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姦婦の生き埋葬
The Premature Burial
    1962年、USA 
 監督   ロジャー・コーマン 
撮影   フロイド・クロスビー 
 編集   ロナルド・シンクレア 
 美術   ダニエル・ハラー 
    約1時間21分 
画面比:横×縦    2.35:1
    カラー 

DVD
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  『アッシャー家の惨劇』(1960)、『恐怖の振子』(1961)に続くコーマンのポーもの第3弾で、両作品でも登場した〈早すぎた埋葬〉のモティーフを主題にしたものです。脚本はリチャード・マシスンに代わってやはり小説家のチャールズ・ボーモントおよびレイ・ラッセルとなりましたが、超自然現象が起こらないサイコ・スリラーである点を始めとして、前2作に通じるところが少なくありません。音楽も前2作のレス・バクスターからロナルド・スタインに交替しました。撮影のクロスビーと美術のハラーは続投です。
 当初はAIPではなくコーマンが自ら製作する予定だったため、AIPと独占契約を結んだヴィンセント・プライスは起用できず、レイ・ミランドが主演をつとめました(下掲の『自伝』を参照)。結局AIPの映画となるのですが、それはともかく、ミランドの代表作といえば『失われた週末』(1945、監督:ビリー・ワイルダー)や『ダイヤルMを廻せ!』(1954、監督:アルフレッド・ヒチコック)などが挙げられることになるのでしょうが、本サイトでとりあげた作品なら『呪いの家』(1944)のような怪奇映画とも無縁ではありません。コーマン監督作では翌年の『X線の眼を持つ男』(1963)でも主演しました。ヒロインはハマー・フィルムの『フランケンシュタインの逆襲』(1957)でエリザベス役を演じたヘイゼル・コートで、コーマンのポー連作では引き続き『忍者と悪女』(1963)と『赤死病の仮面』(1964)でもお目にかかれます。石田一編著『ハマー・ホラー伝説』(1995)の pp.90-92 に掲載されたコートのインタヴューではハマー作品、コーマン作品の双方について語っています。
 さて、前作で古城に昇格した舞台はしかし、本作では第1作の館に戻り、前2作のような主役ぶりは後退してしまいました。悲しや隠し通路も登場しません。それでも地下空間は健在ですし、廊下や階段もちゃんと果たすべき役割を果たします。


 冒頭、カメラが低い位置で右から左へとドリーします。夜の墓地です。地面を霧が這っています。やや下から立ち会う男たち、上から墓を掘りかえすさまがとらえられる。墓穴の中で作業する2人の人夫は口笛を吹いています。
 タイトル・バックとともに馬車が右から左へと木立の間を抜けていく。やはり霧がたなびく夜です。木々はいずれもひねこびています。向かう先に館が見えます。2階建てに破風屋根で中央から左右にひろがるにつれ、少しずつ奥まっています。中央に玄関がある。前々作の館にも似たマット画ですが、あの時ほど量塊感は感じさせません。ほぼ正面からとらえられて奥行きが減じられているためでしょう。
 門の前でエミリー(ヘイゼル・コート)は馬車を降り、右から左へ、やはりおどろおどろしい木々の間を通って玄関に向かいます。玄関は格子戸があって少し間を置いて扉になっています。今回は対応する執事に追い返されません。しかし前回同様すぐに顔を出したケイト(ヘザー・エンジェル)は追い返したい様子です。ケイトはエミリーの婚約者ガイ(レイ・ミランド)の姉で、エミリーは手紙で告げられた婚約破棄の理由を問いただしにやってきたのでした。

 扉の奥は控えの間で、その奥に暖炉のある応接間でしょうか、さらにその向こうの空間を抜けて奥に扉が見えます。カメラは上からこれらを映しだします。ケイトは背を向けて奥へ進んでいく。玄関扉の脇、控えの間と応接間の間、また応接間と次の空間の間にはそれぞれ白い円柱が配されています。応接間の次の空間は横に伸びた廊下かもしれません。前2作と違って快適そうな内装が施されています。
 エミリーは応接間のオルゴールをいじります。カメラはまず上から、左向きで、つまり玄関側から、次いで近づいて腰から上を右向きで、つまり奥から見る形でとらえます。後者の位置の際には右奥に階段がのぞいています。玄関側から見れば左手前に位置することになる。またエミリーの背後ずっと奥にも別の部屋が見えます。
 エミリーはケイト経由でガイと会う許しを得、玄関側から見て奥の部屋へ向かいます。
 油絵に手を加える最中の手がアップになります。頭部が毒々しい色と筆致で描かれています。『アッシャー家の惨劇』同様バート・シェーンベルクによるものとのことです。絵を描いていたのはガイで、この部屋は書斎のようです。ガイはエミリーに、婚約解消の理由を教えよう、そのためには地下へ行かねばならないと言います。これも前2作と同様のパターンなのでした。
 2人は書斎を出て、奥から手前右へ進みます。奥の方に部屋境の半円アーチが見えます。このアーチには少し奥行きがあり、4本の白い円柱が支えています。その奥には台の上でしょうか、鏡があります。その手前の部屋を始めとして、シャンデリアや燭台の蠟燭はいずれも赤いものです。後の場面とあわせると、この館にある蠟燭は皆赤いようです。後のハマー・フィルム作品『ドラキュラ復活! 血のエクソシズム』(1970)が連想されたりもします。本作以降、『怪異ミイラの恐怖/黒猫の怨霊/人妻を眠らす妖術』(1962)第1話「怪異ミイラの恐怖」、『忍者と悪女』(1963)、『古城の亡霊』(1963)、『怪談呪いの霊魂』(1963)と蠟燭は基本的に赤かさもなくば白で、『赤死病の仮面』(1964)と『黒猫の棲む館』(1964)で青、緑、白になります。
 右に折れるとすぐに扉があります。少し下から映されます。エミリーが「どこへ?」と問うとガイは「下へ Below」と答える。


 恒例の地下降下、冥界下りです。左奥の扉から出てくれば暗い空間です。カメラは少し下から見ている。すぐに下りの階段になります。手前にシルエット化した柱があります。少しすれば踊り場で、右手に欄干があり奥の壁との間に三角でしょうか、スペースがあります。やや左に折れて下へ、2人は背を向けます。カメラはかなり上から見下ろす形になる。階段の下では右手で2段ほどのゆるい弧が床からあがっています。そこから奥まった空間があるようです。踊り場脇の三角空間の下に当たるでしょうか。こうした余計な空間が面白いところでした。そのさらに右には棚やテーブルが置かれ、やはり赤蠟燭のシャンデリアも見えます。2人は右の方へ進みます。そちらに通路の入口が開いている。ここまで1カットでした。
 暗い通路を2人は背を向けて奥へ進みます。幅も狭い。カメラは少し下から前進して2人を追う。蝙蝠が羽ばたいて驚いた2人はこちら向きにからだをひねります。さらに進み、数段おりれば納骨堂でした。
 ガイはカレル家の者は多くが非業の死を遂げたと語ります。カメラは左から右へぐるっと回って、下から2人の上半身をとらえます。ケイトがガイの薬を持って現われます。ガイは早すぎる埋葬への恐怖に囚われているのだという。ガイの父は硬直症だったとのことです。


 夜空に閃く雷光を経て、結婚式の場面となります。蠟燭が赤いので、館内なのでしょう。
 居間で結婚を祝うパーティーが開かれています。大きな窓があって、その向こうは白い空間におどろな枝々がうねくっています。『フランケンシュタイン復活』(1939)にもこんなイメージがなかったでしょうか。
 居間には階段があります。手前から壁側に数段あがり、すぐ右に折れて上へ伸びています。幅は狭い。ガイが階段をのぼるさまが上から見下ろされ、カメラの前を横切って背を向けます。この時カメラはやや下からの角度になっています。カットが換わると上からのぼってくるガイが見下ろされ、アップとなります。その背後には手すりの境柱の上に3本か4本の細い柱をピラミッド状に組んだ飾りが見えます。
 2階の廊下をガイは左奥から現われ、手前へ進みます。
 かなり下から見上げた館の外観が挿入されます。2本の尖り屋根の塔とその手前の欄干が見えるそれは、『恐怖の振子』からの流用です。先に登場した館の外観とは結びつきませんが、よしとしておきましょう。
 ガイの部屋では窓や天蓋つき寝台のカーテン、枕カヴァーも深紅です。ガイはパーティーでエミリーが弾いたピアノ曲に、墓場の人夫たちが吹いていた口笛を重ねたのだといいます。

 遠くで悲鳴が響きます。ガイは廊下に出る。カメラはかなり上から見下ろしています。左手前の扉から出て、奥へ背を向け進む。
 下から階段前の手すりが映されます。左から左下へおりていくのをカメラは追い、下で水平になります。胸から上がとらえられる。この作品ではバスト・ショットがわりと多いような気がします。そのまま右から左へ、背を向けて進み、玄関扉を開きます。ここまで1カットでした。
 外の庭に出ます。雨が降り、地面には霧が這う。葉のない木々はいかにもいかにもしています。さまよっているとケイトに出くわします。飼い犬が倒れており、2人で死んだのかと話していると息を吹き返す。そこにガイは硬直症をなぞらえてしまいます。


 ガイは墓場で何やらプランを練っています。やはり霧が地面を這っています。
 館の正面外観がやや左寄りではさまれます。
 エミリーを医師のマイルズ・アーチャー(リチャード・ネイ)が訪ねてきます。居間の窓、枝々の向こうに欄干のあることがわかります。
 2人は敷地内でしょうか、一月前に建てられたという霊廟に向かいます。立方体をなすようで、屋根の上に小さめのピラミッドをいただいています。正面には4本の円柱が並び、中央に細長く暗い扉があります。地面から数段あがれば扉に達する。手前左右に低い柵が見えます。向こう側の空は平坦で、セット然としています。正面奥の霊廟に進む2人をカメラは上から見下ろす。画面下辺沿いの中央に、山型の門状をなす枝が入りこんでいます。
 扉を開けたガイの背後の壁には、格子の影が落ちています。扉から入ると控えの間で、すぐに格子戸がある。中は柩の間ですが、快適な居間のようでもあります。蠟燭はやはり赤い。
 ガイは硬直症に陥った時の予防策のさまざまを嬉々として述べ立てます。それまで神経質に怯えていただけに、自信満々の姿がかえって狂気を感じさせます。仕掛けの1つにノーベルが発明したダイナマイトが含まれていました。ウィキペディアによるとダイナマイトの発明は1866年および1875年の2段階にわたるとのことですから、この物語はいずれか以後の話というわけです。

 地下に研究室の設備があり、マイルズ医師がそこを使用することになります。医師はガルヴァーニ電池の研究をしています。ちなみにウィキペディアによると、ガルヴァーニの理論は1791年の論文でまとめられたとのことです。
 エミリーとガイが庭を散歩しています。あいかわらず霧が這っています。『アッシャー家の惨劇』では冒頭と末尾、『恐怖の振子』では冒頭のみが屋外場面で、それ以外は屋内で物語を展開していました。それもあって館なり城の外観を随時はさむ必要があったのかもしれません。『恐怖の振子』でしばしば城の外観とセットになる海辺に打ちよせる波のカットはおそらく既成のフィルムを用いたのでしょうか、人物とからむことはありませんでした。これに対して本作品では屋外場面が比較的多いのが特徴となっています。とはいえ前々作および前作同様、屋外もすべてセットで撮影されており、それが閉塞感を感じさせるのでしょう。晴れた日もなく、空は常に白い。霧も常駐です。
 ガイは口笛を耳にして、それを追ってさまよう。人夫2人に前後をはさまれるとともに画面右手が緑に染まります。すぐに青も加わる。これまた恒例、惑乱の悪夢です。目ざめてみれば霊廟の中は蜘蛛の巣に覆われ、長い時間が経ったかのようです。脱出のための仕掛けはすべて朽ち果て、万が一のために準備しておいた毒の杯すら虫だらけなのでした。カメラは斜めになっています。


 『恐怖の振子』からの城の近接仰角ショットがはさまれます。雷はなしです。
 ガイを寝かせつけてエミリーと医師は下におります。カメラは2人の動きを追う。ケイトが加わり、前に父の亡骸を確かめた、安らかに眠っていたという。
 ガイは口笛を聞いて起きあがります。扉がアップになる。縦に何本も装飾的な筋が走っています。それが内側から開かれる。出てきたガイはそのまま廊下を奥へ向かう。暗い。カメラが追います。古城映画的には地下行きと並ぶここが見せ場でしょう。.ガイは途中で立ち止まり、少し引き返して右の扉に入っていきます。使われていない廊下か部屋でしょうか、荒れた様子です。壁に横並びの円を穿った横長長方形の影が落ちています。左から右へずっと進む。止まって手前へ来ます。カメラは後退する。右の壁に渦状装飾の影が3つ落ちています。また左から右へ進みます。半円アーチの下の扉を開くと、木馬が飛びだしてくる。室内に入ればまた別の木馬が映ります。ケイトが現われます。風で窓ががたがたし、閉じようとすると向こうに人夫の1人が顔を出すのでした。


 画面下辺に暖炉の火がちろちろ燃えています。カメラは下から見上げています。『恐怖の振子』にも同巧の構図がありました。手前両脇に金属の装飾的な仕切り柱が立っています。暖炉の内側にカメラが配されているわけです。『魔の家』(1932)や『フランケンシュタイン復活』(1939)それぞれの一場面が思いだされるところです。まず薄紫のスカートが画面いっぱいを占め、くるりと回れば向こうでエミリーと医師が向かいあっています。2人の向こう、ほぼ中央に扉が見え、その向こうに半円アーチがのぞいています。ここは書斎で、描き掛けの肖像画がイーゼルにかかっています。

 イーゼルの絵に筆がおろされます。こちらは霊廟内です。タイトルは日本語字幕によれば《誰もが願う終局》だという。赤と青が強調されています。左半に巨大な悪魔、右奥には尖った山、その手前に絞首台だの磔台だのが散らばった地獄図のようです。稚拙を装った描き方です。
 頭に来たエミリーに選択を迫られ、ガイは霊廟を爆破します。
 あらためて新婚旅行に行こうという前にパーティーが開かれます。ケイトは気遣わしげです。
 地下室が上から見下ろされます。カメラは接近し左から右へ動く。装飾を施された箪笥がアップでとらえられます。袖口も黒い黒手袋が戸棚を開き、たくさんの鍵から1本抜きとります。
 カメラはまた左から右へ動く。石壁がアップになります。「ギディオン・カレルの墓」との銘が映される。その扉を黒手袋が開き、中に入っていきます。
 階段をおりてくる執事が下から見上げられます。誰何する声をかけ、開いていた戸棚を閉じるさまが格子越しに映されます。
 一方パーティーが開かれている居間では、壁の向こうから猫の鳴き声がします。下方の壁板を1枚外すと猫が助けだされる。よもやこれが本作における隠し通路なのでしょうか。
 またも動揺するガイに、医師は父親の硬直症を確かめろ、地下へ連れてゆけといいます。地下行きです。カメラは下から見上げていたのが水平に移行します。納骨堂の鍵がないことが発覚し、こじ開けようという話になる。ガイは右から左へ向かい、階段右脇の凹んだスペースにある櫃から道具を取りだし、左から右へ戻る。カメラは付き従います。背を向けて通路を進み、右の壁と向かいあう。壁をこじ開けると、骸骨が飛びだすのでした。
 居間に戻って、カメラは下からの角度です。ガイの首の後ろが手前に大きく映され、向こうの一同は前向きです。


 葬儀が執りおこなわれます。柩が墓地へ運ばれる。なぜ館の納骨堂ではないのでしょうか。柩の上面には覗き孔が設けられ、ガイの顔が上から見下ろされます。ドライヤーの『吸血鬼』(1931)の1場面が想起されるところです。助けを求めるガイの声なき声が流される。墓地で墓穴を処理するのは例の人夫2人でした。墓穴の下から列席する一同が見上げられ、彼らが立ち去るさまが上から見下ろされます。
 館の居間に戻ると、ケイトはエミリーに館から去るよう促します。
 霧の墓場をカメラは低い位置で右から左へ撫でます。冒頭の場面と同然です。2人の人夫が墓を掘り起こしています。
 地下ではエミリーの父である医学者が待っています。ガイの遺体を解剖するつもりのようです。カメラは斜め下からの角度です。『恐怖の振子』同様、甦ったガイは形相も変わり、それまで怯えていた状態から攻撃へと移ります。まずは人夫たちを片づけ、エミリーの父を感電死させる。
 エミリーの部屋です。エミリーは医師に粉をかけています。そこへ執事が医師を呼びに来る。医師と執事は廊下を奥から手前へ、正面向きで進んできます。
 残ったエミリーが鏡台に向かっていると、窓が開きガイが鏡に映ります。エミリーは気を失なう。
 霧の木立です。エミリーを抱いたガイ、次いで追う医師がそれぞれ右から左へ進む。ガイは墓穴にエミリーを放りこみ、土をかけています。追いついた医師に、ガイはお前には何もしないと言いますが、結局争いになります。銃声が響きガイは今度こそ死んでしまいます。左に向かって右腕を水平に伸ばしたケイトはなかなかかっこうがいい。

 エミリーを墓穴から助けだした医師ですが、しかしすでに息がなかった。すべてはエミリーの計画だったとケイトが語ります。
 ただ下掲の『映画で読むエドガー・アラン・ポー』(2009)で北島明弘が「エミリーが姦婦とはどうも思えない。伏線などないに等しいし、義父の意図もよくわからない」(p.89)と述べるように、本篇中でのエミリーは一貫してガイの身を案じるさまが描写されています。唯一あれ?というのは葬儀の後で早々と医師を誘惑しようとする場面でしょうが、結婚式の後さんざんガイに放っておかれたことを思えば、これも一貫して親身に対処してくれた医師になびいても不自然ではありますまい。
 この事件に悪意が働いていたことを示すのは、納骨堂の鍵を盗んだ黒手袋の存在ですが、誰であったかは映らないので、見る側としてはそれがエミリーかどうかはわかりません。たしかに脚本の上ではエミリーがガイを追いつめた犯人として設定されていたのでしょうが、映画自体からはそのことを読みとりづらく、場合によってはケイトが犯人であったとも解釈できます。その点では本作の鍵となるべきケイトについても充分な描写が足りていないのでしょう。あるいは黒手袋の場面さえなければ、いっさいはガイの妄執をめぐって展開したとも受けとれたところです。その意味で黒手袋の場面は、『フランケンシュタイン』(1931)における誤って犯罪者の脳を盗みだすくだり同様、無理に組みこまなかった方がすっきりしたであろう設定だったと見なせるかもしれません。

Cf.,  北島明弘、『映画で読むエドガー・アラン・ポー』、2009、pp.86-89

ロジャー・コーマン、ジム・ジェローム、『私はいかにハリウッドで100本の映画をつくり、しかも10セントも損をしなかったか-ロジャー・コーマン自伝』、1992、pp.132-133

The Horror Movies, 1、1986、p.143

原作等については→『恐怖の振子』(1961)のページ

なおポーについては→「viii. エドガー・アラン・ポー(1809-1849)など」(<「ロマン主義、近代など(18世紀末~19世紀)」<「宇宙論の歴史、孫引きガイド」)も参照
 2015/4/3 以後、随時修正・追補
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