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反転的グノーシス主義、その他 メモ


  1 シャブタイ主義とグノーシス的二元論神学
   1-1  カルドーゾと〈反転的グノーシス主義〉(1) 
 2 いわゆる〈グノーシス主義
   2-1 創作神話 
   2-2 反宇宙的二元論〉とその揺らぎ
     2-2-1  ゾロアスター教の二元論と二つの階層 
     2-2-2  プラトーン主義の二世界説 
     2-2-3 反宇宙的二元論 
     2-2-4  二元論の揺らぎ 
  3 低位、あるいは後発の造物主
   3-1  シリア・エジプト型グノーシス神話
   3-2  イブン・スィーナーなどイスラーム哲学の流出説
   3-3 古事記』の開闢神話 
   3-4 エヌマ・エリシュ
  4 ティアマトと原初の巨人、原初の獣
   4-1  ユミル
   4-2  盤古
   4-3  プルシャ
   4-4  イザナキ
   4-5 原人間(アントローポス)
   4-6  トラルテクートリ
   4-7  マニ教
  5 有閑神(デウス・オーティオースス)〉と〈世界製作者(デーミウールゴス)〉など
  6  カルドーゾと〈反転的グノーシス主義〉(2)
   6-1 哲学者の神
   6-2  カルドーゾと〈反転的グノーシス主義〉(3)
  7 テレスコーピング
   7-1  中国の宇宙開闢論より:『老子』、『易経』、『淮南子
   7-2 太一生水』、『恆先 
   7-3 三気・五運説〉:『列子』、緯書 
   7-4   
   7-5  道教と三気説 
   エピローグ 
1.シャブタイ主義とグノーシス的二元論神学

 「有閑神(デウス・オーティオースス)、デーミウールゴス、プレーローマなど」の頁の「ii.  〈神統譜(テオゴニアー)〉と〈デーミウールゴス〉」で触れたように(→こちら)、

 ゲルショム・ショーレム、山下肇・石丸昭二・井ノ川清・西脇征嘉訳、『ユダヤ神秘主義』(叢書・ウニベルシタス)、法政大学出版局、1985

の第8章「サバタイ主義と神秘主義的異端」の末尾でショーレムは、17世紀のユダヤ教異端サバタイ(シャブタイ)主義の神学の特徴として、

「隠れた神と創造神とのあいだのグノーシス派的二元論の新しい形態」(p.427)

を指摘します。ただしシャブタイ主義においては、

「強調点が意味深長に移し変えられた同じ二元論」(p.428)

が見出されるという。すなわち、「二世紀と三世紀の古いグノーシス派の人たち」(p.427)同様、シャブタイ主義においても

「『第一原因』と呼ばれる隠れた神と、『イスラエルの神』である生きた啓示の神とを区別する」(p.428)。

しかし

「グノーシス派がイスラエルの神を宗教的に無価値なものだとしたなら、サバタイ主義者は隠れた神を無価値なものとした」(同上8)。
 

「第一原因は世界や創造とまったく関係がなく、摂理も報復も行わない。それは哲学者の神、アリストテレスの神であり、カルドーソ自身によれば、ニムロッドやファラオやすべての異教徒が崇拝した神なのである」(同上)。

* Abraham Miguel Cardozo (Cardoso と記される場合もある)(1626/27-1706)はスペイン生まれで、現在のスペイン語読みだと「アブラアム・ミゲル・カルドーソ」となりますが、1648年以後異郷で暮らしたこともあって、すぐ下に挙げる山本伸一『異端の鎖』に従って「アブラハム・カルドーゾ」としておきます。


 1-1. カルドーゾと〈反転的グノーシス主義〉(1)

 ところで

 山本伸一、 「第Ⅰ部第3章 アブラハム・カルドーゾが追求した真実の神」、『異端の鎖 シャブタイ・ツヴィをめぐるメシア思想とユダヤ神秘主義』、2024

は註87 で、ショーレムの二点の論文について、

「ショーレムはここでグノーシス主義の逆転的な解釈をシャブタイ派全体に共通するもののように述べているが、これが書かれたのは『すべての信仰』がカルドーゾの著作と判明する以前であり、修正して理解されなければならない」(p.164)

と述べています。そこで挙げられた論文ではありませんが、『ユダヤ神秘主義』での記述も、そんな風に読めました。他方ショーレム自身、

 G.ショーレム、高尾利数訳、「アブラハム・カルドーゾの光に照らしたサバタイ主義の神学」、『ユダヤ主義の本質』(ST叢書 bibliotheca sine titulo)、河出書房新社、1972、1972、pp.107-110/Ⅱ節

 Gershom Scholem, Kabbalah, New American Library, New York, Scarborough, Onatario, 1978, part Cardozo", p.397, p.399

などでは、カルドーゾの名のもとに件の神学について記していました。
 また山本伸一の上掲書から

 第Ⅱ部第4章「カバラーの三位一体神学 - ネヘミヤ・ハヨーン」(pp.186-188/2節)
および
 第Ⅱ部第6章「宗教的権威に対する異端の告発 - ヨナタン・アイベシッツ」(pp.244-245、p.250 および p.259/2節注64)

で、カルドーゾの〈反転的グノーシス神学〉(p.148/第3章2)、〈反転的グノーシス主義〉(p.164 第3章注88)が、シャブタイ主義の流れの中で受け継がれなかったわけではないことが説かれています。ショーレムの前掲「アブラハム・カルドーゾの光に照らしたサバタイ主義の神学」でも、「ネヘミヤ・ハユンおよび後にはヨナタン・アイベシュッツ」の名に触れられていました(p.109)。


2.いわゆる〈グノーシス主義〉

 大貫 隆、『終末論の系譜 初期ユダヤ教からグノーシスまで』、筑摩書房、2019

ではカバラー以前の〈メルカヴァ神秘主義(ヘカロート文書)〉に関連して、

「ショーレムはこの神秘主義を『古ユダヤ教グノーシス』とも呼んでいる。この場合の『グノーシス』はドイツ語圏で20世紀の初頭まで勢力を張ったいわゆる宗教史学派の用語法(定義)に沿ったもので、その後のナグ・ハマディ文書の研究を踏まえたグノーシス研究ではもはや使われないものである」(p.44/題Ⅲ章)

と述べていました。前掲『ユダヤ神秘主義』の

 第2章「メルカーバー神秘主義とユダヤのグノーシス」



 Gershom Scholem, Jewish Gnosticism, Merkabah Mysticism, and Talmudic Tradition, The Jewish Theological Seminary of America, New York, 1960/1965

のタイトルがその見本でしょう。そこでは思弁性の色濃い創作神話ないし神智学的傾向をもってグノーシス的と見なされます。

 クルト・ルドルフ、大貫隆・入江良平・筒井賢治訳、『グノーシス 古代末期の一宗教の本質と歴史』、岩波書店、2001

によると、1966年のメッシーナで開かれた「グノーシス主義の起源に関する学会」で提出されたテーゼは、

「『グノーシス』は『選ばれた者だけに与えられる(したがって秘教的性格を有する)、神的な秘密についての知識』という意味で理解し、それに対して『グノーシス主義』は上記の意味、すなわち、二世紀、三世紀のグノーシス体系を指すものとしよう、というものであった。これに従えば、『グノーシス』は『グノーシス主義』を包含する非常に範囲の広い用語となり、『グノーシス主義』は上記の意味での『グノーシス』が特に明確な形で現れた出現形態だけを指すことになる。しかしながら、歴史的・研究史的に根本的に一体をなすこの両名称を引き裂こうとするこの試みは余り合理的でなく、一般的に定着することもなかった」(p.58/「本質と構造」の章の「グノーシス主義イデオロギーおよび神話の基本的特質」の節)。

 また

 荒井 献、『原始キリスト教とグノーシス主義』、岩波書店、1971

第Ⅱ部第3章2「グノーシス主義の本質と起源について」では、同じ1966年のメッシーナでの学会において、

「グノーシス主義がそれに依る実存理解を、われわれは - われわれが以下において問題にする、キリスト教と直接間接に関わる古代末期の『グノーシス主義』(Gnosticism)とは歴史的に無関係に - あるいはイランに、あるいはインド-イランに、あるいはウパニシャッドのインドに、あるいはプラトニズムとオルフィズム(及びピュタゴラス派)のギリシアに、あるいは中世以後においても、たとえばプリスキリアヌス派、パウリキアヌス派、ボゴミル派、カタリ派、イェジディ派、イスマリ派等の中に確認するのである。われわれは、グノーシス主義におけるこのような原理的側面を、歴史現象としての『グノーシス主義』(Gnosticism)と区別して、『原グノーシス主義』(Proto-Gnosticism)と呼ぶことに意見が一致した」(p.346/2節)。

 ややずれますが、ルドルフの文中での〈グノーシス〉と〈原グノーシス主義〉は同じ対象を指すと見てよいでしょうか。
 ともあれ、古代末期の歴史的グノーシス主義の「本質を形成すると思われる三つのモチーフ」(同上)として、

「(1)究極的存在と人間の本来的自己は本質において一つであるという救済の認識
 (2)その前提としての反宇宙的二元論
 (3)その結果として要請される、『自己』の啓示者または救済者」(p.350/2節)

が引きだされました。もっともその後も、

 Michael Allen Williams, Rethinking “Gnoticism”. An Argument for Dismantling a Dubious Category, Princeton University Press, Princeton, New Jersey, 1996


 Karen L. King, What Is Gnosticism?, The Belknap Press of Harvard University Press, Cambridge, Massachusetts, London, 2003

などに見られるとおり、〈グノーシス主義〉という用語の用い方に対しては、議論が途絶えたわけではないようです。

 それはさておき、神的なものについての智慧(ソフィア)ないし知識(グノーシス)がそのまま救済手段になるという点には、さまざまな平行例があることでしょう。
 救済者の派遣という点であれば、系譜づけられたものにかぎっても、エルカサイだかエビオン派だかにおける〈真の預言者〉、ゾロアスター教ではザラスシュトラ以後、ザラスシュトラの子ウシェータル、ウシェータル・マーフ、そしてサオシュヤント(ソーシュヤンス)の千年期ごとの出現、マニ教やイスラームにおける預言者の系譜、イスマーイール派におけるイマームの周期、ヒンドゥー教でのヴィシュヌの10の化身(アヴァターラ)、仏教の過去仏未来仏、道教の老子変生などが連想されずにいません。
 究極的存在と人間の本来的自己が同一だという点では、ウパニシャッドの梵我一如や、初期スーフィズムにおけるバスターミーの「我れに栄光あれ(スブハーニー)!」、ハッラージの「(アナー)・即・真実在(アル・ハック)**が思い起こされます。  * 井筒俊彦、『イスラーム思想史 - 神学・神秘主義・哲学 -』、岩波書店、1975、p.179/第2部Ⅴ。

** 同上、p.180。

 2-1. 〈創作神話〉

 他方、グノーシス諸派においては、天界の著しい高層化・増殖、時に錯綜の果ての迷宮化が目を引きます。荒井献の前掲「グノーシス主義の本質と起源について」に、

「このように、個々のグノーシス主義は、夫々に共通する超歴史的・原理的側面を持っているだけに、それが伴ういわゆるグノーシス神話には、一般神話に見られる民族的・民俗的性格がなく、総じて『創作神話』(Kunstmythos)的特色を有することは当然であろう。つまり、グノーシス的 Daseinshaltung はそれ自体テクストを持たないのであるから、それが Sein を deuten する際に、既存の諸宗教思想に属するテクストを転釈して、グノーシス主義のテクストを産出する。前者に属する民族(俗)神話が、グノーシス的解釈によって創作神話となるのである」(p.346/2節)

と記されていました。グノーシス主義における〈創作神話〉については、

 松村一男、「グノーシス神話 - 自然神話と創作神話 -」、大貫隆・島薗進・高橋義人・村上陽一郎編、『グノーシス 陰の精神史』、岩波書店、2001、pp.34-46
 (再録;松村一男、『神話思考 -Ⅰ 自然と人間』、言叢社、2010、pp.550-565/Ⅲ-12)

  ハンス・.ブルーメンベルク、青木隆嘉訳、『神話の変奏』、2011、pp.203-255:第二部Ⅱ「基本神話と芸術神話」

なども参照ください。ともあれ、〈創作神話(クンストミュートス)〉、引いては神話創作の過程というのは、けっこう重要な気がします。一般的な神話なり自然神話にしても、伝承されてきた以上、幾重もの編集を経ていないものなどありえない。逆に創作神話は、伝承されてきたものではないがゆえに、特定の有限な期間内で一挙に組みたてられる。もっともその場合でも、後の時点で改変を蒙る場合もあることでしょう。たとえば、ムソルグスキーのピアノ曲『展覧会の絵』をラヴェルがオーケストラ用に、エマーソン・レイク&パーマーがプログレッシヴ・ロックとして、冨田勲がシンセサイザー用に、メコン・デルタがへヴィ・メタルとして編曲したように、といっては的外れでしょうか。

 「宙吊りの形相」の頁と重複しますが(→こちら)、

「今日の芸術家の集まり(サークル)と同様、グノーシス主義者は、独創的で創造的な創作力を、精神的に活動するようになる者のしるしと見なした。各人が画家や作家の弟子のように、教わったことを修正したり変形して、自分自身の知覚を表現することが期待されていた。教師の言葉をただたんに反復する者はだれでも、未熟とみなされたのである」
  (エレーヌ・ペイゲルス、荒井献・湯本和子訳、『ナグ・ハマディ写本 初期キリスト教の正統と異端』(白水叢書 61)、白水社、1982、p.61/第1章)。

 とまれ創作神話というのは、からっぽのひろがりに、言葉を連ねることで網を掛けようとする試みなのでしょう。これだけではあらゆる言語活動に当てはまってしまいそうで、何も言ったことにはなりませんが、その際すっきりと見通せるような視野ではなく、それでいて隙間だらけの、バランスを逸したプレーローマの錯綜は、やはり「宙吊りの形相」の頁と重複しますが(→そちら)、オルペウス教における、見ようによっては異形の神学を紡ぎだしたのと同型の想像力の運動の軌跡なのではないでしょうか;

「オルペウスによると、『水』は、あらゆるものの始源であり、水から『泥』が形成され、そしてこれら二つのものから生まれたのが『蛇』という生き物である。これは、しっかりした獅子の頭〈と牡牛の頭〉を持ち、それらの中央に神の顔があり、『ヘラクレス』そして『クロノス(時)』という名を持っている。このヘラクレスは、とてつもなく大きな卵を生んだ。この卵は、それを生み落としたものの荒々しい力に満たされ、摩擦によって二つに分割された。それから、その一番高い部分が最終的に『ウゥラノス(天空)』となり、下方部分が『ゲー』となった。また、そこからは、或る『双胴の神』も出てきた」
  (内山勝利編、『ソクラテス以前哲学者断片集 第Ⅰ分冊』、岩波書店、1996、p.25/DK13[54])。

 ちなみにナグ・ハマディ文書他に含まれる『ヨハネのアポクリュフォン』において造物主ヤルダバオートは、

「ライオンと蛇の外貌」
ないし
「ライオンの姿をした竜の形」
  (大貫隆訳、『ヨハネのアポクリュフォン』、荒井献・大貫隆・小林稔・筒井賢治訳、『ナグ・ハマディ文書 Ⅰ 救済神話』、岩波書店、1997、p.52/§28)

をしていたと語られます。またマニ教においても、「暗黒の大地」から生じてきたサタンは、

「頭はライオンの頭のごとく、その身体は竜の身体のごとく、その翼は鳥の翼のごとく、その尻尾は大きな魚の尻鰭のごとく、その足は地を這う動物たちの足のごとくであった」
  (大貫隆訳・編、『グノーシスの神話』、岩波書店、1999、p.252/Ⅳ2 §4)

と描写されます。次も参照;

 Howard M. Jackson, The Lion Becomes Man. The Gnostic Leontomorphic Creator and the Platonic Tradition, (SBL Dissertation Series 81), Scholars Press, Atlanta, Georgia, 1985
   pp.40-43 : "2.5 Mandaean and Manichaean Texts"
  pp.131-149 : "3.6 The Orphic Cosmology"

 さて、大貫隆はナグ・ハマディ文書中の『シェームの釈義』について、

「しかし、その語り口はきわめて独特で、文章と文章を物語的な前後関係の論理であれ、あるいは論文的な事柄上の論理であれ、一定の明確な論理に従って結合しようとはしていない。むしろ、瞑想によって浮かび上がる連想に導かれるままに並列してゆくのである」
  (大貫隆訳・編、上掲『グノーシスの神話』、p.117/Ⅱ1 補論)

と記していました。想像力の運動と、グノーシス主義の場合であれば先に挙げた三つのモティーフとは、互いに働きかけあい、時に助長、時に制約をもたらすのでしょう。その際、お話風に綴られる場合でも理屈の勝った筋運びが紛れこみ、論文調で説かれる場合でも自己駆動する想像力が潜むことになる。

 ただ、これもグノーシス主義固有のものとはいえますまい。ヤーコプ・ベーメやブレイク、ブラヴァツキーの『シークレット・ドクトリン』、シュタイナーの『アーカーシャ年代記より』などなどが思い浮かびます。古史古伝や天理教の「泥海古記」、出口王仁三郎の『霊界物語』などなども加えられるでしょうか。秘教的な体系や偽史には、多かれ少なかれ創作神話的な部分が含まれるのかもしれません。神智学的・秘教的な領域にかぎりません。

 ルーベン・ファン・ラウク、藤原聖子監修、飯田陽子訳、『悪魔崇拝とは何か 古代から現代まで』、中央公論新社、2025

では18~19世紀のロマン主義における神話作成について、

「ロマン派の神話はノースロップ・フライが『開けた神話』と呼ぶものであり、人間の究極的な存在理由に関する物語を語るために、昔の神話や新しい神話の表象をシンボルやメタファーとして用いた、意識的に計画された象徴体系であった」(p.135/第2章3節)

と述べられていました。そこで取りあげられたのはブレイク(『天国と地獄の結婚』)、シェリー(『レイオンとシスナ』、『鎖を解かれたプロメテウス』)、バイロン(『カイン』)、ユゴー(『サタンの終わり』)など、同書の主題であるサタン像に関わるものですが、それ以外に、ネルヴァルの「朝の女王と精霊たちの王ソリマンの物語」や「オーレリア」、ポーの『ユリイカ』、フローベールの『聖アントワヌの誘惑』などなどを挙げることもできるでしょう。

 さて、たまたま見かけたくだりですが、

「後代のパーンチャラートラ派の宇宙論では、さらに様々な説を組み込むことにより、一層複雑さを増し、最高神から現象世界までの創造は長い道のりを必要とする。そこには、おそらく、過去の思想を取り込むことにより、自派の説の優位性を確立しようとする、インド思想に特徴的な思考方法が見いだせる。そのため、その思考方法が、様々な説を折衷融合させた宇宙論を作り上げてきた原因の一つと考えられる」
  (三澤祐嗣、「インド思想における世界構成原理と身心論 ─ 『ナーラーヤニーヤ章』第326章および第327章を中心として ─」、『国際哲学研究』、5号、2016.3、p.15)。

 「過去の思想を取り込むことにより、自派の説の優位性を確立しようとする」のも、「インド思想に特徴的な思考方法」にとどまらない。グノーシス主義における『創世記』の造物主の位置づけも同様の発想に基づいているのでしょう。ギリシア神話や北欧神話における巨人族と神々の関係も、現実に起こった支配層の交替を反映しているだけではありますまい。インドであれば、仏教における欲界六欲天、色界四禅17天・無色界四層という天界の増殖も、禅定によるだけではなさそうです。「世界の複数性など」の頁で触れたように(→そちら)、また後にも戻りますが、道教はさらにその上に天を積み重ねたのでした。

 なお〈プレーローマ〉は『ナグ・ハマディ文書』邦訳の「補注 用語解説」では、

「ギリシア語で『充満』の意。至高神以下の神的存在によって満たされた超越的な光の世界を表現するために、グノーシス主義の神話が最も頻繁に用いる術語」(前掲 『Ⅰ 救済神話』では巻末 p.17)

とあります。
 とりわけヴァレンティノス派によって用いられたようですが、他に『ヨハネのアポクリュフォン』でも見られました。他の諸派ではどうだったのでしょうか。

 他方、ショーレムやコルバンは、カバラーやイスマーイール派など、別の領域でもこの語を適用しています**。そうした拡大解釈には問題がありそうな気もしなくはありませんが、宇宙の構造の中での位置づけに通じるところがあるということで、ここでは倣うことにしたいと思います。
* たとえば『ヨハネのアポクリュフォン』、前掲『ナグ・ハマディ文書 Ⅰ 救済神話』、p.49/§25

** たとえば、

 ショーレム、前掲『ユダヤ神秘主義』、p.302/第6章7、

 アンリ・コルバン、黒田壽郎・柏木英彦訳、『イスラーム哲学史』、岩波書店、1974、p.96/第2章B1-1
  
 "πλήρωμα" (plērōma) は手もとの希英辞書では"that which fills up, a full measure"(満たすもの、目一杯), "a filling up, completing"(満たすこと)とありました。グノーシス主義とは関係なく、新約聖書でも使われているそうです。たとえば、

「キリストにこそ、満ちみちているいっさいの神の徳が、かたちをとって宿っており」(『コロサイ人への手紙』2-9、『聖書』、日本聖書教会、1976、『新約聖書』 p.316)

の内、「満ちみちている」というのがそれに当たるのでしょうか。次の論文など参照;

 小幡義信、「プレーローマと伝統について」、『カトリック研究』、31号、1977.6.30、pp.121-143 [ < 上智大学学術情報リポジトリ(Sophia-R) ]

 プレーローマ内の個々の神格は〈アイオーン〉と呼ばれます。同じく「補注 用語解説」では、

「ギリシア語で(ある長さの)『時』、『時代』、『世代』の意。グノーシス神話では至高の神的『対』から流出し、『プレーローマ』の中に充満する、擬人化された神的存在」(同上、巻末 p.1)。

 "αἰών"(aiōn)には上記の意味とともに”3. an inifinitely long space of time, eternity”(無限に長い時間の間隔、永遠)とあって、グノーシス神話での用い方とつながるのかどうか、宇宙論関係ではインドの〈(カルパ)〉に相当する宇宙的な周期を表わします。ラテン語では"aevum"、英語では"aeon, eon"。


 2-2. 〈反宇宙的二元論〉とその揺らぎ

 ところでいわゆるグノーシス諸派は、ほぼ同時期ないしその前後の地中海地域および中近東でひろまっていた、中期プラトーン主義から新プラトーン主義、ミトラス教をはじめとする密儀宗教、『ヘルメース文書』や『カルデア神託』のような文書、ユダヤ教における黙示文学、クムラン宗団、アレクサンドリアのフィローン、マガーリヤ、そしてメルカヴァー神秘主義など、キリスト教のエルカサイやバルダイサン、オーリゲネースなどのさまざまな流れと、土壌および関心を共有していました。
 そんな中で同時期の文脈にせよ、非歴史的に視野をひろげるにせよ、古代末期のグノーシス主義の他に見られない特徴となると、物質宇宙とその制作者に対する否定的な評価が思い浮かびます。
 2-2-1. ゾロアスター教の二元論と二つの階層

 二元論といえば、たとえばパフラヴィー語文献で説かれるゾロアスター教においては、善神オフルマズドと邪神アフレマンの対立とは別に、物質的・可感的な〈ゲーティーグ〉界と心的で非感覚的な〈メーノーグ〉界が対置されます。後者はプラトーンにおけるイ.デアのように、前者の元型を擁するようです。
 ただしこの区分は善神と邪神の対立とは重ならず、両神はともに、もともとメーノーグ界に属しています**。アフレマンの呼び名の一つに「ガンナーグ・メーノーグ」(Gan(n)āk Mēnōg “the Stinking Spirit(悪臭を放つ霊)")というのがありました(Encyclopaedia Iranica, "AHRIMAN"の頁 (→そちら)の"Pahlavi Texts”の段落)。
 
* 「イラン」の頁の「v」で挙げた Encyclopaedia Iranica (→こちら)中の
 "GĒTĪG AND MĒNŌG"の項、

また

 Shaul Shaked, From Zoroastrian Iran to Islam, 1995, Part one "II. The notions mēnōg and gētīg in the Pahlavi texts and their relation to eschatology"

** グノーシス主義の二元論との違いはしばしば説かれます。たとえば、次に触れるプラトーン主義との比較も含めて;

 クルト・ルドルフ、前掲『グノーシス 古代末期の一宗教の本質と歴史』、pp.62-64/「本質と構造」の章の「二元論」の節。
 1万2千年からなる宇宙史の最初の

「3000年間被造物はメーノーグ(霊的)状態にあった」
  (野田恵剛訳、「ブンダヒシュン(I)」、『貿易風 - 中部大学国際関係学部論集 -』、no.4、2009.4、p.14/『イラン版(大)ブンダヒシュン』、第1章14)。

「かれはゲーティーグ界の被造物をメーノーグ的に創り、ゲーティーグ界に与えた」(第1章53、p.12。「かれ」はオフルマズド)。

「ガンナーグ・メーノーグがそのような不能な状態にあるうちにオフルマズドはゲーティーグ界のために被造物を創造した。無間光明から火を、火から風を、風から水を、水から大地やゲーティーグ界のすべての物質的なものを創った」(第1A章2、p.14)。

他方、

「ガンナーグ・メーノーグはゲーティーグ界(物質界)の暗闇、すなわち自分の体から被造物を作った」(第1章47、p.11)

というくだりもありました。この場合、ゲーティーグ界の内、暗闇はアフレマンに属し、しかもその現象形態をなすということなのでしょうか? この一節が綴るのは、オフルマズドが唱えたアフナワル呪によって、アフレマンが3000年間気絶する(第1章29-32、pp.8-9)よりも前の出来事です。無始なのかある時点で生じたのかはわかりませんが、ゲーティーグ界は宇宙が創造される前にすでに存在していたわけです。
 また創造された宇宙はそれ自体が悪しきものではありません。だから終末においても、「建て直し」は必要であれ、宇宙自体は保たれる;

「ガンナーグ・メーノークとアーズはガーサーの呪文によって打ち負かされ、無力になって侵入してきた天の狭い通路を通って再び暗闇の世界にもどる。竜のゴージフルは溶けた金属によって焼かれる。金属は地獄の中まで流れる。地獄があった場所の大地の中の悪臭や汚れは金属で燃やされて清浄になる。ガンナーグ・メーノークが侵入してきた穴はその金属でふさがれる。その地中(地上?)の地獄は再び平らな世界に戻る。両世界で世界の建て直しが行なわれ、望み通り世界は永遠に不死となる」
  (野田恵剛訳、「ブンダヒシュン(Ⅲ)」、『貿易風 - 中部大学国際関係学部論集 -』、no.6、2011.4、p.57/『イラン版(大)ブンダヒシュン』、第34章30~32)。



 2-2-2. プラトーン主義の二世界説

 霊肉二元論という点では、グノーシス主義はプラトーン主義により近い。そこでは、超越的な真実在と現象界との二世界説が唱えられます。とはいえ、イデアの模像であるかぎりで、生々流転の相のもとにある月下界も含めて、宇宙は、

「すべての見えるものどもを包む見える動物となり、理性的なものの似像、知覚しうる神となった。この天は一つのもの、独り子であって、最も大きく、最も善く、最も美しく、最も完全である」(泉治典訳、「ティマイオス - 自然について」、『プラトン全集 6』、角川書店、1974、p.276/44節92c)。

 「鞠が跳ねる - 補遺」の頁の「1. 球体宇宙」でも触れたように(→あちら)、「あらゆる形態の中で最も完全」な形とは古代のギリシア人にとって、「中心から周辺に至るあらゆる方向において等しい距離を持つ球体」でした(同上、pp.196-197/7節33b)。
 とまれ新プラトーン主義の創始者プローティーノスの『エネアデス』Ⅱ.9 は、邦訳では「グノーシス派に対して」と呼ばれていますが、ポルピュリオスの通称『プローティーノス伝』では、

「世界創造者は劣悪であり、世界は劣悪であると主張する人びとに対して」

という題名でした
  (水地宗明・田之頭安彦訳『プロティノス全集 第1巻』、中央公論社、1986、pp.142-143/ポルピュリオス「プロティノスの一生と彼の著作の順序について」24)。

 「グノーシス主義とプロティノスとの間には類似点もあって(6章参照)、プロティノス哲学も擬装した一種のグノーシスであるとか、本篇を書くことによって彼は、過去のグノーシス的な自己の態度を清算したのだと解釈する人びともあるくらいである」
  (『プロティノス全集 第2巻』、同上、1987、p.98/Ⅱ.9 の「解説」)

などと述べられたりするからこそなおさら、グノーシス主義との区別をはっきりさせたかったのでしょう。

 2-2-3. 〈反宇宙的二元論〉

 グノーシス的な〈反宇宙的二元論〉にあっても、物質宇宙の構造は同時代の図式がそのまま採用されます。ただ往々にして、月下界どころか、太陽と月を含む七つの惑星圏、さらに運動の恒常性を誇るべき恒星天すら否定的に評価されてしまいます。柴田有は『ヘルメース文書』中の『ポイマンドレース』を分析しつつ、
* ただし、
 Birger A. Pearson, Ancient Gnosticism. Traditions and Literature, Fortress Press, 2007, pp.275-276 / chapter 10
のように、『ポイマンドレース』も含んで、ヘルメース主義をグノーシス主義から外す見解もあります。
 
「するとここで語られているのは、自己と身体との敵対(身体的二元論)を超えた、自己と星辰界の敵対(宇宙的二元論)なのである」
  (柴田 有、『グノーシスと古代宇宙論』、勁草書房、1982、p.40/第1章2)

として、人間論ではなく、宇宙論の次元における〈星辰拒否〉、〈星辰否定〉にグノーシス主義固有の特徴を見てとりました。
 神智学的なり秘教的な体系はあまたあれど、世の中いろいろあるにせよ世界それ自体は捨てたものではない、というのが基調音であって、宇宙総体、さらにその造物主までも否定して、〈存在の大いなる連鎖〉に不連続な裂け目を走らせるというのは、直接のつながりがありそうなものとしては、ボゴミール派とカタリ派など、いわゆる中世マニ教くらいにしか受け継がれなかったように思われます。 * アーサー・O・ラヴジョイ、内藤健二訳、『存在の大いなる連鎖』(昌文全書)、晶文社、1975

 また、

 C.A.パトリディーズ、G.ボアズ、L.フォルミガリ、村岡晋一・村上陽一郎・高山宏訳、『存在の連鎖』([叢書]ヒストリー・オヴ・アイディアズ 17)、平凡社、1987
 
 ずっと後代になると、宇宙の構造という前提は変化しつつ、サドやブレイク、グルジエフなどに、部分的であれ、共鳴する点を見出せるといえるかどうか。あるいはアナトール・フランスの『天使の反逆』(1914)をはじめとして、フィクションに取りいれられたりもします。→「グノーシス諸派など Ⅲ」の頁の「おまけ」など参照。
 2-2-4. 二元論の揺らぎ

 もっとも前掲の Rethinking “Gnoticism” (1996)の第5章"Anticosmic World-Rejection? or Sociocultural Accomodation?"(「反宇宙的世界拒否?、あるいは社会=文化的順応?」)でウィリアムズは、このカテゴリーに疑義を呈していました。そしてこうした性格づけにおさまりきらない例として、ヒッポリュトスの『全異端反駁』が報告するユスティノスの『バルク(の書)』を挙げる(p.99)**
 
** なお先だって pp.18-23/第1章でも『バルクの書』が取りあげられていました。『バルクの書』については、

 Jorunn Jacobsen Buckley, Female Fault and Fulfilment in Gnosticism, The University of North Carolina Press, Chapel Hill, London, 1986, pp..3-19 :"chapter 1 Transcendence and Sexualoty in The Book Baruch",

吉田敦彦、『天地創造99の謎 世界の神話はなぜ不滅か』(サンポウ・ブックス)、産報、1976、pp.146-153/6章60-63

も参照。『バルクの書』の邦訳は;

 前掲、『ナグ・ハマディ文書 Ⅰ 救済神話』、pp.273-285:「バルクの書 - ヒュポリトス『全異端反駁』(Ⅴ, 26, 1-27, 5)」(荒井献訳)、pp.349-354(解説)。

 また、

 大貫隆訳、『キリスト教教父著作集 第19巻 ヒッポリュトス 全異端反駁』、教文館、2018、pp.211-223/第5巻23-27。
 
 またエイレーナイオスの『異端反駁』が伝えるヴァレンティノス派プトレマイオスの体系*3では、デーミウールゴスは無知ではあれ、『ヨハネのアポクリュフォン』などにおけるヤルダバオートや支配者(アルコーン)たちのような悪しきものではなく、物質/心魂的なもの/霊的なものの三層のうち、心魂的なものに対応しています。終末においても滅ぼされることはなく、霊的な世界=プレーローマに入ることはできないものの、心魂的な人々とともに〈中間の場所〉に移るとされました*4  *3 上掲『ナグ・ハマディ文書 Ⅰ 救済神話』、pp.207-250:「プトレマイオスの教説 - エイレナイオス『異端反駁』(Ⅰ, 1,1-8, 5)」(小林稔訳)、pp.329-341(解説)。

 また、

 大貫隆訳、『キリスト教教父著作集 第2巻Ⅰ エイレナイオス1 異端反駁Ⅰ』、教文館、2017、pp.7-40/第1巻1-8。

*4 上掲『ナグ・ハマディ文書 Ⅰ 救済神話』、p.237/第7章。

 上掲『キリスト教教父著作集 第2巻Ⅰ エイレナイオス1 異端反駁Ⅰ』、pp.29-30/7.1節。
 バックリーはマンダ教におけるルーハー - 固有名詞(Ruha)としては闇の世界の女神にして大地、普通名詞(ruha)としては人間の霊 - のイメージを取りあげ、
「マンダ教における形而上学的二元論は、儀礼的な方途によって、その都度打ち破られる。儀礼がその宗教にとってかくも中心的であるということは、グノーシス的な体系にあってそうと予期される以上に、地上的な領域に対するより積極的な評価を示している、そしてルーハーのアンビヴァレントで、積極的でさえある描像は、地上的領域へのこうした積極的な関心と合致している」*5

と述べています。
*5 Jorunn Jacobsen Buckley, Female Fault and Fulfilment in Gnosticism, op.cit., :"chapter 2 The Salvation of the Spirit Ruha in Mandaean Religion", p.37.
 マニ教において、宇宙を創造するのは闇の勢力ではなく、光の陣営です。宇宙は光と闇を分離するための装置にほかならず、月と太陽は濾過した光を送るための船ないし車輪でした*6  *6 大貫隆訳・編、前掲『グノーシスの神話』、pp.259-265/「Ⅳ マニ教の神話」§9-11。
 ところでヒッポリュトスの『全異端反駁』邦訳の「序論 ヒッポリュトス『全異端反駁』について」で大貫隆は、
「明らかにヒッポリュトスは、エイレナイオスとは独立の資料を入手して用いているのである。…(中略)…
 エイレナイオスとは独立のそれらの資料を全体として通観すると、顕著な特徴が浮かび上がる。それは一言で『三原理主義』と呼ぶことができる。それぞれの神話(教説)全体が三つの原理(アルケー)から出発するのである」*7
*7 前掲『キリスト教教父著作集 第19巻 ヒッポリュトス 全異端反駁』、pp.42-43/序論4-3節
と述べています。先に触れたユスティノスの『バルクの書』も〈三原理主義〉に含まれます。他にはナハシュ派、ペラータイ派、セート派、バシリデース派、ドケータイ派がある。
 なおバシリデース(派)については、エイレーナイオスの『異端反駁』でも報告されていますが、ヒッポリュトスのそれとは大いに異なっています*8。この点では魔術師シモン(派)の教説も同様でした*9 *8 前掲『キリスト教教父著作集 第2巻Ⅰ エイレナイオス1 異端反駁Ⅰ』、pp.100-103/第1巻24.

 および、

 前掲『キリスト教教父著作集 第19巻 ヒッポリュトス 全異端反駁』、pp.298-315/第7巻20-27。

 また、

 上掲『ナグ・ハマディ文書 Ⅰ 救済神話』、pp.251-272:「バシリデースの教説 - ヒュポリトス『全異端反駁』(Ⅶ, 20, 1-27, 13)」(小林稔訳)、pp.342-348(解説)。

*9 前掲『キリスト教教父著作集 第2巻Ⅰ エイレナイオス1 異端反駁Ⅰ』、pp.96-99/第1巻23

 および、

 前掲『キリスト教教父著作集 第19巻 ヒッポリュトス 全異端反駁』、pp.226-241/第6巻9-20。
 反異端論者の記述をどこまで額面通りに受けとれるかは、議論があることでしょう。そのかぎりで、エイレーナイオスとヒッポリュトスがそれぞれ用いた資料の違いは興味を引くところです。 
 ともあれヒッポリュトスが伝えるシモン(派)やバシリデース(派)などの思想から、先に触れたナグ・ハマディ文書の『シェームの釈義』*10も合わせて、明快な二元論からずれようとする傾向を読みとっていいものかどうか。 *10  荒井献・大貫隆・小林稔・筒井賢治訳、『ナグ・ハマディ文書 Ⅳ 黙示録』、岩波書店、1998、pp.115-173:「シェームの釈義」(大貫隆訳)、pp.323-342(解説)。
 また『ピスティス・ソピア』やブルース写本の『イェウの書』・『無題の書』などに見られるとされる、グノーシス主義後期の展開とどんな風に位置づけられるのか、気になるところです。

 ことほどさように古代末期のグノーシス主義といっても、さまざまなニュアンスをはらんでおり、十把一絡げにはできそうにありません。精確なところは研究者に任すとして、ただ本頁冒頭で引いたショーレムのシャブタイ主義の神学に関する箇所では、二元論と「形而上学的な反ユダヤ主義」(p.428)が問題になっていることもあってか、古代末期の歴史的グノーシス主義の特性は おさえられているように思われます。

 他方大貫隆が言うように、ショーレムにおける〈グノーシス(主義)〉の語が、少なからぬ場合、これも先に引いたルドルフ文中の〈グノーシス〉なり荒井献の文中の〈(プロト)グノーシス主義〉に近いことも事実でしょう。ただ、いろいろありつつとりあえずは、宇宙とその創造者を否定的に評価する点を目安にしておくなら、そうした〈反宇宙的二元論〉は含まないにしても、たとえばイスマーイール派初期のものと見なされる、アブー・イーサー・ムルシドが伝える神話や同じくイスマーイール派後期のタイイブ派、あるいはイスマーイール派の分派であるドゥルーズ派における、〈ソフィアの過失〉に相当するモティーフ、ルーリア派のカバラーにおける、神性内部でのカタストロフとその〈修復〉とマニ教の宇宙史との平行(オルペウス教のディオニューソス神話も考えるべきか)などは、歴史的な接点がないからといって、あるいはむしろ、歴史的な接点がないからこそ、切り捨ててよいものでもないのではありますまいか。「世界の複数性など」の頁で触れた(→こちら)、グノーシス諸派のデーミウールゴスおよび仏教の梵天王それぞれの誤認というモティーフについては、また別の機会にメモすることにしたいと思います。


3.低位、あるいは後発の造物主
 3-1. シリア・エジプト型グノーシス神話


 ハンス・ヨナスはグノーシス神話の類型として、〈イラン型〉と〈シリア・エジプト型〉に分類し、前者が

「はじめから存在する二つの原理の二元的対立から出発する」
  (ハンス・ヨナス、秋山さと子・入江良平訳、『グノーシスの宗教 異邦の神の福音とキリスト教の端緒』、人文書院、1986.、p.151/第2部第4章)

のに対し、後者の課題は

「二元論的な裂け目(リフト)そのもの、およびそれに由来する創造物の体系の中での神的なものの苦難(プレディカメント)を、唯一にして分割されざる存在の源泉から導き出すことである。そしてこの型の思弁は、その課題を、次々に展開する長大な神の状態の系譜を作り出すことによって達成する。その神の状態のそれぞれは、神的な〈光〉の漸進的なかげりを、心的なカテゴリーとして表現するのである。これら二つの型のあいだの真に重要な差異は、神から独立した闇の領域が先在していたかどうかであるより、むしろ神的なものの悲劇が外から強制されたものか、それともそれ自身の内から動機づけられていたか、というところにある」(同上.、pp.182-183/第2部第6章)

と述べています。

「神の罪と迷いというシリア・エジプト型の図式」(同、p.183)

ともいう(ハンス・ヨナス、大貫隆訳、『グノーシスと古代末期の精神 第一部 神話論的グノーシス』、ぷねうま舎、2015、pp.387-390/Ⅰ第3章3 も参照)。

「反異端論者のあげるキリスト教的グノーシス主義者の圧倒的多数はシリア型に属している」
  (前掲『グノーシスの宗教』、p.184/第2部第6章a)

として、シモン・マグスからエイレーナイオス版バシリデースなどなど、そして

「シリア・エジプト型と呼んできたグノーシス思弁はヴァレンティノスとその流派において頂点に達する」
  (前掲『グノーシスの宗教』、p.237/第2部第8章a)。

 またしても「宙吊りの形相」の頁と重複しますが(→こちら)、見本として、比較的見通しやすい例であるエイレーナイオス版バシリデースの教説を挙げておきましょう
  (前掲『キリスト教教父著作集 第2巻Ⅰ エイレナイオス1 異端反駁Ⅰ』、pp.100-101/第1巻24。
 また園部不二夫、「グノシス主義的キリスト教理解」、『明治学院論叢』、no.33、1954.6、pp.5-11 も参照);
 
生まれざる父
      ↓(生まれた)
ヌース(叡知)

ロゴス

フロネーシス(思慮)
↙    ↘
 
ソフィア(知恵)
  デュナミス(力)
もろもろの権威と天使たち(最初の者たち)
→ 第一の天(造られた)
流出によって別の天使たち
→ 先の[第一の]」天に似た別の天
自分たちの[すぐ]上にいる者たちの模像の天使たち
→ 第三の天
別の天使たち
→ 第四の天


別の権威たちと天使たち
→ 三百六十五層の天

  われわれの目に見える天=一番最後に造られた天
それを保持している天使たち
→ この世界の中にあるすべてを造った

彼らの頭領=ユダヤ人たちが神と信じている者
 
* 〈権威〉の原語は"principes"のようです(Adversus haereses by Irenaeus, Saint, Bishop of Lyon, [ < Internet Archive ], Liber Primus, 3 [WH. XIX, 1]/p.255→こちら)。"princeps"(長、指導者、監督者、元首)の複数形。ちなみに天使の一階級である〈権天使〉は"Principatus / Principalitas"だそうです。


「その頭領以外の権威たちがこぞって立ち上がって彼に叛乱を起こした。…(中略)…
さて、生まれざる、そして名づけ得ざる父は権威たちの頽落ぶりを目にしたとき、自分が最初に生んだヌース(叡知)を送り出した。それはキリストと呼ばれた」(同上、p.101。改行は当方による)

「彼ら[バシリデース派]も魔術と呪文、霊媒、その他その類のわざを用いている。彼らは特定の架空の天使たちの名前などを編み出しては、そのうちの何人かは第一の天にいて、別の何人かは第二の天にいるのだと広言している。また、前述の嘘で固めた三百六十五層の天の名前、そこでの支配者、天使、勢力たちの配置を説明しようと実に必死である。たとえば、ソーテール(救い主)がそれを使って降ってきたし、逆に上っても行った名前は『カウラカウ』であったという。
 以上のことを学んですべての天使たちの名前を覚えた者はだれでも、すべての天使たちおよび勢力たちの目に見えず、捕まえることもできない者になる。それはちょうどカウラカウがそうであったのと同じだと言う」(同、pp.102-103)。

「さて、三百六十五層の天であるが、彼らはこれらが占める位置をちょうど数学者たちがするように割り振っている。というのも、彼らは数学者たちの理論を受け入れて、それを自分たちの独特な教義に移し変えているからである。それら[三百六十五層]の天の頭領の名前はアブラサックスである。彼が自分の数字として三百六十五を持っているのは、まさにその理由によるのだと言う」(同、p.103)。
 
  「一番最後に造られた」最下層の天以外の、三百六十四層の天が否定的に捉えられているのかどうか、はっきりしませんが、諸天を通過するためには「すべての天使たちの名前を覚え」なければならないという点からすると、三百六十五層の天全体が、ヌース=キリスト=カウラカウおよび彼に倣う者にとっては障害として働くと見てよいでしょうか。その場合生まれざる父からソフィアとデュナミスまでがいわゆるプレーローマを形成することになります。叡知(ヌース)言葉(ロゴス)思慮(フロネーシス)知恵(ソフィア)(デュナミス)という、抽象的な名前は、いかにも観念的に選ばれたものではありますが、神性内部の展開を表わそうとしているのでしょう。

 他方ヤルダバオートとアルコーンたちに仕える天使群の360ないし365という数は、層をなして重なるわけではないようですが、『ヨハネのアポクリュフォン』にも登場します(上掲『ナグ・ハマディ文書 Ⅰ 救済神話』、p.54/『ヨハネのアポクリュフォン』§30 および p.61/§36)。プレーローマだけでなく、第一のアルコーンであるヤルダバオートから

「彼に従う諸力と12人の天使」(p.53/§29)が、

「そのおのおののために7人ずつの天使を、またその天使たちには(おのおの?)三つの力 - すなわち、彼に従う者は全部で360人の天使群および彼の第三の光となる - を、彼より先に存在する第一の範型の外見に従って造り出した」(p.54/§30)。

そして

「彼らの名前は次のとおりであった。第一の者はヤオート、第二の者はヘルマス」(pp.54-55/§31)

……と、第十二の者まで続く。

「そして彼は、七人の王たちが天を支配し、五人の王が奈落界の混沌の上に支配することに定めた」(p.58/§33)。

後にアルコーンたちが心魂的アダムを創造しようとする際には、

「第一の者(天使)エテラファオー[ペ](Eteraphaōp[e])は頭を造ることから始めた。[アブ ± 6]ンは頭蓋(骨)を造った」(p.75/§49)
……と、100以上の人体各部に対応する天使の名が列挙されます。
 いかにも鬼面人を嚇すといった態ではあり、機械的に割り振ったり、こじつけたりもしていることでしょう。そうしなければならないだけの呪術的な意味がこめられているのだとして、名前の群が意味づけを超えて、何らかの布置を描きだすべくつとめることが計られたのではないでしょうか。

 なおエイレーナイオス版バシリデースについては、ボルヘスが取りあげていました;

 J.L.ボルヘス、「異端思想家バシレイデスの擁護」、『論議 ボルヘス・コレクション』、2001、pp.96-104


 3-2. イブン・スィーナーなどイスラーム哲学の流出説

 天使たちと彼らが造った天がセットをなし、層を重ねながら下降していくという点は、「毎瞬生滅する讃仰天使の群れ/針の先で何体の天使が踊れるか」の頁で触れた(→そちら)、イブン・スィーナーなどイスラーム哲学の流出説を連想させなくもありません;

「第一知性が必然的存在者である第一原理を思惟することから第二知性が流出し、
自己の存在は他によって必然的であるとの思惟から最高天球霊が流出し、
自己の存在は自体的には可能的であるとの思惟から最高天球が流出する。
以下、同様の過程を経て第一〇知性までの九つの離在知性が流出し、
それに対応して最高天球以下、恒星天球、土星天球、木星天球、火星天球、太陽天球、金星天球、水星天球、月天球と、それぞれに対応する天球霊が流出する。
最後の第一〇知性は能動知性(al-‘aql al-fa ‘‘āl)とも呼ばれ、
それから月下界、すなわち生成消滅する地上界の第一質料(al-hayūlā al-ūlā)と種々の形相や人間の霊魂が流出する」
  (中村廣治郎、『イスラムの宗教思想 ガザーリーとその周辺』、岩波書店、2002、pp.190-191/第3章第4節「イブン・スィーナーの創造論」3。改行は当方による)。

「形相の付与者」(wāhib al-şuwar)である

「能動知性は天上界と地上界を結ぶ、神の創造の媒体として重要な位置を占めているとすれば、第一知性は『ヤヌス的二面性』をもって、一なる必然的存在者と多なる宇宙の諸存在を繋ぐものとして、重要な役割を果たしているといわれる」(同、p.191)。

 離在知性と天球の層はプレーローマと呼ぶにふさわしく、能動知性にはデーミウールゴス的な役割が振られていると見なせそうです。365層の天ならぬ、10の離在知性と9つの天球を数えるばかりなのはともかく、しかしそもそも、プレーローマと可視的宇宙を不連続に分かつ反宇宙的二元論は認められません。
 この流出論はキルマーニーなどイスマーイール派の哲学者たちにも取りいれられ、その内、後のイエメン・タイイブ派になると、先に触れたように、〈ソフィアの過失〉のモティーフが組みこまれることになりました。


 3-3. 『古事記』の開闢神話

 さて、冒頭の引用に戻れば、「隠れた神と創造神とのあいだのグノーシス派的二元論」という時、「グノーシス派的」な創造神に対する不連続性を伴わないのであれば、イスラーム哲学の流出説以外にも、「有閑神(デウス・オーティオースス)、デーミウールゴス、プレーローマなど」の頁の「ii.  〈神統譜(テオゴニアー)〉と〈デーミウールゴス〉など」でも触れたように、類例を見出せないわけでは必ずしもありません。いささか重複しますが、シリア・エジプト型グノーシス神話の類型からただちに連想されるのは、『古事記』の開闢神話でしょう
  (次田真幸、『古事記(上) 全訳注』(講談社学術文庫 207)、講談社、1977、pp.36-39);

別天(ことあま)つ神  天地初めて(ひら)けし時、
高天原(たかまのはら)に成りし神
  
天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
独神(ひとりがみ)と成りまして、
身を隠したまひき
     
高御産巣日神(たかみむすひのかみ) 
神産巣日神(かむむすひのかみ) 
(わか)く浮ける(あぶら)の如くして、
海月(くらげ)なす漂へる時、
葦牙(あしかび)の如く萌え(あが)る物によりて成りし神
宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ) 
天之常立神(あめのとこたちのかみ)
神世七代(かみよななよ)              国之常立神(くにのとこたちのかみ) 
豊雲野神(とよくものかみ) 
宇比地邇神(うひぢにのかみ)  須比智邇神(すひぢにのかみ)      
角杙神(つのぐひのかみ) 活杙神(いくぐひのかみ)
意富斗能地神(おほとのぢのかみ) 大斗乃弁神(おほとのべのかみ)
於母陀流神(おもだるのかみ)  阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)
伊邪那岐神(いざなきのかみ)  伊邪那美神(いざなみのかみ) 

 やはり「有閑神(デウス・オーティオースス)、デーミウールゴス、プレーローマなど」の頁の「iv. 〈充溢(プレーローマ)〉など」で挙げたように、大貫隆は前掲『グノーシスの神話』(1999)pp.66-67 で『ヨハネのアポクリュフォン』他と『古事記』の神統譜を比較していました;

「われわれが断章5と6で確かめた構図、さらにはトポス1で見たグノーシス主義の否定神学との類似性は一目瞭然であろう。にもかかわらず、一つ決定的な違いが見過ごせない。『古事記』の神々は『天地がはじめて天地となった』後、その天地の間に生成する。しかし、断章5と6の神々の生成は、後出のトポス5で初めて語られる世界の創造のはるか以前の話なのである」
 (p.67。断章5と6はトポス2「神々の流出」に属し、前者はエイレーナイオスによるプトレマイオスの体系から、後者は『ヨハネのアポクリュフォン』からそれぞれ、プレーローマの生成を描く場面)。

もっとも高天原を具体的な世界以前の深淵と見なすなら、隠れた独り神の系譜六代、およびそれぞれ対をなす四代からなるプレーローマの生成を経て、その最下位に位置する伊邪那岐と伊邪那美の対が世界制作者(デーミウールゴス)として国生みをなすという「構図」は、プレーローマとデーミウールゴスの間が不連続に引き裂かれていない点を除けば、構造上、シリア・エジプト型グノーシス神話と平行しています。

 ちなみに五十嵐一『イスラーム・ルネサンス』(1986)は
「Ⅱ 第8章 アッラーの神 - ひとつの神名論的反省 -」の
  「2 古事記の神学と流出論」、
  「3 中間世界としてに原像空間(アーラム・ミサール)」、
  「4 カッバーラーの神学 - 比較の第三項 -」、
  「5 古事記における四層構造」
で三者を比較して、

「古事記の神学は根源的一者の段階的流出を深く表現化する点において、ユダヤ教やイスラームに劣らず一神教的であった。そしてユダヤ教やイスラームも、神的流出の結果、幾多の神名が()()ほう点で神道に劣らず多神教的であったのである」(p.179/Ⅱ第8章5)

と述べていました。


 3-4. 『エヌマ・エリシュ』

 イスラーム哲学や『古事記』において、プレーローマからデーミウールゴスへの流れはスムーズでした。しかしここに対立がはさまれる場合もあります。やはり「有閑神(デウス・オーティオースス)、デーミウールゴス、プレーローマなど」の「ii.  〈神統譜(テオゴニアー)〉と〈デーミウールゴス〉など」で触れたので、いささか重複しますが(→あちら)、そうした例は『エヌマ・エリシュ』で見てとれます
  (月本昭男訳・注解、『エヌマ・エリシュ バビロニア創世叙事詩』、ぷねうま舎、2022、pp.8-16/第1書板);

上ではまだ天が名づけられず、
下では地が名を呼ばれなかったとき
父神、アプスー(淡水)  母神、ティアマト(塩水)  互いの水を一つに混ぜ合わせたが、
草原は結ばれず、
葦原は探せなかった
                ↓(ふたりの間で神々が形づくられた)
  ラフムとラハム  
  アンシャル(天)とキシャル(地)
が形づくられ、彼らをしのいだ
 
  彼らの嫡子アヌ
は父祖たちに匹敵し、
長子アヌはアンシャルと同等になった
 
  アヌは自分と同等の
ヌディンムド(知恵の神エア)
をもうけた
 
 
兄弟である神々の大騒ぎ
→ ティアマトは「彼らを許そうとした」
→ アプスーと侍臣ムンムの計略
→ アプスー殺害
  エアと配偶者ダムキナの子
ベール(マルドゥク)
 
アヌがマルドゥクの遊び道具として四方の風を創る
→ 神々は休息できず、風によって苦しめられた
→ ティアマトが十一種の怪物を生み出し、息子たちの一柱キングーに神々すべての指揮権を授ける

 本サイトの書式ゆえ上から下へ並べましたが、始元に配されるのが淡水と塩水であるせいもあってか、シリア・エジプト型グノーシス神話はもとより、『古事記』の開闢論に比べても、垂直性の印象は強くないような気がします。もっとも『古事記』でも、

宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)は「アシカビ(葦の芽)にも象徴された万物の生命力・生長力を神格化した男性神」、
豊雲野神(とよくものかみ)は「原野の形成される様を神格化したものであろうか」、
宇比地邇神(うひぢにのかみ)・須比智邇神(すひぢにのかみ)は「ウヒジは泥土、スヒヂは砂土の意で、土砂の神格化であろう」、
於母陀流神(おもだるのかみ)は「『面足神(おもだるのかみ)』の意で、地面の完成を表わす」
  (前掲『古事記(上) 全訳注』、p.38)

と、地上的な生成の諸相を表わしていたようなのですが、しかし出発点が天之御中主神であってみれば、彼と高御産巣日神、神産巣日神の三柱に続く神々がいるのは、足場のないひろがりであって、だからこそ大地の祖型を組み立てなければならなかったのでしょう。

 『エヌマ・エリシュ』に戻れば、冒頭に「上ではまだ天が名づけられず、下では地が名を呼ばれなかったとき」とあるように、そもそも天地が向かいあうよりも前の時期が舞台ではあります。天と地は後に、ティアマトのからだから造られるのですから。

 最初に「大騒ぎ」した「兄弟である神々」が二代目のラハムとラハム以下皆なのか、二度目、「風によって苦しめられた」神々は「彼らを創った神々に対して[悪]しきことを相談し合った」(前掲『エヌマ・エリシュ バビロニア創世叙事詩』、p.22/128行)とのことですが、そもそもが誰なのか、アプスーの侍臣ムンムやティアマトの息子たちの一柱キングーはいつの時点で生まれたのかなど、はっきり読みとれませんが、いつの間にやら世界の住人が増えているのは、神話にはよくあることと見てよいでしょうか。
 また最初の「大騒ぎ」の際は、

「彼らの行動は不愉快でも、われらは厚意をもって耐え忍ぼう」(同、p.13/46行)

とアプスーを諫めていたティアマトが、「四方の風」の段では、「神々」の請願に応えてではあれ、打って出ようとする点は、いろいろ解釈の余地がありそうです。

 またこの万神殿(パンテオン)において四代目のアヌ、五代目のエア、六代目のマルドゥクが活発で、二代目のラフムとラハム、三代目のアンシャルキシャルはあまり目立ちません。当時の信仰を反映しているのかもしれませんが、第2書板でアンシャル、第3書板でラフムとラハムが、それなりの敬意を払われるべき位置にあることが示されます。


4.ティアマトと原初の巨人、原初の獣

 さて、ティアマトに対するエア、アヌの周章を経て、マルドゥクが出陣(第2書板)、ラフムとラハムへの報告をはさみ(第3書板)、戦闘となります(第4書板)。マルドゥクはティアマトを殺害、

「彼女を二つに裂いた、
その半分を組み立て、天蓋とした」(p.76/第4書板137-138)。

「マルドゥクは彼女の尾をひねり、巨綱として繋いだ
…(中略)…
彼女の[太]腿を[据え付けると]、それは天にはめ込まれ、
[彼女の半身を]天蓋とし、地を固定した」(p.86/第5書板59-62)。

 ティアマトの身体から天地が造られるというくだりは、3世紀後半から4世紀前半のエウセビオスの『年代記』中に報告された、紀元前3世紀のバビロニアの神官ベロッソスの『カルデア誌』にも記されていたということです;

「いまだすべてが暗黒と水であった時期、二対の翼と二つの顔をもつ人間をはじめとする『異形の生き物たち』(ζώα τερατώδη)が生まれたが、これらすべてを支配するのはオモルカ(Ομόρκα)という名の女であり、カルデア(バビロニア)語ではタラッタ(Θαλάτθ)、ギリシア語では『海』(θάλαとなってσσα)と解される。これらすべてが糾合して立ち上がったとき、ベロス(Βήλος)が突撃して、かの女を二つに裂き、その半分で地を、もう半分で天を造り、ほかの生き物たちを滅ぼした」(同、pp.151-152/「解説」1節)。

 ところでティアマトとの戦闘に先だって、アプスーがエアに殺害されますが、

「アプスーはエアと不可分である。エアの前身シュメールのエンキのエリドゥの神殿 É-ENGUR = É-ZU.AB はアプスーの間近にあり、エンキはその水による祓浄儀礼の神だった。水源地にしろ、河口に近い下流にしろ大地の下には淡水の深淵が地下水としてひかえていて、泉、河、沼沢となって地表面の凹みに姿を現わす。智謀ゆたかなエアは事態を見抜き、得意の呪法で仲間を護り、アプスーに眠りを注ぎ、逆に彼を殺した。そのアプスーの上に彼は自分の住まいとして聖所『アプスー』を建てた(Ⅰ59-76)。これは É-ZU.AB に外ならない。…(中略)…
 この聖所『アプスー』でマルドクが誕生する(179-82)」
  (後藤光一郎、『宗教と風土 - 古代オリエントの場合 -』(宗教史学論叢 4)、リトン、1993、第2編2「エヌマ・エリシュ考」、pp.97-98/1節。
  同書、pp.158-176:第2編3「エアと水」、
  Wayne Horowitz, Mesopotamian Cosmic Geography, Eisenbrauns, Winona Lake, Indiana, 1998, pp.127-128 / part I chapter 6, pp.334-347 / part II chapter 13
なども参照)。

 戻ってティアマトの身体から天地が造られるというモティーフには、「原初の巨人、原初の獣、龍とドラゴその他」の頁の冒頭で挙げたように(→こちら)、いくつもの類例が見出されます;


 4-1. ユミル

 北欧神話から;

「いまだ何もなき太古には
 砂もなければ、海もなく
 冷たき浪もなかりき
 大地もなければ
 天もなく
 奈落の口のあるばかり
 いずこにも草は生えざりき  (巫女の予言[3])」
  (谷口幸男訳、『エッダ-古代北欧歌謡集』、新潮社、1973、「ギュルヴィたぶらかし--〈スノリのエッダ〉」、pp.226-227/4節)。

「奈落の口の北側は、重い氷と霜でおおわれており、中には靄がたちこめ、突風が吹いている。だが、南側は、ムスペルヘイムから飛んでくる火花によって、それから守られているのだ
…(中略)…
そして、霜と熱風とがぶつかると、それは融けて滴り、その滴が、熱を送る者の力によって生命を得、人の姿となった。それはユミルと呼ばれ…(後略)…」(同、pp.227-228/5節)。

「霜が滴り落ちたとき、次に、アウズフムラという牝牛ができた。…(中略)…この牛がユミルを養ったのだ
…(中略)…
牝牛は塩からい霜でおおわれた石をなめたのだ。最初の日のことだ。石をなめていると、夕方になって人間の髪の毛が石から出てきた。翌日には、人間の頭が、三日目には人間全体がそっくり現われた。この人間はブーリといい…(後略)…」(同、p.229/6節)、

その息子はボル、ボルは巨人の娘ベストラを妻に娶り、三人の息子オーディン、ヴィリ、ヴェーが生まれる。

「ボルの息子たちが巨人ユミルを殺したのだ」(同、p.229/7節)。

「彼らはユミルの身体をもって奈落の口の中に運び、それから大地を作り、その血から海と湖を作った。
…(中略)…
彼らは、また彼の頭蓋骨をとって、それから天を作り、四隅をつけて大地の上に置いた」(同、p.230/8節)。


 4-2. 盤古

 中国の神話では;

「まだ天も地もなかった大昔には、混沌たることは鶏の卵のようであった。そのうち、卵のなかで雛がかえるように、盤古がその中に生まれた。始めのうち、盤古は天地の塊りのなかに閉ぢこめられていたが、盤古が大きくなるにつれて、天と地が次第に離れるようになった。清く(あき)らかなものは天となり、濁って(くら)いものが地となった。盤古の背が日に一丈のびると、天の高さも一丈だけ増し、地の厚さも一丈ふえた。このようにして、一万八千年たって、天地は分かれて現在のようになったのである」
  (大林太良編、『世界の神話 万物の起源を読む』(NHKブックス)、日本放送出版協会、1976、p.23/Ⅰ-6。
典拠は呉の徐整『三五暦記』;p.248/註6。
  袁珂、鈴木博訳、『中国の神話伝説(上)』、青土社、1993、pp.104-106/開闢篇第2章
なども参照)。

「盤古がまさに死のうとするとき変身した。呼吸は風雲となり、声は雷となった。左目は太陽となり、右目は月となった。手足と五体は天を支える四本の柱(四極)や五つの名山(五嶽)となった。血管は川となり、筋や脈は大地の木目となり、肌や肉は田土となり、髪や髭は星となり、皮や毛は草木となり、歯骨は金玉となり、精髄は珠石となり、汗は流れて雨沢となった。身体に寄生していたさまざまな虫は風に感じて、人民となった」(大林太良編、上掲 『世界の神話 万物の起源を読む』、p.24/Ⅰ-7B。
  典拠は呉の徐整『五運歴年記』;p.248/註7)。


 4-3. プルシャ

 リグ・ヴェーダに;

「一 プルシャは千頭・千眼・千足を有す。彼はあらゆる方面より大地を蔽いて、それよりなお十指の高さに聳え立てり。
…(中略)…
六 神々がプルシャを祭供(供物)として祭祀を実行したるとき、春はそのアージア(グリタ)なりき、夏は薪、秋は供物[なりき]。
…(中略)…
一一 彼らがプルシャを[切り]分かちたるとき、…(中略)…
一二 彼の口はブラーフマナ(バラモン、祭官階級)なりき。両腕はラージャニア(王族・武人階級)となされたり。彼の両腿はすなわちヴァイシア(庶民階級)なり。両足よりシュードラ(奴隷階級)生じたり。
一三 月は意(思考器官)より生じたり。眼より太陽生じたり。口よりインドラとアグニ(火神)と、気息より風生じたり。
一四 臍より空界生じたり。頭より天界は転現せり、両足より地界、耳より方処は。かく彼ら(神々)はもろもろの世界を形成せり」
  (辻直四郎訳、『リグ・ヴェーダ讃歌』、1970、pp.319-321/「プルシャ(原人)の歌」)。



 4-4. イザナキ

 日本の神話でも、黄泉比良坂(よもつひらさか)から戻った伊邪那伎大神(いざなきのおほかみ)禊祓(みそぎはらへ)をすると、 身につけていた物を脱ぎ捨てることで十二柱の神、水に浸かると十一柱の神が成り出でた後、

「ここに左の御目を洗ひたまふ時成りし神の名は、天照大御神(あまてらすおほみかみ)、次に右の御目を洗ひたまふ時成りし神の名は、月読命(つくよみのみこと)、次に御鼻を洗ひたまふ時成りし神の名は、建速須佐之男(たけはやすさのをの)命」(前掲『古事記(上) 全訳注』、pp.67-74)、

そしてアマテラスは高天原、月読は夜の世界、スサノオは海原を治めるよう言い渡すというくだりは、同巧のイメージに属するものなのでしょう。

 イザナキの場合を除いて、上の三例では、いずれも原初の巨人は死ぬ、ないし殺されることで、そのからだから世界の各構成要素が作られます。イザナキにしてからが、この出来事の前に黄泉国を訪れていたわけですから、死と再生の過程を踏まえていると見なしてよいでしょう。
 またプルシャの場合、巨人の死と天地の生成が、供犠としてなされたことが説かれています。イザナキも禊祓の儀礼を行なうことで、三貴子を得たのでした。いわゆる〈死体化生神話〉の宇宙版という次第です。またティアマトや、とりわけ盤古の一番目の伝承からは、〈天地分離神話〉のモティーフも兼ねていることがわかります。


 4-5. 〈原人間(アントローポス)

 ともあれ、原初の巨人は宇宙以前の状態から宇宙の成立への移行期に位置し、後に宇宙を構成することになるもろもろの要素を潜在的な形でその身に宿した、それ自体宇宙の種子のような存在なのでしょう。
 グノーシス主義周辺においても、
人間(アントローポス)〉のイメージが登場します。『ヘルメース選集』中の『ポイマンドレース』では、まず、

「神なるヌースは男女(おめ)であり、命にして光であるが、ロゴスによって造物主(デーミウールゴス)なるもう一人のヌースを生み出した。彼は火と霊気の神であって、七人の支配者を造り出した。この者たちは感覚で把握される世界(コスモス)を円周によって包んでいて、その支配は運命(ヘイマルメネー)と呼ばれている」
  (荒井献・柴田有訳、『ヘルメス文書』、朝日出版社、1980、pp/56-58/「ポイマンドレース」9節)。

「さて、万物の父であり、命にして光なるヌースは自分に等しい人間(アントローポス)を生み出し、…(後略)…」(同、p.60/12節)、

「そして、死ぬべき、ロゴス無き生き物の世界に対する全権を持つ者(人間(アントローポス))は、天蓋を突き破り界面を通して覗き込み、下降するフュシスに神の美しい似姿を見せた。…(中略)…それは水の中に人間(アントローポス)の甚だ美しい似姿の映像を見…(後略)…」(同、p.62/14節)

たという。いわゆる〈ナルキッソス・モティーフ〉です(ハンス・ヨナス、前掲『グノーシスの宗教』、pp.218-222/第7章b)。『ヨハネのアポクリュフォン』でも、「七つの権力のアルコーンたち」が、

「水の中にその像のかたちを認めた」
  (上掲『ナグ・ハマディ文書 Ⅰ 救済神話』、p.72/『ヨハネのアポクリュフォン』§46)

と語られます。像の本体は〈第一の人間〉で、プロノイア、バルベーローとも呼ばれ、至高の存在から最初に生まれた者です(同、p.33/§13)。実は彼女も、至高神が

「自分を取り巻く純粋なる光の水の中に彼自身の像を見たとき、それを認識した。
 すると彼の『思考』が活発になって現れ出た。それ(『思考』)は光の輝きの中から彼の前へ歩み出た」(同、p.32/§12)

という形で生まれたのでした。「似姿の映像」というからには元の本体の方は、人間総体の元型であるわけです。鏡に映ることで、元型とは異なる、別の新たな像が生じ、それがさらに連鎖して展開していくことになる。

 グノーシス主義における〈原人間〉のモティーフについては

 Hans-Martin Schenke, Der Gott 《Mensch》 in der Gnosis, 1966

などを参照いただくとして、やはり「原初の巨人、原初の獣、龍とドラゴンその他」の頁で挙げたように(→そちら)、ユダヤ文化圏においても、アダムや天使、さらに〈シウール・コーマー〉では神自身が、巨大な存在として描かれることがあります。後の古典期カバラーにおける〈アダム・カドモン〉や〈聖なる老いた方〉、〈短い顔(ゼイール・アンピン)〉、ルーリア派カバラーの〈神の顔(パルツーフ)〉へつながっていくことでしょう。

 ゲルショム・ショーレム、前掲『ユダヤ神秘主義』、pp.283-284/第6章3、pp.356-363/第7章6

 Gershom Scholem, translated by Joachim Neugroschel, edited by Jonathan Chipman, On the Mystical Shape of the Godhead. Basic Concepts in the Kabbalah, Schoken Books, New York, 1991/1997, pp.15-55 : "1. Shiϲur Komah : The Mystical Shape of the Godhead"

 山本伸一、『総説カバラー ユダヤ神秘主義の真相と歴史』、原書房、2015、「第2部第7章 世界の創造と神の身体」、pp.204-229/「神の身体と擬人表現」の節

などを参照ください。


 4-6. トラルテクートリ

 それはさておき、「千頭・千眼・千足」のプルシャのごとき姿ではあれ、上に挙げた例では、原初の存在はいずれも人間型でした。対するにティアマトは、はっきり述べられないものの、「マルドゥクは彼女の尾をひねり」とあったように、人型ではないようです。この点では、これまた「原初の巨人、原初の獣、龍とドラゴンその他」の頁で挙げたように(→あちら)、アステカ神話の大地の主(トラルテクートリ)が連想されます;

「トラルテクトリという名は『大地の主』を意味するが、この怪物は言ってみれば両性具有で、女性として描かれることが多い。トラルテクトリは別の大地の怪物と合体することもあった。その怪物とは、刺だらけの背中が実は世界の山々をなしていたという、巨大なワニである」
  (カール・タウベ、藤田美砂子訳、『アステカ・マヤの神話』(ちくま学芸文庫 タ 61-1)、筑摩書房、2024、p.92/「アステカの神話」章の「天地の再生」の項)。

「『メキシコの歴史』は次のように記している。ケツァルコアトルとテスカトリポカがトラルテクートリを天界から下へ連れてきた。ケツァルコアトルとテスカトリポカは二匹の巨大なヘビに変身し、片方がトラルテクートリの右手と左足、もう片方が左手と右足をつかんでねじりあげ、とうとう女神の身体を二つに裂いてしまった。ケツァルコアトルとテスカトリポカが片方の胴を空の彼方に持ち去ったのち、他の神々が女神を慰めるため地上に降りてきて、残った片方の身体から大地の表面を作り、女神の髪から『木と花と草を作り、皮膚で……花を作り、目で井戸と泉と小洞穴を作り、鼻で山と谷を、肩で山を作った』」
  (メアリ・ミラー、カール・タウベ編、増田義郎監修、武井摩利訳、『図説 マヤ・アステカ神話宗教事典』、東洋書林、2000、p.241)。


 4-7. マニ教

 またしても「原初の巨人、原初の獣、龍とドラゴンその他」の頁でも挙げましたが(→ここ)、〈シリア・エジプト型グノーシス神話〉に対して〈イラン型〉の代表とされるマニ教においても、先に触れたオルペウス教や『ヨハネのアポクリュフォン』に通じる異形の神格、観念的な神々の継起的発出、〈原人間(アントローポス)〉のイメージ、闇の息子たちの身体から天地が造られるというモティ-フなどが見られます
  (前掲『グノーシスの神話』、pp.248-261/「Ⅳ マニ教の神話」2-§1-9);

  大いなる父 闇の王
  その外側に五つの栄光
叡知 認識 思考 熟考 決断

(光の大地
柔和な大気 風 光 水 火
光のエーテール
柔和 知識 理知 奥義 洞察)
五つの世界(アイオーン)
硝煙の世界 火の世界 風の世界 大水の世界 暗闇の世界

(闇の大地)
 
第一の召命        ↓(呼び出す)
生命の母

原人

五人の息子
 
五人の息子/配下の五人の種族
濃煙 炎 闇 熱風 霧
→ 原人が闇に呑みこまれ、後に救出されるものの、
  原人が身にまとっていた五つの種族/神々/息子=大気、風、光、水、火は
  闇の五つの部分と混じりあってしまう
 
第二の召命
(あるいは
「創造」)
(大いなる父が呼び出す)
光の友

大いなる建築士

活ける霊

五人の息子
恒星天のさんざめく耀きを配慮する者 名誉の大王 光のアダマス 栄誉の王 あの運び屋(=アトラス)
 

次いで、

「それから活ける霊は彼の息子の三人に命じた。
一人は殺し、もう一人はアルコーンたち、すなわち、闇の息子たちの皮を剥ぎ、彼らを生命の母のもとへ連れて行くようにと。
すると、生命の母は彼らの皮を押し広げて天とし、十一の天を造った。
彼らの身体を彼女は闇の大地へ向かって投げ捨て、八つの大地を造った。
そして、活ける霊の五人の息子がそれぞれの任務に立てられた。
さんざめく耀きを配慮する者は、あの五人の光り輝く神々の手綱を引くことを命じられた。
彼らの手綱の下にもろもろの天が広げられた。
あの運び屋には、片方の膝をついて、大地を背負うように命じられた。
- 天と地が造られた後、あの名誉の大王が天の中央で即位し、彼らすべてを見張る」(同上、pp.259-260/§9。改行は当方による)。


5.〈有閑神(デウス・オーティオースス)〉と〈世界製作者(デーミウールゴス)〉など

 シリア・エジプト型グノーシス神話や『古事記』、『エヌマ・エリシュ』では、始源の存在ではなく、何代か隔てた後続の者が世界を創造しました。このパターンとは違うものの、関連がないわけでもなさそうなのが、「有閑神(デウス・オーティオースス)、デーミウールゴス、プレーローマなど」の頁の「i. 〈有閑神(デウス・オーティオースス)〉と〈世界製作者(デーミウールゴス)〉など」で触れた(→そこ)、〈有閑神(デウス・オーティオースス)〉の類型です;

「大部分のアフリカの住民にしても、これと同様であって、創造者で力ある大天空神、至高存在者は、部族の宗教生活では、ほとんどとるに足らぬ役割しか果していないのである。この神に本来の礼拝を捧げるには、この神は縁遠すぎるか、善良すぎるかするので、人はよほどの場合でなければ祈願しない。そこで、たとえば、奴隷海岸のヨルバ族はオロルン Olorun という天空の神を信じている。この神(字義通りでは『天の所有者』の意)は世界創造の仕事をはじめたが、それを完成し、管理する労を下位神オバタラ Obatala に委ねてしまった。そのためにオロルンは地上のこと、人間のことからすっかり手を引き、この至上神のための神殿も像も、祭司もない。そのくせ、災厄の時には最後の神頼みとして、この神に祈願するのである」
  (久米 博訳、『エリアーデ著作集 第1巻 太陽と天空神 宗教学概論 1』、せりか書房、1974、pp.93-94/第2章14)。

「至高存在者は『創造者』『善』『永遠』(『老年』)であり、制度の制定者、規範の守護者である…(中略)…
これらの神々の姿は、礼拝から消えていく傾向にあるのである。この神々は、遠ざけられ、祖先、精霊、自然神、豊饒の守護霊、大女神などの礼拝という、他の宗教的な力にとってかわられて、支配的な役割はどこでも演じなくなる。こうした交代が、ほとんど常に、もっと具体的で、動的で、多産な宗教的諸力や神々へ(たとえば、太陽神、大母性神、男性神など)とおこなわれるのは、注目に値する。勝利した神は常に、豊饒の代表者または分配者である。換言すれば、結局は『生命』の代表者であり分配者なのである」(同、pp.177-178/第2章35c)。

 いささか単純化すれば、至高の存在は宇宙を創造した後、自らは隠遁し、若い神々に宇宙の管理を委ねるとなりましょうか。プラトーンの『ティーマイオス』におけるデーミウールゴスも、同じパターンを踏襲していました(→こちら)。

 やはり「有閑神(デウス・オーティオースス)、デーミウールゴス、プレーローマなど」の頁の「i. 〈有閑神(デウス・オーティオースス)〉と〈世界製作者(デーミウールゴス)〉など」の冒頭で触れたように、こうした概念設定に対する批判もあることは頭に留め置くとして、〈有閑神(デウス・オーティオースス)〉の変奏と見なせるかどうか、強調点をずらせば、『古事記』の神統譜では、始源の存在は創造すら行なわず、ただ

「天つ神諸々の命もちて、伊邪那岐命・伊邪那美命二柱の神に、『このただよへる国を(をさ)(つく)り固め成せ』と()りて、天の沼矛(ぬぼこ)を賜ひて、言依さしたまひき」(前掲『古事記(上) 全訳注』、pp.40-43)

と、後の世代の神々に「言依す」=委任だけして、早々に撤退することになります。
 他方『エヌマ・エリシュ』、またへーシオドスの『神統記』ではそこに対立が持ちこまれる。それに加えてシリア・エジプト型グノーシス神話になると、始源の存在と世界創造者との間の距離はいちじるしく引き離され、不連続な亀裂が開いてしまう。
 『ヨハネのアポクリュフォン』でもヒッポリュトス版バシリデースでも、始源の存在に対する否定神学的な記述から語り起こされます(前掲『グノーシスの神話』、pp.47-55/Ⅱ1-トポス1「否定神学」)。後者では

「存在しない神」(同、p.53)

との呼び名が出てくる。ちなみに後のイスマーイール派は、

「始源は超越的存在であり、それは存在するのではなく、むしろ存在させるのであって、存在させるものといいうるのである」
  (アンリ・コルバン、前掲『イスラーム哲学史』、p.94/第2章B1-1)

と考えたとのことです。
 ところで〈否定神学〉と聞けば、

 東 浩紀、『存在論的、郵便的 ジャック・デリダについて』、新潮社、1998

の第2章や第4章で、デリダに添いつつ否定神学的な思考法を批判していたことが思い起こされます。それは頭に留め置くとして、グノーシス主義がいわば、有閑神の超越性を担保するために、創造から切り離し、そこに開いた隙間をプレーローマで埋めていく創作神話だとすれば、否定の重畳はプレーローマの増殖と裏表一如であり、むしろ言葉を充満させることではないかと見なすことはできるでしょうか。

 神の超越性の強調はアレクサンドリアのフィローンなどでも見られ、神と宇宙の間に仲介者を設定するのもフィローンの〈ロゴス〉の例がありました。E.R.グッドイナフによると、

「世界と人間に対するこの神からの放射の作用」、

それをフィローンは

「放射全体を七つの構成要素によって定義した」
  (グッドイナフ、野町啓・兼利琢也・田子多津子訳、『アレクサンドリアのフィロン入門』、教文館、1994、p.169/第5章);

存在

 ロゴス
↙    ↘
創造力  支配力
↓     ↓  
憐れみの力  法的力 
↘       ↙ 
イデア界
質料的世界 
  (グッドイナフ、同上、pp.169-171)

 エイレーナイオス版バシリデースの体系において、生まれざる父→ヌース→ロゴス→フロネーシスと、一代ずつの継起が続いた後、ソフィアとデュナミスの対となる点、同じく古事記の神統譜で、独神七代の後、対をなす神々が四代続く点、すぐ後に触れるカバラーにおけるセフィロートの樹でも、エイン・ソーフから第一のセフィラーが発出し、そこから続く第二と第三のセフィラーは左右に分かれて配されたことが連想されずにいません。

 ところで、

 Saul M. Olyan, A Thousand Thousand Served Him. Exegesis and the Naming of Angels in Ancient Judaism, Texte und Studien zum Antiker Judentum 36. J. C. B. Mohr (Paul Siebeck), Tübingen, 1993

の序論には、

「天使たちと天の領域に関する初期(捕囚以前および捕囚期)と後代の記述に、著しい対比があることについて、数多くの説明が提示された」(p.3)

と述べられていました。そして六つの立場が列挙される中、四番目として、

「第二神殿時代において、神の超越性が想定され、その結果人びとにとって近づきがたくなったこと」(p.5)

という説が挙げられます。しかしながら、

「四番目、近づきがたい神と、その結果諸仲介者(Mittelwesen)が必要になったという説は、現在では広く信用を落としている。その古典的な定式化の基底にある反ユダヤ主義的偏向のためでもあれば、説を支持するだけの証言が欠けているためでもある」(p.8)

とのことです。グノーシス主義ではなく、ユダヤ教における天使像の話ではありますが、超越者と世界との間を埋める仲介者というイメージには、注意が必要なようです。


6.カルドーゾと反転的グノーシス主義(2)

 十二世紀頃に成立したユダヤのカバラーにおけるセフィロートの樹はおなじみですが、一応確認だけしておくと
  (山本伸一、前掲『総説カバラ』、pp.179-189/第2部第6章);

無限(エイン・ソーフ)
王冠(ケテル)

理知(ビーナー) ← 知恵(ホフマー)
↘     
厳正(ゲヴーラー) ← 慈愛(ヘセド)
↘          
壮麗(ティフェレット)

栄光(ホード) ← 永遠(ネツハ)
↘        
根幹(イェソード)

臨在(シェヒナー)
 反宇宙的な態度を示さないかぎりで、〈無限(エイン・ソーフ)〉が隠れたる神性、〈王冠(ケテル)〉から〈臨在(シェヒナー)〉に至る十のセフィロートがプレーローマに相当すると見なしてよいでしょうか。さらに

 〈アツィールース=流出の世界〉、
 〈ベリーアー=創造の世界〉、
 〈イェツィーラー=諸形式の世界〉、
 〈アジーヤー=製作の世界〉

という四世界説や、十六世紀のルーリア派の〈神の顔(パルツーフ)〉が重ねられたりもすれば、ルーリア派においてはさらに、〈収縮(ツィムツーム)〉~〈容器の破裂(シュヴィラット・ハケリーム)〉という、〈ソフィアの過失〉とはまた別のカタストロフが導入されたりと、複雑さを増していきます。
* ショーレム、前掲『ユダヤ神秘主義』、p.361/第7章6。

また

 Gershom Scholem, “Worlds, the Four”, in Encyclopedia Judaica, vol. 16. UR-Z. Supplementary Entries, Jerusalem: Keter, 1972, pp. 641-643.

  山本伸一、前掲『総説カバラ』、p.225/第2部第7章。
 また、セフィラーとセフィラーをつなぐ〈導管(ツィノール)〉というイメージも、それ自体が焦点になることはないけれども、複数の焦点が機能しあうために不可欠な、通路としてのあり方という点で、気になるところです。
  →こちら(「ユダヤ」の頁の「vii. ユダヤ思想史など」中のエプスタイン『ユダヤ思想の発展と系譜』へのメモ)で触れました。

 十七世紀のカルドーゾが前提としたのは、こうしたカバラーでした。

  Translated and introduced by David J. Halperin, Abraham Miguel Cardozo. Selected Writings, (The Classics of Western Spirituality), Paulist Press, New York, Mahwah, NJ, 2001

は、カルドーゾの著作をテーマごとに選び、英訳したアンソロジーです。カバラーに関しては序論にあたる第1部第2章"Cardozo the Kabbalist"(「カバリスト・カルドーゾ」)、神学については、第1部の第4章"Cardozo the Theologian"(「神学者カルドーゾ」)で、神学的著作の最初のものである『アブラハムの朝』(1672~73年頃)に添って解説、翻訳集である第2部の第10章"In Quest of the Hidden God"(「隠れた神を求めて」)では、『これが私の神であり、私は彼を讃えるだろう』(1685-86)が、カバラーの専門的知識無しで読めるテクストということで(pp.169-170)、序説つきで翻訳されています。
 第1部第2章によると、ルーリア派のカバラーを援用して、カルド-ゾが

「『原初のアダム』の〈エイン・ソーフ〉(彼は『第一原因』と呼ぶ)への、および諸ペルソーナへの関係」(p.33/4節。「原初のアダム」は〈アダム・カドモン〉;p.32、「ペルソーナ」は〈位格〉であり〈パルツーフ〉;p.31)

について、

「ルーリアは説く、『原初のアダム』と呼ばれる、一つの単純で、無限の存在者……が第一原因から造られ、この存在者から十の〈セフィロート〉が造られ、……『破裂』が起こったのはその時だった……『破裂』は『王たちの死』である。
 原初のアダムの中への第一原因の流出は後に、以前よりも大きくなった。十のさらなる〈セフィロート〉が……かくして生みだされた。それらを通して、原初のアダムは容器と先立つ〈セフィロート〉の本質を直した[修復(ティクーン)]。これらすべてから流出界が、五つのペルソーナとともに形作られた」(p.33。p.214/第2部第10章『これが私の神であり、私は彼を讃えるだろう』11章も参照。「流出界」は〈アツィールース〉。)

と論じたとのことです。また第1部第4章には

「神には、一つのからだと一つの魂がある、とカルドーゾは言う。『からだ』は、『ペルソーナ』の五つを含む、流出界全体と等しい。しかし、より一般的には、カルドーゾはそれを、怒りっぽい者(ティフェレット)の『ペルソーナ』の内に位置づける。『魂』は、カルドーゾがしばしば『〈エイン・ソーフ〉(「無限」)の世界』と呼ぶ、〈セフィロート〉の上にして彼方の、とらえがたく稀薄な領域からやって来る。この魂は第一原因ではなく、むしそれから流出した存在者であって、だからそれより劣っているが、にもかかわらず、流出界の『ペルソーナたち』よりはるかに優れている」(p.68/4節)

とありました。第2部第10章の『これが私の神であり、私は彼を讃えるだろう』英訳には、

「カバラーの伝承は - この主題を理解するために必要な準備を提供するなら -、第一原因(カバリストたちは〈エイン・ソーフ〉(『無限』)と呼ぶ)から、単一で霊的な存在者が現われる、と断言する:聖なる〈知性〉、その本性において単純なものである。この存在者は〈流出〉の過程によって現われる。あたかも太陽から現われる光のように、しかしその源と一体化したままであり、流出する者の力は永遠に流出された者の内に宿っている。この最初の流出の源は第一原因で、それゆえ完全にくびきなく、かぎりない。カバリストたちはこの最初の流出を〈ケテル〉(『王冠』)と呼び、〈Ehyeh〉(『我あり』)という神的な名をそれに帰している」(p.212/11章)

と述べられ、残り九つのセフィロートの発出に進みます。カバラー、とりわけルーリアのそれを祖述している箇所ではありますが、第一原因は〈エイン・ソーフ〉を指すと見てよさそうでしょうか。その後のセフィロートの発出は複雑な展開をたどるようです。ともあれ、「イスラエルの神、世界の創造者」は、

「ある存在者であり、その本質において測りがたい。彼は、流出の過程によって、第一原因から開展した。…(中略)…彼はどれか一つのセフィラーではなく、全セフィロートに対する、一つの霊であり、それらの内に組みこまれている。
 セフィロートを用い、無限[第一原因]の力に頼って、彼は存在する全てを創造し、つかさどる」(pp.239-240/16章)。

「彼は第一原因に祈る、第一原因は彼自身の内にいる」(p.240)。


 6-1. 〈哲学者の神〉

 「〈セフィロート〉を通す以外の方法で、第一原因について考えることさえ禁じられている;それらを通す以外の方法で、それを礼拝することも、祝福することも不可能だ」(p.213/11章)。

 カルドーゾの〈第一原理〉とは、まさに、信仰されなくなった〈有閑神(デウス・オーティオースス)〉と見なせるのではありますまいか。そこまでして〈第一原理〉を遠ざけるのは、〈創造神〉の活けるものという性格を強調するためなのでしょう。ハルペリンは同時代の類似する証言として、パスカルの1654年11月の『メモリアル』(覚え書)から、

「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神は哲学者たちや学者たちの神ではない」

を引用しました(p.328 note 16)。ちなみに「パスカルに帰せられる語録」には、

「私はデカルトを許すことができない。彼はその全哲学のなかで、できれば神なしにすませたいと思った。だが、彼は世界に運動を与えるために、神に最初のひと(はじ)きをさせないわけにはいかなかった。それがすめば、もはや彼は神を必要としない」
  (パスカル、松浪信三郎訳・注、『定本 パンセ』(下)(講談社文庫 D1/2)、講談社、1971、p.458/第7類Ⅱ)

という一節があります。これまた〈有閑神(デウス・オーティオースス)〉然としています。実際デカルトの『世界論』には、物質について、

「神はそれらの部分に創造の最初の瞬間から種々の運動を与え、それぞれの部分がちがった方向に運動をはじめ、またそのあるものは速く、あるものは遅く動く[あるいはもしお望みならまったく動かないとしてもよろしい]ようにしたのであり、また、それらの諸部分がそののちも、いくつかの自然法則に従って運動をつづけるようにしたのである」
  (神野慧一郞訳、「世界論 または光論」、野田又夫責任編集、『世界の名著 22 デカルト』、中央公論社、1967、p.100/第6章)

と論じていました。時計仕掛けの宇宙、機械仕掛けの神(デウス・エクス・マーキナ)というわけです。
 ただデカルトの神は確かに「哲学者の神」にちがいありますまいが、「それがすめば、もはや彼は神を必要としない」とも言い切れない。

「私の一生の全時間は、無数の部分に分割されることができ、しかもおのおのの部分は残りの部分にいささかも依存しないのであるから、私がすぐまえに存在したということから、いま私が存在しなくてはならないということは帰結しない。そのためには、ある原因が私をこの瞬間にいわばもう一度創造するということ、いいかえれば、私を保存するということ、がなければならないのである。
 実際、時間の本性によく注意する者にとっては明らかなことだが、どんなものも、それが持続するところの各瞬間において保存されるためには、そのものがまだ存在していなかった場合に新しく創造するに要したとまったく同じだけの力とはたらきを要するものなのである。それゆえ、保存と創造とはただ考え方のうえで異なるにすぎないということは、これまた自然の光によって明白な事がらの一つである」
 (井上庄七・森啓訳、『省察』、前掲『世界の名著 22 デカルト』、pp.268-269/省察3)

と、イスラーム神学の原子論や仏教の刹那滅論と比較できそうな、いわゆる〈連続創造説〉で、有閑どころか、文字どおり片時も手を抜けない忙しさです。

「こうして中世スコラの巨匠トマスの宇宙よりも、近代科学と近代哲学の創始者デカルトの宇宙の方が、形而上学の目で眺めるならば、はるかに強く神に依存するという奇妙な結果が出てくるのである」
 (近藤洋逸、『デカルトの自然像』、岩波書店、1959、p.139/第6章3)。

 そもそも〈方法的懐疑〉の果ての〈我思う、ゆえに我あり(コーギトー・エルゴー・スム)〉から外的現実に引き返すためには、保証として神の存在証明を経なければなりませんでした。その際、作業仮説であるかぎりで、〈欺く神〉という、見ようによってはグノーシス主義的なイメージが登場するのも興味深いところです。この点については、

 久保田進一、「デカルトにおける神の誠実性について」、『名古屋大学哲学論集』、特別号(2020)、2020.4、pp.101-117

なども参照ください。他方デカルト以後の近世哲学が、スピノザの汎神論、マルブランシュの機会原因論、バークリーの観念論などなど、従来の信仰が自明ではなくなったかぎりで、あるいはだからこそなのでしょうか、当時の思考回路が時として、神の遍在という主題を招いた、ないし要請せざるをえなかったと言っては、粗っぽすぎるでしょうか。

 ちなみにハルペリンは別の註で、やはり同時代の、しかしこちらは〈哲学者の神〉的な平行例として、スピノザの『神学・政治論』(1670)に言及しています(Halperin, Abraham Miguel Cardozo. Selected Writings, op.cit., p.329 note 18)。

 それはともかく、ハルペリンは先の註16を、

「しかしパスカルが、カルドーゾがしたように、二つの神性を区別することが理にかなった文字どおりの真理なのだと主張するなど、まったくもってありそうにない」(同上、p.328 note 16)

と結んでいます。デカルト以下の面々も同様でしょう。また「有閑神(デウス・オーティオースス)、デーミウールゴス、プレーローマなど」の頁の「iii.〈神性〉と〈神〉など」では(→あそこ)、

「ラーマーヌジャによれば、ブラフマンは、シャンカラの考えるような中性的・非人格的な原理ではなく、人格神ヴィシュヌ=ナーラーヤナにほかならない」
  (長尾雅人・服部正明、「インド思想の潮流」、『バラモン教典 原始仏典 世界の名著 1』、中央公論社、1969、p.52)

という文言と、

「シャンカラの後継者達は、主宰神とブラフマンとを明確に区別して、主宰神を低次の次元に置き、中性的原理としてのブラフマンを重視し、無明の立場においてのみ人格神の存在を認めた。それに反してラーマーヌジャ以降の多くのヴェーダーンタ学者は、バクティ(bhakti 信愛)思想の盛行を背景に『ブラフマ・スートラ』のブラフマンの人格神的性格を強調して、ヴェーダーンタ哲学はヒンドゥー教諸宗派の神学的役割を演じるに至るのである」
  (前田専學、『ヴェーダーンタの哲学 - シャンカラを中心として -』(サーラ叢書 24)、平樂寺書店、1980、p.112/第4章題2節)

とをごっちゃにして、ラーマーヌジャの〈被限定者不二一元論〉(前掲「インド思想の潮流」、同上)では、中性的原理と人格神をともに認めつつ、後者に重きを置いたのだと思っていましたが、上掲『バラモン教典 原始仏典 世界の名著 1』所収の「最高神とその様態 ラーマーヌジャ『ヴェーダの要義』(抄)」を見るかぎりでは、ブラフマンと主宰神との間に位階差を設けているわけではないようです。とするとむしろ、パスカルに近いと見なすべきでしょうか。

 他方、山本伸一は、

「カバリストたちは語り得ない『無限』に言葉を尽くすよりも、語り得る神のためにずっと多くの文学的な努力を重ねてきた。彼らによると、被造物の世界に顕現し、人間が知覚できる神も存在するという。それは『無限』から湧き出したセフィロートと呼ばれる神の内部構造である」
  (山本伸一、前掲『総説カバラー』、p.182/第2部第6章)

と述べています。とすると〈隠れた神性〉より〈活ける神〉を重視する傾向は、もともとカバラーに備わっていたと見てよいでしょうか。カバラーにおける非人格的な神性と人格神の問題については、

 ゲルショム・ショーレム、進藤英樹訳、「初期カバラーにおける聖書の神とプロティノスの神の闘い」、『エラノス叢書 10 創造の形態学 Ⅰ』、平凡社、1990

なども参照ください。

 古代末期のグノーシス主義においては、創造の業をデーミウールゴスに肩代わりさせることで、始元の超越性が確保されました。カルドーゾの神学においても、〈活ける神〉を強調することで、〈第一原因〉から創造や世界との接触が免除されます。反宇宙的な姿勢は見せないかぎりで、〈第一原因〉がことさら遠い高みへと押しあげられるという点は、古代末のグノーシス主義と同型だと見なせなくもないかもしれません。

 なお、ファン・ラウクの前掲『悪魔崇拝とは何か 古代から現代まで』に、スウェーデンの歴史学者ペール・ファクスネルド(p.437)によるデンマークのカール・ウィリアム・ハンセン(1872-1936)、別名ベン・カドシュの著作の解釈として、

「カドシュによると、あらゆる生命の源はルシファーの父であるが、『どの言語もその存在を表す、理解可能で発音可能な言葉を一つも持ち合わせていない』。ルシファー自身は『発音できない存在』である彼の父の現れであり、…(中略)…
サタンは隠された不可知の神の表現手段であり、この言葉を超えた神秘に接近する上では人間にとってふさわしい道筋である。神はその器であるルシファーを通じてのみ知られうる」(pp.444-445/間奏曲3)

を引用、続けて

「これを読むと、カドシュがレヴィの考えをその論理的結論に持って行ったかのように思われる。ハンセンの『発音できない神』の中にカバラの無限(アイン・ソフ)を、彼のルシファーの中にレヴィの『魔術の力』を認めることは難しくはない」(同、p.445)

と述べていました(「レヴィ」は同書第3章4節で詳しく扱われた「エリファス・レヴィ」(同、pp.195-221)、「カバラの無限(アイン・ソフ)」は p.209、「魔術の力」は pp.210-215)。ここにも同型的な思考を認められそうです。


 6-2. カルドーゾと反転的グノーシス主義(3)

 カルドーゾは自らの神学を説く論稿ないし著書を60点著したとのことですが、

「1670年頃、いったん『神性の秘義』」を発見すると、本質的には何らそれを改訂することはなかった」(Halperin, Abraham Miguel Cardozo. Selected Writings, op.cit., p.63/4章2

という。山本伸一の前掲『異端の鎖』では、

「カルドーゾが想定する第一原因と創造主=YHWHの関係は微妙である」(『異端の鎖』、p.163/第3章注84)

と、また『アブラハムの朝』では第一原因が〈聖なる老いたる方〉、創造主YHVHが〈短い顔〉と同一視されたりしたと記しつつ(p.155)、

「カルドーゾは第一原因からいかなる存在も生じないと述べているわけではない。第一原因そのものには知性や意志といった能動的な機能が備わっていない。その代わりに、そこから生じたところに知性や意志が現れ、しかもその認識論的なプロセスは不可逆だと主張しているのである」(同、p.145/第3章)

として、

「[第一原因から生じた]原初の光と呼ばれるあらゆる喜びのなかの喜びは、第一原因の本質や存在を知らない。なぜなら[…]至高の意志から連鎖して発生するものは、第一原因に決してたどり着けないからである。それらがたどり着けるのは至高の意志にすぎない」(同、p.146)

と原典から引用します。少し後では神の〈臨在(シェヒナー)〉に関連して、

「創造主は『臨在』を認知していないが、『臨在』のほうは創造主の存在に気づいているということだろう」(同、p.154)

とあって、セツ派グノーシスやヴァレンティノス派、イスマーイール派における〈ソフィアの過失〉のモティーフが連想されるところです。

 第Ⅱ部第4章「カバラーの三位一体神学 - ネヘミヤ・ハヨーン」でも、先に触れた〈臨在〉にからんで、カルドーゾの神学に触れられます;

「アブラハム・カルドーゾは第一原因、創造主、臨在の関係を論じるなかで、これが一つの神の異なる様相であると主張した。…(中略)…『信仰の秘密』においても、神の三層構造とその一体性は継承されている。それに加えて、ここでは流出論的なダイナミズムのなかで神の世界の働きが明らかにされる。『最も聖なる老いたるお方』(Atiqa' Qadisha' de-Khol Qadishiyya')が無垢なる意志によって創造を企てたとき、『無限』の秘密に従って『原初の人間』('Adam Qadma'ah)が生じた。これは『聖なる老いたるお方』や『長い顔』('Arikh' Anpin、『王冠』(Keter)とも呼ばれる最上層の神である。『信仰の秘密』では、この『聖なる老いたるお方』は直接には創造に関与しないと考えられており、カルドーゾの他の論考で『第一原因』と呼ばれる様相に対応していると考えてよいだろう…(後略)…」(pp.186-187)。

「ルーリア派の容器の破壊に相当する段階」をはさんで、

「その後、『王冠』が『知恵』と『理知』に働きかけて両者を交わらせた。『知恵』と『理知』はそれぞれ父と母とも呼ばれ、双方の媾合によって『聖なる王』と『臨在』が一体となった両性具有神が生まれた。この神は『息子』(Ben)とも呼ばれる。『聖なる王』は伝統的なカバラーで中間位の六つのセフィラーを表す『短い顔』に対応する。これはカルドーゾが普通、主あるいは『イスラエルの神』と呼ぶ存在で、歴史のなかでユダヤ人に働きかけ、人々の祈りの対象となるべき側面である」(同、p.187)。


7.〈テレスコーピング〉

 なお 「[第一原因から生じた]原初の光と呼ばれるあらゆる喜びのなかの喜び」(p.146)云々という先の引用に関して、

「ここで言及される『至高の意志』は第一原因とYHVHを媒介する存在だと思われる。同様の中間的な神の様態は以下にも現れる」(同、p.163/第3章注80)

として、注54(p.161)で挙げた Wolfson の論文を指示しています;

 Elliot R. Wolfson, "Constructions of the Shekhinah in the Messianic Theosophy of Abraham Cardoso. With an Annotated Edition of Derush ha-Shekhinah", Kabbalah: Journal for the Study of Jewish Mystical Texts 3, 1998, pp.54-55

そこでは、

「祝福された聖なる者の上には、全ての流出の最初の者がいる、だが彼は第一原因でもなければ、もろもろの流出のようでもない。むしろ、彼は第一原因のレヴェルともろもろの流出の等級との間の一媒介なのだ。ある視野からすれば、彼は流出する者であり、つまり無限であり第一原因なのだが、別の視野で見ると、彼は流出された者で、セフィロート内に収縮させられ、その実在は第一原因の顔から降ってきたものである。彼はあらゆる光とあらゆる器を身に着け、やがて〈短い顔(ゼイール・アンピン)〉の〈セフィロート〉の内で、そして〈王権(マルフート)〉の〈セフィロート〉の内での彼の現前(shekhinato)の開示の中で顕わにされ、万物を創造することになる」(p.54)

と引用されていました。

 他方、ハルペリンの先に引いた 「神には、一つのからだと一つの魂がある、とカルドーゾは言う」(Halperin, Abraham Miguel Cardozo. Selected Writings, op.cit., p.68/第1部第4章4節)云々の箇所に註が付され、

「写本JTS1723 の無題の論稿が代表する、カルドーゾの発展した思想においては、『〈エイン・ソーフ〉の世界』に、三つの主要な実体がいる。
第一のものは名のない、身体のない、性もない第一原因である。
第二のものはあらゆる原因の上にある原因(illat al kol ha-illot)で、第一原因から流出し、第一原因同様、絶対的に単純である(混成的な存在に対して)。
第三のものは諸原因の原因(illat ha-illot)で、第一原因とあらゆる原因の上にある原因双方から流出し、自らを怒りっぽい者(ティフェレット)と融合して、神となる『魂』である」(同、pp.329-330 note 24。改行は当方による)

と記し、「この神智学の源」として、「13世紀のあるカバリストの思弁に現われる、三つの天上の『光』の教義」と「『ゾーハル』の後期の層から引きだされた用語法」を挙げています(同、p.330)。その上で、

「彼の三つ組は、さらに、プローティーノスの『三つの始源的位格(ヒュポスタシス)』を大いに連想させる」(同上)

という。山本伸一の前掲『異端の鎖』には、

「ヨシャはカルドーゾの二元論神学にグノーシス主義特有の敵対関係がないことから、反転的グノーシス主義の存在論ではなく、むしろ新プラトン主義の認識論だと主張している」(p.164/第3章注88)

とありました。グノーシス主義の反宇宙的二元論は、ある意味で当時の標準的な宇宙像を反転させたものとも見なせます。反転に反転を重ねれば、元に戻るといったところでしょうか。

 ちなみに新プラトーン主義といえば、

 辻正史、「プロティノス以後 プリンストンの『偉大なパン』の憶い出に」、『現代思想』、vol.7-1、1971.1、「特集 プラトンとプラトニズム」、pp.155-156

で、次のように述べられていました;

「ところで、私が思想史における平行現象というのは、四世紀から五世紀にかけ、新プラトン主義者によって、一者と物質の間に立てられた数多くのヒュポスタシスの段階のことである。プロティノスが、至高者である一者の下に、その横溢として理性(ヌース)(プシュケー)、そして物質(ヒュレー)を置いたことは良く知られている。そして、プロティノス以後、ギリシャ人の新プラトン主義者の間では、このヒュポスタシスの階層を次第に増して行き、アームストロングの言葉を借りるなら望遠鏡のように()り出して伸ばす(テレスコーピング)傾向が見られるのである。以上アームストロングの編纂した『末期ギリシャ及び初期中世哲学史』によるなら、プロティノスの後継者ポルフィリオス(232年~301あるいは306年)にはまだこのような傾向は顕著でなく、かえって一者とその下位のヒュポスタシスの同一性を強調する傾向がある。ところが、次のシリア人イアムブリコス(250年前後~326年)においては、このヒュポスタシスの階層はほとんど倍加する。
…(中略)…
プロクロスは大著『プラトン神学』の中で、理性を三位(トリアド)に分け、さらにそれぞれの位を三位に分ける、といった方法で、このテレスコーピングをいっそう伸展させて行った。その結果、理性についてだけでも、9+27+81の規定が適用されたという」。

 ここで「思想史における平行現象」といわれるのは、「視覚芸術の歴史と思想の間」(p.155)なのですが、その点はおくとして、

「プロティノスとそれに続く新プラトン主義者の重大な関心事であり、その後の際限のないヒュポスタシスの階層化の原因となったのは、むしろアリストテレスの『霊魂論』における次のような興味深い箇所ではなかったろうか」(同、p.157)

と跡付けつつ、

「ヒュポスタシスとヒュポスタシスの間をどんなに細分化したところで、その間の完全な連続が保証されない限り、その努力には際限がないのである。しかし、他方、プラトン以来、イデアと現存在の間の存在論的差位は絶対であるとされて来た。皮肉なことに、階層の数を増やすことによって、その瞬間には至高者への通路がより確実になったかのように見えるが、次の瞬間に至高者への距離はいっそう遠くなる、という事態が継起することとなったのである」(p.158)

と記します。これは新プラトーン主義だけの話ではなく、グノーシス諸派におけるさまざまなプレーローマや、カバラーでのセフィロートの記述にも当てはめられそうです。カルドーゾの神学も、ルーリア派カバラーを枠組みとしたことで、第一原理/創造主YHVHの関係が複雑になった上に、さらに隙間を埋めるべきイメージが差しこまれていくということでしょうか。


 7-1. 中国の宇宙開闢論より;『老子』、『易経』、『淮南子』

 見ようによって重箱の隅をつつくがごとく些末でもあれば煩瑣でもあり、だからこそ微妙でもあって、おろそかにしておくこともできず、隅を埋めずにはいられなかったのではありますまいか。グノーシス主義でも反転的グノーシス主義でもありませんが、また別の例を挙げておきましょう。

 中国の宇宙開闢論といえば、先に触れた盤古の神話以外に、いっとう基本的なものとして、「中国」の頁の『易経』の項に転載した元の勤め先のメールマガジンで触れたことがあるのですが(→こちら)、『老子』の次の数節が思い浮かびます;

「道は-を生ず。-は二を生じ、ニは三を生じ、三は万物を生ず」
  (小川環樹訳、『老子』、中公文庫、1973、p.86/『老子』下篇第42章)。

「天下の万物は()より生ず。有は無より生ず」(同、p.63/下篇第40章)。

(もの)有り混成し、天地に先だって生ず」(同、p.52/上篇第25章)。
 また、

「易に太極あり。これ両儀を生ず。両儀は四象**を生じ、四象は八卦*3を生ず。八卦は吉凶を定め、吉凶は大業を生ず」
 (高田真治・後藤基巳訳、『易経(下)』、岩波文庫、1969、p.243/『周易繋辞上伝』)。
* 「両儀」 陰陽(同左、p.245)。「天地」とされる場合もあるようです;
 本田済、『易学 - 成立と展開 -』(サーラ叢書 13)、平樂寺書店、1960、p.113/第1章題7節。

** 「四象」 「陰陽二(こう)の組み合わせ」=老陽、少陽、少陰、老陰(同左、p.245)。
 「爻」は「効(なら)い交わるの意。天地の現象に(なら)って互いに交わり、また他に変ずるの意」(『易経(上)』、岩波文庫、1969、p.27/「解説」3)。

*3 「八卦」 二爻を「重ねること三にして」、乾、兌、離、震、巽、坎、艮、坤の八卦を成す(同上)。
 

 あるいは『日本書紀』の『巻第一 神代 上』の冒頭のネタ候補の一つだという、
 
「天地の未形におけるや、馮翼(ひょうよく)としてただよいわたり、洞灟(どうしょく)**としてささえどころのないもの、さてこれぞ太昭(たいしょう)という。
 道の元始たるや、虚霩(きょかく)*3がうまれた。その虚霩に宇宙*4がうまれ、その宇宙には元気*5が生じ、その元気に重層のさかい目がたった。
 澄みかがやけるものは、高くたなびいて天空となり、濁りしずもるものは、凝滞(とどこお)って大地となった。清妙(すみわた)りたるものの集合するは、たやすく、重濁(にご)れるものの凝固するは、困難。さてこそ天がまず完成し、地はおくれて成った。
 天と地の精気は重合して陰陽をつくり、陰と陽との二精気は団集して四時(春夏秋冬)をつくり、四時それぞれの精気が散布して万物をつくった」
  (劉安編、戸川芳郎・木山英雄・沢谷昭次訳、『淮南子 説苑(抄) 中国古典文学体系 6』、平凡社、1974、p.25/『淮南子』、「天文訓 第三」)。
* 馮翼(ひょうよく) 「煙雲がたちこめてただようような絪縕(いんうん)氤氳(いんうん))のさま」(同左、p.41 注 1)。

** 洞灟(どうしょく) 「『婉順(えんじゅん)(さま)』、なよなよ(ぶよぶよ)して支えどころのなく(なび)いてゆくさま」(同上)。

*3 虚霩(きょかく) 「空間的なひろがり。さえぎるもののない虚空」(同上、注3)。

*4 宇宙 「時・空の二軸にほろがる四次元の世界」(同上、注4)。

*5 元気 「すでに陰陽といった二元的なものの総合統一体としての気体を予想させるところの固形以前の状態」(同上、注5)。
 上で引いた『老子』第25章の「(もの)有り混成し、天地に先だって生ず」という状態が、ここでは〈太昭〉と呼ばれています。澄みかがやけるものが天空に、濁りしずもるものが大地となったというのは、人格的な神々が現われないかぎりでの、天地分離神話の一種なのでしょう。
 「その元気に重層のさかい目がたった」というのは、ヴァレンティノス派における〈境界(ホロス)〉が連想されたりもしますが(上掲『ナグ・ハマディ文書 Ⅰ 救済神話』、p.214/「プトレマイオスの教説 - エイレナイオス『異端反駁』第2章」)、この場合は、元気が上下二つの層に分化したということでしょうか。

 なお『淮南子』「俶真(しゅく)訓 第二」の冒頭には、

「始めがあり、始めの始めがあり、始めの始めの始めがある。有があり、無があり、無の無があり、無の無の無がある」(同、p.15)

とありました。無なり太昭なりはさらに分節されていくことになるのでしょう。


 7-2. 『太一生水』、『恆先』

 とこうしてここいらからいろいろはさまりつつ - 張衡の『霊憲』だの、道教の神統譜だの -、後の宋学における周濂溪『太極圖/太極圖説』や張横渠『正蒙』につながっていくんだろう、というのをきわめて大ざっぱな見取り図にしていたのですが、問題ははさまるいろいろにほかなりますまい。

 浅野裕一、『古代中国の宇宙論』、岩波書店、2006

を見ると、第3章「道家の宇宙生成論」では、第1節「『老子』の宇宙生成論」に続いて、第2節では、1993年に湖北省郭店の一号楚墓から出土した竹簡中の『太一生水(たいいつせいすい)』(pp.79-80)の宇宙生成論が取りあげられます;

「太一は水を生み出した。
すると今度は水が太一を助けて、(太一と水が)天を作り出した。
すると今度は天が太一を助けて 、(太一と天が)地を作り出した。
その後、天と地が助け合って、神と明を作り出した。
つぎに神と明が助け合って、陰と陽を作り出した。
つぎに陰と陽が助け合って、(春夏秋冬の)四季を作り出した。
つぎに四季が助け合って、寒と暑を作り出した。
つぎに寒と暑が助け合って、湿り気と乾燥を作り出した。
つぎに湿り気と乾燥が助け合って、一年のサイクルを作り出して(宇宙を生成する)作業は終了した」
  (p.81。改行は当方による)。

 『淮南子』「天文訓」における〈太昭〉同様、やはり天地の成立に先だつものがここでの〈太一〉です。太一と天の間には水が配される。

 次いで第3節では、1994年に上海博物館が購入した戦国楚簡中の、やはりこれまで知られていなかったという道家の文献『恆先(こうせん)』(p.94)より(pp.94-96、および p.117 の図も参照);

(こう)

(かす)かに)
(しつ)     (せい)   (きょ)

大質(たいしつ) 大静(たいせい) 大虚(たいきょ)

いまだ天地すら存在しなかったこの段階では、
何者も行動を起こすということがなかった。


増大する
(わく)


質に由来、虚と静から抜け出して発生
あくまで自力で発生してきて、
自分で動き出した
現状に満足できなくなって恆を離れる

有の世界へ移行



物には初めから終わりまでの変化の過程が伴うから、始まるという現象が生じた

それでも分化せずに一なる原始状態のままで、茫漠として静かな状態を維持していた

ただ(わく)自体が現状に自得できずにすでに(こう)から離脱してきた以上、
或から生じてきた者たちも、或と同様の行動を取ろうとする

道理が分からずに心が乱れ迷って現状に安住できず、
或の世界に自分たちが生まれ出る場所を欲しがった
 
(最初は混然として一だった気もやがて分化し始め)、
濁った気は沈降して地を生成し、
清らかな気は上昇して天を生成した
 
 

 ここでは〈恆〉が、『淮南子』「天文訓」における〈太昭〉、『太一生水』での〈太一〉に相当します。天地分離以前の段階はさらに分節され、〈恆〉から〈或〉へ、そして気の発生へと至る。まず、

「世界は無だったのだが、質と静と虚の三者だけは、最初から存在していたと語る。これは『老子』の宇宙生成論とよく似た性格を示している」(p.101)

として、先に触れた『老子』第15章の「(もの)有り混成し、天地に先だって生ず」などが挙げられます。

その際、

「『或』の世界になって静寂から自分で生じてきた気と、宇宙の始源である『恆』とは、本来的に絶対他者であって、両者の関係は全く断絶していることになる」(p.103)。

『老子』も

「流出論の形式で宇宙の生成を語るが、『道』と『冲気』の間に本質的な断絶は設定されていない。…(中略)…気そのものが否定的に扱われたりはしない。
 これに反して、『恆先』の気は、無である『恆』の段階から、『有』である『或』の段階へと、世界が劣化して行く象徴としての役割を負わされている。…(中略)…『恆』と『或』の間に強い断絶を設定するため、『恆』と気の間に母子関係を設定することもできなくなる」(p.104)。

 加えて、まず「三者は現状に満足できなくなって恆を離れ、(わく)なる段階」(p.95)へ、次いで「或から生じてきた者たちが、或と同様の行動を取ろうと」して、「道理が分からずに心が乱れ迷って現状に安住できず」(p.96)と、何らかの欠如に由来する動勢が組みこまれています。前後を省いたいささか乱暴な引用になりますが、

「現状に対する不満・鬱屈を万物発生の動機とする」(p.104)。

「『或』は恐らくは『惑』の意味で名づけられたのであろう」(p.102)。

「『恆先』は『(わく)』の世界に対して否定的評価を下す」(p.106)。

「だが『或』も万物も、明確に『不善』とまで評価されることはなかった。しかるに人類は、…(中略)…『不善』や『乱』の発生源だと断言されている」(pp.108-109)。

 グノーシス主義的な反宇宙的二元論ではないにせよ、プラトーン主義における霊肉二元論と比較できそうでしょうか。

 閑話休題、『太一生水』の位置づけに関して、その

「前半部分で説かれる宇宙生成論のプロセスには、『老子』の(みち)は全く姿を見せず、太一(たいいつ)を絶対者とする体系で統一されている。この点から判断すると、本来それは、道を絶対者とする『老子』の宇宙生成論とは全く別系統の思想であったろう」(p.88/第3章題2節)。

「すでに戦国中期以前に、『老子』の道に対抗して太一を最高位に据えようとする思想的試みが存在していた」(p.90)

とされます。『恆先』についても、

「『恆』は宇宙の始原を表示する『恆先』独自の術語で、『老子』とは全く別系統の概念だと考えるべきである」(p.101/第3章題3節)。

 道家という土壌を共にしつつ、相異なる試みがいくつも進行していたというのは、先に引用したグノーシス主義者たちについての、「各人が画家や作家の弟子のように、教わったことを修正したり変形して、自分自身の知覚を表現することが期待されていた」というエレーヌ・ペイゲルスの見解が思いだされたりします。もとより競合は主導権争いだったのかもしれませんが。


 7-3. 〈三気・五運説〉;『列子』、緯書

 ともあれ浅野裕一『古代中国の宇宙論』には『老子』とこれら以外に、法家の『韓非子』中の『老子』的生成論、道家の一派黃老思想の黄帝書『十六経』および『道原』、陰陽五行家鄒衍(すうえん)などが取りあげられていますが、ここではやはり道家系の『列子』冒頭の「天瑞篇(てんずいへん)」から、(a)(b)(c)と区分けした中の(b)に触れておきましょう(pp.122-123/第3章題4節);

太易
いまだ気すら存在していない段階
 
太初
↓ 
初めて気が発生してきた段階
 
太始
↓ 
気がおぼろげな形を取り始めた段階
 
太素
(易)
↓ 
実質が初めて生じ始めた段階
気・形・質の三者が具わるが、三者はまだ明確に分離していなかった
渾溣(こんろん)(混沌)=易(知覚できない)





九とは気変ずるの(きわみ)なり。
(すなわ)()た変じて一となる。 

↓ 
混沌が明瞭な形を取り始める段階 
清らかで軽い気が、上昇して天を形成し、
濁って重い気が沈下して地を形成した。
冲和(ちゅうわ)の気が人類を形成した
天地は精気を含んで、万物が発生し変化するようになった。

 『老子』の〈道〉、『易経』「頸辞伝」での〈太極〉、『淮南子』「天文訓」における〈太昭〉、『太一生水』の〈太一〉、『恆先』での〈恆〉および〈或〉なども、それぞれにその内部、あるいはそれらと天地成立との間が分節されていましたが、ここでは「太」で始まる二字の単語四つに整理されます。各段階の呼び名は、いかにも観念的に選ばれたものといった感じですが、エイレーナイオス版バシリデースにおける〈知性(ヌース)〉とか〈知恵(ソフィア)〉のような心的な様相でも、カバラーでの〈厳正(ゲヴーラー)〉のように抽象的な概念で表わされるわけではありません。

「それが一貫して気の生成論であることが判明する。この点で(b)は『恆先』と強い共通性を見せている。また(b)の宇宙生成論は、徹底した流出論の形式を採っており、(b)に関する限り、そこに宇宙を生成する主体、宇宙の創造主は設定されていない」(p.125)。

「『老子』の宇宙論を、気の生成論と絡める形で敷衍している。それにもかかわらず、『老子』の道に相当する創造主・主宰者を登場させない現象は、ここに述べられる気の生成論が、『老子』とは本来別系統の宇宙生成論だったことを物語る」(同上)。

 現在の日本語の語感で見たかぎりではありますが、四つの呼び名からは、たしかに人格的な色合いは感じられないような気がします。もっともソークラテース以前の自然哲学における〈始元(アルケー)〉の場合同様、物質ないし質料が、完全に受動的な客体ではなく、何らかの能動性なり生命が宿されているのかもしれない点は、留意しておいた方がよいのでしょう。

 ところで別の訳、

 福永光司訳注、『列子 1』(東洋文庫 533)、平凡社、1991、pp.20-24/「天瑞篇 第一」2

の注(1)に曰く(p.21);

「この一章は、以下にそれぞれ注記するように、『易』の緯書『乾鑿度(けんさくど)』の文章とほとんど同文である。ただ章末に『乾鑿度』の文章にはない『老子』と『易』繋辞伝下にもとづく三句『冲和の気は人と為る、故に天地精を含み、万物化生す』が加えられている点が注目される」。

そこで次の本を引っ張りだしました;

 安居香山、『緯書』(中国古典新書)、明徳出版社、1969

は、解説と「本文」からなり、

「緯書の資料はまことに厖大で、とても本書でその総てを紹介することはできない。それ故、『本文』においては、緯書を紹介するのに適当なテーマを設定し、それに関連する資料を幾つか掲げることとした」(p.1/「凡例」)

というものですが、その「本文」三-3 が「万物の生成」のコーナーで、九つの例が紹介されています(pp.184-191)。『列子』「天瑞篇」の上記(b)の生成論と一致する『乾鑿度』からの引用は⑦にあたります(pp.185-186)。⑧も同じ『乾鑿度』から、内容もほぼ同じです(p.186)。他方⑨は、

「天地未だ分れざる前、太易あり、太初あり、太始あり、太素あり、太極あり。これを五運となす。
形象未だ分れざる、これを太易と謂ひ、
元気始めて(きざ)す、これを太初と謂ひ、
気形の(たん)、これを太始と謂ひ、
形変じて(しつ)ある、これを太素と謂ひ、
質形巳に具わる、これを太極と謂ふ。
五気(すす)み変ずる、これを五運と謂ふ」(p.180)。

 『孝經鉤命決』からの一節ですが、

「万物生成の姿を、また別の形で説くのが三気・五運の説である。⑦⑧は三気を説き⑨は五運を説く。その説くところは、特に難しいものでない。いま三気の説を図示すると次のようになる。

渾溣= 太易

太初
(気之始)

太始
(形之始)

太素
(質の始)

万物
=(寂然無物)=
 ↓

五運はこれに太極をつけて考えるのであるが、同じ発想からきた生成論である。前に述べた生成の理論と本質的に変るものではないが、気・形・質の変化のなかに、万物が漸次生成されていく過程を捉えようとしたところにこの立論がある」(p.190)。

「同じ発想」、「前に述べた」とあるのは、同じ3節の解説で先だって記されたもので(pp.187-190)、たとえば①は『河圖括地象』から引かれたものですが(pp.184-185)、前出の『易経』「頸辞伝」でのくだりとほぼ同じでした(p.188)。

 ところで〈三気〉と言いつつ、上の図では〈太易〉から〈太素〉まで段階は四つあります。同じく安居香山が執筆した

 安居香山・中村璋八、『緯書の基礎的研究』、国書刊行会、1966/1986

の内、第1篇第5章は「緯書における生成論」で、その第3節が「三氣・五運の説」です。『詩緯』についての考証から、

「三氣とは、太初、太始、太素を指し、この三氣未だ分れざる状態が渾溣とされて居ることが知られる。そして、この渾溣と稱せられる根源より、萬物は生成せられるのであるが、その過程には段階があり、それが、此處に言われる三氣である。而もこの三氣は、三節、即ち三十日の時間的間隔を置いて順序づけられている。このことは、この生成論が、時間的な生成論であることを示している」(p.184)

と、〈渾溣=太易〉は〈三気〉の内には数えられないわけです。同様に上の図で〈渾溣=太易=無〉と等号で結ばれる〈(寂然無物)〉も鄭幻の注にあるとのことでした(p.185)。
 『列子』の三気説中で、〈太素〉と天地形成の間に
 一→七→九→一
がはさまれていましたが、やはり『乾鑿度』の注に、

「太易より萬物生成する過程は、陰陽兩數の變化に立って見るべきである。
陽數の變化は、太易→一→七→九の生成過程が考えられ、これは、夫々三氣に相當するとする。
同様に、陰數の太易→二→六→八の生成過程も、三氣に夫々相當するとする」
  (前掲『緯書の基礎的研究』、p.187。改行は当方による)

とあり、続いて先の図の元のヴァージョンが載っていました(p.188);

渾溣  =  太易  =  (寂然無物)= 

(陰)










(坤)
 

太初
(気之始)




太始
(形之始)

太素
(質の始)

萬物

(陽)










(乾)
 ↓

 『中国宗教思想 1 岩波講座・東洋思想 第13巻』、岩波書店、1990

中の「Ⅱ-2-1 始と終」(麥谷邦夫)には、

「易緯『乾鑿度(けんさくど)』では、有形は無形より生ずるという『老子』の説を自明の前提とした上で、天地の生ずる以前の段階を、
まだ気が兆していない太易、
気が始めて兆した太初、
形が始めて生じた太始、
質が始めて備わった太素
の四段階に分け、
気、形、質の三者が全て備わっているがまだ未分化な状態を渾溣(混沌)と呼んでいる。
さらに晋・皇甫謐(こうほひつ)の『帝王世紀」では、太素の後に
形質ともに備わった太極の段階
が付加されて、いわゆる五運説が展開されている」
  (p.226。改行は当方による。同書「Ⅱ-2-4 大と小」(麥谷邦夫)、p.258 も参照)

とありました。


 小野沢精一・福永光司・山井湧編、『気の思想 中国における自然観と人間観の展開』、東京大学出版会、1978

の「第1部 原初的生命観と気の概念の成立-殷周から後漢まで;総論」(戸川芳郎)には、

「西漢末、哀平期に現われはじめたという讖緯の書の一つ、易緯『乾鑿度(けんさくど)』は鄭玄の注を得て魏晋以後にも影響を与えたのであるが、その緯書形成の初期の内容は、ここに引かれたように気・形・質の始元としての太初-太始-太素の’三気’であったと考えられる」(p.5)。

「曹魏の太和中(227-32)の博士、張揖(ちょうゆう)のこの撰著には、当時すでに太易(ヽヽ)プラスの三気の’四始’説の出現を見ていたと考えられるにも拘わらず、なお’三気’のみを記録にとどめているのである」(p.6)。

「のち西晋の皇甫謐(こうほひつ)(215-82)が『帝王世紀』を編んで、天地の開端’五始’(『太易・太初・太始・太素・太極』)を叙述した際…(後略)…」(p.9)。

とありました。

 この論考は

 戸川芳郎、『漢代の學術と文化』、研文出版、2002

に再録されています(上で引用した箇所はそれぞれ p.7、p.8、p.11)。合わせて同書所収の

 「帝紀と生成論 - 『帝王世紀』と三氣五運-」中、pp.117-127+注 pp.132-135、
 「生成論と〝無〟」(pp.219-230)、
 「 『貴無』と『崇有』 - 漢魏期の經藝 -」中の pp.281-300
 「人間史のこと」中の pp.236-237

なども参照ください。なお引用文中に「太初-太始-太素の’三気’」、「太易(ヽヽ)プラスの三気の’四始’説」、「’五始’(『太易・太初・太始・太素・太極』)」とありましたが、教説の呼び方としては、あまり〈四始〉説とはいわないようです。前掲『中国宗教思想 1 岩波講座・東洋思想 第13巻』中の「Ⅱ-2-4 大と小」(麥谷邦夫)には

「生成の始元を太易、太初、太始、太素と細分化する四運説」(p.258)

というくだりも見えましたが、どうも「帝紀と生成論 - 『帝王世紀』と三氣五運-」の副題にもあるように、通例〈三気・五運〉説と呼ぶようです。


 7-4. 数

 ところで、「中国」の頁の本書のところのメモでも触れましたが、

「天地が開闢して『人皇以来、魯の哀公十四年に至る、積んで276万歳』」
  (p.294/「 『貴無』と『崇有』-漢魏期の經藝-」、)p.119 および p.133(31)/「帝紀と生成論-『帝王世紀』と三氣五運-」、p.237/「人間史のこと」、また
 渡邉義浩、「『古史考』と『帝王世紀』 - 儒教に即した上古史と生成論 ー」、『早稲田大学大学院文学研究科紀要』、63巻、2018.3.15、p.1271(74))

とされ、

「こういう、とてつもない想像がどうして出てきたか私はまだ充分解答を得ておりません」(p.294)

と記されます。ちなみに『淮南子』「天文訓」には、

「およそ20紀、1520年で、大終となり、[三終にして]日月と星辰は、甲寅[の年]の元始に復する」(前掲『淮南子 説苑(抄) 中国古典文学体系 6』、p.28。また p.35)

というくだりが見えました。〈プラトーン年〉ないし〈大年〉が連想されるところです。

 Godefroid de Callataÿ, Annus Platonicus. A Study of World Cycles in Greek, Latin and Arabic Sources, Université Catholique de Louvain, Institut Orientaliste, Louvain-la-Neuve, 1996

などを参照ください。また先に引いた盤古の神話では、

「盤古の背が日に一丈のびると、天の高さも一丈だけ増し、地の厚さも一丈ふえた。このようにして、一万八千年たって、天地は分かれて現在のようになったのである」

とのことでした。また前掲『中国宗教思想 1 岩波講座・東洋思想 第13巻』中の「Ⅱ-2-1 始と終」(麥谷邦夫)には;

「前漢末から盛んになる緯書説では、暦法の影響下に天地の空間的時間的広がりに多大の関心を寄せ、一元4560年、一紀1520年という循環周期や(楽緯(がくい)叶図徴(きょうずちょう)』)、一元の七倍にあたる31920年や64倍にあたる291840年などという長大な周期を説き(易緯『乾鑿度』)、天地は291840年で再び太素の始源に戻ることなどが説かれている(礼緯『斗威儀』)。これらの説もやhりこの現実の世界の始終変化を一定の数理的法則によって推測しようという意図に基づくものであった」(pp.229-230)。

 巨数ではありませんが、やはり先の『列子』の三気説中で、〈太素〉→〈太初〉→〈太始〉→〈太素〉と移ってきた、その〈太素〉=〈渾溣〉=〈易〉で、

「易変じて一と為り。一変じて七と為る。七変じて九と為る。九とは気変ずるの(きわ)なり。(すなわ)()た変じて一と為る。一とは形変ずるの始めなり」(浅野裕一、前掲『古代中国の宇宙論』、p.122)

とありましたが、

「一・七・九などの数字は、具体的な内訳を持つわけではない。ここでの変化は、いわば天地を生み出すための胎動、準備運動の性格を持つ」(同上、p.124)。

と述べられていました。また『乾鑿度』の注に、

陽數の變化;太易→一→七→九
陰數;太易→二→六→八

とあった、鄭玄の注では;

「易 變じて一と爲る、
[一は北方を主どり、氣 漸く生ずるの始め、此れ即ち太初 氣の生ずる所なり。]
一 變じて七と爲る、
[七は南方を主どり、陽氣 壯盛の始めなり。萬物 皆形見す、此れ即ち太始 氣の生ずる所なり。]
七 變じて九と爲る、
[西方は陽氣の終はる所、究の始めなり。此れ即ち太素 氣の生ずる所なり。]
九なる者は氣 變ずるの究なり。乃ち復た變じて一と爲る、
[此の一は即ち元氣 形見して、未だ分かれざる者なり。夫れ陽氣 内に動き、周流 終始し、然る后 化して一の形氣を生ずるなり。]
一なる者は形 變ずるの始め、清輕なる者は上りて天と爲り、
[象の形 見はる。]
濁重なる者は下りて地と爲る
[質の形 見はる。]」
 (渡邉義浩、前掲「『古史考』と『帝王世紀』 - 儒教に即した上古史と生成論 ー」、p.1273(72)。改行は当方による)

 戻って、『老子』の「道は-を生ず。-は二を生じ、ニは三を生じ、三は万物を生ず」もそうなら、やはり「中国」の頁の『易経』の項に転載した元の勤め先のメールマガジンで触れた(→こちら)、

「天一地ニ、天三地四、天王地六、天七地八、天九地十。天の数五、地の数五。
 五位相得て各々合うことあり。天の数二十有五、地の数三十。およそ天地の
 数五十有五。これ変化を成し鬼神を行なう所以なり」(前掲『易経(下)』、p.233/「周易繋辞上伝」)

とのくだりも仲間に入れられるでしょうか。解説によると、

「奇数は天=陽に属し偶数は地=陰に属するから、基数の一から十までで言えば、天一地ニ、天三地四、天五地六、天七地八、天九地十となり、天の数が五つと地の数が五つ、奇偶それぞれ五つの位地は、これを順序に対比すれば、一と二、三と四というように五組の奇偶の対が得られ、また一と六、二と七というように五組の奇偶の組合わせもできる。天の数の小計は二十五、地の数の小計は三十、従って天地の総数は五十五で、この五十五の数こそが天地間のあらゆる変化を形成し、鬼神陰陽の作用を遂行するものなのである(以上の一節、天一地二……天九地十までの文は、もと第10章のはじめ、天数五以下の文は第9章乾の策云々の前にあったが、朱子本義の錯簡説に従って、場所をおきかえて解釈を試みた)」(同、p.234)。

 一元=12万9600年となる、後の邵康節の〈元会運世〉説(→「中国 Ⅱ」の頁の「viii. 宋学と理気論など」参照)等ともども、中国における数のイメージの歴史も勘定に入れなければならないようです。
 個々の数字自体もさることながら、一つ一つの数が、宇宙の骨組みを目に見えるようにする目盛りのようなものなのかもしれません。そのためにこそそれぞれの算出法を編みださなければならなかったのでしょう。この点で、またエイレーナイオス版バシリデースにおける365層の天など、ピュータゴラース系と呼んでいいのかどうか、西方での数秘論の系譜とも通じるのだと思われます。

 葉舒憲・田大憲、鈴木博訳、『中国神秘数字』、青土社、1999

なども参照ください。



 7-5. 道教と三気説

 『中国宗教思想 2 岩波講座・東洋思想 第14巻』、岩波書店、1990

所収の「Ⅱ 3-8 無と道」(松村巧)では、

「『九天生神章経』(同上)は、さらに三気・三神について、『号は異なるも、本は同一なり。分かれて玄・元・始の三気と為り……三号号して九気と為る』
…(中略)…
『三気』・『九気』以下、『天地』・『人民品物』に至るまでの生成論は、原理的には既存の『気』に基づく生成論であり、…(中略)…それは天地万物の生成論の上に神々の世界の生成論を加上したものと見ることができよう。しかも、この文中において、三気・三神のより根源に、『本は同一なり』として、『一』なる最も究極の根元を措定することは、注目に値する。
 『三天内解経』巻上(縮藏38059頁)も、同様に、『玄気』・『元気』・『始気』の三気を用いた生成論を展開するがそこでも、三気は天地万物の始源とされ、三気の一なる始源として『太無』あるいは『老君』が措定され、さらにその上位に、『太清』・『玄元』・『無上』の三天および『無極大道太上老君』・『太上丈人』・『天帝君』などの神々の世界が構想され、そのまた上位に究極の根元として『道』が措定される」(pp.119-120)

と、神学化された生成論のことが記されていました。ここでの〈三気〉は太初、太始、太素ではなく、「玄・元・始」、「『玄気』・『元気』・『始気』」(p.119)でした。
 道教においてはまた、

「道経の中には、三天、五天、九天、十天、三十二天など様々な天界説が存在することが知られたが」
  (麥谷邦夫、「道教における天界説の諸相 ― 道教教理体系化の試みとの関連で -」、『東洋学術研究』、27別冊、1988、p.60)、

「南北朝から初唐にかけての天界説の主流を占めたのは、やはり仏教の三界説を取入れて形成された三十六天説であった。
 初唐の道教類書である王懸河の『三洞珠囊』巻七、三十二中法門名数品に引く『太真科』は、欲界六天、色界十八天、無色界四天の二十八天とその上に位置する四種民天、さらにその上の三清天に言及している。これらの天数を合計すると三十五天になるが、ここでは言及されていない最上天としての大羅天が考えられていたと推定されるから、全体としては三十六天説に立っていたと言えよう」(p.61)。

「道教教理が、仏教教理に対抗して独自の天界説を展開する段階では、まづ、天数を仏教のそれよりっも増やし、道教独自の天界を仏教の天界の上に加上することが有効と考えられたであろう」(pp.63-64)。

 そもそも仏教における欲界六欲天・色界四禅17天・無色界四層自体、たとえば、時代はずれるかもしれませんが、

「宇宙卵の中に七層あるうち、最下のブール・ローカは地界と呼んでよいだろう。それより上の六層はいわば天界である」
  (定方晟、「第一部 インド正統派の宇宙観 第二章 ヒンドゥー教の宇宙観」、『インド宇宙論大全』、春秋社、2011、p.70)

といった、当時普及していたであろう宇宙構造論に「加上」してできあがったという側面もあったのではないかと思われます。シリア・エジプト型グノーシス神話においても、大地から恒星天に至る物質宇宙に、プレーローマが「加上」されたことが連想されます。これらもまた、天界の高層化と錯綜の一相と見なせましょうか。


エピローグ

  上掲『中国宗教思想 2 岩波講座・東洋思想 第14巻』、「Ⅱ-3-6 有と無」

で松村巧は、『老子』以後の道家系生成論において、

「『老子』の生成論に含まれる曖昧さは、後の道家系の生成論にも引き継がれたが、『無』=『道』と、『一』=『気』との関係については、以下のような二様の解釈に大分される。
その一つは、『荘子』天地篇に、
『泰初に無有り。有無く、名無し。一の起こる所は、一有りて、しかも未だ形あらず』といい、
『淮南子』天文訓に、
『道は虚霩(きょかく)に始まる。虚霩は宇宙を生じ、宇宙は気を生じ』というごとく、
本源としての『無』=『道』と、『一』=『気』との間に、截然と一線を画すものであり、その場合の『無』=『道』は、物質的属性や時空の範疇を越えた理法的存在を思考する。
これに対して、いま一つの解釈は、『淮南子』天文訓に、
『道は一に始まる。一にして生ぜず、故に分かれて陰陽と為る。陰陽、和を合して、万物生ず。故に、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ずと曰う』というごとく、
『道』は『一(気)』と同位の概念とされ、したがって、その生成論は『気』一元論を志向する。
このような『道』=『無』をめぐる解釈の分岐は、後に、『老子』に依拠して思想を展開する場合、
究極の拠り所を物質次元に求めるか、
それを越えた次元に求めるかを決定する重要な意義を帯びることになる」
  (pp.77-78。改行は当方による。
なお『淮南子』天文訓から「道は虚霩(きょかく)に始まる」云々は上に引いた冒頭の箇所、
「道は一に始まる」云々は前掲『淮南子 説苑(抄) 中国古典文学体系 6』、p.33。
『荘子』天地篇からの引用は
 森三樹三郎訳注、『荘子 外篇』(中公文庫 D11-2)、中央公論社、1974、p.86/「第12 天地篇」8節)

と記します。あるいはまた、

「『乾鑿度』の’三気’は、気-形-質の始元を重視し、万物の祖先を尊重する『太極・元気』思想のあらわれとすると、それは宇宙の生成作用を重大視する()一元論の帰着点でもあった。ところが、おそらく張衡が『霊憲』を論じた前後から、’無から有を生ずる’論理を導入することによって、それまでの気一元論の気-形-質という万物生成過程を一括して’有’限相対世界として、’無’限絶対世界に対置し、その形而上なる本体のもとに、現実の相対宇宙の秩序に絶対不変の存在の根拠を得ようとしたもの、と考えられる。『太易』の概念はそのようにして獲得せられたにちがいない」(戸川芳郎、「第1部 原初的生命観と気の概念の成立-殷周から後漢まで;総論」、前掲『気の思想 中国における自然観と人間観の展開』、p.10)/上掲『漢代の學術と文化』、p.12)。

 気の一元論か、後の朱子流にいえば理と気の二元論かという分かれ道が開いたわけです。他方カバラーにあって、ショーレムの前掲「初期カバラーにおける聖書の神とプロティノスの神の闘い」には、

「しかし明確さを欠き、はなはだ異なる解釈の余地を残したのが、ほかならぬエーン・ソーフと第一セフィーラーとの関係をどう考えるかという問題である」(p.256/3節)

とありました。また;

「その一方で、王冠はときに『無限』と同一視され、その下に展開するセフィロートとは別格に扱われることもある」
  (山本伸一、前掲『総説カバラ』、p.185/第2部第6章)、

 あるいは、

「エン・ソフと無との関係についての古いカバラーの理解の中には、究極のところ、創造概念の中の弁証法に対する、後にツィムツムの理念において表現されたのと同じ感情が表現されている。エン・ソフとその第一のセフィラーとの間の分離は、根本においてそもそも何を語っているのであろうか。
…(中略)…
エン・ソフと第一のセフィラーとの間の原理的な区別は、汎神論的問題性との結びつきのうちに立つ。この区別においてそれはさらに限定されるのだが、それも、モ-リス・コルドヴェロにおいて特に明瞭に見られる意識からしてである。その意識とは、エン・ソフから第一のセフィラーへの移行、つまり原行為が、そこから続いて出るすべての歩みよりも無限に意味深い歩みを示している、というものである。この観点の下でわれわれは、1530年頃からのあらゆるカバリストが、エン・ソフと無との同一視を決然と拒否することをも見てよいであろう」
  (G.ショーレム、「カバラーに関する十の非歴史的テーゼ」、高尾利数訳、『ユダヤ教神秘主義』(ST叢書 bibliotheca sine titulo)、河出書房新社、1975、p.249/Ⅴ)。

 「『無』=『道』と、『一』=『気』との関係」、「’無から有を生ずる’論理を導入することによって、それまでの気一元論の気-形-質という万物生成過程を一括して’有’限相対世界として、’無’限絶対世界に対置し、その形而上なる本体のもとに、現実の相対宇宙の秩序に絶対不変の存在の根拠を得ようとしたもの、と考えられる」という問題設定と、「エン・ソフと無との関係」、「エン・ソフとその第一のセフィラーとの間の分離」が「汎神論的問題性との結びつきのうちに立つ」とされていた点との間に平行を見てとることができるのではありますまいか。

 そもそも中国の開闢説の話になったのは、先に引いたカルドーゾの〈エイン・ソーフ〉の世界における三体の主要な実体 - 第一のもの~第二のもの~第三のものというくだりに出くわした時、〈三気・五運〉説を連想したからなのでした。

第一のもの=名のない第一原因

第二のもの=あらゆる原因の上にある原因

第三のもの=諸原因の原因

にせよ、

太易= 形象未だ分れざる

太初=元気始めて萌す

太始=気形の端

太素=形変じて質

太極=質形巳に具わる

にせよ、いかにも理詰めに求められたかのようです。無限遡及は問題の立て方が誤っているのだとして、アリストテレース流の〈第一動者〉を折り返し点として引き返すことも、無限に続けるのも、同じ事態の裏表なのかもしれません。言葉で言い表わせない何か、ベーメ流の〈無底〉を、そのかぎりであらかじめ設定し、あそことこことの間をどう鎖でつないでいけば埋まるかと考えながら、一項一項詰めてゆく。しかしそれは同時に、辻正史が述べていたように、なおさらあそこを彼方へ追いやることでもあるのでしょう。その際各項目は、論理によって求められるものでありつつ、イメージとしても機能することになります。

 ただしグノーシス神話のプレーローマであれカルドーゾの反転的グノーシス主義、新プラトーン主義での位格(ヒュポスタシス)の〈テレスコーピング〉であれ、カバラーにおけるセフィロートとその周辺、あるいは〈三気・五運説〉であれ、通じるところがあるというより、何がしか通じるかもしれないけれど、それでいてそれぞれ異なるイメージの布置が描きだされる点こそが、興味を惹かれずにいないところにほかなりません。
 
 
2026/03/01 以後、随時修正・追補
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