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     ダニエレブスキー『紙葉の家』(2000)+モーゲンスターン『地下図書館の海』(2019) < おまけ  < 言葉、文字、記憶術・結合術、書物(天の書)など 
マーク・Z・ダニエレブスキー、嶋田洋一訳、『紙葉の家』、ソニーマガジンズ、2002
原著は Mark Z. Danielewski, House of Leaves, 2000

エリン・モーゲンスターン、市田泉訳、『地下図書館の海』、東京創元社、2023
原著は Erin Morgenstern, The Starless Sea, 2019


『紙葉の家』
1 キルヒャー、ボードレールなど
2 古典古代のものから
3 聖書から
4 ギリシア、ローマや聖書以外の古代のものなど
5 中世から近世にかけて
6 近代の文学から
7 近代の哲学その他から
8 美術、その他
『地下図書館の海』
9 センダック『かいじゅうたちのいるところ』
10 本、その他
11 地下、その他
12 「スターレス」もろもろ

マーク・Z・ダニエレブスキー、嶋田洋一訳、『紙葉の家』、ソニーマガジンズ、2002


1.キルヒャー、ボードレールなど

 この本では、一人称の語り手であるトルーアントが、ザンパノという死んだ老人が残した断片を整理・編集するという大枠の内側に、整理・編集された『ネイヴィッドソン記録』が配されています。その主要部分も、ヴィデオ等からなるドキュメンタリーとしての『ネイヴィッドソン記録』そのものではなくて、それについて中身を祖述したり解説するという形で綴られます。そのため解説部分では、記述の客観性を示すべく、参照した資料が註に記されることになる。トルーアントが書きこんだ註は別にして、膨大な文献が註に挙げられています。

 「脚注に引用された本もたいていは架空のものだ」(p.xx)

とトルーアントの「序文」にありますが、実在するとおぼしきものも混じっていたりする。レイアウトの都合なのでしょう、本体とは別のリーフレットに掲載された「訳者あとがき」の末尾には、参考にした訳書が挙げられていますし、出典を洗いだした論著もいかにもありそうな気もしますが、今のところ出くわせずにいます
*。ほんの一部だけですが、見当のついたものをメモしておきましょう。

* 追補;と、次のウェブ・ページがありました;

 "House of Leaves: An Annotated Bibliography of Epigraph"→こちら、また→そちら [ < streemit ]
 
◇ まずは『ネイヴィッドソン記録』Ⅴ章に、

 「アタナジウス・キルヒャーの『新音響芸術(ノイエ・ハル・ウント・トンクンスト)』(ネルドリンゲン、1684年)の中の木版画まで持ち出している。これは人工エコー機のイラストレーションで、"clamore"に4度のエコーが繰り返され、"amore""more""ore"から最後に"re"となる」(p.51)

とありました。右に載せた図は1673年初版の『新音響芸術』より前の『普遍音楽』(1650年ラテン語版)からのものですが*、右上がりに伸びる塀の、上から2段目のものの壁に、"clamore"… が書きこまれています。『新音響芸術』のいずれかの版でも再録されたということでしょうか。
 
アタナシウス・キルヒャー(1602-80)『普遍音楽』(1650)のための挿絵(多声の木霊を作る方法)
アタナシウス・キルヒャー(1602-80)
『普遍音楽』(1650)のための挿絵
(多声の木霊を作る方法)*

* 画像をクリックすると、拡大画像とデータの頁にリンクしています。
  
* アタナシウス・キルヒャー、菊池賞訳、『普遍音楽 調和と不調和の大いなる術』、工作舎、2013、p.265

邦訳はヒルシュによる1662年ドのイツ語抄訳より、ただし
「ヒルシュ篇では図版がほとんど採録されていないため、ラテン語版原著からこれを補った」(p.23)
とのこと。


◇ Ⅴ章の末尾には、

 「だがやはり『
いつも(オールウェイズ)』は『廊下(ホールウェイズ)』を思わせる。
 これもまたエコーだ」(p.87)

なんて美しいくだりがありました。「廊下など、メモ」のところにも引いておきましょう(→こちら)。


◇ 廊下とくれば階段です。XVIII章中には虚実いずれなのか、

 「階段だ! 階段を見つけた!」

という記録のことが述べられています(p.474 註400)。またXI章のエピグラフには、

 「階段が恐いとか何とかいう詩だ」

という註をつけて、ボードレールの詩が引用されています(p.277 註220-221)。これは『悪の華』の初版(1857年)からも再版(1861年)からも漏れた作品を、歿後に刊行した「漂着詩篇」(1866年。下掲邦訳 p.443 参照)に含まれるもので、手もとの Livre de poche 版では、

 Baudelaire, Les fleurs du mal, 1972, pp.247-248 : "Sur Le Tasse en prison d'Eugène Delacroix" / 1866 - Les Épaves, CXLI

の第1連にあたります。
 
手もとの邦訳では;

 ボードレール、堀口大學訳、『悪の華』(新潮文庫 黄 6C)、新潮社、1953、pp.350-351

に訳された、「『獄中のタッソー』に題す ウジェーヌ・ドラクロワ筆」(「漂着詩篇」(1866年)の16)で、p.451 の註で

「ドラクロワのこのタブローは、1839年に描かれ、同年のサロンに出品して落選、翌44年、新年慈善市展覽會に出品された」

と記されていました。右に載せた油彩の制作年が現在どう捉えられているのかは詳らかにしませんが、ボードレールが詩を寄せたのはこの作品のようです(ドラクロワは以前にも同じ主題を取りあげていました;1824(?)年、三輪福松編、『ドラクロワ リッツォーリ版 世界美術全集 12』、集英社、1975、p.94/cat.no.97)。
 
ドラクロワ《狂人の家のタッソ(フェラーラの聖アンナ病院のタッソ)》1839年(?)
ドラクロワ(1798-1863)
《狂人の家のタッソ(フェラーラの聖アンナ病院のタッソ)》
1839年(?)*
 
 絵の中に階段は描かれていませんが、引用の後半2行は1行目冒頭の「詩人 Le poëte」(『紙葉の家』で定冠詞が"La"になっているのは誤植でしょうか? 追補;House of Leaves 原著でも"La"でした;p.246)を主語に、

 "Mesure d'un regard que la terreur enflamme
  L'escalier de vertige où s'abîme son âme"

となっています。堀口大學訳では;

 「恐怖に燃立つ眼を据ゑて
  魂の落ちこんで行く
眩(くるめき)の階段をのぞきこんでる」(p.350)。

ヒッチコックの『めまい』(1958)を連想させなくもない「
眩(くるめき)の階段 l'escalier de vertige」が出てきたので、「階段で怪談を」の頁の「文献等追補」のところにも引いておきましょう(→そちら。『めまい』については→「怪奇城の高い所(後篇) ー 塔など」の頁の「i. プロローグ」でも触れました)。


◇ トルーアントによる『付属書Ⅱ』の「F 各種引用」にも『悪の華』から、"Le gouffre"の第3連3行目の、仏語原文による引用がありました(p.742、訳は同、註436);

 Baudelaire, Les fleurs du mal, 1972, pp.261-262 : "Le gouffre" / Pièces ajooutées en 1868, CXLIX

 ボードレール、堀口大學訳、『悪の華』、1953、pp.382-383;「深淵」/『悪の華  補遺』(1866-1868年)、『続悪の華』8


2.古典古代のものから

 これ以外に;

◇ Ⅳ章の註42(ラテン語原文は p.41)での、トロイの滅亡についての『アエネーイス』Ⅱ、624 の訳文は

 ウェルギリウス、泉井久之助訳、『アエネーイス』(上)(岩波文庫 赤115-1)、岩波書店、1976、p.126

またⅨ章のエピグラフの一つ、迷路のある館についてのヴェルギリウス『アエネーイス』6・27 のラテン語原文(p.128、訳は同、 註X)は;

 同上、p.348


◇ 先のキルヒャーに関する部分を含むⅤ章、その冒頭でのエーコーについてのオウィディウスからのラテン語原文の引用(p.49 、訳は同、註Ⴒ)は;

 オウィディウス、田中秀央・前田敬作訳、『転身物語』、人文書院、1966、pp.99-100/巻3

またⅨ章の註128 中、ミーノータウロスをめぐる、取消線付きのラテン語原文と訳の引用(p.132)は;

 同上、pp.322-323/巻9

Ⅸ章の註140でのダイダロスの迷宮に関する巻8からのラテン語原文の引用と訳(p.136)は;

 同上、p.269/巻8


◇ Ⅸ章註136(p.135)で引用された、エジプトの迷宮についてのプリニウスの記述のラテン語原文と訳は;

 中野定雄・中野里美・中野美代訳、『プリニウスの博物誌 Ⅲ』、雄山閣、1986、p.1470/第36巻19-85

すぐ前、迷宮に関する箇所が始まるところも、「F 各種引用」で引かれています(p.749、訳は同、註443);

 同上、同頁/第36巻19-84


◇ 「F 各種引用」で『イーリアス』からギリシア語原文、そのイタリア語訳、ドイツ語訳、ロシア語訳、フランス語訳が並べられたのは(pp.744-748、訳は p.748、註442);

 ホメーロス、呉茂一訳、『イーリアス』(上)(岩波文庫 赤763)、岩波書店、1953/1964、pp.51-52/第2書84-100


3.聖書から

◇ Ⅲ章のエピグラフ二つ目の、モーセの神への問いを記した『出エジプト記』3章11節のヘブライ語原文(p.23、訳は同、註24)は;

 関根正雄訳、『旧約聖書 出エジプト記』(岩波文庫 青 801-2)、岩波書店、1969、p.12


◇ Ⅸ章での『ヨハネ福音書』14章からの、「わたしの父の家には住む部屋がたくさんある」という引用(p.143)は;

 『聖書』、日本聖書教会、1976、「ヨハネによる福音書」、p.164/14章2


◇ 同じ頁の註153 では、『創世記』28章17節から、神の家についてのヤコブの畏れ;

 関根正雄訳、『旧約聖書 創世記』(岩波文庫 青 801-1)、岩波書店、1956/2004、pp.96-97


◇ XI章で引用されるエサウとヤコブの双子についての『創世記』25章23-24節(p.280);

 関根正雄訳、上掲『旧約聖書 創世記』、pp.83-84

その少し後での、ヤコブへの警告を告げた、『申命記』27章18節(p.283);

  『聖書』、日本聖書教会、1976、「申命記 」、p.284

また少し後、註242、243、244 と数珠つなぎになった『創世記』25章27節(p.284);

 関根正雄訳、上掲『旧約聖書 創世記』、p.84


4.ギリシア、ローマや聖書以外の古代のものなど

◇ XIV章のエピグラフに記されたエンキドゥの言葉(p.390)は、『ギルガメシュ叙事詩』などには見あたりませんでした
*。「F 各種引用」の中に、『ギルガメシュ叙事詩』から引いた一節があります(p.752);

 矢島文夫訳、『ギルガメシュ叙事詩』、山本書店、1965/1977、p.86/第7の書板、4(テキストA)33-39

 月本昭男訳、『ギルガメシュ叙事詩』、岩波書店、1996、pp.91-92/第7の書板、第4欄33-39

「F 各種引用」にもう一箇所(p.754);

 月本昭男訳、p.84/第7の書板、第2欄13-23

 矢島文夫訳ではこの部分、すなわち第7の書板、2(テキストA)の50行目以降は、
「以下第2欄にあたる部分の約50行欠」(p.81)
となっていました。

* 追補 The Epic of Gilgamesh, translation by N. K. Sanders [ < Assyrian International News Agency ]
では、"3. Ishtar and Gilgamesh, and the death of Enkidu"中の、

 "When Shamash heard the words of Enkidu ……"(p.12)

で始まる段落の直前に、

 "Let you be stripped of your purple dyes, for I too once in the wilderness with my wife had all the treasure I wished"

という、エピグラフに用いられた一文がありました(House of Leaves 原著では p.347)。邦訳を見ると、

 月本昭男訳、p.88/第7の書板、第3欄35行

に

 「シャマシュは彼の語る言葉を聞き」

とあるのですが、その直前の32-34行は

 「お前の引き裂かれた腰が彼への贈り物となるように。
  [清い]わたしに、[  ]妻に代り((?))[罪を犯した]がゆえに、
  そして、清いわたしに、荒野(あらの)で罪を犯したがゆえに。」

となっています。矢島文夫訳では、第7の書板、3(テキストA)の33行が

 「シャマシュは彼の口[からこの言葉を]聞いた」

で、直前は

 (23-32行破損多し)

と省略されていました(p.83)。Sanders 訳は何に基づいているのでしょうか?


◇ 「F 各種引用」での和泉式部の和歌(p.749)は、『和泉式部集』に収録されているようです(130番、未確認)。
 
追補;
 清水文雄校注、『和泉式部集・和泉式部続集』(岩波文庫 30-017-2)、岩波書店、1983、p.30/『和泉式部集 上』130番

そこでの表記を写すと;

    をみなへし
 花よりもねぞみまほしき女郎花おほかる野辺(のべ)をほり求(もと)めつつ

ちなみに House of Leaves 原著では(p.650、右段は当方による試訳);

 As I dig for wild orchids
  in the autumn fields,
 it is the deeply-bedded root
    that I desire,
  not the flower.
秋の野辺、
野の蘭を求めて掘り起こす時、
私が欲しいのは
花じゃない、
深く埋まった根なのだ。
"wild orchid"で女郎花を指すのでしょうか?
なおウェブ検索してみると、"Live Journal", October 20, 2005, 12:51(→こちら)に、
 translated by Jane Hirshfield and Mariko Aratani
とありました。訳者名で検索すると、

The Ink Dark Moon: Love Poems by Ono No Komachi and Izumi Shikibu Women of the Ancient Court of Japan, Scribner, 1988

が出典のようです。


5.中世から近世にかけて

◇ 地獄についての、Ⅰ章中のミルトン『失楽園』第1巻65-67行(p.4 註4)は;

 ミルトン、平井正穂訳、『失楽園』(上)(岩波文庫 赤 206-2)、岩波書店、1981、p.10

さらに、「声」に関する、Ⅴ章での同第9巻からの引用(p.51 註55)は;

 ミルトン、平井正穂訳、『失楽園』(下)(岩波文庫 赤 206-3)、岩波書店、1981、pp.121/652-653行

「F 各種引用」でも『失楽園』からの引用が2箇所あります(p.750、p.753)。双方第2巻のすぐ近いところからで、

 前掲『失楽園』(上)、pp.85-86/556-560行、および p.87/580-585行


◇ 戻ってⅠ章(p.4)でミルトンに続く、地獄への入口についてのダンテ『神曲・地獄篇』第3歌7-9行(イタリア語原文、訳は註4)は;

 ダンテ、平川祐弘訳、『神曲 世界文学全集 Ⅲ-3』、河出書房新社、1966、pp.13-14

ダンテの問いを記した、Ⅲ章冒頭のダンテ第2歌31-32行のイタリア語原文(p.23、註は同、 註25)はやはり『地獄篇』から;

 同上、p.9


◇ Ⅴ章でのシェイクスピア『リア王』第4幕第6場147行のグロスター伯の「勘で見えます」というつぶやき(p.56 註61)は、"King Lear act 4 scene 6 line 147"で検索してみると、たとえば→こちら(King Lear: Act 4, Scene 6 (ewu.edu))では、

 GLOUCESTER 149 I see it feelingly.

とありました。

 シェイクスピア、福田恆存訳、『リア王』(新潮文庫 赤 20E)、新潮社、1967、p.141

では

 「それはおのずと見えて参ります」

と訳されていました。


◇ 「F 各種引用」中のパスカル『パンセ』からの仏語原文による引用(p.741、訳は同、註435)は;

 パスカル、松浪信三郎訳・注、『定本 パンセ』(上)(講談社文庫 D1)、講談社、1971、p.388/第2部第2輯423


◇ 同じく「F 各種引用」でのガリレオの引用(p.750);

 ガリレオ、山田慶児・谷泰訳、『偽金鑑識官』、豊田利幸責任編集、『世界の名著 21 ガリレオ』、中央公論社、1973、p.309/第6節


6.近代の文学から

◇ Ⅸ章の註180(pp.166-167)で引用されるのはコールリッジの『老水夫の歌』;

 斎藤勇・大和資雄訳、『コウルリヂ詩選』(岩波文庫 5539)、岩波書店、1955、「老水夫行」、pp.11-12/第1曲



◇ Ⅱ章のエピグラフであるメアリー・シェリーの一文は(p.10)、『フランケンシュタイン』3章中のヴァルトマン教授のことばです;

 シェリー、小林章夫訳、『フランケンシュタイン』(光文社古典新訳文庫 K Aシ 5-1)、光文社、2010、p.90


◇ Ⅳ章でのリルケのドイツ語原文の引用は、「オルフォイス、オイリュディケ、ヘルメス」からと註34に記されています(p.33)。この詩は『新詩集』(1907-08)に収められているとのことですが、邦訳は未確認。

Ⅶ章でやはりリルケからドイツ語原文(p.104、訳は p.106 註99)、同じく『新詩集』中の「黒猫」、第1連3-4行;

 高安国世訳、『リルケ詩集』(講談社文庫 19-2, B112)、講談社、1977、p.71

黒猫にちなんで→こちらにも挙げておきます:『黒猫』(1934)の頁の「おまけ」

リルケからはさらに、XVII章のエピグラフとして、『形象詩集』に収められた"Eingang"から第1連のドイツ語原文が引かれています(p.437、訳は同、 註357)。邦訳はやはり未確認。

「F 各種引用」にも『形象詩集』中の「秋日」からドイツ語原文での引用があります(p.763、訳は同、註450);

 高安国世訳、上掲『リルケ詩集』、p.39/「秋の日」、第3連1行目

また

 富士川英郎訳、『リルケ詩集』(新潮文庫 黄 25B)、新潮社、1963、p.49/『形象集』、「秋の日」


◇ XIII章のエピグラフはボルヘスの詩「別の虎」よりスペイン語原文(p.347、訳は同、 註255);

 ホルヘ・ルイス・ボルヘス、鼓直訳、『創造者』(世界幻想文学大系 15)、国書刊行会、1975、p.165


◇ 同じくXIII章でのランボーからのフランス語原文での一句(p.375)は、『イリュミナシオン』収録の「幼年時代」、そのⅣの末尾;

 金子光晴・斉藤正二・中村徳泰訳、『ランボー全集』、雪華社、1970、p.209


◇ XV章のドイツ語のエピグラフはハイネの『歌の本』から「帰郷」中の「58 世界も人生も」末尾2行(p.398 註322);

 ハイネ、井上正藏訳、『歌の本(下)』(岩波文庫 赤 418-2/赤 302)、岩波書店、1951、p.85

註322 によるとフロイトが言及しているとのことですが、不詳。


◇ XX章のエピグラフとして、ポーの

 「地下世界への単独行は無謀である」

との一文が引かれていますが(p.486。House of Leaves 原著では p.423)、今のところ不詳。

追補; "Did Poe Really Say That?"(September 10, 2014)というウェブ・ページ(→こちら [ < The Poe Museum ])に、

13) “No one should brave the underworld alone.” This line is from the singer Poe's song "Hello."

とあって、エドガー・アラン・ポーではありませんでした。英語版ウィキペディアの Poe (singer)の頁は→そちら、上記の曲の頁は→あちら、それをタイトル・チューンとするアルバム Hello (1995)の頁→ここ。邦訳のリーフレットに掲載された巽孝之「アメリカの闇の底」でも触れられていましたが、歌手のポーはダニエレブスキーの実の妹で、ウィキペディアの"Hello"の頁によると、この曲のミュージック・ヴィデオは『カリガリ博士』(1919)をモティーフにしており、ダニエレブスキーが共同監督しているそうです。"Did Poe Really Say That?"の先の箇所から You Tube に掲載されたミュージック・ヴィデオの頁にリンクが張ってありました→そこ。


◇ ザンパノによる「付属書」の「F 詩」の最後から二つ目、"La Feuille"(紙葉)には、エピグラフとしてアポリネールの『動物詩集』(1911)から「馬」が仏語原文でまるまる引用されています;

 堀口大學訳、『アポリネール詩集』(新潮文庫 赤 177)、新潮社、1957、p.15

続く仏語の散文(pp.645-647)も何か関係があるのでしょうか?


◇ 「F 各種引用」でのプルーストの仏語原文(p.742、訳は同、註437)は;

 マルセル・プルースト、井上究一郎訳、『失われた時を求めて 10 第7篇 見出された時』(ちくま文庫 ふ 13-10)、筑摩書房、1993、p.379


7.近代の哲学その他から

◇ Ⅳ章の始めの方(ドイツ語原文での)および註32-33(訳)でのハイデガー『存在と時間』からの引用は(pp.29-31)、第1編第6章第40節「現存在の優れたひとつの開示性としての不安という根本情態性」から;

 ハイデガー、桑木務訳、『存在と時間』(中)(岩波文庫 6338-6341)、岩波書店、1961、pp.120-121


◇ Ⅸ章の註129(フランス語原文)-130(訳)でのデリダ『エクリチュールと差異』「人文科学の言語表現における構造と記号とゲーム」からの二つの引用(p.133)は;

 ジャック・デリダ、梶谷温子・野村英夫・三好郁朗・若桑毅・阪上脩訳、『エクリチュールと差異(下) アルトー、フロイト、バタイユ、レヴィ=ストロース』(叢書・ウニベルシタス 80)、法政大学出版局、1983、Ⅹ章、pp.211-212、および p.212

pp.459-460 註385(フランス語原文)-386(訳)ではデリダの『哲学の余白』から、また「F 各種引用」では『忌鐘』からの引用もありますが(p.756)、双方邦訳未確認。


◇ ところでデリダはXV章中に挿入された、ネイヴィッドソンの妻カレン・グリーンによる「部分的聞き書き 人々は何を思ったのか」(pp.400-417)にも登場します(p.410、p.416)。他にも
 ダグラス・R・ホフスタッター(p.402、pp.408-409、p.415)、
 アン・ライス(p.406、p.416)、
 ハロルド・ブルーム(pp.406-408、p.415)、
 スティーヴン・キング(p.409、p.412、p.415)、
 キキ・スミス(p.412、p.415)、
 スタンリー・キューブリック(pp.413-414、p.416)
などなどの発言が出てきます。もしかするとそれぞれの言葉には何かネタがあるのかもしれませんが、詳らかにしません。
 ともあれ、次のくだりを引用しておきましょう。アンドルー・ロス(プリンストン大学文学教授)の発言として;

 「英国人というのはいまだに、幽霊といえば薄物に蜘蛛の巣、片手に燭台が決まりだと思ってるのがほとんどだからね。あなたの怪物は純粋にアメリカ的だ。一つには、輪郭がはっきりしないということがある」(p.403)。


◇ Ⅸ章に戻って、続く註131 でのクリスチャン・ノルベルグ=シュルツ『実存・空間・建築』からの引用(pp.133-134)は;

 ノルベルグ=シュルツ、加藤邦男訳、『実存・空間・建築』(SD選書 78)、鹿島研究所出版会、1973、pp.44-45

同書からはまた、先立つⅥ章のエピグラフとして引用されていました(p.88);

 同上、p.14

さらに、Ⅹ章中(p.202 註207 および p.203);

 同上、pp.27-28 および p.28


◇ Ⅸ章 p.159 の註167 は、左基数頁の上方中央に右倒しで掲載され、p.163 まで続くのですが、その最後で引用されるのが;

 M.メルロー=ポンティ、竹内芳郎・木田元・宮本忠雄訳、『知覚の現象学 2』、みすず書房、1974、p.79/第Ⅱ巻第2部ⅡB-1


◇ Ⅹ章のエピグラフ(p.185)は;

 ダゴベルト・フライ、吉岡健二郎訳、『比較芸術学』、創文社、1961、p.6/第1章

なお先にⅨ章註131 で挙げたノルベルグ=シュルツの『実存・空間・建築』でも、フライの同じ箇所が引用されていました(邦訳 pp.30-31).


◇ Ⅹ章註212(フランス語原文)-213(訳) では(pp.219-220);

 ガストン・バシュラール、岩村行雄訳、『空間の詩学』、思潮社、1972、p.109/第2章「家と宇宙」Ⅹ

同書からはまた、XIII章で(p.372 註289 にフランス語原文);

 同上、p.185/第6章「片隅」Ⅲ

さらに、XVII章では第5章からかたつむりと螺旋階段に関して(pp.457-460 註383 にフランス語原文、385;フランス語原文、388;訳);
 同上、p.159(第5章「貝殻」Ⅵ)、p.163(同Ⅷ)、p.171/同XI


◇ XI章で引用される、エサウについてのフランク派の解釈についてのショーレムの解説(p.284 註245);

 Gershom Scholem, "Redemption through Sin", The Messianic Idea in Judaism and Other Essays on Jewish Spirituality, Schoken Books, New York, 1971/1995, p.133 および p.126


◇ XIX章のエピグラフはソンタグの『写真論』からの一文でした(p.480);

 スーザン・ソンタグ、近藤耕人訳、『写真論』、晶文社、1979、p.102/「視覚のヒロイズム」

他方 p.484 註415 で『写真論 改訂版』(1996)からとして、本文で本作の主人公ネイヴィッドソンについてのコメントを引用しているのは、虚構なのでしょう。


◇ 「F 各種引用」でのユング「心と大地」からの引用(p.741)は;

 C.G.ユング、高橋義孝・江野專次郞譯、『現代人のたましい ユング著作集・2』、日本敎文社、1970、p.129/「Ⅳ 心と大地」


8.美術、その他

◇ Ⅴ章の註75 は、ずいぶんな数の(おそらく)写真家の名前を列挙しています(pp.77-80)。始めの方には石元泰博とか石内都の名も見えました(p.77上段)。すぐ後の註76(p.80)には、

 「このリストはまったくの無作為抽出だそうだ」

とありますが、Ⅸ章の註146では、

 「問題の家には…(中略)…似ているところは少しもない」(p.141)

ものとして、これまたたいがいな数の建築が並べられます(pp.141-165、見開き左の奇数頁のみ)。始めの方には茨城県のつくばセンタービルとか広島市現代美術館の名も見えました(p.141)。冒頭に「20世紀建築」の語があるのですが、字面を辿るのをおろそかにし出した頃になって、「また伝統主義では」(p.143)だの「あるいは表現主義においては」(同)、「さらには19世紀のモード」(p.145)云々といった語句がはさまれ、時代を遡っていくのでした。

 p.165 で註146 が終わると、前の頁=見開きの右にあたる p.164 から上下逆さになって 註147 が始まります。ここは建築家が列挙され、始めの方には磯崎新とか黒川紀章の名も見えました。磯崎新はつくばセンタービルの、黒川紀章は広島市現代美術館の設計者であってみれば、もしかすると註146 で挙げられた建築とある程度対応しているのかもしれませんが、未確認。
 とこうして p.142 まで戻り、註148 へと指示して終わります。註148 は同じ p.142 の欄外上に左倒しで1行、

 「証拠一を参照のこと」

と記される。「証拠一」は p.600 にあって、

 「代表的な建築物の写真を掲載する」

とか

 「対照年表を作成」

だの

 「第Ⅸ章に示した参考文献を参照すること」

などの「指示」が記されているのでした。ちなみにⅨ章の末尾に、建築関係の参考文献が挙げられています(p.184)。

 戻って同じⅤ章の註182ではドキュメンタリーに「重要な貢献をした人物」の名が挙げていかれます(pp.169-173、やはり奇数頁のみ、右倒しで)。註183はその作品名が例示されるのですが、鏡文字なので追う気を削いでくれます(pp.170-176、偶数頁のみ、反転して左倒し)。


◇ これらに比べると少ないものの、やはりⅨ章註167では、キャンディダ・ハヤシの論文からの引用という形で、

ポー『アッシャー家の崩壊』
シャーリー・ジャクソン『たたり』
チャールズ・ブロックデン・ブラウン『ウィーランド』
ウォーカー・パーシー『ムーヴィーゴーアー』
スティーヴン・キングの『恐怖の四季』に収録された「マンハッタンの奇譚クラブ」や『モア・テイルズ』の中の「タビュラー」
スティーヴ・エリクソン『彷徨う日々』
ジョン・ファンテ『ザ・ロード・トゥ・ロサンゼルス』
アンリ・ボスコ『骨董屋』
サルマン・ラシュディ『悪魔の詩』
 
B・ウォルトン『危難の洞窟』
ジャン・ジュネ『花のノートルダム』
リチャド・ファリーニャ『あんまり長いこと落ち続けて、上昇してる気分だ』
ジョン・ガードナー『十月の光』
ラヴクラフトの多くの作品
ピンチョン『V.』
ボルヘス『伝奇集』の中の「八岐の園」
コンラッド『闇の奥』
ローレンス・ウェシュラー『ウィルソン氏の驚異の陳列室』
 
ジム・カリン『一匹の虫』
サルトル『出口なし』や『蝿』
ヴェルヌ『地底探検』
レム『ソラリスの陽のもとに』
エイン・ランド『ファウンテンヘッド』
ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』
ナサニエル・ホーソーン「若いグッドマン・ブラウン」や『七破風の屋敷』
C・S・ルイス『ライオンと魔女』
 

と文学、次いで美術周辺が出てきます(pp.159-163、奇数頁のみ、右倒し)。

画家のブロツキー&ウトキン
コヨアカンにあるフリーダ・カーロ『青い家』
ディエゴ・リベラ『夜の風景 パイサヘ・ノクトゥルノ』(1947年)
レイチェル・ホワイトリード『家』
チャールズ・レイ『インク・ボックス』
ビル・ヴィオラ『サン・フアン・デ・ラ・クルスの部屋』

とあって、何となくでも思い浮かぶのはホワイトリード*とヴィオラ**くらいでした。いつか確認することにしましょう***。

 * Edited by James Lingwood, Rachel Whiteread. House, Phaidon Press Limited, 1995

 ** 《十字架の聖ヨハネの部屋》、1983;『ビル・ヴィオラ はつゆめ』、淡交社/森美術館、兵庫県立美術館、2006、pp.54-57、p.201
 また
 Bill Viola. The Eye of the Heart (1996/2003、監督:Mark Kidel)、約13分~15分にインスタレーションの様子が映ります。

 *** 1) アレクサンドル・ブロツキー(1955- )とイリア・ウトキン(1955- )は、

 『未来都市の考古学』展図録、東京都現代美術館、ひろしま美術館、岐阜県美術館、1996

のカタログ部分の内、

 「9-3 ロシアのペーパー・アーキテクチャー」

で数点紹介されていました(pp.164-167/cat.nos.C-116-120)。展覧会も見ているのですが、脳裡をかすめもしなかったのはいうまでもありません。
 ともあれ制作年代は cat.no.C-116~118 が1984-90年、C-119~120 が1989-90年で、同図録の前の方、「6-1 ロシア革命と構成主義」のセクションで紹介され(p.114/fig.15 および cat.no.CG8-3)、

 本田晃子、『天体建築論 レオニドフとソ連邦の紙上建築時代』、東京大学出版会、2014

でも取りあげられたイワン・レオニドフ(1902-59)あたりとは、時代も異なっているわけです。関係のあるなしはどうなのでしょうか?
(
追補:『天体建築論』の著者による次の論考で詳しく取り扱われていました;

 本田晃子、「10 ブロツキーとウトキンの建築博物館、あるいは建築の墓所」、『革命と住宅』(ゲンロン叢書 015)、ゲンロン、2023、pp.253-278
 および「11 ガラスのユートピアとその亡霊」、同、pp.279-299

さらに;

 Lois Nesbitt, Brodsky & Utkin. The Complete Works, Princeton Architectural Press, 1991 / 2003)

2) フリーダ・カーロの『青い家 Casa azul 』はカーロの生家で、現在はフリーダ・カーロ博物館 Museo Frida Kahlo になっています。→公式サイト

3) リベラの作品は日本で展示され、その際見たはずなのですが、まるっきり憶えていなかったのはいつに変わらずです;

 『メキシコ・ルネサンス展 ー オロスコ、リベラ、シケイロス』図録、名古屋市美術館、西武美術館、福岡市美術館、1989、pp.128-129/cat.no.73;《夜闇の風景 Paisaje nocturno 》、1947年、油彩・キャンヴァス、110x89.5cm、メキシコ国立近代美術館(メキシコ・シティ)/INBA(メキシコ合衆国国立芸術院)蔵

4) チャールズ・レイ Charles Ray (1953- )はロサンジェルスに拠点を置く彫刻家(→公式サイト)。
 《インク・ボックス Ink Box 》;
1986年、塗装したスティールの箱とインク(200ガロンのプリンター用インク)、91 x 91 x 91 cm
カリフォルニア州コスタ・メサのセゲルストロム芸術センター Segerstrom Center for the Arts の構内にあるオレンジ・カウンティ美術館Orange County Museum of Art (OCMA)蔵
 公式サイト中の該当頁などに掲載された写真では、床に置かれた真っ黒な立方体としか見えず、さながらミニマル・アートかといったところですが、同じ頁からPDFファイルへリンクした(→こちら)
 
Calvin Tomkins, "Meaning Machines, the sculptures of Charles Ray", The New Yorker, May 11 2015, pp.54-63

によると、

 「黒い鋼の立方体で、上面が開いており、プリンター用のインクが縁までいっぱいに入れてある」(p.59、3段目)

とのことです。

 ともあれこの註は「あるいはまた言葉に戻って」(p.163。下の右段は当方による)、

ロバート・ヴェンチュ-リ(1925-2018) USAの建築家
 ロバート・ヴェンチューリ、デニズ・スコット・ブラウン、スティーヴン・アイゼナワー、石井和紘・伊藤公文訳、『ラスベガス』(SD選書 143)、鹿島出版会、1978
 ロバート・ヴェンチューリ、伊藤公文訳、『建築の多様性と対立性』(SD選書 174)、鹿島出版会、1982
などの訳書あり。
アルド・ファン・アイク(1918-99)  オランダの建築家 
ジェイムズ・ジョイス(1882-1941)  『ユリシーズ』(1922)などで知られるアイルランドの小説家 
パオロ・ポルトゲージ(1931-2023)  イタリアの建築家 
ハーマン・メルヴィル(1819-91)  『白鯨』(1851)などで知られるUSAの小説家 

ジョイスとメルヴィルが入っている理由はわからないでいるのですが、ともあれそして、

  オットー・フリードリッヒ・ボルノウ、『人間と空間』(大塚惠一・池川健司・中村浩平訳、せりか書房、1978)

とすでに挙げたメルロー=ポンティからの引用、そしてハヤシのコメントを記して終わります。


◇ もう一つ同章の註166 ではダニエル・ローゼンブルームのエッセイからの引用という形で、映画が参照されます(pp.162-158、逆行しつつ偶数頁のみ、上下反転)。曰く、

 「ネイヴィッドソンの家に取り憑いている幽霊は以下の映画に出てきたものだという指摘がある。すなわち」(p.162)

『シャイニング』
『めまい』
『2001年宇宙の旅』
『未来世紀ブラジル』
『アラビアのロレンス』
『ポルターガイスト』
『悪魔の棲む家』
『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』
『エクソシスト』
ジョン・カーペンターの『遊星からの物体X』
『ラビリンス 魔王の迷宮』
『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』
『U・ボート』
『タクシードライバー』
『ウディ・アレンの重罪と軽罪』
『反撥』
『ミクロの決死圏』
『禁断の惑星』
『ありふれた事件』
『アビス』

 「だが指摘しておきたいのは、ここに列挙した映画が結局のところ何らかの妄想を原因として説明をつけていることだ。それらは霊魂再来、恐怖症、…(中略)…そして異星人だ。そのどれもが『ネイヴィッドソン記録』においては断固として排除されている」(p.160、p.158)。

もとよりこれらのリストがどの程度まで著者なり作品内著者の構想に関わるのかは、また別の話です。


◇ エッシャーはⅨ章の註133(p.134)ではリシツキーと合わせて、
 XX章ではその《階段の家》について記されています(p.505。《階段の家》については→「怪奇城の図書室」の頁の「7. 『薔薇の名前』映画版(1986)からの寄り道:ピラネージ《牢獄》風吹抜空間、他」でも触れました)。
 エッシャーはもう一箇所出てきたような気がしますが、見つからない。そういえばピラネージの名は見かけなかったような気がします。


◇ XI章註[・・・]に

 「船長は美術史に造詣が深く、専門はターナーとヴォスとゴヤだった」(p.332)

というくだりがありました。XIV章の註318(p.395)で、トルーアントには、

 「画家のパウルス・デ・ヴォス(1596-1678)について書いたエッセイ」

のあることが記されます。
『新潮世界美術辞典』(1985)に

 「ヴォス、パウル・デ Paul de Vos 1595.12.9-1678.6.30 フランドルの画家。…(中略)…コルネリス・デ・ヴォスの弟。…(中略)…1611年にスネイデルスの義弟となり、かれの影響を強くうける。狩猟の場面を多く描き、疾走する動物のダイナミックな運動の表現にすぐれた。リュベンスの協力者として背景の動物、静物を描いた。…(後略)…」(p.149左段)

とありました。右に載せたのは、単独作ではありませんが、以前日本でも展示されたことのある作品で、その際見たはずなのですが、まるっきり憶えていなかったのはいつに変わらずです。ルーベンス風の女神たちはテオドール・ヴァン・テュルデン、犬や鹿がパウル・デ・ヴォスの手になるとのことです。
 
パウル・デ・ヴォスとテオドール・ヴァン・テュルデン《狩猟をするディアーナ》 制作年不詳
パウル・デ・ヴォス(1595-1678)とテオドール・ヴァン・テュルデン(1606-1669)
《狩猟をするディアーナ》 制作年不詳*
 
 たとえば プラド美術館のガイド(1992年時点)に15点;
  Consuelo Luca de Tena, Manuela Mena, Guía del Prado, Silex, 1992, p186
ルーヴル美術館の館蔵品目録(1979年時点)に4点;
  Catalogue sommaire illustré des peintures du Musée du Louvre. Ⅰ École flamande et hollandaise, Éditions de la Réunion des musées nationaux, Paris, 1979, pp.148-149
ウィーン美術史美術館の索引(1973年時点)では2点
  Verzeichnis der Gemälde, Kunsthistorischesmuseum, Wien, 1973, p.200
と、作品に接する機会を欠くわけではないようではあるものの、現在よく知られた名前とまでは見なせますまい(当方が不勉強なだけという可能性は否定しきれない)。なぜこの画家が挙げられたのか、気になるところです。


◇ ソンタグの『写真論』からの上掲のエピグラフに始まるXIX章では、ネイヴィッドソンの映像における「審美的な」(p.480)性格が扱われます。それまでにも、

 「ネイヴィッドソンが大変な才能に恵まれた写真家だという事実」(p.13/Ⅱ章)

とか

 「このあたりでネイヴィッドソンの腕前に触れておくべきだろう。彼が個人的に撮影した映像の中では、画面が揺れたり震えたり動いたりするのはもちろん、フレーミングが不適切だという例さえほとんど見当たらない。彼のカメラはどんな状況にあってさえ ー この異常な世界さえも ー 驚くべき安定性と高度な美的センスをもってとらえている。
 比較してみればネイヴィッドソンの腕のよさは一目瞭然だ」(p.76/Ⅴ章)

など、ネイヴィッドソンの写真家としての技倆・才能を確認する箇所がいくつか見られました。それがここで、

 「フォトジャーナリズムにおいても、歴史の一瞬をつかみ取るには非常に高い手腕が必要だ」(p.481)、

 「写真家の反応は完全に本能的な、迅速なものでなくてはならず、それはまた何年も何年も積み上げた研究と、きびしい訓練と、そしてもちろん才能の賜物だ」(p.482)

と、一般化されています。「どんな状況にあってさえ ー この異常な世界さえも ー 」例外ではないと、最後の「探検#5」(p.487/XX章)の直前に駄目押しされるのは、興味深い点と見なせるかもしれません。


◇ XXII章のエピグラフとして、イーノの

 「真実は言葉を超える」

という言葉が引かれていますが(p.591)、由来は不詳。
追補; 上掲の"House of Leaves: An Annotated Bibliography of Epigraph"によると原文は

 Truth transcends the telling.— Ino

で、ブライアン・イーノ Brian Eno ではありませんでした(House of Leaves 原著では p.423)。出典不明とのことで、ただイーノーはギリシア神話に出てくるそうです。高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』(岩波書店、1960)では、カドモスとハルモニアーの娘で(p.53)、海に身を投じて海の女神レウコテアーになったと記されています(p.307)。


追補(2026/3/4);

 ALT236、佐野ゆか訳、『リミナルスペース 新しい恐怖の美学』、フィルムアート社、2025

の第3章3節目(pp.120-133)で取りあげられ、また直接の翻案ではないにしても、本書に通じるところのある映画やTVドラマ、ゲームなどが紹介されていました。
 
 2023/07/21 追補 

 ↓ 次の本の話にもからみます。

エリン・モーゲンスターン、市田泉訳、『地下図書館の海』、東京創元社、2023


9.センダック『かいじゅうたちのいるところ』

 一つ上に挙げたダニエレブスキーの『紙葉の家』の中で、センダックの『かいじゅうたちのいるところ』に言及した箇所がありました(pp.118-119 註114/Ⅷ章)。『紙葉の家』の次に読んだのが本書なのですが、そこでも同じ本の題を見かけた時には(p.65/第1の書)、すわ共時性(シンクロニシティー)か、と色めき立ちかけたものです。もちろんこれは、この絵本がそれほど人口に膾炙しているということなのでしょう。そういえば『ラビリンス - 魔王の迷宮 -』(1986)でも、センダックの諸作品に対して謝辞が捧げられていました(→こちら)。ともあれ;

 モーリス・センダック、神宮輝夫訳、『かいじゅうたちのいるところ』、冨山房、1975
 原著は
Maurice Sendak, Where the Wild Things Are, 1963

 とはいえ『紙葉の家』と『地下図書館の海』に交点がないわけではありません。双方本を巡る話であり、またどちらの場合も、地下にひろがる異空間が舞台となります。


10.本、その他

 またしてもとはいえ、それぞれの様相は異なっています。『紙葉の家』という題名は、本文中でも三度ほど出てきましたが(p.529/XX章、p.581/XX!章、p.644/ザンパノ「付属書」の「F 詩」中の「(無題の断章)」)、そこで本を巡る視点は、媒体としての本のあり方を主題化した、本自体の外側であるメタレヴェルに位置していました。媒体によって伝えられる物語の内容そのものは、少なくとも理屈の上では、他のものに置き換えても差しつかえないはずです(実際には執筆を動機づけたのは、そこで描かれる地下空間のイメージ以外ではなかったのかもしれませんが)。


◇ 対するに『地下図書館の海』では、川野芽生の「解説」でも述べられているように、

 「物語は実のところ書物という形式に限定されるものではない」(p.470。本文 pp.9--10/第1の書、pp.39-40/同なども参照)。

この世界を統べる仕組みや、交差する複数の物語および登場人物たちの布置をもう一つ、当方の頭の中で整理できずにいるのですが、物語の内容とその進行が主題になっているようです。


11.地下、その他

 『紙葉の家』中の「ネイヴィッドソン記録」で最初に起こる現象は、地下ではなく二階においてでした(p.33/Ⅳ章)。

 「内側から測定した家の幅が、外側から測定した値より4分の1インチ長いのだ」(p.35/同)。

その後一階の居間の北側の壁に戸口が出現し、その向こうには

 「暗く狭い廊下」

が伸びているのでした(p.5/Ⅰ章、映像「5分半の廊下」に関連して、また p.66/Ⅴ章)。

 「さらに長い廊下を見出した」(p.75、「探検A」/Ⅴ章)

と拡がっていき、

 「直径が200フィートを超える穴から下に向かって虚無の中へと螺旋階段が伸びている」(p.101、「探検#2」/Ⅶ章)

ことがわかります。「探検#3」(p.103/Ⅶ章)や「探検#4」(p.139/Ⅸ章、p.144/Ⅸ章)の様子から

 「階段が13マイルという信じられない深さまで続くと考えていた。ところが5分としないうちに、…(中略)…ほんの100フィートほど」(p.191/Ⅹ章)

で底に着いたりもします。また別の時には、階段の上から硬貨を落として、床に着くまでの時間をおよそ50分として概算すると、

 「深さ D=16t2 で D はフィート、t は秒とすると、硬貨は2万7273マイルを落下したことになる。これは赤道上の地球の円周よりも2371マイル長い。また32ft/sec2で計算するとこの値は5万545マイルに跳ね上がる」(p.339 註251/XII章)

という結果が出たりするのでした。
 この空間では、

 「何かのうなり声」(p.81/Ⅴ章、また p.101/Ⅶ章、p.146/Ⅸ章など)

が時に聞こえたりするものの、生き物なり何らかの個別の存在が姿を見せることはありません。ただ人間の振舞に対する反応なのかどうか、

 「部屋や廊下や螺旋階段…(中略)…それらがつねに変化し、見たところ無限とも思える道筋の再定義があり」(p.140/Ⅸ章)

という、「怪奇城の地下」の頁(→そちら)で触れた〈生成迷路〉めいた過程を辿るのでした。


◇ 他方『地下図書館の海』では、

 「地表よりはるか下、太陽からも月からも隠された〈星のない海〉の岸辺に、物語に満ちたトンネルと部屋べやが迷宮のごとく集まっている。…(中略)…古い物語は保存され、その周りに新しい物語が湧き上がってくる」(pp.9-10/第1の書)。

 「その場所自体が動いている可能性…(中略)…石も海も書物も、地の底を移動しているのだ」(p.61/第1の書)。

 「世界の下の世界の下に世界があるのだ」(p.331/第5の書)。

この地下、〈星のない海〉に面した〈港〉にある場所へ行くには、〈扉〉を通ります。

 「星に覆われた海の底に扉があり、水没した都市の廃墟の中にとどまっている。…(中略)…さまざまな場所に無数の扉が存在する。…(中略)…見出されず、開かれぬままの扉もあり、単に忘れられているさらに多くの扉もあるが、すべては同じ場所に通じている」(p.61/第1の書)。

〈扉〉の先、エレベーターで下りた先にあるのは(p.100/第1の書);

 「〈港〉にあるなじみの部屋…(中略)…〈心臓(ハート)〉で振り子を揺らす時計からスタートし、主廊下、居住翼、読書室を抜けて外縁へ向かい、ワイン蔵と舞踏室へ下りていく」(p.43/第1の書)

「〈心臓(ハート)〉で振り子を揺らす時計」というのは、

 「宇宙の模型か、一種の時計かもしれない」(p.116/第2の書)

 「時計仕掛けの宇宙」(p.297/第4の書、p.302/同)

と呼ばれたりもします。また

 「廊下はまるで動いているようで、蛇さながらにあちこちへ這いずっていき、ザカリーはふらつくまいと目の前の床だけに視線を向けた」(p.195/第3の書)。

 「本でできた階段を上がった」(p.229/第3の書)。

 「書棚が横へスライドして、隠し部屋が現れた」(p.274/第4の書)

などなど、ともあれ、

 「ここの時間はゆっくり流れる。ときにはちゃんと流れようとせずに、ただそのへんをはね回ってる」(p.335/第5の書)。

「第3の書 サイモンとエリナーのバラッド」中には、「時間の性質についての短い講義」という断章も含まれています(pp.241-246)。

さて、発端と見なしていいのかどうか、

 「ずっと昔のこと、〈時間〉が〈運命〉と恋に落ちた」(p.70/第1の書、また p.110/第2の書)。

そして紆余曲折を間にはさんで、

 「こうして〈時間〉は、ある場所を星々から遠く離し、隠しておくことに同意した。
 いまやこの場所では、昼も夜もほかとは違う形で流れている。奇妙にゆっくりと。ものうく甘やかに」(p.294/第4の書)

と物語られるのでした。ただこの物語の時点で、

 「廊下が空っぽで宇宙が崩壊した、いまの状態のこの場所」(p.318/第5の書)

と化していたのですが、さらに、

 「〈星のない海〉が昇ってくる」(p.295/第4の書)

 「扉が閉まりかけて、可能性を運び去ろうとしている」(p.353/第5の書)

という事態が起こることになります。

 なお、登場人物の一人はエリナーと呼ばれるようになり、その名はシャーリイ・ジャクソンの小説(『丘の屋敷』)からとられたとのことです(p.188/第3の書)。なので→『たたり』(1963)の頁の「おまけ」にも挙げておきましょう。

 この他、猫は動き回ったり丸まったりし、蜜蜂も活躍します。蜂蜜も海を満たします(p.315/第5の書)。

 「〈梟の王〉とは・・・・・・現象だ。波のように現在にぶつかってくる未来。その翼は選択の狭間、決断に先立つ時間に羽ばたき、変化を予告する」(p.352/第5の書)

なんて存在のことが語られ、折り紙の星がそこいらに落ちています。

 エリン・モーゲンスターンの『夜のサーカス』について→こちらで触れました:「近代など(20世紀~) Ⅴ」の頁の「アンソロジー」のところ。


12.「スターレス」もろもろ 
 余談になりますが、本書の原題は上に記したとおり、〈星のない海〉です。著者の名字がドイツ語で「朝の星=明けの明星」を意味することに関係あるのかどうか、ともあれ「星のない starless 」の語は、一部の読者に

 King Crimson, Starless and Bible Black, 1974(邦題:キング・クリムゾン、『暗黒の世界』)(1)

7枚目とその表題曲(B面1曲目、9分11秒)を連想させずにはいますまい。表題曲は集団即興による器楽曲でしたが、このフレーズを歌詞に含むのが、続く70年代クリムゾン最後のスタジオ・アルバムとなった

 King Crimoson, Red, 1974(『レッド』)(2)

の最後の曲、B面2曲目の

 "Starless"(「スターレス」)

です。12分18秒。
1. 北村昌士、『キング・クリムゾン 至高の音宇宙を求めて』、新興楽譜出版社、1981、pp.252-259/264-267、「キング・クリムゾン・ディスコグラフィー」、p.9/10/*11。
 エリック・タム、塚田千春訳、『ロバート・フリップ キング・クリムゾンからギター・クラフトまで』、宝島社、1993、pp.98-102/102-111/*103-104。
 『キング・クリムゾン』(地球音楽ライブラリー)、TOKYO FM 出版、1995、p.28/30/*29。
 『キング・クリムゾン ストレンジ・デイズ4月号増刊 Artists & Disc File Series vol.3』、ストレンジ・デイズ、2004、p.41/42/*42。
 シド・スミス、池田聡子訳、『クリムゾン・キングの宮殿 ~風に語りて』、ストレンジ・デイズ、2007、pp.pp.app.22-24/25-27。
 『文藝別冊 キング・クリムゾン 二十一世紀的異常音楽の宮殿』(KAWADE夢ムック)、河出書房新社、2015、pp.212-213/214-215/+216-217。
 『ジョン・ウェットンズ・ワークス』、シンコーミュージック・エンターテイメント、2022、pp.23-27/29-31、など
 →こちらの3(「通史、事典など」の頁の「おまけ」)も参照

2. 註1の/の後

3. 北村昌士、前掲『キング・クリムゾン』、pp.254-255
◇ "starless and bible black"というフレーズは、

 「英国の詩人ディラン・トマス Dylan Thomas (1914-1953)が晩年に発表した詩劇『ミルクの森で/Under Milk Wood 』の序章に見出される情景描写のひとこまである。

   それは春の小さな街の月もない夜
   空には星もなく荘厳なほどに暗い(スターレス・アンド・バイブル・ブラック)
   玉石を敷いた道路には人気もなく静かに曲がりくねり・・・・・・
                      『First Voice』」(3)

とのことでした。ウィキペディア英語版の Under Milk Wood の頁(→こちら)の下の方、External links に挙げられた Text of Under Milk Wood, from Project Gutenberg Australia を見ると(→こちらの2)、タイトルのすぐ次で原文を確認できます(改行は当方による);

 It is spring, moonless night in the small town,
 starless and bible-black,
 the cobble streets silent and the hunched, (・・・・・・)

『ミルクの森』全訳から前後少し足して引いておくと;

 「     (静寂)

第一の声 (ひっそりと) 初めから始めましょう。
 いまは春です、小さな町の月のない夜、星もなく真っ暗で、丸石通りはシーンと静まり返り、瘤のように突きでた恋の狩人と兎の森は、起伏しながら 眼に見えずつづいています、リンボクの家のように黒く、おっとりと暗く、カラスのように真黒な漁船のゆれる海へと」
 (松浦直巳訳、「ミルクの森で」、『ディラン・トマス全集 Ⅳ/戯曲』、国文社、1978、p.7)。

◇ この曲は

 Eddie Jobson (Eddie Jobson's U-Z Project), Ultimate Zero Tour - Live, 2011(エディ・ジョブソン(エディ・ジョブソンズ U-Z プロジェクト)、『アルティメット・ゼロ・ツアー - ライヴ』)(4)

でも Disc U の4曲目に入っています。11分55秒。
 エディ・ジョブソンはキング・クリムゾンのメンバーではありませんでしたが、『レッド』でいったん解散した後で発表されたライヴ USA (1975)(5)でヴァイオリンをオーヴァー・ダビングしたり、またクリムゾン解散時のメンバーであるジョン・ウェットンやビル・ブルーフォードとUKを結成したりと何かと縁がありました(6)。このライヴでもヴォーカルとベースはジョン・ウェットンが担当しています。またクリムゾンの曲を他に3曲、UKの曲6曲、さらにブルーフォードの One of a Kind (1979)に収録されていた「雪のサハラ(第2楽章)」(7)も含まれています。
 
4. 『ストレンジ・デイズ』、no.134、2011.1、pp.60-64。
 『ジョン・ウェットンズ・ワークス』、シンコーミュージック・エンターテイメント、2022、p.143。

5. 註1の/*の後

6. →「アメリカ大陸など」の頁の「おまけ」も参照

7. →「アフリカ」の頁の「おまけ」も参照

◇ 少し意想外なところでは

 arti&mestieri, Live in Japan. The Best of Italian Rock, 2017(アルティ・エ・メスティエリ、『ライヴ・イン・ジャパン~ザ・ベスト・オブ・イタリアン・ロック』)

でも演奏されました。CD2 の1曲目、11分57秒。キング・クリムゾンの以前のメンバーで、『レッド』のこの曲でもゲストとして参加していたメル・コリンズが、ここでもゲストとして加わっています。オザンナと元ヴァン・ダー・グラフ・ジェネレイターのデヴィッド・ジャクソンの関係が連想されたりもする(8)。
 ともあれ歌はイタリア語になっています。
 なおこのバンドの1枚目

 Tilt (1974、アルティ・エ・メスティエリ、『ティルト』)(9)

は、無闇に手数が多いドラムスに牽引されるジャズ・ロックを基本にしつつも、構築性および抒情性が色濃いというものでした。20年ほどの間をおいて活動を再開したこのライヴでも、全曲演奏されています。
 
8. →「怪奇城の外濠 Ⅲ」の頁の「おまけ」も参照

9. 『ユーロ・ロック集成』、マーキームーン社、1987/90、p.51。
 『イタリアン・ロック集成 ユーロ・ロック集成1』、マーキームーン社、1993、p.21。
 片山伸監修、『ユーロ・プログレッシヴ・ロック The DIG Presents Disc Guide Series #018』、シンコーミュージック、2004、p.26。
 アウグスト・クローチェ、宮坂聖一訳、『イタリアン・プログ・ロック イタリアン・プログレッシヴ・ロック総合ガイド(1967年-1979年)』、マーキー・インコーポレイティド、2009、pp.104-107。
 岩本晃一郎監修、『イタリアン・プログレッシヴ・ロック(100 MASTERPIECE ALBUMS VOL.1)』、日興企画、2011、p.32。

◇ 以上二つの演奏は比較的原曲に忠実なものでしたが、大きく様変わりしたのが;

 David Cross & Robert Fripp, Starless Starlight, 2015(デヴィッド・クロス=ロバート・フリップ、『スターレス・スターライト~暗黒の星美』)(10)

デヴィッド・クロスは『レッド』の時点では脱退していましたが、ライブでは原曲を演奏していました(11)。フリップはクリムゾンのオリジナル・メンバーでギタリスト。
 『レッド』の時点での「スターレス」は、メロトロンのうねりをバックにした、エレクトリック・ギターによるメロディーで始まりますが、元々はクロスのヴァイオリンで奏でられました。
 本アルバムは全8曲からなりますが、いずれも、音の波の中で時折あのメロディーが浮かびあがっては消えていくという、いわゆるアンビエント・ミュージックです。
 
10. 『THE DIG Special Edition キング・クリムゾン』(SHINKO MUSIC MOOK)、シンコーミュージック・エンターテイメント、2015、p.179。

11. 『THE DIG Special Edition キング・クリムゾン ライヴ・イヤーズ 1969-1984』(SHINKO MUSIC MOOK)、シンコーミュージック・エンターテイメント、2017、pp.93-103、105-107、109-120。
 

◇ こちらはオマージュというべきか返歌というべきか;

 Phil Manzanera, 50 minutes later, 2005(フィル・マンザネラ、『50ミニッツ・レイター』)(12)

ロキシー・ミュージック(13)、クワイエット・サン『メインストリーム』(1975)(14)、『801 ライヴ』(1976)(15)などでお馴染みのギタリスト、何枚目になるのかソロ・アルバムから、9曲目が

 "Bible Black"(「バイブル・ブラック」)、5分19秒。

さらにボーナス・トラックとして11曲目が

 "Enotonik Bible Black (Mainstream Version)"(「イーノトニック・バイブル・ブラック(メインストリーム・ヴァージョン)」)、10分34秒。

ライナー・ノーツ(石川真男)から引用すると;

 「"The starless light is bible black"という一節から始まるこの曲は、間違いなくキング・クリムゾンを意識したものだろう。エフェクトの掛かったヴォーカルやメロトロン風サウンドを初め、様々なクリムゾン風の音の断片がちりばめられている」。

 「(11)は、ボーナス・トラックとして収録された(9)の別ヴァージョン。イーノによるサウンド・エフェクト”イーノトニック”を駆使した壮大なエレトロニカ・ヴァージョンだ。アンディ・マッケイがサックスで、ビル・マコーミックが”アディショナル・プロダクション”で参加している」。

 なお作曲は双方、マンザネラ/ロバート・ワイアット/イーノ三人の共作となっています。ワイアットとイーノは演奏にも加わっており、また元ロキシー・ミュージックのポール・トンプソンがドラムスを担当。アンディ・マッケイはやはりロキシー・ミュージックのサックスおよびオーボエ奏者。ビル・マコーミックはクワイエット・サンや801のベーシストでした。これらの名に感慨を抱かずにおれない者もいることでしょう。
12. 『ストレンジ・デイズ』、no.77、2006.2、p.194。
 同、no.98、2007.11、p.39。
 『ロキシー・ミュージック大全』、シンコーミュージック・エンターテイメント、2021、p.171。

13. →「アメリカ大陸など」の頁の「おまけ」も参照

14. 松井巧監修、『カンタベリー・ミュージック(Artists & Disc File Series Vol.5)』(ストレンジ・デイズ12月号増刊)、2004、pp.196-197。
 松井巧監修、『ジャズ・ロック The DIG Presents Disc Guide Series #035』、シンコーミュージック、2008、p.76。
  『ストレンジ・デイズ』、no.98、2007.11、p.39。
 『ロキシー・ミュージック大全』、シンコーミュージック・エンターテイメント、2021、p.164。

15. 松井巧監修、『カンタベリー・ミュージック(Artists & Disc File Series Vol.5)』(ストレンジ・デイズ12月号増刊)、2004、p.198。
 『ストレンジ・デイズ』、no.98、2007.11、p.39。
 『ロキシー・ミュージック大全』、シンコーミュージック・エンターテイメント、2021、pp.164-165。

 直接関係はないのでしょうか、

Heaven & Hell, The Devil You Know, 2009(邦題:ヘヴン・アンド・ヘル、『ザ・デヴィル・ユー・ノウ』)(1)

ブラック・サバスの便宜上変名版唯一のスタジオ・アルバム、3曲目が"Bible Black"(「バイブル・ブラック」)、6分27秒。
 同じアルバムの別の曲→『回転』(1961)の頁の「おまけ」



◇ 余談の余談になりますが、先ほど名の挙がった

 Quiet Sun, Mainstream, 1975(クワイアット・サン、『メインストリーム』)

の中で、1曲だけ歌入りの"Rongwrong"(「ロングロング」、ラスト・7曲目、元のLPではB面3曲目、9分29秒)、そのタイトルはマルセル・デュシャンが1917年7月に刊行した1号だけの雑誌 Rongwrong に由来するようです。

 ミシェル・サヌイエ編、北山研二訳、『マルセル・デュシャン全著作』、未知谷、1995

では『ロンロン』と日本語表記されていました(p.386、p.388)。
 ともあれこの曲は、これも名の挙がった

 Phil Manzanera, Eno, Bill MacCormick, Francis Monkman, Simon Phillips, & Lloyd Watson, 801 Live, 1976

でも演奏されました。A面4曲目、5分03秒。

 なお英語版ウィキペディアの "Rongwrong" の頁(→こちら)の下の方、'External links'のリンク先で、件の雑誌をPDF化したファイルを見ることができます(→こちらの2 < [ toutfait.com The Marcel Duchamp Studies Online Journal ])。


 脇道に逸れますが、キング・クリムゾンと縁のある音楽家の

 Jakko M. Jakszyk, The Bruised Romantic Glee Club, 2006(邦題:ジャッコ・ジャクスジク、『ロマンティック・グリー・クラブ』)(→「インド」の頁の「おまけ」も参照)、

2枚組の1枚目、9曲目は"Doxy, Dali and Duchamp"(「ドキシー、ダリ・アンド・デュシャン」)というタイトルでした。4分55秒。ライナー・ノーツの自作解説に"doxy"のことは記されていますが、ダリとデュシャンについては不明。歌詞からも読みとれそうにありません。頭文字がDだからなのでしょうか。

 ダリに関連して→そちらでも触れました;「オペラ座の裏から(仮)」の頁の「3-7. テアトロ・オリンピコ、他」
 他方、デュシャンについては→そちらの2:「近代など(20世紀~)」の頁のローレンス・M・クラウス『超ひも理論を疑う』(2008)のところなども参照

◇ 余談に戻って、余談の余談に余談を重ねるなら、

 Phil Manzanera, Firebird V11, 2008(16)(フィル・マンザネラ、『ファイアーバードV11』)

は、クワイアット・サンのメンバーだったチャールズ・ヘイワード(17)と、偶然ロンドン南部のガトウィック空港で、20年ぶりに再会したことを期に作られたアルバムです(ライナー・ノーツに掲載されたマンザネラのコメントより)。
 そのラスト、7曲目は"After Magritte"(「アフター・マグリット」)と題されていました。7分18秒、他の曲ともども器楽曲。画家のルネ・マグリットのことなのでしょうか? ちなみにこの曲も"Rongwrong"もヘイワードが作曲しました。
 なお演奏には参加していませんが、1曲目の"Fortunately I Had One with Me"(「フォーチュネトリー・アイ・ハッド・ワン・ウィズ・ミー」)は先に名の挙がったビル・マコーミックによるもの、4分48秒。
 
16. 前掲『ロキシー・ミュージック大全』、p.171。

17. チャールズ・ヘイワードに関して→こちらも参照:「怪奇城の外濠」の頁の「v. ゴシック・ロマンス、その他」
 

◇ 『バイブル・ブラック』に戻って、同じタイトルのアダルト・ゲーム(2000)およびアダルト・アニメ(2001~2007)、またその名のメタル系バンド(2017)もあったそうですが、それはさておき、本メモの冒頭で触れた〈
共時性(シンクロニシティー)〉に関して、概念そのものについては

 C.G.ユング、河合隼雄訳、「共時性:非因果的連関の原理」、ユング、W.パウリ、河合・村上陽一郎訳、『自然現象と心の構造 ^ 非因果的連関の原理』、海鳴社、1976

を参照いただくとして(パウリの論考は→「バロックなど(17世紀)」の頁の「ii. ケプラーなど」の項で挙げました)、ここでは次のアルバムを;

 The Police, Synchronicity, 1983(ポリス、『シンクロニシティー』)

5枚目にしてラスト・アルバムとなった、そのタイトル曲は

 A面1曲目に"Synchronicity I"(「シンクロニシティーⅠ」)、3分23秒、
 A面6曲目でラスト、"Synchronicity II"(「シンクロニシティーⅡ」)、5分0秒。
2023/07/26 追補 
枝頁仕立て:2026/01/07 以後、随時修正・追補 
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