、雨傘をとらえていきます。停電になる。左下に赤い灯りが見えます。蠟燭をつけると、顔周辺のみ暖色に染まります。横長の楕円形の窓は青緑で、まわりは暗い。テーブルの手前に置かれたランプのシェイド、その右の揺り椅子、テーブルの前の椅子にかけられた布はいずれも赤です。
 台所は紫の光に染められている。女伯爵の亡霊が現われます。左は緑で右は紫です。窓のカーテンは逆に、左のものは紫で右のものは緑です。窓の向こうを猫が左から右へ横切ります。


 最後にエピローグとして案内役のボリス・カーロフが再登場します。第2話の時の扮装で、馬に乗って疾走するさまが下からとらえられる。背後は暗青色です。カメラが後退すると、馬は張りぼてでした。手前で木の枝をもってスタッフたちがカーロフを撮影するカメラのまわりを駆け回っています。
 後のアレハンドロ・ホドロフスキーによる『ホーリー・マウンテン』(1973)が連想されたりもするのですが、三つの短篇がいずれも、陰影や配色を強調した画面設計も相まってきわめて濃密な雰囲気をたたえていただけに、いささかバーヴァの意図が斟酌しがたいところではないでしょうか。そう思ってしまうと第3話における女伯爵の過剰なマスクも、もしかすると冗談だったのかと思われてきたりします。効果的とはとても思えないメタフィクション仕立ての怪奇映画といえば『猿の怪人』(1943)などもありました。
 深読みすれば、本作では三つの短篇を結びつける枠どりとしてボリス・カーロフによる案内が配されているわけですが、案内役であるカーロフは観る者に語りかけます。冒頭ですでに、お定まりの「あなたの隣に……」と述べ、エピローグでも「あなたのまわりに気をつけて」とだめ押しすることで、本作であれば〈恐怖〉を観る者が位置する現実にまで伝播させることになる。しかしこの現実への波及をこそバーヴァは脱臼させようとしたのかもしれない、と思ってみたりもするのでした。

Cf.,  The Horror Movies, 2、1986、pp.18-19

ジョン・L・フリン、『シネマティック・ヴァンパイア 吸血鬼映画B級大全』、1995、pp.138-139/no.084

西村安弘、「家庭内の権力闘争が怖い!-マリオ・バーヴァ作品における家父長制」、『イタリアン・ホラーの密かな愉しみ』、2008、pp.70-74
こちらや、あちらでも挙げています

José María Latorre, El cine fantástico, 1987, pp.319-336:"Capítulo 20 La escuela italiana del terrori" より pp.332-334

Troy Howarth, The Haunted World of Mario Bava, 2002/2014, pp.49-57, 190, etc.

Tim Lucas, Mario Bava. All the Colors of the Dark, 2007, pp.480-511

Danny Shipka, Perverse Titillation. The Exploitation Cinema of Italy, Spain and France, 1960-1980, 2011, pp.44-47, 54, 73, 75

Roberto Curti, Italian Gothic Horror Films, 1957-1969, 2015, pp.78-86

バーヴァに関して→こちらも参照

第1話「電話」の原作は[ IMDb ]では F.G. Snyder によるとなっており、不詳。クレジットではA.トルストイ、チェーホフと並んでモーパッサンの名が記されていましたが、その名は[ IMDb ]には挙がっていません。
第3話「水滴」の原作はチェーホフとのことですが、これまた不勉強のためどの作品かわかりませんでした(追記:上掲 Roberto Curti, Italian Gothic Horror Films, 1957-1969, 2015, p.81 を参照)。

かろうじて第2話「ヴルダラーク」の原作が;
A.K.トルストイ、栗原成郎訳、「
吸血鬼(ヴルダラーク)の家族」、A.K.トルストイ他、川端香男里編、『ロシア神秘小説集 世界幻想文学大系 34』、国書刊行会、1984、pp。115-157
原著は
Aleksey Konstantinovich Tolstoy, "La famille du vourdalak", 1830年代末-1840年代初め、原文フランス語(p.365)
なお同書にはA.K.トルストイの作として他に「
吸血鬼(ウプイリ)」と「300年後の出会い」が収録されています。

なお訳者による単著
栗原成郎、『スラヴ吸血鬼伝説考』、河出書房新社、1980
は民間伝承における吸血鬼を扱ったものですが、結論を述べる終章の前に「第6章 文学的吸血鬼」が置かれ、そのまた末尾でアレクセイ・K・トルストイの吸血鬼(ウプイリ)」と吸血鬼(ヴルダラーク)の家族」に言及しています(pp.249-250)。

同じ著者による→こちらを参照

別訳;
アレクセイ・トルストイ、島本葵訳、「魅入られた家族」、『幻想と怪奇』、第1巻第2号、1973.7:「吸血鬼特集」、pp.12-32


また
Edited and with commentary by David J. Skal, Vampires. Encounters with the Undead, Black Dog & Leventhal, Publishers, New York, 2001, pp.74-95
にはフランス語原文からの英訳が掲載され(Alexis Tolstoy(1843), a new translation by David J. Skal, "The Family of the Vourdalak")、p.92 欄外ではマリオ・バーヴァによる映画化版について記され、p.74.、p.95に同作からのスティール、p.93欄外に同作の広告を載せています。
同じ著者による→こちらを参照
おまけ  本作の英題が元祖ドゥーム・メタルというか、ヘヴィ・メタルそのものの出発点ともされる
Black Sabbath, Black Sabbath, 1970(邦題:ブラック・サバス、『黒い安息日』)
のタイトル・チューン、A面1曲目の
‘Black Sabbath’
ひいてはアルバム名、グループ名の名付け親であることは一部では有名な話のようです。件の曲では雨が降り、雷が轟き、鐘が響きます(教会にあるような大きな鐘ではなく、軒先に吊してありそうなものです)。そして三つの音からなるリフが速さを殺して刻まれてゆく。もっとも名前をつけた時点でメンバーの誰も本作を見てはいなかったとのことでもあります;
 
オジー・オズボーン、クリス・エアーズ、迫田はつみ訳、『アイ・アム・オジー オジー・オズボーン自伝』、シンコーミュージック。エンターテインメント、2010、p.88。
トニーアイオミ、前むつみ訳、三谷佳之日本語版監修、『アイアン・マン』、ヤマハミュージックメディア、2012、pp.61-62。
このアルバムについては、
平野和祥広監修、『ブリティッシュ・ハード・ロック The DIG Presents Disc Guide Series #007』、シンコーミュージック、2002、p.8。
.『ヘヴィ・メタル/ハード・ロックCDガイド』(シンコー・ミュージック・ムック)、シンコー・ミュージック、2000、p.79。
『ストレンジ・デイズ』、no.91、2007.4、「ブラック・サバス アルバム・ガイド」、p.8。
山崎智之監修、『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』、リットー・ミュージック、2010、pp.14-15.。
また→こちらあちらも参照

 2015/6/11 以後、随時修正・追補
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