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恐怖の足跡
Carnival of Souls
    1962年、USA 
 監督   ハーク・ハーヴェイ 
 撮影   モーリス・ブラザー 
編集   ビル・ド・ジャーネット、ダン・パルミキスト、ハーバート・L・ストック 
    約1時間24分* 
画面比:横×縦    1.37:1
    モノクロ 

DVD
* [ IMDb ]によるとオリジナルは1時間31分、ディレクターズ・カットが1時間24分、他に1時間18分版ありとのこと
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 この作品には古城が出てくるわけではありません。ただ主な舞台の一つとなる遊園地跡はなかなか印象的ですし、主人公がその中をうろうろするシークエンスは古城映画愛好家には見逃せますまい。手短かにとりあげることといたしましょう。なおネタバレがあります。

  [ IMDb ]によると本作での遊園地の廃墟はユタ州のマグナに近いソルテア(・リゾート、あるいはパヴィリオン) Saltair Amusement Park, near, Magna, Utah, USA でロケされました。ウィキペディア英語版(→こちらを参照)ではグレイト・ソルト湖の南岸、ソルト・レイク・シティから15マイル(約24.14キロメートル)とのことです。下掲の篠崎誠「解説」には、ドキュメンタリーを手がけてきた監督のハーヴェイが、たまたま車で通りかかって廃墟と化した遊園地を見かけたことが、本作製作のきっかけになった旨が記されています。
 余談になりますが今回見直して連想されたのが、熱血芸能スポ根百合アニメの秀作『カレイドスター』(2003-04、監督:佐藤順一、平池芳正)でした。このアニメの主な舞台であるサーカス団は、湖だか海から伸びた橋の先にドーム状の本拠地を有していたのでした。

 タイトル・クレジットに先立って、二台の車が競走し、鉄橋にさしかかったところで、一台が橋から転落してしまう顛末が描かれます。鉄橋の路面は板貼りでした。
 次いで濁った水面が映され、そこにタイトルが斜めに揺れて挿入される。キャストは水平ですが、スタッフはまた斜めで記されます。音楽は摩訶不思議さを感じさせる類のものです。オルガンの高音を主軸とした曲が以下も流れ続けることでしょう。
 最後に泥でできた砂州が上から見下ろされ、捜索に当たる警官たちの様子をはさんで、転落した車に乗っていた女性3人の内の一人(キャンディス・ヒリゴス)が命からがら、砂州に這いあがってくる。


 冒頭の音楽はそのままパイプ・オルガンの演奏につながります。オルガン奏者は九死に一生を得たメアリー・ヘンリーです。オルガンの配された吹抜やそこに面した回廊が映されます。ユタに同じ製作者が設置したオルガンがあり、メアリーはそこに職を得たとのことです。彼女は周りの人々からはあまり取っつきのよくない人間と見なされているようです。

 メアリーは車で移動する。途中で例の鉄橋を渡ります。ユタ州に入ると夜になっている。
 車から遠くに、横長で背の低い大きそうな建物がシルエットで見えます。
 車のドア・ガラスにメアリーが映っていますが、ふと気づくと男の顔が見えます。見直すと自分の像です。
 今度は正面に白塗り男の姿を認めます。車は脇の斜面にずり落ちてしまう。
 気を取り直して発進します。横長の建物が今度は正面に見えます。ガソリン・スタンドに立ち寄った際に訊ねてみると、湖沿いにあるそれは最初は保養地、次いでダンス・ホール、遊園地として用いられましたが、今は廃墟と化して久しいとのことでした。


 下宿に到着します。居間には風景画が掛かっている。図柄はよく見えませんでしたが、寝室にも別の絵が飾ってありました。
 窓にまたしても男の顔が映ります。確かめに近寄ると自分の像でしたが、二重重ねになっています。

 オルガンのある教会に赴任します。木造の舟形天井です。
 牧師の車に同乗させてもらって、気になっていた遊園地跡の前までやって来る。約23分、主なパヴィリオンは大きな馬蹄形の窓を中央に、その左右にゆるやかなドームが伸びています。その手前を左右に低い回廊が伸び、馬蹄形の窓の左右、回廊の左端に玉葱屋根の塔がそびえている。馬蹄形窓の下に出入り口が見え、向こう側に抜けています。出入り口の少し右から手前に向かって、低い棟が伸びている。この時は牧師がいっしょだったので中には入れませんでした。


 下宿の隣人ジョン・リンデン(シドニー・バーガー)と言葉を交わした後、階段の下に白塗り男の姿を見ます。
 ベッドで寝ていると雷が鳴り、風でカーテンが揺れる。雨が降りだしたようです。
 遊園地跡にカメラがズーム・インします。

 朝、リンデンとコーヒーを飲んだ後、ショッピングに出かけます。試着室に入ると画面がゆらゆらと揺れる。オルガンの高音が響きます。
 出て店員に声をかけますが、気づいてもらえません。店員が別の客と話す声も聞こえない。
 街路に出ます。人通りはあるのに、やはり声も音も聞こえません。
 公園に来ると、鳥の囀りと風の音が聞こえるようになる。
 水飲み場で水を飲んでいると、近づいてくる足もとが見えます。「あの男」かと狼狽しているところへ通りかかった医師サミュエルズ(スタン・レヴィット)が、自分の医院にメアリーを連れて行く。


 医院では医師は、最初椅子の背もたれの向こうで背を向けて坐っており、顔が見えません。すぐに釈明しますので、これは患者が話しやすくするための措置だったようです。

 約46分、古城映画的山場です。ついにメアリーは遊園地跡に入りこみます。昼間です。まず映るのは、かなり上からの引きの眺めです。手前に城壁風の門が配されています。その向こうの塀に沿ってメアリーが、かなり小さく映り、右から左へ進む。塀の向こうは湖で、長い橋らしきものが見えます。
 次いで円筒状の通路を奥から手前に進んできます。やや薄暗い。手前で右に折れる。
 中2階でしょうか、上には斜めになった天井がかぶさり、奥には低い窓が並んでいる。手前左に右下へくだる階段があります。その上で手すりが右へ伸びる。奥の窓の右手には、何やら樽状のものが上下に2つずつ2列、吊してあります。メアリーが階段をおりかけると、揺れて音を立てるのでした。
 左手前から右上へ、うねるように波打つ滑り台が大きくとらえられます。その右辺沿いに、幅の狭い階段があがっています。左には円筒状の通路らしきものの端が見えている。天井は上すぼまりになっています。メアリーが滑り台の下にいると、上からシートが滑り落ちてくる。メアリーは右へ向かいます。
 天井が透けた格子になった通路です。メアリーが左奥から右前へ進むさまが、やや下からとらえられます。メアリーの上に格子の影がかかっている。カメラは揺れながら後退します。
 上・正面から階段が見下ろされる。画面手前には金網がかかっています。メアリーがのぼってきて、金網に取りつきます。
 カットが切り替わると、シルエットと化した暗い左右の壁に金網ははさまれ、そこにやはりシルエットと化したメアリーがいます。その姿は小さく、当初彼女の背中から見ているのか前から見ているのかわかりませんでした。左の壁には2列の窓があり、その内右の窓にのみ金網がかかっています。向こう側は明るい。メアリーが金網の扉を開けて手前に進んできます。前向きだったわけです。手前で右に折れますが、いまだシルエットのままです。
 かなり上からの眺めに替わる。メアリは上から下に進みます。さらに上からの眺めに切り替わり、次いで下からとらえるのは、広いホールでした。カメラは水平になる。
 屋外の階段をおりるメアリーの後ろ姿が、かなり上から見下ろされます。階段の上には右の折れる欄干の影がくっきり落ちており、階段そのものの段差と見分けがつきません。メアリーは階段をおりると手前へ曲がります。
 湖に面した回廊です。背の高いアーケードが左右に伸び、下には手すりがついている。手すりに寄りかかったメアリーは、かけらか何かを湖に投げこむ。水面下に人の顔があります。ただしメアリーは気づかない。
 右へ進みます。角柱が林立しています。
 出ていく姿が引きでとらえられる。ここまでで約50分でした。水面下の顔を除けば、吊した樽が鳴ったり、滑り台をシートが滑り落ちてきた以外には何も起こりませんでした。水面下の顔の件はメアリーの知らぬところです。それでいてというか、むしろ何も起こらないからこそ、昼間の誰もいない廃墟をうろつくことで何ともしれぬ予兆が充満するのでしょう。

 誘いをかけるリンデンに折れてデートの約束をした後、夜の教会でオルガンの練習に励みます。何か妙な感覚に囚われたらしい。目が見開き、焦点も合っていないようです。鍵盤に走る手やペダルを踏む足は勝手に動いているかのごとくです。
 夜の遊園地跡のカットに続いて、湖に面した回廊、水面が映され、水面下で目を開いた男が起きあがってきます。一人ではありません。
 いくつかかたまったライトを、カメラは下から見上げながら右回りにくるくる回る。
 遊園地でペアになってくるくる回りながら踊る人々が映されます。動きがずいぶん速い。上から何か吊されているのは、先ほどのライトでしょうか。動きがゆっくりになる。一人手間に進んできて、両手を前に突きだすのでした。
 突きだされた両手は、オルガンを弾く手に重ねられたかのように見えます。これは牧師でした。メアリの弾いていた曲に冒瀆だと叫び、彼女をクビにします。


 リンデンとダンス・ホールに出かけますが、メアリーは気もそぞろです。二人で下宿に戻ってくる。何とか口説き落とそうとするリンデンですが、鏡に映ったその姿が「あの男」に見えたメアリーに、ついに愛想を尽かします。
 屋外から下宿の窓が見上げられる。向こうで何やらバタバタしている影が見えます。まわりは全てシルエット化している。カメラはさらに引きになります。

 翌朝医師が下宿にやって来ました。階段の下で大家と話します。「この町を出る気だ、できるといいが」と呟く。


 車で出発、整備工場に寄ります。乗ったままリフトが上げられる。急に明るくなる。入口から入ろうとする人影が床に落ちます。明暗の対比が強い。手がバルブをゆるめます。リフト上の車の底面が下がってくるさまが下からとらえられる。
 メアリーが街路を走ります。カメラは平行して右から左へ動く。
 にぎやかな建物に入る。画面がゆらゆらと揺れる。2度目です。案の定人からは認識されなくなり、声も聞こえません。
 バス発車のアナウンスだけがなぜか耳に入ってきます。乗り場へ走り、バスに乗りこむと、中にいたのは白塗りの客たちでした。皆嬉しそうです。
 慌ててバスを降り、走ります。駅へ向かう。足音のみが響きます。
 粗石積みの壁がトンネル状になった街路を進む。長い塀に沿って動きます。カメラはやや下から、かなり上から、斜めに平行してと角度を変えていく。
 公園です。前と同じく鳥の囀り、ざわめきが聞こえてきます。
 医院にいます。例によって医師は椅子の背もたれの向こうです。メアリーの後方・上から光が射し、彼女の顔は陰に入っています。椅子が回転すると「あの男」でした。悲鳴を上げると車の中にいました。

 約1時間16分、遊園地です。カメラはやや斜めです。夕刻なのでしょう、空は曇っています。
 中へ入る。風の音がびゅうびゅう鳴っています。手前へ進むさまが上から見下ろされる。
 シルエット化したアーケードの回廊です。湖面にカメラがズーム・インします。水面から4人出てきます。
 夜になっている。ペアになって踊る人々は皆白塗りです。一人が下からのアップになり、また別の一人が映される。女性の一人はメアリーのようにも見えます。白塗りです。
 それを見るメアリーは悲鳴を上げ逃げだします。人々が追ってくる。動きが速い。
 画面が明るくなります。浮かした床を支える柱が並ぶ空間です。
 浜辺です。やはり昼間のように明るいのですが、下辺沿いのみ暗くなっています。追いつかれるのでした。

 警官たちが浜辺にいます。牧師や医師も混ざっている。砂には入り乱れた足跡、ぽつんと手跡のみが残っています。しかしメアリーの行方は知れない。
 湖側から見た遊園地跡が初めて映されます。オーヴァラップして鉄橋になる。


 川から車が引きあげられます。三人の女性が座席にいました。メアリーもその一人です。
 遊園地跡が引きでとらえられる。そこに斜めに波打つエンド・マークが挿入されるのでした。


 下掲の『ゾンビ映画大事典』p.52 には本作の再製作として『SOULS 死魂』(1998、監督:アダム・グロスマン )、また同主題の作品として『ソウルサバイバー』(1982、監督:トム・エバーハード、同書 pp.190-191)が挙げられています。双方未見なのですが、この手の話は需要があると見えて『ファイナル・デスティネーション』(2000、監督:ジェイムズ・ウォン)もたしか同趣向だったかと思います。他にも類例はあることなのでしょう。やはり下掲の稲生平太郎・高橋洋『映画の生体解剖』 p.158 では、同年の『ふくろうの河』(1962、監督:ロベール・アンリコ、未見)が言及されています。『ふくろうの河』の原作はアンブローズ・ビアスの短篇「アウル・クリーク橋の一事件」(1891、下掲参照)でした。また少しニュアンスが変わりますが、『ゾンゲリア』(1981、監督:ゲイリー・A・シャーマン)、『シックス・センス』(1999、監督:M.ナイト・シャマラン)や『アザーズ』(2001、監督:アレハンドロ・アメナーバル)といった系列の作品と比べることもできそうです。
 しかしたまたま本作を再見したのが『去年マリエンバートで』(1961)、『尼僧ヨアンナ』(同)の後だったので、後者はともかく前者とは、例によってこじつけかなという気もしなくはありませんが、共通点がなくはないといえるかもしれません。『去年マリエンバートで』では強いていえば、ナレーションの語り手である男の誘いに視点が置かれていましたが、誘われた女の側から見れば、本作のように映ると想像してみることはできないでしょうか。もっとも『去年マリエンバートで』では描かれた世界自体がこの世ではないかのようなのに対し、ここでは現実の世界が舞台となります。メアリーが川から這いだして以後、周りの人々はたしかに彼女を現実の存在として受けとめていた。だからこそ彼女が一時的であれまわりから認識されなくなるという事態の不条理感が際だったわけです。
 街中で彼女が滑りこんでしまったのは、この世界とはほんの少しずれた隙間だったのでしょう。遊園地跡もあくまで現実のものでした。しかし昼間誰もいないその中をメアリーがうろうろすることによって、隙間がさらに押し広げられたのであり、そのためにこそ、その時は何も起こらないにせよ、彼女がうろうろすることが不可欠だったのでした。

Cf.,  手もとのソフトに封入されたリーフレットには
篠崎誠、「解説」
が掲載されています。

またこのDVDには、
『ナイト・タイド』、1961、監督:カーティス・ハリントン
も収録されています(リーフレットの解説は藤本博之)。


菊地秀行、「『恐怖の足跡』の足跡」、『怪奇映画の手帖』、1993、pp.64-69、また p.199 も参照

伊藤美和編著、『ゾンビ映画大事典』、2003、pp.51-52

町山智浩、『トラウマ映画館』(集英社文庫 ま 23-2)、集英社、2013、pp.84-95:「8 あなたはすでに死んでいる 『恐怖の足跡』」
同書から→こちら(『尼僧ヨアンナ』)そちら(『わが青春のマリアンヌ』)も参照
こちら(『吸血鬼の接吻』)でも触れています


稲生平太郎・高橋洋、『映画の生体解剖 恐怖と恍惚のシネマガイド』、2014、pp.158-159。前後 pp.156-160 も参照

上で触れたビアスの短篇は
ビアス、西川正身訳、『いのちの半ばに』(岩波文庫 赤 312-1)、岩波書店、1955、pp.17-32:「アウル・クリーク橋の一事件」
原著は
Ambrose Gwinnett Bierce, "An Occurrence at Owl Creeks Bridge", In the Midst of Life, 1891
なお岩波文庫版は短篇集26篇中7篇を訳したもの。

また
ビアス、中西秀男訳、『ビアス怪談集』(講談社文庫 59-1)、講談社、1977、pp.156-168:「アウル・クリーク橋の一事件」

 2015/9/12 以後、随時修正・追補
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